専門家「これ以上の本震が今後あるかもしれない」 地震連鎖可能性否定出来ない 西日本新聞:yahoo 4月16日(土)12時33分配信

震源が阿蘇・大分方面に移動
14日の熊本地震を上回るマグニチュード(M)7・3を観測した16日未明の地震は、強い揺れを引き起こし、九州に甚大な被害をもたらした。熊本地震について政府は15日、日奈久(ひなぐ)断層帯(約81キロ)の北端付近が引き起こしたと判断。ところが16日の地震は、熊本県の阿蘇外輪山から宇土半島付近に延びる布田川(ふたがわ)断層帯(約64キロ)のずれだと専門家はみている。その後、震源域は北東側に大きく移動してきており、地震が次の地震を呼ぶ連鎖が懸念されている。

イメージ 1


気象庁は、マグニチュードが大きい16日午前1時25分の地震を「本震」と位置づけ、熊本地震をその「前震」に格下げした。

本震をもたらした今回の震源は、日奈久断層帯北端の北側、布田川断層帯に乗っている。東京大地震研究所の古村孝志教授(地震学)は「16日の地震は、熊本地震をきっかけに布田川断層帯が約30キロにわたってずれたことによる地震だ」と指摘する。

震源の深さは約12キロと浅い。マグニチュードも「九州の内陸部地震では、この100年で最大だった」(福岡管区気象台)ことが、各地の被害を大きくした。

さらに、その後の地震が特徴的な動きを見せている。14日までは熊本地震で震度7を記録した熊本県益城町が余震の主な震源域だったが、16日未明の地震以降、北東の同県阿蘇地方、大分県方面に移動し始めている。

これ以上の本震が今後あるかもしれない
もともと、大分県の別府湾から阿蘇山などを経て長崎県の雲仙に至る区間は、地盤間の溝(別府-島原地溝帯)が走っているとされる。溝を境に南北方向に引っ張る力が岩板(プレート)にかかり、この地域にある活断層が「横ずれ」と呼ばれる動きを見せるのはこのためだ=イラスト参照。

イメージ 2

古村教授は「地溝近辺ではこれまで、大きな揺れがなくエネルギーがたまっているエリアが多い。地震が次の地震のきっかけになる連鎖が起きる可能性は否定できない」と注意を促す。

「本震の後に余震が続き、やがて収束していく『本震余震型』の地震のパターンだけではない」と指摘するのは、鹿児島大の井村隆介准教授(地質学)。2日前から前震が確認されていた東日本大震災(2011年)がまさに「前震本震型」だったという。

井村准教授は「今回の地震が本震なのかどうか、まだ分からない。これ以上の本震が今後あるかもしれず、余震が数カ月続くことも考えられる」という。

●4月10日:アフガン北部でM6.6 パキスタン、インドも揺れ 


●4月13日:ミャンマーでM6.9の地震=インドでも揺れ、大規模停電 

●4月14日:南太平洋バヌアツ沖でM6・4


連日M 7クラスの巨大地震が世界中で起こっている。
地球上でM7以上の地震は年平均17、18件観測されるので、過度に心配する必要はないが、全世界が地震活動の活発な時期に入った可能性を否定できない

イエローストーンが破局噴火するとか、白頭山が噴火直前だとか何  千年に一度とか何万年に1度のことが今年同時に起る確率はかなり低いと思う。
だが・・・・
4月14日21時26分に北緯32.7度、東経130.8度深さ11kmを震源とした、震度7、M6.5の地震が熊本県で発生した。いわゆる内陸直下型地震であり、2004年に起きた中越地震同様に多くの余震が続いている。

この地震は、非常に「いやな位置」で発生した地震である。というのも、この震源が阿蘇山のすぐふもとを走る布田川断層であると考えられるからだ。阿蘇山というのは、長野、静岡、愛知、和歌山から四国を突き抜け、九州に至る巨大な断層の集中帯の上にある。

このことを考慮すると、最悪の場合、長野や静岡、四国、九州で、今回と同じような内陸直下地震が立て続けに起こる可能性があるのだ。そして、その先には、南海トラフの巨大地震が控えている。

イメージとして、今回の熊本の地震は、2011年3月11日に起こった東北地方・太平洋沖地震(東日本大震災)に先立って発生した、岩手・宮城内陸地震(08年)と類似していると考えていただきたい。

というのも、熊本地震が発生する以前、福岡の警固(けご)断層や兵庫県の山崎断層で、震度1に満たないような地震が頻発していたからだ。これは、宮城内陸地震の前兆と似ている。そう考えると、またひとつ大きな地震が起きる、とも推測できる。

また、熊本では2月12日以降、深さ10kmでM1.7~M2.7の地震が発生していた。これらの地震は規模が小さく、とるに足りないようにみえた。しかし、これらの地震を発生させているエネルギーの流れを詳しく見ていくと、台湾-琉球諸島-西日本-中部日本-東日本の一部の位置するユーラシアプレートと、その下にもぐり込んで圧縮しているフィリピン海プレートにまでたどり着く。

こうしたプレートの動き全体をみる必要性があり、今回の熊本の地震だけでは収まらないと考えるのが、自然なのである。

事実、4月1日には、東南海地震を彷彿させるM6.1の地震が紀伊半島沖で発生している。さらに、4月10日には兵庫県神戸市南東部の六甲断層系でM4.3とM3.5の地震が続いた。ここに至り、台湾から東日本の一部までを全体として捉え、それらの地震を関連付けて考えるのは間違いでないと確信するようになった。

世界的に大規模な地震が起きている
筆者はすでに、プレートの動きと、内陸直下型地震、火山噴火、プレート(海溝)型地震の関係を図のように整理している。結論を先に言うと、台湾-沖縄-西日本-東日本の一部ではステージ3以降を、東日本ではステージ4以降に注意をはらう必要がある。
イメージ 3


ステージ1:フィリピン海プレートや太平洋プレートが、ユーラシアプレートや北米プレートに沈み込み、その圧力でユーラシアプレートや北米プレートが割れ、内陸直下型地震が生じる。兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)などがこれにあたる。このときのマグニチュードはM7.2で、日本では5年に3回程度起きる地震である。兵庫南部地震の場合、神戸という大都市直下で地震が発生したため、マグニチュードに比して震度が大きく、建物の倒壊などの被害相次いだ。

ステージ2:ユーラシアプレートや北米プレートにあるマグマ溜まりが圧縮されて火山が噴火する。口永良部島、桜島、阿蘇山などがこの例である。この段階の火山噴火はマグマ溜まりにあるマグマが噴出してしまえば一段落するので、それ以上大きくはならない。2009年から現在まで続く九州各地の火山がこれにあたる。

ステージ3:ユーラシアプレートや北米プレートが耐えかねて跳ね上がり巨大なプレート型(海溝型)地震が発生する。その前にステージ1のように内陸直下型地震が起きることがある。今回の熊本の地震は、おそらくこれにあたると筆者は考えている。

ステージ4:プレート間の摩擦が減少したため、従来よりも数倍の速い速度で太平洋プレートやフィリピン海プレートが北米プレートやユーラシアプレートの下にもぐり込み、ふたつのことが引き起こされる。

ひとつは、もぐり込んだプレートが溶けてマグマとなり、火山の巨大噴火を引き起こすことだ。もうひとつは、沈み込むプレートの速度が速くなり過ぎて、太平洋プレートやフィリピン海プレートがちぎれて(正断層)、再び海底でアウターライズ型地震(再度、大きな地震が発生すること)が発生すること。

今回、もうひとつ気にかかるのは、4月14日前後に、日本だけではなく、フィリピン海プレートとインド・オーストラリアプレート境のフィリピン海、太平洋プレートとインド・オーストラリアプレート境のバヌアツ、太平洋プレートと北米プレート境のカムチャッカ半島でも大規模な地震が起きていることである。

フィリピン海プレートは比較的小さなプレートで、その東側と北側には太平洋プレートがもぐり込んでいる。これまであまり注目されてこなかったプレート同士ではあるが、フィリピン海プレートの圧力を受けている桜島の噴火が2009年頃から急増し、2011年にピークに達したことや、西之島新島が形成されたことなどをみると、今後、フィリピン海プレートと太平洋プレートの関係にも注目していかねばならない。

特に、首都直下型地震の可能性を考える場合、これらの関係は極めて重要である。

今回の熊本の地震は、ステージ3の南海トラフ地震の「前奏曲的」な意味合いが強いと考えられる。筆者は2020年東京オリンピックまでに、南海トラフ地震の発生が懸念される状況にあると考えている。筆者の推計では南海トラフ地震の津波被害者は、47~50万人である。熊本地震を単体のものとしてとらえず、日本全体の「危機の前兆」と認識し、対策を講ずる必要があるのだ。

危機を煽るつもりはない。

しかしながら、未だ終息しない熊本阿蘇地方の地震活動、世界各地で起きる巨大地震から察するに、太平洋プレートが大きく動きだし、周辺プレートも動き出したという現実を直視しなければならない。今までの常識にとらわれず地震に備え準備を怠らないようすべき時かと思う。

イメージ 4
ペットボトルの水とかインスタントラーメン、カセットガス、今すぐ買うのではなく、熊本が一段落したらもう少し買い置きしておきたい。



 
イメージ 5

中央構造線上に震源が東に移動している・・・見方によればそうかもしれないが・・
震度1は無視して良いのではないかなぁ?

イメージ 6

しかし、大分で震度5は明らかに中央構造線上・・・

イメージ 8


それにしても・・・皆さんもそう思ったかもしれませんが
14日9時ごろ感じた東京直下地震は気持ち悪かったですね。
てっきりその地震が熊本からの地震だとばかり思っていました。

イメージ 7

地震が怖くて日本に住めるか!
週刊新潮 高山正之 変見自在

社会部の記者だったころ、丹沢の村を鉄砲水が襲った、かなりの死者が出たという一報があった。
 お前、行ってこいとデスクに言われ、悪路に強いトヨタのランドクルーザーと、ミカン箱ほどのモトローラ無線電話機を手配して出かけた。ドコモなどない時代の話だ。
 ところが麓から現場までの約十キロの山道は鉄砲水を生んだ中川の激流で何か所も崩落していた。
車を諦めて歩く。崩落個所は自衛隊レンジャーの張ったロープにすがって渡る。
 眼下で濁流が吠える。地響きが伝わってくるのは川底を一抱えもある岩が転がり落ちているからだ。
 洪水のあと橋桁が裸木で埋まるのをよく見る。あの水はさっきまで葉も枝も樹皮もあった。それが濁流に呑まれ、この転がる岩に芋洗いされて一瞬にして裸にされるのだ。

もう一歩も歩けなくなったころ、やっと村に着いた。雨は上がっていた。道に沿うて軒の深い家並みが続き、家々の生垣の緑と花が明るい陽射しを受けていた。
「泣きたくなるほど美しい」とブルーノータウトが言った日本の景色が広がる。
 その道の先が一か所だけ横切るように狭れていた。鉄砲水はその両側の何軒かを呑みこんであの激流に落とし込んだのだ。

 被害はその一筋だけ。隣も向こう隣も無傷だった。抉れたところで自衛隊員が作業している。その傍らに縁台が置かれ、お茶とお新香が並び、何人かの女性が彼らの労をねぎらうためにお握りを握っていた。

 流された人の身内という一人がご苦労様ですとこちらにもお握りを勧めてくれた。
 被災地に行って、被災者から炊き出しを受けたのははじめての経験だった。
 ほんの通り一本で私の家は助かりましたと語る表情はごく穏やかだった。
 三万人が死んだ安政大地震について「それでも彼らは落胆もせず、不幸に泣かず、意気阻喪することもなくすぐに仕事に取り掛かった」と『ベルリ提督日本遠征記』は伝える。
 明治初期、銀座大火の折、米国人クララ・ホイットニーは焼け出された人たちが「快活に笑い、助け合って、まるで大きな一つの家族のようだった」と記録する。
 丹沢の山奥で見た日本人の姿と重なる。
 それがどこから来たのか。大森貝塚を見つけたエドワードーモースは日本の自然の美しさに感嘆しながらも「地震や大津波、台風に火山の噴火、大洪水と、日本は地球上のどこよりも危険な国」だと書いている。

 そんな危ない国に住む人々について、モースとほぼ同時期に来日したスイス公使エメエ・アンペールは子どもたちがまずいろは歌を学ぶことに注目している。

色はにおえど散りぬるを 我が世だれぞ常ならむ……
 それはこの世に永久的なものはなにもないという無常観であり、それを子どものころから繰り返し教えられてきたから「日本人は人生の苦難や困窮に遭っても何らの不平を持たず、死ですらも宿命的な性格が与えられて平凡な日常の些事として見ようとしている」と結論している。

 柳田國男の説話集によれば、日本の神様はふだん神社にはいない。祭礼があるとその前夜に戻ってくる。神社の御神木や御柱は神様が迷わないよう、目印のためにある。

 ただ神さまが渡られるのを見るのは禁忌で、見たものは一年以内に死ぬとされる。説話集にはその禁を破って神社の前に佇む人々が描かれている。     老いや病で家族に迷惑をかける。そうならないように一年以内に死んでいきたいという思いからだが、これもアンベールのいう日本人のもつ死生観に通じる。
 その老人医療費で日本がパンクしそうだからと政府が少し手直しした。通院ごとに百円出してと。

 そしたら「死ねというのか」と朝日新聞にけしかけられた老人が吠えた。昔は他人様にたかるなど以ての外だったのに。

 三・一一では人々は「大きな家族」になって助け合ったが、朝日は東電だけ家族から外した。無常観より賠償金をたかった方がいいとさもしさをくすぐる。
 その朝日は今、地震が来たらどうする。もう原発はいらないと言いたてる。
 そんなに地震が怖ければ日本から出ていけ。
                                (二〇一二年八月二日号)