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石巻市 2011年3月・・・・・・・・石巻市 2021年2月

3月11日を迎えた。
あれから10年の時が流れた。

東日本の太平洋沖を震源とする巨大地震が発生し、岩手、宮城、福島県、茨城、千葉の沿岸地域は大津波に襲われた。東京電力福島第1原子力発電所はすべての電源を喪失し、4基の原子炉は水素爆発を起こし放射能が飛び散った。

死者行方不明者、関連死を含めると2万人弱の犠牲者となった。我々は震災犠牲者に心を寄せ、被災者と、被災地の復興を支え抜く意思を新たにする日である。



今の日本は中国武漢の中国共産党のウイルス研究所で発生し世界中に飛び散った中共ウィルスののおかげで、期待していた東京オリンピックが延期となり、今年の開催も海外客なし、多くの競技で無観客となるおよそスポーツの祭典のオリンピックとは言いにくいものになりそうである。


中共ウィスルの患禍に「当たり前」の日常を断たれ、社会経済活動の停滞が続いている。
私が当ブログで中共ウィルスと書き続けるのは、このウィスルが中国共産党傘下の研究施設より世界中に拡散したウィルスであることを忘れない為である。



当ブログでは東日本大震災を3.11、アメリカ同時多発テロ事件を9.11と書き続けている。
これも、あの日の記憶を忘れない為である。

3.11において、日本が一致団結し毅然と対応した姿を見た世界中の人々は、日本と日本人に対し畏敬の念を抱いてもらった。


諸外国では、先進国・途上国を問わず、自然災害の後には暴動や略奪が大量発生し、社会が無秩序化するのが通例である。ところが、日本では、そういった犯罪が全く起きなかったのだ。むしろ、日本人は平時以上に冷静に行動し、「助け合いの精神」を発揮した。

これは、我々日本人の民度の高さと美徳だと思っています、この記事を書いている最中に拾った面白い記事がありましたので、コピペしておきます。





日本人初の宇宙飛行士、毛利さんはある新聞で「自分は宇宙に出て、日本人の世界で与えられている役割を実感した」と語ってました。


スペースシャトルの狭い空間に多種多様な民族と国籍の人々が生活すると、それぞれの何気ない生活習慣が危機的な場面をもたらすそうです。


これは、この特殊な空間と状況では大問題です。ところが不思議な事に、このような場面で毛利さんはいつもの自分のままに振舞っているだけなのにこの一触即発の事態が丸く収まるというのです。


同じテーマで事例は変わります。

たしか、PsychologicalTodayという雑誌に日本ミツバチの行動の特異さ関する報告がありました。米国ではミツバチが別のミツバチの巣に間違えてはいると殺されてしまうそうです。

ところが、日本では仲間として迎えられるそうです。米国ミツバチの巣を日本に運ぶと1年後に日本のミツバチと同じ行動をとるそうです。


つぎは、植物の例です。京都で森林の学会が開かれた折、スゥエーデンからの著名な生態学研究者のコメントが新聞にのってました。「日本の山野の緑の多種多様さに驚きました。このような場所は珍しい。自分の国の木々の緑はモノトーンです」と。


この理由を自分なりに調べますと、東北の一部より以南は氷河に覆われていなっかた事が原因のようです。ありとあらゆるSeeds がそのままに生き続けていた。


米国からやってきたミツバチは、この日本に特有の植物のライフスタイルの影響を受けているに違いないと気づきました。


人間も大地とそこで生きるあらゆる生命体から情報を受けその影響のもとで生活します。

音、色彩、電磁波、五感の範囲からそれを超えている情報の総てにさらされ、生きています。


日本人の受け入れやすい「共存共栄」というコンセプト。

この底には、この国土の持つ風土のバイブレーションが沈着している無意識的価値観があるとおもいます。そして、このパラダイムをライフスタイルとしている人を日本人というのだと思います。


日本の国技のチャンピオンシップはここ何年かは外国人がもってます。それを、当り前のように我々は受け入れます。一方、CBSソニーがハリウッドを、そして三菱地所がロックフェラーセンタービルを買った時の米国内の反応を見れば、大きな違いです。


日本人は島国根性どころでない柔構造の深く広い器のように感じます。宇宙飛行士の毛利さんは前述の体験をして「今後の世界の将来に日本人が果たすべき役割を漠と感じた」と述べられていました。

今回の東日本大震災をとうして見え自覚できた日本人の特質を考えると毛利さんの発言がより深く理解できました。


米国からやってきたミツバチでさえ日本列島に住むと共存共栄へと行動を変える。非常に興味深い話である。

依然疑似科学の領域ではあるが、土地が持つ波動というものがある。パワースポットやゼロ磁場から、地鎮祭を行う理由は、土地を司る自然霊への礼節であるそうで、氷河期も氷河に覆われなかった日本列島に宿る超自然的な何かが、我々日本人の行動に規範を与えているのかもしれません。

この10年で震災の瓦礫は福島原発を除いて撤去され、道路、鉄道、災害公営住宅などインフラ面の復旧は確かに進んだが、多くの被災地で震災前の日常は回復していない。復興はまだ途上である。

震災前日常の回復、はたぶんこの先もずっとしないだろう、その代わり新たな日常が始まり、新たな営みが始まったのである。

私は福島の復興を妨げている風評被害の最大の元凶は、反原発運動であると思っている。

反原発運動という左翼活動家達の政治運動によって、原発事故は過大に宣伝され、福島の風評を悪化させてきた。左翼の人達のメンタリティは韓国人の日本に対するメンタリティと共鳴しているように思う。彼らは日本を貶めることに快感を覚え、生きがいを感じている困った生き物である。福島風評被害の根絶なくして、日本の再生はない。つまり、左翼活動家や韓国人の主張を尽く論破し、左翼思想家を増やさないことはある意味で、直接的ではないが一種の震災復興活動である。

福島風評被害は、中共ウィルス患禍の差別やいじめと同じで風評被害は被害者がもがいても、なくならない。地上波TVのワイドショーはウィルスに過剰な恐怖を抱かせるもので、ウィルスに感染した者は気が緩んでいたと言わんばかりの主張がまかり通ている。感染者や医療従事者に対する差別も根は同じだ。

一人一人が過剰に恐れたりすることが、風評を起こすという自覚が足りない。被害者を守りながら、社会の中に潜んでいる風評と差別の芽を摘んでいくことでしか、風評や差別の根絶はできない。一人一人が、風評、差別に向き合う覚悟を持ちたい。

だが、震災の記憶を残すことと風評被害の紙一重なのかもしれないのも事実である。

原発事故は起こるべくして起こったかもしれない。反原発派の執拗な反対運動に対し安全であることを強調しすぎて東電自身安全であると信じ込んでしまっていた可能性もある。

わたしは原発は無くてはならないインフラだと信じています。

今年テキサスを襲った寒波は風力発電に依存し過ぎたテキサス中を凍らせた。風力発電用の羽も凍りついてしまい、電力が不足し州全域が停電する事態となった。


異常気象を抑制するための脱石油は風力ではなく原子力発電に頼るべきだ。

いずれ核融合発電や宇宙太陽光発電が本格化するまででいい、目先は原発である。

核変換技術が実用が実証されつつあります、やがて放射能を放つ核燃料や核廃棄物は処理可能となる見込みである。

原発による電力の安定供給ができて初めて脱CO2が可能となる。

日本は世界でも貴重な原発事故を経験をした。ここで原発を無くしたら折角の経験が無意味になってしまう。より事故を起こさない原発を運営可能なはずだ。福島原発よりより震源に近かった女川原発は無事であった。

軍事的な意味から言うと原発は非常にリスクが高い。理論的には地下に原発を設置可能とは思いますが、ただでさえ受け入れられない原発の建設ですが、日本においてはハードルが高すぎて実現は困難です。

今回のテキサスやドイツの事例を見る限り、風力発電は電源に頼ることは災害が多発する時代に突入したと思われる現地球環境下では、不向きであると思います。

核融合炉、宇宙太陽光発電が実用化するまであと10数年、それまで原子力発電で繋ぐ決意をするべきです。

話が、ちょっと逸れてしまいましたが、
忘れるべきことと、忘れてはいけないこと
3.11の経験を風化させないことと、風評被害撲滅は紙一重ではあります。時が流れ人々の記憶が薄れていくことはやむを得ないこととは言え、地震列島に住む日本人として、忘れるべきことと、忘れてはいけないことをちゃんと区別して次の世代へと語り継ぐべきと思う。