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【ロンドン=岡部伸】スウェーデン・アカデミーは5日、2017年のノーベル文学賞を長崎県出身でロンドン在住の日系英国人作家、カズオ・イシグロ氏(62)=石黒一雄=に授与すると発表した。日本出身の作家として川端康成、大江健三郎氏に次ぎ3人目。

静謐(せいひつ)で繊細な文体は、もの静かで落ち着いた印象があり、授賞理由では「(イシグロ氏は)偉大な感情の力を持つ小説によって、われわれが持つ、世界とつながっているという幻想的感覚の下に隠れた深淵を明らかにした」と評価された。

長崎市で生まれ、幼少時に英国へ移住。1982年に英国に帰化し、86年には英国人女性と結婚した。

受賞発表直後に英BBC放送から連絡を受け、“ドッキリ”を疑ったというイシグロ氏は、同放送に「仰天するほど喜ばしい。偉大な作家たちの歩みに加わることができたことは、最高の名誉です」と語った。

また、「世界は非常に不確実な時期にある。(今回の受賞によって)何らかのポジティブな雰囲気に貢献できるならば、大きな感動だ」と述べた。

若いころにミュージシャンを目指したが、作家に転身。執筆は英語で行い、人間が意思を通わせることの難しさや記憶の不確かさを浮き彫りにする作品で高い評価を得た。82年に英王立文学協会賞、89年にブッカー賞を受賞し、一気に名声を確立。多くの作品が映画化や舞台化されている。

スウェーデン・アカデミーのダニウス事務局長は「完成度の高い作家だ」と評価した。

授賞式は12月10日にストックホルムで行われ、賞金計900万スウェーデンクローナ(約1億2500万円)が贈られる。

有力候補と目された村上春樹氏は受賞を逃した。


【プロフィル】カズオ・イシグロ氏

1954年11月8日、長崎市生まれ。

60年に両親と渡英。ケント大、イースト・アングリア大大学院で学ぶ。

81年に短編小説で作家デビュー。82年に戦後の長崎を舞台にした小説「遠い山なみの光」を発表し脚光を浴びる。89年の「日の名残り」で英ブッカー賞を受賞、作品は映画化された。

他に、上海租界を舞台にした「わたしたちが孤児だったころ」(00年)など。「わたしを離さないで」(05年)も映画になったほか、日本ではテレビドラマも制作された。(共同)
一昨日2017年ノーベル賞 日本人受賞は適わずと書いてしまいましたが、日系英国人のKazuo Ishiguro(石黒一雄)氏であった。

村上春樹氏が今年も受賞しないであろうと思ったからだ。だが、ノーベル賞は、受賞時の国籍ではなく、誕生地により受賞国を区別しているので、10月3日記事2017年日本人受賞敵わずは誤報となってしまいました。

ノーベル賞受賞者と出身国 
ノーベル賞を受賞したアルフレッド・ノーベル氏は、1895年に次のように記しています。「賞を授与するにあたって候補者の国籍に配慮はしないが、最も価値のある人は賞を受賞することを明示します。さらに、国籍に関する情報はしばしば決定することが困難である。したがって、ノーベル賞受賞者は国籍ではなく、出身国別に記載されています。

このリストでは、生まれた国は、ノーベル賞受賞者が生まれたときの国の名前を指しています。たとえば、インドで生まれたノーベル賞受賞者を探すには、英国のインド、英国のインド(現在はバングラデシュ)、インド(現在のパキスタン)も含める必要があります。オーストリア、ドイツ、ポーランド、ロシアは国境が変わった国の例です。

この国籍ではなく、出生地主義もいかがなものかと思う。
1987年のノーベル化学賞受賞者チャールズ・ジョン・ペダーセン氏は、ノルウェイ人の父と日本人の母を持ちノルウェー国籍(後に米国籍)で、米国で活躍したにもかかわらず、たまたま日本帝国保護国の韓国で生まれ他ばかりに、生物学的に朝鮮人とは全く関係無いにも係わらず、韓国出身者扱いにされるのは、ご本人の本望であろうか?登録国はご本人に選ばせるのが良いと思う。

ノルウェー人の航海技師だった父が一時、釜山税関に勤務していたため、大日本帝国の保護国だった大韓帝国の慶尚南道東莱郡(現在は大韓民国釜山広域市に含まれる)で1904年(光武8年、明治37年)に生まれる。8歳まで朝鮮半島(1910年からは日本統治となる)で過ごした後に長崎に移り、10歳で神奈川県横浜市に転居しインターナショナルスクールのセント・ジョセフ・インターナショナル・カレッジに学んだ。化学を学ぶため、1922年にアメリカ合衆国へ渡り、デイトン大学(英語版)(オハイオ州デイトン)で学位を得た後、マサチューセッツ工科大学(MIT)(マサチューセッツ州ケンブリッジ)で修士課程を修了した。
MITの教授らは大学に残り博士課程を修めるよう薦めたが、父から学資を受け続ける生活を嫌ったペダーセンは実務の世界に移った。この決断から数十年後にペダーセンはノーベル化学賞を受賞することとなるが、こうした経緯から、ノーベル化学賞受賞者の中では珍しい博士号を持たない人物ということになった。



【ロンドン=岡部伸】2017年のノーベル文学賞にカズオ・イシグロ氏が決まったことについて、イシグロ氏の著書を扱う出版社の編集者、ステファン・ペイジ氏は英ガーディアン紙に「実にすばらしい特別なニュースだ」と喜びを述べた。

イシグロ氏受賞の知らせをアイルランドのダブリン空港で聞いたペイジ氏は、「彼は間違いなくまれにみる作家だ」と説明。「彼が持つ知的好奇心とともに力強い感情はいつも多くの読者をひきつける。常に前に向かって挑戦しており、強い感情は多くの読者の共感を得ている。受賞でより広く世界中の人たちに読まれる文学に通じた作家になる」と絶賛した。

また1999年から2009年まで英国王室の桂冠詩人だったアンドリュー・モーションさんは、「イシグロ氏の想像的な世界は偉大な美徳と同時にとても個人的で親密な価値を持っている。それは困惑、孤立、脅威、驚きの世界だ。授賞は彼の作品が注目に値する魅力的で素晴らしいことを示した」とイシグロ氏の神話的なファンタジー世界を称賛した。 



今年のノーベル文学賞に決まった長崎市出身のカズオ・イシグロ氏(62)。代表作「わたしを離さないで」は、日本で舞台やテレビドラマになるなど、国内でも親しまれている。日本人の名前と顔をもつ作家は、5歳まで暮らした日本での記憶を懐かしむかのように、初期の作品の舞台に日本を選び作家人生をスタートさせた。

「今回日本に来てすごく思うのは、物語自体が非常に日本的ではないかということ。命のはかなさとか、そういうことが非常に日本的ではないか」

平成23年1月24日、東京都千代田区の英国大使館。映画「わたしを離さないで」の原作者として来日し記者会見したカズオ・イシグロ氏は、こう英語で書かれた自作を振り返った。

同作は臓器の提供者として長くは生きられない若者たちを描いた物語。そんな悲しくもはかない設定に、日本的な意識が流れていることを気づいたのだという。来日は10年ぶりだった。

会見では、日本に着いてすぐ、東京・両国国技館に相撲を観に行ったエピソードも。「街を歩いていると、昔見た懐かしい(日本の)記憶がよみがえってくる。(他の)外国とは違う何かがあります」と感慨深げに語り、日本人としてのルーツを再確認しているようだった。

1時間にわたり通訳を介して英語で行われた会見の最後では、「最後にみなさんにぜひおわびしたいのは、日本語がもっともっとできたら直接お話してこんなに時間をかけないですんだんですけど。理解力とか発言力が足りないので、みなさんにご迷惑をかけたことを、おわびします。日本語で直接お話できればよかったのですが」と苦笑い。

司会の女性から「だいたい日本語はお分かりになるんですよね? 言っていることは?」とふられると、「5歳まで母の日本語を聞いていたので、おかしいことに女性がしゃべる日本語は分かるんです。男性のはまったく分からないんです」と英語で語り、会場を沸かせた。


毎年、ノーベル文学賞の有力候補に名前が挙がる村上春樹氏とは、互いにファンを“公言”していることでも知られる。イシグロ氏は以前、文芸誌のインタビューで、村上氏について「もっとも興味ある作家の一人」と称賛。その理由について、「(村上氏は)国を超えた作家であり、現代文学の中で非常に関心を引く何かを象徴している。世界中の人は、日本文化に必ずしも関心がなくても、村上春樹に通じるものを感じる」などと語っていた。

一方の村上氏も、平成27年にインターネット上に開設した期間限定サイト「村上さんのところ」で、「本が出たら必ずすぐ読むのはカズオ・イシグロと(米作家の)コーマック・マッカーシー」と語り、イシグロ作品のファンだということを明かしていた。


カズオ・イシグロ氏の小説は映画化された作品も多く、日本にファンも多い。

1993年の「日の名残り」は、米アカデミー賞で作品賞をはじめ8部門にノミネートされ、世界的に評判を呼んだ。「わたしを離さないで」は、2010年東京国際映画祭でも上映された。この作品は14年に蜷川幸雄氏の演出で舞台化されたほか、16年には綾瀬はるかさん主演でテレビドラマになったことでも知られる。


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石黒氏の本で、唯一本棚にあるのが、「わたしを離さないで」ですが、何とか2/3あたりまで読んだのですが、実のところ途中で、臓器提供の話しであるときがついた時点で、気持ちが憂鬱になり読むに堪えられなくなってしまった本でした。この記事を書いたら続きを読もうかと思います。

どことなく、村上春樹氏の世界の終りとハードボイルド・ワンダーランドにどことなく世界観が似ていたのですが、半分を過ぎても、まったく小説の文体に何故か乗り切れなかった・・・

翻訳本は訳者の力量が問われる本で、正直なところ、カズオ・イシグロ氏の文章は日本語で書く日本人作家の文章と若干異なる海外小説独特の何とも言えないまどっこしい香を感じる。訳者の土屋政雄氏の力量が無いと非難してはいない。むしろある方だと思いますが、英語で書かれた小説を翻訳すると、日本人作家ではない独特の翻訳臭は消し切れない。

村上春樹は、翻訳家でもあり、村上春樹の訳した本も沢山読んだのだが、レイモンドカバーの大聖堂は良かったが、村上春樹の翻訳本と、彼の日本語で書いた小説では、明らかに匂いが違う。

長崎で生まれ両親とも日本人の石黒一雄氏も、5歳で日本を離れ人格形成期はイギリスで育ち、日本語も忘れてしまっているとのことで、私を離さないでも日本人の血を引けど、日本語作品ではなく翻訳本であった。


 ノーベル賞ウィークが始まり、10月5日に発表されるノーベル文学賞では今年こそ村上春樹が受賞するのではないかという期待が高まっている中で、とんでもない情報が飛び込んできた。「今年のノーベル文学賞の最終候補に日本人の名前が入っているが、それは意外な人物だ」というのである。

この情報を理解するためにはノーベル文学賞のかかえる歴史的な問題を振り返る必要がある。ノーベル文学賞はもともと「人類の遺産となるすばらしい思想」に与えられる賞だった。そのため戦前においては哲学者や歴史家など文学者以外の受賞者が何人も存在していた。

ところが1953年にイギリスのウィンストン・チャーチル首相がその伝記に対してノーベル文学賞を受賞したことで受賞資格についての激しい論争が起きた。さらには1964年に哲学者のサルトル氏がノーベル文学賞の受賞を辞退する事件が起きたことで、それ以後、歴史家や哲学者に対してのノーベル文学賞の門戸は閉じられたのである。


■ノーベル文学書の選考基準が完全に変化している!

ところがこのような閉鎖的な文学賞の選考方針に異議を唱える進歩的な選考委員の数が増えていった。実は2015年の選考では古い選考基準を変えようという動きの方が強くなり、これまでの文学賞の歴史で初めて、ジャーナリストの受賞が決定された。さらに昨年は音楽家のボブ・ディランが受賞することで、ノーベル賞の受賞対象を文学者以外に拡大していくという改革の動きが鮮明になってきた。

問題は今年である。選考委員の世代交代の関係で、今年を最後に選考委員の過半数が進歩派からふたたび保守派へと戻るというのである。そこで進歩派は最後のマジョリティの機会をのがさず、新しいジャンルの文学にノーベル賞を与えるプランを推し進めたという。
ジャーナリズム、音楽家…ときて、次の拡大対象はサイエンスフィクションだという噂がまことしやかに囁かれている。

ただし、ハリウッドが好むようなSF作家が候補にあがるわけではない。ノーベル文学賞の受賞基準には厳然たる高みが要求される。それは人類の直面する問題に正面からとりくみ、社会のゆがみや理不尽さに立ち向かう重苦しい内容が必要とされるのである。さらにノーベル賞の前提として、作品が英訳されて広まっているうえに、存命の作家からしか候補者は選ばれない。

では現時点で誰の作品が最終候補に挙がっているのか? それは環境破壊を推し進め、大量殺りく兵器で自らを滅ぼした人類の子孫が、絶望的に荒廃した未来の世界において、自らの存在理由を問いながら生き抜く、人類の未来を問う漫画作品。

最終受賞候補者は『風の谷のナウシカ』の宮崎駿だと言う。
(文=ホラッチェ/フューチャリスト。欧米に独特の人的ネットワークを持つ)
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風の谷のナウシカ [DVD]/ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社

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画像は、終わらない人 宮﨑駿/NHKエンタープライズ

一昨日上記TOCANOの記事を読んで、村上春樹ではない日本人作家でノーベル文学賞に値する作家・・・一瞬私も、カズオ・イシグロも私の頭の中で浮かんだが、意外な超大物作家というので・・・私の頭の中に「石原慎太郎」閣下が浮かんでしまい、・・私の脳内は爆笑してしまって、(閣下失礼)他の候補が思いつかなくなってしまった。記事の続きを読むと、昨年ボブディランだったので、今年「宮崎駿」であっても・・・確かにありうると思ってしまいました。

しかし、ボブディランに憧れて、ミュージシャンを目指したカズオ・イシグロ氏とは、意外なボブディラン繋がりである。