米国で連発、新型コロナ拡散で中国相手に集団訴訟 
感染拡大の原因追及に立ち上がったネバダの腕利き弁護士 
【JBpress】山田 敏弘2020.3.31(火)

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新型コロナウイルスを「米軍が武漢に持ち込んだ」などとツイートした中国外務省の趙立堅報道官(写真:AP/アフロ)

(山田敏弘:国際ジャーナリスト)

新型コロナウイルスの猛威により、世界中で都市封鎖や外出自粛が広がる中、ウイルスの震源地とされる中国は、まだ自分たちの責任を転嫁しようとしている。

中国外務省の趙立堅報道官は3月12日、「米軍が武漢にウイルスを持ち込んだのかもしれない」とツイート。さらに13日には、新型コロナウイルスは、中国ではなく米国の製造した生物兵器であると指摘する記事をリツイートした。これを機に、中国のネット世論も沸騰、武漢で2019年10月に行われた軍人のスポーツ大会「ミリタリーワールドゲームズ」に、米国は280人を超える選手団とスタッフを送り込んでいるが、彼らが武漢に新型コロナウイルスを持ち込んだという批判が渦巻く事態に発展した。

趙立堅報道官のツイートは、明らかに隠蔽工作を含む初動のミスを誤魔化そうとしているのは見え見えで、中国やロシアなど以外ではこうした情報操作は一蹴されている。ただこの情報戦は米国を巻き込み、互いの応酬が続いており、米トランプ政権側は「武漢ウイルス」「中国ウイルス」などと反撃した。

そんな中、米国でさらに中国の責任を明確にしようとする動きが起きている。中国政府に対する集団訴訟がフロリダ州、テキサス州、ネバダ州で起きているのだ。

テキサスの訴訟代理人は保守系活動家

とはいえ、国家に対する訴訟は国家免責が働く可能性、つまり中国は主権国家なので米国の裁判所の管轄に服することを免除される可能性がある。もちろん弁護士もそんなことはわかっていて訴訟に乗り出しているだろう。ただ、それぞれの裁判の内容・背景はそれぞれ違うが、特に3州のなかでもネバダ州の訴訟では、他とは少し様相が違う。凄腕の弁護士がかなり大々的に訴訟を喧伝しており、展開次第では中国に大きなダメージを与える結果になるかもしれないのだ。

そもそも各州から起きている訴訟とはどんなものか、一つずつ見ていってみよう。

まずテキサス州の集団訴訟の原告団弁護士は知る人ぞ知る保守系活動家であもるラリー・クレイマン氏で、原告団は彼の活動母体である「フリーダム・ウォッチ」、そしてテキサス州で高校スポーツの写真撮影を行う企業「バズ・フォト」などとなっている。ラリー・クレイマン氏はこれまでも陰謀論を根拠にフリーダム・ウォッチを使って訴訟を行ってきたことで悪名高い。

そしてこのバズ・フォトという会社が、新型コロナウイルスによって学校が封鎖するなどしたことで破産寸前に追い込まれていると訴えている。訴状を見ると、相手は中国政府、人民解放軍、武漢ウイルス研究所、同研究所の石正麗氏、人民解放軍の陳薇少将となっている。クレイマンらは、中国側に対し、「違法で、国際的に禁止されている中国・武漢にある生物兵器施設から新型コロナウイルスを出した結果による甚大な被害」を受けたとし、少なくとも20兆ドルの損害賠償を求めている。

要するに、中国政府が違法な生物兵器を製造して世界に放ったと指摘しているのである。

ただ学者の多くが新型コロナウイルスは人工ではないと否定している。そして、クレイマンは、過去に民主党のビル・クリントン大統領やヒラリー・クリントン元大統領候補を何度も訴え、さらにバラク・オバマ前大統領を繰り返し「イスラム教徒」であると主張し続けたり、アジア系アメリカ人を差別する発言をしたりしてきた人物であることが話題になっている。そんな事情もあり、このテキサスの集団訴訟を醒めた目で見ている人も少なくない。


フロリダの裁判はよくある集団訴訟

またフロリダ州の訴訟は、個人数名と企業など多数が、新型コロナウイルスで被害を被ったとして中国政府と国家衛生健康委員会、応急管理部、民政部、湖北省政府、武漢市政府を相手取って起こしたものだ。

その訴状を読むと、中国政府は自分たちの経済的な利害のために、深刻な状況を知りながら感染を食い止めることに失敗、新型コロナウイルスの発生を報告せずに済ませようとしたと指摘。さらに、中国には生物兵器の研究施設が2つあるが、そのうちの一つが武漢にある武漢ウイルス研究所のレベル4のウイルスラボで、そこから新型コロナウイルスが漏れたとの説や、ラボで使われた動物を今回のコロナウイルスが発生したとされる市場に売ったという説があり、そうした原因が世界的流行を巻き起こした、と非難している。

この種の裁判は訴訟社会・アメリカではよく聞く話であり、実害を受けた小規模の人たちが集まって、あわよくば金銭的な賠償を得ようと漠然と訴えた、という感じは否めない。

だが、これらテキサスやフロリダの訴訟と比べて、ネバダ州の訴訟は米国でも注目されている。

3月23日、ネバダ州ラスベガスで、原告団の代理人を務めるロバート・エグレット氏が記者会見を行った。ネバダ州のケースでは、原告は、全米の3200万にのぼる中小企業(従業員が500人以下に限定)。そのうち、全米で100万以上の小規模のビジネスなどが、大幅にビジネスを縮小したり、閉鎖を余儀なくされたりしているとし、その損出額は数千億ドル規模になると指摘している。現在のような状況が続けば、被害額はさらに膨れ上がるとも懸念を示した。

ネバダの原告団を率いるのは腕利き弁護士

この会見はネットでも生放送された。エグレット氏は、「この訴訟と申し立ては、中国政府に対して行っており、中国人に対してではないことを強調したい。アメリカの中国人や、本土の中国人もまた、世界中の人たちと同じく、中国政府の行為と非行動の被害者である」と強調した。

同氏はさらに、この訴訟は小規模ビジネスを救うためだとし、「中国側にしっかりと聞いてもらいたいのは、中国政府の無責任さとこの感染拡大への対処のせいで、大勢の死者や損失が出ていることに対して、アメリカの小規模ビジネスはただ黙って傍観し、見過ごすことはできないことだ」と主張している。またテレワークやリモートで仕事をするよう勧める話もあるが、レストランや小売業など遠隔ではできないビジネスも多く、こうした人たちは救いがないともいう。

訴状によれば、原告は、中国政府が「欺瞞行為や、誤った情報を流し、隠蔽し、証拠隠滅を行った」と指摘する。そして、中国政府は情報を共有する代わりに、医師や科学者、ジャーナリスト、弁護士らを脅迫し、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)が拡散させるのを許したという。最初から情報を透明性を持って公開していれば、ここまでの惨事にはならなかったと、エグレット氏は述べている。


このケースが他州の集団訴訟と一線を画しているのは、原告団の規模の大きさもさることながら、エグレット氏がよく知られた弁護士でもあるからだ。

例えば、同氏は、2017年にラスベガスで発生した前代未聞の銃乱射事件で被害者側の集団訴訟を担当した。この事件では、ラスベガスのホテル「マンダレイ・ベイ」の一室から野外コンサートを楽しんでいた人たちに向けて銃が乱射され、58人が死亡し、850人以上が負傷した。この被害者側と、管理不行き届きを指摘されたホテルとは2019年に最大8億ドルで和解が成立している。この件以外にも、ネバダを中心に大きなケースを扱っている。

今回の感染規模は世界を文字通り揺るがすレベルであり、その原因は中国政府の初動にあるとの批判は方々で指摘されている。そこから生まれた被害について、原因をきっちりと追求し、損害賠償を求めていくのは当然の権利だと言えるかもしれない。エグレット氏は、国家の主権免責についても、米連邦などの定める「米国に直接被害のある米国領土外の行為」を根拠に戦うという。

さらに同氏は、「地球の住民」として、米国だけではなく世界が一緒になって、未来のためにも中国政府にきちんと責任を問うべきだと主張する。こうした動きが世界中で起きれば、情報を隠蔽して責任転嫁をする代償は大きいと中国のみならず世界中に知らしめることができるかもしれない。

ただこれほどの裁判となると、解決するのに何年もかかるだろう。それでも、ただ指をくわえて、拡大していく新たなコロナウイルスによる混乱を見ているわけにはいかないということだろう。



偶然か?中国共産党の一大記念日と重なった五輪開幕
「中国共産党結党100年」の記念日なのに、世界の視線は東京へ 
【JBpress】吉村 剛史2020.3.31(火) 

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3月20日、新型コロナウイルスの世界的感染を受けて開かれたG20首脳テレビ会議に参加した中国の習近平国家主席(写真:新華社/アフロ)(ジャーナリスト・吉村剛史)

中国湖北省武漢市に端を発した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症のパンデミック(世界的な大流行)の影響で1年延期となった東京オリンピック。国際オリンピック委員会(=IOC、トーマス・バッハ会長)と東京大会組織委員会(森喜朗会長)などの話し合いで、2021年7月23日を新たな開幕日とすることで決定した。

実はこの日は中国共産党結党100周年の記念日当日であり、中国においてはこの前後に国家レベルの祝賀行事があるはずだが、世界の要人は東京に集まり、その拍手と視線は「人類の新型ウイルス克服」を象徴することになる東京大会開会式に注がれることになる。

国際社会からは当初の発生情報の隠蔽なども疑われ、世界保健機関(WHO)から台湾を締め出してきたことにも厳しい視線が注がれている中国にとっては、あたかも「国際社会からの意趣返し」を受けているかのようなかっこうとなる「苦い記念日」となりそうだ。

新型コロナの世界的感染で苦しくなった中国の立場

中国共産党は、1921年7月23日、上海で中国共産党第1次全国代表大会(第1回党大会)を開催し、結成されたとされている。大会の舞台となったのは東京帝国大(現東大)留学から帰国した李漢俊の上海の自宅で、国際共産主義組織(コミンテルン)の主導のもと、陳独秀や毛沢東らが中国各地で結成していた共産主義組織をまとめあげる形で発足した。「党」はその後、現代中国を象徴し、中国を世界第2位の経済大国に押し上げた牽引力となっただけに、同年7月には結党100周年記念の盛大な関連祝賀行事などが見込まれている。

一方、今回の新型ウイルスの世界的な感染拡大を受け、「1年程度の延期」が決まっていた夏季五輪の東京大会に関し、大会組織委では2021年夏までの実施に向けて日程の確定や会場の確保を最優先に作業。最終的な日程案は、日本時間で2020年3月30日夕、IOCのバッハ会長と、橋本聖子五輪相、小池百合子東京都知事、組織委の森会長によるテレビ会議で日本側が提案し、合意。これを受けたIOC理事会で決定した。東京五輪は2021年7月23日(金)開会、同8月8日(日)に閉幕する17日間で、パラリンピックは8月24日から9月5日まで。

日程の検討では、新型ウイルス問題の終息の見通しや、春開催と夏開催の利点、欠点なども考慮、比較されたといい、さらに2021年7月22日に任期満了を迎える東京都議選や8月15日の終戦記念日を避けるなどで決定。中国共産党の記念日との重複は偶然だと思われる。

しかし、今回の新型ウイルスの感染拡大問題では、欧米メディアなどが中国当局による初期段階の感染拡大の報告の遅れや、隠蔽などに疑念を持って報じるなか、中国から巨額の投資を受けるエチオピアの元保健相でもあるWHOのテドロス事務局長が中国をかばう姿勢も浮き彫りに。

また中国と距離をおく台湾の蔡英文政権(民主進歩党)が、政権発足後の2017年以降、中国の圧力でWHOから締め出されていることも、「防疫に地理的空白を生じさせた」「WHOは政治的な中立を保てていない」「WHO(世界保健機関)ではなくCHO(中国保健機関)」などとして国際社会から中国と、中国寄りと見られるWHOに対して厳しい視線が注がれ、米国発の署名サイトでもテドロス氏の事務局長辞任を要求する署名活動に署名が殺到する事態につながっている。

台湾でも話題、WHO参加に関する本紙記事

こうした状況のなか、中国の孔鉉佑駐日大使が、この3月27日、日本記者クラブ(東京都千代田区)での会見終了後、筆者の取材に応じ、台湾のWHO参加に関して、条件付きながら「一つの中国」の原則を受け入れていた台湾の前政権、馬英九政権(中国国民党)当時と同様に、オブザーバーとして参加することが常態化してゆくことになるだろう、との見解を示すなど、国際社会の批判の矛先に対して探りをいれるかのように、台湾への態度を軟化させた言動も垣間見られるようになっていた。


これについては台湾の有力紙『自由時報』なども関連報道し、台湾社会でも「本来干渉されるべきではない」「果たして『台湾』名義での参加が受け入れられるのか」「単なるポーズではないか」などと、関心がたかまっている。


孔氏は当日の会見でも、新型コロナウイルスの中国での感染ペースは減速傾向にあるとし、「中国本土の感染拡大は遮断できたと考えている」と述べ、新型ウイルスの呼称や発生源をめぐって応酬が展開された米中関係に関する質問について、「発生源がどこかは専門家の間では定説がない。専門家以外のいかなる議論も今は意味がない」などと強気の発言が目立った。一方で、新型ウイルスへの対応で習近平国家主席の国賓訪日が延期されたことについては、「今の困難は一時的なもので、中日関係の上向き基調には変わりがない」と断言。

習主席と安倍晋三首相の電話会談も調整中とのことで、「そんなに遠くない将来に実現されるだろう」と述べた。さらには、日本の官民による対中支援に謝意を示し、「日本の善意へのお返し」として、日本で品薄が続くマスクに関し、「中国メーカーが早期に生産能力を回復させ、日本に輸出するよう調整を急いでいる」という。このような中国政府による新たな対日支援の姿勢も示唆するなど、国際社会での孤立を警戒するかのように、日本との良好な関係を強調していた。

日本の中国問題研究者らからは、「新型ウイルス感染症に英国の皇太子や首相までもが罹患し、スペイン王女が亡くなるなどで、習政権は国際社会の厳しい視線にさらされていることを強く自覚していると思われる」「志村けんさんの死去に台湾の総統までもがお悔やみのツイートを寄せた。中国が国際社会で孤立しかかった際の頼みの綱の日本からこの日程が出てきたことに対し、衝撃は小さくないのではないか」との指摘も出ている。


新型コロナ巡る2つの陰謀説を徹底検証する 
米中によるバイオテロはあり得るか、北朝鮮は? 
【JBpress】横山 恭三 2020.3.27(金)

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新型コロナウイルスがバイオテロだという陰謀説の根拠は何か

新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっている。3月24日までに米国やイタリアなど少なくとも20の国・地域の政府が非常事態や緊急事態を宣言している。

 各国当局の発表に基づきAFP通信がまとめた統計によると、日本時間24日午前4時現在での世界の新型コロナウイルス感染者数は174の国・地域で36万1510人に達し、うち1万6146人が亡くなっている。

 感染症が流行すると、必ず流れるのが陰謀説である。

 陰謀説とは、社会の構造上の問題を、背後にひそむ個人ないしは集団の陰謀のせいにすることである(ブリタニカ百科事典)。陰謀説が真実であることは稀である。

 SARSの時は、中国の急成長やアジアの人口増加を恐れた米国が起こしたバイオテロ*1だとする陰謀説や新型インフルエンザのワクチンであるタミフルの売り上げを伸ばすため、米政府と製薬会社が共謀して感染症を広めたとする陰謀説が流布された。

 また、エボラ出血熱を発症させるエボラウイルスは、CIA(米中央情報局)が開発した生物兵器*2ではないかとする陰謀説が流布された。

 さて、今回の新型コロナを巡っては、これまでのところ2つの陰謀説が流布されている。

 一つは、新型コロナウイルスは、中国の生物兵器である、とするものである。

 もう一つは、新型コロナウイルスは、米軍が武漢に持ち込んだものである、とするものである。

 以下、2つの陰謀説の真偽について考察する。

*1=バイオテロは、細菌やウイルス、毒素などの生物剤を意図的又は脅迫的に投射・散布することによって、政治的・経済的・宗教的なパニックを引き起こすことである。(バイオテロ対応ホームページ厚生労働省研究班)

*2=生物剤が、国あるいは軍のレベルで開発され用いられた場合、一般的に、これを“生物兵器”という。小さなテロは病原体さえあれば可能である。

1.2つの陰謀説には共通した背景

 この2つの陰謀説には共通した2つの背景が存在する。


 一つは、中国政府は、新型コロナウイルスの発生源はいまだ確定していないとしていることである。

 中国国営新華社通信(3月15日)によると、習近平国家主席は新型コロナウイルスについて「病原がどこから来て、どこに向かったのか明らかにしなければいけない」と訴える論文を3月16日発行の共産党理論誌「求是」に寄稿している。

 確かに、厳密にいえば新型コロナウイルスの発生源は科学的にいまだ特定されていない。これからの研究を俟たなければならない。


 もう一つは、現在、覇権国・米国と新興国・中国の間で覇権争いが生起しているということである。

 米中貿易摩擦も5Gを巡る覇権争いもこのような文脈でとらえるべきである。すなわち、米中間では武力によらない“戦争”が進行しているのである。

 従って、米中両国には、相手国の国家機能を阻害し、国力の減退を計り、国際的地位の低下を求めようとする意思があり、かつその機会をうかがっていると考えても不思議でない。

 そして、今回の新型コロナウイルスの感染拡大の責任をお互いに相手国に負わせてダメージを与えようとする策謀を巡らしていることも推測されなくはない。

 上記2つの背景から、新型コロナウイルスを巡る陰謀説が流布されやすい情勢にあると言える。

2.「中国の生物兵器」の真偽

 本項では、新型コロナウイルスは、中国のウイルス研究所から漏洩した生物兵器であるという陰謀説の真偽について考察する。

 今回の生物兵器説を最初に報道したのは米保守系マイナー新聞のワシントン・タイムズ紙であると報じられている。

 1月24日付ワシントン・タイムズ紙は、元イスラエル軍の情報将校であるダニー・ショハムデル(Dany Shohamdell)氏の発言を引用しながら、次のように報じている。報道記事の原文と仮訳は次のとおりある。

「原文:Asked if the new coronavirus may have leaked, Mr. Shohamdell said: “In principle, outward virus infiltration might take place either as leakage or as an indoor unnoticed infection of a person that normally went out of the concerned facility. This could have been the case with the Wuhan Institute of Virology, but so far there isn’t evidence or indication for such incident.”」

「仮訳:ダニー・ショハムデル氏は、新型コロナウイルスが(研究所から)漏洩したかとの質問に対して、“原理上、外部への浸潤は、漏洩または知らないうちに感染した部内者が施設の外に出ることによって起こるかもしれない。このようなことが武漢ウイルス研究所で起こったかもしれない。しかし、これまで、そのようなインシデントの証拠あるいは兆候は存在しない”と述べている」(筆者作成)

 ところで、この陰謀説が広まったのには、いくつかの状況証拠がある。

 1つ目の状況証拠は、感染拡大の中心地である武漢市には世界有数のウイルス研究所「中国科学院武漢病毒研究所」があることである。

 同研究所は、新型コロナウイルスの発生源とされる武漢の生鮮市場から約30キロの位置にある。これが噂に真実味を持たせたのである。

 さらに、中国政府は、積極的な情報開示を行なわず、それどころか、新型コロナウイルスの発生源は中国とは限らないと、否定していることが噂に拍車をかけた。

 2つ目の状況証拠は、上記ウイルス研究所に付属する「中国科学院武漢国家生物安全実験室」は、世界で最も危険な病原体を研究するウイルス実験室として広く知られている。

 同実験室はP4ラボとも呼ばれる。P4ラボとは国際基準で危険度が最も高い病原体を扱えるバイオセーフティーレベル(BSL)の最高防護レベルを表し、高度に危険な研究やいまなおワクチンや治療方法が知られていない病原体を専門的に扱う研究施設を意味する。

 3つ目の状況証拠は、中国は生物兵器を開発・保有する能力と意図を持っていると考えられていることである。

 ワシントンのシンクタンク軍備管理協会によると、「中国政府は、自国で生物(細菌)兵器を製造したり備蓄したりすることはないと述べているが、米国によると、中国の生物兵器活動は広範であり、既存のインフラにより、病原体を開発、生産および兵器化することが可能である(https://www.armscontrol.org/factsheets/cbwprolif)」とされている。

 上記の3つの状況証拠から、中国科学院武漢病毒研究所において新型コロナウイルスの研究が実施されていることと生物兵器を製造・保有している可能性は否定できない。

 さらに、ウイルス(生物兵器)が同研究所から漏洩し感染を拡大した、あるいは部内者が感染に気がつかないまま、武漢の市中を出歩いて感染を拡大させた可能性も否定できない。

 だが、ウイルスが研究所の外に漏洩したまたは感染した部内者が出歩いたという証拠(証言など)はどこにもない。

 将来そのような証言が出てくるかもしれない。従って、筆者は、この陰謀説は、現時点では、事実に基づかない憶測である可能性が高いと推測する。

3.「米軍が持ち込んだ説」の真偽

 本項では、新型コロナウイルスは、米軍が武漢に持ち込んだという陰謀説の真偽について考察する。


 この陰謀説の発端は、中国外務省のZhao Lijian(趙立堅)報道官が、3月12日に、ツイッター上で、何の証拠も示さず、「米軍がコロナウイルスを武漢に持ち込んだかもしれない」と発言したことに始まる。

 ツイッター上の趙報道官の発言の原文と仮訳は次のとおりである。

「原文: CDC Director Robert Redfield admitted some Americans who seemingly died from influenza were tested positive for novel coronavirus in the posthumous diagnosis, during the House Oversight Committee Wednesday. CDC was caught on the spot. When did patient zero begin in US? How many people are infected? What are the names of the hospitals? It might be US army who brought the epidemic to Wuhan. Be transparent! Make public your data! US owe us an explanation!」


「仮訳:米疾病対策センター(CDC)のレッドフィールド所長は、米下院の聴聞会において、米国内でインフルエンザが死因とされた死者の一部で、死後の検査で新型コロナウイルスへの感染が確認されたことを認めた。これによりCDCは困った立場に陥った。米国で患者第1号が発生したのは何時なのか。何人が感染したのか。病院の名前は何か。武漢に感染病を持ち込んだのは米陸軍かもしれない。透明性が確保されなければならない。米国はデータを公表しなければならない。米国は、我々に説明をしなければならない」(筆者作成)

 さて、趙報道官は、米疾病対策センター(CDC)のレッドフィールド所長の発言を受けて、米軍が新型コロナウイルスを武漢に持ち込んだという陰謀説を主張しているが、その根拠は示されていない。

 なぜ、趙報道官はこのような発言をしたのかを探るために、関連する報道を時系列順に列挙する。

①CDCが記者会見(2月14日)で、「新型コロナの検査対象を大幅に見直す」という発表をした。

 すなわち、「インフルエンザに似た症状が確認された患者に対し、新型コロナウイルス検査を開始する」。

 その結果次第では「米国では今冬インフルエンザが大流行」と報道されていた感染症の実態は、「実は新型コロナが以前から流行していた」と覆るかもしれない。(PRESIDENT Online 2020年2月17日)

②日本のテレビ朝日が2月21日に伝えたところによると、CDCが過去数か月間にインフルエンザで死亡した米国の患者1万人あまりのうち、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による肺炎患者が含まれていた可能性があると考えており、すでにニューヨークやロサンゼルスなどの大都市で大幅な検査体制の見直しが始まったという。

その後、このニュースは中国のSNSでたちまち拡散され、21日夜に新浪微博(ウェイボー)が初めて掲載してから現在までの間に、閲覧数は22万回を突破し、コメント1万4000件が寄せられた。


 そして中国の多くのネットユーザーは、「COVID-19は米国から来た可能性がある。どうりであれほど多くの米国人が『インフルエンザの症状』で亡くなったわけだ」と考えている。(人民網日本語版 2020年02月22日)

 上記の関連情報と趙報道官のツイッター上の発言により、中国の多くの国民は、新型コロナウイルスは米国から来た可能性を信じるようになったと筆者は考える。

 その他、新型コロナウイルスは、米軍が武漢に持ち込んだという陰謀説の根拠となる出来事や感情としては次のようなものが考えられる。


 1つ目の根拠は、2019年10月18日から27日に武漢で開催された世界軍人運動会に109カ国の軍人9308人が参加したことである。

 この中に数百人の米軍人が参加している。趙報道官の「米軍がウイルスを武漢に持ち込んだ」という米軍は、世界軍人運動会に参加した米軍人を指しているのであろう。

 さもなければ、米国が中国に対してバイオテロを仕かけたことになる。

 ところで、香港紙の報道によると、中国で新型コロナウイルスの最初の感染は11月17日であるとされる。

 この2つの事象には時間差があり、米軍人から感染したとは考えにくい。

 また、武漢で開催された世界軍人運動会に参加した米軍人から感染が広がったのであるならば、中国で感染が発生した時期に世界軍人運動会に参加した諸外国でも感染が発生していなければならない。

2つ目の根拠は、米国が中国に対してバイオテロを仕かけるかもしれないという中国が抱いている恐怖心である。


 しかし、筆者は、次のような理由から米軍が中国に対してバイオテロを仕かける可能性は全くないと考える。

①米国・中国とも「生物兵器禁止条約」の締約国である。現在、米中は貿易摩擦などを巡り対立関係にあるが、米中武力衝突の蓋然性は大きくない。

 この時期、米国が国際法に違反してまで、バイオテロを起こすことは筆者の常識からは考えられない。


②生物兵器は、特定の作戦地域の制圧を目的に使用されるものであり、一般にヒトからヒトへの感染のない病原体が適しているとされる。

 生物兵器としての可能性が高いといわれる炭疽症、天然痘、ペスト(腺ペスト)およびボツリヌス症などの4つの病原体は、人から人に感染しないため、2次感染の危険がない。

 これに対して、新型コロナウイルスは、「人から人への感染」が確認されており生物兵器に不適である。

③生物兵器の使用は、自国民を守るためのワクチンまたは抗血清の保有が前提である。

 今回の新型コロナウイルスに多数の米国人が感染している状況から米国による生物テロは考えにくい。

 さて、習近平国家主席の「病原がどこから来て、どこに向かったのか明らかにしなければいけない」という発言と、「米軍が、新型コロナウイルスを、武漢に持ち込んだ」という趙報道官の発言は、愛国心の強い中国国民への訴求力があり、多くの中国国民はこの陰謀説を真実と思うかもしれない。

 一方、米軍が中国に対して生物テロを仕かけるわけはないという筆者の常識にてらして判断すれば、この陰謀説が虚偽であることは歴然としている。

 米国は、米国で新型コロナウイルスの感染者第1号が発生した時期を公表すれば、「新型コロナウイルスは、米軍が武漢に持ち込んだ」という陰謀説を一蹴することができる。

 にもかかわらず、米国が趙報道官の発言に反論しないのは、趙報道官の発言は反論に値しないと考え、無視しているのではないかと筆者は推測している。

 また、趙報道官の「米軍がコロナウイルスを武漢に持ち込んだかもしれない」という主張は、陰謀説というより、米国のマイク・ポンペオ国務長官の「武漢ウイルス」発言に対する感情的な反論に過ぎない。

 そして、現在、米中間で感情的な非難合戦が繰り広げられている。

4.終わりに

 今般、中国から発生した新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大する中、新型コロナウイルスは、中国の“生物兵器”であるとする陰謀説が流布された。


 今日、わが国では、北朝鮮の核兵器の脅威の増大により、生物兵器の脅威があまり語られなくなった。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が世界各国の国民生活や社会経済活動に与えた影響の大きさを考慮すれば、感染力と殺傷力が強く、かつワクチンのない生物兵器の脅威は、核兵器以上と言えるかもしれない。

 以下、生物兵器の脅威について簡単に述べる。


 1975年に発効した生物兵器禁止条約は、生物兵器の開発、生産、貯蔵などを禁止するとともに、既に保有されている生物兵器を廃棄することを目的とするものである。

 しかし、同条約には検証機構についての規定がないため、多くの締約国が、同条約に違反して、製造が容易で安価である「貧者の核兵器」と呼ばれる生物兵器を保有していると疑われている。

 また、テロリストなどの非国家主体が、生物兵器または生物剤を取得・使用することが新たな脅威として懸念されている。

 特に、日本の安全保障にとって大きな脅威である北朝鮮は大量の生物兵器を保有しているとされる。

 防衛省の資料によると、一定の生産基盤を保有し、弾道ミサイルに生物兵器を搭載し得る可能性も否定できないとある(『我が国を取り巻く安全保障環境』2018年9月)。

 また、若干古くなるが、2009年10月付のAFP通信は、「韓国国防省は、議会に提出した報告書の中で、北朝鮮が生物兵器に使われる13種類のウイルス・細菌(筆者注:、炭疸菌、ボツリヌス菌、コレラ菌、出血熱、ペスト菌、天然痘、チフス菌、黄熱病ウイルスなど)を保有している可能性があることを明らかにした。

 また、同報告書は北朝鮮を、世界最大の生物兵器保有国の一つだとしている、と報道している。

 わが国は、テロ国家・北朝鮮の大量の生物兵器に備えなければならない。

 従って、今般の新型コロナウイルス感染症対策の教訓を踏まえ、北朝鮮の生物兵器による攻撃事態にも適切に対応できるよう、必要な態勢の整備を促進する必要がある。

 また、東京五輪を控え、テロリストなどの非国家主体からのバイオテロの脅威への対応も急務である。