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いよいよGWですが、何か面白い本でも読んでみようと思われている方にはお勧めの一冊です!360p 手ごろな厚さです。
ノンフィクションで書けばいいものをわざわざ小説にする意図がわからない。手嶋氏の文章はけして稚拙ではないが、ノンフィクションで書くべきだと思う。せっかく発掘した現代史の史実をフィクションとすることにより価値が半減すると私は思う。
などと書いたが、訂正します。フィクションとして最高のエンターテイメントです。価値は半減などしていません。ただ、是非今度は手嶋氏の手で杉原千畝のインテリジェンス工作やら、国際金融の裏舞台をノンフィクションで読んでみたい気がします。
 
この物語の最後に「オバマが暗殺されるかもしれない」ことが仄めかされている。これは、手嶋氏の「葡萄酒かさもなくば銃弾を」(2008年)は「人事を尽くした駆け引きの果てに、事が成就すれば乾杯の美酒、さもなくば暗殺の銃弾に倒れて、遺影に微笑を残す。」そんなディプロマシーの崖っぷちを、二十九人政治家の人物スケッチをした本だが、その第一章がオバマをとりあげ、すでにここで示唆されている。
「アメリカ大統領の座を目指そうとすれば、暗殺の惧れと真っ向から向き合わなければならない。」「コリン・パウエル将軍が大統領選へ出馬する動きを見せると、テキサス州知事だった共和党の本命候補ジョージ・W・ブッシュは、取り乱すほどその存在を恐れたのだった。その事実こそ、アメリカに黒人大統領誕生の足音が迫っていることを物語っていた。 だが将軍の出馬に必死に抗ったのはパウエル夫人だった。夫が大統領選挙に名乗りを挙げれば、必ず暗殺されてしまうと疑わなかったからだ」
オバマ暗殺は誰しも思うことではあるが、インテリジェンスに通じた手嶋氏の元にはそれをにおわす情報が多数あったのかもしれません。
 
ヒューマニスト杉原千畝が実はインテリジェントオフィサーであったことは実に興味深い。日本のインテリジェンスの魁であった明石元次郎大将(日露戦争時大佐)にしても、また明石大佐のインテリジェンス工作を手本とした陸軍中野学校でも「至誠」の心を持つ者こそインテリジェンスの世界での勝者となりうることを証明している。
 
【参考】
①『「なぜ正直者は得をするのか」副題「損」と「得」のジレンマ 藤井聡著(幻冬舎新書)』を読む 
その1  http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/30624117.html
②その2 http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/30631471.html
③その3 http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/30633479.html
④その4 http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/30639483.html
⑤その5 http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/30639599.html
 
陰謀史観の持ち主達は、金融工学を駆使したデリバティブ取引は、世界を影から操るフリーメーソンやユダヤ金融資本の道具だと勘違いしているようだが、商品先物が生まれた理由はけして陰謀の片棒を担ぐ為でもなく、強欲資本主義者の為の市場でもない。世界で初めて先物取引を行った大阪堂島米会所先物取引 の歴史を読めば、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)名誉会長のレオ・メラメッドと経済学におけるシカゴ学派の重鎮ミルトン・フリードマン(ノーベル経済学賞)が、金融の先物市場という理論を作り出したのは独創ではなく、歴史の必然であることがわかるはずである。
 
ちなみにWikiのLeo Melamedのバイオブラフィーには、杉原千畝の命のビザでシベリアを経て日本にたどり着いたことが記されております。
In 1939, the Japanese consul general to Lithuania, Chiune Sugihara , issued his family a life-saving transit visa, and they made the long trek across Siberia to safe haven in Japan .
 
このレオ・メラメッド氏の半生と、杉原千畝のインテリジェンス工作をノンフィクションのようなフィクション仕立てにしたのだからそれだけで十分に面白い。
このフィクションのなかにノンフィクションであるかのようなエピソードがグレイゾーンとしていくつか興味深いものがあります。
 
ソ連邦はドイツが降伏して後三ヶ月を準備期間として対日参戦する。
p297~300
「マイケル、いまも歴史の謎なのだが、この小野寺電を受け取ったはずの日本の統帥部が、適確に対応した節が窺えない」
日本の運命を決定づけた「ヤルタ密約」。それはストックホルムから極秘限定配付で東京に確かに打電されている。だが、東京の統帥部でこの小野寺電が真剣に検討に付された形跡がまったくない。陸軍の参謀本部に確かに届いたという記録さえ見当たらないのだ。
「ジヨン、これは僕の推測なのですが、当時の日本の統帥部は、自分たちに都合の悪い情報は、受け取らなかったことにして、廃棄したのではないでしょうか」
「極秘電が果たして東京に届いていたかどうかもわからない。これは永遠の謎といっていい。敗戦時に全ての機密書類を焼却してしまったんだからな」
「ヤルタの密約」という連合軍の最高機密を入手したポーランド秘密情報部。彼らこそ「革命と戦争の世紀」の証人だった。ヒトラーのナチス・ドイツとスターリンのソ連が一切の大義を裏切って野合するさまを目の当たりにし、祖国ポーランドを真っ二つに切り裂くさまを目撃した。そして国土と国民を喪ったあとも、ワルシャワの地下都市に生き延び、ふたつの全体主義と戦い続けた。
亡命ポーランド政府の秘密情報部と枢軸側の日本政府。その接点にあってインテリジェンスのか細い糸を紡いだのが、リトアニアの首都カウナスに赴任した領事代理、杉原千畝だった。
「チウネ.スギハラこそわが組織のダイヤモンドと心得よ」
ポーランド秘密情報部の幹部だったユダヤ人が、戦後アメリカに移住し、歴史編纂官のインタビューに応じている。開戦時にクラコフに在って、ポユフンド陸軍の首脳陣に大きな発言力を持っていた老齢の女性がスギハラの価値をこう示唆したと証言している。その聴聞記録は後に国立公文書館に保存され、ジョンの眼に触れることになった。
「人材の出し惜しみはわが組織の致命傷となる。最良にして、最高の情報士官を投入せよ」
これがクラコフの老婆のご託宣だったという、彼女は満洲国の対ソ戦略都市ハルビンのユダヤ人コミュニティに太い人脈を持っていた。ロシアの赤色革命を逃れてハルビンに住む白系のロシア貴族と誼を通じていた。そのなかにユダヤ系の人々が含まれていたのだった。杉原千畝の最初の妻、クラウディアもそんなひとりだった。彼女の夫がどれほど優れた情報士官であるのか、老婆は知り抜いていたという。
かくして杉原千畝のもとに送り込まれたのが、ポーランド陸軍のレシェク.ダシュキュヴイッチ中尉だった。その指揮にあたったのが、アルフォンス・ヤクビェツタ大尉であった。いずれもポーランド秘密情報部の至宝と調われた情報士官である。彼らは日本の領事代理、杉原千畝をして、東ヨーロッパに独自の杉原情報網を縫いあげさせた。このオペレーションの背後にはクラコフの老婆の影があった。
やがてダシュキュヴイッチ中尉は、杉原のアシスタントに収まった。肩書きは領事館の臨時雇員だった。表向きは領事館の雑務をこなしていたが、ダシュキュヴィツチ中尉こそ、情報の十字路に位置するリエゾン・オフィサーに他ならなかった。
杉原千畝は、ポーランド秘密情報部から独ソ両軍の情報を提供してもらう見返りに、彼らから託された機密連絡便を日本の外交行嚢に潜ませて、ベルリン経由で中立国ストツクホルムに送り、そこからロンドンの亡命ポーランド政府に送り届けていたのである。
杉原千畝がカウナスからベルリンに去り、プラハを経てケーニヒスベルクに転出した後も、ポーランド秘密情報部は、杉原が残したネットワークと連携を絶やさなかった。かつてラトビアに在勤した経験をもつ小野寺信がストックホルムの駐在武官に赴任すると、その情報網は小野寺信に引き継がれていった。
インテリジェンス能力とは情報の洪水の中から宝石を選り分け、その情報を元に最終判断者が決断する為に存在している。
戦後、日本は米国に情報戦で敗れたとの神話が一人歩きして、私もずっとそう思ってきましたが、秘録陸軍中野学校(新潮社)を読んで以降、日本のインテリジェンス能力は実は非常に高かったことを知りました。
 
何に欠けていたといえば、その貴重な情報を宝の持ち腐れにしてしまった、軍部・政府の判断能力の無さと云えよう。
 
このことは手嶋氏が最も指摘したかったことではないだろうか?インテリジェンスが優秀でも情報を判断する者が無能であれば悲劇が降りかかる事をp330~331において、イスラエル諜報機関の責任者になったソフィーの口から語らせた。
「マダム、あなたの優れた情報網は、国際テロ組織『アルカイダ』が・超大国アメリカを襲おうとしていた重大なインテリジェンスまで捕捉していたようですね」
振り向いたソフィーの眼差しがふいに鋭さを増した。
「ええ、知つていたと率直に申しあげておきましょう。でも、アメリカ政府の十五・いやあなたの親友の捜査組織も数えれば、十六あるといわれる情報機関には、もっと詳しい情報が入っていたはずよ。心眼を以って見る――そんな言葉が東洋にはあると聞きます・虚心に情報の断片をっなぎ合わせてみれば、やがて何が起きようとしていたのか、それは誰の眼にも明らかだったはずです。情報当局が、政治の決断を委ねられた国家のリーダーに危機の到来を警告するのは、さして難しいことではなかったに違いありません」
「ソフイー、超大国アメリカは、情報当局の官僚主義のゆえに、あの悲劇を予測することが叶わなかった。そしてあなたたちは、やがて忍び寄る悲劇を知っていた。にもかかわらず、同盟の契りを結んでいるアメリカには一切知らせようとはしなかった、そうですね」
ソフイーはテーブルに置いてあったガラスの呼び鈴を鳴らし、執事に灰皿を下げさせた。
「事実関係だけを申しあげるなら、あなたのおっしゃる通りだわ。でも、私たちが緊急の警告を発したとしても、果たしてブッシュのアメリカは行動を起こしたかしら。心眼がどんよりと曇っていたのですから」
「ソフィー、あなた方は、悲劇がアメリカに迫りくることを知りながら、あえて知らせようとしなかった。ひとたびアメリカの心臓部が攻撃されれば、奇襲を受けた超大国は怒り狂って、敵に鉄槌を振り下ろすにちがいないと読んでいた。真珠湾攻撃の時のように。まずタリバンのアフガンを、ついでサタムのイラクを攻撃するはずと。かねてから取り除きたいと願っていたイスラエルの宿敵イラクを、アメリカをして排除させる。なんと秀逸な戦略なのでしょう」
「世界をどのように解釈なさろうと、それは、スティーブン、あなたのもう一つのお仕事であるジャーナリズムにお任せするわ。私たちは、自らの力で自らを守らなければなりませんもの」
「もうひとつお答えいただきたいのですが」かの9・11事件が起きることをあなたは知って
いた。だとすれば、事前に世界の市場で金融先物商品を売って、巨額の利益を懐にすることができた。そしてあなたは事実、それをした。確かな証拠はすでにつかんでいます」

 

『SUGIHARA DOLLAR スギハラ・ダラー 手嶋龍一 著(新潮社)』を読む