『塩の文明誌 副題:人と環境をめぐる5000年 佐藤洋一郎・渡邉紹祐 著 NHKBOOKS』を読む

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本書は、地味だが文明を塩の視点で捉えた良書でした。

文明スケールから見た塩は、動物としての人類の生存には欠かせないモノである。その必要性は、個体とし生物学細胞のレベルにまでおよぶ普遍性をもっている。

文明の発達=人口の増加と集中には、ほかの生活物資同様、塩の安定的な生産と供給のシステムの構築は不可欠である。

湿潤で多雨な日本人にはなかなか実感が湧かないが、塩が耕地をだめにして作物がとれなくなるほど塩害が深刻になった土地に栄えた文明の興亡の影に塩害による耕作地の減少という深刻な問題を孕んでいた。

農耕という人の文明は、食糧生産を上げるためにはじめた灌漑によるところが大きい。
人類はもう何千年ものあいだ、農地や資源をめぐって、せめぎ合ってきた。

漢王朝の支配下にあつた楼蘭王国は農耕民の国であった。岩塩を僅かに含んだヒマラヤに水源を発する河川を利用した乾燥地での灌漑による農耕のシステムでは、塩は土地を荒廃させる元凶であった。もともとが塩を含んでいた楼蘭の土地で、過剰灌概は塩類集積をさらに進ませ、楼蘭王国は歴史の彼方へ消え去ってしまったのである。

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楼蘭遺跡大仏塔跡
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楼蘭遺跡住居跡
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ロプノール湖 塩の採掘場
P144~148
塩害と文明の崩壊
メソポタミアでは、セム系の遊牧民であるアッカド人が侵入して、紀元前2350年ごろには統一の集権王朝を打ち立てた。シュメール文明はセム化して、のちのバビロニア文明の基礎がつくられたという。紀元前2060年に、シュメール人はウル第三王朝を築くものの、110年程で滅亡したという。

このシュメール文明がなぜ崩壊したかについては、先に述べたように決定的な説明はなされていないが、過度の灌概による塩害が作物生産を減退させたことが原因とされることが多い。たしかに、当時の粘土板に刻まれた文に、耕作地が白くなるなどの記述があるそうで、塩害に苦労していたことは想像できる。この地域の当時の農業や土壌塩害を長く耐究している国土糖大学の前川和也氏によれば、おもにコムギを生産し、周辺地域に輸出していたこの地帯で、ウル第三王朝が滅びるまえには、土壌の成分にたいしてコムギより強いオオムギを栽培していた事実が、塩害の広がりをうかがわせるという。

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ただ、この塩害の深刻化自体の理由についてもよくわかっていないというのが適当であろう。両河川の時々の洪水は、水路や堤防などの施設をたやすく破壊してしまい、灌概の継続には困難がつきまとっていたという。さらに、両河川の流路がだんだん離れて、その高低差を活かした灌概がしにくくなったということも指摘される。低いところを流れていたチグリス川が地域全体の排水河川として使い難くなることで、塩害対策として重要な排水の確保がむずかしくなったという面もあるかもしれない。 この基本的な理由に加えて、文明の崩壊に明らかに関わっていると思われる要因として、気候の変動と上流地域での森林の破壊をあげる人もいる。 古気候の解析や、上流地域の遺跡の発掘による文明の盛衰などから、紀元前2200年から紀元前2000年ごろにこの地域一帯で気候が乾燥化して、洪水が減り干ばつが多くなったと推定されている。こうした事態は、農地表面に集積した塩分を溶脱させる十分な水の供紛がなされないということになる。 また、上流地域のレバノン杉地帯を中心とする森林の過剰な伐採があったとすれば、洪水時の河川流量の増加をもたらしただけでなく、下流への土砂流入を増やしたと思われる。これは、水路などに堆積する十砂の処理に多大な労力をかけないといけないシステムにとっては、かなりの負担になっていたと想像できよう。 こうしたことが重なって、メソポタミア文明、細かくいえばシュメール文明は、その基盤とする麦類の灌概農業の生産性を急速に失っていったのだと考えられる。このほかにも、遊牧系のアッカド人が灌概農業について知識や関心、技術をもっていなかったことや、周辺のアーリア系の民族(グテイ人)の侵入による混乱などを、その原因にあげる人もいるようだ。これらが複合的に働いて灌概農業を停滞させた、また結果としてこれらのことがあらわれたなど、相互に関わっていたことはあるだろう。さらに、火山の噴火を付け加える人もいる。 さらに興味深いことに、メソポタミア文明の崩壊は、遠く離れたインダス文明にも影響を与えたらしい。インダス文明の中心的な都市であったハラッパやモヘンジョ・ダロなどは、メソポタミアとの交易によって支えられていたため、メソポタミア地域の麦類の生産の停滞と文明の崩壊は、その基盤の喪失につながったと考えられている。メソポタミアの塩害の影響の大きさも気になるところである。 メソボタミアの塩害から学ぶこと まだ、メソポタミア文明の興亡と塩害との関わりはわからないことばかりであるといえる。 (略) メソポタミアの灌概では、麦作の収穫期に、チグリス川・ユーフラテス川の洪水期を迎える。収穫前に洪水となれば、せっかくの稔りはたちまち失われてしまったであろう。これは、エジプト文明でのナイル川の洪水を待って種を播いて栽培をおこなうという「恵みの洪水」とは異なって、洪水はあくまでも「厄介な洪水」である。つまり、エジプトでは、川の氾濫など白然に依存し、適合した型の灌概がなされ、メソポタミアでは、洪水を避け、灌概期には人為的に流れを調整するという、自然を制御する型の灌概がなされていたようである。これからいろいろな研究が進んで、メソポタミアの灌概農業や塩害の姿が明らかになれば、川とのつき合い方など、望ましい自然との関わり方の知恵がまた増えることであろう。 さらには、イラクで発掘をはじめとする現地調査ができるほどに、地域の情勢が安定し、調査研究の成果が、現地の人びとの今後の水利システムの改善や農業生産の安定につながることになればよい。
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【シュメール文明】
http://www.teamrenzan.com/archives/writer/nagai/

日本は言わずと知れた食糧輸入国であり、塩害に対してあまりにも無関心である。
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カリフォルニアの灌漑農業
P178
先進農業地帯のアキレス腱

カリフォルニアは、世界でも有数の農業地帯であるが、ここで見たようにそこには深刻な塩分との戦いがつづけられているのである。ここではくわしく触れる余裕はないが、先に少し見たように、州全体としては北部の水資源を、乾燥地である南部に必死に供給していて、この水のシステムは基本的にはきわめて脆弱である。加えて、海の底であった低平地を開発したという農地の条件から、つねに塩害がつきまとっている。カリフォルニアでとれた農産物の輸出先は、第一がカナダで、その次が日本である。このような厳しい条件の農地で獲れた作物が、日本で大量に消費されているのである。
P178~180
5文明は塩で滅ぶのか
文明崩壊のシナリオメソポタミア文明、楼蘭王国と、古代に栄えた文明で塩害によって滅んだか、またはひどく脳まされていたと思われるところは多い。黄河文明も、塩害によって衰退したとの証拠はないが、その周辺にはその後の時代に深刻な塩害に悩まされていた地域が多い。

インダス文明はどうだろうか。総合地球環境学研究所で「インダス文明の崩壊」の研究をする長田俊樹氏によると、ハラッパ、モヘンジョ・ダロといった都市文明の衰退に塩害が関係していたという明確な証拠はないものの、インダス文明の範囲であるグジャラート地方の沙漠の砂も、やはり強い塩分を含んでいるという。こうしてみると、文明の崩壊や衰退と塩害の関係も、なにやら意味ありげに見えるではないか。
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そのなかで、ひとつの例外がナイルなのである。だが、それは「ナイルの場合は土壌にたまった塩分を洪水が洗い流してくれていたから」と考えれば、エジプト文明とて塩との関わりにおいて例外ではないということになる。本章に紹介したように、だからこそ、上流のダムの建造によってナイル川の流水が変化すると、エジプトにも塩害が発生するようになったともいえる。 しかし、私たちは文明の崩壊ないしは衰亡という現象が、「塩害」というひとつの現象によって引き起こされたという簡単な図式を思い描いているわけではない。塩害が、文則崩壊を引き起こした大きな原因のひとつであるに違いはあるまい。しかし、塩害という事象から文明崩壊にいたるまでには、幾多の事象が複雑に関係している。それらの事象がネットワークのように複雑に交差しながら文明を死に追いやったと考えるのが至当である。ナイル川流域のエジプト文明が、崩壊と呼べるような大カタストロフを経験しなかったのも、文明崩壊のネットワークが、どこかで切れたからだと解釈ができる。同じことが、「気候変動」についてもいえるのではないだろうか。「気候変動が文明を滅ぼした」という解釈はある意味でとてもわかりやすく、多くの人を引きつける説得力のある仮説として考えられる。 しかし、人間や人間が作り出す社会は、気候変動という自然現象にただ恐れおののき、なすすべもなく衰亡していったのだろうかと問えば、素朴な疑問も発生する。迫り来るさまざまな変化にたいして、人間社会はなんらかの手を打ったはずである、そして、その人間の対抗手段にたいして、自然の側になんらかの変化が起きただろう。さらに、人間の対抗手段にたいする反作用が起きる、というような、反応の連鎖ができあがっていったと考えたいのだ。つまり、文明の衰亡や崩壊は、そうした連鎖反応の最後の結果として起きたことである、と考えることができないだろうか。 ある人間社会の滅亡なり衰亡は実際に起きたことではあるが、その連鎖反応の全容解明が大事ではないのか。私たちは、そう考えたいのだ。

あとがきにもあったが、自然科学の法則である、熱力学第二法則(「エネルギー・エントロピーの法則」=「熱やエネルギーは時間と共に拡散し、いずれはこの世界にあまねく公平に分布するようになる」)は、トーマスフリードマンの「フラット化する世界」などグローバリズム問題を解析するうえで、応用され、解析する試みがなされた。私もその文明解析方法を支持したい。

エントロピーの法則に従わない現象は、生物学的な栄養の蓄積や、生命維持や進化など人間の活動によってエントロピーに法則に反し集積する事ができる。これを生物学的には生命活動といい、社会学的には文明というのではないだろうか?

エントロピーの法則に従えば、日本を含む先進国の一般的な庶民の賃金収入は、やがてインド人や中国人の賃金水準と変らなくなってしまうのである。
※この法則をDdogは「円(エン)とルピーの法則」と名付ける。

これを達観し、素直に受け入れるのか、それとも、日本人の賃金が中国インドと変らない水準はとても容認できないと、奮起するか否かは、我々日本人全体の意思の強さに掛かってくる。

日本と言う豊饒の地で生まれ育った我々日本人は、何事でもやり遂げるという、人間の強い意思さえあれば、日本の文明はけして滅びる事はないだろうと信じています。