【朝日新聞】2020年8月31日 21時10分

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記者会見を終え、会場をあとにする安倍晋三首相。左は菅義偉官房長官=2020年8月28日午後6時1分、首相官邸、藤原伸雄撮影

自民党総裁選に立候補する意向を固めた菅義偉官房長官(71)に対し、同党の細田派(98人)と麻生派(54人)は8月31日、菅氏を支持する方針を決めた。二階派(47人)に続き、主要派閥の多くが菅氏支持に傾きつつあり、国会議員票での争いを優位に進められる情勢となっている。石破茂元幹事長(63)や岸田文雄政調会長(63)は9月1日に立候補を表明する。

 無派閥の菅氏は31日、最大派閥・細田派を率いる細田博之元幹事長、参院自民党や竹下派(54人)に強い影響力を持つ青木幹雄元参院会長と会談。青木氏に「安倍政権の路線を継承する」と述べ、近く立候補を表明する考えを伝えた。現職閣僚を含む初当選同期7人や、自身に近い無派閥議員14人とも会い、立候補要請を受けた。

 31日には、第2派閥の麻生派が菅氏支持の方針を決めた。会長の麻生太郎副総理は、立候補を模索する同派の河野太郎防衛相と会い、一本化に協力するよう求めた。同派幹部は「河野氏は出ない」と語っており、立候補見送りの見方が強まっている。

 細田派は同日夜に幹部会合を開き、菅氏支持の方針を決めた。同派の下村博文選挙対策委員長、稲田朋美幹事長代行は立候補を見送る。

 石原派(11人)も菅氏支持の方向だ。石原伸晃元幹事長は記者団に「政策の継続性も非常に重要だし、コロナは一日にして終了しない」と語った。

 岸田氏は31日、官邸で安倍晋三首相と面会し、総裁選での支援を求めた。その後、岸田派(47人)の総会を開き、選挙対策本部の設置を決めた。岸田氏は「ぶれることなく、しっかりと次の戦いに向けて準備を進めていきたい」と強調した。

 石破派(19人)を率いる石破氏は党内基盤が弱いが、世論調査では高い支持率を得ており、「国民に選択肢を示すべきだ」として立候補を決断した。派閥会合後、「多くの方々の思いを裏切ることはあってはならない」と語った。

 総裁選は8日告示、14日に実施される見通し。総裁の選出方法は1日の党総務会で決まる予定だ。二階俊博幹事長は、国会議員と都道府県連の代表者に限った投票方式とする方針だが、党内からは党員・党友も含めるよう求める声が噴出している。党青年局幹部らが国会議員145人の署名とともに党員・党友投票を求め、二階氏に申し入れ。大阪府連や神奈川県連も同様の要請を行った。

 二階氏は記者団に「両院議員総会(による総裁選)には地方の代表も参加する」と述べ、当初の方針通りに行う考えを示した。

 政府・自民党は、新首相を選出する臨時国会の召集日を17日から16日に変更する方向で調整に入った。16日に予定される立憲民主、国民民主両党などの「合流新党」結党大会と重なるため、大会日程変更を野党側に要請。受け入れられれば1日前倒しする方針だ。
 

昨日のBSフジプライムニュースを視る限り、自民党内は菅義偉氏が次の総理となることでほぼ決まりの流れとなっているようだ。

岸田政調会長は9月1日に出馬を表明し、石破茂・元幹事長も近く表明するよていだが、菅官房長官が各派閥に支持を広げ、今日8月31日には細田、麻生両派が支持する方針を決めるなど、国会議員の支持は約6割に達するという。

細田派の下村議員もBSフジを見る限り、菅氏支持のようだ。

麻生副総理兼財務相が立ったのなら菅氏の線が強かったかもしれないが、No2の麻生氏が出なければ、No3の菅氏になるのは自然な動きだ。

安倍政権のスムーズな移行には、菅氏が後継として最適だと判断したとみられる。麻生氏はこの日、派内で出馬に意欲を示す河野防衛相を出馬見送りを求めたようだが、菅氏の次が河野太郎と考えているだろう。河野氏本人もそのつもりだろう。

竹下派でも茂木外務大臣ではなく菅氏支持との声が強まっている。石原派も菅氏を支持する方針だ、二階派最初に菅氏支持を決めている。

梯子をはずされた岸政調会長は本日(8/31)、安倍首相と首相官邸で直談判し、総裁選での協力を求めが、安倍首相は自らの考えを明らかにせず、はじめから菅氏に引き継ぐ気持ちであったようだ。岸田氏はかわいそうに、会談後の記者会見で「逆風の中にあっても戦い続けなければいけない」と逆風であることを認識したようだ。

石破氏も近く正式表明するとのことだ、だが、たとえ一般党員も参加できる党員投票になったとしても私は石破氏な当選できないだろう。仮に石破になれば、安倍総理がやってきたことを全部ひっくり返しかねない。

世論調査で石破氏が高い支持があるとマスコミでは言うが、本当だろうか?世論調査に答えるのは情弱な高齢者、しかも反安倍のバイアスがある為、世論では石破支持が高いというのは、米国の大統領選挙で世論調査でバイデン氏がトランプ大統領より有利な結果と同じだろう。

私はガースーこと菅義偉氏が首相になることを歓迎したい。何よりも苦労人である。2世議員ではなく・無派閥・無学閥である。

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生い立ち

秋田県雄勝郡秋ノ宮村(後の雄勝町、現、湯沢市秋ノ宮)中央部旧国道沿いに家があった農家に長男として生まれる。現住所は神奈川県横浜市神奈川区金港町1丁目[5]。家族は父、母、姉2人、弟1人。父、菅和三郎は第二次世界大戦末期、満鉄職員として当時満州国の首都だった通化市で日本の降伏を迎えた。引き揚げ後、郷里の秋ノ宮で農耕に従事。「秋の宮いちご」のブランド化に成功して、秋の宮いちご生産出荷組合組合長や、雄勝町議会議員、湯沢市いちご生産集出荷組合組合長などを歴任し、2010年に93歳で死去した。母や叔父、叔母は元教員であり、2人の姉も高校教諭となった[。

雄勝町立秋ノ宮小学校(現、湯沢市立雄勝小学校)卒業後、雄勝町立秋ノ宮中学校(現、湯沢市立雄勝中学校)に進学する。中学卒業後は、自宅から最も近い秋田県立湯沢高等学校に2時間かけて通学し、第3学年では進学組に所属した。後に、「フライデー」から「特に目立った成績ではなく、姉が進学した北海道教育大学を受験したが不合格となった」と報道されたが、森功の取材では菅本人は当時教員にだけはなりたくないと考えており、北海道教育大の受験はしていないと述べている。父から農業大学校への進学を勧められたが断り、高校卒業後、集団就職で上京する。「東京へ行けば何かが変わる」と夢を持ち上京したが、秋田時代と変わらぬ日々を板橋区の段ボール工場で過ごし、現実の厳しさを痛感する。上京から2年後、当時私立大学の中で一番学費が安かったという理由で法政大学第二部法学部政治学科へ進学する。1973年、大学を卒業し、建電設備株式会社(現、株式会社ケーネス)に入社した。

横浜市会議員へ

1975年、政治家を志して相談した法政大学就職課の伝で、OB会事務局長から法政大学出身の第57代衆議院議長中村梅吉の秘書を紹介され、自由民主党で同じ派閥だった衆議院議員小此木彦三郎の秘書となる。以後11年にわたり秘書を務めた。1983年、小此木の通商産業大臣就任に伴い大臣秘書官を務める。

1987年、神奈川県の横浜市会議員選挙に西区選挙区から出馬し、初当選。その後市議を2期務めた。横浜市政に大きな影響力を持っていた小此木の死後、当選回数わずか2回にも関わらず、小此木の事実上の代役として、秘書時代に培った政財官の人脈を活かして辣腕を振るい、高秀秀信市長から人事案などの相談を頻繁に受けるなど、「影の横浜市長」と呼ばれた。

無名の政治家だった菅氏は、2002年の北朝鮮問題をきっかけに安倍首相に会い、注目され始めた。菅氏が当時、北朝鮮の万景峰号入港を禁止するため港湾法を改正する必要があると主張すると、当時の官房副長官で対北朝鮮強硬政策を主張していた安倍首相が「一緒に働きましょう」と接近した。菅氏はこの時から安倍首相といっしょに歩み始め、2006年に安倍首相が第1次政権を発足させると、国会議員当選から10年にして総務大臣に抜てきされた。

菅氏は7年8カ月以上にわたる最長寿の官房長官を務めながら日本の官界を掌握してきたのが強みだ。菅氏にすべての情報が入ってきており、苦労人菅氏の実力はもしかしたら、安倍首相を上回る可能性がある。

上念氏の予想では

実は、、、
「 物凄い経済効果 」を出せる人が一人いるんです!!
消費税の増税分を吹っ飛ばせるかも?!

と、言っています。たぶん ガースーのことでしょう。