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謎多き日本最大の科学研究所「理研」、その全貌とブッ飛びの研究成果 ここに日本の未来がある!
【現代ビジネス】2017.3.20 山根 一眞ノンフィクション作家/獨協大学特任教授

日本最大の科学研究所「理研」。1917年に設立され、湯川秀樹や朝永振一郎など日本の科学史を彩る研究者たちが参集した。100年目を迎える2017年には450の研究室、3000人の研究者を擁し、全国に研究施設を持つ。

そこでは今どんな研究が行われているのか? 研究者たちは何を目指しているのか?

その全貌を明かそうと仙台から播磨まで5拠点で70人にインタビューし、このたび『理化学研究所 100年目の巨大研究機関』を上梓したノンフィクション作家・山根一眞さんが、大興奮の研究成果をご紹介!

水でできたプラスチック?

「山根さん、面白いものを見せてあげましょう」と差し出されたのは、ちくわほどの大きさの半透明のぶにゅぶにゅした不思議な棒だった。それは「98パーセントが水」なのだという。水? こりゃ、いったい何なんだ?

3月20日、理化学研究所が創立100周年を迎える。

通称、理研。日本最大の科学研究所だが、その実態はほとんど知られていない。

私は、といえば、わかっているつもりだった。理研が完成させた巨大加速器「SPring-8」を取材したのはもう20年も前のことで、それ以降も、いくつかの理研による科学成果の取材は行ってきたのだから。

だが、100周年を機に「理研の科学力」を徹底して知ろうと取材を始め、呆然とした。研究室の数が約450、研究員は3000人にのぼっていたのだ。

理研のウェブサイトには詳しい「最新成果」が公開されているので、まずはそれに目を通してからと思ったが、その数は2800件を超えていた。

理研とは、「最新成果」にじっくりと目を通すことすら容易でない、まさに日本最大の巨大研究機関だった。

そこで、取材対象を絞りに絞ったが、それでも会った研究者は3000人のごく一部にすぎなかった。

そうして会った一人。毎年、ノーベル賞候補として名が伝えられる十倉好紀さん(理研・創発物性科学研究センター長)が差し出したのが、固体の水だった。


水は、固体なら氷と決まっている。だが、これは冷たくない。放置しても溶けて水にはならない。クラゲの体のようだが、長く放置しても干しクラゲにはならない。

ただの水にある粉を混ぜれば、5秒で作れる「水プラスチック」。水なので環境にはとてもよろしい。水が材料なので石油は不用で資源には困らない。そして、将来は今のプラスチックに代わる素材になる可能性が大。

いくら聞いても、既存の「プラスチック」や「水」の固定観念の延長腺上に、こんなものはイメージできなかった。

このぶにゅぶにゅした「水プラスチック」は、十倉さんが率いる創発物性科学研究センターの相田卓三さんが作り出した常識破りの成果なのだ。

相田さんによる「水プラスチック」の論文は、世界中から2万4000回も引用されていた。つまり、「世界の大期待物質」なのだ。

論文の引用回数はその研究の「凄さ度」を示すが、十倉さんとなると、さすが親方、その独創的成果は抜きん出ていて、論文の引用回数はじつに8万回だと知った。ノーベル賞候補とされるゆえんでもある。

……という十倉さんや相田さんは、理研の科学者、3000人のごく一部なのである。


スパコン「京」の知られざる成果


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三橋貴明 日本人が知らない日本製スパコン”京”の凄さ!中国の1位はまやかし                                                              「世界一になる理由は何があるんでしょうか。2位ではダメなんでしょうか」という蓮舫参議院議員(現・民進党代表)の歴史に残る迷言で危うく潰されそうになったのが、スーパコンピュータ「京」だ。

これも理研が作り、運用してきた大きな柱だ。

だが、それによる研究成果をすらすらと口にできる人は少ない。

無償で研究者が利用した場合は成果の公開が原則だが、企業が有償で駆使した場合は成果は公開しなくてよい。そのため、企業がスパコン「京」で開発した製品の多くは、ベールに隠されたままなのだと知った。

たとえば、自動車であれば、格段の空力特性で低燃費、衝突事故によるダメージを軽減するボディなど、スパコン「京」が大いに役立ったとしても、メーカーはそんなことは言わないからだ。

自動車の衝突実験を「実車」のみで行った場合と比べると、スパコン「京」によるシミュレーションによって日本の全メーカーは年間1000億円以上のコスト軽減ができているはず、とも聞いた。

一方、積極的に成果を公開している珍しいメーカーがある。住友ゴム工業だ。

住友ゴムは、スパコン「京」を駆使して自動車タイヤのゴムの分子の動きをシミュレーションし、理想的な省エネタイヤを開発、発売した。もし、日本中のクルマがこの省エネタイヤを使えば、日本全体でのガソリンの節約額は8000億円にのぼると試算されていた。

この省エネタイヤの開発のためには、ゴム内部の分子構造を見る必要があった。そのために利用したのが、理研の「SPring-8」と「SACLA」だった。

たとえ話だが、「電子顕微鏡の1億倍よく見える」と言われるX線分析装置が世界最大規模の「SPring-8」(放射光実験施設)で、さらにその1億倍よく見えるとしてデビューしたのが、世界最高性能の「SACLA」(X線自由電子レーザー施設)だ。

その「透視」で得た分子の挙動データをスパコン「京」にぶち込むことで、超省エネタイヤの作り方がわかったのである。

光合成の解明


「SPring-8」と「SACLA」を駆使して解明できた成果に、光合成の解明がある。

あらゆる生物が太陽エネルギーで生きているというのは、植物が光合成をやってくれているおかげだ。

植物は水と空気中の二酸化炭素を取り込んで、葉を茎や幹を作り果実を結ぶ。アマゾンの鬱蒼たる熱帯雨林もコシヒカリもフライドポテトもマスクメロンもイチゴの「あまおう」も、光合成による炭水化物の生産のおかげだ。光合成は酸素を放出してくれてもいる。光合成によって、私たちの命は支えられている。

光合成は、太陽光をエネルギーに使い水を分解して酸素と水素を作ってもいる。だが、その化学反応のメカニズムは複雑、かつ超高速で進められているため、長いこと人がとらえ知ることは不可能とされてきた。

だが、その壮絶工場の製造工程で必要な化学物質(触媒=タンパク)の正体が、「SPring-8」と「SACLA」で突き止められていた。岡山大学大学院教授、沈建仁さんの大成果だ。

その触媒を人工的に合成、化学反応の道筋をつかむことで、水と太陽光だけを原料に、タンクの中で水素エネルギーや食糧、燃料、建材、さらに肥料まで作れるようになる「日」が見え始めたというのだ。

石油不用のプラスチック、8000億円分のガソリン節約タイヤ、太陽光と水だけで生産できる人類の生命維持資源……。

今回の取材では、理化学研究所の研究成果のごく一部に触れただけだが、資源に乏しい日本が、資源輸入に頼らず、環境にダメージを与えず、豊かさを維持していく「持続可能な社会」という魔法を手にできるじゃないか、という確信をもった。

理研抜きに日本の科学は語れない


科学は難しい。最先端科学は理解できない、という人が圧倒的に多い。「日本人がノーベル賞受賞!」というニュースが報じられるたびに日本中が熱くなるが、それぞれの研究内容は一般の人には理解しがたい内容ばかりだ。

それは当然のことで、いずれも世界の最先端の科学での業績だからだ。

理研の最先端の研究を訪ね歩いたが、私自身、研究者が語る「用語」すら理解できないことがしばしばだった。

その「用語」を理化学の専門事典で調べても、収載されていないことが多かった。新しい発見や新しい考え方に対して創られたばかりの「用語」だからだった。

研究者たちはマイペースで、研究について、その成果について話し続けるのだが、それは、その分野の大学院の最先端の講義を聞いているようなもので、正直、何度も逃げ出したくなった。

しかし、仙台、埼玉県和光、横浜、大阪府吹田、神戸、兵庫県播磨と理研の研究拠点を訪ね、およそ70人の研究者に会いインタビューを続けながら、これはえらいことになっているぞ、という思いがどんどん強くなっていった。将来像が見えなかった持続可能な社会は作れるじゃないか、と思ったのはそのひとつだ。

理化学研究所は、2014年にSTAP細胞をめぐる不幸な事件に突き落とされ、皮肉にもあの事件によってその名が広く知られるようになった。理研を取材しているというと、「あの事件のことか」と聞かれることが多かった。それは、あの出来事が理研のすべてと受けとめらてしまっていることを物語っている。

それが、長年にわたり理研を取材してきた私には、何とも無念でならなかった。

日本の科学力を語るには、理解するには、理研抜きにはあり得ない。だからこそ、一度、きっちりと理化学研究所の全てを取材して歩きたいという思いがやっと叶ったのである(結果は、その片鱗を知るしかできなかったが)。

人類史に残る偉業


2016年12月、理研の実験核物理学者、森田浩介さんのグループは、日本の科学界の100年以上にわたる悲願だった新元素の合成、そして周期表への記載を、13年半におよぶ苦闘の末になしとげた。

「113番元素=ニホニウム」の合成成功は、アルファベットの26文字に新たな1文字を加えたのに匹敵する偉業だ。

3月14日、東京・上野の学士会館でその命名式典が行われ私も参列した。

臨席された皇太子殿下が、「高校時代に周期表を30枚も手書きして覚えた」というエピソードを紹介された。私は高校時代に、「水兵離別バックの船、なーに間があるシップ直ぐ来らー」の語呂合わせで覚えたが、皇太子殿下はどんな語呂合わせで覚えたのだろう。周期表の語呂合わせは20〜30種類はあって、世代によって異なるからだ。

続いて国際純正・応用化学連合(IUPAC)のナタリア・タラバソ会長が挨拶に立った。会場には、あそこにも、ここにもと、ノーベル賞受賞者を含めた日本を代表する科学者たちの姿があった。こんな厳粛な科学の会を見るのは初めてだった。

そして、タラバソ会長は、まさに「高らかに」こう締めくくった。

「IUPAC会長として、113番元素がニホニウムとして命名されたことをここに宣言します」

理化学研究所は、奇しくも100周年を迎える日の6日前に、日本の科学界の1世紀以上にわたる悲願を達成したのだ。

この命名宣言は、理研の101年目からの新しい日々の始まりだ。明日から、どんな成果が続くのか目が離せない。

* * *

理研はあまりにも巨大で、私一人でイタンビューを続けることの無力感にさいなまれたが、それでも理研が科学立国・日本の源泉であり、ここに日本の未来の姿があると確信した。

理研の研究者たちの取り組みを知らずして、日本の未来を考え、未来を描くことはできない。70人に続き、まだお目にかかっていない2930人のインタビューを行うことは到底不可能だが、1人でも、1テーマでも多く、日本の科学力を知るための取材を続けねばならないと身の引き締まる思いでいる。
理化学研究所は、国立研究開発法人理化学研究所として、自然科学の総合研究所として、物理学、工学、化学、計算科学、生物学、医科学などに及ぶ広い分野で研究を進めています。
スタップ細胞騒動と原子番号113・ニホニウム発見で世間の耳目を集めた理研だが、理研が現在研究している事案は世界を大きく変える発明を手掛けている。

21世紀に入っての量子力学の進展は目を見張るものがある。
先日紹介した
にあるように、人間がかつて宗教や哲学で扱ってきた心や宇宙の真理が解き明かされようとしています。

理研はを量子力学と少なからず関係がある。戦前の理研を代表する科学者仁科芳雄は量子力学を確立したニールス・ボーアの講演を聴いて物理学の新しい分野の研究に興味を持ち、1923年4月にコペンハーゲン大学のボーアの研究室に移った。ここでは研究員として5年半過ごした。 帰国後、1931年7月に理研で仁科研究室を立ち上げ、当時国内では例のなかった量子論、原子核、X線などの研究を行なった。翌年に中性子が発見されるとX線の代わりに宇宙線を研究対象に加えた。1937年4月には小型のサイクロトロン(核粒子加速装置)を完成させ、10月にボーアを日本に招いている。1939年2月には200トンもの大型サイクロトロン本体を完成させ、1944年1月から実験を始め、原子爆弾開発を目指したことは有名。

理研と並び日本の科学の中核を為すのが科学技術振興機構(略称JST)です。
日本の各研究機関を支援し、研究成果の社会還元とその基盤整備を担うわが国の中核的機関です。理研とも文部科学省傘下で、重複したいますが、ともに産学協同で科学振興の役割を担っています。

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グリーンイノベーション

エネルギー問題解決へ
光合成最大の謎を解明… …………………… 3 
沈 建仁 (岡山大学 大学院自然科学研究科 教授) 
光合成の明反応の流れ
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光合成は明反応と暗反応の2段階で成り立っている。明反応はその名のとおり太陽の光を利用して水を分解し、酸素や生命活動のエネルギーとなるATP(アデノシン3リン酸)などを合成する反応で、PSⅡはその最初の段階で水を分解して酸素をつくる触媒としてはたらく。
PSⅡの全体構造
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PSⅡは19個のタンパク質の複合体で、2つが左右対称につながっている。黄丸が触媒のはたらきを中心になって行う部分で、4個のマンガン原子などから成ると推測されたが、構造は解明されていなかった。
人工光合成技術の確立が実現すれば、石油や石炭のように二酸化炭素を発生させることのない、本当の意味でのクリーンエネルギーが実現するかもしれない。光合成は生命活動の根源であり、多くの生物がその恩恵にあずかってきた。これからは未来エネルギーの礎として、さらに私たちの暮らしを支えてくれることになるだろう。

新たなエネルギー変換技術の開発に道
内田 健一 (東北大学金属材料研究所 准教授) 
齊藤 英治 (東北大学原子分子材料科学高等研究機構/金属材料研究所 教授)
表面プラズモンを使った光–スピン変換
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  • 〈a〉 研究の概念図–この実験で使った素子の模型図
  • 〈b〉 走査型電子顕微鏡で撮影した金微粒子
  • 〈c〉 金微粒子近くの電磁場分布のシミュレーション結果
    左では強力な電磁場が発生、右では電磁場の補強効果は起こらない。
特定の金属微粒子を含んだ絶縁体磁石に可視光を当てることで、光のエネルギーをスピン流(磁気の流れ)に変換することに世界で初めて成功                                            
充電や交換、燃料補給なしで長期間エネルギー供給が可能な電源の研究開発において、現在、最大の課題が常時利用可能な動力源の確保である。単一のデバイスでさまざまなエネルギー源を同時に利用することができるスピン流は、未来を拓く大きな希望だ。内田准教授によって発見されたこの変換原理は、今後の研究の進展によって、表面プラズモンとスピン流を融合した新たな研究分野の誕生や、外部電源を必要としない電気、磁気デバイスの研究開発へ大きな貢献を果たすことだろう。


高い能力と経済性
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小江 誠司(九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所/大学院工学研究院 教授) 




貴金属を使わない人工触媒の開発に成功(日刊工業新聞 2013年2月8日)
近年、次世代を担うエネルギーキャリア(エネルギー貯蔵媒体)の代表として「水素」が注目され、官民でさまざまに議論されている。化石燃料の枯渇化が進行し、未曽有の事故を経験したいま、安全かつクリーンで、しかも持続可能なエネルギーの供給は21世紀の最も重要な課題の1つであるとの認識が、ようやく社会に定着してきたのである。

そんななかで、一貫してエネルギー源としての水素に着目し、酵素による水素活性化のメカニズムの解明、水素からの電子抽出、そしてエネルギー利用技術の開発に努めてきたのが、小江誠司教授の研究グループである。同グループは、すでに2007年、水素活性化酵素と同様の働きをする最初の「モデル化合物」を発表した。その後、2008年にCRESTに研究代表者として採択され、研究を重ねた結果、2013年2月には、ついに水素活性化酵素の「完全モデル化」に成功した。

自然エネルギーの決定版
塗るだけで太陽電池!… …………………… 9 
中村 栄一 (東京大学 教授)
連続塗布製膜プロセスイメージ図
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塗布型p-i-n三層型有機薄膜太陽電池の成膜プロセス



カラム/キャニオン構造を横から見たもの

カラム/キャニオン構造を上から見たもの
あらゆるものを太陽電池にできる魔法の技術

有機薄膜太陽電池と呼ばれるこの技術は、量産が進めば現在、安価なシリコン製の太陽電池と比較しても生産コスト抑制の点でそれを十分に上回るものが提供できる。これだけでも素晴らしい成果だが、何よりの特長は塗るだけで、その物質による太陽光発電が可能になる ということだ。つまり、屋根の瓦に塗ると外見はまったく変わらないにもかかわらず、家庭内の電気をすべて供給することができるという、夢のような話も可能になるというから驚きだ。さらに近い将来、自動車のボディなどの工業製品だけでなく、カーテンや壁紙など、これまで考えられなかったものでも発電できるようになるかもしれないのだ。 

大気中に浮遊する微小な物質の複合分析装置を開発
PM2.5 の実態解明に貢献!……………… 11 
竹川 暢之 (首都大学東京 大学院理工学研究科 分子物質化学専攻 教授)
小ささゆえに健康や気候へ重大な影響を引き起こし観測すらままならないのがPM2.5である。 PM2.5を構成する化学物質は多種多様で、その実態を解明するために必要とされる分析法が確立していないのが現状である。
小ささだけでなく「変わりやすさ」も研究の障害に このため、エアロゾルの実態を把握するには、化学組成をリアルタイムで計測することが必要だ。小さなエアロゾルをもれなく速やかに捕まえる。最大の課題の解決法として、竹川教授たちが試行錯誤の末にたどり着いたのは、「粒子トラップ」だった。各要素技術を効果的に組み合わせることで、単独では成し得ない新しい分析が可能になったのが立体的な格子の「粒子トラップ」で、リアルタイム分析が可能になった。

サハラ砂漠を地球の発電所に!
住友電気工業株式会社故 笛木 和雄(東京大学 名誉教授) 
故 北澤 宏一 (東京大学 名誉教授) 
故 前田 弘 (物質・材料研究機構 特別名誉研究員) 
紙すき技術応用の排ガス浄化装置… …… 15 
株式会社エフ・シー・シー北岡 卓也 (九州大学大学院農学研究院教授)
この送電ロスをゼロにできれば、世界的なエネルギー問題の多くを解決できるのだ。

その答えの1つが超電導を利用した高温超電導線材である。超電導とは特定の物質を超低温に冷やした際に電気抵抗がゼロになる現象を指し、この原理を利用すれば低損失の送電線が実現可能になる。

この技術を利用すれば地球規模の電気革命も起こせると考えられている。「サハラ・ソーラー・ブリーダー計画と呼ばれるその計画は、太陽光発電の巨大なシステムをサハラ砂漠につくり、その電気を高温超電導線材を使い世界中に送電するという夢のプロジェクトだ。計算上、サハラ砂漠の4分の1の面積で世界中の電力を賄うことができる。数千kmの送電が可能になれば決して不可能なことではないのだ。
半分の貴金属触媒で世界基準をクリア!
株式会社エフ・シー・シー/北岡卓也(九州大学大学院農学研究院 教授)
貴金属量の少ない浄化装置の開発が急務

自動車や自動二輪車の生産は世界中で拡大し続けている。今後も排ガス規制の強化は続くだろう。これまでの浄化装置は主に触媒として使っている貴金属を増やすことでしか、規制の強化に対応できなかった。しかし、この方法はすでに限界を迎えている。白金やロジウムなど有限な資源を今のペースで使い続けることはできないのだ。
貴金属使用量の少ない、効率のよい排ガス浄化装置の開発は緊急の課題であった。

紆余曲折を経てたどり着いたのは、セラミックスの粉末にパルプを加えた原料を手すき和紙などを作る要領で、シート状にするという方法「湿式抄紙製法」だった。さらに、それを巻き取り、ハニカム(蜂の巣)状に成形する。高温加熱してパラジウムとロジウムを触媒として加えることで新しい排ガス装置が完成したのだ。
貴金属の使用量はどうなったのか?なんと白金は使う必要さえなくなったのである。そして、これまでの約半分の貴金属量で、現在の世界基準、欧州自動二輪車の排ガス規制EURO3(一酸化炭素;2.0g/km、炭化水素;0.3g/km、窒素酸化物;0.15g/km以下)をクリアすることができたのだ。これで効率のアップはもちろんのこと大幅なコストダウンも実現できたことになる。従来の問題点であった耐熱性も高く、1000℃でも浄化性能が低下しないという大きな特性も持っている。
ペーパー触媒はすでにエフ・シー・シーによって製品化が実現した。紙すきという昔からの技術を利用して画期的な成果を生み出したのだ。

日本かおり研究所株式会社大平 辰朗 (国立研究開発法人森林総合研究所 樹木抽出成分研究室長)
トドマツの葉から抽出した精油が、NO2を除去する能力が圧倒的に高いことがわかった。トドマツに特に多く含まれるβ-フェランドレンやミルセンなどの成分が効果を発揮したのだ。
ではなぜ精油がNO2を無害化できるのか。調査の結果、精油に含まれる成分が空気中のNO2と引き合って「凝集(粒子が寄り集まってより大きな集合体になること)」することがわかった。

こうして「クリアフォレスト事業」が立ち上げられ、これまでは廃棄されていた間伐材の枝葉を活用し、省エネ&低コスト型の新抽出装置の開発に成功した。

北海道釧路市にプラント(生産設備一式)を設営し、地域の連帯による「トドマツの枝葉の収集から抽出まで」の連続したシステムが開発された。

トドマツの精油を効果的に抽出するため、今までの水蒸気蒸留装置とはまったく違う考え方の「マイクロ波減圧コントロール抽出装置」の開発を成功させた。この装置は抽出時間が短縮されるだけではなく、抽出温度や圧力の調整も簡単にできる。水蒸気蒸留ではないので、排水もなく手間がかからない。まさに省エネ&低コスト型の抽出装置なのだ。精油を抽出した後に残った葉にも脱臭効果があるので、消臭活性剤としての展開も今後期待できる。
森の資源を有効活用し持つ力をすべて使い切る。これは日本の森を再生させる、という面でも類を見ないシステムと言えそうだ。

ライフイノベーション

再生医療や創薬の発展に期待
iPS 細胞を樹立…………………………… 19
山中 伸弥 (京都大学 iPS 細胞研究所 所長 / 教授)
iPS細胞は多能性幹細胞である。多能性幹細胞とは培養すれば骨・心臓・肝臓・神経・血液など、その他人間の体を構成するどのような細胞にも分化する「万能性」を持った細胞のことである。今まで皮膚などを構成する細胞が多能性幹細胞になるということは考えられなかった。なぜならそれはタイムマシーンのように、時計の針を逆戻りさせて、細胞を受精卵と同様の状態に戻すことにほかならないからだ。
しかし、皮膚の細胞にわずか4つの遺伝子を導入するだけで、この時計の針を戻すという一見不可能な技術が実現できたのである。

世界初の快挙!
髙橋 政代 (理化学研究所 多細胞システム形成研究センター
網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー)
iPS細胞の登場から7年、実用化へのマイルストーン
世界に衝撃を与えた山中伸弥教授によるiPS細胞の樹立から7年後の2014年9月12日、滲出型加齢黄斑変性の患者に、患者自身のiPS細胞由来の網膜色素上皮(RPE)細胞のシートを移植する手術が行われた。iPS細胞から作製した組織を使用した臨床手術として、世界初の事例である。
今回の手術は、初期段階の臨床研究として行われた。主な目的は安全性の確認で、大幅な視力改善といった顕著な治療効果を期待するものではない。新規治療法として確立し、一般化されるまでには、今後長期にわたる臨床研究が不可欠だ。世界に衝撃を与えたiPS細胞は、人類に大きな恵みをもたらすための初めの一歩を踏み出した。
医薬品開発の研究にも貢献
谷口 英樹 (横浜市立大学 大学院医学研究科 教授)
ここで開発した技術を「臓器原基移植療法」と名付け、臓器移植の代替治療として提唱している。この技術に基づく治療が実現すれば、肝移植の待機中に死亡する患者を救済することができるのだ。そのため研究グループでは、今後は臓器原基の大量製造技術や最適な移植方法の検討を重ねて、肝臓疾患の患者を対象とする再生医療の実現化を図り、肝臓以外の臓器への応用の可能性についても研究を加速させるという。
一方、本研究の成果は、日本の創薬産業にも大きく貢献する可能性がある。現在の医薬品開発に利用される細胞のうち、最も重要で市場性が高いのはヒト肝細胞で、代謝安定試験・酵素誘導など、医薬品開発でのスクリーニング(新薬候補の選別)に役立っているが、残念ながら、その供給はほぼ100%を欧米に頼っているのが現状だ。そこで、今回開発した技術によりiPS細胞由来のヒト肝細胞・肝組織を大量に製造してスクリーニングに供することができれば、日本の創薬産業の国際競争力向上に寄与すると考えられるのである。

貼るだけで治療ができる!
奇跡の細胞シート… ……………………… 25
岡野 光夫 (東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 名誉教授・特任教授)
「これは人類の宝だ」と言わしめた技術

ヒトの臓器は機能を失った場合、自然に元に戻ることはまずない。臓器移植は現在の医学では可能になったものの、倫理的な問題を含むことや、患者数に対してドナーの数が圧倒的に少ないという問題もあり、根本的な解決になっていない。人工的に臓器をつくり出すことができれば、より多くの患者を助けることが可能になるのだ。岡野光夫教授は、人類の夢とも言える人工臓器の作製に応用できる細胞シートの作製技術を確立した。
この細胞シートはさまざまな臓器の組織を対象とした基盤技術となり、筋芽細胞シート(ハートシート)は治験が終了し、世界初の心不全治療用再生医療製品として承認された。その他、食道、中耳、関節軟骨、歯根膜、角膜の臨床応用が国内外で進められている。心筋梗塞などの虚血性心疾患の治療だけを考えても、全世界で数百万人いるといわれる患者を救うことが可能になるかもしれないのだ。

患部に「貼るだけ」で治療ができる奇跡のシート

細胞シートの凄さは多くあるが、なによりその施術の簡易さが際立っている。基本的に患部に「貼るだけ」で良いのだ。縫合も必要ないため、医師にとっても患者にとっても負担の少ない治療と言えるだろう。角膜の手術も基本的に眼球に貼るだけで終わってしまう。また、心筋梗塞など、これまでは臓器移植しか方法がなかった治療も、壊死した部分に貼るだけで心臓が回復するという、これまでの常識では考えられないような治療法なのである。
また、患者の細胞を使用する細胞シートを使えば、これまでのようにドナーも必要なくなるため、すぐに治療を始めることができる上に、拒絶反応も起こらないという驚くべきものなのだ。

医学と理工学が一体となって実現する世界

現在の医療現場は昔と違い、医学だけでなく理工学との共同研究が求められている。先のシャーレの開発も、医学の世界だけでは解決できない問題だった。岡野教授は「神の手」と呼ばれるひと握りの特別な医師だけが救える命を、医学と理工学が協力し開発するテクノロジーにより、医師の経験に関係なく、より多く助けることができると考えている。
細胞が「自分を食べる」
水島 昇 (東京大学 大学院医学系研究科 教授)
飢餓状態の栄養補給と細胞の健康維持の役割についても解明

リアルタイムでの観察やノックアウトマウスなどの研究手法の開発を機に、オートファジー研究は飛躍的に進んだ。絶食させると全身でオートファジーが活発になることや、オートファジーに必要なAtg5遺伝子を欠損したマウスが出生直後深刻な栄養不良状態に陥って死亡しまうことなどから、オートファジーが飢餓状態の栄養補給に重要な役割を果たしていることがわかった。また、神経細胞特異的にAtg5遺伝子を欠損したマウスに運動障害が現れた。神経細胞内を観察するとタンパク質の異常蓄積と凝集化が起こっていたことから、オートファジーは、飢餓時のアミノ酸供給だけではなく細胞内の不要なタンパク質を取り除く恒常的な役割を持つことが明らかになった。
さきがけ終了後、研究代表者となったSORST「オートファジーによる細胞内クリアランス機構」では、不要タンパク質を取り除く役割に着目し、様々な組織におけるオートファジーの役割を調べた。例えば、マウスの受精卵では、受精後4時間以内にオートファジーが非常に活性化することを確認した。そして卵細胞特異的にAtg5遺伝子を欠損したマウスは、排卵、受精は正常に行われるものの、着床に至る前に発生が止まり死んでしまった。正常なマウスでは、受精直後にオートファジーが活性化することで、母親由来の不要なタンパク質を取り除くとともに、発生の過程で必要となる新たなタンパク質合成の材料となるアミノ酸を確保していたのだ。
飢餓状態にする修行が無意味でナンセンスではない科学的根拠がある証拠か・・・

免疫学の常識を覆す!
自然免疫の役割を発見… ………………… 29
審良 静男 (大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 拠点長)
花粉症などの治療薬開発に貢献

審良氏の発見はすでに、自然免疫をターゲットとした創薬の研究開発に役立っている。例えば、日本全国で2,000万人以上の患者数がいるとされ、国民病とまで称される花粉症や、アトピーの治療薬の開発などである。また、ヘルペスなどの感染症治療薬は既に一部が実用化されており、審良氏の発見からわずか10数年で免疫学は大変なスピードで進化した。今後、さらに免疫機構が解明されれば免疫の異常反応系の病気だけでなく、がんなどの難病の治療も可能になると期待されている。
ノーベル賞が与えられてしかるべきだったのだが、
2011年に同分野の研究を行っていたジュール・ホフマンブルース・ボイトラーが受賞したため、同分野での受賞の可能性は事実上消滅し・・・非常に残念だ。

1細胞レベルでの観察を実現!
マウスを丸ごと透明化… ………………… 31
上田 泰己 (東京大学 医学系研究科 教授 / 理化学研究所 生命システム研究
センター グループディレクター)
0.5gの脳には約5億個近くの細胞がある。個々の細胞を見ることは、日本列島の外側から人間1人1人を見分けるよりも難しいことなのだ。

個体全身を一つのシステムとして総合的に解析するために、全身の細胞ネットワークや遺伝子の働きを1つの細胞レベルの解像度で3次元画像として取得するためのイメージング技術の開発に挑戦した。

脳の細胞を見ようとしても、細胞の中の水やタンパク質、脂質によって光が散乱するため、不透明でよく見えない。「見えないのであれば、透明にすればいい」と上田教授は考えた。光の散乱の原因となる脂質の除去、そして、組織内の屈折率の均一化によって、透明度の高い脳サンプルを得ることに成功する。

生物学や医学分野、睡眠・覚醒リズムの解明にも

上田教授らによって実現されたこの技術は、三次元病理解析や三次元解剖学への応用、免疫組織化学的な解析への適応も可能だ。この技術は個体レベルの生命現象とその動作原理を解明できることから、生物学はもとより医学分野においても大きな貢献が期待できそうだ。上田教授が進めている睡眠・覚醒リズムの研究においても、この技術は大きな役割を果たす。研究において大切な1個1個の細胞の活動を調べ、その仕組みを解き明かす助けとなるのだ。いずれはうつ病や総合失調症などの精神疾患を解明し、治療することも可能になるという。さらなる夢に向かって、共同研究グループの挑戦はまだまだ続きそうだ。

植物の受精卵分裂の撮影に初めて成功!
東山 哲也 (名古屋大学 WPIトランスフォーマティブ生命分子研究所 教授)
植物の「細胞再生能力」と「新たな細胞融合現象」を発見

このプロジェクトの代表的な成果は「細胞の再生能力」の解明である。被子植物では、受精卵の不等分裂によって頂端細胞(最終的に植物体を形成する)と基部細胞(胚への栄養供給を担う)が生じる。頂端細胞を前述のレーザー技術で破壊し、その後の影響を連続観察すると今まで知られていない驚きの事実が明らかになった。頂端細胞がダメージを受けると、すでに胚柄細胞になろうとしていた細胞が、頂端細胞を補うためにその役割を担う「細胞運命転換」が行われることが分かったのだ。これは植物の驚くべき再生能力の証明といえる。
さらに、まったく新しいタイプの細胞融合現象も発見された。植物が種子を作る際には花粉から伸びた花粉管が、種子の元になる組織に導かれる。この時、花粉管を誘い込むのが卵細胞の隣にある2つの助細胞だ。花粉管が助細胞に到達すると、先端から2つの精細胞が勢いよく放出され助細胞の一つが潰れる。そして、精細胞の一つは卵細胞と受精して胚に、もう一つは中央細胞と受精して胚乳になる。東山教授らは代表的な実験植物であるシロイヌナズナを使って、残った助細胞に起きる変化を調べた。その結果、助細胞と胚乳が融合して互いの中身が交じり合う細胞融合現象が観察されたのだ。これで助細胞の誘引物質が急速に薄まり花粉管の誘引を抑える。この研究によって、花粉管の誘引停止が起きる仕組みが明らかになった。
これまで植物の細胞融合は受精以外では知られておらず、この発見は植物細胞に対する見方を大きく変えるだけではなく、細胞の新たな機能を提示したことになった。これはまさに教科書を書き換える大発見といっても過言ではないのだ。

スプレーするだけでがん細胞を可視化
浦野 泰照 (東京大学大学院薬学系研究科・医学系研究科教授)
現在のがんの検診法で検出可能ながんは1cm程度が限界で、数mmサイズを見つけることは極めて難しい。がんの再発を防ぐためには、1mm程度の転移極小がんもすべて取り除く必要があるのだが、これまでは手術する医師の経験が頼りで、見落としや取り残しが問題となっていた。
研究加速で、浦野泰照教授と米国国立衛生研究所(NIH)の小林久隆主任研究員は共同で、短時間でがん細胞のみを検出する画期的な試薬の開発に成功した。生体内の物質を可視化する蛍光色素「有機小分子蛍光プローブ」を患部に少量スプレーするだけで、がんの部分だけを光らせることができるのだ。 局所散布するだけでがん部位が目に見えるほど明るく蛍光を発するようになるのは世界初の技術で、まさに画期的なものであった。

がん細胞のみを狙い撃ち!
分子標的療法で実現… …………………… 37
間野 博行 (東京大学 大学院医学系研究科 細胞情報学分野 教授)
がんを飲み薬で治すことも可能になる夢の研究

40年ほど前まで、「日本人のがん」といえば、圧倒的に胃がんだった。しかし時代が下るに従って肺がん死亡者数が急激に増え続け、2009年には男女とも胃がんを上まわって1位となった。この肺がんが飲み薬で治るかもしれないという、夢のような研究成果が発表された。本成果は、今後、肺がんだけでなく、がん医療全体の新たな道筋を示すものとして世界中から注目を浴びている。
間野博行教授らは、がんの原因遺伝子を発見するための新しい手法を開発し、CRESTで2007年に肺がんの原因遺伝子としてEML4-ALK融合遺伝子を、研究加速で2012年にRET、ROS1融合遺伝子を発見した。さらに、2013年にRAC点突然変異遺伝子を発見し、乳がん、悪性黒色腫、膵がんなどの原因遺伝子である可能性を示した。簡単にいえば、これらの遺伝子の活性を阻害する薬を投与することで、EML4-ALK融合遺伝子などが原因のがんを一掃できる。実際、2011年8月には、米国において奏効率61%という驚くべき治療効果を示したALK阻害剤クリゾチニブが、EML4-ALK陽性肺がんに対する飲み薬として初めて承認された。治療標的の発見から僅か4年での新薬承認は、世界の抗がん剤開発史上最速だ。日本においても、2012年3月に製造販売承認がおり、同年5月に薬の販売が始まった。現在では世界中で12,000人以上に、日本だけでも2,500人以上に使われている。また、国内で開発され、2014年7月に製造販売承認がおりたALK阻害剤アレクチニブは、奏効率93.5%というまさに夢のような治療効果を証明した。既に900人近い日本人が治療されている。今後、EML4-ALK陽性肺がんの治療への更なる貢献が期待されている。                           
遺伝子の故障が がんを生む

約60兆個ともいわれる我々の細胞を制御するのは、約2万からなる遺伝子である。細胞の制御はコンピューターの様な精緻な仕組みが働いているが、ごく稀に遺伝子が壊れ、異常な信号を発信し始めることがある。この遺伝子の故障が原因となり、がん細胞が生じる。遺伝子が壊れる原因は、ウイルス、化学物質への暴露、遺伝子複製中のミスなどさまざまある。EML4-ALK融合遺伝子の場合は、遺伝子の複製時などに、EML4遺伝子の一部とALK遺伝子の一部が入れ替わってしまう結果生じる。(略)
この遺伝子を抑える薬が1つあれば、がんの進行を止め、完治させることも可能になる。

副作用や経済負担の少ない医療を目指す
片岡 一則 (東京大学 大学院工学系研究科/医学系研究科 教授)
薬剤をがん細胞に届けるだけでなく、その核となる部分に直接作用させる事ができるため、大幅に副作用を低減することができる。しかも薬剤の量も遥かに少量で済むために経済的な負担も軽減することができるのだ。またこの技術では、薬剤以外に遺伝子を運搬することも可能なため、今最も注目されているiPS細胞を使用した再生医療と組み合わせることにより、体内で細胞分化を制御できるようになる可能性があるという。

移植後、早期に元の骨と一体化!
HOYA Technosurgical 株式会社
田中 順三 (東京工業大学大学院理工学研究科 教授)
弾力のあるスポンジ状!メスでも切れて周囲の骨にもすぐなじむ

今回開発された人工骨は、コラーゲンにハイドロキシアパタイトの細い結晶を生きた骨と同じ4対1の割合で混合し繊維状にした「スポンジ状」のものだ。これは生体内で吸収されやすい上、コラーゲンとの複合繊維にしたことで、これまでの人工骨にはない弾力性が生まれた。これなら手術の際にもメスやハサミで簡単に加工できる。さらに、骨の欠損部分が複雑な形状でも、人工骨自身が変形するので、簡単かつ確実に該当部分を埋めることができる。
さて、このスポンジ状の人工骨は生体内でもうまく機能するのか。動物を使った有効性確認のための試験が始まった。ウサギの脚の脛骨内に直径5mmの欠損を作り、そこに直径5mm厚さ3mmの人工骨を移植して、12週まで経過を観察した。この結果、開発された人工骨は生体内の骨代謝のサイクルに取り込まれ、骨芽細胞による人工骨周辺とその内部での「骨の形成」と破骨細胞による「人工骨の吸収」が同時に起こって、最終的に自家骨に置換することが確認された。最終結果としては、術後24週で6割以上が完治し、残りもほぼ周囲の骨に同化するという結果が得られた。安全面でも特に問題は見つからなかった。

医療機器から生活用品まで
中林 宣男 (東京医科歯科大学 名誉教授)
石原 一彦 (東京大学 教授)
日油株式会社
中村 耕三 (国立障害者リハビリテーションセンター 総長)
石原 一彦 (東京大学 教授)
京セラメディカル株式会社
MPCポリマーが医療を変える

ポリマーという言葉を知らない人はあまりいないと思うが、ポリマーとは何か?と問われると答えられる人はなかなかいないであろう。身近なところで言えば、紙おむつやペットシートなどに使用されている高吸水性ポリマーや自動車のポリマーコーティング等が有名なところであろう。同じポリマーという名がつきながら用途としてまったく違うのは、
もともとポリマーは一般的には高分子の有機化合物を指す化学用語であり、さまざまな種類があるためである。
このポリマーの一種が、医療の現場でも重要な役割を果たしている。中林宣男名誉教授と石原一彦教授が、長年共同研究として進めてきた「リン脂質極性基を有するポリマー(MPCポリマー)である。                        
医療用チューブやカテーテルの材料として使用されるシリコンやポリエチレンなどは、体内に入ると異物と判断され血液凝固などの拒絶反応を誘起するという大きな問題があった。この問題を解決したのがMPCポリマーなのである。MPCポリマー生体膜(細胞膜)の構成成分であるリン脂質極性基を導入したポリマーであり、シリコンやポリエチレンにコーティングするだけでタンパク質や血球等が極めて付着しづらくすることができるのである。
光学顕微鏡と質量分析計を融合
イメージング質量顕微鏡… ……………… 45
瀬藤 光利 (浜松医科大学 解剖学講座 細胞生物学分野 教授)
小河 潔 (株式会社島津製作所 基盤技術研究所 先進技術開発室長)
病理組織の「観察」と分子の「質量分析」を融合

2004年から質量顕微鏡の開発を牽引してきた瀬藤教授によれば、開発の根底には、生命現象を分子によって説明する「分子生物学」が1990年代に医学分野にもたらした、新しい発想があった。
顕微鏡を用いて「病変部のパターンを認識する」病理学のほか、経験的に得られた膨大な知見を体系的に構築し、発展してきた医学の世界に、「ヒトの体は分子でできている」という世界観が入り込んできたのである。言い換えれば、「病理組織を観察する」という従来の方法に、「その組織は一体どんな分子でできているのかを特定する」という新たな方法が加わったわけだ。そして、その「どんな分子でできているか」を明らかにすること、つまり試料に含まれる多様な分子の種類や性質を解き明かすには、それらの質量を測定・分析して答えを導き出す「質量分析」が適している。
こうして、病理学的な「観察」と分子生物学的な理解をもたらす「質量分析」を融合させ、分子のありかを地図のように画像化できるイメージング質量顕微鏡の概念が生まれた。
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