長崎県佐世保市の県立高校1年の松尾愛和(あいわ)さん(15)が殺害された事件で、殺人容疑で逮捕された同級生の少女(16)の父親の責任論が議論の的になっている。漂白剤混入にネコの解体、さらには金属バット事件を起こした少女の“暴走”を止めることなく、1人暮らしをさせ、悲劇は起きた。専門家は「子供の壁になれない、甘い父親像が浮かび上がる」と指摘している。

「少女は別人格を作って、その人格になりきって供述しているようだ。『人を殺してみたかった』『人体に興味があり、殺してバラバラにしたかった』などという供述も、とうとうと話していて、善悪の感情をなくしているようにみえる」(捜査関係者)

長崎地検は1日、少女の精神鑑定を実施する方針を固めた。心の闇の解明は今後の捜査に委ねられるが、小学校時代からたびたび「危険な兆候」を発していた少女。小学6年のときには、勉強していることをバカにされたことに腹を立て、同級生の給食に漂白剤や洗剤などが混じった液体を5回にわたり混入。「ネコを解剖したことがある」とも供述している。

こうした少女のことを常に気にかけていたというのが、昨年10月に病死し、市の教育委員も務めた母親だった。「少女は母親のことが大好きで、母親はいつも少女のことを心配していた様子だった。母親が亡くなり、少女の今後を心配していた人は多い」(知人)

そして、母親の死後の今年3月、少女が就寝中の父親を金属バットで殴り、大けがを負わせる“大事件”が起きた。だが、この一件は公にならず、翌月、少女は松尾さん殺害の現場となった佐世保市のアパートで1人暮らしを始めるのだ。

関係者は「1人暮らしは表向きには留学準備といっているが、実はこの金属バット事件がきっかけになったようだ」と話す。

殺人事件前の6月10日には、少女の様子を危惧した精神科医が、「佐世保こども・女性・障害者支援センター」(児童相談所)に、少女の名前を明かさず「このままいけば人を殺しかねない」と、連絡していたことが明らかに。関係者によると、精神科医は父親にも事件を起こす危険性を直接伝えていた。不安定な少女とは対照的に、新妻との新生活をスタートさせた父親の姿は、周囲には異様に映ったという。

地元の名士という父親はどんな人物だったのか。

「とにかく金持ちで明るい性格の人。佐世保市内の高級住宅街にある豪邸には、自らの好きな言葉『夢いつまでも 自由に生きて』と書いた石碑がある。50歳を過ぎてから有名大学に通い、トライアスロンのサークルに所属したり、法律講座に参加したりと、若い人たちとも積極的に交流し、活動的な人だった」(父親を知る関係者)

金属バット事件から間もなくの5月、父親は30代前半の女性と結婚。関係者によれば、女性とは東京の婚活パーティーで出会ったといい、「派手な美人で佐世保にはいないタイプ。2人で手をつないで歩く姿が近所で見かけられていた。5月末にはお披露目パーティーを開き、妻の写真やプロフィルを配ったようだ」。

この間、1人暮らしの少女は高校にも登校せず、ぶらぶらしていた。なぜ、父親は事態を放置してしまったのか。

「父親の責任は大きい」と指摘するのは、教員経験が長い東京学芸大教職大学院の今井文男特命教授だ。

「少女は好奇心の強いタイプで、洗剤混入やネコの解剖なども好奇心の強さからの行動だろう。人を殺しても『やってみたいことをやった』という感じで、反省はしていない様子がうかがえる。問題が起きたときに、父親が『ダメなものはダメだ』ときちんと伝えたのか疑問だ」と指摘する。

そして、「金属バットの一件も矯正施設に入れるなど事件として処理すべきだった。父親は、子供にとっての『壁』になり、いい意味での怖さを持って向き合わないといけないときがある。父親の生活の中で弱さがあり、そのことが子供への甘さにつながり、何でも許してしまったのではないか」と続ける。

逮捕後、「父親のことは尊敬している。母が亡くなって寂しかったので新しい母が来てくれてうれしかった」などと弁護人に語ったという少女。残虐な事件を前に、あるべき父親像が大きくクローズアップされている。
いま、佐世保高1女子殺害事件の犯人の父親の責任論が世間では強まっています。
被害者の父親と私は同年代、私の娘も高校1年生、被害者・加害者と同学年である。私の妻も加害者の母親と別の臓器ですが同じ病気に一昨年罹患しました。ただ、幸いなことに私の妻は手術を行い、今のところ息災でいます。

私は父親のことを弁護する気はないが、私も妻が罹患した時、自分の生についても深く考えるようになり、残りの人生が空虚なものにしたくない気持ちも心の隅にはあったので、犯人の父親が直ぐに再婚した気持ち解らなくはない。しかし、もし、家内の術後の経過が悪かったら恐らくわたしは、自分のことより妻や母親を失うかもしれない娘の人生の方を危惧しただろう。

だが、犯人の父親は己を取ってしまった。犯人の父親の責任は極めて重い。暴論だが、もし娘の金属バットで撲殺されていれば、被害者の愛和さんが死ななくて済んだかもしれない。父親ももしかして、あの時死んでいれば良かったと考えているかもしれません。

未遂に終わったとはいえ、自分を撲殺しようとし、猫を解剖するなど精神科医からも措置入院させるべきと忠告を受けてもなお、娘を一人暮らしで放置していたことは、法的に問題なくとも、親としての監督義務を怠っている。もし、娘を放置する危険性を感じていなかったのなら、弁護士をする資格などない。サイコパスの娘とはいえ、娘は娘だ。世間に対して父親として道義的責任を果たしていない。

そして、自分達は精いっぱいのことをしてきたが、娘が悪いことをしてしまいましてすいませんという。言い逃れにしか読めない謝罪のような文章を発表した。
長崎県佐世保市の高校1女子生徒(15)を殺害したとして逮捕された同級生の少女(16)の父親が2日、知人の弁護士を通じて取材に応じ、書面で「どんな理由、原因でも娘の行為は決して許されるものではない。おわびの言葉さえ見つからない」と謝罪した。

書面で父親は「複数の病院の助言に従いながら夫婦で最大限のことをしてきたが、私の力が及ばず、誠に残念」と述べた。

被害者に対しては「何の落ち度もない。人生の喜びや幸せを経験する時間を奪ってしまった。苦しみと無念さ、ご遺族の衝撃と悲しみの深さを考えると胸が張り裂ける思い。本当に申し訳ございません」と繰り返し謝罪した。

遺族にはまだ直接謝罪できていないとした上で「この段階で社会に心情を申し上げることに逡巡した。社会的反響の大きい事件と受け止めている。ご遺族の心情に配慮しつつ、謝罪や補償など力の及ぶ限り誠意ある対応を、最大限のことをしていきたい」としている。
この文章を読み返せば読み返すほど、この父親の自己保身が鼻に憑き、怒りすら感じる。謝罪するのは、娘ではなく、もっとも責任が重い自分自身であることに未だ気がついていないようだ。

娘を隔離しマンションで一人暮らしさせたのは、自分と、再婚相手と、再婚相手の腹の中いにる命を守る為であったかもしれない。だが、危険なサイコパスの娘を一人暮らしさせていた。もし、自宅近所に肉食獣を放し飼いにしていたら十分に犯罪であろう。それとおなじである。過失致死罪で、弁護士の父親を送検出来ないものだろうか?
オーストラリアに留学という厄介払いも問題があった。下手をすればオーストラリアで同様な事件を起こしていた可能性も高いであろう。その際は日本人全体が犯人のようなサイコパス、サディストのように誤解させられる可能性もあったのではないか?危ないところであった。

唯一、父親だけが娘を措置入院させ更生させる可能性があり、親権者としての義務を負っていたにもかかわらず、その義務を放棄したとしか思えない。
長崎県佐世保市の同級生殺害事件で、殺人容疑で逮捕された少女(16)の親が事件前日の7月25日夕、県の児童相談窓口に電話していたことが3日、県関係者らへの取材で分かった。電話を受けた宿直担当者は「職員は勤務時間外で退庁した」と伝えた。親は名乗らず、相談内容も告げなかったという。

県関係者によると、電話は7月25日午後6時半ごろ、佐世保こども・女性・障害者支援センターにあった。少女の親は職員の退庁を知ると「月曜にかけ直します」と電話を切った。少女を診察した精神科医の助言を受け、相談しようとしたとみられる。

この窓口には精神科医も6月10日に電話で相談していた。少女の名前は伏せられていたが、医師は名乗っていた。

県関係者によると、医師は、小学校時代の給食の異物混入や小動物の解剖、父親への殴打を告げた上で「このままいけば人を殺しかねない」と早急な対応を求めた。担当者は一般的な説明をした一方、匿名だったため具体的な対応は困難と判断したという。

一方、少女の父親は3日までに、弁護士を通じ「どんな理由、原因でも娘の行為は決して許されるものではない。おわびの言葉さえ見つからない」などと謝罪するコメントを出した。

被害者に対しては「人生の喜びや幸せを経験する時間を奪ってしまった。苦しみと無念さ、ご遺族の衝撃と悲しみの深さを考えると胸が張り裂ける思い」と記した。〔共同〕
自分の娘が危険な肉食獣であると気がついていたなら、その日のうちに、娘の一人暮らしを止めさせなくてはならなかったのではないか?自分は金属バットで殺されかけたとしても誰かを殺すかもしれないと思ったから県に電話したのだ。

電話を受けた職員はその女子高生が危険な獣であることなど想像できるわけがない。

このナルシストの父親が自分の娘の将来を考えて、措置入院させてあげれば、頭は悪くなさそうなので医大の医学部に進学できたかもしれない。人体に並々ならぬ興味を抱いていたのだから、天才的な外科医になったかもしれない。もし娘に医者になることを勧めていれば、今回の事件はおこさなかったかもしれない。

犯人の女生徒も誰かに止めてほしかったかもしれない。誰か止めて・・・と叫んでいたかもしれない。この父親が今回の事件では最も罪が重いと思う。

そして次に問題なのが長崎県の教育委員会ではないだろうか?2004年6月、小学6年生の女児が同級生を殺害するショッキングな事件が発生。以後、市内の小中学校で命の尊さを学ぶ取り組みを続けてきた「命を大切にする教育」 が何の効果もなかったことだ。

長崎県佐世保市で起きた女子高生殺害事件。容疑者は同級生で、取り調べに対し「人を殺してみたかった」と供述するなど、大きな衝撃が広がっている。
   佐世保市では2004年6月、小学6年生の女児が同級生を殺害するショッキングな事件が発生。以後、市内の小中学校で命の尊さを学ぶ取り組みを続けてきた。それでも悲劇は繰り返されてしまった。

戦争体験の学習、本の読み聞かせ、心の健康の講演会を実施

佐世保市はすべての小中学校を対象に、毎年6月を「いのちを見つめる強調月間」と定めている。市教育委員会に電話取材すると、初日は全校で校長が生徒に向けて、命の大切さに関する講話を行い、また校内を1週間開放して、生徒の保護者や地域住民に見てもらえるように道徳の授業を公開していると説明した。ほかにも講演会を実施したり、平和について学ぶ時間を設けたりと、各種の活動は学校側の判断に任される。
   「佐世保市小中学校ポータルサイト」には、2011年以降の「強調月間」の各校取り組み一覧が掲載されている。比較的多いのが、戦争体験の学習だ。長崎平和公園や原爆資料館の見学、1945年6月28日から29日にかけて発生した佐世保空襲の体験者を招いて当時の様子を聞くといった企画で、生命の尊さや戦争の悲惨さを学ぶ。地域の協力を得て、地元ボランティアによる命を題材にした本の朗読会や登校時の見守り、また難しい年ごろを迎える子どもたちのために、思春期の心の健康に関する講演会というのもある。一方で、地域や保護者との親睦を図るための球技大会、「健康な体作りを目指す」歯みがき指導という内容も見られた。
   2014年7月29日放送の情報番組「とくダネ!」(フジテレビ系)は、佐世保市が「命の教育」に取り入れた教材の一例を紹介した。実話をもとにしたエピソードで、「生まれてから『余命1か月』と宣告された妹を懸命に世話して、妹は5か月まで生きることができた」という内容。家族の愛情が、妹の寿命を少しでも長く支えたことを教えたかったそうだ。
   長崎県全体でも、例年5~7月のうち1週間を「長崎っ子の心を見つめる教育週間」と位置付け、全公立学校で生徒と保護者、地域住民が交流を深める機会を設けている。目的のひとつが「命を大切にする心や思いやりの心の育成」だ。佐世保市はこの時期に「いのちを見つめる強調月間」を設定している。
教育委員会は馬鹿じゃなかろうか?所詮日教組あがりの左翼教師が、「命の大切さ」=反戦平和教育と短絡的に考えたから、「命を大切にする教育」がまったく無意味になってしまっただけである。

反戦洗脳教育などこういった事件を引き起こすかもしれない人格障害の子供にはまったくの無用な措置であって、犯人の心に届くわけがない。何故届かなかったのか?と考えること自体平和平和と叫ぶことが如何に愚かなことか左翼には理解できないのである。この記事を書いた人間もリベラリストだと思う。死んだ母親も教育委員会関係者だったというから・・・呆れかえってしまう。

考えてもみてほしい、何千人かに一人は先天的な人格障害(サイコパス)が生まれる。反戦平和教育で、長崎原爆被害者のショッキングな写真を見た場合、一般人は嫌悪感を抱くが、サイコパスは逆に歓び興奮してしまうはずだ。そして自虐史観教育は日本は駄目だ、日本人は駄目だと洗脳し続けるんだからまったく逆効果だ。

おそらく、「命を大切にする教育」の中身は、反戦反日本教育だったから事件が繰り返されたのだ!
 
「反戦平和教育」=「反戦反日本教育」だ。「反戦平和教育」においては原爆は被害者である日本のせいで落とされたって教育したならば、殺された方が悪いとおしえるようなものである。殺された側の子供が悪いと教えたわけだから、事件が繰り返されるのは必然であって、「命を大切にする教育」はまったく無駄だったと断言できる。




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