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カテゴリ: 3.11 地震・原発



 米カリフォルニア州でガソリン車販売禁止へ 車産業に波紋
【日経新聞】2020/9/24 5:55 (2020/9/24 11:05更新)

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【シリコンバレー=白石武志】米カリフォルニア州のニューサム知事は23日、2035年までに州内で販売される全ての新車を排ガスを出さない「ゼロエミッション車」にするよう義務づけると発表した。同知事は米西海岸で大きな被害を生んでいる山火事は気候変動が原因だとしており、環境への影響が大きい運輸部門の温暖化対策を急ぐ。自動車産業にも影響が及びそうだ。

知事の命令を受け、同州の大気資源局(CARB)が具体的な規制づくりに着手する。35年以降、州内では自動車メーカーによるガソリン車やディーゼル車の新車販売が禁じられることになる。ただ、今回の命令は州民らがガソリン車を所有したり、中古車市場で販売したりするのを妨げるものではないとしている。

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CARBは中大型の商用車については、可能であれば45年までに州内で走行する車両を全てゼロエミッション車にするよう義務づける方針も示した。特に大型で環境への負荷が大きいコンテナ輸送トラックについては、35年までに実施する方針だという。

州政府によると、州内で排出される温暖化ガスの50%以上は運輸部門が占めている。ニューサム知事は声明で「我々の車が山火事を悪化させ、煙のような空気が充満した日を増やすべきではない」と指摘。今回の規制については「気候変動と闘うために州ができる最もインパクトのある一歩となる」と強調した。

カリフォルニア州は1990年代に全米でいち早く自動車メーカーに一定割合のゼロエミッション車の販売を義務づける規制を取り入れ、段階的に強化してきた。現在は電気自動車(EV)などの販売によって販売台数の9.5%に相当するクレジット(排出枠)の獲得を求めているが、25年にはこの比率が22%に高まる。

未達だった自動車メーカーは他社からクレジットを購入するか、罰金を支払わなければならない。州政府は18年にクレジットを付与する対象車種からトヨタ自動車が得意とするハイブリッド車(HV)を除外するなど、ゼロエミッション車の定義についても段階的に厳しくしてきた。

カリフォルニア州の新車販売は米国全体の11%を占め、州別では最も大きな市場となっている。燃費効率の良さなどを理由に日本車の人気が高く、新車販売に占める比率は5割近い。

同州は全米の環境規制をリードする存在でもあり、これまでにニューヨーク州やコロラド州など10を超える州がゼロエミッション車について同様の規制を取り入れている。

すでに英国やフランスなどがガソリン車の新規販売禁止の時期を表明しているが、自動車大国である米国の州政府ではカリフォルニア州が初めて。今後の他州への波及も焦点となる。

ただ、地球温暖化に懐疑的なトランプ米政権は各州政府による独自の環境規制を禁じ、連邦政府の規制に従うよう求めている。反発するカリフォルニア州など複数の州政府は連邦政府を相手取った訴訟を起こしている。カリフォルニア州がより厳しい独自の環境規制を表明したことで、両者の対立が一段と深まる可能性がある。
カリフォルニア州は今度の大統領選挙では民主党の牙城であり、副大統領候補カマラハリスの基盤である典型的な青い州である。

米国で吹き荒れるBLM運動、リベラル左翼の人種差別抗議デモで相次ぐ記念碑破壊は、米国の歴史を否定する「左翼文化革命」、その総本山はカリフォルニア州だ。

元知事シュワルツネッカー氏は共和党だったが現カリフォルニア州知事はバリバリのリベラル派である。

ガソリン車廃止の決定は日本のレジ袋無料配布の禁止と同じかそれ以上の愚かな決定である。

確かに現在毎年のようにカリフォルニア州では山火事が多発し、気候変動に歯止めをかけるには、Co2が原因とばかりと私は思っていないが、二酸化炭素を出しちゃダメ!と住人達はヒステリックに何の思考もせずに叫んでいる。

環境保護活動家の地球環境を守りたいという彼らの主張に対して大いにシンパシーを感じ同感だと思う。ただ、あまりに視野が狭く、悪意の偽装環境共生主義者にいいように利用されている。

原発反対運動の陰には石油利権を持つメジャーがいるように、ガソリン車廃止運動の陰にはイーロンマス率いるテスラモーターなどの巨大利権が絡んでいることにまったく理解できていない。

確かに電気自動車(EV)はガソリンを撒いて走るアメ車よりエコだと思う。排ガスが出ないものに乗り換えようという考え方は環境を大切にしたい善意かもしれない。

欧米を中心に7カ国以上が、今後数十年のうちにガソリン車などの内燃機関で動くクルマの販売を禁止することを計画している。米国の自動車産業も一斉にEVを投入を目指す動きだ。

この動きは本当に環境問題からくるのだろうか?性能がよく低燃費で二酸化炭素排出量が少ない日本車にどの国の自動車産業が太刀打ちできないのである。特にドイツ車の偽装は目を当てられない、トヨタのやホンダのハイブリッド技術には大きく差をつけられ、形勢を逆転するには、EVしかないのである。日本でも技術力が劣る三菱自動車などでも偽装を繰り返していた。

話を戻すが、EVはほとんど気候変動対策にはならない。なぜならガソリンでエンジンを回す代わりに、石炭や石油、天然ガスを燃焼させ二酸化炭素を排出して発電した電気で充電しているに過ぎないのだ。電機の発電方法送電設備等を考えると、同じ距離を走る為に排出された二酸化炭素の量はガソリン車を上回るのではないか?特に送電ロスや夜間無駄に発電されるロスを考えると、ロスが少ないガソリン車の方が少ないのではないか?

電力ロスのデータが入っていないガソリン車とEVの比較資料を検索した。


3. クルマを充電する電力はどうやって発電されるのだろう?

どのバッテリーも、充電が必要だ。もし充電のための電力が石炭や石油、(多かれ少なかれ)天然ガスといった“汚れた”資源から来るのなら、EVはほとんど気候変動対策にはならないだろう。ここで奇妙な問題が発生する。バッテリーはそれぞれの場所の電力を使って充電されるため、EVのメリットの大きさはクルマがどこで充電されるかによって変わるのだ。

発電量とその内訳

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発電量とその内訳(2016年)。黒は再生可能エネルギーによる発電、茶色は原子力を含むその他の方法による発電を示す

地域によって発電方法が違うということは、場合によってはEVは普通のクルマより環境に悪いかもしれないことを意味する。もし所有者が石炭火力発電を行っている州(カンザスのことだ)に住んでいるとしたら、環境への優しさはリッター15kmのガソリン車と同程度になる。発電のほとんどが化石燃料を使って行われているインドでは、リッター11kmのクルマと同じくらいになる。

環境への影響をEVと同程度にする場合のガソリン車の燃費

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環境への影響をEVと同程度にする場合、ガソリン車の燃費はどのくらいでなければならないか? 横軸は、1ガロンで走行可能なマイル数。

MPG km/l換算

 
 
=
 
 
数式
近似値を求めるには、燃費の値を 2.352 で除算

※検索中実証資料があれば

もし、二酸化炭素を吐き出さず環境に優しいEV車に乗りたいのであれば、原子力発電所を再開、新設すべきである。

ところが、二酸化炭素排出反対を唱える環境活動家やリベラル左翼は原子力発電に関しては二酸化炭素排出反対以上に原発に反対なのである。その矛盾を突くと、決まって太陽光発電や、風量発電が・・・とお花畑な回答が返ってくる。

私から言わせれば、現在核変換技術の目覚しい発展により将来核廃棄物の処理は可能になると信じている。一方大気中に放出された二酸化炭素の回収の方がはるかに難しいと思う。

風力発電は安定的発電は難しく、太陽光発電は宇宙太陽光発電が実現しない限り膨大なエネルギーを安定的に担うことは現実的に難しい。

今回のガソリン車廃止を英断だ素晴らしいと称える左翼リベラル環境原理主義者達の脳細胞数は猿に近いのではないだろうか?

【Forbs:Yahooニュース】9/26(土) 7:00配信

Forbes JAPAN
米カリフォルニア州のギャビン・ニューソム知事は23日、「2035年までに、州内で販売される新車をすべてゼロ・エミッション(排ガスを出さない)車にする」と表明した。行政命令によって実施するという。

だが、実際のところ、彼には15年後のカリフォルニア州の法律を決める権限はない。そもそも、ゼロ・エミッション車の義務づけが15年後に実現可能なのかどうかも、彼は知らないだろう。

要するに、ニューソムの今回の発表は、あざとい政治的ポーズなのだ。この点では、インドの政治家に先例がある。

ピユーシュ・ゴヤル。インドの鉄道相兼商工相だ。2017年春、当時電力相だったゴヤルは、「われわれは電気自動車を大々的に導入していく。(中略)2030年までに、ガソリン車やディーゼル車は国内で1台も販売されないようにすべきだ」と述べた。ゴヤルの表現(should=べき)はニューソムのもの(will=する)ほど強くないとはいえ、言っていることはほぼ同じだ。

ゴヤルの案は、まったく合理的でもなければ現実的でもなかった。インドは地理的に多様な(カリフォルニアよりもはるかに)国であり、ヒマラヤの山道や中部のジャングル道は、電気自動車(EV)ではとても対応できないだろう。少なくとも、大きな技術的進歩があったり、僻地などでも充電スタンドが整備されたりするまでは。

ゴヤルの発言は、政治的な思惑からのものだった。代替エネルギーやEVは良さそうなものに聞こえるし、それを持ち出せば、インドで伝統的に好まれる経済保護主義的な立場の人たちにもアピールできるからだ。

ところが、現実にはそれから1年もたたないうちに、インド企業は再び外国で油田開発に乗り出し、石油精製大手のインディアン・オイルはアラブ首長国連邦(UAE)の海底油田開発の権益を10%取得した。こうした動きはインド政府からも歓迎された。

ゴヤルの発言は政略であって、真剣な政策ではなかったということだ。

ニューソムの命令も同じだ。まず、15年後に発効すると自信をもって断言できるような行政命令など、彼に出せるはずがない。たとえば、この行政命令は、議会や裁判所によって変更されたり、覆されたりする可能性もある。

さらにニューソムは、15年後、EVに関してどのような技術が実用化されているかも知らない。その技術は、カリフォルニア州の有権者や政治献金者を満足させられる水準には達していないかもしれない。

加えて、カリフォルニア州では電力供給をめぐる問題もある。州内の電力網はすでに過剰な負荷がかかっており、今夏は計画停電も余儀なくされた。ニューマンの計画に従えば、何百万台もの車が同時に充電する必要が出てくるが、これは現行のシステムでは対応できない。

ニューマンはこの日の発表により、ある程度注目を集めることができた。注目を集めるのは、たしかに政治家の仕事の大きな部分を占めている。実際、彼は環境保護主義者の友人やEVファン、イーロン・マスクのようなEVメーカー関係者からは絶賛されるのだろう。

しかし、だまされてはいけない。これは政治ではなく、追従なのだ。カリフォルニア州議会がこの問題について採決することになれば、人々は真剣に考えるようになるだろう。

Ellen R. Wald


革命という見果てぬ夢を追い続ける左翼リベラルという人達は、結局のところ我々の社会や、自らを支える伝統文化の解体が目的である、私とは永遠に和解することはないだろう。

当ブログでは、荒らしのような粘着質な活動家なのか工作員なのかわからないような反日左翼からの投稿を許している。わたしは自由を制限する中国共産党を許せないと思っている。自由な言論の権利は、なによりも民主主義国家においては大切である。木っ端微塵に論破するのも簡単であるし楽しいが、正直なところ面倒である。

木っ端微塵に論破する快感を得るには、十分な思考が必要であるが、論破するためには相手の気分を害するのは当然である。思考は戦いである。あまっちょろいリスクを冒さないブログでは面白くも何ともない。

正義のため真理を追究し、より良い社会を実現するために日本の保守言論は立ち上がりネット上ではバカ左翼リベラル、反日パヨクを圧倒している。私も微力ながら貢献しているつもりだ。

真理の追求のために、今ここで意見を反対する者の気分に配慮する必要などあるはずがない。感情で事実や歴史は変えられないである。中韓親派左翼運動は、自分の感情が全てで、気に入らない事実は捻じ曲げたり、意図的に無視したりする。

むしろ私は、頭が悪い反日主義者、リベラル左翼、環境原理主義者、陰謀論者をまとめて相手にしてやろうじゃないか!というリスクを進んで冒しているだろう。

なぜなら、私はとても不快だったけれども、私から言わせれば猿程度の思考力といえども、私を批判する者にも言論の自由がある。それで問題ない。それと同様に私もこのブログで、自由なことを言う権利がある。

ただ、左翼リベラルパヨク活動家はもはや論理では勝てないことを意識し、論理ではなく単なる嫌がらせが常態化している。真に哀れである。

“How to Debate Leftists and Destroy Them: 11 Rules for Winning the Argumen”という左翼を叩く楽しい本があるらしいので是非読んでみたい。

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東日本大震災から6年が経ってしまった。未だに日本人の多くは、つい昨日のことのように覚えている。2011年3月10日には自分が何をしていたか覚えている日本人はほとんどいなかったと思うが、ところがあの日2011年3月11日は自分はどう動いてどう思ったか、皆驚くほど覚えている。

30年位前、自分が生きているうちに関東大震災のような巨大な災害が起きるとはまるで思ってもいなかった。しかし、1995年1月17日の阪神淡路大地震、2007年7月16日中越沖地震や広島土砂災害(2014年8月)や御嶽山噴火災害(2014年9月)昨年発生した熊本地震はまだ1年が過ぎていないが、未曽有の災害は日本列島においてはいつ次の災害が起きてもおかしくはない。

日本人は、美しい国土を貰った見返りに、様々な天災が身に降りかかることを宿命としている民族なのだと思う。

最近、外国人が日本と日本人の魅力を発見して観光客が大挙やって来るようになったが、日本人と日本の文化、国土の魅力によるところが大きい。2000年以降1980年代から日本のアニメや漫画で子供時代を過ごした人々が日本に関心をもつのは当然のことかもしれないが、一つの切っ掛けとなったのが東日本大震災での日本人の冷静な振る舞いと、秩序ある姿を見た時に、外国人達は日本の文化文明に感銘したのではないかと思う。

日本の文化は縄文時代早期約7300年前に起こった鬼界カルデラの破局噴火以来、日本人は災害に鍛えられた我々が築き上げた至宝なのだと思う。常に自然の恵みと、脅威にさらされてきた我々の先祖から連綿と続くこの日本人の自然観、生死観が日本の文化を日本文明にまで昇華させたのだと思う。

日本は中華文明の亜流ではなく、サミュエル・ハンチントンは文明の衝突において「日本は世界八大文明の一つ」と言う。
一部の学者は日本の文化と中国の文化を極東文明という見出しでひとくくりにいている。だが、 ほとんどの学者はそうせずに、日本を固有の文明として認識し、中国文明から派生して西暦100年ないし400年の時期にあらわれたと見ている。 
世界のすべての主要な文明には、二カ国ないしそれ以上の国々が含まれている。日本がユニークなのは、日本国と日本文明が合致しているからである。 

美しくも過酷な自然環境がなければ、日本文明は誕生しなかったかもしれず、日本人は東アジアの他の民族とさほど差もない目立たない辺境の野蛮人であったろう。

被災し家族を失った方々には無神経な言い方かもしれないが、東日本大震災は
見方によれば、未曽有の自然災害も大きな意味で神の祝福と考えるべきだと思う。

この自然災害を忘れ去ってしまえばただの愚かな民族と成り下がってしまうが、次に起きるであろう未曽有の災害にどう備えるかが、鍵なのだと思う。

 東日本大震災は地震と津波、原子炉災害が重複した複雑な大規模災害であった。これらを徹底して総合的に研究し、今後発生が予想されるマグニチュード(M)9クラスの南海トラフ地震、マグニチュード(M)8クラスの房総沖地震、M7クラスの首都圏直下型地震、に生かさなければならない。

自然災害が起こる時期や場所、規模などを変えることはできないが、法整備や活動計画などのソフト面と、自衛隊などハード面とをうまく組み合わせることで、国や自治体を強靱化し、災害が発生した際の対応をより適切にすることはできる。1995年22年前に起きた阪神淡路大震災当時、自衛隊が左翼の情緒と法に縛られ初動が遅れたことを反省し、改善したことが、東日本大震災では活かすことが出来た。

だが、東日本大震災では、一部に「想定外」という表現が使われ、「行政面で災害に備えることは難しい」との論議があった。 しかし「南海トラフ地震」などの被害想定を、「想定外」でかたづけるのではなく政府は、「備えれば備えただけ被害を少なくできる」とする「目標設定型」に変更している。

熊本地震では、最大時の自衛隊の派遣人員や患者輸送、給食支援などで阪神淡路大震災を大きく上回る成果を挙げることができた。

発災後、国と自治体などは被災の全容把握を待つことなく、計画に基づいて、自衛隊は、応急対策活動を直ちに開始、被害が甚大と見込まれる地域に、国全体の人的・物的資源を重点的かつ迅速に投入、通行の可否情報や応急復旧、交通規制などの情報を共有し、これらの運用を一体的に行い緊急輸送ルートもかなりスムーズに行われたと思う。

 全国から警察災害派遣隊や緊急消防援助隊、自衛隊が投入され、全国的な医療チームの現地投入や緊急搬送などかなり迅速に行われたと思う。東日本大震災の発災初期に経験した混乱を学習し、多くの教訓が生かされていた。

今後起きうる災害には、陸上自衛隊が導入を決定したMV22オスプレイや水陸機動団に装備される水陸両用車(AAV7)は、災害派遣時にも使用される。孤立した被災地に大量の人員と物資が搬入できるようになるだけでなく、陸路からの接近が難しい被災地に、陸上自衛隊を海から投入できるようになる。

マスコミは、もう少し、こういったことを称賛してもよいかもしれません。



南海トラフ巨大地震解明へ 海底の監視強化
【日本テレビ】2017年3月11日 17:39

東日本大震災の後、次に起きると懸念されている南海トラフ巨大地震。海上保安庁はこの地震のメカニズムを解明しようと、海底の動きの監視を強めている。

 近い将来、南海トラフで起きるとされる巨大地震では、大阪や名古屋は震度6強以上の揺れに、太平洋沿岸は30メートル以上の大津波に襲われると想定されている。

 この地震のメカニズムを解明するため、海上保安庁は2006年から海底が移動した距離を観測していて、東日本大震災の翌年には調査地点を6か所から15か所に増やし、調査を続けている。その結果、地震を引き起こす「ひずみ」が広い範囲で蓄積していることに加え、分布にムラがあることがわかった。

 海上保安庁海洋情報部・石川直史火山調査官「今回の我々の調査によって、場所によって(海底の)動きの大小に違いがあるということがわかってきた。将来起こりうる地震がどういった地震かより詳しくわかるようになる」

 国の地震調査委員会も巨大地震の予測のための大きな一歩になると評価しており、海上保安庁は観測回数をさらに増やし、監視を強化することにしている。
【内閣府】南海トラフ地震対策 
政府は、東日本大震災発生前より綿密で実効性の高い対策を行っているが、いざとなれば国民一人一人の民度にかかってくる。
明日起きるかもしれない震災に我々は備えることが日本人である宿命であり、日本文明なのだと思う。




 “恐ろしいほどよく当たる”として注目を浴びる「MEGA地震予測」が静岡、和歌山、高知など太平洋沿岸地域に不自然な兆候を捉えた。異常変動の一部は、南海トラフ巨大地震の想定震源域内に出現しており、連動が懸念されている東海地震、東南海地震、南海地震に加え、九州を含む「4連動地震」につながる恐れも指摘される。

 MEGA地震予測を主催する「地震科学探査機構(JESEA)」の村井俊治会長が現在、注目を寄せているのは、東西南北への動きを示す「水平方向」の地殻変動だ。

 「南関東周辺は現在、『南東方向の動き』が主流となっているが、伊豆半島(静岡県)の先端は南西、房総半島(千葉県)の先端は北方向に動くという不自然な動きを見せている。潮岬(和歌山県)や室戸岬(高知県)なども周辺地域と異なる動きをしている。こうした状況はそれぞれの地域の地下で歪(ひず)みがため込まれていることを示しており、巨大地震が発生しやすい環境が生まれているといえる」と村井氏はいう。

 九州では昨年4月の巨大地震の震源となった熊本県の周辺地域が不安定な状況となっており、地震発生のエネルギーにつながる歪みが拡大。今月2日には、日向灘を震源とする最大震度4の地震が発生したことにも村井氏は神経をとがらせる。

 「日向灘でマグニチュード(M)7クラスの地震が起きると、南海トラフでM8クラスの地震が誘発されるという研究者もいる。現在は九州から東南海、南海、東海、千葉県に至るまでのベルト地帯に異常変動が出現しており、日向灘が揺れたことで、南海トラフ巨大地震に日向灘を加えた『4連動地震』の発生にも警戒をしていく必要があるだろう」

 地震は、小さな揺れでも別の地震の“呼び水”になることがあるとされる。特に3月は気候が変わり、各地で雪解けを迎えることなどから「地下にたまったエネルギーの留め金を外す『誘因』が起きやすい季節だ」と村井氏は言う。

 巨大地震はいつ起きてもおかしくない。備えだけは万全にしておきたい。


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4/21原宿の勉強会に出席してきました。4月のお題はトリウム原発についてでした。
メインの講師の長瀬隆氏はまったく酷いボケ老人で聞くに堪えない講演でしたが、補佐で来られたTTSの古川社長の話は面白かった。

配られた資料↓

新しい原子力が人類を救う  
溶融塩液体燃料原子炉実現へ向けた提案
株式会社 トリウムテックソリューション(TTS) 代表取締役社長 古川 雅章 2016年4月1日

新しい原子力の時代の扉が開かれようとしています

 2015年国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定は化石燃料消費量の一層の削減により地球温暖化を阻止する低炭素社会実現へ向かう潮流を本格化させました。

我々は原子力が人類の叡智が生んだ優れたエネルギー源であり、低炭素社会実現のカギを握るエネルギーであると考えます。

しかし、原子力が本当に人類に貢献するエネルギーになるためには、安全性、放射廃棄棄物、核兵器拡散の三つの問題を解決しなければなりません。

当社初代社長古川和男博士はトリウム熔融塩原子炉がこれらの問題を解決できることをその著書「原発安全革命」(文唇春秋新書2011/05)で示しました。

今年に入り、米国エネルギー省(DOE)溶融塩炉開発の産学官合同のチームに初年度600万ドルの支援を決めたことを契機に、今年は世界的な溶融塩炉開発の流れが出てくると考えられます。

 TTSは、これまで溶融塩炉開発に具体的に正面から取り組んできた日本で唯一の企業ですここれから本格化する世界の熔融塩炉開発の流れと共同歩調を取り、日本の熔融塩原子炉開発をリードします。

何故いま溶融塩炉が将来の原子炉の本命として浮上したか?
  (その1)原理的安全性


 原子炉の安全欧確保の為の条件は、(1)緊急時の炉の確実な停止、(2)核物質から放出される崩壊熱の除去、(3)放射性物質の外部流出の防止の三つです。

液体燃料原子炉は炉心直下に冷却機能を備えたドレンタンクを備えます。大規模地震発生や津波襲来等の緊急事に、液体燃料を炉心から地下ドレンタンクへ排出すると、核反応は直ちに停止します。ドレンタンク内の液体燃料は無電源で冷却され、崩壊熱が除去されると共に凝固します。万一原子炉が破損しても放射性物質は外部に流出しません。凝固した燃料は緊急事態解除後溶解して原子炉に戻します。

何故いま溶融塩炉が将来の原子炉の本命として浮上したか?
 (その2)使用済み核燃料処理の容易さ

 原子力のもう一つの課題は使用済み燃料の処理です。固体燃料の再処理は使用済み燃料の粉砕処理から始まり、硝酸で溶解し、さらに様々な複雑な化学処理を経て再び固形燃料う成形されます。一方、液体使用済み燃料は元々液状なので溶解処理が不要であり、そのまま再処理が出来るため処理工程を大幅に単純化出来ます。さらに、溶融塩液体燃料を使うことにより最も危険な長寿命高レベル放射性廃棄物であるマイナーアクチニドの消滅が可能になります。

溶融塩液体燃料炉の歴史
                                                 
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原子力開発の黎明期に米国では固体燃料と並んで液体燃料も対等に検討されました。最も有名な溶融塩液体燃料炉は米国オークリッジ国立研究所所長を務めたアルヴィン・ワインバーグ博士主導により1965年に建設されたトリウム溶融塩実験炉MSREです (図1)。4年間の連続無事故運転に成功し、溶融塩液体燃料炉に必要な基礎技術が確立されました。しかし、固体燃料と液体燃料の技術基盤が異なることに加え、トリウムはプルトニウムを生まないためトリウム溶融塩炉は軍事的に無価値であるという理由で、1976年に研究開発は中止されました。

一方日本では、古川和男博士がトリウム溶融塩炉の研究開発を継続し、日本独自のトリウム溶融塩炉として1:万KWの小型炉のmini FUJI と20万kWの標準型炉のFUJIの設計を完成させ、さらにこれらの実現のために当社TTSを設立しました。古川和男博士は2011年12月14日に世を去りましたがTTSはその遺志を継いで研究開発に取り組んでいます。

溶融塩炉開発の世界の動向:新たな流れが出来つつある

 近年、溶部短夜体燃料炉の原理的安全陛と使用済み核燃料処理の容易さから溶融塩液体燃料炉が世界的に再評イ面されています。2011年中国で溶融塩冷却炉からのスタートにより溶融塩炉の本格的な研究開発が開始されました。米国でもオバマ政権のクリーン・エネルギー戦略における重要な構成要素として、2016年1月に米国エネルギー省(DOE)は電力会社のサザンカンパニー社、ビル・ゲイツ設立のテラパワー社に加え、オークリッジ国立研究所、米国電力研究所(EPRI)、ヴァンダービルト大学匠ネシー州)の産学官連携研究開発プロジェクトに初年度600万ドルの開発費支援を決めました。米国政府が溶融塩炉開発に予算を投じた影響は大きく、今後世界的な溶融塩液体燃料炉開発の大きな流れが出来上がると考えられます。

TTS独自の取り組み:溶融塩燃料体RinRの開発                   
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世界的な溶融塩炉開発の流れの中でTTSは独自の取り組みを行っています。それは既存原子炉の固体燃料体の一部を溶融塩液体燃料体に置換することによる液体燃料の実用化です。

この溶融塩液体燃料体を原子炉内化学反応炉と言う意味のRinR (Chemical  Reactor in Nuclear Reactor) と名付けました。 TTSはRinRの開発をフロム・スクラッチ(材料からの手作り)マスタードしますが、これは戦後糸川英夫博士がペンシルロケットからスタートし現在の日本のロケット技術の基礎を築いたのと同じ精神に基づいており、米国のスペースエックス社がロケット開発を国家主導ではなく民間主導で進めたのと同じ考えでもあります。

 TTSは2015年3月ノルウェーのエネルギー技術研究所(TFE)と契約し、ハルデンにあるOECDハルデン炉プロジェクトと共同でRinRの開発のための試験用原子炉による照射試験体(リダ)の開発をスタートさせました(図2)。OECDハルデン炉プロジェクトは日本も参加する経済協力開発機構 (OECD)18力国が共同運営するプロジェクトです。

ハルデン試験用原子炉は試験用燃料体のデータをオンラインで取得出来る計測系を備えた原子炉であり、核燃料開発の世界的な中心拠点です。 TTSは、現在RinRの原子炉内試験へ向けた準備作業を進めており、本年2016年3月に照射試験体(リグ)のモックアップの製作に着手しました(図3)
2016年7月頃までにノルウェー政府の原子炉内照射実験の認可を取得し、2016年後判こはRinRの本格開発に入る予定です。

TTSが最初に取り組むビジネス:溶融塩燃料材料と炉材料の試験受託
 
多くの溶融塩炉開発プロジェクトは巨額の資金と長期の研究開発期間により発電炉プラント全体の開発を目指します。一方我々は最初に小規模資金かつ短期間で開発可能な液体燃料体であるRinRの実現に取り組むという独自の取り組みからスタートし、最終的にトリウム溶融炉の実現を目指します。 RinRで取り扱う燃料材料は特定の組成だけに留まらず、多様な組成の溶融塩燃料を取り扱えます。そのためTTSは世界中の溶融塩炉プラント開発を目指す企業や機関から、ハルデン試験用原子炉を使った溶融塩燃料材料の試験と炉材料の放射線照射下での試験を受託出来ます。このハルデン原子炉とTTSのRinRによる試験受託サービスはTTSが世界に先駆けて取り組む溶融塩炉に関係した最初のビジネスになります。

RinRによる余剰プルトニウムの処理

 TTSが取り組むもう一つの課題が余剰プルトニウムの処理です。現在世界にはプルトニウムが約500トン存在し、核兵器への転用が懸念されていますが、その内約47トンを日本が保有しています。ノルウェー政府は核兵器廃絶に向けた活動にノーベル平和賞を授与し、現在も固体燃料によるプルトニウム燃焼処理技術の研究開発を行うノルウェーの企業を資金援助しています。 TTSはRinRによるプルトニウム及びマイナーアクチニドの燃焼および消滅のために技術開発についてノルウェー政府の支援を得ることを目指しています。

福島のデブリ処理のための超小型溶融塩炉開発                 

政府主導で福島第一原子力発電所の廃炉作業が進められています。廃炉に至る一連の作業のうちデブリ処理が最も困難です。デブリは溶融した炉心部材と核燃料から生じた核廃棄物で様々な化学組成を含みます。溶融塩液体燃料炉の特長の一つは核廃棄物の処理の多様性と柔軟性です。

デブリ処理として最も有望な方法がハロゲン処理法です。デブリをハロゲンで溶解処理し、プルトニウム及び長寿命マイナーアクチニドの塩化物を分離回収します。それらを塩化物溶融塩に溶解し、RinRに入れてナトリウム冷却原子炉で核反応により燃焼処理します。TTSは福島原発事故の跡地にデブリ処理専用の小型溶融塩高速炉の建設を提案します。日本のナトリウム冷却炉の技術は高速炉もんじゅの建設と共に完成しています。この核廃棄物処理用超小型塩化物溶融高速炉の技術開発は発電用トリウム溶融塩炉への技術展開の途上に位置づけられます。

トリウム溶融塩炉の開発                                    
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地球上に存在する核資源はウランとトリウムがあります。トリウムからプルトニウムを生産出来ないため、これまでトリウムは原子炉用燃料としてほとんど使われませんでした。しかし、採掘可能なトリウムはウランの約4倍存在し、平和のための原子力の時代のエネルギー源としてトリウムは有望な核資源です。

 TTSは、トリウムを燃料とする溶融塩液体燃料炉であるトリウム溶融塩炉として、最初に1万kWの小型炉(mini FUJI)を開発し、次いで20万kWの標準型炉(FUJI)(図4)の開発を目指します。 トリウム溶融塩炉は安全山こ優れ、核廃棄物処分も容易であり、核武装に繋がるプルトニウムを作りません。プラントの構造も単純であり、発電コストは3円/kWhの低コストを目標にします。

トリウム溶融塩炉は世界を平和へ導きます

 我々はイスラム国問題に象徴される世界規模の危機の原因は豊かさと貧しさの間に生じた大きな経済格差だと考えます。この格差を解消するための手段の一つが低コストエネルギーの供給です。低コストのエネルギーがあれば砂漠化か進む地域で水を作ることが出来ます。また、低コストのエネルギーがあればその地域に産業を起すことも出来、貧困の問題を解決できます。

 トリウム溶融塩炉は世界中のあらゆる地域へ低コストエネルギーの供給を可能にします。 トリウム溶融塩炉はトリウムを燃料としているため核武装に繋がるプルトニウムを作りません。 トリウム溶融塩炉は貧困を解消します。そして、トリウム溶融塩炉は世界を平和へ導きます。                        
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現在稼働中の40年以上の原発は大型のトリウム熔融塩炉が2030年代に完成したら順次トリウム原発に置き換えていくべきと思う。

今回セミナーに参加して勉強になったのだが、小型トリウム熔融塩原発炉は福島第一原発事故で原子炉容器内からデブリを取りだせたら熔融炉心デブリを処理することが可能であることだ。政府東電へ打診しているが、他に有効な処理方法が見当たらないので、デブリ処理の為に小型トリウム原発の実用化が進む可能性がある。

今日本でいきなり安全なトリウム原発を研究開発をするとなると、SEALDsのような日本の頭が悪い左翼プロ市民朝日新聞など日本のゴミ層が一斉に反発して面倒くさいことになるが、福島原発処理用であれば日本のゴミ層も容認するだろう。

4.原子力の新しい時代は「乾式技術」によって開かれる                                                                過去の負の遺産=「福島第一原子力発電所汚染水」の処理、使用済み核燃料の処理この問題を放置して、原子力は先に進め無い。

①福島第一原子力発電所汚染水問題

 汚染水発生の原因=破壊された原子炉容器内熔融炉心デブリからの発熱の冷却 熔融炉心が容器を破壊、状況すら把握できず、それを冷やしているから汚染水が流れ出る。
 根本解決には、熔融炉心デブリの取り出しと始末が必要である。
 熔融炉心デブリの処理は、何にでも反応し、何でも溶かす、フッ素による「乾式処理」しか無い。

②使用済み核燃料の処理

 現状の六ヶ所村再処理は、純粋のプルトニウム取り出しの「湿式処理」によっている。 高速増殖炉の稼動が見込めない以上、プルトニウム取り出しは無意味。むしろプルトニウム蓄積は国際社会から、核武装の疑惑をもたれる。

 使用済み核燃料のフッ素による「乾式処理」による減量と、プルトニウムと高レベル放射性廃棄物の混合物としてのフッ物としての取り出しと、熔融塩炉による「乾式処理」が有効。

③湿式炉「軽水炉」に代わる、乾式炉「トリウム熔融塩炉」の開発

 水冷却「軽水炉」には、原理的安全性に問題があり、安全対策による高コスト化が避けられない。
 原理的安全性を持ち原理的低コスト体質を持つ乾式炉「トリウム熔融塩炉」の開発に着手すべき今後の原子力を支える基本技術は「乾式技術」であるべきである。
「乾式技術」と「湿式技術」は、根本的に異なる。
日本は「乾式技術」によって、世界をリードすべきである。

5.福島第一原子力発電所の熔融炉心デブリの「乾式処理」

福島第一原子力発電所の汚染水問題

熔融して固まった炉心は、そのままにしておけば、放射能汚染の問題は終わらず、いつの日か問題が再発します。
熔融固化した炉心に対し、隔離、分別、減容、そして福島からの撤去に至る、始末をすることが肝要です。これ等を解決可能な技術として、フッ素による新しい技術、即ち「乾式技術」の開発を推進すべきで あります。                 
熔融炉心デブリの前処理

①熔融炉心デブリの取り出し=強い放射能を持ち人間が近ずくことが出来ないためロボットが必要
②乾燥:フッ素処理のためには、水分除去が必要。                   
フッ素による「乾式処理」                                   
フッ素ガスは強力な反応性を持ち、あらゆるものと反応してガス化、又は液体化出来る。フッ素と反応して生成したフッ素化合物を分離して始末する。
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トリウム熔融炉の現状については下記リンクが詳しい

2016年1月>米国エネルギー省が、高温ガス炉と熔融塩炉に各々$40million(約50億円)の政府資金を出すことを決めた
そして中国もトリウム原発の開発に力を入れている。
米国エネルギー省が熔融塩炉開発に資金投入を決定

2016年1月に「米国エネルギー省が、高温ガス炉と熔融塩炉に各々$40million(約50億円)の政府資金を出すことを決めた」というビッグニュースがありました。(本年度は各々約7億円)
 http://energyfromthorium.com/2016/01/16/doe-terrapower/
ご存知のように、世界の多くの国で熔融塩炉の開発研究が進められていますが、米国は永年、いかなる新型原子炉の開発にも、政府資金を投じて来ませんでした。
それが大きく舵を切った訳で、世界や日本に大きな影響を与えることになるでしょう。
また、資金の受け皿が全米4位の電力会社で、ほかに米国電力中央研究所やORNL(オークリッジ国立研究所)、ビルゲーツ子会社も参加していることから、オール米国とでもいう大きな動きとなりそうです。

但し、今回採用されたMCFR(Molten Chloride Fast Reactor)は、塩化物を用いた高速炉型の熔融塩炉です。従来、ORNL(MSBR)やFUJIが採用している弗化物を用いた熱中性子型の原子炉とも、仏やロシアが研究している弗化物使用の高速炉とも異なります。

中国、次世代原子炉の開発急ぐ 「トリウム」に脚光 
【日本経済新聞】2013/6/19 7:00 編集委員 安藤淳

 エネルギー需要が増大する中国で、次世代原子炉を開発する動きが加速している。ウランの代わりに、大量に余剰があり廃棄されてきたトリウムを燃料に使う「トリウム溶融塩炉」の研究が進む。炉心溶融(メルトダウン)の危険がなく放射性廃棄物が少ないという。日本も米国と協力して過去に同様の炉を研究しており、将来の選択肢に加えるべきとの指摘もある。

■メルトダウンは原理的に起きず


 「平均年齢30歳の若手を中心に約500人が次世代炉のプロジェクトを進めている」――。中国科学院上海応用物理研究所の徐洪杰TMSRセンター長は今年4月、都内で開いたシンポジウムで開発陣容の拡大を明らかにした。

 TMSRはトリウム溶融塩炉の略。天然には原子番号90のトリウム232が存在する。モナザイトと呼ばれる地球上に広く分布する鉱物から得られる。レアアース(希土類)を採取した後の廃棄物に多く含まれる。中国のトリウム保有量は豊富で、国内の電力消費を数百年賄えるという。

 トリウム232に中性子が当たるとウラン233に変わり、これが核分裂を起こしてエネルギーを発生する。トリウム溶融塩炉はフッ化物の液体状の塩(溶融塩)にトリウムを混ぜ、さらに少量の核分裂性物質を加えた液体を燃料に使用。熱を取り出す冷却材としても溶融塩を使う。

 日本などの軽水炉のように、固体の燃料が高温で溶け落ちるメルトダウンは原理的に起きない。ウランの核分裂反応に比べ、プルトニウムの発生量が少ないので核不拡散に有利とされる。燃料は比較的容易に再利用でき、その過程でプルトニウムを含む放射性廃棄物は消滅していく。

 中国政府は2011年に打ち出した「イノベーション2020」で、20年までに2メガ(メガは100万)ワットのトリウム溶融塩炉の試験炉を動かすとしている。冷却材にのみ溶融塩を使い、燃料は固体のままにするフッ化物塩冷却高温炉(FHR)も並行して開発する。

 トリウム溶融塩炉は米国が1960年代に実験炉を稼働、米エネルギー省(DOE)のオークリッジ国立研究所(ORNL)などにノウハウの蓄積がある。中国科学院はDOEと結んだ覚書に基づき、ORNLの研究者らと協力している。

日本も要素技術は持つ

 溶融塩を循環させるポンプ、燃料棒の試験装置などがそろいつつあり、セ氏700度程度の高温に耐える材料の開発・生産も進んでいる。「炭化ケイ素材料が重要。日本の技術に期待しているほか、米国の研究者とも改良法などを議論している」(徐センター長)

 中国科学院と交流があるNPO法人「トリウム熔融塩国際フォーラム」の吉岡律夫理事長は「中国では休日なしで開発を急いでいる」とスピードに驚く。優秀な人材を世界から素早く確保しようと「ネットでも募集している」という。

 なぜ、そこまで熱心なのか。中国の環境・エネルギー問題に詳しい帝京大学の郭四志教授は「電力を賄うために原発の増設計画を進めているが、ウラン燃料の不足が問題になっている」と指摘する。国内で採掘を増やすと、地下水汚染の悪化を招くとの懸念もある。

 最近の異常気象で水不足が深刻化し、水力発電所も打撃を受けている。冷却用に大量の水が必要な軽水炉も、河川の水位低下が進めば使いにくくなる。トリウム溶融塩炉を含め「炉のタイプの選択肢をできるだけ広げておきたい」(郭教授)。

 日本でも80~90年代にトリウム溶融塩炉の研究が進んだ時期がある。その後は下火になったが要素技術は持っている。今後も原発に頼るとしたら、安全で使いやすいのはどのような炉なのか。トリウム溶融塩炉だけが解ではないが、科学データをもとに改めて考える意味はある。

[日経産業新聞2013年6月14日付]

トリウム原発は世界の潮流となる可能性が高い。 

トリウム熔融塩炉は未来の原発か?
【WIRED】2012.05.03 THU 12:00

かつてアメリカのオークリッジ国立研究所で開発されたものの、歴史の闇のなかへと消え去ったまぼろしの原発「熔融塩炉」。2011年に中国が本格的開発に乗り出すことを発表した失われたテクノロジーは、本当にクリーンでグリーンで安全なのか? かつて福島第一原発3・5号機の設計を担当し、現在は世界を舞台に「トリウム熔融塩炉」の可能性を推進する原子力工学の専門家・吉岡律夫先生に訊いた。

PHOTOGRAPH BY JUNPEI KATO
INTERVIEW BY WIRED.jp_W

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 液体の熔融塩は放熱を終えると固体になる。PHOTOGRAPH BY JUNPEI KATO

──オークリッジ国立研究所で1960年代に実際に稼働していた「熔融塩炉(MSR:Molten Salt Reactor)」が、ここ10年ほど大きな注目を集めるようになってきました。また、トリウム燃料の可能性も近年盛んに語られていますが、いわゆる「トリウム熔融塩炉」がいまこうして注目される理由は何なのでしょう?

世界における原子力発電の問題は何よりもまず、燃料として用いたプルトニウムの処理処分です。アメリカを中心に日本も、高速増殖炉によってその燃料を再利用できるようにすることをもくろんできたわけですが、これが開発開始から50年近く経ってもめどが見えない。そこでトリウム熔融塩炉が注目されるわけです。というのもトリウムは放射性物質なのですが、自ら核分裂は起こしません。そこでトリウム(Th232)からウラン233を生み出す必要があるのですが、その火種としてプルトニウムを使用することで、プルトニウムを消滅させることができるのです。

──トリウム熔融塩炉を使用すれば、プルトニウムを燃やしながら新たなエネルギーを生み出すことができる、ということですか?

そうです。現状における原発の計画は、軽水炉から出るプルトニウムを高速増殖炉で再処理して再び使うという「ウランープルトニウム・サイクル」を前提としたものですが、それがうまくできないことによって、プルトニウムの処理処分の問題が大きくなり続けています。加えて、核拡散の問題もあります。ところが「トリウムーウラン・サイクル」ですと、処理の問題も、核拡散の問題も解決できるのです。

──核兵器に転用できないということですか?

不可能ではありませんが、トリウムからはごく少量のプルトニウムしか生まれません。加えて、トリウムからウラン233とともに生成されるウラン232は強いガンマ線が発生しますから、検知が容易だということも兵器利用の抑止という観点からはメリットです。

──トリウムは世界中で採れるのでしょうか?

世界中のほとんどの国で採掘できます。残念ながら日本では採れませんが、実はトリウムは、電気自動車やハイテク機器に欠かせないレアアースに含まれているもので、現在世界中で発掘されているレアアースの副産物としてすでに年間1万トンほどが採掘されています。けれども放射性物質ですから処分に困ってるわけですね。それを利用できるとなると燃料問題はおよそ片付いてしまいます。というのも、年間1万トンのトリウムで100万kWeの原子力発電所を1万基稼働できてしまうからです。

──安全性はどうでしょう?

トリウム熔融塩炉というのは、LiF-BeF2というフッ化物熔融塩に、親物質としてのトリウムと、核分裂性物質のウランまたはプルトニウムを混合し、それを液体燃料として用いるものです。つまり燃料が液体で、それ自体がすでに溶けているわけですからメルトダウンという状況が起きません。また熔融塩は、沸点が1,500°Cという高温で、かつ化学的には空気と反応したりすることがありません。これはどういうことかというと、水の場合、温度を上げようとすると圧力をかけないといけませんけれど、そういった操作なしに簡単に扱えるんですね。だから炉心の外壁にしたって、軽水炉のように分厚いものである必要がないですし、福島のように水蒸気や水素が容器や格納室にたまって爆発するようなことがないのです。

──とはいえ、福島のようにすべての電力系が失われたら、やはり危険ですよね?

もちろん危険ではあります。液体燃料とはいえそれ自体は放射線を出していますから。ただ、爆発要因はありませんから、セシウムなどの放射性物質が空気中に飛散するといった状況は起こりません。燃料の温度が上がりすぎて、かりに容器を溶かして外に流れ出しても一定期間で放熱をし終えると固体となって固まります。その間、なんらかの方法で冷却する必要はあるでしょうけれど、オークリッジではプールのようなものの中に自動的に燃料が流れ込むようなことを考えていたようです。

──トリウムを固体燃料として現状の軽水炉で使用する、という可能性はありませんか?

トリウムに関する国際会議で、フランスのアレバ社の担当が言ってましたけれど、トリウムを軽水炉で利用するメリットはあまりないんです。というのも、固体のトリウムは再処理をしてウラン233を取り出すのが難しいんですね。つまり増殖することができないんです。ですから、トリウムをただ燃やすだけになってしまいますし、併用するウラン燃料からは新たなプルトニウムも発生しますから問題の解決にはなりません。熔融塩炉で液体として利用すれば増殖が可能で、かつプルトニウムも燃やすことができる。トリウムを利用するなら、熔融塩炉がいちばん理にかなったやり方です。

──なぜ、これほどいいことずくめの技術が、日の目を見なかったのでしょう?

それが核兵器に使えないからですよ(笑)。と、もうひとつあるとすれば、熔融塩っていうのは化学の範疇なんですよ。そもそも軽水炉を含めた原子力発電所っていうのは、一種の「化学プラント」であって、本当は電気屋さんではなく、化学の専門家が扱うべきなんです。それはワインバーグもウィグナーも言っていたことで、日本でいち早くトリウム熔融塩炉の可能性に気づいた古川和男先生も言っていたことです。古川先生は1960年代からナトリウムの世界的な権威だったわけです。その人から見ると、ナトリウムを利用した高速増殖炉はきっと危なくて仕方のないものに見えていたはずで、一方、不活性な熔融塩がよさそうだというのは直観でわかっていたんですね。だから先生は、オークリッジの熔融塩実験炉を見て「自分の直観は正しかった」と思って帰ってこられたわけです。

──古川先生は原子力研究所で高速増殖炉の研究をされていたんですよね?

そうです。ただ、軽水炉と高速増殖炉は国の既定路線ですから、ある時期からはだいぶ煙たがられていたみたいですね。それと違うもののほうが優れていると考える人は、あまりありがたくなかったんじゃないでしょうか。

──吉岡先生はなぜ熔融塩炉に?

わたしは70年代に原子力の世界に入りましたが、当時は高速増殖炉に夢がもたれていた時代で、わたしもそうだったんです。以後、高速増殖炉を少し手がけた後、主に軽水炉の設計をやってきたわけですが、90年代初頭に、高速増殖炉はなんでこんなに長く研究をやってるのに結果が出ないんだ、そもそも無理があるんじゃないのか、と思うようになったんです。そのころ古川先生の研究に出合って、自分でも計算してみたら、これは正しいなと思えたんです。

──ところで、本誌でワインバーグ博士を取り上げることに驚かれてましたね(笑)。

スティーブ・ジョブズならともかく(笑)、ワインバーグ博士の記事をつくると聞いて驚きました。ふたりの共通点を挙げるとするなら、未来を見据えた天才だということでしょうか。ワインバーグは軽水炉の発明者でした。世界の原発の生みの親と言えるでしょう。その彼が、軽水炉の危険性やプルトニウム問題を50年前に指摘し、安全でプルトニウム問題もないトリウム熔融塩炉を推進したわけです。

──日本でトリウム熔融塩炉が、実現する可能性はありますか?

古川先生に初めてお会いしたときに言われたのは、日本は問題じゃないということなんです。つまり日本は人口がこれからどんどん減っていきますが、世界はそうじゃない、ということです。アジア、アフリカといった地域の人たちの生活レヴェルが上がっていったときにどう電力を供給するか、これを考えるのが先進国としての日本人の務めだと、こう言われたんです。世界を考えなさいと。ですから、わたしも原発の未来に関する議論においては日本のことはあまり考えてません。

──日本の原発業界は世界の状況はあまり考えてこなかった、ということになりますか?

ええ。日本の原子力産業っていうのは、結局、日本国内の需要だけで成り立っている極めて内向きなもので、いまになって輸出だなんて言って四苦八苦してますけれども、いままで海外に出たことなんかないわけですから、それも当たり前です。熔融塩炉に関して言うと、日本には熔融塩の研究者は他国と比べるとたくさんいますし、黒鉛の専門メーカーもある。そのほか鉄鋼技術や高温融体の研究なども進んでいます。つまり日本がリードできる要素技術はもっているわけですし、それを新しい産業へと発展できるんです。中国が開発に乗り出すというのなら、日本の技術力を生かすいい機会だと思いますよ。本当は原子力研究所などがやるべきなんですが、高速増殖炉と軽水炉の路線が法律で決められちゃってますからね。

──福島の事故は、世界に脱原発の動きを促した、というようなことはないんですか?

残念ながら、その方向は難しいでしょう。80億とも90億とも言われる膨大な人口増加によるエネルギー需要を賄うための現実的な方策としては、原子力以外にいま有効な手だてはありませんから、その研究・開発を止めるという選択肢はありません。もちろん並行してさまざまな研究も行うべきだと思いますが、福島が与えた教訓を生かしながら、そういう世界全体の動きについていく以外の道はないように思います。
古川和男博士〔文春新書「原発革命」の著者。東北大学助教授、日本原子力研究所ナトリウム研究室長、東海大学教授を歴任)は残念ながらこの記事が載る直前2011年12月14日逝去されております。

 2月7日。五輪開幕に合わせてロシア・ソチを訪問した中国の国家主席、習近平は、チェコのゼマン大統領と会談し、インフラ建設、新エネルギー、農業などについて2国間協力を進める意向を確認した。

 43時間のソチ訪問中、習近平が会談した元首級の要人は露大統領のプーチン、国連事務総長の潘基文、ギリシャ大統領のパプーリアス、アフガニスタン大統領のカルザイ、そしてゼマンだった。

 「世界の大国」を自任する中国に対し、チェコは中欧の要とはいえGDP世界52位の小国に過ぎない。しかも中国政府に弾圧されるチベット民族を支援しようと、公の施設にチベット旗を掲げたりする、中国にとって苦々しい相手だったはずだ。

 習近平は限られた時間をやりくりしてまで、なぜゼマンとの会談を望んだのか。それは、チェコが、第4世代原発といわれるトリウム溶融塩炉の開発競争の先陣を切っているからだと言われている。

   × × ×

 原発は、言うまでもなく放射性物質の核分裂反応を利用した発電方法だ。ウランなど放射性物質の原子核は中性子を吸収すると核分裂を起こす。その際、膨大なエネルギーと一緒に中性子を放出する。放出された中性子が再び別の原子核に吸収され、核分裂する。

 原子炉では、核分裂反応を安定した状態で連鎖的に起こさなければならない。そのためには原子核に吸収されやすいよう中性子の速度を落とす「減速材」と、核燃料を冷やす「冷却材」が不可欠となる。

 軽水炉とは、濃縮ウランをペレット加工した固体燃料を「軽水=普通の水」に浸し、水が減速材と冷却材の役目を併せ持つタイプの原発を指す。水が扱いやすい上、原子炉制御が容易で事故の危険性が小さいことから、世界の原子力発電所のほとんどが軽水炉を採用している。

 日本国内の原発も軽水炉がほとんどを占めるが、実は2種類ある。核燃料から直接熱エネルギーを奪った軽水を蒸気とするのが、福島第1原発の沸騰水型軽水炉(BWR)。別系統の水に熱エネルギーを移して蒸気とするのが九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)に代表される加圧水型軽水炉(PWR)だ。

 これに対し、トリウム溶融塩炉は、高温(500~700度)で液化した「溶融塩」にトリウムを混ぜて燃料とする。

 炉内には、減速材として柱状の黒鉛が並び、その中を溶融塩が流れ、核分裂反応を起こす。冷却材はポンプで対流させる溶融塩そのものだ。沸点が1430度なので気化することも、高圧にする必要もない。

   × × ×

 実はトリウム溶融塩炉は新しい技術ではない。

 第2次世界大戦終結から間もない1950年代半ば、米・テネシー州のオークリッジ国立研究所がトリウム溶融塩炉の研究を本格的に始めた。1965年に実験炉の運転が始まり、最大7500キロワットの出力を達成した。実験炉は1969年まで無事故で運転した。

 だが、軽水炉との実用化競争に敗れ、歴史の表舞台から消えてしまった。理由は炉内でプルトニウムを生成しないため、冷戦下の米国に魅力的に映らなかったからだとされる。

 トリウム溶融塩炉が再び脚光を浴びたのは、東日本大震災の直前だった。

 2011(平成23)年1月。急速な経済発展に伴い、石炭火力による大気汚染と電力不足に悩む中国政府が、トリウム溶融塩炉の開発に取り組むことを表明した。

 先頭に立つのは、中国科学院副院長を務め、元国家主席、江沢民の息子でもある江錦恒だった。「なぜトリウム溶融塩炉なのか」。世界の原子力研究者は驚きの声を上げた。

 レアアースの豊富な埋蔵量を誇る中国は、精錬の際に副産物として大量に出てくるトリウムの取り扱いに頭を悩ませてきた。加えてトリウム溶融塩炉ならば、軽水炉に必要な大量の水を確保できない内陸部でも建造することができる。

 この辺りが中国政府がトリウム溶融塩炉の開発に本腰を入れ始めた理由だとみられる。中国の動きは世界の原発の潮流を変える可能性を秘めている。

   × × ×

 トリウム溶融塩炉の強みとは何なのか。

 まず事故対応が挙げられる。

 福島第1原発は、津波に起因する全電源喪失により、冷却材である軽水の循環がストップし、蒸発を続けた。冷却手段を失った核燃料がメルトダウン(炉心溶融)したことで、燃料表面のジルコニウム金属と水蒸気が化学反応を起こし、水素が大量に発生。1、3、4号機で水素爆発が起きた。

 オークリッジ国立研究所の実験などによると、トリウム溶融塩炉でも全電源喪失すれば溶融塩の対流が止まり、冷却機能を失う。この場合は、原子炉底部にある凝固弁が、高温となった溶融塩によって溶けて穴が開き、溶融塩は下の耐熱タンクに流れ落ちる。

 ところが、減速材である黒鉛から離れたことで核分裂反応は収束に向かい、溶融塩の特性から450度以下に冷えるとガラス固化体へ変化する。ガラス固化体は強い放射線を出すが、少なくとも気化した放射性物質を周囲にばらまくことはない。

 水を使っていないことから爆発の要因となる水素が発生することもない。

 余剰プルトニウムの問題も解決される。

 ウランを燃料とする軽水炉は、プルトニウムを含んだ使用済み核燃料を排出する。テロや核兵器への転用が懸念され、今年3月にオランダ・ハーグで開かれた核安全保障サミットでも余剰プルトニウムの取り扱いが議論された。

 これに対し、トリウムは、核分裂反応の“種火”としてプルトニウムを使うため、余剰プルトニウムの削減にも寄与できる。

 効率のよさも特筆に値する。軽水炉は沸点の低い水を使用することから熱効率は33%と低いが、トリウム溶融塩炉は45%前後まで向上する。核分裂反応が弱まれば、トリウムを炉内に溶かし入れるだけなので燃料棒の交換も不要だ。

 このような特性を考えると、放射性物質を含んだ溶融塩を熱交換器に安全に対流させる方法など課題はいくつもあるが、トリウム溶融塩炉は将来有望な新型原子炉だといえる。

 京都大や立命館大などでトリウム溶融塩炉の研究に長年携わってきた亀井敬史はこう語る。

 「今後の原発は、小型化・モジュール化が進むことは間違いありません。取り扱いが容易で最大出力1万~10万キロワット程度の小型原発に向いたトリウム溶融塩炉は、従来の大型軽水炉を補完する大きな可能性を秘めています。日本も本格的に研究すべきなのです」

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 トリウム溶融塩炉だけではない。世界では「第4世代」と言われる新型原発の熾烈な開発競争が始まっている。

 世界にある原発は2013年1月現在で429基。その大半は第2世代(軽水炉)または第3世代(改良型軽水炉)に属する。

 その先を行く次世代原子炉の開発に向け、日米英仏など10カ国が「第4世代国際フォーラム」を結成したのは2001年7月だった。

 フォーラムは、2030年までの実用化を目指す新たな原子炉として、トリウム溶融塩炉をはじめ、軽水炉の進化版「超臨界圧軽水冷却炉」、冷却材にヘリウムガスを使う「超高温ガス炉」など6タイプを定めた。日本の高速増殖炉「もんじゅ」に代表されるナトリウム冷却高速炉も含まれる。

 どのタイプも、燃料の効率的利用、核廃棄物の最小化、核拡散の防止、安全性向上などを見込めるという。フォーラムには、後に中国や韓国、欧州原子力共同体(ユートラム)なども参加し、情報交換や協力を重ねながら各国が開発にしのぎを削っている。

 国際的な動きとは別に、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツも2010年3月、劣化ウランを燃料に、冷却材にナトリウムを使った新型原発「進行波炉」(TWR)開発に数十億ドルという私財を投じると発表し、注目を集めた。

   × × ×

 第4世代開発だけではない。世界中に普及した軽水炉の技術革新も止まったわけではない。

 これまで以上に安全性を高め、ウラン燃料の燃焼効率を向上した改良型軽水炉が誕生し、国内外で採用されている。

 既存原発の技術進歩は日進月歩で続いている。九電は安全性向上と発電能力増強を目的に、平成18年に川内1号機の、22年川内2号機の蒸気タービンを三菱重工業製から独シーメンス製に交換。これにより年間発電量が3%上昇した。

 こうした既存原発の改良や新型原発の研究など、各国が原発技術の開発にしのぎを削るのは、逼迫(ひっぱく)するエネルギー需給への対応が急務だからだ。

 国際エネルギー機関(IEA)の見通しによれば、2030年の世界のエネルギー需要は石油に換算して159億7700万トン分。2000年の1・6倍に達する。世界規模の資源争奪戦はますます熾烈になるに違いない。各国が原発の技術開発に血眼になる理由もそこにある。

 だが、日本では、福島第1原発事故後、「脱原発ムード」という逆風に耐えかね、東京電力などの優秀な原発技術者が相次いで海外に流出している。

 現役世代だけではない。文部科学省によると、全国の大学の原子力関連学部への平成25年度志願者数は、計約440人と事故前から2割も減ってしまった。

 感情論からの「原発ゼロ」に流され、原子力技術を途絶させると、その影響はあらゆる分野に及ぶ。すでにその兆候は出ている。「技術立国・日本」の地位は大きくぐらついている。(敬称略)

中国がトリウム原発を推進することは間違っていない、彼らも自分達のいい加減さはよく知っていて、いつか原発事故を起こしかねないことを自分自身よく理解しての選択である。トリウム原発を選択した中国当局を褒めてあげたいと思う。

高山正之<変見自在>非道国家が原子力を手に入れると……
 【週刊新潮】2012年7月12日号

 ニトログリセリンは十九世紀半ばにイタリアの化学者アスカニーオーソブレロが創った。
 紙めたらこめかみがずきずきした。それが後に血管拡張作用だと分かって狭心症の薬になった。

 ソブレロの友人アルフレッドーノーペルはニトロの爆発力に着目した。
 彼の生地ストックホルムは花尚岩の街といえば格好いいけれど、要は十センチも掘れば厚く固い岩盤に行き当たる。

 土管一本通すのも汗水たらして岩を穿たねばならなかったのを軽減できないかと彼は考えた。

 ただニトロはちょっとしたショックでも温度の上下でも簡単に爆発する。
 彼はそれを珪藻土にしみこませて安定化させる方法を思いついと。ダイナマイトの発明だ。

 かくてストックホルムの街づくりが進み、今では地下岩盤に穴を開けて地下鉄が走るようにもなった。

 ノーベルはそれでも不安定なダイナマイトの欠点を少しでも補おうと、ちょっとやそっと叩いたくらいでは爆発もしない「ゼリダナイト」を後に発明している。

 もろ刃の剣、ニトロはイタリア人、スウェーデン人ら善意の学者に育まれ、一方で心臓病に悩む人を救い、トンネルを穿ち、ダムをつくる手助けをして人類に愛される道を歩んだ。

 それといい対照になるのが原子力だった。

 原子力はもともと地熱などと同じ自然エネルギーの一つだ。朝日新聞が目くじら立てるほどの異様な危険物じゃあない。

 現にザボン中部オクロで二十億年前、ウラン鉱床が地下水と反応し天然の原子炉ができ、六千万年間も稼働していたことがフランス原子力庁によって確認されている。

 この当時のウラン鉱床中のU235は現在の五倍の三パーセントはあった。つまり軽水炉原発の低濃縮燃料と同じ濃度で、地下水加減連材になって臨界に達していた。

 生まれは正統な自然エネルギーだ。そのエネルギーは大きく、派生するX線などの放射線は体内を透視し、がんを治療し、血を出さないレーザーメスにもなる。

 ニトロと似るが、ただ最初に原子力を手に入れ、育てた国が悪かった。
 この国は十七世紀、清教徒がやってきたのを国の肇としているが、彼らの性根は悪かっか。

着いた早々から先住民を襲って、土地を奪い、抵抗すれば「集落に火を放ち、彼らを生きたまま切り刻むか、その火中に放り込んで焼き殺し、女は強姦し、カリブの英植民地に奴隷として売り払った」(プリマス市長ウィリアムーブラドフォード)。

 こんな残虐な建国史ではまずいから、リンカーンは先住民と仲良かったようにあの「感謝祭」を創作して国民の祝日にした。大統領自ら歴史を捏造した。

 しかし彼らの根性は改まらない。彼らは先住民を売ったカネで黒人奴隷を買って、労働力の足しにし、次はもっと安い苦力を買った。

 彼らは知力も不足していたのでフェルミやユダヤ系のシラード、アインシュタインなど二千人の物理学者を買いこんだ。

 そして彼らに原子力を使った極悪兵器を創らせた。出来上がった爆弾は広島と長崎に落として二十万人を一瞬にして殺した。

 米国は大喜びし、広島型の一千発分もの威力の水爆をビキニ環礁で爆発させたり、サンディエゴ沖で核爆雷を爆発させたり、ネバダで原子砲をぶっ放したり。一年間に九十六発も太平洋で爆発させたこともあった。

 西部劇にやたら拳銃をぶっ放す半分いかれた無頼漢が出てくる。米国の行動はそれとよく似ている。

 おかけで原子力は人類のためになる素質を持ちながら世間様にはごく悪い印象しか与えてこなかった。

 因みにノーベルが心血を注いだ「安全なゼリダナイト」も米国はいじくり回した挙句、あのプラスチック爆弾C-4を生み出した。救いがたい国民性だ。

 日本は米国という悪い環境によって歪められた原子力の本来の良さを引き出そうとしている。原発による子不ルギー自立はその最たるものだろう。

 朝日新聞のいい加減な報道に欺されて孫正義を儲けさせるよりはずっと意味深い。
                               (二〇一二年七月十二日号)



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専門家「これ以上の本震が今後あるかもしれない」 地震連鎖可能性否定出来ない 西日本新聞:yahoo 4月16日(土)12時33分配信

震源が阿蘇・大分方面に移動
14日の熊本地震を上回るマグニチュード(M)7・3を観測した16日未明の地震は、強い揺れを引き起こし、九州に甚大な被害をもたらした。熊本地震について政府は15日、日奈久(ひなぐ)断層帯(約81キロ)の北端付近が引き起こしたと判断。ところが16日の地震は、熊本県の阿蘇外輪山から宇土半島付近に延びる布田川(ふたがわ)断層帯(約64キロ)のずれだと専門家はみている。その後、震源域は北東側に大きく移動してきており、地震が次の地震を呼ぶ連鎖が懸念されている。

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気象庁は、マグニチュードが大きい16日午前1時25分の地震を「本震」と位置づけ、熊本地震をその「前震」に格下げした。

本震をもたらした今回の震源は、日奈久断層帯北端の北側、布田川断層帯に乗っている。東京大地震研究所の古村孝志教授(地震学)は「16日の地震は、熊本地震をきっかけに布田川断層帯が約30キロにわたってずれたことによる地震だ」と指摘する。

震源の深さは約12キロと浅い。マグニチュードも「九州の内陸部地震では、この100年で最大だった」(福岡管区気象台)ことが、各地の被害を大きくした。

さらに、その後の地震が特徴的な動きを見せている。14日までは熊本地震で震度7を記録した熊本県益城町が余震の主な震源域だったが、16日未明の地震以降、北東の同県阿蘇地方、大分県方面に移動し始めている。

これ以上の本震が今後あるかもしれない
もともと、大分県の別府湾から阿蘇山などを経て長崎県の雲仙に至る区間は、地盤間の溝(別府-島原地溝帯)が走っているとされる。溝を境に南北方向に引っ張る力が岩板(プレート)にかかり、この地域にある活断層が「横ずれ」と呼ばれる動きを見せるのはこのためだ=イラスト参照。

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古村教授は「地溝近辺ではこれまで、大きな揺れがなくエネルギーがたまっているエリアが多い。地震が次の地震のきっかけになる連鎖が起きる可能性は否定できない」と注意を促す。

「本震の後に余震が続き、やがて収束していく『本震余震型』の地震のパターンだけではない」と指摘するのは、鹿児島大の井村隆介准教授(地質学)。2日前から前震が確認されていた東日本大震災(2011年)がまさに「前震本震型」だったという。

井村准教授は「今回の地震が本震なのかどうか、まだ分からない。これ以上の本震が今後あるかもしれず、余震が数カ月続くことも考えられる」という。

●4月10日:アフガン北部でM6.6 パキスタン、インドも揺れ 


●4月13日:ミャンマーでM6.9の地震=インドでも揺れ、大規模停電 

●4月14日:南太平洋バヌアツ沖でM6・4


連日M 7クラスの巨大地震が世界中で起こっている。
地球上でM7以上の地震は年平均17、18件観測されるので、過度に心配する必要はないが、全世界が地震活動の活発な時期に入った可能性を否定できない

イエローストーンが破局噴火するとか、白頭山が噴火直前だとか何  千年に一度とか何万年に1度のことが今年同時に起る確率はかなり低いと思う。
だが・・・・
4月14日21時26分に北緯32.7度、東経130.8度深さ11kmを震源とした、震度7、M6.5の地震が熊本県で発生した。いわゆる内陸直下型地震であり、2004年に起きた中越地震同様に多くの余震が続いている。

この地震は、非常に「いやな位置」で発生した地震である。というのも、この震源が阿蘇山のすぐふもとを走る布田川断層であると考えられるからだ。阿蘇山というのは、長野、静岡、愛知、和歌山から四国を突き抜け、九州に至る巨大な断層の集中帯の上にある。

このことを考慮すると、最悪の場合、長野や静岡、四国、九州で、今回と同じような内陸直下地震が立て続けに起こる可能性があるのだ。そして、その先には、南海トラフの巨大地震が控えている。

イメージとして、今回の熊本の地震は、2011年3月11日に起こった東北地方・太平洋沖地震(東日本大震災)に先立って発生した、岩手・宮城内陸地震(08年)と類似していると考えていただきたい。

というのも、熊本地震が発生する以前、福岡の警固(けご)断層や兵庫県の山崎断層で、震度1に満たないような地震が頻発していたからだ。これは、宮城内陸地震の前兆と似ている。そう考えると、またひとつ大きな地震が起きる、とも推測できる。

また、熊本では2月12日以降、深さ10kmでM1.7~M2.7の地震が発生していた。これらの地震は規模が小さく、とるに足りないようにみえた。しかし、これらの地震を発生させているエネルギーの流れを詳しく見ていくと、台湾-琉球諸島-西日本-中部日本-東日本の一部の位置するユーラシアプレートと、その下にもぐり込んで圧縮しているフィリピン海プレートにまでたどり着く。

こうしたプレートの動き全体をみる必要性があり、今回の熊本の地震だけでは収まらないと考えるのが、自然なのである。

事実、4月1日には、東南海地震を彷彿させるM6.1の地震が紀伊半島沖で発生している。さらに、4月10日には兵庫県神戸市南東部の六甲断層系でM4.3とM3.5の地震が続いた。ここに至り、台湾から東日本の一部までを全体として捉え、それらの地震を関連付けて考えるのは間違いでないと確信するようになった。

世界的に大規模な地震が起きている
筆者はすでに、プレートの動きと、内陸直下型地震、火山噴火、プレート(海溝)型地震の関係を図のように整理している。結論を先に言うと、台湾-沖縄-西日本-東日本の一部ではステージ3以降を、東日本ではステージ4以降に注意をはらう必要がある。
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ステージ1:フィリピン海プレートや太平洋プレートが、ユーラシアプレートや北米プレートに沈み込み、その圧力でユーラシアプレートや北米プレートが割れ、内陸直下型地震が生じる。兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)などがこれにあたる。このときのマグニチュードはM7.2で、日本では5年に3回程度起きる地震である。兵庫南部地震の場合、神戸という大都市直下で地震が発生したため、マグニチュードに比して震度が大きく、建物の倒壊などの被害相次いだ。

ステージ2:ユーラシアプレートや北米プレートにあるマグマ溜まりが圧縮されて火山が噴火する。口永良部島、桜島、阿蘇山などがこの例である。この段階の火山噴火はマグマ溜まりにあるマグマが噴出してしまえば一段落するので、それ以上大きくはならない。2009年から現在まで続く九州各地の火山がこれにあたる。

ステージ3:ユーラシアプレートや北米プレートが耐えかねて跳ね上がり巨大なプレート型(海溝型)地震が発生する。その前にステージ1のように内陸直下型地震が起きることがある。今回の熊本の地震は、おそらくこれにあたると筆者は考えている。

ステージ4:プレート間の摩擦が減少したため、従来よりも数倍の速い速度で太平洋プレートやフィリピン海プレートが北米プレートやユーラシアプレートの下にもぐり込み、ふたつのことが引き起こされる。

ひとつは、もぐり込んだプレートが溶けてマグマとなり、火山の巨大噴火を引き起こすことだ。もうひとつは、沈み込むプレートの速度が速くなり過ぎて、太平洋プレートやフィリピン海プレートがちぎれて(正断層)、再び海底でアウターライズ型地震(再度、大きな地震が発生すること)が発生すること。

今回、もうひとつ気にかかるのは、4月14日前後に、日本だけではなく、フィリピン海プレートとインド・オーストラリアプレート境のフィリピン海、太平洋プレートとインド・オーストラリアプレート境のバヌアツ、太平洋プレートと北米プレート境のカムチャッカ半島でも大規模な地震が起きていることである。

フィリピン海プレートは比較的小さなプレートで、その東側と北側には太平洋プレートがもぐり込んでいる。これまであまり注目されてこなかったプレート同士ではあるが、フィリピン海プレートの圧力を受けている桜島の噴火が2009年頃から急増し、2011年にピークに達したことや、西之島新島が形成されたことなどをみると、今後、フィリピン海プレートと太平洋プレートの関係にも注目していかねばならない。

特に、首都直下型地震の可能性を考える場合、これらの関係は極めて重要である。

今回の熊本の地震は、ステージ3の南海トラフ地震の「前奏曲的」な意味合いが強いと考えられる。筆者は2020年東京オリンピックまでに、南海トラフ地震の発生が懸念される状況にあると考えている。筆者の推計では南海トラフ地震の津波被害者は、47~50万人である。熊本地震を単体のものとしてとらえず、日本全体の「危機の前兆」と認識し、対策を講ずる必要があるのだ。

危機を煽るつもりはない。

しかしながら、未だ終息しない熊本阿蘇地方の地震活動、世界各地で起きる巨大地震から察するに、太平洋プレートが大きく動きだし、周辺プレートも動き出したという現実を直視しなければならない。今までの常識にとらわれず地震に備え準備を怠らないようすべき時かと思う。

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ペットボトルの水とかインスタントラーメン、カセットガス、今すぐ買うのではなく、熊本が一段落したらもう少し買い置きしておきたい。



 
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中央構造線上に震源が東に移動している・・・見方によればそうかもしれないが・・
震度1は無視して良いのではないかなぁ?

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しかし、大分で震度5は明らかに中央構造線上・・・

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それにしても・・・皆さんもそう思ったかもしれませんが
14日9時ごろ感じた東京直下地震は気持ち悪かったですね。
てっきりその地震が熊本からの地震だとばかり思っていました。

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地震が怖くて日本に住めるか!
週刊新潮 高山正之 変見自在

社会部の記者だったころ、丹沢の村を鉄砲水が襲った、かなりの死者が出たという一報があった。
 お前、行ってこいとデスクに言われ、悪路に強いトヨタのランドクルーザーと、ミカン箱ほどのモトローラ無線電話機を手配して出かけた。ドコモなどない時代の話だ。
 ところが麓から現場までの約十キロの山道は鉄砲水を生んだ中川の激流で何か所も崩落していた。
車を諦めて歩く。崩落個所は自衛隊レンジャーの張ったロープにすがって渡る。
 眼下で濁流が吠える。地響きが伝わってくるのは川底を一抱えもある岩が転がり落ちているからだ。
 洪水のあと橋桁が裸木で埋まるのをよく見る。あの水はさっきまで葉も枝も樹皮もあった。それが濁流に呑まれ、この転がる岩に芋洗いされて一瞬にして裸にされるのだ。

もう一歩も歩けなくなったころ、やっと村に着いた。雨は上がっていた。道に沿うて軒の深い家並みが続き、家々の生垣の緑と花が明るい陽射しを受けていた。
「泣きたくなるほど美しい」とブルーノータウトが言った日本の景色が広がる。
 その道の先が一か所だけ横切るように狭れていた。鉄砲水はその両側の何軒かを呑みこんであの激流に落とし込んだのだ。

 被害はその一筋だけ。隣も向こう隣も無傷だった。抉れたところで自衛隊員が作業している。その傍らに縁台が置かれ、お茶とお新香が並び、何人かの女性が彼らの労をねぎらうためにお握りを握っていた。

 流された人の身内という一人がご苦労様ですとこちらにもお握りを勧めてくれた。
 被災地に行って、被災者から炊き出しを受けたのははじめての経験だった。
 ほんの通り一本で私の家は助かりましたと語る表情はごく穏やかだった。
 三万人が死んだ安政大地震について「それでも彼らは落胆もせず、不幸に泣かず、意気阻喪することもなくすぐに仕事に取り掛かった」と『ベルリ提督日本遠征記』は伝える。
 明治初期、銀座大火の折、米国人クララ・ホイットニーは焼け出された人たちが「快活に笑い、助け合って、まるで大きな一つの家族のようだった」と記録する。
 丹沢の山奥で見た日本人の姿と重なる。
 それがどこから来たのか。大森貝塚を見つけたエドワードーモースは日本の自然の美しさに感嘆しながらも「地震や大津波、台風に火山の噴火、大洪水と、日本は地球上のどこよりも危険な国」だと書いている。

 そんな危ない国に住む人々について、モースとほぼ同時期に来日したスイス公使エメエ・アンペールは子どもたちがまずいろは歌を学ぶことに注目している。

色はにおえど散りぬるを 我が世だれぞ常ならむ……
 それはこの世に永久的なものはなにもないという無常観であり、それを子どものころから繰り返し教えられてきたから「日本人は人生の苦難や困窮に遭っても何らの不平を持たず、死ですらも宿命的な性格が与えられて平凡な日常の些事として見ようとしている」と結論している。

 柳田國男の説話集によれば、日本の神様はふだん神社にはいない。祭礼があるとその前夜に戻ってくる。神社の御神木や御柱は神様が迷わないよう、目印のためにある。

 ただ神さまが渡られるのを見るのは禁忌で、見たものは一年以内に死ぬとされる。説話集にはその禁を破って神社の前に佇む人々が描かれている。     老いや病で家族に迷惑をかける。そうならないように一年以内に死んでいきたいという思いからだが、これもアンベールのいう日本人のもつ死生観に通じる。
 その老人医療費で日本がパンクしそうだからと政府が少し手直しした。通院ごとに百円出してと。

 そしたら「死ねというのか」と朝日新聞にけしかけられた老人が吠えた。昔は他人様にたかるなど以ての外だったのに。

 三・一一では人々は「大きな家族」になって助け合ったが、朝日は東電だけ家族から外した。無常観より賠償金をたかった方がいいとさもしさをくすぐる。
 その朝日は今、地震が来たらどうする。もう原発はいらないと言いたてる。
 そんなに地震が怖ければ日本から出ていけ。
                                (二〇一二年八月二日号)



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4月16日午前1時25分、震度6強、M7.3の地震が熊本阿蘇地方を中心に発生した。
M7.3は1995年の阪神大震災と同規模の地震であった。

肥後の国熊本で地震が起きるということは、三陸沖の貞観地震の前後、肥後の地震が起き富士山が爆発し、阿蘇山が噴火、南海トラフ地震、関東地方の地震と相次いだ平安前期の貞観年間859年から877年と同じになってきてしまった。

4月14日夜の発生の熊本地震は2011年の東日本大震災以来の震度7であったが、余震に過ぎず4月16日午前1時25分ごろに発生した震度6強(マグニチュード7.3)の地震が本震だというのだ。「前震」「本震」「余震」の違いは専門家でもわからないのだろう。誰もが震度7の地震がまさか前震とは思わないだろう。

震度6弱以上の地震も14日夜の震度7を含めて7回記録するなど大きな地震が頻発していてどれが本震なのか・・・2004年の新潟県中越地震のように、同規模の地震が複数回起きてどれが本震か判別しにくい群発地震のケースのようです。

突然大地が激しくうねった。14日夜、熊本県を襲った巨大地震。多くの家屋が崩れ、住宅街は停電による暗闇に覆われた。死者9人、けが人は1000人を超えた。東日本大震災以来となる震度7。強い余震はその後も続発し、避難者らは「怖くて家に戻れない」と途方に暮れた。専門家は「この揺れは日本を縦断する巨大活断層『中央構造線』の一部で起きた。南海トラフ、首都直下地震も刺激しかねない」と警鐘を鳴らす。 

 「今まで体験したことのない強さの横揺れを感じた。ぐわんぐわん揺れていた」

 激しい横揺れの後、突き上げるような縦揺れ。熊本市南区の飲食店にいた会社経営者の男性(31)は興奮した様子でその瞬間を振り返った。

 熊本県益城町(ましきまち)で14日午後9時26分ごろに発生した震度7、マグニチュード(M)6・5(推定)の大地震。県警は15日、建物の倒壊などによる9人の死亡を確認したと発表した。同日午前5時現在、県内のけが人は少なくとも860人で、うち53人が重傷。県内約500カ所に一時計約4万4400人が避難した。

 死亡が確認された9人は益城町の61~84歳の男性3人と54~94歳の女性4人、熊本市東区の29歳男性と68歳女性。県警と消防は被災者の救出作業を続け、被害状況の確認を急いでいる。

 倒壊する家屋に陥没する道路。熊本のシンボル、熊本城の屋根瓦は雪崩のように落ち、石垣の一部も崩れた。国内で震度7を観測したのは2011年3月11日の東日本大震災以来で、九州では初めて。15日午前0時3分ごろにも震度6強を観測するなど、余震とみられる強い地震は続き、午前10時までに震度1以上を123回観測した。

 気象庁は「平成28年熊本地震」と命名し、発生メカニズムについては、活断層が南北方向に引っ張られる横ずれ断層型との見解を示した。規模はM6・5と小さかったが、震源の深さが約11キロと浅かったことから、震度7と揺れが大きくなったという。

 東京大地震研究所の佐藤比呂志教授は「今回の地域では『布田川・日奈久(ふたがわ・ひなぐ)断層帯』という、この地域で知られている断層があり、地震や余震の分布から、『日奈久断層』がずれ動いたことによる地震の可能性が高い」と指摘する。

 「日奈久断層は、八代海に至る長い断層で、政府の地震調査委員会からはより規模の大きい地震の発生が想定されていた。今回の地震では、その北端部がずれ動いたと考えられる。今回は断層の北端区間が割れただけとみられ、今後も大きな余震が起きる可能性もある。しばらくは注意が必要だ」(佐藤氏)

 日奈久断層がずれた-。これはショッキングな事実だ。今回の地震は、熊本で起きた局地的なものに限られない恐れがあり、政府が将来必ず発生すると想定する南海トラフ巨大地震、首都直下地震とも無関係ではなくなってくる。

 夕刊フジで「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」を連載する武蔵野学院大の島村英紀特任教授がこう解説する。

 「原因となった活断層(日奈久断層)は『中央構造線』と呼ばれ、今回被害が発生した九州から四国の北部を通り、紀伊半島、愛知県、長野県へと1000キロ以上伸びている。中央構造線はいずれ地震を引き起こすと考えられていたが、歴史上記録が残っていなかった。つまり、今回の地震は日本人が初めて体験する中央構造線による巨大地震といえる」                           
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 気になるのは、他の地域への波及だ。島村氏は「中央構造線が通るほかの地域でも同じような直下型地震が起きる恐れがある。四国の愛媛県には中央構造線から約30キロの近距離に伊方原発があり、福島第一原発のような事故が起きないか懸念される。また、この中央構造線は心配される南海トラフ地震のプレートと並行しており、今回の揺れが何らかの影響を与える恐れもないわけではない」と説明する。

 今回の地震の規模はM6・5だが、島村氏によると、中央構造線によって引き起こされる規模は最大でM7級に及ぶという。

 「実は解明されていないだけで中央構造線は首都圏にも走っている可能性がある。約3000万人が暮らす首都圏でも、今回と同じかそれ以上の直下型地震が起きる恐れも考えられる。人口が多い大阪なども同様だ」(島村氏)

 被災地の益城町から北東約30キロには活火山の阿蘇山もある。島村氏は「地震がマグマの活動にどのように影響を与えるかについては、実態はよく解明されていない。しかし、過去には地震が起きた後に噴火した例もあり、またその逆もある」。十分な備えが必要だ。
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平成24年(2012年)以降の日本は凡そ1150年前、地震や噴火が相次いだ平安前期の貞観年間と似てきた。
850年11月23日(11月27日)(嘉祥3年10月16日) -出羽国地震、M7
863年7月6日(貞観5年6月17日) - 越中越後地震
864年7月 - 富士山の貞観大噴火(2年間)
864年11月 - 阿蘇山噴火
867年3月(貞観9年1月) - 鶴見岳(大分県)噴火
867年6月 - 阿蘇山噴火
868年7月30日(8月3日)(貞観10年7月8日) - 播磨・山城地震、M7、山崎断層か。
869年1月(貞観10年閏12月) - 摂津地震(7月30日の余震が続いていた)
869年7月13日(貞観11年5月26日) - 貞観地震
869年8月29日(貞観11年7月14日)肥後台風被害。同時に津波が襲った可能性あり。
871年5月(貞観13年4月) - 鳥海山(山形県・秋田県)噴火
874年3月25日(貞観16年3月4日)、仁和元年(885年)7月、同8月 - 開聞岳(鹿児島県)が大噴火。
878年10月28日(11月1日)(元慶2年9月29日) - 相模・武蔵地震、M 7.4
880年11月19日(11月23日)(元慶4年10月14日) - 出雲で地震、M 7
887年8月26日(仁和3年7月30日)- 仁和地震南海トラフ巨大地震?)M8.0〜8.5
893年 - 国外の白頭山噴火にともない北日本(東北地方・北海道)に降灰。

(869年=貞観11年)の時期の国家は、旱魃・飢饉・疫病が拡大し、さらに地震が頻発するという不安定な情勢に対して深い恐れをいだいた。この年の年末一二月、清和が各地の神社に提出した「願文」は、それをよく示している。(中略)この清和の願文は、宣命体といって、神主があげる祝詞の文体で書かれている。そのため読みにくいこともあって、これまで見逃されてきたのであるが、この史料は地震史料としても重要なものである。
 該当部分を引用すると、「肥後国に地震・風水のありて、舍宅、ことごとく仆顛り。人民、多く流亡したり。かくのごときの災ひ、古来、いまだ聞かずと、故老なども申と言上したり。しかる間に、陸奧国、また常と異なる地震の災ひ言上したり。自余の国々も、又すこぶる件の災ひありと言上したり」とある。現代語訳をしておけば、「肥後国に地震・風水害があって、舍宅がことごとく倒壊し、人民が多く流亡したという。故老たちもこのような災害は聞いたことがないという。そして、陸奧国からも異常な地震災害について報告があり、さらにその他の国々からも地震災害の報告があった」ということになる。

 これによって、この八六九年(貞観一一)、陸奥沖海溝地震のほかに、肥後国でも、また「自余の国々」(その他の国々)でも地震災害があったということがわかる。まず後者の「自余の国々」の地震が何カ国ほどで、どの程度の地震であったのかが問題であるが、これについては九世紀陸奥沖海溝地震の震源はむしろ遠く北にあったのではないかという前記の石橋克彦の想定、および地震学の平川一臣が同地震による津波の残した砂層が北海道十勝・根室の低湿地まで確認できるとしていることを考慮しなければならない。しかし、陸奥沖海溝地震が陸奥国のみでなく、関東地方でも被害をだした可能性は高いだろう。また三.一一東日本太平洋岸地震は関東から四国・九州まで多数の誘発地震を引き起こしているから、その規模は別として九世紀においても全国的な影響があったことは疑いないだろう。

 そのうちで現在、文献史料をあげることができるのは、陸奥沖海溝地震の約一月半後、七月七日に発生し、京都でも感じられ、大和国南部で断層を露出させた誘発地震である。(中略)

 より大きな誘発地震は、陸奥沖海溝地震の約二月後の七月一四日、肥後国で発生した地震と津波であった。その史料を下記にかかげる。

 この日、肥後国、大風雨。瓦を飛ばし、樹を抜く。官舍・民居、顛倒(てんとう)するもの多し。人畜の圧死すること、勝げて計ふべからず。潮水、漲ぎり溢ふれ、六郡を漂沒す。水退ぞくの後、官物を捜り摭(ひろ)ふに、十に五六を失ふ。海より山に至る。其間の田園、数百里、陷ちて海となる。(『三代実録』貞観一一年七月一四日条)

 簡単に現代語訳しておくと、「この日、肥後国では台風が瓦を飛ばし、樹木を抜き折る猛威をふるった。官舎も民屋も倒れたものが多い。それによって人や家畜が圧死することは数え切れないほどであった。海や川が漲り溢れてきて、海よりの六郡(玉名・飽田・宇土・益城・八代・葦北)が水没してしまった。水が引いた後に、官庫の稲を検査したところ、半分以上が失われていた。海から山まで、その間の田園、数百里が沈んで海となった」(数百里の「里」は条里制の里。六町四方の格子状の区画を意味する)ということになろうか。問題は、これまで、この史料には「大風雨」とのみあるため、宇佐美龍夫の『被害地震総覧』が地震であることを疑問とし、同書に依拠した『理科年表』でも被害地震としては数えていないことである。

 しかし、この年の年末にだされた伊勢神宮などへの願文に「肥後国に地震・風水のありて、舍宅、ことごとく仆顛(たおれくつがえれ)り。人民、多く流亡したり。かくのごときの災ひ、古来、いまだ聞かずと、故老なども申と言上したり」とあったことはすでに紹介した通りで、相当の規模の肥後地震があったことは確実である。津波も襲ったに違いない。これまでこの史料が地震学者の目から逃れていたため、マグニチュードはまだ推定されていないが、聖武天皇の時代の七四四年(天平一六)の肥後国地震と同規模とすると、七.〇ほどの大地震となる。ただ、この地震は巨大な台風と重なったもので、台風は海面にかかる気圧を変化させ、高潮をおこすから被害は大きくなる。それ故にこのマグニチュードはあくまでも試論の域をでないが、それにしても、一〇〇年の間をおいて二回も相当規模の地震にやられるというのは、この時代の肥後国はふんだりけったりであった。

 清和は一〇月二三日に勅を発して、全力で徳政を施すことを命じ、国庫の稲穀四千石の緊急給付に支出し、「壊垣・毀屋の下、あるところの残屍、乱骸」などの埋葬を指示している。被害は相当のものであったに違いない。なおこの勅にも「昔、周郊の偃苗、已を罪せしに感じて患を弭め」とあることに注意しておきたい。周の地に偃した苗脈(地脈)の霊が、文王が自分の罪を認めたことに感じて災いをやめたということであって、その典拠は、聖武以来、つねに参照される『呂氏春秋』の一節である。それだけに、清和朝廷は、この勅の起草にあたって、聖武の時代の肥後地震の記録をふり返ったに違いない。そして、聖武の時代の肥後地震の翌年、七四五年(天平一七)に、紫香楽京にいた聖武を美濃地震が直撃したことにも気づいたのではないだろうか。そして、彼らは同じような事態の成り行きをなかば予知し、恐れたのではないかと思う。

 そもそも、肥後国は阿蘇の聳える地域であり、富士山の大爆発の後に、小規模であれ、阿蘇も噴火している。そこを舞台として地震・津波が発生したというのは、火山の中で、阿蘇の動きをきわめて重視していた当時の人々にとって、真剣な顧慮の対象であったはずである。神話的な直観のようなものであったとしても、八・九世紀の人々が、経験を通じて、地震の全国的な連動を直観していたということはいえるのではないだろうか。なお、三・一一の東日本太平洋岸地震においても、そののち熊本県での地震が活発化している。もちろん、陸奥沖の地震と、熊本(肥後)の地震が直接に連動するわけではない。しかし、列島の地殻の全体が不安定性をます中で、肥後地震が誘発されたことは明らかである。
以上のように貞観年間を挟む数十年年間で、三陸沖の地震と津波、富士山の爆発、阿蘇山の噴火と肥後地方の地震、南海トラフ地震、関東地方の地震が立て続けに起きた。歴史をひもとくと、巨大地震は一定のパターンで、繰り返し、起こっていることがわかる。

驚くことにこの40年ほど起きた大地震と見事に符合しているのだ!

◆(1)830年2月3日には出羽国大地震(秋田城が被害)これと近い位置で
  →1983年5月26日に起きた日本海中部地震(M7.7)

◆(2)841年 長野県中部の地震(糸魚川―静岡構造線断層帯に属する松本盆地南東縁の牛伏寺断層などに引き起こされた地震)
  →1984年9月14日 長野県西部地震(M6.3)

◆(3)841年 伊豆半島地震(半島北部を南北に走る北伊豆断層帯から引き起こされた地震)
  →1974年5月9日伊豆半島沖地震(M6.9)

◆(4)850年 出羽国南部の地震
  →2008年6月14日 宮城内陸地震(M7.2)

◆(5)863年7月10日 富山・新潟の地震
  →1964年6月16日 新潟地震(M7.5)、2007年3月25日 能登半島地震(M6.9)、2007年7月16日 新潟県中越沖地震(M6.8)

◆(6)868年8月3日 播磨地震(兵庫、岡山)/869年1月(貞観10年閏12月)
   - 摂津地震(播磨地震の余震?)
  →1995年1月17日 兵庫県南部地震(M7.3)

◆(7)869年7月13日 貞観地震(宮城県沖)
  →2011年3月11日 東北地方太平洋沖地震(M9.0)

◆(8)869年7月14日 肥後地震(熊本)
  →4月16日 九州中部群発地震(仮称)(M7.3)

恐ろしいことに9世紀に起こって、それに符合する地震がまだ起きていない地域がある。

(1)貞観大噴火 = 864年(貞観6年)~866年(貞観8年)――富士山噴火
(2)相模・武蔵地震 = 878年(元慶2年)          ――関東大地震
(3)仁和地震(東海 東南海 南海連動? M8.0~8.5)= 887年(仁和3年) ――東南海大地震
(4)出雲地震(出雲)=880年11月19日(11月23日)(元慶4年10月14日)
(5)火山噴火 鶴見岳(大分県) 鳥海山(山形県・秋田県) 開聞岳(鹿児島県)

●今後30年間の発生確率が60%に高まっている南海トラフ地震、前回の南海地震(1946年)は規模が小さかったため、今度の南海トラフ地震は東海・東南海との3連動も含め巨大地震の恐れがある。


首都圏。近い将来、あと3回大きな地震が将来確実に予想される。
・マグニチュード(M)8クラスの房総沖地震、
M7クラスの首都圏直下型地震、
M8クラスの東海地震。東海地震はM9クラスかもしれない。

富士山と阿蘇山の噴火
 地震よりも箱根や阿蘇山の破局噴火の方が恐ろしい。
iRONNA】巽好幸(神戸大学海洋底探査センター長、同大学院理学研究科教授)

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一連の貞観の大地震の締めは日本ではなく朝鮮と満州国境の白頭山の大爆発である。

893年 - 国外の白頭山噴火にともない北日本(東北地方・北海道)に降灰。



参考
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10世紀噴火噴出物において2回の噴火での火砕流において、最初の白色の流紋岩質火砕流は高速で流れながら火山体の全周50kmの範囲を薄く(平均の厚さ1m)覆い尽くしました。2回目の火砕流は黒灰色の粗面岩(そめんがん)質火砕流で、火山体から放射状に発達した深さ20mの谷をすべて埋めつくして火口より約25kmの範囲まで流れています。この2回の火砕流によって白頭山山頂から約50kmの範囲の動植物は壊滅的な被害を受けたことは想像に難(かた)くありません。もちろんこの範囲内に集落があったとすると火砕流によって破壊され、焼き尽くされた可能性が高く、渤海王国時代に“白頭山下初洞”の村と称された奶頭山(ないとうさん)遺跡もその可能性があります。

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白頭山の10世紀巨大噴火は、周辺に住む人々に、どのような影響を与えたのでしょう。遠く1000㎞離れた日本の北海道から東北地方にも灰を積もらせるほどですから、大きな被害があったことは想像に難くありません。それほどの噴火がなぜ古文書に残されなかったのかについては、その当時の周辺王国の政治的不安定に起因すると考えられますが、もっと簡単な解釈としては、近いところで噴火に遭遇した者は全て火砕流や土石流で命を落とし、記録を残すことができず、また、遠くで噴火を見た者は、全山ばかりでなく周囲一帯をも覆いつくす噴煙の黒雲のなかで、いったい何が起きているのか判断することができなかった、というのが正しいのではないでしょうか。




お亡くなりになった方々のご冥福を祈ります。また被害に遭われた方々が一日も早く元の生活が出来るよう些少ながら寄付させていただきます。

【緊急募金】平成28年熊本地震災害義援金 期間:2016/04/15〜2016/05/31



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日本は何と偉大な国だろう、大学や企業が失敗を恐れずに困難な研究開発課題に果敢に挑み(チャレンジ)、新たな成長分野を切り開いていく(イノベーション)、 新たな科学技術のシステムを始めた。政府の科学技術・イノベーション政策の司令塔である総合科学技術・革新的研究開発推進プログラム ImPACTである。


原子力発電所などで生じる放射性廃棄物の処理問題は日本のみならず世界的な問題である。現在高レベル放射性廃棄物はガラス固化し安定した大深度の地下地層に廃棄するしか選択肢がないが、根本的解決策ではない。長期間保管に不安であり後の世代に負担を強いる。

世界に先駆け有害な放射線を何十万年も出し続ける「核のごみ」などを、無害な別の物質に変えてしまう「核変換」技術を確立し、何百万年も放射能を放す物質を安定核種や短寿命核種に核変換し、廃棄物の放射能を効率良く弱めたり、パラジウムやモリブデンなどの貴重資源を採集する方法を開発することにより「核のごみ」などを無害化する研究を2014年に始めた。

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そして、理研がその第一歩として世界初の破砕反応データ取得に成功した。
要旨
理化学研究所(理研)仁科加速器研究センター櫻井RI物理研究室のワン・へ国際特別研究員、櫻井博儀主任研究員と多種粒子測定装置開発チームの大津秀暁チームリーダーらの研究チームは、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[1]」を用いて、放射性廃棄物の主要な成分であるセシウム-137(137Cs、原子番号55、質量数137)とストロンチウム-90(90Sr、原子番号38、質量数90)を不安定核ビームとして取り出し、破砕反応[2]のデータ取得に世界で初めて成功しました。

原子力発電所などで生じる放射性廃棄物の処理問題は日本だけでなく、世界的な問題です。この問題を解決するためには、長寿命の放射性核種[3]を、安定核種もしくは短寿命核種に効率良く核変換し、放射能を弱める方法を開発することが必要です。そのためには、開発の基盤となる核反応データを取得することが重要です。

研究チームが着目した137Cs(半減期30.1年)と90Sr(半減期28.8年)は、熱中性子捕獲反応[4]では、核変換しにくいことが知られています。そこで核変換の反応として、陽子と重陽子[5]を照射することにより、これらの放射性核種を壊す反応(破砕反応)を考えました。しかし、137Csと90Srの破砕反応の確率やどうような核種にどれだけ変わるのか、その基礎データはありませんでした。そこで研究チームは、RIBFを用いて137Csと90Srをビームにし、陽子と重陽子を標的にして照射する「逆反応法[6]」を利用してデータを取得しました。

実験の結果、陽子や重陽子に137Csと90Srのビームを照射することで起こる破砕反応の確率は、熱中性子捕獲反応に比べて、137Csで約4倍、90Srで約100倍大きいことが分かりました。また、重陽子は陽子に比べて、破砕反応が起こる確率が約2割大きく、ビーム核種を軽い核にする能力も高いことが明らかになりました。これは、陽子だけでなく重陽子ビームを利用した方法も破砕反応法には有効だということを示しています。さらに、反応後の原子核の半減期の分布から、137Csは89%、90Srは96%の確率で安定核もしくは半減期1年以下の短寿命核に核変換されることが分かりました。今後、RIBFで多種多様な核変換データを取得し、効率の良い核変換法を模索していきます。

本研究は、文部科学省・原子力システム研究開発事業の委託費(平成25~26年度)で推進されました。成果は、欧州の科学雑誌『Physics Letters B』のオンライン版で1月11日より公開され、3月10日号に掲載されます。

背景
原子力発電所などで生じる放射性廃棄物の処理問題は日本のみならず世界的な問題です。この問題を解決するためには、放射性廃棄物に含まれる長寿命放射性核種を安定核種や短寿命核種に核変換し、廃棄物の放射能を効率良く弱める方法を開発する必要があります。

長寿命放射性核種は、ウラン燃料の中性子捕獲によって生成されるマイナーアクチノイド[7]と、ウランの核分裂よって生成される核分裂生成物に大別できます。マイナーアクチノイドについては、高速増殖炉や加速器駆動型原子炉などで得られる高速中性子を利用した核変換が長年にわたって研究されており、基礎的・系統的な反応データの蓄積があります。一方、核分裂生成物については核変換に関連する反応データはほとんど取得されておらず、放射能を効率良く弱めるための基盤開発・技術開発が進んでいません。

研究チームは、核分裂生成物の中でも大きな比重を占めるセシウム-137(137Cs、原子番号55、質量数137)とストロンチウム-90(90Sr、原子番号38、質量数90)に着目しました。これらの核種は、熱中性子の捕獲確率が小さいため、原子炉内で核変換されず放射性廃棄物として残ります。すなわち、熱中性子捕獲反応(熱中性子を利用した核変換)では効率が上がりません。そこで研究チームは137Csと90Srを核変換するための反応として、陽子や重陽子ビームをこれら核種に照射し壊す反応(破砕反応)を考えました。破砕反応は、高エネルギー陽子や重陽子ビームを壊したい核種(標的核)に衝突させ、標的核を壊し、他の軽い核種に変える反応です。137Csと90Srの場合、破砕反応の確率はほぼ原子核の大きさで決まるため、熱中性子捕獲反応による核変換の確率よりも大きいことが予想されました。しかし、これら核種の破砕反応の確率やどうような核種にどれだけ変わるのか、その基礎データはありませんでした。

研究手法と成果
研究チームは、137Csと90Srを理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」を用いてビームにし、陽子と重陽子を標的にして照射する「逆反応法」を使って137Csと90Srがどのような核種にどれだけ壊れるかを調べました。

まず、RIBFの超伝導リングサイクロトロン(SRC)[8]で光速の約70%(エネルギーで核子当たり345 MeV)まで加速したウラン-238(238U、原子番号92、質量数238)ビームをベリリウム標的に照射しました。その後、照射により核分裂反応で生成した137Csと90Srを超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)[9]を用いてビームとして取り出しました。取り出したビームの速さは光速の約60%(エネルギーで核子当たり186~187 MeV)で、この高速の不安定核ビームを陽子と重陽子の標的(二次標的)に照射し、反応生成物を下流のゼロ度スペクトロメータ[10]で捕らえました(図1)。

逆反応法の利点は3つあります。1つ目は、137Csと90Srの厚い標的を用意する必要がない点です。これらの核種で厚い標的を作ると放射能が高くなる問題が生じます。2つ目は、ビーム種と反応生成物を一つひとつ粒子として識別することができる点です。これにより、137Csと90Srがどのような核種にどれだけ壊れるのかを正確に調べることができます。3つ目は、陽子標的と重陽子標的の違いを調べる際に、ビームのエネルギーを揃えてデータを取得することが容易な点です。ビームのエネルギーはBigRIPSの設定で決まり、いったん設定を固定した後は、標的を変えるだけで系統的なデータを取得できます。

実験の結果、陽子や重陽子に137Csと90Srのビームを照射することで起こる破砕反応の確率は、熱中性子捕獲反応に比べて、137Csで約4倍、90Srで約100倍大きいことが分かりました(図2)。また、標的の陽子と重陽子を比較すると、破砕反応の確率は重陽子の方が約2割高く、ビーム核種を軽い核にする能力が高いことが分かりました。これは、陽子と中性子で構成される重陽子が、137Csや90Srと反応する際に陽子と中性子がバラバラに反応に関与せず同時に反応するからだと考えられます。

過去に137Csや90Srを核変換する反応として、高エネルギー陽子を利用した破砕法が考慮されたことがありましたが今回の結果で、陽子だけでなく重陽子ビームを利用した方法も有効であることが示されました。

137Csと90Srのビームを重陽子に照射した後に生成された原子核の半減期の分布を図3にまとめました。陽子に照射した後に生成された原子核の半減期の分布も、ほぼ同じようになりました。137Csでは生成された原子核の89%、90Srでは96%が安定核もしくは半減期1年以下の短寿命核です。生成された原子核の中には長寿命のセシウム-135(135Cs、質量数137、半減期200万年)とセレン-79(79Se、原子番号34、質量数79、半減期30万年)も含まれました。137Csから135Csが、90Srから79Seが生成する確率は、研究チームのデータからそれぞれ約6%、約0.1%と小さいものでした。これらの核種の半減期は、137Cs(半減期30.1年)や90Srの半減期(半減期28.8年)に比べて非常に長いため、崩壊の頻度が低く、137Csと90Srと比べると放射能にはほとんど寄与しないことが分かりました。

今後の期待
今回の実験により逆反応法を利用することでこれまで測定できなかった、長寿命放射性核種の核反応データが取得可能なことを世界に先駆けて示すことができました。この実験手法の開発が契機となり、仁科加速器研究センターは、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」事業に参画することになりました。今後、RIBFで多種多様な長寿命核種の核変換データを取得し、効率の良い核変換法を模索していきます。


反原発派が常にその根拠としたトイレがない家論を打ち砕く画期的な放射性廃棄物処理実験が始まった。
原発の使用済み核燃料に含まれる放射性物質に中性子をぶつけて、毒性が低い物質に変える「核変換」の研究が来年度から本格的に始まる。実用化までの道のりは30年以上と長いが、高レベル放射性廃棄物を減らす切り札として期待は大きい。(伊藤壽一郎)

                   ◇

「現代の錬金術」

 安倍政権は原発を「重要なベース電源」と位置付け、今後も活用していく方針を打ち出している。その最大の課題は昨年3月末時点で1万7千トンに達した使用済み核燃料の処分だ。

 使用済み燃料を再処理してウランやプルトニウムを回収した後に残る高レベル放射性廃棄物は、ネプツニウム237(半減期214万年)やアメリシウム243(同7370年)など、半減期が長く毒性が高い複数の元素が含まれている。これらはガラス固化体に加工して冷却後、人体への影響が低くなるまで数万年間、地下深くに貯蔵する地層処分となるが、最終処分場はまだ決まっていない。このため量を減らす方法の開発が急務になっている。

 放射能を持つ元素の原子核は、放射線を出しながら時間とともに崩壊し、自然に別の元素に変わる。核変換はこれを人工的に加速させる技術で、原子核に中性子をぶつけて核分裂を起こさせ、半減期が短く毒性が低い物質に変えていく。いわば「現代の錬金術」だ。

もんじゅ停止契機

 この研究は当初、日本原子力研究開発機構の高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)が担うはずだった。核変換に必要な高速の中性子が運転時に発生するからで、長寿命の放射性元素を燃料に混ぜ、短寿命化する研究が検討されてきた。

 しかし、トラブル続きのもんじゅは運転実績がほとんどない上、機器の点検漏れなどで原子力規制委員会から無期限の運転停止を命じられている。再稼働すれば研究も進められるが、先行きは全く見えない。

 このため文部科学省の作業部会は昨年11月、原子力機構などの加速器施設「J-PARC」(茨城県東海村)に、加速器を使った核変換の実験施設を建設すべきだとする報告書をまとめた。

 総工費220億円で2015年度に着工、20年にも実験を開始する。基礎データを蓄積した後、30年ごろから実用化に向けた新施設を建設し、50年ごろから核変換を行う見通しという。

 核変換の仕組みはこうだ。長寿命の放射性元素を容器に入れて、中心部に鉛とビスマスからなる重金属の核破砕ターゲットを配置。ここに超電導加速器で光速の約90%に加速した陽子をぶつける。

 重金属から高速の中性子が飛び散るように発生し、放射性元素の原子核に衝突。核分裂が始まり、電子を放出しながら核種が変わるベータ崩壊を繰り返し、短寿命で毒性が低い物質に変わっていく。

 陽子は2年間当て続ける計画で、放射性元素は大半が短寿命化。理想的な反応が起きた部分は、放射能がない物質に変わる。

 研究を担当する同機構の大井川宏之核変換セクションリーダーは「ネプツニウム237の場合、10%未満は長寿命のまま残る可能性はあるが、多くは放射能のないルテニウム102とセシウム133に変換される」と話す。

鍵握る分別技術

 高レベル放射性廃棄物はこれまで、ひとまとめに加工してガラス固化体にされてきた。核変換を行う場合は目的の元素を取り出す分別が必要で、これが処理の効率化にもつながる。

 ルテニウムやロジウムなどの白金属は、分別により資源として再利用が可能に。ストロンチウムなどの発熱性元素を分別すれば、冷却時間や地上の保管面積、地層処分量を削減できる。この結果、高レベル廃棄物は貯蔵面積が従来の100分の1、容積が3分の1になり、貯蔵期間も約300年に短縮する。

 一方、分別は今後の技術的な課題でもある。高レベル廃棄物から目的の元素だけを抽出する実証実験はこれからで、実用化時は大規模な処理施設も求められる。また、重金属から高速の中性子を効率よく発生させるための陽子照射方法の研究も必要だ。

 大井川氏は「加速器は日本の得意分野であり、その技術を応用して課題を克服し、原子力の安全利用と廃棄物処分の効率化を目指したい」と話している。

[日本経済新聞電子版2015年6月15日配信]
有害な放射線を何十万年も出し続ける「核のごみ」などを、無害な別の物質に変えてしまう「核変換」。東京電力福島第1原子力発電所の廃炉処理にも 役立つと期待されるが、実現には大がかりな装置が欠かせないと考えられている。だが東北大学と三菱重工業が組み、核変換を簡単な装置で実現できるかもしれない研究が始まった。そのきっかけとなったのは、かつて誤りとされた「常温核融合」の研究だ。

■東北大学に研究部門を開設 三菱重工からも研究者
今年4月、全国共同利用・共同研究拠点の1つで原子核理学の研究を進める東北大電子光理学研究センターに「凝縮系核反応共同研究部門」が誕生した。セン ターと研究開発型ベンチャーのクリーンプラネット(東京・港、吉野英樹社長)が共同で設立した。原子核物理学が専門の笠木治郎太・研究教授が中心となり、 小型装置を使う低温条件での核変換技術の開発を進める。放射線が出ない水素をヘリウムに核変換したり、数十万年以上も放射線を出し続ける物質を放射線が出ない安定な物質に変えたりして熱エネルギーを取り出し、活用するのが目標だ。
常温核融合研究の成果か!

核変換の実用化までには時間がかかるが、これで反原発を叫ぶクズな左翼達の論拠が一つ消える。




























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原子力規制委員会の暴走には目に余るものがあるのだが、厳しい原子力規制委員会が審査中の関西電力高浜原子力発電所3、4号機の再稼働に対し、福井県や大阪府などの住民9人が求めた運転差し止めの仮処分を、4月14日福井地裁の樋口英明裁判長が認め、運転差し止めを命じる暴挙が行われた!三権分立が機能しているといえば機能していることに間違いはないが、一地方裁判所裁判官が判断する問題なのだろうか?一地方裁判所の裁判官が判断を下すにはあまりに負荷が大き過ぎると私は思う。民主主義の欠点の1つであると私は思う。
電力安定供給や地球温暖化防止に重大な負の影響をもたらす決定だ。

仮処分によって原発の運転が禁止されるのは、今回が初めてで、奇矯な判断である。 福井地裁では昨年5月にも今回と同じ樋口英明裁判長が大飯原発の運転差し止めを命じる判決を下しており、司法が関電の目指す原発再稼働に重ねて待ったをかけた形だ。

運転差し止めの影響が及ぶ範囲は極めて広くかつ深い。仮処分なので、決定と同時に効力が発生するためである。

高浜3、4号機は、原子力規制委員会による安全審査が進んでおり、今秋の再稼働への見通しが開けつつあったが、当面その可能性は遠のいた。

【今週の焦点】国富流出3・7兆円…原発停止で傷口広がる日本経済 【産経ニュース】2015.4.19 21:32

 原発の運転を禁止する司法判断が全国で乱発されれば、国内原発の再稼働が大幅に遅れる恐れがある。原発停止の長期化により、電力会社は度重なる電気料金の値上げを余儀なくされ、企業や家庭も重い負担を強いられている。火力発電の燃料費増大による国富の流出や電気料金の高騰が続けば、日本経済にとって大きな重しとなる。

相次ぐ電気料金値上げ

経済産業省の試算によると、原発停止に伴う天然ガスや重油などの燃料費の増加分は、平成26年度で年間3・7兆円にものぼる。関西電力は昨年12月、電気料金の再値上げ(家庭向け平均10・23%)を経産省に申請した。燃料費負担の増加で、関電の27年3月期連結決算は1610億円の最終赤字となる見込みだ。

九州電力も27年3月期は1150億円の最終赤字を予想する。川内(せんだい)原発1、2号機が再稼働すれば、月200億円の収益改善効果が見込まれるが、再稼働できなければ、「再値上げは避けられない」(九電幹部)という厳しい状況だ。

東京電力は経営効率化を進め、27年3月期に5210億円の黒字を計上する見通しで、27年中は再値上げをしない方針だ。しかし、新潟地裁では柏崎刈羽原発(新潟県)の運転差し止め訴訟が続いており、泉田裕彦知事も再稼働に慎重な姿勢を崩さない。司法判断を受けて地域住民の反発が強まれば、原子力規制委員会の審査に合格しても再稼働できない恐れがある。

安定供給は確保したが

原発を持つ電力9社は今夏の電力需給見通しで、原発の再稼働なしでも、需要に対する供給余力を示す予備率は3%を確保し、安定供給に最低限必要な電力を確保できるとした。

しかし、今夏の需給見通しは火力発電所の点検先送りや、他社からの電力融通などを前提とした数字だ。設備の酷使によるトラブルで発電所が停止すれば需給逼迫は避けられない。北海道電力は電力需要がピークとなる8月に8・7%の予備率を確保するが、苫東厚真4号機(出力70万キロワット)が1基停止しただけで、供給力が需要を下回ることになる。原発停止をこれ以上長引かせることは許されない。(宇野貴文)

日本の世論は、原発に対して過剰な反応をするようになってしまった。
福島原発事故が影響したことには間違いないが、相次ぐ電気料金値上げは放射能より実害がある。原発停止による国富の流失をこれ以上させてはならない。
円安となったが、運よく原油価格が暴落してくれたおかげで、原発停止による国富の流失は辛うじて軽減できている。

「法律なき法の力」による日本原電への死刑宣告
【池田信夫】2015年04月04日13:57

原子力規制委員会は、日本原電敦賀2号機について「重要施設の直下に活断層がある」との「有識者調査」の最終評価書を受け取った。敦賀2号機については、これで運転再開の可能性はなくなり、廃炉が決まった。

しかしこの有識者会合なるものは単なるアドバイザーであり、これは彼らの意見書にすぎない。活断層についての耐震設計指針は2013年にできたものだから、1982年に設置許可を受けた敦賀2号機には遡及適用できない。要するに、この評価書にはまったく法的拘束力がないのだ。

これは田中委員長も認めており、「審査の参考資料にする」とのべている。これを根拠として運転停止命令は出せないが、彼らが安全審査を先送りすれば、敦賀2号の「40年の寿命」は2027年には来るので、廃炉になる。つまり規制委員会は、原子炉等規制法にもとづく停止命令を下さないで、敦賀2号機に「死刑宣告」したのだ。

アガンベンが『例外状態』で指摘したのは、法治国家と称する国で拡大している、こういう事態である。カール・シュミットが「主権者は例外状態について決断する者だ」と定義したとき、彼が想定していた例外状態は戦争だったが、それ以外にも例外状態は遍在する。強制収容所でユダヤ人を600万人も虐殺したとき、それは何の立法もされない例外状態だった。

主権者(君主や独裁者)が官僚機構の日常的な業務についてすべて法的に決定することはできないのだから、実際の「法的な決定」の大部分は官僚の裁量によって行なわれる。この点をアガンベンは、デリダの『法の力』の読み替えで示した。

この原題の"force de loi"という言葉は、英語ではrule of lawと同じ意味だが、フランス語(や原義のラテン語)では「法的な力」という意味で、政令などの(立法によらない)国家の命令を意味する。つまりそれは実定法なき法的な強制力という意味で、<法律の力>とでも表記すべきものなのだ、とアガンベンはいう。

彼は『ホモ・サケル』で、こうした例外状態としての強制収容所がシュミットの主権理論の必然的な帰結だと批判したが、今やそういう例外状態は世界に遍在する。国連決議なしにイラクを攻撃する米軍から、政令さえなしに原発を廃炉にする原子力規制委員会に至るまで、<法律の力>はヒトラーの時代よりはるかに大きくなったが、人々はそれに気づかない。

このように「裁量行政による例外状態が拡大すると、警察国家の暴走が起こる」とシュミットに対して指摘したのは、ベンヤミンだった。『政治神学』はそれに対する回答として書かれ、シュミットは「実定法は例外状態を含んで成立する」と主張したのだが、歴史はベンヤミンが正しいことを証明した。

主権国家のコアにあるのは、このような例外状態を広げて<法律の力>を浸透させ、それが自明だと国民に思わせる力である。それさえできれば、あとは国民が「自発的に」主権者の意向を忖度して国家に従う。その意味で現在の日本は、ナチス・ドイツより完成された主権国家ともいえよう。
>主権者(君主や独裁者)が官僚機構の日常的な業務についてすべて法的に決定することはできないのだから、実際の「法的な決定」の大部分は官僚の裁量によって行なわれる。
>国連決議なしにイラクを攻撃する米軍から、政令さえなしに原発を廃炉にする原子力規制委員会に至るまで、<法律の力>はヒトラーの時代よりはるかに大きくなったが、人々はそれに気づかない。
池田氏の意見は正論である。原子力規制委員会の暴走は、戦前の関東軍の満州事変と同じく、国民の代表である議会の統制が届かないと言う意味で同じである。
原子力規制委員会と地裁の裁判長の暴走は国家存続を危険に曝すのだ!

【大前研一のニュース時評】原発ゼロ論議 「3割節電」国民に覚悟あるか 2030年の電源構成 【ZAKZAK】2015.04.19

 経済産業省は2030年時点の望ましい電源構成「ベストミックス」について、原子力発電の比率を東日本大震災前の約28%から大きく減らし、21-22%前後にする方向で調整するという。一方、太陽光や風力、地熱などの再生可能エネルギーは最大限に導入し、23-25%と原発を上回る。

電源構成は経産相の諮問機関「総合資源エネルギー調査会」で議論し、今月内にも決めるが、いろいろ突っ込みたい部分が多い。

13年度の電源別発電電力量構成比を見ると、火力発電が約88%で過去最高。原子力発電はほぼゼロで、残りの10%強が再生可能エネルギーで賄われている。その再生可能エネルギーの比率を高くするのは、年末の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)に向け、二酸化炭素など温暖化ガスの排出量を少なく見積もる必要があるからだ。

そこで、ほぼ9割を占める火力発電のうち、石炭は30%弱、LNG(液化天然ガス)は25%、石油火力も5%未満に減らして5割台にするよう調整する。

ただ、再生可能エネルギーを23%に高めても、安定した供給ができるのは水力発電の7%前後。それ以外の16%は安定供給がしにくい太陽光や風力などだ。そのため、他の電力指数に大きなしわ寄せがくることも考えられる。

また、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを10%以上にした場合、現実的にはグリッド(送電網)の増強費用など大きなコストがかかる。さらに、電力が余りすぎたときの蓄電施設にも、かなりの費用がかかる。これらは電気料金に影響するだろう。

一方、原子力は20%ぐらいでしばらくは維持する。原子力の比率が25%になると新増設や建て替えが必要になるが、現時点では新増設はしない方針だ。政府は原発の運転期間を原則40年としているが、その場合、原子力の比率は15%程度になる。ただ、原子力規制委員会の安全審査に合格すると最長20年運転を延長できるので、21-22%まで増やせるとみているのだ。

しかし、原子力は国民的コンセンサスがなかなか得られない。国が国民に対して、私が分析した福島第一原発の事故原因と再発防止策を説明していないこともその一因だ。

福島第一原発事故の原因は、突き詰めると「すべての電源が失われる全電源喪失の状況が長時間続いたこと」にある。そこで、「いかなる状況でも電源と原子炉の冷却源を確保すること」を私は求めた。それさえできていれば、最低限、原子炉がメルトダウンするような深刻な事故は起こらない。私が「大飯原発の3号機、4号機については再稼働しても大丈夫」と主張したのは、私の報告を参考に関西電力が大幅な設計変更を施したからだ。

政府がこのまま原発を再稼働しようとしても、国民のコンセンサスは得られない。したがって、「原発ゼロ」というシナリオを作っておくべきだ。その場合、他の電源を求めるのではなく、すべての国民が「3割節電」に協力することが必要になる。

むしろ、その覚悟があるのかないのかの議論を先にやるべきではないか、と私は考える。
確かに国民の大半は福島原発事故で思考を停止してしまっている。
危機に目を背け、茹でガエル状態になっている。原発ゼロがどれだけ自分の身に負担を背負うことに成るのか、国民一人一人には実感がないのだ!

焦点:「水素社会」に及び腰の中小企業、赤字覚悟の決断下せず
【ロイター】2015年 04月 14日 23:24 JST

[東京 14日 ロイター] - アベノミクス成長戦略が重要施策と位置付ける水素インフラ関連事業への参入をめぐり、中小企業には戸惑いの声が目立つ。

水素社会の実現に向けて、政府は規制緩和を進め、高額な水素スタンド設置費に補助金も出すなどして積極参入を促しているが、経営体力のない中小企業には「いつ採算が取れるのか」との不安が根強い。「水素社会」への参加企業のすそ野を今後どう広げるか。政府がさらに手厚い支援策を求められる可能性もありそうだ。

<社内で意見まとまらず>

「社内で意見がまとまらなかった」――。政府は2月末から1カ月間、燃料電池車の普及に必要な水素スタンド設置への補助金募集を行ったが、応募を見送ったある中堅ガス事業者はその理由をこう打ち明けた。補助金を受けてスタンドを設置しても、何年も続く赤字のリスクは確実だ。「どこまで覚悟できるか、飛び込む決心がつかなかった」。

水素スタンドは設置費用が1カ所5億円前後と高い。政府は少しでも参入企業の負担を減らすため、2013年度から総額200億円以上の補助金をつぎ込んで設置を促進しており、20年代半ばには補助金なしでも水素スタンド経営が自立できるというロードマップを描いている。

だが、実際に走っている燃料電池車の数はまだ少なく、スタンド事業の採算がいつ取れるのかは不透明だ。これまでに設置したのは、JX日鋼日石エネルギーや岩谷産業など大手事業者がほとんどだ。

政府は政策目標として15年度末に100カ所のスタンド設置をめざしているが、補助金交付が決まり設置が確定したのは、4月に決まった32カ所を含めて計76カ所。このままのペースでは、全国に約3万5000カ所あるガソリンスタンド並みの普及は、早期にはとても望めない。

岩谷産業の上田恭久・水素ガス部長は、同社自らが掲げる15年までに20カ所設置という目標に対しては「遅れていない」とする一方、JXなど一部の大手は「頑張っているが、残りはなかなか進んでいないという印象だ」と話す。

<地方自治体も支援策>

政府は今年度の水素スタンド関連事業の補助金として約96億円を予算計上し、さらにその対象を設置費だけでなく、スタンド運営に伴う人件費や水道光熱費などにも拡大した。今回の設置費に対する公募ではトヨタ自動車(7203.T)から燃料電池車「ミライ」が昨年12月に発売されたことも背景に、大手だけでなく、地方の中小事業者への交付も決まった。

水素社会の普及加速に向けて、地方自治体なども動き始めている。神奈川県横浜市で723万6000円のミライを購入すれば、国・県・市の補助金で400万円以下になる。東京都も20年までに都内35カ所をめざして水素スタンドの設置・運営費などの支援を決めた。

トヨタ、ホンダ、日産自動車の3社は水素インフラの普及促進で合意し、今年中ごろまでに具体的な支援策をまとめる予定。JXや岩谷も採算を度外視し、水素価格を1キロ当たりJXが1000円、岩谷は1100円とした。政府が20年の目標として設定した価格に相当し、目標を約5年前倒しで達成する戦略的な価格にした。

「ミライの発売当初からみると、行政やインフラ業界の方にはより前向きに、より積極的に、より具体的に行動していただいている」。トヨタの豊田章男社長は2月のミライのラインオフ式で、水素スタンドの普及スピードの印象をこう述べ、東京五輪が開催される20年に向けて「さらにスピードアップしていくのではないかと期待できる行動がみられる」と関係先に感謝の意を示した。

<「国を信じて飛び込む」>

しかし、過去に補助金を受け、政府の支援策を歓迎しているガス大手企業でさえも「いつ採算が取れるのか見えない状況に変わりはない。国を信じて飛び込むしかない」(幹部)というのが本音だ。

人気のミライでもしばらくは1日3台しか作れず、納車は3年後の2018年以降になる。今年はホンダも燃料電池車を投入する計画だが、水素スタンド設置については「1日に1台、客が来るかどうか。何年も開店休業状態だ」(中堅ガス事業者)、「水素社会が出来上がってからでは遅いが、もう少し考えたい」(別の中堅企業幹部)との反応が返ってくる。

補助金申請を検討する中小企業からは国にさらに手厚い支援を求める声も出たが、経産省は「もうめいっぱい。これ以上は厳しい」(担当者)と話しており、水素スタンド普及に向けてすべての関連企業が大きく動き出せる情勢にはまだなっていないようだ。

(白木真紀 編集:北松克朗)
水素社会に移行するだけで大きな苦痛とリスクを伴う。
まして、原子力の代わりに、風力・太陽光・地熱など再生可能エネルギーに置き換えることは、現実を見れば困難極まりない。

もし、核融合炉が実用化して、大型発電機に応用できたのならば、私も原子炉に固執はしない。だが、未だ未知数の技術に頼るのは、高速増殖炉の原子力サイクル実用化と同じく、正しいエネルギー政策とは言えないのである。今のエネルギー政策においては、一刻も早い原発の再稼働が望ましいと思います。

焦点:原発再稼働へ崩された司法の壁、エネルギー政策「退行」も
【ロイター】2015年 04月 22日 17:17 JST

[鹿児島 22日 ロイター] - 鹿児島県の住民らが九州電力(9508.T)川内原発1、2号再稼働の差し止めを求めた仮処分で、鹿児島地裁は22日、申し立てを退ける判断を示した。反対派が再稼働阻止への「最後の砦」として頼んだ司法の壁を推進側が乗り越えた形となり、新規制基準で初となる原発再稼働が今夏にも実現する。
政府は月内にも2030年時点の原発比率を2割とした電源構成(エネルギーミックス)を打ち出すとみられる。ただ、原発復権へのアクセルを踏み込む政府に対し、与党内からの反発だけでなく、エネルギー政策に関与する有識者からも「再生可能エネルギーにシフトする世界の潮流に背を向け、3.11以前に逆戻りする」との批判が出ている。
<落胆の脱原発派、川内1号は今夏に再稼働へ>
今回の鹿児島地裁の決定は、関西電力(9503.T)高浜原発3、4号の再稼働禁止を命じた今月14日の福井地裁の判断から大きく反転し、福井での勝利に歓喜した脱原発派にとっては、司法の後ろ盾を失う打撃となった。
脱原発弁護団全国連絡会の共同代表、河合弘之弁護士は22日、鹿児島市内で記者会見し、「今回の決定は3.11以前の判決と同様、旧態依然の中身だ」と批判した。河合氏は「裁判官独立の原則があり、(判断に)ばらつきがあるのは司法の構造としてはやむを得ない」とも述べ、悔しさを隠しきれなかった。
今回の決定に対して、九州電力の広報担当者は「川内原発の安全性は確保されているとの当社の主張が裁判所に認められ、妥当な決定をいただいた」とコメント。
現在、同1号は再稼働を前提とした規制委の「使用前検査」を受けている。九電は7月の再稼働を目指しており、順調にいけば今夏にも再稼働が実現する見通しだ。
<原発復権へ政府・与党が総仕上げ>
原発再稼働の是非をめぐり福井と鹿児島での司法判断に注目が集まる中、政府・与党は粛々と原発復権への地ならしを進めてきた。
その舞台は経済産業省に設置された有識者会議。お膳立てを担った自民党の原子力政策・需給問題等調査会は今月7日、2030年に「ベースロード電源」を東日本大震災前の水準である6割に戻すべきとする提言を安倍晋三首相に提出した。
ベースロード電源とは時間帯や季節に関わりなく高い稼働率で発電する電源のことで、一般には原子力、石炭火力、水力のことを指す。ただ、石炭火力は発電時に排出する二酸化炭素の量が多く、世界的な温暖化対策の流れに逆行するため増やしにくく、水力も国内で増やすには限界がある。
原発に批判的な秋本真利・衆議院議員(自民)はロイターの取材で、ベースロードを6割とした場合、「原子力は2割くらいになってしまう」と指摘。秋本氏は、「ベース6割と先に決めていくのは原発を動かしたいからだと思う。とんでもない話だ」などと述べ、所属政党が進める原発回帰の流れに不快感を示した。
<30年2割で延長・新増設も視野に>
東京電力(9501.T)福島第1原発事故を契機に改正された原子炉等規制法では、原発の運転期間を原則40年間に制限しているが、事業者が延長を希望する場合は、原子力規制員会の認可を条件に、1回に限り上限20年の延長が認められている。
仮に40年ルールを厳格に運用した場合、2030年時点での国内原発の総出力は、建設中の中国電力(9504.T)島根3号と電源開発(9513.T)大間原発の2基を加えても約2200万キロワットと、震災前の規模(約4900万キロワット)の半分以下に落ち込む。
政府が2030年で原発比率20%を目指すとすると、運転期間の延長によって原子炉が退役するペースを緩やかにするか、原発の新増設や建て替えが必要となる。新しいエネルギーミックスが運転延長や新増設を視野に入れているとすれば、「原発依存度は可能な限り低減する」とした安倍政権の公約に逆行する流れになる懸念も否定できない。
<3.11以前に逆戻りか>
経産省の有識者議論に参加する東京理科大学大学院の橘川武郎教授はロイターの取材で、30年時点の電源構成について原発15%、再生可能エネルギー30%を主張する。「エネルギー構造を相当に変えていくというメッセージになる」と橘川氏は強調する。
同氏は「原発が減る分は、天然ガス火力が全国で15─20カ所で新しく建ち、パイプラインで繋ぐことができる。風力発電で余った電気は、水の電気分解で水素に変えて、そのままガスのパイプラインに混ぜてガスとして使うことができる。”パワー・ツー・ガス”という欧州では水素の主流となる使い方だ。原発を減らすことで、こうしたことが見えてくる」と力説した。
しかし、国内報道各社によれば、政府は30年時点の再生可能エネルギーは20%台が念頭にあるようだ。2009年4月、当時の麻生太郎首相は2020年時点で再生可能エネ20%との目標を打ち出していた。
橘川氏は「エネルギーミックスで原発も再生可能エネルギーも30年でともに20%台にするならば、3.11があっても(日本は)何も変わらなかったということだ」と話している。
(浜田健太郎 編集:北松克朗)



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3.11から4年が過ぎた、今もあの日2011年3月11日3.:46どこで何をしていましいたか?誰に聞いても誰もが鮮明な記憶が返ってくる。

首都圏に住むサラリーマンはあの日どうやって帰ったか、もしくはどこに泊まったか?家族とどう連絡がとれたか?・・・3月11日はいつもそんな話題になる。

我々日本人にとってけっしてまだ遠い記憶ではない、あの日をまだ忘れてはならないのだ。3.11は、記憶を喚起するための鎮魂の日と心に刻み、犠牲者の冥福を祈りたい。

80年代Japan as No1と燦然と輝いていた日本であったが、世界中の人々はあの日まで日本のことを、衰退する過去の国だと忘れ去っていた。しかし、あの日を境に、世界中の人達は、日本と日本人の強さと素晴らしさ、そして日本が世界にとって、いかにかけがえのない国か・・・・再び日本という国と人々を再認識するきっかけとなった。Cool Japanは単なる一過性のブームではなく、日本は21世紀の文化の発信源と言って過言ではない。
東日本大震災の発生から今日で4年。
警察庁によりますと、震災で亡くなった数の方は1万5891人にのぼり、
3,194人の方が、避難生活中に亡くなった、いわゆる震災関連死とされています。
そして、今なお2,584人の方の行方が分かっていません。

被災地では復興作業が続けられていますが、生活の復興はまだまだ道半ばで、
現在も岩手・宮城・福島を中心に、約8万人の方々が仮設住宅での生活を、
22万9000人の方々が避難生活を余儀なくされています。

まさに未曾有の被害をもたらした東日本大震災ですが、
震災後、多くの国々が被災地に、日本に手を差し伸べてくれたことに、
大きな感動を覚えた方も多いのではないかと思います。
映像では、その支援に対し、被災地から「ありがとう」の言葉が送られています。

被災地の方々の真心に、強さに、多くの外国人が感動の涙を流していました。

セルビア「日本はいつも助けてくれた」 震災時 セルビアからの支援が凄かった
「日本は最高の親友」 洪水で被災したタイの人々が日本からの激励に感激


    http://blog-imgs-74.fc2.com/k/a/i/kaigainohannoublog/201503112107259c9s.jpg       

■ 日本も俺たちが苦しい時に助けてくれた。こちらこそ、ありがとう。 フィリピン

■ 世界中がこうやって団結してるのって最高だね!
  日本、そして日本の美しい国民と文化がずっと輝き続けますように!アメリカ

■ タイラーセンセイのニュースはあまりにも悲しいね。
  どうか強さを保ち、前に歩き続けてください。 アメリカ

■ どこの国の人であろうが、どんな文化を持つ人であろうが、
  人類はみんなで助け合っていかなきゃ。
  悲劇に直面しても、混乱の最中にあっても、
  手と手を取り合って協力していかないといけないんだよ。
  この動画は、アメリカ人であることを誇りに思わせてくれた。 アメリカ

■ Douitashimashite!!!!
  いつだって日本のことが大好きだよ :D
  日本の助けになることが出来て嬉しい……。
  それが友達っていうものだから!! カナダ

■ 日本は偉大な国だね!
  私は天国に行く日まで日本をサポートし続けます! アメリカ

■ 震災から数年経ったけど、今も世界中の人の心が日本と共にある。 イスラエル

■ 本当に素敵な動画でした。動画を観ていっぱい泣いたけど、
  でも、日本のファンであることを誇りに思いました。 コロンビア

■ 「ありがとう」だなんてとんでもない。
  強い国であり続けた日本にこっちがサンキューだ!!! アメリカ 

■ 素敵な人達には、いつだって手を差し伸べたくなるものなんだよ……。 パキスタン

■ Arigato 日本!
  あなたたちは、私達に大切なことを教えてくれました!
  Arigato! ベトナムから愛をこめて。 ベトナム

 「日本がもっと好きになった」 被災地からの「ありがとう」にベトナム人が感動

■ 泣いちゃったじゃん!
  日本なしの世界なんて考えられないんだからね。だから頑張って。
  ノルウェーから特上の愛を♡ ノルウェー 

■ 世界が日本の為にこんなに動いてたなんて嬉しい。
  日本は強い人たちが支える、強い国。Ganbatte Nippon! フィンランド

■ Nippon AISHITERU
  強い国であり続けてください。美しい国であり続けてください。 ベトナム


■ 涙を堪えるのが大変だったよ。
  戦後日本は多くの国を助けてきた。
  今こそ日本に感謝の気持ちを示すときなんだ。
  日本のみんな、こちらこそありがとう。 ベトナム

■ 感動的だった。
  日本人に対する敬意と愛情が呼び起こされたよ。 アメリカ
 
■ 学校の授業でこの動画を観ました……。
  クラスのほとんどの子が泣いてた。あまりにも悲しい。 アメリカ  

■ 日本と日本人の素養の高さを心から尊敬してる。
  彼らは賞賛に値する人たちだ!
  勇敢な日本の人たちに、神の祝福がありますように! ブラジル 

■ 日本と日本の人々を愛してます。
 あなた達が世界に示してくれたことを、私達は絶対に忘れない。オーストラリア

■ これは…………。
  この動画を観たあと、数時間何もする気が起きなかった……。 カナダ

■ 良いね。本当に良い映像だ……。何回観ても泣いてしまう。
  なんて、なんて素晴らしい国民なんだろうか。 アメリカ

■ 感動的で素晴らしい動画でした。
  映像に映ってる姿こそ、俺が知ってる真の優しさを持った、
  そして尊敬すべき日本の人たちなんだ。
  全ての日本人に神の祝福がありますように。 ポルトガル 

■ 感動が抑えられない。涙なしに観るのは不可能だ。 イタリア

■ オーッ……涙で顔がグチャグチャだよ :'(
  いつもこうやってお互いに助け合えたらどんなに素晴らしいか。
  "頑張って" 日本。(""部原文ママ) スペイン    

■ こちらこそ日本人に感謝したい。
  勇気を、前向きな気持ちを僕らに示してくれてありがとう。 インドネシア
  
■ 嗚呼っ、涙が溢れてきて仕方がない……! ='( +6 チェコ

■ 泣いた。俺はいつだって日本の為に駆けつけるぞ。 +21 日本在住

■ gambare nihon
  俺は日本を、アジアの真のリーダーだと思ってる。
  日本は素敵な人達がいる、とても強い国だ……。 +15 韓国

■ 今日日本語の授業でこの動画を観た……。泣けた。 +2 オーストラリア

■ 日本人は強い人たちだ!!!!! arigato アメリカ

■ 多くの人、そして多くの国が日本をサポートした理由。
  それは、僕らが助けを必要としていたときに、
  君たちも同じように手を差し伸べてくれたからだ。
  すべての国が日本を、そこに住む人々を愛してる。
  「まさかの時の友こそ真の友」! ドイツより! +2 ドイツ

■ 人類が互いに助けあう。
  私はこれ以上に素敵なことはこの世界にないと思う。
  震災が起きてしまったのは悲しいこと。
  だけど、私達の兄弟や姉妹たちの力になれた事が嬉しい。
  そしてこの動画、泣くなって言う方が無理 :'3 オランダ

 オランダ「日本が大好きだから」 5万人による日本への祈りが物凄い

■ 俺は日系アメリカ人。この春に米海軍に入隊する。
  俺の祖国や他の国を守ってくれたことに対して恩返しがしたいから。
  震災の時、手を差し伸べてくれた人たちに、心から感謝しています。
  日本は、このことを絶対に忘れません。ピース。 +13 アメリカ

■ 日本人は世界で一番といえる国民だと思うんだ。
  生産的で賢い彼らを尊敬してるし、愛してる……。
  神よ、世界の美しい未来の為に、日本の人々を守り給え。 +31 トルコ

■ 私達は、この日のことを絶対に忘れない。 アメリカ

■ こんなに泣いたのは本当に久しぶりだった。
  きっと素晴らしい未来があなた達を待っている。そう信じています。 スペイン

世界中の皆さんありがとう。
日本は負けない!次の動画に登場する二人の幼い兄弟の姿を見てもらえば・・・  
日本の未来に希望があるような気がするのは私だけではないと思います。

3.11はあまりに不幸で哀しい出来事であった。けれど、失われた多くの命を無駄にしてはいけない!バブル崩壊後の何とも言えない閉塞感が続く中、3.11が発生した。
そして、図らずも3.11はその閉塞感を破るきっかけとなった。


3.11がもたらした、大きな変化は、まず、日本人が、日本人を誇らしく思い、国土を愛し、自然災害があっても、団結できる国民であると認識したからことである。
かつて憎しみ合い、日本に原爆を落とし、東京市民を焼夷弾で虐殺した米が、日本に対し、献身的に救助活動友達作戦を行ってくれた。そして、世界から日本は愛され、世界中から、日本が困った時に助けてくれる友人たちがいることを知ったことだ。はにめて我々日本人は自分は孤立した存在ではないと感じた。
そして、日本人が自衛隊を何よりも頼もしい存在だと思ったことではないだろうか!

自衛隊は元々高い値を示していたが、直近の2012年5月では大きく上昇している。これは【震災対応、自衛隊への評価は9割を超える】【「自衛隊が日本に良い影響を与えている」89%】などにもある通り、震災対応によるところが大きいと考えて間違いない。

もはや、自衛隊のことを悪く言う日本人は、在日か、一部左翼メディアとその親派護憲派のごく少数となった。

3.11を忘れない~大震災4年目の「今」を問う
自衛隊の戦いを大きく変えた、2つの大震災
【ダイアモンドオンライン】2015年3月13日秋山謙一郎 [フリージャーナリスト]

助けたくても助けられない──
阪神・淡路大震災での葛藤


「中隊長は見なかったことにしてください」

 年配の下士官がそう言うや否や、若い隊員たちは放置車両をどかし、瓦礫を押し退けた。

 1995年の阪神・淡路大震災。発生当時の災害対策基本法では、被災地で被害を受けた工作物または物件しか除去できなかった。放置車両をどかす行為は法に反する。

 そもそも彼ら陸上自衛隊第3師団所属の自衛官たちは、災害派遣(自衛隊内部では“サイパ”と呼ばれる)に基づいて現地に赴いたわけではなかった。被災地・神戸を管轄する陸自第3師団上層部の機転により“訓練”と称して近隣状況の視察にやって来ただけだ。放置車両をどかすことも瓦礫を押し退けることも、何ら法的根拠に基づかない行為である。法を遵守する立場にある自衛隊にあって、これは本来認められることではない。

 目の前に瓦礫に埋もれている人がいる。「助けてくれ」「助けてください」という声がこだまする。しかし助けてあげたくても助けられない。自衛隊法に基づく災害派遣命令が降りていないという、法の壁に阻まれている。

 壁は法だけではない。技術面でも問題があった。倒壊した建物の瓦礫ひとつ動かすにも専門知識が要る。下手に動かせば倒壊が進むこともある。消防と違い、そうしたノウハウを持たない自衛隊が勝手に手を出すことで、助かる命が助からない可能性もある。

 本当に動いていいものか否か。動きたくても動けない。現地に赴いた隊員のうち陸自中隊長、小隊長といった指揮官クラスの隊員たちは、ジレンマに悩まされていた。

 何の命令も権限もないのに自衛隊が勝手に動いた――。震災の混乱が収束してからそんな非難の声に晒されるかもしれない。自分たちは何を言われてもいい。しかし上層部に迷惑がかかる。大きな政治問題になるかもしれない。

 こうした閉塞感漂う状況のなかで出てきたのが、冒頭の下士官の言葉だ。現場にいち早く赴いた自衛官たちが、腹を括った瞬間だ。


陸自第3師団の隊員たちが法の壁を乗り越えて救援活動に当たっていた頃、同じく被災地・神戸を管轄する海上自衛隊呉地方総監部では、同様に“訓練”と称して、輸送艦2隻に衣料、食料、医薬品を積んで神戸に派遣した。

 この頃の様子を知る海自OBの1人は、「呉地方総監は輸送艦派遣時、辞表を書いて懐に入れていた。そして神戸の基地に向かいそこで自ら陣頭指揮を執った」と知られざる当時の状況を明かす。

 1月17日9時50分、呉港から輸送艦が出港してから10分後の10時ちょうど。兵庫県から正式に災害派遣の要請が出た。これにより被災者救出に当たっていた隊員たちの行為は追認された格好となった。

 阪神・淡路では、このように自衛隊が命令もなく勝手に動く是非が内外で問われた。本来業務ではない救出・救援に自分たちがどこまで携わっていいのか。だからといって自衛隊側も命令が下るまでただじっとしているわけにはいかない。目の前の惨状を目にして「自衛隊は何もしなかった」と後世言われ続けることは、武人を自認する自衛官にとっては「この上なく耐え難い屈辱」(元陸将)である。

 法と世論を気にしながら進退をかけて体と命を張った。自衛官たちにとって、それが阪神・淡路だったといえよう。戦後、長らく日陰者の地位に甘んじてきた自衛隊が、ようやく日の当たる場所に出てくるきっかけとなった、と言う人もいる。

国民の理解も得た、法体制も整った
それでも生じる困難な判断


 その阪神・淡路から16年後の東日本大震災。もう自衛隊は法も世論も気にせずにすんだ。

 自衛隊への国民からの理解は阪神・淡路の活躍で十分に得られている。災害対策基本法も自衛隊法も改正された。思う存分、自分たちの力が発揮できる。全国の陸海空の部隊では、大震災の急報を聞くと同時に、「自分に行かせてください」という声が引きもきらなかったという。阪神・淡路では見られなかった光景だ。

 東日本では、震災発生の初動から、カメラを積んだ陸自のヘリが被災地の様子を撮影、その情報は全国の自衛隊各部隊にも伝わってきた。社会のIT化どころか、まだ携帯電話も普及しておらず、自衛隊といえどもテレビや新聞の報道以上の情報が伝わらなかった阪神・淡路の頃とは違う。自衛官たちは、「何をすべきか」がわかっていた。

 だがいざ被災地へ向かうと、やはり迷いが生じる場面に出くわす。

震災発生の急報を受けて現地に出動を命じられた1隻の護衛艦で、甲板上にいる見張り員が、「遺体が漂流しています」と大声で叫ぶ。収容すべきかどうか。1体の遺体を収容するよりも先に、生きて待つ被災者たちを優先すべきではないか。しかしいくら未曾有の大震災とはいえ、目の前に流れている、沈もうとしている遺体を収容しなくていいのか。

 艦長はどう判断するのか。乗員たちは固唾を呑んで見守っていた。「急ぎ現地に向かおう。大勢の人が俺たちを待っている」。

 艦内に重苦しい空気が立ち込めようとしていたそのとき、艦長に次ぐナンバー2の副長が反論した。

 「もし、今、漂流しているご遺体が艦長のご家族だったら、そのご判断は正しいですか?」

 副長はそう言い残し艦橋を降りると、そのまま3月の冷たい海に飛び込み、漂流する遺体のほうに泳いでいった。副長が遺体を収容、これを生きている者のように扱い艦の救援を待つ体勢を取る。その様子を艦橋上からみていた艦長は何も言わなかった。

 艦に収容された遺体を甲板上で毛布に包んでいるとき、その様子を遠くから眺めていた艦長に、ずぶ濡れの作業服姿の副長が近づきこう言った。

 「私の勝手な行為です。艦長は知らなかったことです」

 艦長は、「俺が命じたことだよ。ありがとう」と静かに答え、副長を労った。艦長、副長、どちらの判断も間違いではない。組織としては副長の行動は認めがたい。しかし副長の行動が認められなければ、自衛隊とは何なのかという話になってくる。

 当時を知る海自関係者は、「組織として正しいことを伝えた艦長、自衛隊として正しいものを教えてくれた副長、どちらも尊敬できる自衛官です」とする。艦長が副長の行動を認めたことで、乗員たちの間では、「国民の目から見て自衛隊として正しいと信じることを行なえば、その責任は艦長が取ってくれる」という信頼感が高まり、俄然、艦内の士気は上がったという。

今や災害派遣が“花形”
意識変化に自衛隊内には懸念も


高度な組織化により「言われたことだけをしていればよかった」時代と違い、階級、職位を問わず、「国民の目から見てどうか」を考え、動くことが個々の自衛官に求められるようになった。阪神・淡路以降、組織の指示とは別に、良くも悪くも、「国民の目」を軸に個人の判断で物事を進める自衛官が増えてきたという声も聞こえてくる。

 戦後長らく、自衛隊は必ずしも国民の間でその存在意義を認められていなかった。一部の国民からは、税金泥棒呼ばわりすらされていた。

 海外からの侵略などもなく、その任務と活動が目に見えないなかで、1991年の湾岸戦争における初のPKO派遣以降、何がしかの有事に参加した隊員たちが内部では「一目置かれる」(海自1曹)ようになったという。

 現在では、自分たちの活躍を知らしめる場は政治的に議論の分かれるPKOではない。むしろ大規模な災害での救出・救援活動だ。阪神・淡路以降、自衛隊内部ではそんな空気感に包まれている。

 今や自衛官たちにとって震災という有事への参加は“武勲”もしくは“戦功”と捉えられている現実がある。震災を含め、いざ有事に、出動を命じられた隊員たちは、勇躍、武勲を立てようと被災地へと向かう。現地に赴くことなく居残りを命じられた隊員たちは肩身の狭い思いをする。

 事実、PKO、阪神・淡路、北朝鮮による不審船事案、そして東日本大震災といった有事を人事上の巡りあわせから経験していないという海自の3佐は、「まさに“髀肉之嘆”。何のために自衛隊に入ったのかわからない」と嘆く。

 阪神・淡路以降、新入隊員たちの間で希望する職種が変わってきたといわれる。陸なら建築物や道路工事、橋梁架橋を請け負う施設科、食料や燃料を運搬、入浴設備を整えるといった任務を行なう需品科。海では艦艇乗り組みでも、華々しい護衛艦や潜水艦ではなく輸送艦、空なら輸送機のパイロットだ。いずれも震災時、直接、国民の目にその活躍が見える職種だ。東日本以降、その傾向はより顕著なものとなった。

 実のところ、こうした傾向に自衛隊関係者は頭を抱えている。自衛隊の本業はあくまでも安全保障であり、災害派遣は主たる業務ではないというのがその理由だ。戦闘系職種の人気低下は、規律・風紀紊乱にも繋がりかねず、自衛隊の存在意義を揺るがしかねないとの危惧がある。

 それらの懸念に、一理はある。だが安全保障のなかに災害対策を組み込んではいけないという理由もない。

 阪神・淡路、東日本での教訓から、災害対策基本法も2014年に改正され、自衛官が独自の判断で放置車両を動かすことも認められた。阪神・淡路、東日本の2震災での活躍から、自衛隊が大規模災害時、動きやすい環境がようやく整えられた。今、災害対策もまた自衛隊の本来業務に“格上げ”しても、異を唱える向きは少ないのではないだろうか。
3.11は、間違った価値観を持つ人々をあぶり出した。世の中は、私が信じる正しい方向に日本を少しづつだが修正されてきているように思える。

今思うと、鳩山由紀夫、菅直人、小沢一郎、錚々たる日本を代表する 気違い、馬鹿、売国奴・・・よくぞこの三人が率いる民主党が政権を担っていたと思う!
3.11でさすがに、こんな無茶苦茶な党に日本を任せていたら本当に日本は滅びると日本人の多くが覚醒した!政治に無関心であった多くの日本人が目を覚ました出来事となった。

安倍政権の誕生は、民主党政権による戦後的な日本風リベラル思想が無力で役立たずであったこと民意で認めたのである。鳩山、菅、小沢・・・は、リッパート駐韓米国大使を刃物で切り付けた韓国のテロリスト金基宗と同じような要注意の危険人物達である。民主党政権の無能さに、遅まきながら多くの日本人は気がついた。その結果が、2012年の衆議院選挙の結果であり、2014年12月の再びの選挙結果である。

安倍政権誕生後、日本は確実に大きく変わりだした。日本は進化を遂げることが絶対に必要なのだ!日本は、神が与えた試練を乗り越え確実に歩んでいる思う。


我が国は、福島や東北地方を放置しておくことは、けっしてしてはならない。
3.11は日本列島を更なる震災と火山噴火の引き金を引いてしまっている。わたくしは横浜民ですが、首都圏は首都直下型地震とが明日にでも着てもおかしくはない。
いざ、首都直下型地震が起きれば、今度は「復興した東北の皆様」に助けて頂かなければならない。自然災害は日本に生まれた日本人の宿命なのだ。
どうぞ、原発反対の皆さん、福島に対する誹謗中傷は止めてください。ありもしない放射能による深刻な健康被害など、でっち上げるのは止めてください。反原発の中核を担っているのは、かつて全共闘時代に暴れたベビーブーマー世代の元活動家の老人達だ。基本的にこの連中こそが日本の癌であり、恥部なのだ。
今後、首都圏直下型地震、南海トラフ地震、蔵王山、箱根、白根岳、焼岳、富士山・・・噴火の兆しは否定できない状態にある。大規模自然災害という非常事態が発生した際に、国民が「互いに助け合う」ことがなければ、この厳しい日本列島で我々日本人は生き延びることが不可能なのだ。
「国民が互いに助け合う気持ち」こそが、「ナショナリズム:愛国心」であると思います。反原発を叫び、福島の復興を邪魔する人達、沖縄基地反対運動、アイムノットアベ運動をしているようなリベラルな人達は人として醜い魂の持ち主にしか見えません。
アベノミックスは成果を出せずに終わった有望な概念なのか?アイムノットアベ運動をしているリベラル派はアベノミクスに懐疑的だ。
確かに日本の成長は2四半期の大幅な縮小したが、日本経済が2014年10~12月期は年率で1.5%拡大した。 だが、日本のGDPは2014年に、わずか0.03%とはいえ縮小した。どれほど小さいものであろうとも、マイナス成長は、反安倍陣営から見れば、アベノミクスを否定できる根拠のように思える。反安倍のエコノミストらは日本が20年間のデフレを払拭するために必要だと言う「脱出速度」では決してないと、アベノミクスを否定する。
 デフレ退治は、安倍晋三首相が2012年12月に導入したアベノミクスの中核のはずだった。日銀の黒田東彦総裁は、2013年4月から「2年程度」で2%のインフレを実現すると約束した。だが、エネルギーを含むコア・インフレ率は現在、わずか0.2%で推移している。日本は間もなくデフレに逆戻りする可能性があると騒ぐ。
 弱いインフレは日銀に、昨年10月の予想外のバズーカ砲の二発目に続く追加の三発目のバズ-カ量的緩和を行うよう迫る。日銀は市場の信用と、インフレが浸透する為、必要とあれば打ち放つだろう。
 弱いインフレは、安倍自民党が民主党より解散を勝ち取る為約束した消費税増税を律儀に約束を守ったことによる。消費者が消費増を求められている時に行った2014年の消費税率引き上げだ。消費者は支出するどころか、財布の口をぴしゃりと閉めた。予想通りである。もちろん、私はブログで消費税増税は間違っていると反対意見を書き続けていました。
確かに、消費税を3%引き上げたのは失敗だったが、安倍総理は10%にすることをとりあえず延期した。賢明な選択であった。
だが、神風が吹いた石油価格が暴落したのだ。日銀の物価目標には葛藤をもたらすかもしれないが、経済全体にとっては素晴らしいニュースだ。日本は巨大なエネルギー輸入国であり福島原発事故後、原発の再稼働をいつまでたってせず、日本は原発停止で3兆6000億円の国富が流出させてしまった。2012年にはLNGの輸入数量は11.2%、2013年の原油輸入は14兆円余りと前年に比べて17.5%増加、LNGの輸入も7兆円余りと8.7%増えた。
 安い石油は需要に驚くほどの効果をもたらすだろう。経常赤字に関する懸念も和らげるはずだ。今年、日本の経常黒字はGDP比3%に達するだろう。
 アベノミクスが導入された後、原油高と円安に乗って、インフレ率はすぐに1.5%前後まで上昇した。エコノミストはこれを祝ったが、消費者は、物価が上昇し、消費税も上がり購買力は消え失せてしまったが、今年はそれと正反対のことが起きるはずだ。
 企業の利益は過去最大に達している。輸出は力強い。造船のような斜陽産業さえもが復活を果たしつつある。その結果、企業は今月の春闘でベアが復活し、最大の2%基本給が引き上げる。
すでに、ボーナスを除く基本給は前年比で0.8%増えており、15年ぶりの伸びを記録していた。横ばい、あるいは下落する物価と賃上げの組み合わせは、安倍政権の成果である。
このバラ色のシナリオは、原油暴落だけによるものではない。労働市場は何年もなかったほど逼迫している。これは部分的には、昨年の弱い2四半期にもかかわらず、GDPが2年以上にわたってトレンド成長率を上回るペースで拡大してきたためだ。 人口動態も一定の役割を果たしている。毎年およそ30万人のペースで労働力人口が減少するにつれ、建設会社から介護施設に至るまで、さまざまな企業が人員不足に見舞われている。アベノミクスが始まって以来、100万人近い女性が労働力に加わった。大半は比較的低賃金の仕事に就いたが、企業が契約社員をより報酬の高いフルタイムの仕事に切り替え始めた。
日本は実際、国内の中産階級の下流化を食い止めている唯一の富裕国である。力強い税収増加のために国債発行額が2009年以降初めて40兆円未満に削減された。日本経済は今年と来年、悲観論者の見方を覆す可能性が十分にある。
もちろん、アベノミクスが勝利を宣言するのは早計だろう。だが、レーガノミクスの場合を思い出してほしい。レーガノミクスも初めの2-3年は、失敗だと言われ続けていた。レーガノミクスの主軸は、社会保障費と軍事費の拡大で政府支出を拡大、減税、規制緩和、インフレを収束させ、カーター政権によって引き起こされたスタグフレーションを立て直す経済政策であった。
1.社会保障支出と軍事支出の拡大により、経済を発展させ、強いアメリカを復活させる。
2.減税により、労働意欲の向上と貯蓄の増加を促し投資を促進する。
3.規制を緩和し投資を促進する。
4.金融政策によりマネーサプライの伸びを抑制して「通貨高」を誘導してインフレ率を低下させる。
以上が当初のレーガノミクスであった。これを1980年のアメリカ大統領選挙に立候補したレーガン政権の副大統領で後の大統領ジョージ・H・W・ブッシュは、一連の経済政策に対を、ブードゥー経済学(英:Voodoo Economics)と揶揄した。
減税をしながら社会支出の増額とSDIなど軍事支出の増額など常識はずれであり、経済学的には確かにブードゥー経済学と揶揄されてもしおかしくはなかった。
当初2年間は貿易赤字と、財政赤字の双子の赤字を生み出し、レーガノミクスは失敗だと非難され続けた。しかし、3年目から景気は回復をはじめ、失業率が低下しはじまった。
ドル高による溜った歪は1985年プラザ合意という、強制的円高を日本に要請する政治力による荒業で解消とはなったが、原油価格の下落と減税という財政政策を受けた消費の増大(乗数効果)により、ブードゥー経済学と揶揄されながらも、レーガノミクスは成功し、今日の強いアメリカの復活の礎になったのだ。
私はアベノミクスは消費税増税という大きな誤りをしたにもかかわらず、レーガノミクスのように成功すると信じている。いずれも原油価格の暴落と言うカミカゼが吹き、レーガン大統領も安倍総理ともに、失いかけた国民の矜持と希望を復活させることに注力しているのだ。
さて、アベノミクスは未だ第三の矢がはなたれていないと批判されてはいるが、安倍政権は国土強靭化計画を実行しています。これがいずれは効いてくると思う。
だが、現在東北の復興関連の事業が人手不足と業者不足で停滞しています。一つの事業が終了すると、次の仕事が無かったら下手をすると「人余り」になってしまうリスクがあり、建設土木会社は思い切って設備投資したり、人手を増員することが困難な状況だという。
これは、事業を発注する自治体側が、土木・建設企業側の「仕事が途切れない形」で、計画を構築、推進しいけば業者の不安が解消され設備投資、人員増が行われるであろう。そこで、「東北復興」に関しては、経済特区にして、指名競争入札はもちろんのこと、「談合」も復活させればいいのだ。
現在は、災害公営住宅や防潮堤建設など復興事業で潤っているが、「復興事業が終わった後」が心配で設備投資に踏み切れない不安を解消させることが第一であろう。自治体側と業者側が「談合」した上で、復興事業を割り振れば、人手不足は相当に解消できる。復興事業や東京五輪という「需要」が終了した後も、安倍政権が当初より掲げる「国土強靭化」をより具体化して、事業が「安定的に増えていく」計画を政府が示すべきではないだろうか?
そうすれば、本格的な土木・建設事業の供給能力の回復が行われれば東北の復興は進むのである。特に、若年層の業界への参入を促し、現役世代の技能を継承しなければ、我が国は将来、土木・建設の供給能力が不足する「発展途上国」と化してしまいます。
いずれにせよ、我が国には東北復興、東京五輪、国土強靭化、そして「生産性向上のためのインフラ整備」と、本来は「やらなければならない」インフラ整備の需要が溢れています。3.11から4年が経過したいま、日本は真剣に長期的なビジョンを持つべきだと思う。








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放射能汚染の風評被害は抜き差しならない状況にある。野菜ばかりか福島の住人までが各地で受け入れを拒まれているが、拒絶している側も、かつてはかなりの量の放射能を浴びていたのだ。冷戦激しかりし頃、東京にも今の1万倍もの放射能が降っていたので……。

まだしばらくの間、福島第一原発から放射性物質が。外に漏れるのを、止められそうにない。最悪の事態を防ぐには原子炉をしっかりと冷やすことが大切で、その間、多少の流出は避けられないという。すると、度を過ぎた風評被害も当面は、収まらないのだろうか。
 福島県農産物安全流通課の沢田吉男主幹は、「農産物が市場で引き取ってもらえません。今、出回っているキュウリやトマト、イチゴなどは出荷規制の対象外で、安全性も何ら心配要らないのですが、買い手が付かないか、あるいは買い叩かれています」と嘆き、同県原子力安全対策課の片寄久巳主幹も、こう話を継ぐ。

「国の基準が信用されず、福島産をやみくもに排除する動きがあって、農産物ばかりか、お酒や工業製品までもが風評被害に遭っています。お酒は去年の水と米で作っているから今の汚染と関係ないのに、納入先に。放射能に汚染されていないことを証明しろ”と求められたりしている。工業製品も部品の納入先が。(汚染されていないという)官公庁の証明がないと困る”と言ってきています」

 しかも、話は”品物”に止まらず、
「原発事故で被災者の方々が、他県の一時避難先から。放射線を浴びていない”という証明書を求められる場合もあるのです」(同)

 そんな目に遭っている避難住民のひとりによれば、「放射線は胎児に影響を及ぼすから、福島の娘とは結婚したくない、なんてことまで言われている」

 という。その話を伝えると、片寄主幹は、
 「失礼極まりない。ちょっとでも被曝すると。あの人は将来”変になる”というのは一番酷い風評で、それが一人ひとりのトラウマになり、心理的な負担になっている。何よりいけない」

 こう怒りを露わにするのである。さらには、こうした風評被害は日本全体に及ぼうとしているようで。「中国や韓国、あるいはアメリカでも、日本からの輸入食品はすべて放射線で汚染されているかのように受け取られ、”何マイクロシーベルト以下でないと買わない”という一方的なボイコット運動が起ころうとしています」
 
と、金沢大学の山本政儀教授(環境放射能学)は憂えて、こう続ける。「食品ばかりではありません。私が住んでいる石川県の工業製品も、今回の事故とは地域的にも何ら関係ないにもかかわらず、全製品について。放射線がレベル以下である”という証明書を添付しないと、輸出ができなくなっています。次々と起こる風評が、これから日本に甚大な被害をもたらしそうで、心配です」

 今、日本製品を忌避しようとしている国々は、かつて放射能とどう向き合っていたというのか。だが、それについて触れるのは後にしよう。まずは、福島を襲っている謂われなき風評の根を絶つ方途を考えなくてはなるまい。

 同様の願いから、あるレポートを書いたのは、神戸市立工業高専の一瀬昌嗣准教授(理論核物理学)で、「福島に支援物資が届かなかったり、ボランティアが来なかったりという深刻な状況を聞き、心を痛めています。これでは原発を必要以上に怖がるあまり、被災者の命を脅かすことにすらなります。放射能は決して軽視すべきではありません。
しかし、核実験の時代にも日本には放射性物質が降ってきており、それによる健
康被害は疫学的に確認されていないことも、知っておくべきだと思います」
 
そう話す一瀬准教授による”レポート”とは、冷戦時代に米ソなどが繰り返した核実験によって日本に降下した放射性物質と、今回の事故による被曝とを比べたもの。要は、原爆を除いても、日本人が広範囲にわたり放射性物質による被曝を受けるのは、今回が初めてではないというのだ。

大気や潮の流れを調べて

  一瀬准教授が続ける。

「核実験の時代にも日本には放射性物質が降ってきており、それによる健康被害は疫学的に確認されていないことも、知っておくべきだと思います」そう話す一瀬准教授によるレポートとは、冷戦時代に米ソなどが繰り返した核実験によって日本に降下した放射性物質と、今回の事故による被曝とを比べたもの。

要は、原爆を除いても、日本人が広範囲にわたり放射性物質による被曝を受けるのは、今回が初めてではないというのだ。
 

一瀬准教授が続ける。「米ソの大気圏内核実験からの放射性降下物は、1949年から日本にも届き始めました。63年に米英ソの間で部分的核実験禁止条約が締結されると、地下を除く核実験が禁止されましたが、中国やフランスはそれに加わらず、70年代にかけても両国の核実験から放射性物質が降りました。が、やはり凄かったのは60年代前半で、日本人の体内セシウム137の量が大幅に増えたことも確認されています。今回の福島の事故で、関東地方でも放射性物質が雨とともに降下しましたが.必要な警戒さえすれば、核実験の際と比べ、内部被曝も健康への影響がない範囲で抑えられると思います」 

具体的な数値には少しずつ触れるとして、実は、こうした研究は一瀬氏のオリジナルではない。基礎になるデータを収集していたのは、気象庁気象研究所で、「米ソの核実験が盛んになった1950年代から、塵や雨に混じって地表に落ちてくる放射性降下物を、2m×1.2mの水盤で採取し、その量をーカ月ごとに計測してきました。計測地は東京の高円寺、80年代からは茨城県つくぱ市で、観測してきた降下物はセシウム、ストロンチウム、そしてプルトニウム。観測記録は世界最長です」と、同企画室の広報担当者は胸を張る。 

ちなみに今回、各所で多く検出されている放射性ヨウ素は、半減期が8日と短いため、月単位のデータ収集には馴染まないそうだ。

話を続けると、「米ソが大気圏内の核実験を繰り返していた60年代までは、たしかに東京における放射性セシウムの降下量は、今回、福島の事故が起こる前までの1OOO倍以上の数値でした」それどころか、たとえば63年8月に東京都中野区で計測されたセシウム137は、1平方メートル当たり548ベクレルだったが、90年代には50ミリベクレルに満たない月がある。 

ちなみに、ベクレルは放射性物質が1秒間に出す放射線の量。そこに”ミリ”が付くと数値は1000分の1になるので、両者の間には1万倍もの開きがある。つまり、
高度経済成長真っ只中の東京であなたもまた、平時の1万倍にも上る放射能を浴びていたのである。

しかも、これらのデータを集めるに当たって、なんら作為はなかったようで「放射能の危険性ではなく、大気や潮の流れを調べるために始まった調査で、特殊な物質をトレーサー(追跡子)にし、その動きを追って大気の流れや混ざり具合を調べていたのです。だから、身体への影響については、放射線医学総合研究所に聞いたほうがいいと思います。ただ、心配になって問い含わせて来られる方には"でも、あなたは癌になっていないでしょう"とお答えしています」(同) 
奨められた通りに、放医研規制科学研究プログラムリーダーの米原英典氏にも語を聞いてみた。

「気象研究所のデータにおける、60年から65年頃のセシウムとストロンチウムの降下量を大雑把に捉えると、年間1000ベクレル/平方メートルといったところでしょう。すると、60-70年代における外部被曝は数十マイクロシーベルトに収まると考えられます」

補足すると、シーベルトは放射線が人体に及ぼす影響を表す。話を続けると、「内部被曝については、牛が食べた牧草から牛乳を通じての被曝や、穀物を通じての被曝など、さまざまな経路が考えられるため、すぐに計算するのは難しい。 
ただ、それを含めて健康に影響が出る放射線量ではありません。また、当時と比較して今回の事故を見ると.セシウムに関しては数倍にのぼる線量が検出された場所もありますが、健康被害が及ぶほど高い数値ではないと思います」 
そして、
多くの場所で60年代のほうが、セシウムの線量は多かったのである
 

10年以上も高い被曝量が

ところで、気象研究所によるこのデータを見たことがある研究者は、なぜか少ない。大阪大学の宮崎慶次名誉教授(原子力工学)も、「そういうものが存在するのは知っていましたが」と、こう続ける。

「改めて聞き、たびたびの核実験で日本に放射性物質が降下していた記憶が蘇りました。私が住んでいる大阪では当時、浄水場の放射線レベルが許容範囲をはるかに超えたことが何度かあったのに、発表されなかった。ずいぶん後で、住民に不安感を与えないように発表を控えたと知らされました。
当時、許容範囲を超えた放射線が降る下で暮らしていたのです。でも、今までに際立った被害はなかったと言える。今回の事故は反省すべきですが、放射線 を怖れているだけでは、正しい判断はできません

東京工業大学原子炉工学研究所の松本義久准教授も、初めて、データの数値を精査し、そのうえで、「気象研究所のデータを見ると、60年代のピーク時と今回の震災が起きる前では、放射怪降下物の量に1OOO~1万倍もの開きがあることがわかりますね」と、こう解説する。
 
「ただし今回の事故後、3月20日9時から翌日9時までの間に、茨城県ひたちなか市でセシウム137が1万3000ベクレル/平方メートルも記録されました。これは気象研究所のデータにある、核実験時に計測された最大値の20倍を超えるので、私も最初は驚きました。が、翌々日には数百ベクレルに下がっていますから、降雨などによる一過性の数字でしょう」

では、60年代と原発事故が起きた現在の、それぞれの線量を、ベクレルから人体への影響を表すシーベルトに換算し、健康へのリスクを測ることはできるだろうか。松本准教授が統ける、「UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国違科学委員会)の資料にある、セシウム137の経口摂取のデータが手がかりになります。核実験による放射性物質の降下量が最も多かった63年、世界の平均積算降下量は1560ベクレル/平方メートルがとあります。このとき外部被曝、内部被曝の合計は0.025ミリシーベルト程度。すべての核種を考慮すると0.14ミリシーベルト程度になります」

この年、東京でのセシウム137の積算値は1935ベクレル平方メートル。したがって健康へのリスクも、世界平均よりやや高かったようだ。

「一方、今回のセシウム137の3月19日から31日までの積算値をシーベルトに換算すると、ひたちなか市が0.43ミリシーベルト、東京がO.11ミリシーベルトになります。人体に影響が及ぶひとつの基準とされる100ミリシーベルトにはるかに及びません」

とはいえ、今回の数値は核実験が行われていた63年に比べても大きい。しかし、「今回の事故が収束に向かうと仮定して、ひたちなかなどで検出された高い値は、降雨などによる局所的なものです。一方、核実験が頻繁に行われていた半世紀前は、10年以上にわたって高い水準の被曝量でした。それでも、多くの人はその時代を健康に過ごしてきたわけで、注意は必要ですが、過度に心配する必要はないと思います」(同)

同様に、北海道大学大学院の奈良林直教授(原子炉工学)も言う。 

60年代は今と状況が似ていますが、みな放射能の怖さを知らなかった。でも当時少年だった私も、未だに癌にもかかっていません

黄砂に乗って

ところで気象研究所のデータでは、近年も春には、放射性降下物がほかの季節より多く計測されていた。 
「かつての核実験などで放出された微量の放射性物質が、中国の土壌中に含まれていて、春になると再浮遊し、黄砂に乗って飛んでくるのです」(企画室)

今や中国は、日本製品が”汚染”されているとボイコットを企む国である一方、福島産などを避けたいわが外食産業にとって、”安全”を旗印にした野菜の仕入先にもなっている。だが、「私がこれまで原水爆実験国を調査してきた結果、日本に最も悪影響を及ぼしたのは、東京オリンビックから文化大革命にかけて中国で行われた核実験です」と、札幌医科大学の高田純教授(放射線防護学)。放射能に汚染された土壊が、黄砂として日本まで飛んでくるわけだ。
 
また、3月末まで中国を訪れていた京都大の吉川榮和名誉教授(原子炉安全工学)が言うには、「一方で、中国人は日本の原発事故に驚き、我先に帰国しています。中国では国内の放射能のことを知らされていないからです。中国のテレビでは”日本の食品は心配要らない”と強調しているのですが、一般の中国人は日本のことばかり怖れてしまうのです」 
 
今、日本人が中国野菜を喜んで食べるのも、中国人が日本の産物を避けるのも、謂われなき風評による国際的な"誤解"のなせるわざ、と言えそうだ。 

「米中などの核保有国は核実験の際に、自国民を時には意図的に被曝させながら、それを忘れたかのように日本を危険視し、汚染の危険性が少ない工業製品の輸入までを止めようという。アレルギー反応に近いものがあるように思います。旧ソ連はセミパラチンスクで、中国は新彊の砂漠地帯で、周囲の住民を避難させずに低高度での核実験を行い、悲惨な結果を生んでいるのです」(一瀬准教授)

結果、アメリカにもヨーロッパにも多くの放射性物質が降ったわけだが、その時、欧米人たちは、今回の事故後に日本から一目散に逃げたように、自国から逃げ出しただろうか。

「これまで100ミリシーベルト以下の被曝量で、遺伝的影響が観測されたことはなく、今回避難されている方で、その線量まで被曝された方はいないはず。そういう科学的知見を少しでも持ってもらうことが大事です。誰もが普段から環境放射線を受けつつ生きていて、今回避難されている方々が受けたのは、それを少し上回る程度にすぎません」むろん、今回の事故で放射線の影響が「ない」とは言えないし、半世紀前に降り注いだ放射性降下物によって、健康に影響をきたした人がいなか。ったとも言えない。(放医研の米原氏)
 
事実、放射線による影響とは、前出の金沢大の山本教授が言うとおり、「すぐに出ないからわかりづらい。個人差もあり、10年後、30年後にどうなるのか、軽々しくは言えない」そういうものだろう。だが、少なくとも、「人体に緊急の影響を及ぼすような事態ではない」と、山本教授は言う。

それに
今、風評に踊らされている人たち自身、かつて被曝しているのである。
そう思えば、少しは冷静になれるのではないか。「放射能は侮ってはいけないが、怖がりすぎてもいけない。注意が必要なことは間違いないが、放射線を過度に怖がることで、大きなものを失うこともある」とは松本准教授の弁だが、福島に対する暴力的なまでの風評をはじめ、我々の無知が時に、放射能を超える被害をもたらすことを肝に銘ずるベきだろう。

当ブログ記事2011年4月9日の「あなたが子供だった時東京の放射能は1万倍!」週刊新潮記事を読むは大半がコピペの記事ではあるが「ヒトラーの経済政策」副題:世界恐慌からの奇跡的な復興 武田知弘 著(祥伝社)』を読む。その1 その2 その3 その4 その5とならんでネット上で未だに引用されることが多い記事です。

日本中が放射能に対して過剰に防衛をしていた事故直後の週刊新潮2011.4.14号の記事でした。記事では福島風評被害について強く憂慮しておりましたが、今日、未だに福島に対する風況被害はなくなっていません。

米ソ冷戦期、中国での地上核実験で日本には原発事故で福島に降り注いだ放射能よりはるかに多い放射能を30~50年前日本中で浴びていたのです。30~50年、野菜や魚、牛乳から畜産物まで皆気にせず食べていたのです、福島県産の食材を差別している人達にその事実を知らせたい。
 
元過激派だった老人達や反日日本人・長期定住外国人による反原発運動に託(かこつ)けた反日・反政府運動/道楽を増長させない為にも週刊新潮のこの秀逸な記事はもっと活用されるべきだと思いました。

我が家では家内による強制断捨離が断行されております、保管しておいた週刊誌雑誌等も当然対象となった為、秀逸記事は全文ネット上に残そうと思い再掲いたします。勝手な私の判断ですが、この記事を書いた記者の方もきっと許していただけるでしょう。

 気象研究所が大気中の人工放射性物質の観測を行っていた月ごとのストロンチウム90とセシウム137の降下物量の観測データ。http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/004/970/07/N000/000/006/130237278871116415917.jpg
●がセシウム137、○がストロンチウム90
1960年代から時代が下るにしたがって、降下量が減っている。気象研究所が原発を推進するする為に作ったデータではなく単なる客観的な事実なのである。

1955年から1965年あたりの降下量を見てみると、セシウム137、ストロンチウム90共に、平方メートル当たり、10万ミリベクレル、即ち、1キロベクレルオーダーの降下物があることになるのだけれど、1990年以降は、平方メートル当たり、10ミリベクレルオーダーになっているから、確かに、"あなたが子供だった時、東京の「放射能」は一万倍!」という記事に偽りはない。


参考サイト




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目次

まえがき  1
INTRODUCTION 地震学者がいる組織  13

第1章 3・11が地震学者にもたらしたもの 23                     
「間違いを犯してしまった」 なぜ3・11を予測できなかったのか 地震学者の「  反省」 地震学者の総本山 「地物」と「地質」 微妙な壁の高さ 「岡村さん、  ごめんなさい」 工学と地震学 「宗教が違う」 津波研究者 反省から学ぶこ  と

第2章 地震学者と「予知」 67                                
「予知は困難と認めよう」 「予知」と「予測」の違い 地震学者と予知研究 東  海地震の「問題点」 地震知事の活躍 地震学者に与えられた強権 「予知は  難しい」予知にナマズ? 大震法の見直し 調査に見える地震学者の本音
「等身大」をキーワードに 始まった「予知外し」 名を捨てて身を守る 進む「  予知離れ」 予知学者たち

第3章 原発と地震学者 119                                 
反省か、言い訳か 食い下がる電力会社 新説まで飛び出す 原発推進派   の主張ものわかりのいい研究者になるな 立川断層はなぜに見誤ったのか

第4章 過去の記録は将来の予言である 155                      
あの「予知」はどこまで信用できる? 地震予測は天気予報とは違う 「劇薬」  予測 古文書から地震研究 過去の災害報道はどう読むか

第5章 起こるべき地震に備えて 181                             
地震村の村長 被害想定づくりの苦労 確実に起きる地震 首都直下地震の  切迫度
首都直下地震の被害想定 まだまだある想定される地震
首都直下地震が起こったら 被害想定はこうすれば減らせる

第9章 次代を担う地震学者たち 215                           
地震学があえぐ三重苦 地震研のエキスパートたち 「100点を狙わなくてい  いが、O点はいけない」 「日本沈没」と地震学者 震災ショックからの立ち直  り 地震予算

あとがき  250

1973年高度経済成長が終焉を迎え、狂乱物価とも言われたインフレーション、オイルショックなどの社会不安、関東大震災から50年という節目でもあり、1970年の日本万国博覧会に代表される薔薇色の未来ブームへのアンチテーゼとして小松左京氏の小説と映画「日本沈没」は登場した。

「日本沈没」は日本人にプレートテクトニクス理論とかフォッサマグナ (Fossa Magna)など地質学の基礎的な知識や日本がいかに地震大国であり大規模地震災害へのリスクが喚起されるきっかけともなった。

「日本沈没」の衝撃の余韻の最中1976年に東京大学の理学博士だった石橋克彦氏によって「駿河湾地震説」が提唱され、地震学者の多くが東海地震の発生の可能性を強く主張した。 1978年には「大規模地震対策特別措置法」が制定され、その中で静岡県下を中心とした「地震防災対策強化地域」が設定され、体積歪計やGPSなどの観測機器を集中して設置することで、世界でも例を見ない警戒宣言を軸とした「短期直前予知を前提とした地震対策」がとられることになった。

東海地震は明日起きてもおかしくはないと言われ、当時高校生だった私は東京の大学に進学するか否か、少し躊躇したものでした。

ところがあれから40年弱・・・東海地震は起きず、まったく予想されていなかった阪神淡路大震災、東日本大震災を日本人は経験した。

東海地震は起きず、3.11や阪神淡路大地震を予測できなかった日本の地震学者達は本書によれば「地震予知」は不可能だと 地震 自信を喪失しているというのだ。

P24-27
「間違いを犯してしまった」

(略)
東日本大震災から7ヵ月後の2011年10月15日。
静岡大学のホールで日本地震学会の特別シンポジウム「地震学の今を問う」が聞かれヽ地震学者ら約500人が集まった。
(略)
「地震学研究者が社会に対して果たしてきた貢献がはなはだ不十分であったと言わざるを得ません。地震研究の何かいけなかったのでしょうか」
とうたわれ、「地震学者の反省会」として注目された。全国から取材のためにメディアが殺到し、会場にはテレビカメラの放列が並んだ。

演壇に立つた東北大学教授の松浮暢は、「松澤が流してしまった『誤報』」と書いたパワーポイントを投影しながら言った。

「間違いを犯してしまった」
スクリーンには「運動型 危険性低下か」との見出しがついと新聞記事の切り抜きがあしらわれていた。宮城県の沖合け、ユーラシアプレートに太平洋プレートが沈み込む地震の巣で、三十数年から四十年前後の間隔で大地震が繰り返されてきた。
最後に起きたのが1978年であることから、遠くない将来に次の地震が来ると指摘されており、関心が高かった。

記事は2011年3月10日付。その前日に三陸沖で発生したマグニチュード(M)7・3の地震のことを伝え、その中では松澤の見方も紹介している。

予測した場所で一定規模の地震が起きたから、近い将来に起きると想定されている宮城県沖の大地震は可能性が低くなった……。

ところが翌日、M9の巨大地震が起きた。
松澤は、「大地震の可能性が低くなった」という見解を示したことに頭を下げた。
さらに、できると思っていた地震予測ができなかったことを、地震学者全体の失敗として総括したのだった。

東日本大震災が起きた時、松澤は仙台市にある東北大の研究室にいた。
大きな揺れで本棚から専門書やファイルが滝のように落ちてきた。想定していた宮城県沖地震が起きたと思ったが、繰り返す大きな揺れに「これはおかしい」と感じた。
しかし、停電でパソコンが使えない。
どんな地震かを知るのに必要な地震の発生地や規模などの情報が得られない。
地震の解説のために出演を求められた地元のテレビ局に行き、パソコンを使わせてもらった。
インターネットに接続し、世界の地震情報をいち早く速報する、米地質調査所のサイトを表示させた。
そこには、宮城県の沖合のM9の本震の震源と、岩手沖から茨城沖まで広がる、数多くの余震の震源位置を示す印加表示されていた。
地震は、ある一つの点ではなく、広がりを待った領域で起きる。その領域が地下の断層にあたる震源として示される点は、地震が起き始めた場所であり、地震を起こした領域は全体で震源域と呼ばれる。
大きな地震の後に続く余震は、本震を起こした領域やその周辺で起きる。余震が起きる場所がどれだけ広い地域に及んでいるかは、本震の震源域の大きさ、つまり規模の大きさを示している。
テレビ局で松澤が目にした岩手沖から茨城沖までの震源域は、南北500キロにも及んでいた。
宮城県沖だけにとどまらない。想定を超える広がりだ。これまでの地震学者たちが観測や研究では考えたことのない規模たった。

松澤は、これまで積み上げてきた理論が、カラカラと崩れていく気がした。

なぜ3・11を予測できなかったのか

地震学者たちは、なぜM9という地震を予測できなかったのか。
筆者が取材した何人もの学者は、異口同音に、
「地震発生の仕組みを、単純化しすぎて考えていた」と指摘した。
地球で観測された地震で最も大きいのは、1960年に起きたチリ沖地震のM9・5.これを含めて、東日本大震災以前に、M9以上の地震は4回観測されている。
インド洋犬津波を起こし、22万人以上が犠牲となった2004年のスマトラ島沖地震(M9・1)は記憶に新しい。
これらの地震は、いずれも海側のプレートが陸側のプレートに沈み込む場所でおきる「海溝型地震」と呼ばれるタイプだ。

p34-38
地震学者の「反省」

静岡大学での議論から半年後、発表内容や、新たに会員から意見を集め、日本地震学会は「地震学の今を問う」という報告書をまとめた。
「日本地震学会再生の第一歩」としたこの報告書の中で、会員から集めた東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)を想定できなかったことに対する意見を整理している。

主な意見は6つあった。

 ① 経験科学としての限界

地震の理論も多くは経験則を一般化したもので、実際に起こった地震以上のことは検証できず科学的根拠をもって予測するのは困難。経験不足だった。
地震は地下で起きる大規模な現象で、化学のように実験室で同じ現象を起こし、理論が正しいか否かを確認することができない。野外で穴を掘ってダイナマイトをしかけて人工地震を起こしても、規模は微々たるものだし、実験室で地殻に見立てた岩石を割る様子を調べても、実際に起きる地震とはスケールが違い過ぎる。
結局のところ、地震や地殻変動の観測を続け、発生したことを説明する理論を作り出すことが主流となってしまう。

 ② 観測データの問題

観測網は陸地が中心で海底のことは十分にわかっておらず、宮城県沖に莫大なエネルギーが蓄積しており、当時のデータで東日本大震災の予測は可能だったと思われるが、その理論を構築しても説得力に欠けていた。
阪神大震災以降、全国の至るところに地震計が設置され、全地球測位システム(GPS)による地殻変動の観測網も発達してデータ量が豊富になっていた。だが、観測網は陸地が中心で、海域のことがよくわかっていないことに気が回らなくなっていた。
地震の後になれば理論を作って説明できることも、地震前には予測できない、という定式化した失敗加東日本人震災でも繰り返された。

 ③ 震源で起きることの理解不足

予測理論は未成熟で、地震が起きる過程を理解するのに重要々力学がよくわかっていない。地震は地下深くで起こり、地表に現れる断層は、結果の一部でしかなく、地震が起きたとき何か起きているか、地震発生現場で観測することは困難だ。

 ④ 既存の理論が正しいとの思い込み 

「東北沖ではM8クラスの地震が最大で、M9クラスは発生しない」という思い込みに支配されてしまい、学者たちが思考停止していた。2004年のスマトラ島沖地震で判明した成果を生かせなかった。

 ⑤ 地球科学一般の知識不足、専門の細分化の弊害

地震学者は近代の計測を重視して他分野の研究への関心が低く、解析結果から導き出した理論を他分野のデータにつき合わせて検証していなかった。

各分野の専門家が集まった場でも、それぞれ第一人者が参加しているため、互いが示すデータは正しいものとして考えており、相互理解が不十分だった。

 ⑥ 研究計画の問題

短期間で評価を求められる体制で、鋭気ある若手の研究者が困難な研究課題に取り組むことが阻害され、自由な発想にもとづく研究ができなくなっている。
研究の質よりも論文数が重視されている。
短期的なデータでは検証できない、長い年月をかけて繰り返される超巨人地震のような研究がおろそかになった。

近年、財政状況が厳しくなり、研究の分野でも「選択と集中」という名のもとに、目先で役立つ研究が重視され、それに伴い研究機関も短期間に成果を出さないと組織の存在が危うくなる、という悪循環がある。

さらには、研究者を評価する制度が広がったこともあり、だれもが目先の成果を追い求めるようになっている。研究業績は書いた論文で評価される。論文という実績に結びつかない地道な観測は、大学や研究所、研究者としての自分の立場を考えると、積極的に取り組みにくい状況になっている。

東北大学の松澤もこの「地震学の今を問う」で、M9を想定するために欠けていたことをまとめている。

海溝近くで大きな地震か起きるわけがないと思い込み、海溝近くの観測が技術的に困難であることから十分な観測をしてこなかったこと。

巨大な津波があったことがわかった869年の 貞観地震(後述)のことも、2010年ごろに
はかなりわかってきたが、データ不足から社会に危険性を呼びかけるのに慎重になってしまった。
研究者の姿勢として、海溝で起きる地震の全体像を把握するためには、もっと長期間のデータが必要であると認識しつつも、結論を急ぎすぎてしまった――。
松澤は震災後、講演のたびに、この見解を示してしまったこと、できると思っていた地震予測ができないことをわびた。

前者は自身の、後者は地震学者コミュニテイ全体の失敗だ。

しかし、反省を繰り返した松澤の姿勢を、苦々しく思う学者もいる。
地震学者は地震のメカ丹スムや影響を探究するのが専門のはず。なのに、防災にどれだけの責任を負うべきなのか。さらに、地震の予測が外れたとき、社会から糾弾されなければいけないのか――。

物理学者や数学者が、理論が間違っていたから従前のそれを撤回したとしても、学問的に教科書を見直すような大きな誤りでなければ学界内の騒ぎにとどまり、大きく報道されることはないだろう。それだけに、地震学者の中には、 「なぜ学問で真理の探究をしている自分たちが社会から責められなければいけないのか。税金を使って研究をしていると言っても、物理だって数学だって同じだ」という思いもある。

そのような研究者を多く見てきたある学者は、「若手の学者のほうが閉鎖的で、研究費をもらえるのが当然の権利と思って、地震そのものだけでなく、なぜ防災をやらなきゃいけないのかと考えているように思える」と指摘する。特に東日本大震災以降、地震学者の一人として批判されることに対する不満もあるようだ。
だが、松澤はこう反論する。
「学者全員が謝る必要はない。でも『反省しすぎ』と批判するのは学者の思い上がりだ」 天文学や恐竜の研究とは違って、地震学は、医学や上本、建築、原子力工学ほどではなくても、社会への影響か大きい。
そうした学問を選び、そして生活に密接する「災害」に結びつく研究をしている以上、それから目を背け、「私は純粋な真理探究のみをしており、防災とは関係ありません」というわけにはいかないだろう。
少なくとも地震学を学ぶ理学部ではなく、東京大学の地震研究所(後述)や、京都大学の防災研究所などのように、災害からの被害を減らすことを大きな目的とする研究機関に在籍している者であるならば、なおさらだ。
日本では地震学者の目標としても、社会的な要求としても、「地震予知がいつの日にかは予測できるのではないか」と信じられてきた。地震予知ができれば、多くの人命を救うことができ、社会資本の喪失も最低限で済むと信じられてきた。

 現在の東海地震に備え地震予知連絡会なるものも存在し、プレート・テクトニクス理論によって地震の発生を明快に説明してきた。東海地震の予知を前提とした大震法の制定以降、一般に、自然科学では、自然現象を説明できるモデルができれば、そのモデルに基づいて、その現象についての予測・予知ができると考えてきた。当然地震もそうだと思われてきた。

大震法の対象である東海地震と、対象外の地震の区別はつきにくい。切迫している東海地震でお金をかけて予知できるようにしているから、その他の地震もお金をかけて観測網を整備すれば予知できる、というのは当然の考え方である。

ところが1999年、Nature誌は、「地震予知は可能か」についてホームページ上で公開討論会を行なった。賛否両論が噴出したそうだが、7週間にわたる討論の末に出た結論は、「一般の人が期待するような地震予知はほとんど不可能であり、本気で科学として研究するには値しない」というもの。現在では、この結論が世界の科学者の常識となっているようだ。

 日本では地震発生が社会に与える影響が大きい分、地震学者に対する社会の期待は大きかった。地震学者たちも、期待に応えられると思っていたが、2011年3月11日の東日本大震災について、予知どころか予測すら出されていなかった。

日本の地震学、改革の時                           【Nature】 472, 407–409 (2011年4月28日号) 

イメージ 2
この地図で最も危険だと評価されているのが、東海、東南海、南海という3つの地域の「シナリオ地震」である。しかし現実には、1979年以降、10人以上の死者を出した地震は、この確率論的地震動予測地図において、比較的リスクが低いとされてきた場所で発生している。この矛盾からだけでも、確率論的地震動予測地図およびその作成に用いられた方法論に欠陥があること、したがって破棄すべきであることが強く示唆される。またこれは、昨今の一連の固有地震モデル(およびその類型である地震空白モデル)に対しても否定的な結果2-4を示しており、確率論的地震動予測地図を作る際に仮定した物理モデルが、本来の地震発生の物理的過程と根本的に異なる誤ったものであることを示唆している。

過去100年間で、沈み込み帯におけるマグニチュード9以上の地震は5回発生している(1952年カムチャッカ、1960年チリ、1964年アラスカ、2004年スマトラ沖、2011年東北)。この事実は、沈み込み帯の地震の最大規模は、その地質学的条件にあまり依存しないことを示唆している5。これまでも大津波は東北地方の太平洋沿岸を頻繁に襲ってきた。1896年の明治三陸津波は最大38mにも達し、2万2000人以上の死者を出した。また869年の貞観津波の高さは、記録によると、今回の3月11日に発生した津波にほぼ匹敵するものとされている。

もし、世界の地震活動度と東北地方の歴史記録が、地震の危険性を見積もるときに考慮されていれば、もちろん時間・震源・マグニチュードを特定するのは無理としても、3月11日の東北地震は一般には容易に「想定」できたはずである。とりわけ、1896年に起きた明治三陸津波はよく認知されており、かつ記録もなされているので、こうした地震への対策は、福島原子力発電所の設計段階で検討することは可能であったし、当然そうすべきであった。


多くの予算が「予知」の幻想とともに投入されたのは事実であろう。そして、大地震は、駿河トラフでも南海トラフでもない、また活断層として危険視されてきた場所でもないところばかりで起きた。すなわち、「大地震はいつどこで起きるかわからない」ということが、現在の正しい言い方であろう。しかし、それは結果論にすぎない。

残念ながら日本政府は、このようなマグニチュード9クラスの地震が東北地方を襲う危険を予知することができなかった。だが、もし歴史的記録がもっとよく揃っていたなら、データ間の矛盾を見逃さなかったなら、大震災の危険性を十分警戒することができたかもしれない。

p72-73
 地震学者というと、イコール「予知」と連想する読者は多いはずだ。しかし、そうした世間一般のイメージと、現在の地震学者が取り組んでいる研究内容は遠く離れているのが実情である。
確かに地震予知をめぐっては、がっては、「もうすぐ地震予知ができるだろう」と思われていたが、研究が進むほど難しさがわかってきた。それだけに、地震学者の研究対象は、地震予知を直接的にめざすことからは離れ、地震の仕組みを解き明かすという基礎的な研究に向かう。
その地震研究でわかったことを基に、将来起きる恐れがある地震像を描いたり、緊急地震速報や津波警報を早く正確に出したりすることで被害を減らすことに役立てようとする研究が行われてきた。しいて言えば、「将来、地震予知に役立つ可能性がある」とは言えるが、多くの地震学者はその将来が「近い」とは考えていない。
予知と地震学者との距離は、時間経過とともに広がっており、日本の地震学者を語る場合、それはそのまま、地震予知研究の歴史とも重なってくる。


「予知」と「予測」の違い

地震の「予知」と「予測」はどう違うのか。
一般的に「予知」は地震の直前、長くとも数日前に発生を予測することで「短期予知」「直前予知」とも言われる。
「予測」は、数ヵ月以上にの期間で地震が起きる可能性を確率で示すもので、期間の長さで「中期予測」や「長期予測」とも言われる。
しばしば報道にも登場する、 「南関東でマグニチュード(M)7程度の直下型地震が30年以内に起きる確率は70パーセント」 「富士川河目0 層帯でM8・Oの地震が50年以内に起きる確率は最大30パーセント」 などは、長期予測にあたる。

長期予測は、文部科学省の地震調査研究推進本部(地震本部)が日本近海での海溝型地震や内陸の主要な活断層について、地震が起きると考えられる場所、起きそうな地震の規模、30年率50年以内に地震が起きる確率を推計して発表している。
東日本大震災後の2011年5月6日夜、当時首相の菅直人が浜岡原発の運転停止を中部電力に要請したことを発表したとき、その理由としたのが、 「東海地震が30年以内に起きる確率は87パーセント」 という、地震本部による東海地震の長期予測だった。一般に地震予知は、
「いつ (時)」
「どこで (場所)」
「どのくらいの(規模)」
地震かという3要素を、精度高く予測することが必要だが、長期予測の場合「いつ」が、「30年以内に20パーセント」など確率で表現される。
政府の地震調査委員会は、M7クラスの首都直下型地震が発生する確率について、「今後30年以内に70%」と、高い数値の予測を出しているがこれは予測であって予知ではない・・・!30年以内に来なければ残り30%でいくらでも言い訳が効くのだが、
p161
劇薬、と呼ばれた地震予測の記事がある。

「首都直下型 4年以内70% 地震活発切迫度増す M7級 東大地震研試算」
2012年1月23日、読売新聞か上面で報じ、あまりの反響に各社加後追い報道をした。
地震調査研究推進本部は、首都直下を含む南関東でM7級の地震が起きる確率を「30年以内に70%」としているだけに、まったく違う予測手法で、大きな意味は持たない予測だが、それにしてもその数字の大きさは衝撃的だった。
これは予測記事であって、一般人の私にとっては地震予知情報と捉えてしまった。

だが、予知と予測はまったく違う、目から鱗!まぎらわしいではないか!
予知がまったく不可能であれば予測もあてにならないのである。

本書は、地震予知はいかに不可能であるか延々書き綴っている。

p156-159
あの「予知」はどこまで信用できる?

 既に述べたように、専門家の知識を結集して、気象庁が24時間体制で異変が起きないか監視している東海地震ですら「予知は困難」という状況のもと、ネットや週刊誌に、時期を特定した民間の研究者による「地震予知」の情報が載ることがある。
 これらは、信頼できるものなのだろうか。
 在野の研究者も含めた一般からの「地震を予知した」といった情報は、気象庁や地震学者のもとにも届く。そうした情報に対して、気象庁や日本地震学会は見解を示している。

 気象庁による説明では、東海地震が予知に必要な科学的な観測や常時監視体制が整っている唯一の例であるとした上で、「それ以外の地震は直前予知ができるほど現在の科学技術は進んでいない」 と断言している。

 日本地震学会も同様の見解を示したうえで、 「阪神大震災のような、いわゆる直下型地震の予知はさらに困難です」と、Q&A形式で答えている。                                                         巷間で出されている地震予知情報に対して気象庁は、「日時と場所を特定した地震を予知する情報はデマと考えられます」 「地震言は科学的なメカニズムが説明できていない」と注意を促しているが、それでも地震予知に関する情報がネットや雑誌にしばしば登場する。

中には「当たった」という主張も少なくない。
 これには理由がある。
 日本は地震が多い国だから、ぼやかした「予知」をしていれば当たる確率が高いのだ。
 地震は日常的に起きているから、
 「動物の異常行動」
 「地震雲」
 「天気」
 こうしたお馴染みのキーワードで象徴されるようなことを観察していた結果、ちょっとした異常があったあとにも地震が起きる可能性は高い。すると、統計的に関連性が薄い、あるいは関連を意味づける理論的な裏づけが合理的でなくても、結果として「当たった」と主張できてしまう。

 例を示そう。
 2012年に日本では震度4以上の地震は81回、4日生にI回、起きた。
 震度―以上の地震だと3139回。これだと1日あたり8・6回起きている。
 体に感じない地震も含め、マグニチュード(M)3・O以上の地震だと1万204回もあり、M4・O以上の地震も1604回あった。
つまり、「明日、東北地方で地貢があります」と予知すれば、ほぼ確実に当たるっもっともらしく、何らかの観測データを示したうえで、時期や場所を絞り込んだ形で、
 「1週間以内に関東地方でM5の地震が起きる」
 とする予知であっても、内容を統計的に考えると、当たって当然の予知だ。さらに限定した形で、
 「5月10日からの1週間で、茨城県沖でM6の地震が起きる」
 と予知して、5月20日に千葉県沖でM5の地震が起きたら「規模や場所に誤差はあったが、ほぼ的中した」と主張するかも知れないっ千葉県や茨城県沖は地震が多い場所であるからランダムに予測しても地震が起きる可能性は高い。

 地震は、 マグニチュードは1違ったらエネルギーの規模は30倍も違うから、M6と予測してM5だったら「誤差」と言えるほどの小さな違いではないだろう。

  東日本大震災後、M9の南海トラフの巨大地震や首都直下地震のような大地震の被害想定が発表されることが多くなったが、これは「敵」である地震の大きさを仮定して防災対策を進めるため、「いずれ起きる可能性があるだろう」「ひょっとしたら、ここまで大きい地震があるかも知れない」という地震を想定しているだけで、急に地震学のレベルが高くなって、いろんなことがわかったということではない。
先にも述べたように、起きる時期を特定しておらず、いわゆる「地震予知」でもない。

 国や自治体が防災対策のために作る新しい想定で、従来にはなか゜だ大きな地震が想定されるのは、M9という想定外の地震が東北沖で起きたから、その延長で他の地域も考えようとしているに過ぎない。

 落とした皿が割れる例言言えば、ある皿が、これまでとは違って粉々になってしまったから、別の皿も粉々になる恐れがあると考えているような予測だ。
 ただ、何百枚に1枚ある不良品を事前に見つけ出すことはできず、たぶん、次に落とす皿は不良品である確率は非常に低いが、次の皿ではない、とも言いきれない。丹念に調べて、この皿が粉々になる皿だと思っても、実際に落としてみなければ結果はわからない。
私は不思議でならない、予知がまったく不可能なのはその方法が間違っているとは思わないのか???確かに週刊誌に×月×日○○沖M7.5地震と巷の地震予言も一度も当ったことがない。

筆者および地震学者の多くは間違った方法に固執し、在野の研究者の研究を頭から否定している。ここらへんが朝日新聞の編集委員をしているだけはあって、不愉快な上から目線である。

しかし、一人だけ半分認めている人がいる。東京大学名誉教授上田誠也氏だ。
p114-117
予知学者たち

社会が期待する地震の直前予知に挑戦している研究者は、どんな人々なのか。
従来の研究テーマから離れて、新しい研究に取り組み始めたとき、東京大学名誉教授の上田誠也は、米国在住の学者から言われた。

「アメリカでは、みんなセイヤはクレージーになったと言っているよ」
新テーマは、地中を流れる電流の観測から地震予知を目指す「VAN法」と呼ばれる研究だった。

東京大学地震研究所の看板教授の一人だった上田は東大の定年退官を前に、この研究に取り組み始めた。日本で取り組む学者はおらず、現在でも学界の関心が薄い傍流の研究であり、地震学者の中で有望視されているとは言い難い。日本の先輩研究者からも、
「晩節を汚すことになるぞ」
と言われたほどだ。
上田は、プレートテクトニクス、岩石磁気学、地球熟学の研究で世界的に知られる学者だ。地球のダイナミックな動きを読み解く岩波新書「新しい地球観」を3週間で書き上げたことがある。

東大紛争が一段落したころに起きた地震研紛争――教授か技官に暴力をふるったことをきっかけに起きた紛争で、研究所に出入りできなかったとき、多くの作家が愛用することで知られる東京・駿河台の山の上ホテルにこもって書いた。

研究の流れを追いながら地球のダイナミックな動きを読み解いた力作だ。1971年に出版されると、中高生を魅了し、翻訳されて海外でも読まれた。
「これを読んで地球科学の研究を志した」
という研究者も少なくない。上田が2011年に国際会議に出席のために滞在していたオーストラリアのメルボルンでも、たまたま訪れたレストランで仲間と酒を飲んでいたら、偶然居合わせた日本の女性研究者が上田を見つけ、「先生の本を読んで、研究者を志しました」と声をかけてきた。

そんな上田が新テーマに挑むきっかけになったのは、ギリシヤの学者が書いたいた論文だった。
国際的な学術雑誌の編集を任されていたとき、長く掲載されない論文を見つけた。それがVAN法との出会いだった。
「多くの偉い人たちが駄目だと言っていたが、エッセンスは悪くないと思い、掲載した」と、上田は振り返る。ギリシヤに実験を見に行った。粗末な汚い機器だったが、まともな物理実験であり、研究者も立派だと感激し、その真摯な姿勢にも感銘を受けた。
プレートテクトニクスは、大事な部分の研究が終わっていた。今までの名声に頻って暮らすのも悪くないが、直接、世の中の役に立つことをしてみようと思った。
「音楽と音響学が違うように、地震予知と地震学は違う」
と上田は考えている。それまで地震予知に取り組む日本の研究を見ていて、このやり方では地震の予知は困難だと考えていた。

東海大教授の長尾年恭は、東大地震研の上田研究室で博士課程を終えた。上田がVAN法に傾いていくのを間近に見ていた。金沢大の研究者になってテーマを選ぶとき、深海掘削にするか地震予知にするか二つの選択肢があった。
「深海掘削は通常の科学だから誰でもそれなりに成功する。せっかくの人生なのだからチャレンジングなことをやりたい。面白いテーマに賭けたかった」
上田が東海大に移ると、長尾も続き、2人で研究を続けてきた。国からの支援は乏しく、苦戦を強いられている。

2012年9月、大阪で地震予知研究国際フォーラムかあった。上田は、
「阪神大震災以降、基礎研究重視の美名のもと予知が敵前逃亡的に放棄されてきた」と力説した。長尾は、各国の電磁気的な地震予知研究を説明し、
「地震に先行する電磁気現象はある」
と研究の必要性を訴えた。ただ、聴衆は100人ほどだった。
さすがに大朝日新聞の編集員である。超上から目線・・・・なぜ朝日新聞の読者が激減しているかよくわかる!

20年後30年後まだ予知など無理かもしれない。でも、たとえ100年後でもいい、いつの日にか現在の地道な研究をすることで、予知ができるようになればいいと思うのだが・・・できない言い訳ほど聞いてて聞き苦しいものは無い。

前向きに地震予知を目指すことが無駄だと言う筆者黒沢より、疑似科学と揶揄されても地道に研究する研究者を応援したい。予知が無理だと主張する研究者に無駄な予算をつけるべきではない。

現在話題を集めかつ科学的(もしかしたら疑似科学)な地震予知のリンクです。
横浜地球物理学研究所】は正論ですが・・・・


2012年12月14日発売の写真週刊誌「FRIDAY」のインタビューで串田氏は、「琵琶湖周辺でマグニチュード7.8の直下型地震が起こる可能性がある」と予測し、FM電波の異変は「第4ステージ」を迎えたとしていた。しかし、琵琶湖周辺で大規模な地震は発生せず、地震発生予測は後ろ倒しになっていき、段階は「第5ステージ」「第6ステージ」とどこまでも続いている。
   また、2013年8月31日のZAKZAKの記事では、「早ければ9月前半にも近畿圏でM7以上の大型地震が発生する可能性がある」と警告したが、こちらもまた予測は外れてしまった。





 今、最も信頼を集めている「地震予測」は、地震学者の手によるものではない。地震学を専門とせず、地震学会からも距離を置く門外漢の学者が、独自の手法で次々と地震予知を的中させて注目されている。

その人物とは、東大名誉教授の村井俊治氏。1992年から1996年まで国際写真測量・リモートセンシング学会会長を務めた「測量学の世界的権威」である。村井氏が用いるのは測量学を応用した予測法で、全国で約1300あるGPSの電子基準点のデータを追跡して地殻の微少な変動を計測し、地震の「前兆現象」をとらえるという。

村井氏は驚くべきことに、5月5日以降、計4回発生した震度5以上の地震をすべて的中していた。村井氏は、本誌5月30日号でこう話している。

〈現時点で注意が必要なのは北海道の函館の周辺です。(中略)函館はこれまで見ていてかなり特殊な基準点で、少し離れたところで地震が起きる際にも前兆現象が確認されることが多い。たとえば、2003年に起きたマグニチュード8.0の十勝沖地震の際にも函館の基準点は動いていた。浦河沖で小地震も観測されているので、函館だけではなく道南の広い地域で警戒が必要です〉

北海道だけではなく、津軽海峡を隔てた青森でも注意が必要だと語った。

〈東日本大震災も含めた4年間の隆起沈降の記録を分析したところ、東北6県のうち、青森の基準点だけはほかと異なる動きをしていて、北海道と連動していたんです。距離的にも函館に近い青森は注意していたほうがよいでしょう〉

村井氏はその後も顧問を務める民間会社JESEA(地震科学探査機構)のメールマガジン『週刊MEGA地震予測』の中で「函館周辺は要注意」「青森県北部は要注視」と繰り返し呼びかけた。

すると7月8日に北海道南部の石狩地方で震度5弱を記録する地震が発生。8月10日には青森県東方沖を震源とする震度5弱(青森県三八上北)の地震が起きたのである。

7月5日には岩手県沖地震(震度5弱)が発生。これについても、村井氏は毎週のようにメルマガで〈東北・関東の太平洋岸では隆起が非常に貯まっており、いつ地震が起きてもおかしくない〉と警告していた。

圧巻は9月3日午後4時に配信されたメルマガの予測だ。栃木県を今年初めて「要警戒」と指摘したうえでこう解説した。

〈長野県、群馬県、栃木県、岐阜県の山脈地帯にまとまって異常変動が見られました。上記4県に5センチ超の異常変動があります。要警戒です〉

その直後の午後4時24分頃、栃木県北部で最大震度5弱(日光市)の地震が発生したのだ。

村井氏は決して成果を誇らず、「私の予測法は、まだ場所や規模、日時を正確に提示できるような段階にはありません」と今後の課題を語る。

しかし多くの地震学者たちが長年提示してきた予知がほとんど空振りだったことを考えれば、もっと注目されていい。日本の地震学の最高峰とされる東大地震研究所さえ、2012年1月に「M7級の首都直下型地震が4年以内に70%の確率で起こる」と発表した後に「50%以下」と撤回し、世間を混乱させた程度の精度と自信度なのだ。

■村井氏が顧問を務めるJESEAでは毎週水曜日にメルマガ『週刊MEGA地震予測』を月額216円で発行している。詳しくはhttp://www.jesea.co.jp/

※週刊ポスト2014年9月19・26日





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3.11福島原発事故で、日本において原発はストップしてしまいまして新規設置は難しくなっている。核廃棄物の問題等、現在の技術ではまだ解決できてない問題は山積している。

地球温暖化と二酸化炭素の関係は何とも言えないが、地球全体を覆う異常気象は何十億年もかけ地中に封印してきた二酸化炭素が大気に放出され続けていることと無関係ではないだろう。新興国のエネルギー不足の解消のために、新興国を中心に原発の新設は絶対に避けられない。先進国が止めさせる権利もなければ、新興国が石油・ガスによる発電を行うより地球環境にとっては良いはずだ。

人類は古代文明が勃興して以来、国家・社会や文明は、エネルギーを失うと衰退し、逆に新エネルギーを活用して産業革命を興し文明を大きく進化させてき。

人類科学と「文明は、薪・炭・石炭・石油・LNG・原子力と新たなエネルギー源とともに進歩してきた。3.11後、再生可能エネルギーへ転換すべきとの声も高まったが、風力、太陽光、地熱、潮力など宇宙太陽光発電でもできない限りエネルギーの転換効率が極めて低少である欠点がある上、開発や発電に膨大なコストがかかり、再生可能エネルギー先進国ドイツは脱原発政策が完全に失敗だと認めた。

 太陽光や風力には24時間、365日を通じで、産業や家庭が必要とする一定量の安定供給をまかなう基幹電源たる資格がない。安定供給の最善ともいえる方式が原発だからこそ、原発が存在し、先進国では約25%、世界全体でも12%の電力を担っていますとはいえ、50年前の技術でできた旧式の原発の危険性は3.11後広く認識されるようになった。50年前の旧式技術の延長で、中国人や朝鮮人が作った原発が新興国に普及したらとんでもない事故が多発する可能性があり杞憂してしまう。トリウム溶融塩炉高温ガス炉小型原子炉であれば安全性が高く基幹電源の責務をになうことができるであろう。さらに進化した核融合炉などの出現が望ましい。

できれば原発というだけで脳内活動を停止している単細胞の反原発派の諸君に最新原発技術を紹介したいと思います。

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2030年の実用化目指す

 東京電力福島第1原発事故の教訓を受け、過酷事故のリスクが低い次世代の原子炉「高温ガス炉」が脚光を浴びている。放射性物質の放出や炉心溶融などが起きないとされ、2030年の実用化を目指して実験が進んでおり、国は研究開発を積極的に推進していく方針だ。(伊藤壽一郎)


自然に停止

 ヘリウムガスを冷却材に使う高温ガス炉は、基本的な仕組みは既存の原発と同じだ。ウラン燃料の核分裂反応で生じた熱でタービンを動かし、電力を生み出す。だが過酷事故の発生リスクは極めて低いという。

 茨城県大洗町にある日本原子力研究開発機構の高温ガス炉の試験研究炉「HTTR」。ここで4年前、運転中に炉心冷却装置を停止する実験が行われた。福島第1原発事故と同じ状況だ。原子炉は、いったいどうなったか。

 「何も起こらず自然に停止した。何もしなくても安全だった」。同機構原子力水素・熱利用研究センターの国富一彦センター長はこう話す。

 炉心冷却を停止すると、通常の原発は温度上昇で危険な状態に陥る。しかし、HTTRは停止とほぼ同時に原子炉の出力がゼロになり、温度は一瞬上昇しただけで安定していた。放射能漏れや炉心溶融は、もちろん起きなかった。                                                         水を使わないため、水素爆発や水蒸気爆発の懸念もない

炉心溶融せず

 高温ガス炉の安全性が高いのは、燃料の保護方法、炉心の構造材や冷却方式が従来と全く異なるためだ。

 既存の原発では、運転時の炉心温度は約300度。燃料の被覆材や、燃料を収める炉心構造材は耐熱温度が千数百度の金属製で、冷却材には水を使う。福島第1原発事故は冷却手段が失われ、炉心は2千度前後の高温になり溶融して燃料が露出。溶けた金属と冷却水の水蒸気が反応して水素爆発を起こし、放射性物質の飛散に至った。

 これに対しHTTRの炉心温度は950度と高いが、球状(直径0・9ミリ)の燃料は耐熱温度1600度のセラミックスで覆われており、これを2500度の超高温に耐える黒鉛製の炉心構造材に収めている。冷却材のヘリウムガスは化学的に安定で燃焼しない。これが炉心の高い熱エネルギーを運ぶため、高温ガス炉と呼ばれる。

 冷却手段が失われても炉心は理論上、1600度を超えないため、燃料の被覆が熱で壊れて放射能が漏れることはない。黒鉛製の構造材も溶融しない上、放熱効果が高いため自然に熱が逃げて冷える。

 水を使わないため水素爆発や水蒸気爆発の懸念もない。核分裂反応も、冷却停止で炉心温度がわずかに上がると、ウランは分裂しない形で中性子を吸収するため自然に停止するそうだ。                                                                                  950度での運転を実現した日本は、研究のトップを独走

海外の追い上げも

 高温ガス炉を循環するヘリウムガスの熱は、水素製造など幅広い用途が期待されている。水を熱分解して水素を作るには通常、約4千度の熱が必要だが、同機構はヨウ素と硫黄を利用し約900度で製造する方法を開発しており、燃料電池用などの水素需要に応えられるという。

 高温ガス炉は既存の原発と比べて発電コストが3分の2、使用済み燃料の量は4分の1で、水を使わないため海岸ではなく内陸にも建設できるなど利点は多い。

 ただ、規模を大きくすると冷却効率が下がるため、発電出力は大型原発の4分の1の30万キロワットにとどまるという課題もある。このためHTTRは1991年に着工、98年に初臨界を達成しながら、長く注目が集まらなかった。

 ところが東日本大震災で「規模より安全」が重視されると一躍、存在感が高まった。政府は4月に策定したエネルギー基本計画で、次世代原子炉として研究開発の推進を明記。文部科学省の作業部会が9月に開発計画を発表する見通しだ。

 世界で稼働している高温ガス炉は現在、HTTRと中国の700度の試験炉だけ。950度での運転を実現した日本は研究のトップを独走している。
だが中国と米国は試験炉の次の段階である実証炉の建設計画が進行中で、韓国でも950度の実証炉の検討が始まっており、追い上げが激しくなってきた。

 国富氏は「安全技術は既に確立している。海外勢に追い越されないように日本も早く実証炉を作り、2030年ごろの実用化を目指したい」と話している。



【3月23日 AFP】東芝(Toshiba)は23日、米ソフトウエア大手マイクロソフト(Microsoft)創業者のビル・ゲイツ(Bill Gates)氏の出資する米原子力ベンチャー「テラパワー(TerraPower)」と、次世代小型原子炉を共同開発することについて検討を開始したと発表した。

日本経済新聞(Nihon Keizai Shimbun)によると、この小型の次世代原子炉は「TWR(Traveling-Wave Reactor)」と呼ばれ、燃料に劣化ウランを使用する。現行の軽水炉が数年ごとに燃料交換が必要なのに対して、TWRは燃料交換なしに最長100年間の発電が可能だという。

テラパワーは米ワシントン(Washington)州を拠点とする専門家グループで、ゲイツ氏が主要株主。小型の原子炉により「エミッションフリー」のエネルギーを供給する方法を研究開発している。

現行の大規模発電所と異なり、小型原子炉は、市や州単位、または発展途上国などで、より容易に導入することができるとみられる。

東芝の広報担当者によると、両社は情報交換を開始したばかりで、「開発や投資について具体的に決定した事実はない」という。ゲイツ氏とテラパワーの経営陣は前年、東京近郊の東芝の原子力発電研究施設を訪問していた。
 進行波炉(TWR、Traveling Wave Reactor)と呼ばれる次世代型原子炉の研究開発を行うアメリカ合衆国ワシントン州のテクノロジー企業である。筆頭オーナーはビル・ゲイツ。

進行波炉(Traveling Wave Reactor)
主な特徴

イメージ 21.劣化ウラン(U238)を燃料とすることが可能なので、従来は核燃料を精製する際に廃棄物として捨てられていた副産物を燃料とできる。廃棄物は世界中に大量に貯蔵されているので燃料には困らない。

2.核分裂性物質(U235)が必要なのは点火時のみ。

3.一旦燃料に点火すれば、燃料供給も、使用済み燃料の除去もなしで50~100年(理論上は無限に)動き続けることができる。

4.核燃料の精製施設、再処理施設が不要

5.ウラン濃縮が不要なため核兵器の拡散を防げる

An Introduction to TerraPower
進行波炉
燃料である劣化ウランに点火された後、その反応の波が、60年以上かけてゆっくりと進行する炉であることから、進行波炉と呼ばれている。              
東芝の小型高速炉(4S)
イメージ 4イメージ 3http://www.toshiba.co.jp/nuclearenergy/jhttp://www.toshiba.co.jp/nuclearenergy/jigyounaiyou/image/s4_02.gif
                                                  「ゼロへのイノベーション」ビル=ゲイツ、エネルギーについて語る。日本語字幕
http://www.ted.com/talks/lang/jpn/bill_gates.html
http://www.ted.com/images/ted_logo.gif                                  
加圧水型原子炉(PWR)や沸騰水型原子炉(BWR)との違い               
1. 現在の原子炉の燃料は、ウラン235。 ウラン235は自然界に存在するウランのうち0.7%しか存  在しない。 核燃料として使うには、貴重なウラン235を濃縮・再処理しているのが現状。 

2. 進行波炉は圧倒的に豊富なウラン238を使用できる。 天然に産出するウランの大部分は、ウラン 
238が占めている。 ウラン238は核分裂をほとんど起こさない。

3. 進行波炉はウラン238だけでなく劣化ウラン(使用済みの核燃料)も使用可能。 

4. 燃料の燃焼率が高く、一般の原子炉(軽水炉)の約10倍燃える。 

5. 同じぐらい発電した場合の廃棄物の量は10分の1で済む計算になる。 

6. 燃料の利用効率は現在の軽水炉の50倍以上

7. 欠点として、最初にまとめて燃料を購入することになるので、その利子が高くついてしまう。 

8. 欠点以上の、安全性や核不拡散、ウラン資源や、廃棄物の減量の面でのメリットがある。
オバマ政権によるクリーエネルギー政策
 
一般教書演説でオバマ大統領は、「2035年までに米国の発電量の80%をクリーン・エネルギーで賄う」という目標を明らかにしている。クリーン・エネルギーの枠組みには、従来の再生可能エネルギーだけでなく、天然ガス、クリーン・コール(効率的な石炭火力発電)、そして原子力が明示的に含められた。選挙公約だった「RPS」も、同じくクリーン・エネルギーの利用を義務づける「クリーン・エネルギー・スタンダード(CES)」に差し換えられている。



 TWRの開発にはゲイツ氏が私財を投じるとみられ、その額は、日経新聞によれば数十億ドル(数千億円)規模になる可能性もある。(c)AFP

超小型原子炉への期待-事故可能性が極小の原子力利用法の提案 服部禎男元電力中央研究所理事工学博士 【アゴラ

(GEPR編集部より)日本は福島原発事故、先進国では市民の敬遠によって、原発の新規設置は難しくなっています。また核廃棄物の問題は現在の技術では解決されていません。しかし、世界全体で見れば、エネルギー不足の解消のために、途上国を中心に原発の利用や新設が検討されています。

原発について、どのような考えを持とうとも、こうした世界の動きを知り、自らの仕事や社会活動の中で、その情報を活かすべきでしょう。

日本で構想されている、小型、安全性を高めた「4S」原発について発案者の服部禎男氏に寄稿いただきました。

安全を50年考えた結論は「小型単純化」

私は原子力の研究者です。50年以上前に私は東京工業大学大学院の原子炉物理の学生になりました。その際に、まず広島の原爆ドームと資料館を訪ね、原子力の平和利用のために徹底的に安全性に取り組もうと決心しました。1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故は、私の具体的な安全設計追求の動機になり、安全性が向上した原子炉の姿を探求しました。

私が動力炉・核燃料開発事業団に勤務していた1977年頃、天災を含む共通原因故障による原発での全電源喪失の危険を指摘して対策を訴えていましたが、力不足で充分には理解されませんでした。懸念が現実になったことが悔やまれます。

原発事故によって拡散した放射性物質の出す放射線量は観察されている限り極小です。そのために、福島県、東日本でこれによる健康被害が起こることはありえません。被害は放射能そのものではなく、退避したことによるさまざまな問題によって発生しております。

ですが、この低線量被曝の問題はまた機会を改め、このコラムでは安全性の高い小型原子炉の構想について紹介します。

小型化になぜ魅力があるのか

私は構想する小型原子炉を「4S」と名付けました。「スーパーセーフ、スモール、アンドシンプル」の頭文字です。

これまでの原子炉では、核燃料のある炉心に、中性子を吸収する制御棒を出し入れして、核分裂反応の量を増減させて出力をコントロールしました。

「4S」原子炉では制御棒ではなく、炉の冷却材の温度が核分裂反応の量を調整します。原子炉には、核分裂反応をする燃料の置かれた炉心があります。その周囲に冷却材があります。この炉では冷却材としてナトリウムが使われ、原子炉から熱を運び出します。

炉心の温度上昇が起こると、燃料も含め炉心内の全ての物質の密度が下がります。そうすると原子と原子の間隔が広くなるので、勢いよく跳びまわっている中性子はぶつかる相手(原子)が少なくなります。すると、より多くの中性子が炉心外に漏れ、前述のウラン235原子に飛び込むことができず、時間の経過とともに核物質の連鎖反応は続かなくなって炉の温度は下がります。

冷却材の温度を下げれば、冷却材の密度が増して中性子の周囲への漏洩が少なくなり、核分裂反応が増加して、原子炉の発熱は増加。冷却材の温度が上がれば、冷却材の密度が下がり、中性子の周囲の漏洩が増えて、核分裂反応が減って、原子炉の発熱は減ります。この現象は超小型炉だからこそ発生するのです。



図表1 小型原子炉の概念図

小型ゆえ安全性が高まり、どこにでも置ける

原発は大型化が進み、機械の数、動く装置の数が多すぎます。その結果、故障と事故の可能性が増えてしまいます。また巨大な原子炉では核分裂反応を続ける力が大きすぎ、温度をコントロールできなければ炉そのものが損壊する危険があります。

主な特徴を述べます

1. 超小型化:出力は1万キロワットから数万キロワット。 炉心の直径はわずか90センチ、高さは約4メートル。小型炉のため、部品数は原子炉部分で50個以下しかありません。これに至ったきっかけは、原子炉物理の学生としての核計算演習でした。

直径1メートル程度の細身炉心では、事故で冷却材温度が上がると密度が下がるので、中性子が炉心から逃げ出しやすくなり、原子炉は自分から核分裂連鎖反応が継続できなくなるという本質的な安全性を知ったことだったのです。

2. 自律的な原子炉の冷却:こうした構造の結果、興味深い状況が生まれます。発電の状況に応じて、自律的に原子炉の冷却が行われるのです。

発電機の出力が大きくなると、そちらにエネルギーを持って行かれるので、原子炉冷却材の温度が下がります。温度が下がると冷却材密度が上がり、中性子が漏れにくくなり原子炉の熱出力が増加するのです。逆に発電機出力が下がると、原子炉の冷却材温度が上がり、その結果原子炉の出力が下がります。完全な自動負荷追従特性が出現して制御棒無し、運転員不要という世界に例のない原子炉構想が生まれました。

3. 燃料の長期使用と安全性:米国のアルゴンヌ原子力研究所との交流によって原子炉の燃料に使われる「金属燃料」が工夫次第で長期に使える素晴らしいものがつくれることを知りました。燃料棒の本体は特殊な合金を使い、約40年の使用が可能と想定されています。

細身の炉心にして中性子の漏洩を抑える環状の反射体を設けて、それを超低速度で30年かけて上端まで移動させるという方法で、30年間燃料無交換の原子炉の構想が生まれました。ついでながら事故で燃料の温度が上がると、金属燃料は泡になってしまい、核分裂連鎖反応は全く不可能になります。

4. 場所はどこにでも:これまでの原発では電源喪失時に水は蒸発して炉心が露出してしまいます。この小型炉は冷却に水を使いません。川や海の傍らに置く必要がなくなり、またその小ささと超安全性からどこにでも設置できるため、送電線網が不要になります。

この小型炉について、理論的検証はほぼ終わりました。日本国内ばかりでなく、1997年に米国原子力開発の指導者エドワード・テラー博士の指示により、米国カリフォルニア大学とローレンスリバモア研究所によるチームでこの4S構想について、1年間成立性評価が実施されました。その結果充分成立するとの評価報告が米国エネルギー省になされました。

IAEA(国際原子力機関)は海水脱塩で、途上国などにおける飲料水作りでこのコンセプトに関心を示しました。また北アフリカや中東、最近はアジア圏諸国も注目しています。「4S」原子炉があれば、海水脱塩で飲料水を作るのに、巨大な送配電網無しで電気が作れます。

(IAEA 2002,”“Status of design concepts of nuclear desalination plants” (原子力を使った淡水化施設の設計構想の状況)項目3―12、112ページに掲載)

安い大量のエネルギーが貧困問題を解決

原子力研究の50年の教訓として、複雑な機器系統、多くの機器が使われるほど故障と事故の確率が高くなります。スリーマイル島事故は人間の運転ミス、チェルノブイリ事故では原子炉緊急停止装置の不備と故障が事故の主原因になりました。

福島の原発事故では、冷却装置の不作動で炉が高温になり部分損壊、さらに高温になった燃料被覆管の酸化などで発生した水素が爆発して放射性物質を拡散させました。これらの事故を起こした諸問題は、「4S」原子炉では発生しません。

もちろん実際の設計製造実用化には時間がかかり、乗り越えなければならない問題も多くあるでしょう。ですが「4S」原子炉の実現によって、原発の安全性は非常に高まるはずです。さらに量産化に適した設計を追求すれば、特に低コストの超小型電源が普及するでしょう。

安全な原子炉を作ることは充分可能です。超小型独立電源の実現によって、送電線のない僻地や島をはじめ、水や食糧がなくて困っている全世界の人々に、安全で低コストのエネルギーを充分に提供できます。

福島原発事故の損害の半分は、菅直人と反原発派による人災だと私は思っている。菅直人と反原発派はその自覚がまるでない。菅直人は自分が素人であることを自覚せず福島原発事故の対応を誤ったことと、反原発派による風評被害の拡大再生産であることは、このブログで何度も書いてきている。

事故が起きて日本のエネルギー政策を深く何も考えることなく情緒的に原発ゼロを打ち出し、いい加減な代替エネルギー拡充策は菅直人の負の遺産にもかかわらず、なお安倍政権になっても無策が続いている。

すでに毎年4~5兆円もの化石燃料輸入増を強いられ、貿易収支が赤字に転落してしまった。すでに全国的に電力コストが跳ね上がっており、その結果、国際競争力の弱体化、産業コスト増、生活コスト増を強いられているのです。

安倍政権が原発稼働を再開できないのは原子力規制委員会という、民主党が政権を去っても「原発ゼロ」を守るために残した「バカの壁」のおかげである。原子力規制委員会は独立性の強い3条委員会(国家行政組織法第3条に定める各省と同格の委員会)なので、どこの官庁も手が出せない。霞ヶ関の膨大な人的資源が利用できないので、委員は「個人商店」で思い思いにやっている民主主義の枠外としてしまったのだ。これは戦前の陸海軍の統帥権の濫用に匹敵する日本を滅ぼす癌細胞である。

3.11直後に反原発学者の大きな声のおかげで、過剰な放射能被曝と被爆による人体被害の安全基準を定めてしまった。今からでも遅くはない、100ミリシーベルト以下が安全であるとして南福島の立ち入り禁止区域の大部分を直ちに見直すべきだ。

放射能被曝と被爆による人体被害は、広島・長崎の追跡検査によりますと、放射線量が100ミリシーベルト以上であることは常識である。

福島原発近隣地住民の強制疎開には当初から大きな疑念があり、現状では5ミリシーベルト内外と報じられているのに、いまだに帰宅が許されないのは犯罪行為だ。

 5ミリシーベルトといえば、地上の自然界や日常的に医療などでも被曝している安全範囲内の線量であり、福島に適用されている1ミリシーベルトの除染基準は論外で、あまりにも過剰であり、強制的に避難生活を長引かされている住民たちが、逆に過剰なストレスを受けて深刻な健康被害を多発している。

先日も美味しんぼうの休載事件でもわかるように、反原発派がむりやり被害を作り出しているとしか思えない。


東京都知事選挙で細川元首相などが「原発再稼動の阻止」を訴えているのに対して、安倍政権は「原子力規制委員会が安全と認めた原発は再稼動する」という方針だ。しかし当コラムでも書いたように、再稼動の審査なるものは存在しない。規制委員会がやっているのは、2013年にできた新しい規制基準についての安全審査で、運転とは別である。運転しながら安全審査をすればいいのだ。

ところが規制委員会の田中俊一委員長は「原子力発電所の新規制施行に向けた基本的な方針(私案) 」で、「新規制の施行段階で、設計基準事故対策及びシビアアクシデント対策(大規模自然災害やテロに起因するものを含む)として必要な機能をすべて備えていることを求める」とし、「規制の基準を満たしていない原子力発電所は、運転の再開の前提条件を満たさないものと判断する」と書いている。

新規制(安全基準)が施行されたのは2013年7月だが、この段階で「必要な機能をすべて備えている」原発はないので、運転再開の前提条件を満たさない。つまり規制委員会は、新たにゼロから設置変更許可を申請させて審査を行ない、それが完了するまで原発はまったく運転できないのだ。

わかりやすく、建物の例で説明しよう。あなたの家が築40年の老朽家屋で、建築基準法の耐震基準を満たしていないとしよう。ある日、役所がやって来て「今日からどこの家にも必要な耐震基準をすべて備えていることを求めるので、建築確認をもう一度出してください。その審査に合格するまで、立ち退いてください」と言ったら、あなたはホームレスになってしまう。田中氏の言っているのは、そういうことだ。

このように新しい法律を過去にさかのぼって適用する遡及適用は憲法で禁じているが、原発の場合は新基準のバックフィットを条件つきで認める場合がある。それは安全性を高める公共の利益が電力会社の損害より大きいときに限り、法律で例外規定を明記するのが普通だ。

ところが田中私案は、このような配慮も法的措置もなく、すべての原発を一律に違法にしてしまった。しかもこの私案は、委員会規則にもなっていない私的なメモである。こんな恣意的な行政指導を認めたら、規制委員会は何でもできる。気に入らない電力会社の原発を廃炉にしようと思ったら、それが違反になるような安全基準をつくり、「今日からお前は違反だ」と宣告すればいいのだ。

この田中私案を元官僚に見せると、みんな驚く。公文書の体をなしていないからだ。おそらく工学部出身の田中委員長は、バックフィットが憲法違反と紙一重の危険な規制だということを知らないのだろう。これは彼の個人的な思いつきではなく、当時の民主党政権の意思を反映していた。昨年4月30日の北海道新聞のインタビューで、菅元首相はこう答えている。

[原発が]トントントンと元に戻るかといえば、戻りません。10基も20基も再稼働するなんてあり得ない。そう簡単に戻らない仕組みを民主党は残した。その象徴が原子力安全・保安院をつぶして原子力規制委員会をつくったことです。[中略]独立した規制委の設置は自民党も賛成しました。いまさら元に戻すことはできない。

彼のいうように、原子力規制委員会は独立性の強い3条委員会(国家行政組織法第3条に定める各省と同格の委員会)なので、どこの官庁も手が出せない。霞ヶ関の膨大な人的資源が利用できないので、委員は「個人商店」で思い思いにやっている。規制委員会は、民主党が政権を去っても「原発ゼロ」を守るために残した「バカの壁」なのだ

自民党も賛成したのは、自民党の塩崎恭久氏が委員会設置法を書いたからである。反原発派も「日本版NRCをつくる」という彼の理想に賛同したが、経産省はまったく協力しなかった。このため法律の書けない塩崎氏は設置法を民間企業に外注した。日本では知識が組織に蓄積されているので、専門家の独立行政委員会は機能しないというのが通説だが、規制委員会はそれを見事に証明した。

こうしている間にも毎日100億円の燃料費が失われ、日本経済は沈んでゆく。さすがに首相官邸も何とかしなければと思い始めたらしいが、田中私案なんか無視すればいいのだ。それには法律も閣議決定も必要ない。安倍首相が記者会見して「今日から原発は法令にもとづいて運転してください」といえばいいのである。
従来の原発が安全基準を満たせないならば、日本の原発を次世代型の「高温ガス炉」と「小型原子炉」で置きかえることができないであろうか?
安倍総理は毎日100億円の燃料費が失われ、日本経済は沈んでゆく日本経済の復活をさせたいならば、池田氏の言うように”記者会見して「今日から原発は法令にもとづいて運転してください」といえばいいのである。”とすればいいのである。
執筆中

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福島県双葉町が小学館に抗議文「美味しんぼ」で風評被害    【スポニチ】[ 2014年5月7日 20:51 ]

小学館の漫画誌「週刊ビッグコミックスピリッツ」の28日発売号に掲載された人気漫画「美味しんぼ」の中に、東京電力福島第1原発を訪れた主人公らが原因不明の鼻血を出す場面があった件で、福島県双葉町が同社への抗議を発表した。

掲載されたストーリーは、主人公の新聞記者たちが同原発の取材後に鼻血が出たり、ひどい疲労感に襲われたりする描写の後、福島県双葉町の前町長が「福島では同じ症状の人が大勢いますよ」と明かすという設定。主人公を診察した医師は「福島の放射線とこの鼻血とは関連づける医学的知見がありません」と指摘する。

これを受け双葉町は「双葉町は、福島第一原子力発電所の所在町であり、故直後から全町避難を強いられておりますが、現在、原因不明の鼻血等の症状を町役場に訴える町民が大勢いるという事実はありません」と説明。28日に同誌が発売されてから町役場に対し県外から「福島県には住めない、福島方面への旅行は中止したい」などの電話が寄せられているという。

「福島県全体にとって許しがたい風評被害を生じさせているほか、双葉町民のみならず福島県民への差別を助長させることになると強く危惧しております」と怒りをにじませ、「双葉町に事前の取材が全くなく、一方的な見解のみを掲載した、今般の小学館の対応について、町として厳重に抗議します」と締めた。

「美味しんぼ」は何も証明していない             池田信夫】2014年05月13日22:52

「美味しんぼ」が問題になっているが、率直にいって大騒ぎするような話ではない。そもそも単なる漫画であり、フィクションである。作者は「鼻血の原因は放射能だ」と思っているらしいが、この漫画は彼の思い込みを証明していない。

彼は何か誤解しているようだが、mSv程度の低線量被曝で鼻血が出ることはありえない。プロメテウスの罠」のデマについて書いたように、原爆などで一挙に数Sv以上の致死量の放射線を浴びた場合は、幹細胞が死んで血球の減少や下痢、血便などが起こることがあるが、この場合はほぼ即死だ。3年もたってから鼻血が出たとすれば、それは放射線とはまったく無関係である。
かりに放射線で鼻血が出ることがあるとしても、1例の鼻血からいえることは何もない。それは岩上安身氏の「お待たせしました。福島の新生児の中から、先天的な異常を抱えて生まれて来たケースについてスペシャルリポート&インタビューします」という「スクープ」が、何の証拠にもならなかったのと同じだ。原発事故で奇形児が生まれるかどうかは、統計的に有意かどうかで決まるので、1例からは何もいえない。

…といってもわからない人がいるので説明しておくと、たとえば「タバコを吸うと癌が増える」というのは統計的に有意な命題である。武田邦彦氏のような頭のおかしい人物以外には、それを否定する人はいない。次の図のように吸う人の発癌率は、明らかに吸わない人より高いからだ。

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これは国立がん研究センターが9万人を10年追跡して、吸う人と吸わない人を比較した疫学調査である。喫煙者が1人、肺癌で死んでも、その原因がタバコとは断定できないが、無関係だとはいえない。生物学的には因果関係があるからだ。タバコのリスク(確率的な期待値)は大きい。あなたがタバコを吸っている男性だと、癌になる確率は64%も上がる。

このように統計的に考えると、福島で1例の鼻血が見つかっても、因果関係については何もいえない。被災地で統計的に有意に鼻血が増えた場合には関係があるといえるが、そういうデータが出る確率はゼロである。低線量被曝で鼻血が起こる生物学的メカニズムが存在しないからだ。

今回の騒動は「反原発派は確率も統計も理解していない」という反原発派の第1法則の一例である。これは全称命題なので一つでも反証がみつかると否定されるのだが、不幸なことに今のところ、この法則の例外を見たことがない。

美味しんぼ 雁屋哲の鼻血は完全なるデマだった!最新話がひどすぎる!

雁屋哲が書いている漫画「美味しんぼ」の反原発プロパガンダが目に余る。
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この捻くれた顔こそが、彼の性根を表している。大人の顔は人生の履歴を表しているのだ。

言論、表現、報道の自由は相当の対価を払っても守らなければならないが、彼のくだらない信条から発する嘘は規制すべきだ。

この男がやっていることは表現活動ではなく科学的事実に反する風評被害を起こす犯罪行為である。

年間100mSv以下ではどんな反原発学者に聞いても人体に全く影響がない。

漫画のように鼻血が出るような被曝はチェルノブイリ原発事故直後のような、1000mSvを超える放射線を浴びない限りありえない。

問題場面の鼻血の原因で、考えられるのは、白血病になるほど大量被曝し、血小
板が減少した場合だ。福島の安全基準値である年間20mSvでは、体の防御機構が働くので、遺伝子の切断が増えることはない。危険性が出てくるのは、100mSvからです。年間20mSv程度では白血病にはならない。

福島県双葉町の前町長・井戸川克隆が作中に実名で登場、「私も鼻血が出ます。福島では同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです」 「私が思うに、福島に鼻血が出たり、ひどい疲労感で苦しむ人が大勢いるのは、被ぱくしたからですよ」「今の福島に住んではいけない」と、地域も限定せず、一括りに福島は人が住めないところと断言しと語る部分は問題である。

DNAは放射線で多少の損失を受けても、修復作用があり、間に合わないほど傷ついた場合は、細胞が癌化しないよう自死することが明らかになっている。それらを
口にせず、古い知識で恐怖を煽るのはいかがなものか。



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放射線医学総合研究所 の早見表を見てもらえばわかるが、日本の1に当たりの自然放射線は2.1mSvで、100mSv以下では医学的に放射線による人体への悪影響はまったく報告されていない。

福島原発事故で福島に住んで一番被曝した人で23~24mSvに過ぎず一回行っただけで人体に影響を及ぼすことなどまったくありえない。500mSvで100人に1人位が血小板が減少し鼻血が出やすくなるが、1000mSvを越えなければ放射線が原因で鼻血などでない。

福島県の調べによると被曝検査をうけた一般市民は大勢いるが、原発事故の放射線によって死亡した人どころか治療を受けた人すらいない。

ところが無理やりの避難で死亡した災害関連死したかたは複数いらっしゃるが、これは原発による問題ではない。

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ネット上で出回っている山本太郎の鼻血写真はコラ(コラージュ合成写真)らしいのだが、これと同じで、元双葉町町長の鼻血は福島原発事故となんら因果関係がない。

「美味しんぼ」は、一見科学的な事実のように見せながら、実は科学的根拠も全く無い個人的意見や体験を事実のように見せかけた「プロパガンダ」で、悪意がある。

明らかに福島の風評被害を助長する犯罪行為「風説の流布」である。


1830年代に世界で最も進んでいた米国の民主主義を学んでくるようにフランス政府から命じられた当時26歳の天才的な思想家アレクシ・ド・トクヴィルは、近代民主主義と切っても切り離せない自由とその質が、「国家の品格」に及ぼす影響について調べて米国民主主義の自由への執着の強さに驚いた彼は、知識の氾濫と行過ぎた報道の自由は、人並み優れた教育と知力に恵まれた人々が二つの道の中から、責任ある知的人物グループ (真の知的エリート)の仲間に入り、社会が直面する困難で重要な諸問題の解決策を捜し求める道か、知力を使って金儲けに走る道のどちらかを選択するようになると警告した。

日本では「知」を金儲けや自己の権威づけに利用する人々を「学商」、政治的権限や利嫌の拡大に使う人を「政商」と呼ぶ造語があるくらいだから、トクヴィルの予見は今の日本にも通ずる。

さしずめ、東京大学で量子力学を専攻した「美味しんぼ」の原作者の雁屋 哲氏は「学商」、東京工業大学理学部応用物理学科を卒業し、専門家より「原発」に精通していると自負する菅直人元首相は「政商」に当たるのであろう。

トクヴィルはまた、最近の日本の世相を当時から予見していたとさえ思える「質の悪い報道の自由の氾濫は、賢人の判断が無知な者の偏見よりも下位に置かれる社会を生み、民主主義の破壊に繋がる」と言う警告も発している。

彼が米国各地を視察した後に、31歳で書いた名著『アメリカの民主主義』の中で「アメリカの民主制度は、識者 (インテリ)とメディアの質が劣化すると(1)世論による専制政治 (2)多数派による暴政 (3)知的自由の欠如 といった形で悪化し、その結果政権の評判は落ち、政治家の資質や学問も最低のレベルに落ち、アメリカの民主制度は崩壊する危険がある」と、今から180年も前から、現在の米国の世相を正確に予知した識見には舌を巻くしかない。
日本において戦後東京裁判史観を忠実に守ってきた大手マスコミ、知を己の権威付けしてきた進歩的文化人、学商の類いが跳梁跋扈 していました。ベルリンの壁が崩壊後左翼言論人が勢いを失い、失職した奴等が活路を求めたのが環境問題であり反原発運動なのである。日本のマスコミは左翼側にある程度加担してきたが、リーマンショック後増長する中国韓国のおかげで、日本の世論は正常に戻りつつある。東京裁判史観が圧倒的に支配していた時代と異なり、最近は以前では考えられなかった嫌韓特集が売れ、日本のマスコミは舵を大きく右に切り日本は正常化しつつある。

そんななかで、小学館とあろうものが反日左翼漫画家雁屋哲の暴走を許したのか?

吉報!美味しんぼ休載!
当然糾弾されてしかるべきだ!

小学館「批判受け止める」美味しんぼ騒動                                    【スポニチ】[ 2014年5月16日20時3分 ]

東京電力福島第1原発事故による健康影響の描写が議論を呼んだ漫画「美味(おい)しんぼ」を連載する小学館の「週刊ビッグコミックスピリッツ」の最新号が、「批判を真摯(しんし)に受け止め、表現のあり方について今一度見直す」とする編集部の見解を掲載していることが16日、分かった。福島県の自治体や有識者の賛否両論を載せた特集も組んだ。

19日発売の最新号では「編集部の見解」を表明し、残留放射性物質や低線量被ばくの影響についてあらためて問題提起するために作品を掲載したと説明した。

さらに放射線の専門家や地元自治体などから寄せられた「事実と異なる」との批判や、「事実を大切にし、きちんとした視点の企画」と支持する識者の意見などを、特集記事として10ページにわたって載せた。

「美味しんぼ」は次号からしばらく休載するとしたが、編集部によると休載は以前から決まっていたという。

最新号の漫画は、主人公らが、福島県飯舘村から北海道に移住し畜産を行う男性らを訪ねる内容。主人公が「福島の未来は日本の未来だ。これからの日本を考えるのに、まず福島が前提になる」と語る場面などがある。

「美味しんぼ」をめぐっては、4月28日発売号で、主人公が福島第1原発を訪れた後、鼻血を流す場面について、福島県双葉町や大阪市などが「風評被害を助長する」などと抗議文を提出、閣僚からも批判が上がった。

原作者の雁屋哲さんはブログで「福島を2年かけて取材をして、しっかりとすくい取った真実をありのままに書くことがどうして批判されなければならないのか分からない」と反論していた。(共同)
当然の結果である。糾弾されてしかるべきである。雁屋哲は原発を批判したのではなく福島を誹謗しているのである。作品は、福島で頑張っている人たちを冒涜するもので、福島県民への差別を助長する犯罪行為だ。福島は原発で受けたダメージより風評被害の方が大きい。

私の知り合いの知的なご婦人でさえ、私がいかに福島産の食材が科学的に安全なのか説いても小学生の子供がいる彼女は福島産食材を避けている。彼女曰く「主人と私と義母さんだけだったら福島産で構わないんだけど・・・」という。彼女の行動を私は批判するが、母親である彼女の子供を思う心を批判することはできない。彼女に福島産食材を避けさせているのは、反原発派が撒き散らす放射能以上の害毒である風評だ。雁屋哲はじめ反原発派は、幼子を持つ親や、お嫁に行けないのではと怯える福島県の娘さんたちの心を踏みにじっている。

小学館ビッグコミックスピリッツ編集部は1980年の創刊より数々の名作を輩出した、柴門ふみ、「東京ラブストーリー」「あすなろ白書」「同・級・生」高橋留美子「めぞん一刻」、江川達也「東京大学物語」、浦沢直樹「YAWARA!」「20世紀少年」、吉田戦車、松本大洋「鉄コン筋クリート」「ピンポン」、花沢健吾などの豪華作家陣による作品は、次々とテレビドラマ化、テレビアニメ化、映画化され、世の中の注目を集め今年で30周年を迎える。その黎明期からスピリッツを支えた漫画が「美味しんぼ」であったが、最近はコミックの部数が低迷していて、コミックスを出す度に大幅な赤字がスピリッツ編集部に累積していた。そんななかで誰も雁屋哲に文句を言えない状態なかったことが、今回の事件の背景があると言う。
編集部は今回で打ち切りが予定していたというなら、今回の騒動はある程度予想しており、騒動が持ち上がったら「美味しんぼ」を打切ることを予定していたのであろう。連載休止の絶好の口実となったようだ。

犯罪的偏執に凝り固まる雁屋哲と双葉町の前町長・井戸川克隆は風説を流布する犯罪者である。そして、反原発派は福島の復興を妨害する日本の癌である !!!

日本の癌には放射線治療するしかないな!(笑)

5/31追記
漫画「美味しんぼ」による風評被害に、自民党が本格的に取り組み始めた。30日の党環境部会では、福島第1原発に近い福島県相馬地方(相馬市、南相馬市、新地町、飯舘村)で行われた「住民の健康状態に関するアンケート結果」が公表されたが、2011年3月の原発事故の前後で「鼻血の症状」に関する変化はほぼなかったのだ。同部会長の片山さつき参院議員を直撃した。

「部会では、漫画の中で『私も鼻血が出る』と語っていた井戸川克隆元双葉町長に党本部に来ていただき、意見を聞くべきだ、との意見も出ましたが、それよりも、もっと包括的データが大事だと考えました」

片山氏はこう語った。

注目のアンケートは、「相馬地方市町村会」と「相馬郡医師会」に、「事故前と比較して鼻血が出るようになったという症状を訴えた人がいたか」と聞いたもの。

相馬地方市町村会では、11年度に計8695人、12年度に計1万1710人、13年度に計1万1705人の健康診断を行ったが、「鼻血が出るようになった」と回答した人はゼロだった。

相馬郡医師会には医療機関66カ所があるが、「鼻血の症状を訴えた」と回答したのは南相馬市の3カ所(5・8%)。聞き取り調査に、「11年度のみ1人。気になる程度」(内科)、「検診も受けており心配のない患者だった」(内科)、「若干増えているように思う。高齢者の受診者が増えたためと考える」(耳鼻科)と回答した。

市町村会でも、医師会でも、血小板が減少して内出血する「血小板減少性紫斑病」と診断した患者はゼロだった。

片山氏は「申告件数を比較しても、事故後に鼻血が急増したとはいえない。専門家によると、鼻血が出るほどの健康被害が出るには、一度に1000ミリシーベルト以上被ばくしなければならない。相馬郡の線量はそれには届かないし、もっと第1原発に近い双葉町などは(民主党政権下で)全町民が早い時期に避難した」という。

しかし、「鼻血騒動」は風評被害を生みだしている。震災から3年が過ぎ、やっと福島県への観光客数が回復し始めたのに、県内の温泉地などでキャンセルが相次いでいるという。

片山氏は「心ない風評は、復興に頑張っている人の心をくじいてしまう。私たちは与党として正確な情報を入手し、国民のみなさんに真実を知らせる義務がある。安倍晋三首相からも『積極的な情報戦略で反転攻勢してほしい』と電話をいただいた」と語る。

党環境部会では今後も、地元の医療機関や医師から意見を聴き、客観的データを集めて、国内外に発信していくという。 (ジャーナリスト・安積明子)
反原発派というのは日本を貶めることが正義だという人なのだと思う。
そういう人種は雁屋哲のように少しばかり学歴があるが頭が悪い人達に多い。

「美味しんぼ雁屋哲は日本が大嫌い」より 抜粋
「雁屋氏は、八八年からオーストラリアに住んでいます。当時小学生だった双子の長男、長女を含む四人のお子さんの教育のために、オーストラリアに移住されたんです。今はオーストラリアが六割、取材や仕事のために日本で過ごすのが四割くらいでしょうか」

 雁屋氏は自著「シドニー子育て記」(○八年刊)の中で、良い学校を出て良い会社に入ることが良いこととされる〈日本の主流を占める価値観が気に入らない〉とし、〈子供たちを日本の教育体制からひっぺがすことにした〉と綴っている。

 雁屋氏はどのようにしてそうした考えを持つようになったのか。

学生時代から「天皇制反対」

 雁屋氏は一九四一年に北京で生まれ、終戦後、日本に引き揚げてきて東京で育つ。都立小山台高校から二浪して東京大学に進学。教養学部基礎科学科で量子力学を専攻した。卒業後、電通に就職するも四年足らずで退社。以後、漫画原作者として活躍してきた。

 学生時代の知人が言う。 「彼は思い込みの激しい男。全共闘世代だけど、ゲバ棒を持って死を賭して活動するタイプじゃなかったな。卒業後は賢く大手企業の電通に就職し、そこでバイトしていた女性と結婚したんだ。電通の中でゲバ棒持ってデモをやり、四年足らずでクビになったと聞いたことがあるけど、恰好を付ける奴だから、冗談か本当か分からない。昔から、芥川賞を取るんだとよく言っていた。

『天皇制反対』も昔から言っていたけど、当時は体制に反発することが正義だったから」 そんな雁屋氏が原作を書いた作品の一つが、「週刊金曜日」で連載された「日本人と天皇」(○○年刊)だ。帯には「近代天皇制の毒は強烈だ」とある。主人公の大学サッカー部主将が、日の丸、君が代に反対したことから大学サッカー界を追放されそうになり、そこから天皇制について学んでいく体裁を取っている。 雁屋氏の考えは「あとがき」に詳しい。日く、〈どうして日本人と生まれたら、天皇のくびきにつながれなければならないのか〉、〈天皇制がある限り、上下関係の締め付けと組織による抑圧は解消しない。道理も正義も通らない〉、〈若い人たちが天皇制と闘って、日本の社会を正気に戻すのに役立つことを願っている〉。

 五月十七日、小学館の周りには右派系市民団体の幹部ら、五十人ほどが日の丸を持って集まっていた。
 「福島にちょっと行ったら鼻血が出たって、そんなわけあるかい!」
 「雁屋哲は、日本が嫌で嫌でシドニーに逃げた反日極左だ!」 などと過激なシュプレヒコールを一方的に叫び続けていた。

現場にいた公安関係者が語る。 「今回のデモは『鼻血騒動』の一件を利用して、雁屋氏の反日姿勢をとにかく批判したいという連中が集まった印象でした」 

天皇制廃止論者の雁屋氏だが、小学館関係者は、「むしろ雁屋氏こそが”天皇”だ」と自嘲気味に言う。
 「雁屋さんは自分がおかしいと思ったことには絶対に自説を曲げないし、異論を許さない。以前、捕鯨問題の作品を書かれた時も、編集部的にはちょっとどうかという懸念がありましたが、結局、本人に押し切られたそうです。編集部が内容に意見すると、『じゃあ、辞める』『俺は降りるから』などと開き直るんです。こうした振る舞いが通る背景には、小学館の現副社長で、スピリッツ初代編集長の白井勝也氏の存在がある。雁屋さんが新人の頃からの二人の蜜月関係もあって、これまで数々の暴走も許されてきた」(なお、白井氏は、「私が雁屋さんの後ろ盾になるような関係はない」と否定した)

 八三年の連載開始当初から、「美味しんぼ」は様々な問題提起をし、時に物議を醸してきた。大メーカー製造の醤油や日本酒、味噌をこき下ろし、メーカー側から苦情が来たのは有名た話だ。八八年には当時大ヒットしていた「アサヒスーパードライ」は味の抜け
「裸の王様」だと批判。九九年には、日本のウイスキーは酒税法の関係で混ぜものを入れていて本物じゃいなどと糾弾し、サントリーが抗議した。

 批判には常に理路整然と徹底反論するのが雁屋流であり、その反諭に説得力があるケースもある。また、タブーを恐れず様々な業界に切り込むことで、作品が面白くなるのであれば、漫画原作者として非難されるべき筋合いでもないだろう。

ただ、行き過ぎも多い。00年には、乳幼児にハチミツや半熟卵を離乳食として与えることを推奨し、ボツリヌス菌やアレルギーの危険性を指摘された。この時は誤りを認め、単行本への作品収録を見送っている。

福島第一原発事故不運が重なって発生してしまった。
しかし、福島原発事故を大災害にしてしまったのは、この雁屋哲のような中途半端な
反日主義者が、己の正義を振り回し、彼らが撒き散らす風説の方が放射能より福島の人々を苦しめていることだ。

この、美味しんぼの作者雁屋哲の正体は、自己中心的な偏った人物であることを暴いた文春の記事は今回の騒動の本質が見える気がします。

わたしは今のところ原子力発電は日本にとって必要であり原発再稼働すべきだという意見ですが、雁屋哲に限らず私と意見が異なる人々は原発単体でしか見ていない。日本の経済やエネルギー政策、人類がこれから経験するかもしれない気候変動などを総合的に勘案すると、原発は無くてはならないのである。

原発による健康被害や、原発事故後の教訓を生かすには、雁屋哲のように非科学的な風説の類ほど害になるものはない。必要なのは冷静な判断と、最悪を想定したシュミレーションだ。重要な事は国民に知らせるなと言う政府やそれに同調するマスコミは確かに問題であるが、原発災害の最大の元凶は雁屋哲をはじめとする日本を貶めようとする人々=反原発派=反天皇派ではなかろうか?


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民主党政権が打ち出した2030年代の「原発ゼロ」。だが、その裏には「電気料金2倍」との試算が隠されており、実際にはそれ以上の値上げとなる公算が大きい。しかもこれが引き金になり、産業の「真空化」が起きかねない。この脱原発派にとって「不都合な真実」について前回説明した

だが、実はこれだけでは済まない。「原発ゼロ」の実現には、さらなるコストが見込まれるからだ。

まず「原発ゼロ」をうたうならば全国の原発をそのまま放置することはできない。その解体・廃炉には1基当たり300億~700億円が必要だとされる。

廃炉に伴い、放射性物質に汚染された原子炉の処分場も必要となる。使用済み核燃料の最終処分場の問題も逃れることはできない。これらの処分場設置にもっとも反対するのは、おそらく「原発ゼロ」を唱えた人々ではないだろうか。

電力会社にとって原発ゼロは「死」を意味する。原発と関連施設は、電力会社のバランスシート上で「資産」として大きなウエートを占めるからだ。原発ゼロになれば、これらの資産価値はほぼゼロ。それどころか、廃炉を見込んで減損処理しなければならない。

つまり、政府が「原発ゼロ」を正式に打ち出した瞬間に債務超過に陥る電力会社も出る可能性もあるのだ。そうなると、電力会社はもはや市場での資金調達が困難となり、政府が資本投入しなければならなくなる。もちろん原資は国民の税金となる。

高水準省エネの正体

政府が9月に打ち出した原発ゼロシナリオ「革新的エネルギー・環境戦略」には、もう一つ「不都合な真実」が隠されている。

シナリオのたたき台となった経済産業相名の資料「エネルギー・環境戦略策定に当たっての検討事項について」には、「省エネルギーの課題と克服策」として「経済的負担が重くなってでも相当高水準の省エネを実施する必要がある」と明記されているのだ。

では「高水準の省エネ」の正体とは何か。これも具体的に記されている。

「新車販売に占める次世代自動車の割合7割、うち電気自動車6割」「省エネ性能に劣る設備・機器の販売禁止」「省エネ性能に劣る空調機器の改修義務化」「省エネ性能の劣る住宅・ビルの新規賃貸制限」「中心市街地へのガソリン車乗り入れ禁止」-など。

これら省エネ設備をすべて国産でまかなうならば、あるいは省エネビジネスが景気回復の起爆剤になる可能性もないことはない。

だが、太陽光パネルはすでに中国製などに押されている。電気料金大幅値上げにより、今よりもさらに高コスト体質になった国内産業に外国企業と対等に戦える余力があるかどうかは疑わしい。他国で生産された省エネ設備を導入するならば、「高水準の省エネ」を実現するための負担は企業、そして国民にすべてツケ回される。

しかも資料では、原発ゼロ達成時の日本の貿易収支は毎年9・7兆円の赤字。財政赤字に加え、巨額の貿易赤字を抱えた日本が立ちゆけるはずがない

脱原発ドイツは…

脱原発論者は「杞憂にすぎない」と言うかもしれないが、実は先例がある。

脱原発を打ち出し、再生可能エネルギーへの転換を進めるドイツだ。一部メディアはこの姿勢を賞賛するが、負の側面はあまり伝えられない。ドイツの電気料金は過去10年間で1・8倍も跳ね上がっているのだ。

ドイツは2000(平成12)年、世界に先駆けて再生可能エネルギーの買い取り制度を導入、制度を当て込んで太陽光発電への参入事業者が相次いだ。事業者に高値で支払われる電力料金は、一般国民の電気料金に上乗せされ、2013年には標準家庭当たりの年間電気料金は現在の920ユーロ(約9万4000円)から990ユーロ(約10万1千円)に跳ね上がる。

慌てたドイツ政府は買い取り価格の段階的な引き下げを実施。10月11日、アルトマイアー環境相はついに将来的に買い取り制度そのものの廃止を表明した。

そもそもドイツは17基の原発を保有する世界9位の「原発大国」だ。2022(平成34)年までに全廃する計画だというが、現在も半数近くが稼働し、電力供給量の2割を担っている。

そのドイツが大量購入しているのは、フランスの原発が供給する電力だ。フランスは「欧州の電力供給国」と化すことが安全保障上も国益に資すると考えており、原発ゼロにする考えは毛頭ない。

政府はこのような事実を知らないのか。知っていて知らぬふりをしているのか。原発再稼働で迷走を続け、「原発ゼロ」政策の推進役を担った枝野幸男経済産業相は10月26日の閣議後記者会見で「原発ゼロによる値上げへの理解は得られると思う」と断言した。

その枝野氏が「お手本」とするドイツでは、脱原発の電気料金上昇が低所得者層の生活と産業界を直撃しており、買取制度のあり方が来秋の連邦議会(下院)選挙の争点になるのは確実な情勢となっている。

枝野氏は「原発ゼロ」がもたらす災禍をどう考えているのか。知らないならば、あまりに勉強不足だといえる。知らないふりをしているならばより罪深い。いずれにせよ、エネルギー担当相の資格はない。

民主党政権が目先の人気取りで「原発ゼロ」を推し進めるならば、2030年代の日本の惨状は目に見えている。その頃に政治責任を取る民主党の政治家は何人生き残っているというのか。ツケはすべて国民に回されることになる。

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約1年半前の記事である。この頃、反原発を叫ぶ知能指数が低い人々が国会を囲みドイツのように原発を捨て再生可能エネルギー中心の政策を見習えと騒いだが、私の予想通りそのドイツで深刻なエネルギー問題が起きている。そしてその「脱原発」は大失敗であったとドイツ人達も気づきはじめた。

ミュンヘンの有名な経済研究所「lfo」のハンス・ヴェルナー・ジン代表は、2月、『マネージャー・マガジン』 のインタビューで、再エネ電気は天気任せの「偶然電気」であり、これらの発電施設が「ほとんど無益であることがようやく明らかになってきた」
と述べている。さらに、ドイツの脱原発政策は「将来の世代に迷惑をかけ、他国に間違った例を示している」とし、「我々は、政治が技術に□を出す計画経済の世界にいるのではない」と、市場と経済性を無視した政策を強く非難。「風車の巨大な基礎は、理想のみの歪んだ政策の廃墟として後世に残るだろう」と皮肉った。

2014年2月 EFI(Expertenkommission Forschung und Innovation=研究・革新専門家委員会)といって、2006年にドイツ政府によって作られた6人の専門家からなる調査グループが再生可能エネルギー法(脱原発)は失敗である」というリポートを提出した。EFIは、教育、研究、技術開発を中心に詳細な研究をし、毎年1度、結果を政府に報告する。つまり、政府のコンサルタントといった役割を果たしており、その権威と影響はかなり大きい。

また、脱原発を進めたシュレーダー前首相も、2月14日付のWirtschaftsWocheのオンライン版のインタビューや、新著「Klare Worte(明確な言葉)」の中で、「すべての原発が22年までに止まるとは思わない」と述べている。なぜなら、「暴騰するコストが原因で、消費者と企業が政治に圧力をかけ、脱原発の期限の延長を図るだろう」から。さらに、再エネが増えればガスの発電所が必要なので、ロシアと事を構えてはいけないと言っている。ロシアがウクライナ問題で強気である点の一つは、ドイツが原発を止めてしまったことも大きく作用している。

シュレーダー前首相は脱原発の先鋒であり、2000年、彼の政権下、政府は電力大手4社との間に、脱原発合意を結んでいる。どこかの国の前首相は、首相時代は原発推進派であったが、先の東京都知事選前に突如だつ原発を言い出したのと逆なのは皮肉としか言いようがないが、脱原発を蹴った日本人の選択は正しい。


 シュレーダー前首相は、稼働中の全原発を一定の量の発電を終えたら廃炉にすること、そして、新しい原発は造らないということを取り決めたもので、2002年の原子力法改正により、法的にも効力を持った。これによりドイツは、どの原発も、それ以後の稼働年数が32年を過ぎた時点で停止することを決めた。

そして、ドイツは2000年、再生可能エネルギー法(EEG)を制定した。生可能エネルギーに突出した優先権を与え、原発を駆逐するのが最終目的である。

再生可能エネルギー法では、自然エネルギーで作ったクリーンな電力を、20年間にわたって全量が固定価格で買い取ってもらえしかも、買い取り価格は市場価格よりも数段高く発電量の制限もない。こうなると、再エネ産業への投資ほど安全確実なものはない。当然の帰結として、ドイツの風車や太陽光パネルは、ここ10年あまりで爆発的に増え続けた。

その後2010年、メルケル政権が、リーマンショック後のドイツ経済を立て直す為、脱原発の期限を延長した。そして、電力会社は、稼働年数を延長してもらった代わりに、核燃料税という税金を支払うことが取り決められた。

ところが2011年、3.11福島原発事故直後、ヒステリックな緑の党などのドイツ市民世論に推され、メルケル首相は、突然2022年までに脱原発ということを決めた。当然電力会社は、約束違反をした政府に対し「核燃料税」の支払いを拒否した。しかし、政府はそれを認めない。裁判を起こしているが、民間企業である電力会社は「核燃料税」の納付ができないとして、皮肉にも廃炉予定前に原発を廃炉し始めた。

今後ドイツは深刻な電力不足に陥る可能性が高く、安定電力が確保できなければ、
電気を多く使用する企業は、多くが外国に出て行かざるを得ないことは火を見るよりも明らかだ。
※ドイツでは現在電気を多く使用する企業は国際競争力を落とさぬよう再生可能エネルギーの助成金負担を大幅に免除されているが、それが、政府の不正な企業保護として、EUでやり玉に挙がっている。

もしも大規模な停電が起これば、産業国にとっては致命的だ。電力会社にとっても、一般企業にとっても、停電以上の悪夢はない。不安がつのれば、電気を多く使用する企業以外も海外移転を考えるだろう。今後電力が安定的に供給されなければ工場を東欧諸国に移転する動きが加速し、一人勝ちのドイツ経済は凋落していくことが予想される。

ドイツの原子力発電所
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再生可能エネルギー法は電気代を高騰させるのみで、気候変動の防止も技術改革も促進しない。 

その理由として、電力生産における再生可能エネルギーの割合は、2000年に同法が施行されて以来、7%から23%に伸びたが、そのため巨額なコストが掛かった。今では、消費者の支払う電気代の5分の1が再生可能エネルギーの助成金に充てられ消費者負担の増大が強いられている。成金総額は昨年には160億ユーロ(2・2兆円強)と2000年比でほぼ14倍。消費者の負担も年々増え続けて、ドイツ家庭の電気料金は今では42円/キロワット時と世界で1・2を争うレベルになっている(日本の場合は20円前後)。

大量の血税をつぎ込んで太陽光・風力による発電量がどれだけ伸びたかというと、総発電量に占める割合は昨年実績で12・4%に過ぎない。ドイツの電力ピークは暖房用の冬であるが、再生可能エネルギーの太陽光は電力ピーク時ドイツは冬の厚い雲に太陽光が遮られまったく役に立たない。ドイツの冬は太陽など滅多に出ない。そのうえ、風のない日も続く。だから、年間の稼働率を見ると、風力が17%、太陽光
に至ってはたったの10%だ。

陽も照らず、風も吹かない日の電力は、原発と火力発電所がバックアップしている。冬場で電気の需要の多い日、天候に恵まれないと、当然、ピーク需要のほぽ100%をバックアップしなければいけなくなる。だから、既存の発電所を減らすわけにはいかない。したがって、現在、ドイツの発電施設の総容量は、再エネと既存のエネルギーがダブつており、ピーク需要の2倍以上(1億8000万キロワット)、完全な過剰設備だ。

さらに、再生可能エネルギー法は技術開発の足を引っ張っている。何故なら20年間有効の全量固定価格買取制度がある限りコストを負担して新しい技術を開発しようというモチベーションが働かない。当然再生可能エネルギー法制定後ドイツのメーカーの技術的競争力は向上していない。太陽光パネルの価格が下がっているのは、助成金が促した量産効果で、技術進化によるものではない。しかも、安いパネルは中国から入ってきており、ドイツのメーカーは次々と倒産に追い込まれている。

ドイツの再エネで一番期待が掛かっていたのは、太陽光ではなく、風力発電だった。特に北ドイツは風が強く、太陽光発電に比べて稼働率も生産性も比較的安定している。すでに今でも、陸の風力発電は、再エネの総発電量の3分の1を占め、しかも助成金は太陽光よりずっと低い。

だが、風力も、無風の時もあり、不必要な夜間に風が吹き、猛烈に電気を発電しすぎることがある。ドイツ全土で太陽も照り、風も強い日にはどうなるかというと、今度は電気ができ過ぎる。いくら電気が作られても、蓄電ができない現在の状況では、電力は過剰になる。でき過ぎた電気は貯めておけないので、捨て値で市場に出されるため、電気の値段を暴落させる。日によっては、卸取引市場のスポット価格がマイナスになり、お金を払って隣国に引き取ってもらう場合さえある。

 さらに、行き場を失った大量の電気が隣国の送電網に流れ込んで、送電網を破壊し障害を生じさせる事態も起こっている。チェコやポーランドは国境近くにドイツからの電気を遮断できる装置を建設して、自国の送電網を守る動きに出ている。

電気が過剰に生産され、卸値が暴落、あるいは、マイナス価格になると何か起こるかというと、再エネの買い取り価格と市場への卸値との差が広がり、庶民の負担する助成金がさらに増えることになる。結局税金が使われ、まったく無駄である。

2011年、3.11福島原発事故後メルケル政権が180度脱原発に転換する際、「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」を設置した。倫理委員会は学識経験者や知識人で構成される。ヒトラー時代のドイツで、医学や科学が非人間的な行為に走ったことへの反省である。

ところが倫理委員会のメンバーは、社会学者や哲学者などのほかに聖職者が3人、委員長は元環境大臣と金属工学が専門の教授。原子力の専門家も、電力会社の代表も召喚されていなかったのである。原子力についても、電力供給についても、基本的なことすら知らない人間が、脱原発を推進したのだった。

結局こういった脱原発派の愚かな善意は、国民の負担となって降りかかってきたのだ。ドイツ人の自業自得である。だが、ドイツだけの話ではなく、ドイツの脱原発は地球環境の悪化をもたらしている。ドイツの電気は今でも45パーセント近くを石炭と褐炭に頼っている。これからは、天然ガスも増えるし、CO2の排出は確実に増加する。

2011年に原発8基を止めて以来、その分の多くを格安燃料である褐炭と石炭発電で補っており、C02の排出量が2年続いて増加した。同じ量の電気を作るときのC02の排出量は、すでにフランスの10倍である。 それだけではない。完全な脱原発に備えて、現在、ドイツでは、石炭・褐炭の火力発電所を建設中だ。停止される原子力の代わりになるのは、基本的に火力であり、自然エネルギーではない。その現実に、ドイツ人は今ようやく気づき始めているところだ。

結局、ドイツでの「脱原発政策」は、原子力発電所を閉鎖した分石炭火力発電所を建設することになり、技術開発力を弱め、さらに、電気代を高騰させ、Co2排出削減に逆行し気候変動の悪化をもたらし地球環境を悪化させ、大失敗である。

日本でドイツの脱原発を見習えと叫んでている人たちは、こういう現実に、おそらくわ
ざと目を向けないであろう。ドイツを見習えと叫ぶのは、従軍慰安婦や歴史問題で騒ぐ朝鮮人・中国人、そして脱原発を騒ぐ反日日本人達の常套句である。

再生可能エネルギー開発を止めろとは思わないし、今後も続けるべきであるが、現実問題として、安倍総理は一刻も早く民主党政権の負の遺産である脱原発政策を捨て、原発の再稼働をすべきである。そして、原子力発電に代わる宇宙太陽光発電や核融合発電などの原発に代わって安定供給ができる電源の開発に全力を挙げるべきである。

脱原発では地球環境を守れない  2014/1/15(水) 午後 11:05 


最後に、もし今仮に米国のイエローストンが破局噴火した場合、地球は膨大な火山灰に覆われ、地球の気温が21度も下がり、太陽光発電に頼ったっ国家は真っ先に滅びる可能性があることを反原発派の方に警告しておきます。原発の核廃棄物を心配する前に人類は滅亡の危機にさらされる隕石落下や破局噴火、パンデミック、気候変動、等々深刻な問題がある。人類の生存にとって核廃棄物問題など下位問題だ。


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東日本大震災の発生後、天皇、皇后両陛下は被災地(岩手、宮城、福島、茨城、千葉各県)を計9回にわたって訪問、被災者への気遣いを示されてきた。未曽有の困難に直面した国民に寄り添うお気持ちは、3年という時間が経過しても、全くお変わりがない。「国民とともに」。両陛下のお姿に、長年にわたって築かれてきた皇室のありようが改めて浮かび上がる。

「ご家族は無事でしたか」「大変でしたね」。両陛下は昨年7月、岩手県陸前高田市の仮設住宅を訪問した際、雨にぬれるのも気にせず、被災者一人一人に丁寧に言葉をかけられた。

両陛下は、折に触れて「被災地を訪ねたいという思いを述べられることがたびたびある」(側近)という。そうしたお気持ちが強く表れていたのが、昨年7月の福島県ご訪問だった。

名産の桃を観賞される「私的ご旅行」という位置づけだったが、復興状況の視察や、東京電力福島第1原発事故の風評被害に悩まされた桃農家に心を砕かれるなど、実質的には被災地訪問といえるものだった。

震災直後、首都圏を中心に実施された計画停電では、お住まいの皇居・御所は対象外だったのに、照明や暖房などの電力を自主的に止める節電を47日間続けられた。国民の苦難をご自身も引き受けようという強いご決意がうかがえる。

陛下は新年に当たってのご感想や、お誕生日に当たっての記者会見で、必ず震災について言及される。側近は「両陛下は、震災を現在進行形のものと常に考えられている」と話す。

11日の政府主催追悼式で、陛下は国民が心を一つにして被災者に寄り添うことの大切さを述べられた。常に被災者の様子を気にかけられている両陛下。今後も被災者を見舞われる機会が検討されるとみられる。
今上陛下におかれましては、3.11について過去ではなく震災を現在進行形のものと考えられているとのこと、誠に頭が下がる思いです。被災地を巡行される陛下のお姿は、先の大帝と重なる部分があり、皇室が日本の精神的支柱であることを人々に強く印象付けていると思います。


あの日私は会社の天井板が堕ちる激しい地震の揺れを体験した。

あれだけ鳴り響いていた会社の電話がピタッと止まった。NHKをつけた15時過ぎ阿武隈川だったか北上川を遡上するヘリコプターからの津波のリアルタイムの映像を観た、逃げ惑う車が次々呑まれていく衝撃的なシーンにTVの前から離れられなくなった。

首都圏の交通はマヒ、金曜日でもあるので徒歩で帰る決意をしました。Googlマップではおよそ40Kmの道のり、すべて歩いて8時間から10時間で自宅に帰れるだろう。そのうち電車も復旧するかもしれないしと・・・・およそ25Km溝の口まで約5~6時間歩いた時、東急電車が動き始め私は何とかその日のうちに帰ることができた。

3.11はあの日あの時どうしたか?誰に聞いてもあの日の出来事は皆それぞれ覚えている。皆忘れられない一日となった。

大地震と大津波による死者・行方不明者は1万8千人を超える。
多くの日本人と同じく私も何気なく続いていた日常生活が、突然断ち切られ、ふと人間が生きているということの意味を考えさせられるようになった。
 3.11で同じような感覚をもった人は多かったと思う。民族として極めて貴重な経験であって、試練の中で体得した思考が、これからの日本人および日本の在り方の根本を支えるものとなっていくような気がする。
竹田恒泰さん曰くあの日を境に日本人が日本人を好きになったのかもしれない。
パニックにならず、助け合い譲り合い、震災直後の津波にのまれた旅館から3日後自衛隊に助けられた老経営者が、また「再建しましょう!」という前向きの言葉・・・
略奪や混乱がほとんど起きなかった秩序正しい日本人を見て、世界中が日本を絶賛した。日本人は世界に誇れる民度をもつことをやっと自覚するきっかけとなった。
また、東日本大震災が発生した結果、東北地域の日本の部品工場が止まっただけで、世界中の物流や生産工場が止まった。世界は日本なしでは生産や経済が回らないことを証明するきっかけとなった。
そして、日本人も世界も、身を粉にして働く公務員や自衛隊や米軍の頼もしい姿に皆感動した。戦後日本の鬼っことして肩身の狭い思いをしてきた自衛隊が、国民の誇りとかわるきっかけとなった。
戦後長く続いてきた日本人の思考の「戦後的なるもの」を打ち砕くだき、戦後の高度経済成長時代に出来上がってしまった、愛国心を持たない日本人の国家観を変えるものになった。
日本という国家のかたちも、中国や韓国・北朝鮮と安全保障の環境の変化の中で大きく変更していかなければならなくなっている。この世の無常という感じに深く襲われていたことも影響したかもしれないが、大震災の惨禍は、普通に生きている人々にも国家とは何か?、自衛隊とは何か?皇室とは何か?そして日本人とは何かを考えさせたに違いない。

よくも悪くも日本の行く末をに対して危機感を持ったと思う。

私が忌み嫌う反原発派の人達もある意味では危機感を持ったのであろう。

だが、彼らの存在こそが福島風評被害の根幹である。原発は嫌だと言う心情が福島県産の農作物を避ける風潮をつくっているのだ。



執筆中
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小泉純一郎ら、にわか脱原発論者によって、2月10日東京都知事選の結果、脱原発運動の火は消されるだろう。

18000名の死者行方不明者をだした3.11からまもなく3年が経つ。地震と津波が原因で起きた福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故では、今も約5万人の福島県民が県外で避難生活を送る。

原発事故は起きたが、直接放射能障害での死者はゼロ、未だ汚染水問題は解決していないが、昨年9月にまとめられた国の対策案では国が前面に出て、必要な対策を実行し、予防的かつ重層的に、抜本的な対策を講じはじめた。 だが、脱原発派が垂れ流す風評被害は収まらず、福島は未だ復興途上にある。

2月10日東京都知事選挙である。昨年、フィンランドの核廃棄物最終処分場の視察をきっかけに元総理大臣小泉純一郎は「原発ゼロ」を10月の記者クラブで会見し、マスメディア、そして自民党に一撃を加えることに成功した。


そしてまるで待っていたかのように猪瀬知事が政治資金問題で辞職すると、隠居老人細川護煕元首相を都知事候補を推した。だが、小泉の真の目的は安倍政権へのいやがらせであって、脱原発は郵政民営化とおなじく、小泉の政局のおもちゃにすぎない。細川の出馬は「小泉が細川という刺客を放った」という認識が一般的だろう。

脱原発を都知事選挙の争点としてしまったが、残念ながら「原発ゼロ」というイシューは他の都政に関わる問題となんらリンクしていない。都民として関心のあるのは、やはりオリンピックとか、待機児童ゼロとか、福祉とか、教育とかになる。それが国のエネルギー政策の根本的問題である原発問題とどう繋がるのか???。だから、脱原発を争点として持って行くにはかなり無理がある。

小沢一郎、嘉田由紀子、菅直人……。東日本大震災と福島第一原発事故以後、さまざまな選挙で「反原発を掲げた政治家」たちが脱原発を唱えて選挙を戦った。だが彼らに風は吹かなかった。脱原発ブームに便乗しただけだと有権者に見透かされた。2012年衆院選の福島選挙区で原発推進の自民党が5選挙区のうち4選挙区で圧勝した。今回も2月10日、無党派層は動かず、投票率は上がらず、結果として脱原発候補である細川と宇都宮が落選し、人間的に問題がある舛添が楽勝するという「何事もなかった都知事選」が繰り広げられることになる。

都知事選の結果、脱/反原発運動は民意によって否定されるという結果となる。皮肉なもので、都知事選で脱原発候補の細川、宇都宮候補が落選することで、むしろ原発再稼働をしやすい環境が整う結果となる。脱/反原発運動をしている愚か者たちにとっては、なんとも皮肉にもブームとしての脱原発運動は終焉となる可能性が非常に高い。脱原発運動はより過激な反原発運動として一部の過激派くずれのライフワークになりさがるであろう。

この3年間わたしは反/脱原発派を批判しつづけた。私のブログには「反原発の空気」に揺り動かされた方々が私に挑んできたが、ことごとく感情論で議論がかみ合うことは無かった。

日本では原発について冷静で建設的な議論を十分にできる土壌が無い。感情論による反原発運動は、必然的に運動の「セクト化」に陥り、反/脱原発のセクト同士互いを罵る悪循環に陥っている。党派対立やセクト化から国民的運動が分裂するのは、学生運動や今回の脱原発運動が初めてではない。

2012年夏に国会周辺で行われた大飯原発の再稼働反対デモには、一時15万人が集まった。反/脱原発運動が何万人をデモに参加しようと、あくまでもコップの中の嵐にすぎないその後、毎週行われる国会周辺デモの参加者は時間とともに減り続け、反/脱原発運動は一種の麻疹(はしか)であったかのように低調になっている。

運動が低調になると反原発主義の狂信者は反原発運動にのめり込み「純化」し、「先鋭化」する。先鋭化すればするほど、脱原発で十分な一般市民との距離は広がり、裾野も狭まる。純化と同時に、「セクト化」も進んでいる。都知事選で反/脱発派が候補を一本化できなかったのが何よりの証拠だ。

例えば、反/脱原発運動でも「緩やかな脱原発を行い再生可能エネルギーに緩やかに転換すべし」と主張する脱原発セクトに対し、即時撤廃を主張する反原発セクトは「隠れ推進派」のレッテルを貼って攻撃する。反原発バカ山本太郎は「脱原発だけどTPP(環太平洋経済連携協定)賛成というのは嘘つき」と言い、反原発運動を煽動する京都大学の原子炉実験所小出助教授「原発はTPP、戦争、沖縄間題すべてにつながっている」と主張。即時廃炉以外はすべて原発推進派だ、と主張する。

だが、反原発派の急先鋒であるはずの小出は「疫学調査を経ないまま、『福島でこんな障害が』とすべて被曝に結び付けるでたらめも多い」と福島第一原発事故以降、非科学的で差別的な言論がネットに満ちあふれたと、自分より急進的反原発セクトを攻撃する。

これはで全共闘運動や連合赤軍と同じく最後は内ゲバ化するだろう。かつて反原発運動の中心世代である団塊老人たちが若かりし頃、革命を夢見ながら、セクト化し内部分裂と暴力で崩壊していった、かつての全共闘/連合赤軍/新左翼運動と同じである。馬鹿は死ななきゃ治らない(爆)。

また、主婦層の脱原発主義者たちは所詮女性特有の危機防御本能に従っただけだ。危険が起こった時にはまず自分と子供を守る、猿から人間になってもこの本能が発動するは当然なのであまり批判したくはないが、冷静な私からすればややもすると滑稽にしか見えない。この母性による本能があったおかげで人類は生き残ってこれたのだが、国家の命運を左右するエネルギー問題を感情で反対する人達とは成熟した議論をできるわけがない。

小出助教授あたりは、雑誌記事で小出助教授は「反原発運動は戦争状態が続いている」と発言している。なんでも原発の即時廃絶を求める自分に対して政府や財界、メディアが一体となった「原子炉マフィア」が小出助教授を包囲網を張っていると言うのである。小出助教授らが行っている反原発運動は一種の宗教運動に近い。この宗教活動はごく普通の常識を備えた日本人一人一人の集合的無意識とかなりかけ離れている。その為反原発運動をしている人達には四方八方から、誰かが指示されているかのごとく絶えず嫌がらせを受けてしまう。大多数の日本人は日本教徒であり異教徒を嫌うのである。小出助教授はあきらかに反原発教という異教徒であるがゆえ、周囲と軋轢を生む、これがあたかもありもしない「原子炉マフィア」という怪物が存在し、日本人の言論を統制していると妄想してしまうのである。「原子炉マフィア」とか「原子炉村」は小出助教授ら反原発派の妄想の産物である。

わたしも東電や政府からお金を貰っているからこういった意見を書いているのではない。私に備わった、日本人としての無意識(心)が反/脱原発派に違和感を感じるが故、こういった意見を述べさせていただいているのである。でも、もし、「原子炉マフィア」が存在していて私にお金をくれるのなら喜んで貰います!・・・原子炉マフィアの皆さん宜しくお願いします(笑)。

最後に小泉が訪問して原発に対する考え方を改めたフィンランドオンカロ廃棄物地下処理施設について東京都の有権者の方々に読んでほしいことがある。
小泉と反/脱原発派のオンカロについての勘違いについて書いておきたい。

フィンランド南西部のオンカロは18億年前から変動していないとされる地下500mの地盤に建設された核廃棄物地下処理施設だ。

「放射性廃棄物の無害化には10万~25万年かかるとされ、その頃には恐らく人類は死滅している。だから原発計両はそもそも破綻している」「日本にはオンカロのような地盤の土地は無い」だから脱原発だと小泉は言う。さらに、「原発ゼロという方針を政治が出せば、必ず知恵ある人がいい案を作ってくれる」と、小泉は昨年発言している。なんという似非脱原発主義者であろうか!

「オンカロ」を建設したフィンランドの国民は反/脱原発ではない。ロシアから地政学的干渉を受けてきたフィンランドは、ロシアからの電力輸入をゼロにしたい。さらに国民は原発より地球温暖化のほうが環境にとって脅威だと考えている。その結果、原発と自然エネルギーの両方を同時に増やす、というのエネルギー政策を国民全体が議論を重ねた上で選択したのである。フィンランドのオンカロは脱原発ではなく、地球環境を考えた上での原発推進の象徴なのである。

福島第一原発事故は、地震国である日本に原発を立地するリスクを再確認させた。「100%の絶対的安令」は存在しない。もちろん、「100%の絶対的危険」もあり得ない。日本はより安全な原発を作り運営し、世界に安全な原発を広めるべきである。


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