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                                                  トランプ米政権が対中通商強硬策を取り下げた。図らずもだが、米中を橋渡ししたのは核とミサイルを振り回す北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長である。トランプ氏は「ならず者」を抑え付けるのは習近平国家主席しかいないと判断したのだが、国際貿易ルール無視の中国が増長しかねない。日本は米国との経済対話の焦点を中国に絞るべきだ。

トランプ氏は大統領就任前、中国からの輸入品に45%の高関税をかけると息巻き、オバマ政権までの「一つの中国」政策放棄までちらつかせたが、2月に北朝鮮が長距離弾道ミサイル実験をするや、電話で習氏に「一つの中国」維持を伝えた。4月7日にフロリダで習氏と会談した後の12日には「中国を為替操作国に認定しない」と言明。トランプ氏はツイッターで「北朝鮮問題でわれわれに協力する中国を為替操作国とどうして呼べる?」と弁明した。

筆者と東京で出くわした中国軍関係者によれば、「米中関係を覆う曇りは解消し、今後50年間は安定する」。中国人にありがちな「白髪三千丈」の類い話とは決めつけられない。金体制が維持され、挑発を繰り返す限り、米国が中国に抑止を頼み続けるので、長期的に見て米中貿易戦争は起こらない。ワシントンが黙れば、人民元を含む中国共産党による市場支配への海外からの逆風もやむ。

トランプ氏から為替操作国と指定された場合、北京が無理やり人民元を切り上げるしかない。当然、金融を厳しく引き締めざるをえず、過剰生産設備を抱える国有企業が一斉に経営破綻する。こうした恐れが北朝鮮のおかげで吹き飛んだ。

国際金融市場の利害が反映する英フィナンシャル・タイムズと米ウォールストリート・ジャーナルは米中貿易戦争ともなれば、市場が大きく混乱すると警告してきた。しかし、アジアで中国と対峙(たいじ)する日本が欧米の声に唱和するわけにはいかない。

習政権は「一帯一路」構想を掲げ、アジア全域の陸と海のインラフを北京に直結させ、中華経済圏化しようともくろむ。インフラは軍事転用可能で、南シナ海への海洋進出と同じく、軍事面での膨張策と重なる。北京で2016年初めに開業したアジアインフラ投資銀行(AIIB)はその先兵だ。

ドルに連動させる為替操作が米国に黙認されたのを奇貨として、AIIBは中国人民銀行が発行する人民元を使ってインフラ資金を融通するだろう。米中首脳会談では、習氏がトランプ氏に対し米国のAIIB参加を懇請した。トランプ氏が応じれば、AIIBは国際金融市場での地位を固められると踏んだからだ。

日米間では18日に、2月の首脳会談で合意した経済対話の初会合が開かれた。そこで決まったのは貿易・投資ルール、経済・財政政策、個別分野の3つの柱だが、中は空白だ。米側代表のペンス副大統領は2国間貿易協定の締結を示唆したが、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)など多国間協定主義の日本とはかみ合わない。このままでは、「対話」が日米を離反させる結果になりかねない。

とにかく芯が必要だ。それは中国という共通項だ。

懸案はAIIBばかりではない。中国には世界貿易機関(WTO)ルールが通用しない。知的財産権侵害もダンピング輸出も止まらない。外資には出資制限を課し、技術移転を強要する。企業が中国から撤退しようとすれば身ぐるみはがされる。突如、海外送金も止められる。党幹部による裁量が優先し、公正な裁判どころではない。金融市場は規制緩和どころか、強化される一方だ。この結果、不動産開発などバブル融資が繰り返され、企業や地方政府の債務膨張が止まらない。これらだけでも日米対話の柱の内部を埋めつくすだろう。

トランプ政権が中国を偏重するのは米経済にとって不合理である。グラフは米国のモノの貿易赤字と海外からの米国債など証券購入を合算した資金流出入である。世界最大の債務国米国は外部からの資金流入に依存する。貿易赤字は大きくても、相手国がその分を対米証券投資で還流させれば、米金融市場は安定する。一目瞭然、日本は対米貿易黒字分を上回る資金を米証券市場につぎ込んでいる。

対照的に、中国は米国に貿易黒字を証券投資で還流させない。昨年は年間3500億ドルの黒字に加えて1300億ドルの証券を売却している。日本は米金融市場のいかりであり、中国は機雷も同然だ。経済対話の日本側代表、麻生太郎副総理兼財務相はしっかりと米側にクギを刺すべきだ。

(編集委員)
日米経済対話が始まった、ペンス副大統領は日本企業の城下町州のインディアナ州知事であり日米関係をよく知っているので、まともな対話が可能ではないかと思うが、ウィルバー・ロス商務長官も知日派ではあるが、英エコノミスト誌が「ミスター保護主義」と評し、日本に対し日米二国間協定FTAでどのような無理難題をおしつけてくるか?

そして、トランプ大統領がまだもしかしての段階だがトランプまでもが北朝鮮情勢に絡みパンダハガー=親中派に成り下がってしまている。田村秀男氏の分析は見事であり、確かに今までの政権はそのままパンダハガーに成り下がっていった。皮肉なことに中国は北朝鮮のおかげで生き延びてしまうのか?

だが、トランプは北朝鮮を使って中国を解体に向かわせる戦略を考えているのではないか?とも考えられる。“Make America Great Again”を標榜するのであれば、なおさらである。


日米ETAは粛々と交渉する一方で、日本はTPPをまとめ上げ、米国をTPPに引きづり込むことを考えるべきではないか?TPP11と日米ETAの同時交渉はむしろ日本の国益を守り、国家戦略として決して拙くはないように思えてくる。

日本が米国抜きの環太平洋経済連携協定(TPP)へと舵(かじ)を切った。米国の離脱表明で他の参加11カ国の結束は揺らぎ、日本国内にも慎重論が再燃した。危機にひんしたTPPの維持へと方針転換した安倍晋三政権の舞台裏を追った

日米経済対話を5日後に控えた4月13日。安倍晋三首相は、首相官邸に麻生太郎財務相や石原伸晃TPP担当相ら関係6閣僚を集めた。

「率直に意見交換しよう」。表向きの議題は通商交渉全般だったが、最大の命題は「TPP11」構想の扱いにあった。

「米国が入らないことで損する国も得する国もある。11カ国は一様ではない」。石原氏は難しさを説いた。山本有二農林水産相も慎重論を唱えた。ひとしきり意見を聞いた首相は麻生氏を一瞬みてから発言した。「国際情勢を見ながらTPP11を考えよう」。政権としてTPP11を目指す方針を明言した瞬間だった。

トランプ米大統領は1月21日、TPPからの離脱を表明した。だがTPPは安倍政権の成長戦略の柱。中国の台頭をにらんだ経済的な日米同盟でもある。政府内にはTPP政府対策本部を改組する案も浮上したが、首相は残すよう指示した。

安倍政権がTPP11を進める真の狙いは、いずれ米国を引き戻すことにある。日本主導で地域の通商・貿易ルールをつくり、時が満ちてから米国を迎え入れる――。首相の意思は固まっていたが、問題は構想を表明するタイミングにあった。

トランプ政権との関係構築の段階にある中で、あまりに早く「米抜き」を表明すれば、米側の反発を招く恐れもあり、参加国の不安にもつながる。一方、日本がいつまでも態度をあいまいにすれば、参加国の足並みが乱れかねない。「米国が入らないなら中国を入れてでも発効させればいい」。ペルーやチリの政府高官は1月下旬に両国を訪問した薗浦健太郎外務副大臣にこう語った。

水面下で間合い探る

米国とは水面下で間合いの探り合いをはじめた。浅川雅嗣財務官ら4人の次官級が3月に訪米し、トランプ氏の片腕と言えるジャスター大統領副補佐官と会談した。

「日本とも厳しい通商交渉をやりたい」。ジャスター氏は農産物や医薬品、観光などの市場開放と2国間交渉を強く迫った。日本側が貢献策として示したインフラ投資は聞き流された。

一方、日本側はTPP11構想を切り出した。「高いレベルの貿易ルールを多国間に広げるべきだ」と主張。米側に示した提案書にも「TPP11」の文字を明記した。

米側は2国間交渉を要求するが、TPP11ははばまない――。感触を得た日本は構想表明のタイミングとして4月18日の日米経済対話後に照準を絞った。米側ともきっちり話をつけて進めているとの他の参加国へのメッセージを込めたものだ。

他の参加国へ根回し

米国との自由貿易協定(FTA)に前向きな国への根回しも進めた。同8日の日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)の経済閣僚会合。「FTA一本足にならないほうがいい」。世耕弘成経済産業相はベトナムのアイン商工相に呼びかけた。

日米経済対話のさなかに来日したオーストラリアのチオボー貿易・投資相。同国はTPP維持に積極的であり、今後どうするのかと日本政府高官に尋ねた。「すべての選択肢がテーブルの上にあるということだ」。高官はトランプ氏が北朝鮮問題で好んで使う表現を使った。「そうか、日本もカジを切ったか」。チオボー氏も笑顔で応じた。

「11カ国でTPPをやろうという話は5月(の閣僚会合)に出る」。麻生氏が訪問先の米国でこう表明したのは、日米経済対話の翌19日だった。

(島田学、竹内康雄、重田俊介)
プライムニュース 2017年4月18日 170418


見通しの甘すぎるトランプの貿易政策
【Wedge】2017年4月10日 岡崎研究所

ワシントン・ポスト紙の3月5日付け社説が、トランプ政権の貿易政策対議会報告を、正しい分析からは程遠く、TPPのような米主導の多国間協力こそが最善の道であり、一方的に「主権」や「保護」を主張することは盲目的だ、と批判しています。要旨、次の通り。

トランプ政権は選挙中の保護主義的主張を堅持していくようだ。先般公表された「2017年貿易政策課題」は、ライトハイザー通商交渉代表とナヴァロ国家通商会議委員長の影響を反映したものとなっている。6ページの政策表明は冷戦後の米国の貿易政策への批判を繰り返している。NAFTA(北米自由貿易協定)やWTO(世界貿易機関)等の多国間貿易協定と制度は米の主権を犠牲にし、製造業の分野で米の雇用を犠牲にしたと批判する。

この議論は正しい分析からは程遠い。確かに製造業の雇用は2000~16年の間に1720万から1230万に減少した(2000年は中国のWTO加盟の前年)。しかし、この雇用減少の原因が、米国だけではなく世界的にみられる生産の自動化その他長期的な要素よりも、100%WTOなど貿易取決めにあるとするかどうかは別問題だ。

カリフォルニア大学バークレー校のデロングは、ここ20年の製造業での雇用減少は朝鮮戦争後から見られる歴史的趨勢の結果だとしている。非農業雇用の中での工場雇用は53年に32%だったが、NAFTAや中国登場のずっと前の90年に既に16%に下がっている。ドイツでも、1970~2015年の間に工場雇用は半分に減少した。

このことは、既存の貿易取決めを再交渉しても、またトランプ政権が示唆するように米国の利益に沿わない裁定がWTOで下される場合にはそれから離脱しても、利益はほとんどないことを示している。反対にデロングは中国のWTO加盟とNAFTAによるネットの雇用喪失は、1億5000万の総雇用人口の中の約50万人程度だったと計算している。

我々も輸入により履物や家具製造等の軽工業が被害を被ったことに異を唱えるものではないし、中国との貿易が一党独裁国家での法の順守や透明性を増進することにはならなかったとのトランプ政権の主張に反駁するものではない。しかし、中国の重商主義に対抗する最善の道は正にトランプが拒否したTPPのような米国に主導された多国間協力である。

トランプ等は、過去の政策立案者は「地政学上の利益のために不公正貿易慣行を盲目的に甘受してきた」と非難する。しかし、地政学的考慮も実は紛争を最小化しながら米の利益を増進する世界を作るというものだったのである。盲目とは、他国の正当な利益や他国による報復も考慮しないで一方的に「主権」や「保護」を主張することだ。

出典:‘Trump’s blindness on trade is all too easy to see’(Washington Post, March 5, 2017)
https://www.washingtonpost.com/opinions/trumps-blindness-on-trade-is-all-too-easy-to-see/2017/03/05/4f576298-0052-11e7-99b4-9e613afeb09f_story.html

社説の指摘は全くの正論です。このような社説が出ること自体は心強いことです。

3月1日、米通商代表部は米通商法に基づき「2017年貿易政策の課題と2016年年次報告」を議会に提出しました。全体で336頁、冒頭の8頁がトランプの貿易政策の課題と題された第一部となっています(残りは現行の貿易協定の現状やWTOの活動等についての詳細な報告)。第一部は、選挙演説のような議論になっています。ピーター・ナヴァロ等が書いたのでしょう。それでも、貿易擁護の観点から均衡を取るために誰かが精一杯手を入れたのではないかと推測される文言は見られます。

報告で特に注目される点は次の通りです。
・最大の目的は「より自由でより公平な貿易」を拡大していくこと。雇用を拡大し、相互主義を増進し、米の製造業を強くする。

・多国間取決よりも二国間取決が米の利益になる。

・地政学上の考慮のために不公正貿易に目をつむるという考え方は「拒否」する。

・不公正貿易慣行を打破する。米の知的財産を守る。

・米国内法を厳密に実施していく(ダンピングや補助金への対処で)。

・米の権利や利益を弱くし義務を増大させるような他国やWTOの努力には「抵抗」していく。

・現存の貿易協定は必要に応じ改定する。

・優先事項は、①貿易上の国家主権を守る(WTO紛争処理の裁決が「自動的に」米の法律や慣行を変えることにはならない)、②米の通商法を厳密に実施する、③他国の市場を開放するためにあらゆるレバレッジを使う、④主要国と新たなベターな貿易取決めを締結することの四つである。

 トランプ政権が考えを変えない限り、これからの国際貿易やWTOは試練を受けるし、混乱することになりかねません。戦後の国際経済の発展、世界経済のダイナミックスと米国の利益に関し、もう少しバランスのとれた理解を持ってもらいたいものです。

ナヴァロは「大統領府が懸念する貿易赤字:不均衡は経済成長を危うくし米の安全保障を危険に晒す」と題する寄稿文を3月5日付ウォール・ストリート・ジャーナル紙に寄せ、日本の「恐るべき非関税障壁」の除去が必要などと主張しています。

しかし、ナヴァロは貿易赤字を妄想しているように見えます。モノの貿易偏重とも言えます。貿易赤字の議論は短期的思考であり、貿易の縮小均衡をもたらしかねません。貿易を一層自由にしてパイを大きくしていくというダイナミックな思考が欠如しています。それは80年代の日米貿易摩擦の時代の教訓でもあります。経済を効率化し、資源を最適利用して、産業構造を不断に変革していくことこそ、経済成長をもたらすものであり、狭小な赤字議論をやっていては長期的に米国の力が衰退して行きかねません。
一方で、トランプがやっていることは、アメリカを偉大な国にした最大の功績者アレキサンダー・ハミルトンの経済政策を実施しているという、目から鱗の意見があり、なるほどと頷いてしまった。

アメリカトランプ経済政策
何がアメリカの繁栄をもたらしたか? 建国当初の二大路線対立

経済思想史の中のトランプ・ショック
【現代ビジネス】コンサルタントDesign Thinke池田 純一

■アメリカ経済はどうなるか?

ドナルド・トランプがアメリカ大統領に就任してから3ヵ月近くが過ぎた。

この間、選挙キャンペーン時の公約を果たそうと、移民、エネルギー、ヘルスケアなどの分野で矢継ぎ早に大統領令の発布や議会への法案要請を行っている。

もっとも連邦裁判所や連邦議会の動きによって必ずしもトランプの思惑通りには進んではいない。むしろ、混乱が広がりつつあるというのが実情だろう。

そのような状況の中で、アメリカ人のみならずアメリカの外部の人びとにとっても身近な関心となるのが、アメリカ経済は今後、どうなるのだろうかという問いだ。

なにしろアメリカ経済を立て直すことを訴える“Make America Great Again”というフレーズが、トランプキャンペーンそのものであったからだ。

そんな疑問を感じ始めた時に目にしたのが、今回紹介するコーエン&デロングの
アメリカ経済政策入門』という小著だ。

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実は、この本を手にしたのは全くの偶然からだった。新刊案内に平積みにされていた中で、アンディ・ウォーホルのポップアートで有名な赤いキャンベルスープ缶の装丁がやたらと目についた。

中をパラパラと見たら、アレグザンダー・ハミルトンやドワイト・アイゼンハワーといった名前が目に入り、それならばちょっと読んでみようかという気になった。つまりは装丁に惹かれたジャケ買い。もちろん200頁を切る薄さも後押しした。

よく見ると原書はHarvard Business Review Pressでの出版、すなわちビジネススクール向けの専門出版社の本であり、おそらくはビジネスパーソン向けの簡潔なものなのであろう。それでタイトルにあるように、アメリカの経済政策の歴史が概観できるならお得ではないか。

しかしそのような予想は、良くも悪くも裏切られた。

ハミルトンとジェファソンの対立

確かにアイゼンハワーまでを扱った第3章まではコンパクトにアメリカ経済の進展がまとめられており、これは頭の整理になる。

なかでも建国時におけるハミルトンのアメリカ経済への影響については、意外とまとまった読み物がなかったので、彼の活躍の要点が整理された記述は重宝しそうだ。

初代財務長官を務めたハミルトンは、いわゆる「建国の父祖たち(The Founding Fathers)」の一人であり、しばしば第3代大統領を務めたトマス・ジェファソンと対比して語られる。

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ハミルトン(1755-1804)。アメリカ合衆国建国の父祖の一人にして、初代財務長官を務めた  〔gettyimages〕


北部ニューヨークが地盤のハミルトンに対して、ジェファソンは南部ヴァージニアが拠点。ハミルトンが通商国家としてイギリスと貿易で競い合う未来を見込んで、連邦政府の強化を強く希望したのに対して、ジェファソンは農業国家として北米大陸における領土拡大に夢を託し、それゆえ独立自営農民からなる州権制、連邦制を重視した。

このあたりの建国の父祖たちの鍔迫り合いについては阿川尚之『憲法で読むアメリカ史(全)』が詳しい。

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そのような二人の対立で最もわかりやすいものは、中央銀行の設立を巡るものだ。

初めて聞くと驚いてしまうのだが、アメリカの中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)は、19世紀どころかようやく20世紀に入り、1913年に設立された。実に建国から100年余り経ってのことだ。

ではその間、中央銀行がなかったのかというとそういうわけでもなく、何度も中央銀行に相当する銀行が設立されては、時の政局によって廃止されてきた。

つまり、アメリカ社会にとって中央銀行を頂点とする金融システムの存在は、建国以来常に政治的論争の的であったわけだ。そしてその発端は、ハミルトンとジェファソンの対立にまで遡る。

中央集権的な通商国家を目指したハミルトンは、当然、中央銀行推進派であり、一方、州権重視の連邦制を重視するジェファソンは反対派であった。

こうした二人の対立構図の中で、本書『アメリカ経済政策入門』の著者たちは、実に明確にハミルトン派であることを宣言している。

実際、原書タイトルは“Concrete Economics: The Hamilton Approach to Economic Growth and Policy”であり、ハミルトン流の開発経済アプローチが重要だというのが本書の主張の核心だ。

その点で邦訳タイトルが与える、アメリカの経済政策について中立的評価をした「入門=教科書」という印象はミスリーディングだった。キャンベル缶をあしらった装丁もこのハミルトン派の主張とは何の関連もなかった。

トランプ以後に読むと…

実のところ、このあたりの旗幟鮮明な主張が本書の扱いに困った点でもある。

つまり想像していた以上に、この本は党派的なものだったのだ(むしろアメリカ経済に関する教科書的な事実や推移の確認のためなら、2008年刊と少し古いが中尾武彦『アメリカの経済政策』を紐解くほうが早いのかもしれない)。

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実際、第3章までの記述の簡潔さ、わかりやすさと比べて、80年代から現代までを扱う第4章以降、控えめにいっても、何を意図して書かれているのかがいささかわかりにくい。

いや表向きは、書かれていることはシンプルで、要するにリーマンショックを引き起こした金融業界の規制緩和はありえないくらい酷かった、という非難にある。

そうなったのも80年代以降の経済政策の舵取りが、それまでのように実利ではなくイデオロギーに先導されたからだったという。80年代に入ってからのレーガン以降の経済政策をすべて、考えなしのイデオロギー偏重の展開であると、ばっさり切って捨てている。

この主張をサポートするために、金融産業における破綻や悪事を中心に具体例がこれでもかこれでもかとばかりに――どちらかといえば本というよりもブログのエントリーを読んでいるような冗長さをもって――語られていくのだが、しかし一通り読んでも、著者たちが批判する「80年代以降のイデオロギー」というのが具体的に何を指しているのか、明らかにされていない。

著者の二人は、レーガン以前の経済政策については、いずれも〈プラグマティック〉に運営されていたので問題なかったが、80年代以降は〈イデオロギー〉に偏重した政策が実施されたため、アメリカ経済はおかしくなった、と主張している。

だが最後まで読んでも、プラグラマティックという言葉でどのような判断基準がなされているのか明示されているわけではないし、イデオロギーという言葉で何を指しているのかもはっきりしない。

いやいや、そんなことはわざわざ言わないでもわかるでしょ? 冒頭に記したように、古くはジェファソンにまで遡る経済自由主義のこと、あるいはリバタリアニズム、要するにレーガン以後、共和党が掲げる(合理性に欠ける)一連の思い込みのこと、それがここでいう「イデオロギー」なんだよ……

多分、こう著者の二人は言いたいのだろう。それは想像できるし、ヒントも随所に記されている。

それでも、そうした発想をイデオロギーと一蹴するのは、トランプ以後の現代では、いささか単純にすぎる、ないしは乱暴にすぎるようにも思えてくる。

というのも、トランプ以後は、むしろ事実よりも空想=観念的なものこそが重視され、その意味でイデオロギーが林立する時代に再び踏み込んでいるようにも思えるからだ。

プラグマティックであるとは?

この本の中で繰り返し記される表現に「イデオロギーではなく実利で」というのがある。

ここでいう「実利」とはpragmatismの訳語として使われているので、「イデオロギーではなくプラグラマティズムで」ということなのだが、この本の党派性を踏まえると、自分たち民主党支持のリベラルは「プラグマティズム」側で、対立する保守的な共和党は「イデオロギー」側、ということになるのだろう。

だがだとすると、その彼らの分かり易いまでの二分法思考がどうにもプラグマティックなものに見えてこないのは、どういうことなのだろう。

ちなみに本書では、「プラグマティック」に「実利にのっとって」という訳が使われているが、これはかつてプラグマティズムに当てられてきた「実用主義」という訳語に囚われたものであって、昨今のプラグマティズム理解からすれば若干ミスリーディングだと思う。

国際政治の場面で「プラグマティック」という言葉が使われる際に顕著な、たとえば「国益」のような万人が認める「実利」があらかじめ存在しているようにみえてしまうからだ(プラグマティズムについては伊藤邦武『プラグマティズム入門』が入りやすい)。

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だが本書における「イデオロギー(=観念ないし空想の体系)」との対比で言えば、「プラグマティック」とは個々のプレイヤーがそれぞれの目的を達成しようと、目の前にある具体的な問題に自ら手を付けて「試行錯誤を繰り返す」ところが肝心だ。「実現できると期待できる」ことをまずは是とする態度である。

細かいようだが、このあたりのニュアンスは本書を読み進める上で重要なところだろう。「実用」や「実利」という日本語では、「結果」が強調されすぎていて、これでは帰結主義の功利主義と変わらないように見えてしまう。

だが大事なのは「実験による試行錯誤を良しとしてより良い結果を求めようとする思考習慣」の実践にある。

トランプの主張と大して変わらない?

ともあれ、なぜ著者たちの態度がプラグマティックには見えないという疑問を抱いてしまうのかというと、実はそのような「プラグマティズム/イデオロギー」という二分法を民主党と共和党の間で暗黙の裡に共有してしまっていたからこそ、そうした二分法を意図的に壊乱したトランプに対して、一種の金縛りにでもあったように、為す術を持てなかったように思えるからだ。

ハミルトン流に則って、開発経済的な保護貿易も辞さない本書の主張は、「アメリカ・ファースト」を訴え、中国との貿易不均衡を非難し、国内製造業に従事する(主には白人の)労働者の生活救済を最優先に考えようとするトランプの主張と、大して変わらないように思える。

むしろ、トランプの方が、扇情的であっても具体的に踏み込んだ言い方を行っている分、広く人びとにアピールするところを持っていたようにすら思えてくる。

この時、実は原書が、ハーバード・ビジネス・レビュー・プレスの一冊、要するに未来のコーポレートアメリカの経営者予備軍であるMBAホルダーに向けた本の一冊であることを思い出さないではいられない。

もしかしたら、こうしたプロの経済学者も主張するような処方箋が事前に存在していたため、ミドルクラス以上の「隠れトランプ」といわれる、大学以上の高等教育を受けた人たちにも、トランプの訴えが響いてしまったのではないか。

そして、そのような主張が、リベラル支持の彼らからすれば本来は政敵であるはずの共和党の大統領候補者であったトランプが台頭することに、手を貸してしまったのではないか。

そう考えてくると、著者たちが、本書の中で「プラグマティズムは民主党」、「イデオロギーは共和党」と明確にしなかったことのほうが気になってくる。想像するに、同じ民主党といっても、2016年の予備選でいえば、著者たちはヒラリー・クリントンよりもよりリベラルなバーニー・サンダースに親和的だったのではないか。

大統領候補に名乗りを挙げた時には、夫のビル・クリントン同様、自由貿易体制を支持する中道寄りの立場をヒラリーが取っていたことを考えると、「イデオロギーは共和党」とは一概には言えなかったということなのかもしれない。

その分の歯切れの悪さが、結果として、従来の共和党の主張に全く拘泥しないトランプに対して一種の知的お墨付きを与えてしまったのではないか。

何分にも原書はアメリカで2016年3月に出版されていた。むしろバーニーの援護射撃の一つだったのかもしれない。

著者二人が、60年代のフリー・スピーチ・ムーブメント以来、アメリカのリベラルの牙城で知られるUCバークレー(カリフォルニア大学バークレー校)の教員であることもそのような想像をめぐらすことを促してくる。

何がアメリカの繁栄をもたらしたのか

ともあれ、80年代以降の経済状況を扱った本書の第4章、第5章でわかることは、この本の著者たちがリーマンショックをもたらした金融業界と、そのような金融業界の蛮行を許した80年代以降の規制緩和策――その頂点がクリントン政権時代の1999年に実施された、投資銀行と商業銀行の間の垣根を取り払う「グラス・スティーガル法の撤廃」だった――を蛇蝎のように嫌っていることだ。

そして、そのような事態にアメリカを追い込んだ理由として、東アジア諸国(日本、韓国、中国)の開発経済政策による製造業の台頭を重視している。

著者たちによれば、東アジアの製造業の台頭とアメリカの金融業の肥大化は太平洋を挟んで呼応した動きであり、その結果、アメリカでは「(実体経済が)空洞化し、(金融業という)脂肪で埋める」ような整形手術ばかりが行われるようになったと揶揄する。

そうした東アジアの台頭はいずれも、政府主導の開発経済政策が功を奏したからなのだが、そもそもその成功方程式からして、ハミルトンが編み出した方法(Hamilton Approach)にすぎないというのだ。

ハミルトンは産業政策の始祖であり、ハミルトン流のビジョンがあったがゆえにアメリカは、19世紀中に経済的な基礎体力を蓄え、元本国であるイギリスを経済力で追い抜き、20世紀にアメリカの世紀を実現させた。ハミルトンは、だから今日のアメリカを築いた偉大な人物なのだ。

この本では冒頭でまず、(共和党が金科玉条のように主張していると思われてきた)トマス・ジェファソンが掲げた独立自営農民による共和主義的理想を、夢想として一蹴している。

自由主義ではなく、ハミルトンが考案し提唱した、保護関税、幼稚産業育成、インフラ建設、中央銀行創設などの、製造業に根ざした通商国家を目指すための産業政策こそが、今日のアメリカの繁栄をもたらしたという理解だ。

さらに著者たちの理解に従えば、ハミルトンによって始められた産業政策は、まず19世紀末のドイツで採用され工業国ドイツの台頭を促し、そのドイツの成功を見て、日本が殖産興業策として導入し、日本の戦後復興にも貢献した。その日本の成功を目の当たりにして、韓国も採用し、遂には中国も開放政策以後、導入するに至った。

つまり、ハミルトンこそが開発経済の方法論の祖であり、21世紀に入ってからの中国の経済的躍進も、もとを辿ればハミルトンのおかげ、というわけだ。

トランプ登場がいかに事件だったか

ハミルトンモデルとは、高関税の導入による保護貿易を重視し、その間に国内の幼稚産業を保護し育成する。

その一方で国内市場の整備のために社会インフラと研究開発へと投資を向ける。そうすることで、農業から工業へ、さらには付加価値産業へと経済体制を急速にシフトさせることを目論む。

そうして競争力のある製造業を育てることで、輸出主導の経済体制を築き、それにより外資を稼ぐ。一方で国内消費を抑制する(≒高い税率の実施)ことで、国内投資を高水準で維持し、さらに輸出量を増やしていく。

このスキームの場合、外貨を稼がせてくれる輸出先の国々が、どこまでこうした輸出攻勢に耐えられるかで、成長性への上限が決められる。むしろ、中国は規模と速度の両面からこのハミルトンモデルの限界に挑戦しており、その意味でハミルトン流の最後の継承者であり完成者であるとすら考えられている。

このように著者二人にとって、ハミルトンはそれほどまでに特権的な存在である。彼らの世界は、ハミルトンが神として祀られている世界なのだ。

もしも、ジェファソンのいうような農業国へと建国時に舵を切っていれば、七つの海を制した大英帝国の国際通商網に組み込まれ、穀物や資源をイギリスに向けて輸出するだけの万年開発国に留まっていたとみている。

下手をすれば今日のアフリカのような状態が続いているか、よくてラテンアメリカ的な――スペインに資するために有利な大農場主支配によるプランテーション経済が遺制として蔓延る――社会状態に陥っていただろうと捉える。自由で競争的な経済体制をハミルトンがいち早く構想したからこそ、今日のアメリカがあると考える。

実際、そのような産業政策がアメリカ的だと思えるところは、政府と起業家による阿吽の呼吸の連携がアメリカの繁栄をもたらしたと考えているところだ。

政府が創るのは、あくまでも新たな競争空間(つまりは遊技場)であり、そこで実際に経済的果実を育て刈り取るのは、競争心に溢れる起業家たちである。UCバークレーがスタンフォードとともにシリコンバレーの知的拠点であるからなのか、著者の二人は起業家の力に絶対的な信頼を寄せている。

正直なところ、この点は、むしろ独立自営農民に伴う「独立自尊」や「自己統治」といった行動倫理(=精神)の現代版として、どちらかといえばハミルトンというよりもジェファソンの匂いがするのだが、著者たちはそのあたりも一刀両断し、その功績をハミルトンに与えている。

このように本書の内容は、全く当初想定していたものとは違ったものだったのだが、その内容のみならず、この内容が書かれた動機や意図まで想像を巡らせると、トランプ登場という事件が、経済政策を論じる人たちの間でもイレギュラーなことであったことがよくわかる。

トランプ登場以前に書かれた本を、トランプ後に翻訳として手に取る日本人読者にとっては、常に付いて回ることではあるが、しばらくの間は、この「時差」には十分気をつける必要があるのだろう。

逆に、そうした「時差」を意識することで、トランプ登場という事件のアメリカ社会にとっての重さについても(追認ではあるが)実感することができるのではないだろうか。

期せずして本書は、そのような意義を持つ一冊でもあったのだ。

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ゲームのルールは確かに書き換えられた! “世界”を変えた稀有な事件の記録

  
「アレグザンダー・ハミルトン伝」副題:アメリカを近代国家につくりあげた天才政治家 ロン・チャーナウ著[日経BP社](上)(中)(下)を読了して2009/10/14(水) 午後 11:33

日米は自国第一主義を唱えて交渉すべきでで、トランプ大統領が無理難題を吹っ掛けてきたら、TPP交渉と同じく徹底的に議論に持ち込めば、日本側の勝ちである。


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