夢の素材といわれるセルロースナノファイバー(CNF)の実用化が進んでいる。植物から作られるCNFは、環境負荷が少ないうえ、鉄よりも軽くて強いといった、さまざまな特長を備え、幅広い分野で利用が見込まれている。森林資源の豊富な日本の企業にとって、原料調達が容易というメリットもある。2030年には関連市場が1兆円に達するとの予測もある中、製紙会社などが研究開発や用途開拓を加速している。

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 CNFは植物繊維を化学的、機械的に解きほぐしたものだ。繊維1本の直径は数ナノ~数十ナノ(1ナノは10億分の1)メートルしかないが、鉄の5分の1の軽さで強度が5倍と、炭素繊維に迫る性能を備える。しかも透明で、熱を加えても膨張しにくいほか、化粧品などに加えると粘りを出すこともできる。

 このため化粧品以外にも、ソフトクリームの形を保ったり、ガラスの代わりに利用するといった、さまざまな利用法が考えられている。中でも樹脂と混ぜて自動車部品に使えば、1台あたり20キロの軽量化につながるといわれる。

 この分野の研究で世界をリードしているのが日本だ。9月29日には、森林分野のノーベル賞といわれる「マルクス・バーレンベリ賞」を磯貝明東大教授ら日本人研究者3人が受賞。特定の酸化反応を使い、木材繊維を20分の1以下のエネルギーでナノレベルまでほぐす方法を発見したことが評価された。

 こうした中、とりわけ実用化に熱心なのが製紙会社だ。

 日本製紙は、傘下の日本製紙クレシアからCNFのシートを挟み込んだ大人用紙おむつを1日に発売した。CNFに含ませた銀などの金属イオンが、不快な臭いを吸着する仕組みで、消臭機能を従来の3倍に高めた。CNFを使った商品の発売は世界で初めてだ。

 販売開始に伴い、生産体制も強化。これまで山口県岩国市の工場に年間30トンの試験生産ラインはあったが、2016年度に初の量産ラインを設け、生産能力を10倍程度に拡大する方向で検討している。

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 CNFは紙の原料である木材パルプから作れるため、関連ノウハウのある製紙会社は有利な立場にある。早くから磯貝教授や京大の矢野浩之教授と研究に取り組み、商品化で一番乗りを目指してきた同社は「まずは消臭機能を活用したが、今後は他の特長も生かしつつ、さまざまな分野に広めたい」と意欲をみせる。

 王子ホールディングスは2013年3月、CNFを使った透明なシートを三菱化学と共同開発した。高温状態でも縮みにくく、薄くて折りたためるため、曲げられる次世代のディスプレーや太陽電池に使えるとして、16年以降に実用化する計画だ。さらに今年8月には、化粧品の原料を手がける日光ケミカルズと、CNFを使った新たな原料の開発で合意している。

 製紙大手では、九大と研究を進めてきた中越パルプ工業も生産増強を計画しているほか、大王製紙も愛媛大と包装材料などへの応用を探っており、一気に普及しそうな気配だ。

 もっとも、CNFは夢の素材といわれる分、技術的課題が少なくない。たとえば、樹脂とCNFをなじませることは、水と油を混ぜるようなもので、高度な技術が求められるという。また、現在の製造コストは1キロあたり数千~1万円と、炭素繊維の3000円程度より高い。

 ただし、価格については量産効果で一気に下がる可能性がある。実際、20年ごろには1000円程度まで下がるとの予測があるほか、潜在的には500円以下に抑えられるともいわれる。

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 日本は国土の7割を森林が占めているにもかかわらず、ほとんど活用されず、眠ったまま。CNFの普及は、森林資源の有効活用や過疎化の防止に道を開く。

 一方、製紙各社は人口減やIT普及によるペーパーレス化を背景にした紙需要の減少に苦しんでいる。日本製紙連合会によると、紙と段ボール原紙の板紙を合わせた国内需要は、00年の3196トンをピークに減少を続け、14年は2743万トンまで落ち込んでいる。安価な輸入紙の流入や、円安による原材料費の上昇にも苦しむなか、海外進出や低コスト化を進めつつ、新たな事業の柱を育てて「紙頼み」から脱却することが不可欠だ。

 政府が昨年打ち出した日本再興戦略で研究促進が明記されるなど、CNFの重要性は広く認識され始めている。製紙各社としては、追い風が吹く間に夢を現実させたいところだろう。(井田通人)

セルロースナノファイバー(CNF)関連が株式テーマの銘柄一覧


梅雨の湿った空気を吹き飛ばすように300人を収容する会場は熱気で溢れていた。

 2014年6月9日の午後。「セルロースナノファイバーは無限の可能性を持っている。日本の豊かな森林資源を活用するためにも、国家的プロジェクトとして取り組みたい」。ナノセルロースフォーラムの設立総会が、来賓として出席した松島みどり・経済産業副大臣の力強い祝辞から始まった。

植物の繊維から鋼鉄より軽くて強い素材が生まれる


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セルロースナノファイバーは、鋼鉄の5分の1の軽さで、その7〜8倍の強度を有する幅4〜20nm(ナノメートル)のナノ繊維である(図1)。

 線熱膨張はガラスの50分の1。石英ガラスに匹敵する。こう書くと極めて特殊な繊維のように思われるが、この地球上に1兆8000億トンあると言われている木質バイオマス資源の約半分を占める、とても身近な素材である。
                           図1 木材細胞壁中のセルロースナノ
                           ファイバー(京都大学・粟野博士提)

 木材や竹といった植物の細胞はセルロースナノファイバーが鉄筋となりリグニンがコンクリートの役割を果たしている。そのコンクリートを取り除いて、細胞一つひとつに解したものが、コピー紙の原料となるパルプである。

 我が国では、年間2000万トン近い紙用パルプが流通しているが、それらはすべてセルロースナノファイバーの集合体である。

 電子顕微鏡の開発によってナノの世界を見ることができるようになると、植物細胞壁が均一な結晶性のナノ繊維でできていることが知られるようになった。

 京都大学の桜田グループによるX線解析からは結晶弾性率は鋼鉄の3分の2の140GPa(ギガパスカル)と見積もられた。カナダ・紙パルプ研究所のペイジ(Page)氏は、パルプを1本引っ張って1.7GPaの強度(自動車用鋼板の5倍)があることを30年も前に報告している。

 同じ時期に、楽器用木材の研究では、細胞壁中におけるセルロースナノファイバーの配列(配向)が、用材としての好適を決めていることが報告されている。

 しかしながら、それを木質バイオマスから抽出し、ナノ繊維として利用するという研究が盛んになったのはナノテクノロジーが言われ出した2000年代に入ってからである。ナノ素材としての研究の歴史は、まだ10年ほどと言ってよい。

しかし、この10年の動きは目覚ましい。軽量、高強度、低熱膨張といった優れた特性を示すセルロースナノファイバーは、次世代の大型産業資材あるいはグリーンナノ材料として注目され、2004年以降、論文発表や特許出願はうなぎ上りに増えている。

透明基盤から自動車、人口血管まで用途が幅広い高機能素材

 中心となっているのは、森林資源が豊かで製紙産業が盛んな北欧、北米、そして日本である。最近は、中国のキャッチアップも無視できなくなっている。2011年からは、フィンランド、カナダ、米国の主導で国際標準化の議論も始まり、まさに国家レベルでの競争の様相を呈している。

 セルロースナノファイバー、セルロースナノクリスタル(パルプやセルロースナノファイバーを高濃度の硫酸で処理して得るセルロース純度の高い結晶性素材)の、高比表面積、可食性、軽量・高強度、低熱膨張性、生分解性、生体適合性などの特徴を生かし、様々な用途開発が進められている。

 可視光波長(400~800nm)に比べ十分に細いセルロースナノファイバーは可視光の散乱を生じないため、アクリル樹脂、エポキシ樹脂などの透明樹脂を、その透明性を大きく損なわずに補強できる。

 高強度で低熱膨張、しかも自由に曲げることができる透明の繊維強化材料である(図2)。有機ELディスプレーや有機薄膜太陽電池の透明基板として研究開発が進んでいる。

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図2 セルロースナノファイバー補強透明材料(左)とそれを基板に用いた有機EL発光素子(右)
(写真提供:筆者)

TEMPO*触媒を用いた酸化処理により幅10nm以下にまで解繊したセルロースナノファイバーのフィルムは、それだけで高い透明性を示す。適度な透湿性を保ちながらPETやPVCの100分の1以下の酸素ガス透過性を示すことから、包装容器のコーティング素材として検討されている。

*2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシルラジカルの略称

 軽量・高強度繊維の特性を生かした構造用途への検討も進められている。ナノファイバーシートにフェノール樹脂を注入後、積層、硬化すると繊維率約90%で鋼鉄の5分の1の軽さで鋼鉄なみの強度の成形体が得られる。

 また、化学変性したセルロースナノファイバーを熱可塑性プラスチックに10%混ぜると、強度は2~3倍向上する。目指す用途は、軽量、高強度の特性が求められる自動車など輸送機用の構造部材である。

そのほかに、紙の表面平滑化や紙力増強、食品・化粧品用添加剤、人工血管や人工腱といった医療用途、触媒等の担持体、フィルター素材、二次電池(蓄電池)セパレーターへの応用についても開発が進んでいる。

 細胞壁中のリグニンとセルロースナノファイバーの相互作用や細胞構造をうまく利用することで、より高機能で安価な材料の開発も可能であろう。

日本人の「自然に対する感性」が強みになる先進的バイオ素材の開発

 植物材料に基づくグリーンイノベーションは時代の要請である。セルロースナノファイバーには、それを可能にするポテンシャルがある。その際、植物が環境に優しいプロセスの中で作ってくれたものを、人間が使わせていただく、という姿勢が大事である。

 すべての生き物を尊敬してその力を借りる、という姿勢である。言い換えれば、セルロースナノファイバーをはじめとする木質バイオマスの利用研究は、その作り手である樹木の力の借り方と言ってもよい。

 どのようにこの材料を使うのが作り手の思いに添うのか、樹木はどうありたいと思ってこの構造を作り出したのか、ということを一生懸命考え、その機能を借り受ける。

 その際、生物材料の構造や特性には、生物が長い進化の過程で作り出した必然があることを忘れてはいけない。その必然を損なうことなく材料の形を変えていくことで、省エネルギー的に高機能材料を製造することができる。

 インターネットを通じて情報を等しく得ることができるこの時代、先進的バイオ素材の開発のカギを握るのは、自然に対する感性である。

 日本人には、自然と調和したものづくりについて、西洋文明が入ってくるはるか昔から、長い時間をかけて培ってきた感性がある。豊かな四季折々の自然の中で、体に染み付いてきた独特な感性である。

 それを大切にして、先進的バイオ素材を作っていくことで、日本のプレゼンスを世界に示すことができる。国土の7割が森林に覆われた日本には、そのための資源もあることも忘れてはいけない。

 日本には資源も知恵もある。
鋼鉄の5倍強く、5分の1の重さ。熱にも強いうえ、プラスチックよりもさらに軽くて、透明材料にもなる。炭素繊維(カーボンファイバー)の6分の1程度のコスト。
そんな夢のような素材の原料が日本中にある木材から作ることができる。

これは、現在素材の主流である炭素繊維を駆逐する可能性がある。
炭素繊維は世界シェアの7割が日本製である。炭素繊維は炭素繊維で進化している。

日本に資源が無いばかりに、夢のような素材が次々作り出されている。
まさに、人材こそ日本の貴重な資源なのかもしれない。