Ddogのプログレッシブな日々@ライブドアブログ(仮)

政治経済軍事外交、書評に自然科学・哲学・聖地巡礼・田園都市ライフ、私の脳の外部記憶媒体としてこのブログに収めています。日々感じること、発見したことを記録していきます。同時にそれが、このブログをご訪問していただいた方の知識や感性として共有できれば幸せに思います。

タグ:その他政界と政治活動


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ここまで人間的に見苦しい辞任劇は菅直人といい勝負かそれ以上ではなかったろうか?「不信任案の提出を猶予してくれ」と、粘ったが、5月にこの問題が噴出したときにこのブログで予想した通り辞任した。


私ではなくとも、最後は辞任に追い込まれると思っていた人は多いと思います。

舛添の公私混同があまりに酷いこともあるが、皆が舛添が都知事として不適任と思ったのが、異常な韓国人学校の誘致など、日本の国益を損かねない、韓国に偏向する舛添に危機感を感じたからではないだろうか?

国政に悪影響を及ぼしかねない都市外交を行った舛添は、都知事として不適格である。世紀の大失敗イベントになるであろうと予測されている平昌オリンピックの穴を都民の税金を使って、拭きかねない舛添をこれ以上都知事として置いておくことを許せなくなったからではないだろうか。勿論間近に迫った参議院選挙もあるが、多くの日本人は、国益を害している舛添要一への嫌悪する空気がスキャンダルを暴いたのだ。



K国の法則は悪運が強い舛添すら息の根を止めてしまった。国政にもTVにも舛添えは復帰することはできないだろう。

だが、舛添の後任は誰にするのだろう・・・・否定はしているが桜井翔君のパパになるのか、よほどの人物ではない限り次の都知事は務まらないだろう。

2年前の都知事選は細川元首相だったが、細川護煕が都知事なっていればもっと酷いことになっていたであろう。田母神氏を応援していたが、人物であるとは思うが、政治家としては如何なものかと思っていた。やはり脇が甘い性格であったのだろう。政治資金問題が発覚し、暫く勉強を積んだ後に立派な政治家になってほしかった。

神奈川県民である私には投票件が無く、傍観しかできず残念であったが、2014年の都知事候補者に左翼弁護士の宇都宮健児がいた・・・2014年の選択肢は資質がある人物がまったくいなかった。舛添を選んだ都民を責める気にはなれない。



この情報を掴んだのは2週間ほど前になるが調査する担当部署から箝口令が出て私は舛添都知事叩きには参戦していなかったのですが、尻尾を掴んだのだろうか? バラ撒き許可が出たのでブログに書かせて貰う。

舛添都知事が辞めない理由は新宿区の一等地に誘致しようとした韓国人学校の問題である。 

舛添都知事はその誘致に関して韓国人のある団体から一時着手金として相当額の賄賂を受け取っていたそうだ。 

韓国人学校予定地の立地を見れば分かるように市ヶ谷にある防衛省の至近。 

これは完全に日本の国防を脅かすためのスパイ養成学校でしょう。
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パククネからの要求は韓国人のある団体を通じ舛添都知事に連絡を行っていたようですが、今回の韓国人学校は主に生徒が韓国から日本に滞在する外交官の家族向け。

日本で生まれた在日韓国人の子供が通う学校では無いとの話。 

外交官は派遣された国の実態を現地から報告する任務もありますからその家族が通う学校はスパイ養成施設と言われても反論は出来ない。

完全に東京都には必要の無い施設ですが、都知事権限を行使してまでも韓国人学校誘致を強行しようとしていたその理由は私利私欲と売国のため。全ては祖国の韓国のため。

舛添が給料を半額カットにしても辞めない理由は?いや辞められない理由と書いたほうが良いだろう。

韓国人学校の誘致に関して舛添都知事は韓国人のある団体から前払いで一部着手金を賄賂として受け取っていた。

さらに韓国人学校の誘致に成功したら都知事の退職後には韓国人学校で要職への雇用という便宜まで図らせていたが、今回の様々な都税私的流用が発覚した失態で韓国人学校誘致が困難になりそうだと分かるとパククネとの間に入った韓国人のある団体は態度を一変して着手金を返せと要求。 

ここで双方の見解に違いが生じる。 

舛添都知事は着手金は誘致の謝礼であり、返さなくても良い賄賂だと判断して一部を使い込みしてしまった。

返金の要求があった韓国人のある団体から返さないならこの事をバラす。家族の身の安全も保障しないと逆に脅迫される結果にまで発展。

そして慌てた舛添都知事は6/6に表向きは公用車で通いつめた湯河原の別荘をケジメをつけるために売却すると発表。
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「舛添都知事が辞めない理由は新宿区の一等地に誘致しようとした韓国人学校の問題」
「韓国人のある団体から一時着手金として相当額の賄賂を受け取っていたそうだ」

「今回の韓国人学校は主に生徒が韓国から日本に滞在する外交官の家族向け」
「スパイ養成施設と言われても反論は出来ない」
「韓国人学校誘致が困難になりそうだと分かるとパククネとの間に入った韓国人のある団体は態度を一変して着手金を返せと要求」
「着手金は誘致の謝礼であり、返さなくても良い賄賂だと判断して一部を使い込みしてしまった」
「返さないならこの事をバラす。家族の身の安全も保障しないと逆に脅迫される結果にまで発展」

上の記事は多分にソースの出所が怪しく、デマかもしれないが、K国から不正な資金が舛添の懐に入っていると考えると、話がすっきりする。

あれだけ大好きな別荘を慌てて処分したのは着手金を返済するためだと勘繰られてもしかたがない。

管直人や鳩山由紀夫と同じく、もう政治の最前線に立つことは無いだろう。
TVの出演も厳しいだろう。




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 ヘイトスピーチ(憎悪表現)解消法が施行されて最初の日曜日となった5日、在日コリアン排斥などを訴えるデモをめぐり、川崎市と東京・渋谷で主催者側とデモを阻止しようとするグループがもみ合いになる事態が相次いだ。川崎市のデモは中止され、渋谷のデモは実施されたが反対派が進路に座り込むなどしてともに騒然となった。通行人らからは「大声でいがみ合って怖い」との声が聞かれた。

「ヘイトする側も反対する側も怖い」

 「帰れ!」「私たちは許可を受けてやっている」

 午前10時すぎ、川崎市中原区の中原平和公園には、小雨のなかデモに反対する数百人が集まり、約20人のデモ隊に「中止しろ」と声を上げた。

 反対派と警察官に取り囲まれた男性側がもみ合いとなり、双方が激しく言い合う場面もみられた。県警が男性側に「デモを実施すると、危険な状況になる」と説得したところ、男性は午前11時半ごろに中止を決めた。

 男性側のデモをめぐっては、市は5月のヘイトスピーチ解消法の成立を受け、男性側に川崎区の公園2カ所の使用不許可を決定。横浜地裁川崎支部も今月2日、「人格権の侵害で、集会や表現の自由の範囲外」として一定範囲のデモ禁止を命じる仮処分を決定した。この日、集合場所となった中原区の公園は仮処分の範囲外で、神奈川県警中原署は道路使用許可を出していた。

 デモが中止となったことに、男性は「行く手を阻まれて前に進めなかった」と話した。一方、デモに反対する市民団体「『ヘイトスピーチを許さない』かわさき市民ネットワーク」の三浦知人さん(61)は「阻止できてよかった」と話した。

 近くに住む男性会社員(45)は、様子を見て「ヘイトデモは許されないが、反対する人たちも冷静に対応できないのだろうか」と険しい表情。通り掛かった女性(78)は「ヘイトする側も反対する側も大声でいがみ合っていて怖い」と、おびえた様子だった。

車道に寝転ぶ反対グループ

 渋谷駅近くでも午後3時すぎ、右派系市民グループのデモの起点となった公園に反対グループが集まり、騒然となった。

 警察当局はデモをめぐる違法行為に厳格対応する方針を示しており、主催者側も参加者に「差別発言や暴力的行動は絶対にやめて」と念押しし、この日は過激な発言は影を潜めた。

 しかし、デモは開始直後から反対グループが車道に寝転んだり、参加者に飛びかかろうとしたりして大混乱となった。

 「言論の自由を妨害するな」「ヘイトデモやめろ」。怒号が飛び交うなか、雑踏警備で知られる「DJポリス」が警察車両から、「危険行為はやめてください」「不当な差別的言動のない社会が実現されるようなデモをお願いします」と双方に呼び掛けた。

 歩道には「レイシスト(差別主義者)帰れ」と書かれたプラカードを持つ人や、メガホンで声をあげて抗議する姿も。一方、「差別してない。お前ら邪魔だ」と怒り、詰め寄るデモ参加者もおり、警察官が必死に制止した。

 デモは午後4時半ごろまでに終了したが、反対グループが参加者を取り囲もうとするなど騒ぎが続いた。けが人や逮捕者は出なかった。

専門家「互いに攻撃性強める傾向」

 矢幡洋(臨床心理士)の話「集団同士のこういった対立は、互いに自分は正しく相手は百パーセント悪いと思うようになり、攻撃性を強めることに力を注ぐ傾向にある。どちらも自己批判を伴う「悩む」という力を失う。世界には真っ白と真っ黒しかなく、自分たちは正しいと非現実的なとらえ方をしてしまう。自己批判や自己吟味を回避できるため、非常に楽なのだが、現実が見えなくなってしまい危険だ。このスパイラルに入ると、なかなか和解の道は見つけられなくなる。話し合う余地のある相手と見ていないから、さらに攻撃して絶滅させるべき相手でしかないという見方になる。自分たちの主張もするが、自己批判も同時にできる心理的強さをもった人がリーダーシップを取るのが唯一期待できる解決への道だ。現実をちゃんと見られる現実主義者が団体の中でかじを取ってくれれば変わってくるのではないか」

ヘイトスピーチ(憎悪表現)解消法 5月24日に成立し、今月3日に施行された。ヘイトスピーチをなくすため、国や自治体に相談体制を整備することや教育、啓発活動を充実させるよう求めている。条文では、差別意識を助長する目的で著しく侮辱することなどを差別的言動と定義し「許されない」と明記している。一方で、憲法が保障する表現の自由を侵害する恐れがあるとして、罰則や禁止規定はない。
 ヘイトスピーチに関しては、私のような保守側の私でも、下品すぎて聞くに堪えない。嫌韓デモの連中が日本人としての品性に欠けるので、自業自得の面がある。
だが、嫌韓デモを阻止した自称市民団体は民主主義者ではない。

国会を取り囲む左翼団体は自分達のデモは正しく、意見が違う団体のデモは自分達の暴力で阻止しても良いのか?まったく民主主義と暴力を自己都合で使いまわしている。

国会ではヘイトスピーチ対策法が可決、成立した。 しかし、それを禁止まで踏み込み、さらには罰則を科すのはいかがなものか?表現の内容によって直接、規制するというのは表現の自由との関係では、問題が大きい。

 川崎市で実施されたヘイトスピーチデモに対し、これに反対する左翼や在日団体が実力をもって阻止し、ヘイトスピーチデモは「中止」に追い込まれた。

デモを実力行使で中止に追い込むのは、いくらなんでもやり過ぎだ。 左翼や在日団体は道路に寝転ぶなどという行為に警察はやろうと思えば逮捕は可能であったが、黙認してしまった。こうなると、表現に問題があるが、在日朝鮮人の犯罪行為を糾弾したいという表現の自由、ヘイトスピーチを行っている側の人達の人権はまさしく少数者の人権をないがしろにされている。

本来、表現の自由としてデモを規制するなど許されない。刑法や道路交通法に至るまであらゆる法律を駆使してデモに弾圧することは可能だ。
 
 この警察の対応は、必ずや私たちにも振り向けられるものです。
 ましてや警察が政府批判のデモで味方になるわけがないではない、度が過ぎる米軍基地批判の基地外の左翼を取り締まらなければ片手落ちになる。

私は、在特会の肩を持つわけではないが、在特会がバカでなければ今回の在日団体によるデモ阻止行動が違法であると裁判所に訴訟するべきだと思う。

在特会も「朝鮮人死ね」というような下品なデモは同じ日本人として情けない。せめた、在日特権廃止要求デモに切り替えるべきだろう。

「表現の自由」は、やりたい放題、言いたい放題の自由ではない。在日朝鮮人に対する侮蔑的な発言、表現が許されるもではないが、ヘイトスピーチ対策法の制定が必要とも思わない。ヘイトスピーチ対策法は、国家権力を使って言論を左右することも可能なのだ。民主党政権下私も日の丸デモに参加したが、デモそのものを規制することも可能となる。

元来、近代以降の国民国家というのは、領域内に住む人々を管理支配してきたが、ヘイトスピーチ対策法は、新たな道具を手にしたのである。この法律の成立を喜ぶ「反ヘイトスピーチ」を主張する人々は、自らの首に縄をかけてしまったことを気がつかないのか不思議である。

 レベルが低いパヨクと同じ土俵に立ってしまった在特会は一度解散して出直した方がいいかもしれない。論じて糺すのが、東洋的価値観である。レッテルを貼り法律を駆使して上から叩きつぶそうとする近代以降の西洋的価値観に与するべきではない。

ヘイトスピーチ対策法を背景にしたレッテル貼りの先には、やがて増殖した怨念による「ヘイトクライム」の危機も生まれるだろう。暴力で相手を粛清する欧州のような社会に日本はなってほしくは無い。

左翼を利する米国が崩壊するヘイトスピーチ対策法の可決の裏には、米軍撤退後韓国を日本に押し付けようとする動きがあるような気がするのは考え過ぎだろうか?

 


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非常に良く練られた良い談話だったと思います。
読み返しましたが、中庸の思想で貫かれていると思います。
中庸は儒教の倫理学的な側面における行為の基準をなす最高概念であるとされる。「中庸」とは両極端の常に中間であれば良いという訳ではない。中間、平均値、足して2で割るというものではない。

常に、その時々の物事を判断する上でどちらにも偏らず、「平凡」と「恒常」とで判断するものなのだ。中庸の徳を常に発揮することは聖人でも難しい。今回のこの文章は日本を代表する有識者たちが知恵を絞って書き上げた文章であるから、中庸となるのは必然であるが、偏った思想の持ち主であった当時の村山首相が抜き打ち的に自己の信条を語った村山談話とは格が違う。
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[閣議決定]

終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

そして七十年前。日本は、敗戦しました。

戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

平成二十七年八月十四日

内閣総理大臣 安倍晋三
実際にこの70年談話を練った人達は以下の方々だ。

飯塚恵子・読売新聞アメリカ総局長▽岡本行夫・岡本アソシエイツ代表▽川島真・東京大学大学院准教授▽北岡伸一・国際大学学長▽小島順彦・三菱商事会長▽古城佳子・東京大学大学院教授▽白石隆・政策研究大学院大学学長▽瀬谷ルミ子・NPO法人日本紛争予防センター理事長▽中西輝政・京都大学名誉教授▽西原正・平和・安全保障研究所理事長▽西室泰三・日本郵政社長▽羽田正・東京大学副学長▽堀義人・グロービス経営大学院学長▽宮家邦彦・立命館大学客員教授▽山内昌之・明治大学特任教授▽山田孝男・毎日新聞政治部特別編集委員(50音順)

70年談話は村山談話を頭から否定したものではない。もちろん自虐史観ではない。
過去と誠実に向かい合った誠実な談話だったとおもう。

まずは、日本が明治維新を経て近代国家として世界に関わるようになったのは、西洋人による植民地支配に危機感を覚えたからであると切り出す。日露戦争は植民地として支配を受けたアジア・アフリカの人々を勇気づけた。

⇒その後世界では民族自決の流れを作った。日本が無ければ世界は依然欧米の植民地支配が続いていたかもしれない。
⇒日本の世界史におけるパラダイムシフトを起こしたのだと日本人に向かって自国の近代史を恥ずべきものではないと示唆ことは良かったと思う。
⇒第一次世界大戦から大恐慌となり、世界はブロック経済化して、日本の生存余地が無くなっていった。日本はやむを得ない選択として満州に進出して、誤った選択として戦争を起こしてしまった。これは間違いでした、そして敗戦してしまいました。と戦争は間違いだったと認めています。


*十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。
*戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。(私たちは、心に留めなければなりません。)
* 自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を胸に刻み続ける
⇒この真摯な態度は、予想される中国、韓国の批判に対し強いバリアとなった。
⇒事実、中国、韓国から大きな批判がいまのところ出ていない。

*満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。
*何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。
*尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。
*事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。
*先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。
*七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
⇒戦争は間違いだったと認める。
⇒戦争に至った経緯については日本だけが悪いのではないが、結果戦争に関わった自国民、戦場となった国々、日本と戦った国々の国民や兵士を犠牲にしたのは事実であると真摯に反省。
⇒でも今の日本は平和国家であって軍国主義だなどと謂われなきなき中傷だと中韓に向かって暗に反論。

台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み・・⇒台湾を同列にしかも隣人の筆頭に置いた!

*先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。
*七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
*我が国は先の大戦での行いについて、繰り返し痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきた
⇒でもね、
* あの戦争にかかわりのない子孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない
⇒この70年談話の胆ですね!

しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。
⇒中韓を含め70年談話を批判しようとする勢力に付け入る隙を与えません。

*米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。(私たちは、心に留めなければなりません。)
*私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。
⇒欧米諸国への気使いも十分

*植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。⇒チベットや東トルキスタンを植民地化している中国を批判
* 唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指す
* 私たちは国際秩序への挑戦者となってしまった過去を胸に刻み続ける
* 「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄に貢献する
* 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。
* 自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を胸に刻み続ける
⇒中国の国際秩序に挑戦する現政策を暗に批判

何度読み返してもとてもいい良くできた談話です。
これで安倍政権をヒトラーになぞらえて批判する日本の左翼や中国、韓国を黙らせることがある程度できるかもしれません。

さて、話がブログ記事が長くなって申し訳ないが、70年談話も良かったのだが、安倍総理の記者会見は官邸のライターが書いたと思われるが、70年談話を捕捉解説するものです。

まともな脳細胞を持つ人間が読めば、安倍首相を批判する勢力が言っていることに根拠がない言い掛かりであることが明白である。今後、安倍政権批判勢力は塩を掛けられたナメクジのようになるような気がします。

でも国会周辺に屯するまともな脳細胞を持たない人間達はこの談話を真摯に読もうとしないだろうから・・・困ったものだ。

【安倍総理冒頭発言】

8月は、私たち日本人にしばし立ち止まることを求めます。今は遠い過去なのだとしても、過ぎ去った歴史に思いを致すことを求めます。

政治は歴史から未来への知恵を学ばなければなりません。戦後70年という大きな節目に当たって、先の大戦への道のり、戦後の歩み。20世紀という時代を振り返り、その教訓の中から未来に向けて、世界の中で日本がどういう道を進むべきか。深く思索し、構想すべきである。私はそう考えました。

同時に、政治は歴史に謙虚でなければなりません。政治的、外交的な意図によって歴史がゆがめられるようなことは決してあってはならない。このことも私の強い信念であります。

ですから、談話の作成に当たっては、21世紀構想懇談会を開いて、有識者の皆様に率直かつ徹底的な御議論をいただきました。それぞれの視座や考え方は当然ながら異なります。しかし、そうした有識者の皆さんが熱のこもった議論を積み重ねた結果、一定の認識を共有できた。私はこの提言を歴史の声として受けとめたいと思います。そして、この提言の上に立って、歴史から教訓を酌み取り、今後の目指すべき道を展望したいと思います。

100年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、19世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、1,000万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

そして70年前。日本は、敗戦しました。

戦後70年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

先の大戦では、300万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

戦後、600万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた3,000人近い日本人の子供たちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。
寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後70年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださったすべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

私たちは、20世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。21世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

終戦80年、90年、さらには100年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

以上が、私たちが歴史から学ぶべき未来への知恵であろうと考えております。
冒頭、私は、21世紀構想懇談会の提言を歴史の声として受けとめたいと申し上げました。同時に、私たちは歴史に対して謙虚でなければなりません。謙虚な姿勢とは、果たして聞き漏らした声がほかにもあるのではないかと、常に歴史を見つめ続ける態度であると考えます。

私は、これからも謙虚に、歴史の声に耳を傾けながら未来への知恵を学んでいく、そうした姿勢を持ち続けていきたいと考えています。
私からは以上であります。

さて、次の質疑応答については少なくとも安倍首相は識者懇談会の誰かのアドバイスでもなく、官邸のライターの原稿ではなく、自分の考えを自分の言葉で話している。
【質疑応答】
(内閣広報官)
それでは、これから質疑に移ります。質問される方、私のほうから指名させていただきます。所属とお名前を明らかにされた上でお願いいたします。なるべく多くの方に質問をしていただけるよう、各自の質問は簡潔にお願いしたいと思います。
それでは、初めに幹事社から御質問をいただきます。どうぞ。
(記者)
幹事社の共同通信の杉田と申します。
総理は、戦後70年談話について、世界に発信するものだと位置づけてきました。国内外に最も伝えたいメッセージは何でしょうか。また、過去の村山談話や小泉談話と違う形で、お詫びの気持ちや侵略の文言を入れた理由をお聞かせください。
(安倍総理)
戦後70年という大きな節目に当たり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、20世紀という時代を大きく振り返りながら、その教訓を胸に刻み、戦後80年、90年、100年に向けて、どのような日本を創り上げていくのか、それを世界に向けて発信したいと考えました。
作成に当たっては、国民の皆様とともに、日本が目指すべき国家像を描くという意味で、できるだけ多くの国民と共有できるような談話を作っていく、そう心がけました。より幅広い国民とメッセージを共有するという観点からは、一部だけを切り取って強調することよりも、談話全体としてのメッセージを御覧いただきたい、受け取っていただきたいと思います。
先の大戦における行いに対するお詫びの気持ちは、戦後の内閣が一貫して持ち続けてきたものであると考えています。そうした気持ちが戦後50年においては村山談話という形で表明され、さらに60年を機に出された小泉談話においてもそのお詫びの気持ちは引き継がれてきたと考えています。こうした歴代内閣が表明した気持ちを私の内閣においても揺るぎないものとして引き継いでいく。そして、恐らく今後の内閣もそうでしょう。そのことを今回の談話の中で明確にしたところであります。
次に、侵略という言葉についてでありますが、今回の談話は21世紀構想懇談会において有識者の方々が共有した認識、その報告書の上に立って作成したものであります。その報告書の中にもあるとおり、中には侵略と評価される行為もあったと思います。だからこそ、談話においては事変、侵略、戦争といった言葉を挙げながら、いかなる武力の威嚇や行使も国際紛争を解決する手段としてはもう二度と用いてはならないことを先の大戦への深い悔悟の念と共に誓ったと表現しました。
先の大戦における日本の行いが侵略という言葉の定義に当てはまれば駄目だが、当てはまらなければ許されるというものではありません。かつて日本は世界の大勢を見失い、外交的・経済的な行き詰まりを力の行使によって打開し、あるいはその勢力を拡大しようとしました。その事実を率直に反省し、これからも法の支配を尊重し、不戦の誓いを堅持していくということが今回の談話の最も重要なメッセージであると考えています。その上で、具体的にどのような行為が侵略に当たるか否かについては歴史家の議論に委ねるべきであると考えています。
重要な点は、いかなる武力の威嚇や行使も国際紛争を解決する手段としてはもう二度と用いてはならないということであります。これが私たちが過去から学び、教訓とし、反省すべきことであると考えます。
(内閣広報官)
それでは、幹事社の方、もう一社、どうぞ。
(記者)
東京新聞の関口と申します。
総理は、2009年ですが、月刊誌の対談で村山談話について、村山談話以降、政権が代わるたびにその継承を迫られるようになる。まさに踏み絵です。村山さんの個人的な歴史観に日本がいつまでも縛られることはない、と述べておられます。これらの発言と今回の談話の整合性について、分かりやすく説明してください。
(安倍総理)
村山談話につきましては、これまでも全体として引き継ぐと繰り返し申し上げてきたとおりであります。同時に私は、政治は歴史に対し謙虚であるべきであるとも申し上げてきました。その信念のもと、今回の談話の作成に当たっては、21世紀構想懇談会を開き、学者、歴史家をはじめ、有識者の皆さんにお集まりをいただき、20世紀の世界と日本の歩みをどう捉えるか、大きく世界と時代を超えて俯瞰しながら御議論をいただきました。視座や考え方の異なる有識者の皆さんが、最終的に一定の認識を共有できました。
私はこの21世紀構想懇談会の報告書を歴史の声として受けとめたいと思います。そして、その報告書の上に立って、先の大戦への道のり、20世紀という時代を振り返りながら、その教訓を胸に刻んで、日本がどのような国をつくり上げていくべきか。戦後70年の大きな節目に当たって談話として取りまとめたものであります。
その上で、これからも果たして聞き漏らした声があるのではないか。ほかにもあるのではないかと常に謙虚に歴史の声に耳を傾け、未来への知恵を学んでいく。そうした姿勢を持ち続けていきたいと考えています。
(内閣広報官)
これからは幹事社以外の方の御質問をお受けしますので、御希望される方は挙手をお願いします。私が指名いたします。再度、自らお名前と社名を明らかにした上でお願いします。
(記者)
産経の阿比留です。
今回の談話には、未来の子供たちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりませんとある一方で、世代を超えて過去の歴史に真正面から向き合わなければなりませんと書かれています。
これはドイツのヴァイツゼッカー大統領の有名な演説の、歴史から目をそらさないという一方で、自らが手を下してはいない行為について、自らの罪を告白することはできないと述べたのに通じるような気がするのですが、総理のお考えをお聞かせください。
(安倍総理)
戦後から70年が経過しました。あの戦争には何ら関わりのない私たちの子や孫、その先の世代、未来の子供たちが謝罪を続けなければいけないような状況、そうした宿命を背負わせてはならない。これは今を生きる私たちの世代の責任であると考えました。その思いを談話の中にも盛り込んだところであります。
しかし、それでもなお私たち日本人は、世代を超えて過去の歴史に真正面から向き合わなければならないと考えます。まずは何よりも、あの戦争の後、敵であった日本に善意や支援の手を差し伸べ、国際社会に導いてくれた国々、その寛容な心に対して感謝すべきであり、その感謝の気持ちは世代を超えて忘れてはならないと考えています。
同時に、過去を反省すべきであります。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく。アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があると思っています。
そうした思いについても、あわせて今回の談話に盛り込んだところであります。
(内閣広報官)
では、イザベルさん。
(記者)
ブルームバーグニュースのレイノルズです。
今回の談話の効果の期待についてお聞きしたいのですけれども、例えば今年中に中国に訪問して、習近平国家主席と3回目の首脳会談を行う可能性が高くなると思いますか。
そして、今のタイミングですけれども、大変中国の経済後退が懸念されているところですけれども、その中での談話のインパクトが薄れる可能性はあると思いますでしょうか。
(安倍総理)
中国の皆さんには、戦後70年に当たっての我が国の率直な気持ちを、ありのまま受けとめていただきたいと願っています。
中国とは習近平国家主席との2度にわたる首脳会談を通じて、戦略的互恵関係の考え方に基づいて関係を改善していくことで一致しています。日本と中国は地域の平和と繁栄に対して大きな責任を共有しています。両国の経済関係は非常に密接であり、今後も様々なレベルで対話を重ねながら、安定的な友好関係を発展させ、国際社会の期待に応えていきたいと思っておりますし、首脳会談についても、機会があればそういう機会を生かしていきたいと考えております。日本の対話のドアは常にオープンであります。
(内閣広報官)
さらにいかがでございますか。
では、七尾さん。
(記者)
ニコニコ動画の七尾です。よろしくお願いします。
談話を踏まえまして、安保法案についてお聞きします。改めて、法案に関します識者などの御発言を見ていきますと、その中の一つに軍事をめぐる中国の動向を脅威と見るか見ないかで、安保法案に対する賛否が分かれるといった傾向が見られます。
こうした考えの隔たりは国民も見ていると思うのですが、いずれにしましても、日本の安全保障上、このような大きな認識の違いをどう御覧になっているのでしょうか。
よろしくお願いします。
(安倍総理)
70年前、私たち日本人は二度と戦争の惨禍を繰り返してはならないという不戦の誓いを立てました。この不戦の誓いは今後も決して変わることはありません。
今回の平和安全法制は、戦争を未然に防ぐためのものであります。まずもって外交を通じて平和を守る。このことが重要であることは言うまでもないと思います。今後とも、積極的な平和外交を展開してまいります。
その上で、万が一への備えも怠ってはなりません。この法案は、国民の命、平和な暮らしを守り抜いていくためのものであります。もちろん特定の国を想定したものではありません。今回の法制によって、日本が危険にさらされたときには、日米同盟が完全に機能する。このことを世界に発信することによって紛争を未然に防ぐ力はさらに強くなっていく、高まっていく。日本が攻撃を受ける可能性はより低くなっていくと考えています。
国民の皆様の御意見、御批判にも真摯に耳を傾けながら、この大切、必要な法制について理解が深まるように今後も努力を重ねていく考えであります。
(内閣広報官)
それでは、もう一問だけ質問をいただきます。
では、竹内さん。
(記者)
日本テレビの竹内です。
歴史認識の問題など、やはり国民の間でも意見が分かれている部分があると思うのですけれども、そういう中でこの談話、あえて総理が込められた、国民への思いとか、国民にどう受け取ってほしいかというメッセージはどういうところなのでしょうか。
(安倍総理)
まず、今回の談話においては、より多くの皆様に御賛同していただけるものを作成していきたいと考えました。
その上において、アジアの国々をはじめ、多くの国々と共に未来への夢を紡ぎ出していく、そういう基盤にしていきたいと考えたところであります。
今回の談話を作成するに当たりまして、「国策を誤り」といった抽象的な用語に終わらせることなく、どのように針路を誤ったか、歴史の教訓を具体的に酌み取らなければならないと考えました。そして、21世紀構想懇談会を設けて、有識者の皆さんに、その具体的な作業をお願いしたわけであります。
世界に目を向ければ、残念ながらいまだ紛争は絶えません。ウクライナ、南シナ海、東シナ海など、世界のどこであろうとも、力による現状変更の試みは決して許すことはできない。また、貧困やテロの問題は深刻さを増している現実があります。
そうした時代にあって、70年前の歴史から学べる教訓を発信していくことは、日本一国のみならず、世界に対しても大きな現代的な意義を持つと考えています。
(内閣広報官)
以上をもちまして、予定した時間を回りましたので、会見を終わらせていただきます。皆様の御協力に感謝を申し上げます。ありがとうございました。
(安倍総理)
ありがとうございました。

70年談話、安倍総理記者会見、質疑応答全て一貫している。70年談話も記者会見もすべて安倍総理自身がライターと考えるのがだとうかもしれません。

安倍政権を批判している左翼は、脳細胞が無い連中だからまだまだへこたれないが。安倍政権を批判している小林よしのりのこの70年談話批判は読むに堪えない、笑ってしまう。少なくとも安倍政権の足を引っ張る右側は沈黙するだろう。

日本の反米保守勢力による、安倍批判は左翼以上に批判しづらくなった。反米保守は米国よりリビジョニスト(歴史修正主義者)扱いをされているので、安倍政権は反米保守と区別され、また反米保守も騒がなくなると思う。これで日本外交の弱みがひとつ消えるかもしれない。



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「すべて正しい」河野氏自ら談話検証結果を評価(14/06/21)
イメージ 1【ソウル=名村隆寛】慰安婦問題に関する河野談話の検証報告書が公表されたのを受け、韓国各紙は21日、1面トップで「河野談話に泥を塗る」(朝鮮日報)「韓日関係さらに悪化」(中央日報)などと一斉に強く批判した。テレビも前夜に続き朝からトップニュースで報じた。                                  朝鮮日報は「外交の慣例を無視した挑発だ」と批判し、社説では「検証自体、正常な国では考えられないこと」「韓日間で『取引』でもあったかのように事実を歪曲(わいきょく)している」などとし、「どこまでが事実か分からぬものを勝手に公表する国を信頼できるだろうか」と断じた。

中央日報は社説で、報告書について「内容の一方的な解釈で、韓日外交の信頼は根幹が揺るがされる」と指摘した。さらに、「河野談話の継承を明言しつつも談話を無力化させるのは、手のひらで空を隠すようなものだ」と酷評した。

東亜日報の社説は「談話を無力化し歴史を覆すのは、国際社会の怒りを募らせる」と批判した。7月にソウルで予定される中韓首脳会談を機に「韓中が日本に強力な警告を送るべきだ」とし、歴史認識問題での中韓共闘を韓国政府に強く促した。
韓国側の言う国際社会とは中国と韓国だけを指すのではないだろうか?(笑)
日本は正常な国だから誤った歴史を糺そうとしているのだ。日本はこれ以上韓国の嘘によって国家の名誉を汚す行為を許せないのだ!
河野談話は明らかに歴史的事実である根拠に乏しい
【阿比留瑠比の極言御免】

「河野談話」の根拠となった韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査について、当時の事務方トップである石原信雄元官房副長官が20日の衆院予算委員会で「事実関係の裏付け調査は行っていない」と証言するのを聞き、内心忸怩(じくじ)たるものがあるのだろうと推察した。

◆「真実語る人選」

石原氏は聞き取り調査について、こう強調した。

「韓国側に対して『客観的に過去の事実を話せる人を選んでください』といい、『(韓国側は)責任を持って選びます』ということで、聞き取り結果を踏まえて河野談話になった」

「韓国側の善意を信頼して全体の作業を行った」

石原氏は24日に東京都内で行った講演では「(政府内で)元慰安婦の話を聞くかどうかが大きな論争になった。正しく公正に話してくれるかが問題になった」と明かし、こう続けた。

「韓国側は『反日運動をやっていた人や、バイアスのかかった人は排除して、真実を語る人を選ぶ』ということだった。その前提で韓国を信頼する形で聞き取り調査を行った」

「その前提条件に問題ありとなれば、何をか言わんやだ」

ならば、韓国側が責任を持つと約束したはずの元慰安婦の人選と、聞き取り調査の実態はどうだったか。

おさらいすると、産経新聞が入手した聞き取り調査報告書によると16人中、氏名すら明確でない者が3人いて、生年月日が記載されているのは半数の8人にとどまった。その生年月日すら、別の調査やインタビューには全く違うことを述べている者もいる。

◆朝日記者の義母

朝鮮半島で重視される出身地についても大半の13人が不明・不詳で、大阪、熊本、台湾など慰安所がなかった地域で働いたという証言もある。その上、日本で慰安婦賠償訴訟を起こした原告が5人も含まれる。

この点は聞き取り調査を行った担当官も気づいていたらしく、調査報告書にも「訴訟では原告C」などと注意書きもしてあった。

また、調査が行われた場所は韓国政府の公館ではなく、太平洋戦争犠牲者遺族会という反日的な民間団体の事務所だった。この遺族会は慰安婦賠償訴訟の母体でもあり、しかも訴訟の原告側弁護士である福島瑞穂氏(社民党前党首)がオブザーバーとして聞き取り調査に加わっている。

さらに、この遺族会幹部は慰安婦問題に火をつけた平成3年8月の朝日新聞の誘導記事「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」を書いた記者の義母に当たる。こんな人選や調査が石原氏のいう「公正」や「真実」に値するだろうか。

◆姿勢を見透かす

一方、河野談話発表翌日の5年8月5日付の朝日新聞はこう書いている。

《聞き取り調査が終わった7月30日夜、ソウルで田中耕太郎・内閣外政審議室審議官は「(元慰安婦の)記憶があいまいな部分もあり、証言の内容をいちいち詳細には詰めない。自然体でまるごと受けとめる」》

つまり、当時の宮沢喜一内閣はただ早期の政治決着を急いでおり、事実関係の追及や真相の解明など二の次だったのだろう。そうした安易な姿勢を韓国側に見透かされていたのだ。

当時の外政審議室幹部は河野談話発表から数年後、同室後輩にこう語った。

「振り返って、3年12月の慰安婦訴訟提起からの一連の流れをみると、意図的な動きを感じる」

まさに何をか言わんやである。(政治部編集委員)


世界中で日本と日本人の名誉が汚され続けている、「河野洋平官房長官談話」に対する、政府の有識者チームによる検証結果が公表された。河野談話は、厳密な歴史的事実を確認したものではなく、日韓両国がすり合わせて合作した「政治文書」だった。
河野洋平は談話発表会見で、「強制連行の事実があったという認識なのか?」と問われて、日本政府が守ってきた一線を超えて、独断で「そういう事実があったと。結構です」と答えたのだ。河野氏が何の証拠もないのに、記者会見で「(強制連行の)事実があった」と独断で答えた、売国的行為まで発覚した。
歴史的事実に背いた政治文書と、河野洋平の無責任な発言が、韓国による反日運動「ディスカウント・ジャパン運動」の根拠に利用されたり、2019年マイクホンダ議員の慰安婦をめぐる対日謝罪要求決議案にも利用された。
※因みに2014年秋の中間選挙で民主党のマイクホンダは中国韓国系市民に裏切られ苦戦中との情報が入ってきている。因果応報である。
報告書公表を受けて、河野洋平は「(報告書公表を受けて)新たに付け加えることもなければ、差し引くこともないと考えております」と発言、独断で無責任な発言をしたと認めた。こんな談話を継承する必要は絶対にない。直ちに河野談話を政府として取り消すべきだ!
ところがだ!
 日本政府は、近く開かれる見通しの日韓外務省局長級協議で、慰安婦募集の強制性を認めた河野洋平官房長官談話の検証結果について詳細に説明し、河野談話自体の見直しは行わない点を強調して韓国に理解を求める構えだ。日韓は来年、国交正常化50周年を迎える。しかし、慰安婦問題のほかにも元徴用工をめぐる訴訟など歴史問題での日韓の溝は深く、関係打開は見通せない。

岸田文雄外相は20日夕、産経新聞の取材に対し「河野談話を見直すことはない。韓国は大切な隣国であり対話を積み重ねながら、2国間関係を進めていきたい」と改めて強調した。

韓国にとって河野談話は戦時中の日本の加害責任を認めさせた貴重な「成果物」であり、談話の作成過程で韓国側の関与が明らかになった今回の検証結果を認めないとみられる。

安倍晋三首相はこれまで「対話のドアは常にオープン」として朴槿恵(パク・クネ)大統領との首脳会談を呼びかけているが、朴氏は首相の歴史認識への批判を繰り返し、会談を拒否し続けている。

ただ、今年4月から月1回のペースで東京とソウルで交互に局長級協議を開催している。政府は、8月上旬にミャンマーで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の外相会議で、岸田氏と尹炳世(ユン・ビョンセ)外相との会談を模索、政治レベルの接触回数を増やし、11月に中国・北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で日韓首脳会談を実現するシナリオを描いている。

しかし、朴政権は旅客船セウォル号の沈没事故をきっかけに政権基盤が弱体化しており「朴政権は外交どころではない」(日韓外交筋)とされる。夏は韓国で「反日機運」が盛り上がる時期でもあり、日韓の緊張は再び高まりそうだ。(山本雄史)
馬鹿もやすみやすみ言ってほしい。日本政府の態度は余計に混乱を招く。
作成経緯を検証したうえで河野談話を継承するとというのは、あきらかに矛盾だ。

河野談話は事実誤認と、独断会見であったのだから、継承せずに見直すとするのが正論だ。河野談話を継承は、韓国側への配慮の結果だとしたら、配慮ではなく更なる国際社会で無用の混乱を招く。理不尽この上ない河野談話を継承するようでは、安倍総理の政治理念を疑いたくなる。

日本政府は、いかに、日韓関係の悪化に苦慮する米国に配慮しているとはいえ、公の談話を継承すべきではない、堂々と河野談話を取り消するべきだと思う。

韓国側も、河野談話の成立過程に後ろめたさがあるのだろう。竹島の不法占拠を続ける韓国が、竹島沖の日本の領海を含む海域で海軍による射撃訓練を日本の慰安婦問題に関する河野談話検証発表のタイミングで強行した。

これは日本への挑発、牽制の意図があるのは明らかだろう。竹島の領有権に関するわが国の立場に照らし、竹島沖での射撃訓練は絶対に受け入れることはできない。
今回の訓練に対する日本の中止要求について、「一顧の価値もない。一蹴した」とた韓国外務省は回答した。もはや、日本は友好国ではないと発言しているに等しい。
韓国の李明博大統領が突然、竹島を訪問した事件は日本人を驚かせたが、8月15日の光復節(独立解放記念日)の式典では「従軍慰安婦問題について日本政府の責任ある措置を求める」と述べ、竹島には言及しなかった。

彼にとっては慰安婦問題に世界の注目を集めることが目的で、竹島はその手段にすぎなかったわけだ。日本人の大部分には関心もない古い話がいまだに蒸し返される原因は、政府のまずい対応にもあるが、この問題を拡大したのは朝日新聞である。

朝日新聞の創作した「従軍慰安婦」

これは戦後処理とは無関係なデマである。第2次大戦の賠償問題は1965年の日韓基本条約で終わっており、このときには慰安婦という言葉も出ていない。「従軍慰安婦」という言葉は日本のルポライターの造語で、戦時中にそういう言葉が使われた事実もない。

ところが1983年に吉田清治という元軍人が『私の戦争犯罪』という本で「済州島から慰安婦を拉致して戦場に送り込んだ」と書いたため、韓国で騒ぎが起こった。しかし1989年に済州島の地元紙が検証を行い、吉田の記述がまったく事実に反することを明らかにした。

本来ならここで終わっていたのだが、1991年8月に福島瑞穂弁護士などが慰安婦を原告として日本政府に国家賠償を求める訴訟を起こし、「私は慰安婦だった」という韓国人女性が名乗り出た。

実は私は当時、NHKに勤務していて朝鮮人の「強制連行」を韓国まで取材したのだが、50人近い男女の中で「日本軍に強制連行された」という証言は1人もなかった。このためNHKでは「慰安婦が初めて名乗り出た」という話にとどめた。

ところが朝日新聞が「戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかった」という植村隆記者の「スクープ」を掲載したことが騒ぎの再燃するきっかけになった。

続いて植村記者は、1992年1月の「慰安所 軍関与示す資料」という記事で、日本軍の出した慰安所の管理についての通達を根拠として「慰安婦が軍に強制連行された」と報じ、その直後に訪韓した宮沢喜一首相は韓国の盧泰愚大統領に謝罪した。

政府の弱腰の対応が問題をさらに悪化させた

しかしこの通達は「慰安婦を拉致するな」と業者に命じたものだ。軍が慰安婦を連行した事実はなく、そういう軍命などの文書もない。当の元慰安婦も、訴状では「親に40円でキーセンに売られた」と民間の業者による人身売買であることを認めていた。

これは戦前には合法だった公娼(公的に営業を許可された娼婦)であり、軍は慰安所の監督をしていただけだ。だまされて「タコ部屋」から逃げられないという事件も多かったが、監禁したのは業者である。もちろん好ましいことではないが、これは商行為であり、国家に責任はない。

ところが植村記者が「慰安婦が女子挺身隊として強制連行された」と報じたため、韓国政府が日本政府に賠償を求め、政府間の問題になった。彼の義母は日本政府に対する慰安婦訴訟の原告団長だったので、これは訴訟を有利にするための意図的な捏造だった疑いが強い。

そして日本政府が慰安婦に聞き取り調査を行い、1993年に河野洋平官房長官が「本人たちの意思に反して集められた事例が数多く」あり、「官憲等が直接これに加担した」という談話を発表したため、「日本政府も慰安婦問題を認めた」という印象を世界に与えてしまったのだ。

このあとも朝日は「強制連行はなかったとしても強制性は明らか」だとして政府に謝罪を求めた。2000年には編集委員の松井やより氏が主催する団体が「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」を開いて昭和天皇に「有罪判決」を下した。

また安倍政権のとき、朝日新聞社の中に東京支局を置くニューヨーク・タイムズ紙のノリミツ・オオニシ支局長が繰り返し慰安婦問題を取り上げて「元慰安婦」の証言を報じ、安倍首相は訪米で謝罪するはめになった。

朝日新聞が謝罪しないと日韓関係は打開できない

このように「慰安婦問題」が政府間の問題になったきっかけは朝日新聞の誤報(あるいは捏造)だが、それを裏づけるのは元慰安婦の(矛盾した)話しかない。

朝日新聞も2000年代からは慰安婦キャンペーンをやめ、「強制連行されたかどうかは本質的な問題ではない」などと書くようになった。今年8月15日の社説では、次のような微妙な表現になっている。

韓国併合や旧日本軍の慰安婦問題をめぐり、韓国内には根強い対日批判がある。日本の植民地支配からの解放を祝う15日の「光復節」を前に、そうした世論に火をつけようとしているとしたら危険このうえない。[中略]
歴史認識を近づけることは容易ではない。長く厳しい道のりを覚悟せねばならない。それでも、未来を共に築こうとする者たちは、過去にも共同で向かい合わねばならないのである。
 

かつてのように居丈高に「政府の反省」を求めなくなったことは進歩だが、もともと慰安婦問題に「火をつけた」のは朝日新聞であることを自覚しているのだろうか。

李大統領の今回の行動は政権末期の人気取りとの見方が強いが、昨年の訪日の際にも会談の半分以上を慰安婦問題に割くなど、その力の入れようは単なるリップサービスとも考えにくい。韓国でも日本の植民地時代を経験した人は実態を知っているが、1941年生まれの李氏は慰安婦問題を本気で信じているのかもしれない。

だから日本政府がやるべきなのは、外交的に報復するよりも客観的な証拠に基づいて事実を明らかにすることだ。河野談話のときの調査でも、朝鮮半島で軍が慰安婦を拉致・監禁した証拠はまったく出なかった(「官憲が加担した」というのはインドネシアの軍紀違反事件)。

何よりもまず、韓国に誤解を与えた一連の大誤報を朝日新聞が訂正して謝罪することが必要だ。朝日も吉田清治の証言が虚偽だったことは認めたのだから、1991年以降の報道についても事実関係を検証して説明する責任がある。「未来を築くために過去に向かい合う」べきなのは朝日新聞である。
池田先生の言うとおりである。まずは、朝日新聞が一連の大誤報を謝罪すべきである。
「朝鮮民族の象徴は、怠惰です」-。韓国の朴槿恵大統領が首相候補に指名した文昌克(ムン・チャングク)氏の発言や考え方が「民族を卑下している」(韓国メディア)などと激しい批判にさらされている。しかし、首相候補に指名した当の朴槿恵大統領の父親、朴正煕元大統領はかつて、それ以上に厳しい表現で朝鮮民族史を語っていた。文氏の発言が「卑下」なら、朴正煕元大統領は完全に「反民族主義者」となってしまうはずだ。今後、世論の批判は朴大統領の父の「反日」に向かうのか。「親日」の父を持った「反日」の朴大統領の悩みは深い。(ソウル 加藤達也)

まず首相候補、文氏の発言を振り返ってみる。文氏はこう演説した。

「朝鮮民族の象徴は、先ほど申し上げたが怠惰だ。怠惰で自立心がなく、他人の世話になること、それが私たちの民族のDNAとして残っていたのだ」

「(李氏朝鮮時代には)小さな郡に吏房(地方公務員)が800人もいた。吏房が(住民を)無条件にムチで打っていた」

「コメも1、2斗もあればすべて奪われた。朝鮮の人たちは働こうとしないのだ。なぜならば、仕事をすればみんな奪われるからだ。どれほど努力しても自分に残る者は何もないから怠けるようになったのだ。『神はなぜこの国を日本の植民地にしたのですか』とわれわれは神に抗議するかもしれない。それは冒頭に申し上げたように、神の意思がある。『おまえたちは李朝500年間、無駄な歳月を送った民族だ。君たちには試練が必要だ』と」

19世紀末の李朝時代の社会状況について、文氏のような認識を抱くこと自体、決して間違ってはいない。

当時の朝鮮半島の実態を記録した少なくない書物からもほぼ同じ状況だったことがうかがえるからだ。

たとえば、英国の女性旅行家、イザベラ・バードは「朝鮮紀行」(講談社学術文庫版)で1890年代半ばの朝鮮半島の様子をこう書いている。

《(朝鮮人の)官吏階級は(日本による)改革で「搾取」や不正利得がもはやできなくなると見ており、ごまんといる役所の居候や取り巻きとともに、全員が私利私欲という最強の動機で結ばれ、改革には積極的にせよ消極的にせよ反対していた。政治腐敗はソウルが本拠地であるものの、どの地方でもスケールこそそれよりは小さいとはいえ、首都と同質の不正がはびこっており、勤勉実直な階層を虐げて私腹を肥やす悪徳官吏が跋扈していた》

こんな朝鮮半島の状況を改革しようとしていたのは日本だった。バードは次のように続けている。

《このように堕落しきった朝鮮の官僚制度の浄化に日本は着手したのであるが、これは困難きわまりなかった。名誉と高潔の伝統は、(朝鮮半島に)あったとしてももう何世紀も前に忘れられている。公正な官吏の規範は存在しない。日本が改革に着手したとき、朝鮮には階層が二つしかなかった。盗む側と盗まれる側である。そして盗む側には官界をなす膨大な数の人間が含まれる。「搾取」と着服は上層部から下級官吏にいたるまで全体を通じての習わしであり、どの職位も売買の対象となっていた》

この状況は“過去の韓国”における事実だったばかりか、現在の姿とも重なってみえる部分がありはしないか。現に、朴大統領は最近、公務員の癒着体質の改善を国民に宣言してもいるのだ。

◇        ◇

しかし文氏への批判は収まる気配はない。連日、テレビカメラの前でざんげを繰り返している。朴槿恵大統領は、メディアと与野党政界の沸騰ぶりに動揺したのか、自分が指名した首相候補なのに、任命同意案を国会に提出しないまま中央アジア歴訪に出発。一時、現地で書類を電子決裁して提出させるとも伝えられたが、このままなら文氏は首相候補として放置されたまま、就任する前にトカゲの尻尾となりかねない。

しかし、朴大統領の胸中は相当に穏やかではないはずだ。

父の朴正煕元大統領自身が、文氏そっくりの、いやそれ以上の「反民族」的な言葉を残しているからだ。

朝鮮民族史について朴元大統領は「国家・民族・私」で、「わが5000年の歴史は、一言で言って退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史」と痛罵。さらに「姑息(こそく)」、「怠惰」、「安逸」、「日和見主義」…辞書が作れそうなほど大量の悪口を使って表現している。

また、「選集」に収められた文章でも「わが民族史を考察してみると情けないというほかない」と断言しているのだ。

かつてバードが批判した李氏朝鮮時代の支配階層・両班(ヤンバン)については「両班の安易な、無事主義な生活態度により、後世の子孫にまで悪影響を及ぼした民族的犯罪史である」。

「韓国民族の進むべき道」でも、「怠惰と不労働所得観念」や「悪性利己主義」などのキーワードを随所に使って、朝鮮民族の“弱点”を語っていた。

◇        ◇

韓国メディアが伝える市井の人々の意見では、ほとんどが文氏は「首相就任を辞退すべきだ」という。文氏を批判し首相候補から引きずり下ろそうとする韓国の政界やメディアはまず、過去の韓国の実態を知り、正しく受け入れたほうが良くはないか?


 韓国で「中立化」が語られる。「米韓同盟をやめろ」と中国から脅される中での出来事だ。

「フィンランド化はいいことだ」

中立化を考えようと韓国人に呼び掛けたのは、延世大学の文正仁(ムン・ジョンイン)教授。オピニオンリーダーの1人で、左派の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の外交ブレーンを務めた国際政治学者だ。

6月9日の中央日報に「“フィンランド化”という名の幽霊」(日本語)を書いた。骨子は以下だ。

中国の浮上に対する憂慮が朝鮮半島で高まる。まず、北朝鮮が中国経済に隷属し、中長期的には韓国までもが中国の属国に転落するのではないかとの恐れだ。
最近、ヘルシンキで講演した。その際、中国の属国に転落する可能性があるとの意味で「朝鮮半島のフィンランド化」(Finlandization)という言葉を使った。するとフィンランドの学者から「我々はソ連に隷属したことはない」と強く反発された。
冷戦時代にフィンランド人はソ連に対する誹謗を自制したものの、ソ連から内政干渉されたことはなかった、と彼らは強調した。
むしろ、フィンランドは非同盟中立を堅持することでソ連の信頼を勝ち得て、東西両陣営の間で「架け橋」国家の役割を果たしたのだという。
そのように見ると「フィンランド化」を強大国に対する一方的な隷属とは規定できない。むしろ変化する対外環境に柔軟に適応した、弱小国の生存戦略と見なすのが妥当であろう。
それならば、中国の浮上が(属国に戻るという意味での)“朝鮮半島のフィンランド化”につながると恐れる必要はない。
フィンランドの経験から「韓国の運命は強大国による戦略的選択ではなく、自らの団結と対応戦略にかかっている」との教訓を得られるのだ。

米国との同盟を打ち切る

フィンランドは2度に渡りソ連の大軍と単独で戦い、善戦した。このため冷戦期にも、傲慢なソ連から一目も二目も置かれる存在だったのは有名である。

「フィンランドは必ずしもソ連の属国ではなかったのだ」と驚く国際政治学者がいるのは、韓国ならではの話だ。自身の歴史を他国に投影し決めつけてきた、ということだろう。

ちなみに、日本のメディアは「フィンランド化」という言葉はあまり使わない。フィンランドを不当に貶めるのを避けるためだ。

それはさておき、注目すべきは「中立化により、東西冷戦を見事に乗り切ったフィンランドをモデルにしよう」という主張が今、韓国に登場したことだ。

朴槿恵(パク・クンヘ)政権のいわゆる「米中間での等距離外交」を、多くの韓国人が――親米保守の一部を除いて――支持してきた。

ただ、等距離外交とは言っても「米国との同盟は維持する」という暗黙の前提があった。北朝鮮の脅威に対抗するには、米国の軍事力が不可欠との判断からだ。

だが、文正仁教授は一歩踏み込んだ。中立化――つまり、米国との同盟を打ち切る、本当の米中等距離外交を検討すべきだと言い出したのだ。米国の核の傘の下に60年以上も安住してきた韓国としては、相当に思い切った意見である。

露骨になる中国の脅し

なぜ今、韓国で突然に中立化が語られるのだろうか――。それは米中対立が激しくなる中、中国からの「離米従中」要求が日増しに強まっているためだろう。

4月15日、中国は韓国に対し「米韓合同軍事演習をやめよ」と要求した。中国外交部スポークスマンは定例会見で「緊張を高めるどんな行為にも反対だ。この時期の合同軍事演習に賛成できない」と述べた(「オバマが帰ると即、習近平に秋波を送った朴槿恵」参照)。

中国が掲げた理由は「核武装に突き進む北朝鮮を刺激しないため」だが、本音は米韓同盟を有名無実にしたいのであろう。

北朝鮮の南進やテロを、韓国は在韓米軍の力を借りて防いでいる。米韓合同軍事演習はそれを北に具体的に示す極めて重要な行事だ。演習がなくなれば、韓国は米韓同盟の威力を疑い出すだろう。もちろん、中国の狙いはそこにある。

「中国を選べ」と要求

5月15日の朝鮮日報は、中韓の政府間協議の場で中国が「朝貢外交に戻ったらどうか」と言い出した、と報じた(「ついに『属国に戻れ』と韓国に命じた中国」参照)。

5月26日にソウルを訪問した王毅外相も暗にだが、韓国に「中国陣営への回帰」を求めた。中韓外相会談の冒頭で王毅外相は「国際情勢の深刻な変化により、中国は韓国を緊密な協力者として選択するつもりだ」と述べた。

中央日報はこれを「米国ではなく中国を選べと言う圧迫」と解説した(「ついに『属国に戻れ』と韓国に命じた中国」参照)。

2000年代から中国は韓国に対し、中国包囲網たる日―米―韓の3国軍事協力体制に加わるなと圧力をかけてきた。韓国が米国主導のミサイル防衛(MD)に参加しなかったのも、この脅しに怯えたためだ。

それがついに2014年、中国は米韓軍事同盟の事実上の解体を要求、さらには中国側に戻って来い、と命じるに至ったのだ。

バイデン発言をなぞった王毅

王毅外相の「選択」発言は、2013年12月のバイデン米副大統領の発言「米国は韓国に賭ける。韓国が米国の反対側に賭けるなら、それはいい賭けではない」を意識したものに違いない(「北朝鮮に『四面楚歌』と嘲笑された韓国」参照)。

米国が韓国を中国から引き戻そうと「中国に賭けるな」と要求したのに対し、中国も対句のように、我が国を選べ、と命じたのだ。

語った状況もそっくりだ。バイデン副大統領の「賭け」発言は朴槿恵大統領との会談の冒頭、韓国記者を前に語られた。米国の対韓不信感を象徴する発言を、韓国政府が隠ぺいしないよう図ったと思われる。

半年後の王毅外相の発言も同様に会談冒頭、記者の目の前でのことだった。これも韓国への圧力を増す効果を狙ったものだろう。

王毅外相の5月の韓国訪問の目的は、習近平主席の訪韓の調整だった。中韓首脳会談は7月にもソウルで開催されると見られている。

ソウルで王毅外相は韓国政府に「首脳会談で中国は米韓合同演習の中止を要求するから、それに応えるよう」求めたであろう。あるいは、首脳会談の場で「韓国が中国側に戻った」何らかの証拠を表明しろ、と通告したかもしれない。

見切り発車で韓国にミサイル配備へ

中国の威嚇攻勢に対し、米国は粛々と韓国の囲い込みに動いている。4月に訪韓したオバマ大統領は「北朝鮮の核とミサイルの脅威に対抗する」との名分で、朴槿恵大統領から「日米韓3国の軍事情報交流が必要だと認識する」との一札を取った(「オバマの前で『中国が頼み』と言い切った朴槿恵」参照)。

この「情報交流」は韓国を米国主導のMDに組み込む準備の色合いが強い。米日韓がMDで連携するには、北朝鮮や中国のミサイルの位置情報を共有する必要があるからだ。

だが韓国は、中国の叱責を恐れて「韓国の構築するMDはあくまで韓国独自のものである」と言い張り続けている。ただ、米国は、板挟みに苦しむ韓国に配慮する風はない。

朝鮮日報(日本語版)は5月28日、韓国をMDに組み込むため、米下院が「3国(韓米日)ミサイル協力強化案に関する評価作業を実施せねばならない」との趣旨を盛り込んだ国防授権法第1234項を通過させた、と報じた。

さらに米国は、戦域高高度防衛ミサイル(THAAD)システムを韓国に配備する方針を突然に打ち出した。THAADは米国のMDの中核となるシステムだ。

米国はこれにより、在韓・在日米軍基地とグアムの防衛力強化を目指す。同時に、米国主導のMDに参加するよう、韓国に引導を渡した形だ。「独自のMDにこだわる韓国軍がTHAAD購入を断っても、どうせ米軍が自前で持ち込むから参加したと同じだよ」というわけだ。

THAAD配備を認めれば対中包囲網に加わったと見なされるのを恐れ、韓国政府は「米国からその話は聞かされていない」と、また逃げた。

「中国との関係を犠牲にしていいのか」

既定事実を積み重ねて韓国を囲い込む米国――。中国は怒った。5月28日にウオール・ストリート・ジャーナル(WSJ)がTHAADの韓国配備を報じると、中国外交部は同日の会見で「地域の安定にとってよくないことだ」と直ちに米国を批判した。

もちろん、中国の怒りの矛先は韓国にも向いた。聯合ニュースは5月29日「“韓国、THAADに加われば、韓中関係を犠牲に”と新華社」(韓国語)という見出しの記事で、以下のように報じた(注1)。

(注1)2014年6月16日現在、聯合ニュースに引用された新華社の元記事の存在はサイト上で確認できなかった。

中国の新華社は29日「韓国を米MDのネットワークに組み込むことはいい考えではない」との記事を配信し「韓国がこの地域の最も大きな経済体(中国)の反対を無視しMDネットワークに誘惑されれば、最も速く発展する中国との関係を犠牲にするだろう」と明かした。
王毅外相は最近の訪韓を契機に、中韓関係を「歴史上、最上の時期」と評価した。ただ、そう言いつつも「韓国は短期的な利益に目を奪われるのではなく、意思決定の過程において全ての潜在的要素を考慮せねばならぬ」と忠告した。
「忠告」というよりも「脅迫」だ。韓国は米国のTHAAD配備に反対せざるを得ないだろう。だが、米国は韓国を守るとの名分を掲げ、それを無視するだろう。あまりにうるさく韓国が言い募れば、米国は在韓米軍の削減・撤収カードを使って韓国を脅すかもしれない。

近く開催が予想される中韓首脳会談で、朴槿恵大統領はTHAAD配備の問題でも板挟みに陥る可能性が極めて高い。

米中を操りながら日本と北朝鮮を叩く、という朴槿恵政権の二股外交は完全に破綻した。だからこそ今、文正仁教授が中立化を唱え始めたのだ。

繰り返される「中立構想」

韓国人は「中立化論」にはなじみが深い。1880年代以降、日露戦争まで「朝鮮の中立化」が何度も、そして様々な国によって提案された(注2)。

(注2)この時期の「朝鮮の中立化」に関しては岡本隆司・京都府立大学准教授が『中国近代外交の胎動』の「第7章 韓国の独立と清朝の外交」で詳しく描いている。

朝鮮半島で中国、日本、ロシア、英国など大国が衝突しそうになるたびに、どの国の勢力圏にも属さない「中立化した朝鮮」の必要性が叫ばれたのだ。

だが、単独支配に自信を持つ大国は「中立化」構想に乗らない。反対に他の大国は「中立化」すれば、最も力を持つ大国が事実上、朝鮮を支配することになると疑って賛成しない。結局、中立化が実現することはなかった。

1945年に日本が負けて朝鮮が分裂した後は、南北統一のために中立化を叫ぶ人たちが登場した(注3)。分裂はいまだに続く。韓国の知識人は若い時には一度は「統一のための中立」を考えると言われる。

(注3)評論家の池東旭(チ・トンウク)氏は戦後の議論も含め『朝鮮半島「永世中立化」論』(日本語)で「中立化」を分かりやすく解説している。

ただ、文正仁教授の「中立化」は「統一」とは直接関係がない。発議のきっかけは「南北それぞれが中国の属国になりそうだ」というところにある。切迫感がより強い。

中立化は属国への道

興味深いのは、文正仁教授の「中立化論」に対する批判が起きていないことだ。「中立化」というオブラートにくるんでいるものの、米韓同盟破棄に直結する主張なのだ。しかし掲載8日後の6月16日になっても、論争好きの韓国メディアに反応は見られない。

米国との同盟強化を訴える趙甲済(チョ・カプチェ)氏らのグループは「米中等距離論」や「均衡外交」を、非現実的な夢想として切り捨ててきた。

ことに彼ら、海洋勢力派は文正仁教授を北朝鮮に近い論者として警戒してきた。同教授が“国を危うくする言説”を表明するたびに、直ちに反論したものだ。というのに、今回は音無しの構えだ。それはなぜか――。

1つには文正仁教授の論理展開が巧妙だからだろう。「フィンランドは属国ではなかった」との“ニュース”とともに「中立化」を語れば、韓国人としては反論しにくい。

なぜなら、反対論者は「フィンランド人にできることが韓国人にはできない」とどこかで主張することになる。そうした議論は、経済的成功により「我々は世界に冠たる優秀な民族である」と言い合い始めた韓国社会で強い反発を食うだろう。

あるいは海洋勢力派にとって、事態はもっと深刻なのかもしれない。米中間で板挟みになるという最悪の事態を避けるには「中立化」しかない、というコンセンサスが韓国で固まり始めたということかもしれない。

いずれにせよ、韓国で語られる「中立化」を、中国は目を細めて見ていることだろう。中立化すれば韓国は事実上、中国の属国に戻る可能性が高い。韓国人がフィンランド人のように、隣の大国と戦争をする覚悟を持たない限りは。




執筆中


















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首相施政方針演説 強靱な国へ自立と創造を 安全な原発の再稼働進めよ

2013.3.1 03:39 主張
 内外の危機を乗り越えて「強い日本」を再生するカギは「自立」の精神にある。安倍晋三首相が行った施政方針演説を貫く最大の柱である。

戦後日本が忘れがちで、逆境をはね返すために今最も必要な「自立」を明確にしたことを評価したい。このことは、「一身独立して一国独立する」という福沢諭吉の言葉を引き、「(政府と国民一人一人が)自ら運命を切り拓(ひら)く意志を持たないかぎり、未来は開けない」という表現に象徴される。

≪憲法改正の議論加速を≫

「安全運転」と呼ばれた1月末の所信表明演説で封印された憲法改正や集団的自衛権の行使容認問題に踏み込み、「安倍カラー」をにじませたことも歓迎したい。

一方で問われるのは、演説に盛られた政策や決意を実際の成果に結びつけていく指導力だ。政府と国民の先頭に立って「自立」とは何かを示してもらいたい。

「自立」の意味は幅広い。首相は東日本大震災の被災地で、被災者から「思いやり」や「自立して支え合う気概」を感じ取ったとし、「希望のもてる復興」を創り上げる決意を示した。

自らも病気で首相職を一度辞した首相が「頑張る人が報われる社会」に向け、個人が何度でもチャレンジできる機会をつくる必要性を訴えたのはわかりやすい。

民主党政権は最低保障年金構想のように、「自助・自立」よりも国や自治体による共助・公助を重視しようとしたが、実現可能な制度とは到底いえなかった。

首相は自立の理念に基づく政策に改める姿勢を強調した。だが、国民に安心感を持ってもらうには社会保障制度改革の具体案を早急に示さなければならない。

自立が求められるのはこれだけではない。首相は日米同盟の「不断の強化が必要」で、抑止力を高めるために、「さらなる役割を果たす」と宣言した。

力ずくで海洋権益拡大を進める中国に対しては、レーダー照射事件を強く批判して、「海の法の支配」を求めた。サッチャー元英首相の「国際法が力の行使に勝たねばならない」という発言を引用して、尖閣諸島問題を念頭に「力による現状変更は、何も正当化しない」と、中国の挑発的行動を強く牽制(けんせい)した。当然である。

だが、米国で1日に国防費の強制削減が始動すれば、在外米軍の作戦能力が大きく失われかねない。その補完のためにも、日本の率先した行動が不可欠だ。

防衛費増額や、「米国に向かう弾道ミサイルの迎撃」など集団的自衛権の行使容認に向けた有識者懇談会の議論、日本版国家安全保障会議(NSC)創設など課題は明白だ。それを一層加速する必要がある。

≪率先し対中抑止に動け≫

憲法改正についても、首相は衆参両院の憲法審査会の議論の促進を呼びかけた。戦争放棄などをうたった憲法9条のため、領土を守る自衛行動さえ十分にとれない。国家としての気概と自立心を持つ根幹の問題は、憲法を改正しなければ解決できない。

デフレ脱却へ向けた大胆な金融政策と機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略の「三本の矢」の中でも、首相はとくに成長戦略の構築に力点を置いた。

日本企業の誇る技術を世界市場に売り込み、受け身でなく、「ルールを創る国でありたい」と多国間のルールづくりに参加する必要性を強調したのは妥当だ。その象徴が環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)であり、海外の成長を取り込み、日本の持続的成長を確保するためにも不可欠だ。

先の日米首脳会談で「聖域なき関税撤廃が前提でないことを確認した」とし、「政府の責任で交渉参加を判断する」としたことは評価できるが、ここでも速やかな行動が必要だ。交渉参加を早期に正式決断し、国益を守るための交渉に参画しなければならない。

災害に備え、国民の生命と財産を守るには「強靱(きょうじん)な国づくり」が急務と訴えた。また、強い経済をよみがえらせるには、安価で安定的な電力供給が欠かせない。

首相が「責任あるエネルギー政策を構築する」とし、安全が確認された原子力発電所の再稼働を明言したのは当然である。

だが、再稼働に向けた取り組みは遅れている。政府の責任で原発を安全に活用する政策を示し、実際の再稼働につなげるべきだ。

第二次安倍内閣施政方針演説を読むと私がこのブログで主張してきた内容そのものだと思いました。冒頭の福沢諭吉からの引用は私の「プログレッシブな日々の精神」といって過言ではありません。

「一身独立して一国独立する」

私たち自身が、誰かに寄り掛かる心を捨て、それぞれの持ち場で、自ら運命を切り拓(ひら)こうという意志を持たない限り、私たちの未来は開けません。

日本は、今、いくつもの難しい課題を抱えています。しかし、くじけてはいけない。諦めてはいけません。

私たち一人一人が、自ら立って前を向き、未来は明るいと信じて前進することが、私たちの次の、そのまた次の世代の日本人に、立派な国、強い国を残す唯一の道であります。


プログレッシブ:
progressive とは本来進歩的とか革新するという意味でコンサバティブ:conservative保守主義の反対語であります。しかし、私が思うに伝統的な古き良き精神を残すためには日々改革・改善が必要だと思うのです。「プログレッシブな日々の精神」とは日々勉強、改善しているからこそ伝統を守ることができるという考えなのです。

日経新聞に連載されている創業200年以上の企業の社史200年企業を読むと多くの企業は常に会社を改革改善しているのです。中には時代とともに業種を大変革させているのです。日本も同じことが言えると思います、安倍首相は次の世代の日本人に、立派な国、強い国を残す為にすべきことは財政改革ではなく前向きの前進であると言っているのです
私は当ブログにて消極的親米保守主義を掲げています。日米同盟は日本が国家として成立させるためには基幹をなす重要な政策です。

米国は米国の国益で動いているのだから日本から最大の国益を得ようとするのは当然でです、ですから米国の言いなりになってはいけません。しかし、TPPは単なる関税交渉ではなく22世紀に向けた21世紀の国家同盟の重要な選択だと感じています。

首相は演説で、TPPについて先のオバマ米大統領との首脳会談の結果参加を明言している。私がTPP反対派を批判した内容そのものであるルール作りに参加しないことが問題であって、貿易・投資のルールづくりへ積極的に参加することが重要なのです。TPPを戦略的に推進することは日本も米国を利用する気概が必要なのだと思う。守るべきものは守るとして、安倍内閣がTPP交渉参加に決意を明らかにしたことはなんとも頼もしい。

健康的な日本食は、世界でブームを巻き起こしています。四季の移ろいの中で、きめ細やかに育てられた、日本の農産物。世界で豊かな人が増えれば増えるほど、人気が高まることは間違いありません。そのためにも、「攻めの農業政策」が必要です。日本は瑞穂の国です。息をのむほど美しい棚田の風景、伝統ある文化。若者たちが、こうした美しい故郷(ふるさと)を守り、未来に「希望」を持てる「強い農業」を創ってまいります。

TPPに参加しても農協がつぶれても農業が壊滅することは無いと思います。散々農協が反対した牛肉にしてもオレンジにしても自由化しても「ブランド和牛」や「みかん」はより美味しくなって残った。コメにしても外米も美味しくなったが国内産を選ぶ。 農家は売れるものを積極的に作ればいい、攻めの農業政策をすればいいのだと思う。世界中に日本の美味しいお菓子や、冷凍食品、ミシュランの三ツ星レストランが山ほどある日本の食文化を海外に輸出すればいいと思う。

長引くデフレからの早期脱却に加え、エネルギーの安定供給とエネルギーコストの低減に向けて、責任あるエネルギー政策を構築してまいります。

東京電力福島第1原発事故の反省に立ち、原子力規制委員会の下で、妥協することなく安全性を高める新たな安全文化を創り上げます。その上で、安全が確認された原発は再稼働します。
原子力を含むエネルギー政策では東京電力福島第1原発事故の反省を踏まえ安全性を高め原発の再稼働に乗り出す考は私も同じくブログで主張してきたことです。

世界初の海洋メタンハイドレート産出試験、世界に冠たるロケット打ち上げ成功率、世界最先端の加速器技術への挑戦など、日本は、先端分野において、世界のイノベーションを牽(けん)引(いん)しています。

将来の資源大国にもつながる海洋開発、安全保障や防災など幅広い活用が期待できる宇宙利用、テレワークや遠隔医療など社会に変革をもたらし得るIT活用。

日本に「新たな可能性」をもたらすこれらのイノベーションを、省庁の縦割りを打破し、司令塔機能を強化して、力強く進めてまいります。

人工多能性幹細胞(iPS細胞)を利用した再生医療・創薬など成長分野も示し、政府が積極的に後押しすするべきと私のブログで主張してきました。
ひたすらに世界一を目指す気概。こういう皆さんがいる限り、日本はまだまだ成長できると、私は、確信しています。

なぜ、私たちは、世界一を目指し、経済を成長させなければならないのか。

それは、働く意欲のある人たちに仕事を創り、頑張る人たちの手取りを増やすために他なりません。

このため、私自身、可能な限り報酬の引き上げを行ってほしいと、産業界に直接要請しました。政府も、税制で、利益を従業員に還元する企業を応援します。

財政改革しか言わなかった民主党の悲観論より未来と夢を語ることが重要なのだと思う。三本の矢の一つ成長戦略で重要な経済再生政策では「家計」への還元を重視し、雇用と所得の拡大につなげていく考えはわたしの主張と合致する。 
国益を守る「主張する外交」が基本です。傷ついた日本外交を立て直し、世界における確固とした立ち位置を明確にしていきます。その基軸となるのは、やはり日米同盟です。

開かれた海の下、世界最大の海洋国家である米国と、アジア最大の海洋民主主義国家である日本とが、パートナーを成すのは理の当然であり、不断の強化が必要です。

反日反米親中国の日本のリベラル派(左翼)は未だに中国が覇権を握るという幻想を抱いている。戦前ヒトラーの第三敵国が世界を征服すると見誤った国賊たちと同じ間違いを犯している。米国はシェールガス/オイル革命にてこれから120年は覇権を握り続けることは間違いない。
これは、米国では生産人口比率は今後も増え続けるが日本中国ヨーロッパでは減り続けることでもあきらかです。
私は大学生の時に保守反動と呼ばれ自分は右翼的ではないかと思ったことがあったが、別に右翼ではない。ましてネットウヨと中傷されることに憤りを覚える。

支持率70%を超えた安倍内閣もナショナリスト・右翼と左翼リベラリストより誹謗中傷される。いままであまりにも国益を無視した政府をまともな政府に戻そうとしているだけだと私は思う。わたしのブログの主張も安倍内閣の考え方もまともな主張にすぎないのだ。


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民主党の鳩山由紀夫元首相は21日午後、党本部で野田佳彦首相と会談し、次期衆院選について「考え抜いた揚げ句、立候補しない決断をした。政界を引退し、第3の人生を歩みたい」と伝えた。首相は「決断を重く受け止める」と答えた。会談後、首相が記者団に明らかにした。
鳩山はもともと地元の支持を失い、民主党から出ても落選する可能性が高かった。

「総理経験者が落選するなんて話、あまり聞いたことがないね。もし鳩山(由紀夫)さんがそうなったら、地元の恥だから丸坊主にでもなってもらうしかない」

そう話すのは、鳩山元首相の後援会幹部の一人だ。

鳩山氏の地元は北海道9区(室蘭市、苫小牧市など)。だが選挙区内では、「落選危機」が囁かれている。

「鳩山氏の対抗馬は、リレハンメル五輪銅メダリストの堀井学氏。堀井氏はすでに9区内の登別市選出の道議会議員になっており、知名度が高い。報道各社の世論調査ではいずれも堀井氏優勢で、鳩山氏の当選確率は4割程度。つまり落選濃厚です」(地元紙記者)

首相時代を含め、数々の失言や迷走で有権者の期待を裏切り続けただけに、鳩山氏の危機は「当たり前」と言えるかもしれない。

だが、本来ならば腐ってもなんとやら。元首相がここまで追い込まれている事実が、民主党の惨状を物語っている。
日米関係、沖縄の普天間問題を解決不能なまでに破壊した責任は許せない。首相を辞めたら政界を引退する、という約束を守っておらず、政界引退ではなく1日も早く国民の前から消えてほしい。議員引退する話もどうせまた朝令暮改し、どうなることやら!どうせなら自分の星に帰ってほしいものだ!

そもそも鳩山由紀夫氏は、「日本は日本人だけのものじゃない」と発言し外国人参政権を導入して、日本人の主権を脅かす愚かで危険な人間なのだ。一番トラストミーと言っても信頼できない男である。首相引退後も、イランに出かけまんまと利用される始末。余計な発言の数々、ぶれる信念、とにかく「座敷牢」に押し込めておくべきと思っていました。

引退会見で「弱きものの声を・・・」などと偉そうなことを言っていたが、政治家として信念があるなら、無所属で出ればいいのだ!それをしないのであるなから、今回は首相経験者の落選という前代未聞の大恥をさらしたくないだけだ。

民意で落選させられるのではなく野田に追いやられたという都合がいいストリーができてしまった。穿った見方をすれば鳩山はTPPにわざと賛成しなかったのかもしれない。

 民主党は、踏み絵作戦に出た。党の政策を守ることを書面にて提出するようです。党の政策と言えば、TPPであり、消費税増税なのでしょう。 鳩山は、TPP参加に反対です。踏み絵戦略は、体のいい鳩山(北海道9区)追い出し作戦だった。民主党は農村部の切り捨てる生き残り戦略なのだろう。

民主党は都市部の支持だけで生き抜こうとしているのだろう。今後、1票の格差をなくすわけですし、今の状況と比べて、都市部での議席数が増えることになるのですから、将来を見据えての戦略かもしれない。

地方では、自民党に勝てないという分析があるので、勝てそうな場所に集中するということと思います。しかし都市部で民主党支持はいるのだろうか?いずれ消滅するでしょう。TPP参加とか、政策を語る以前に、民主党としての信用がない。民主党と聞いた段階で、信用ができない。民主党支持が15~20%とかあるらしいが・・・そんなに支持者がいるとは信じられない。

ところで鳩山の第三の人生とは何か?いやな予感がしてならない!鳩山が政界引退後・・・TVに出まくられたらたまったものではない・・・TV関係者の諸君、鳩山がTVにでていたら即チャンネルを回すからそのつもりでいてくれ。

小沢のタニマチになられても困る・・第三の人生とは中国朝鮮のエージェント業であろうか?鳩山は「雑誌ムー」か「NewSientist」の記者が向いているだろう。



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3月16日評論家の吉本隆明氏が亡くなった。

1963年生まれ
私の本名の名前は、隆明である。日教組にして共産党員であった父親は、60年安保の頃新進気鋭の思想家であった吉本隆明から私の名前を拝借したようだ。

吉本隆明が戦後最大の思想家ともてはやされるが、私にとっては80年代サブカルチャーやニュー・アカデミズムの基層もしくは、吉本ばななの父親のイメージが強い。

吉本隆明は左翼思想家というよりも、単純に時代の流行に敏感な山形出身の新し物好きの都市生活者であったのではないかと私は思う。

60年安保反対闘争は時代の流行であったと考えると、吉本氏が1984年、女性誌『an・an』誌上に川久保玲のコム・デ・ギャルソンを着て登場。埴谷雄高から「資本主義のぼったくり商品を着ている」と批判を受けるなど、「転向」が取り沙汰されたのだが、吉本隆明自身は転向したつもりはなかったのではないかと思う。

吉本氏の思想である共同幻想論はサブ・カルチャーの基層でもあるのだが、吉本氏は基層からから表舞台へと登場しただけだったのではないかと思う。

マルクスは上部構造は下部構造に規定されるという下部構造決定論を説いたが、現実には政治体制と経済体制にはズレが生じる場合がある。例えば、大日本帝国のように、高度な経済力や技術力を持っており、大正期にはある程度民主化が進んでいたのにもかかわらず、昭和期に突然、宗教色の強い天皇主義に反動化する場合もある。吉本隆明は上部構造は下部構造から幽霊のように疎外された共同幻想であり、宗教・法・国家はその本質の内部において、社会の生産様式の発展史とは関係がないと主張している。

80年代豊かな消費社会の発生と連動し、テレビや漫画・アニメ・都市論を発表し、サブカルチャーを評価し、忌野清志郎・坂本龍一・ビートたけしらを評価した。「80年代消費社会」のシンボルとなったコピーライター糸井重里とは親交が厚く吉本氏の訃報に糸井氏はコメントを発表している。

1994年に発表されたわが転向で、かつての自らの『転向論』を意識した「わが転向」を文藝春秋に発表した。小沢一郎の『日本改造計画』を「穏健で妥当なことを言っている」と相対的に高く評価した。実はDdogもかつては小沢を評価した。

吉本氏は「社会主義は善で資本主義は悪という言い方は成り立たない」「左翼から右翼になったわけではなく」「体制―反体制」といった意味の左翼性は必要も意味もない」「全く違った条件を持った左翼性が必要」として自らを「新・新左翼」とし、「なにか個別の問題が起ったとき、ケースバイケースで、そのつど、態度を鮮明にすればいい」「そのつどのイエス・ノーが時代を動かす」、と詭弁を述べたが、その保守派期待の小沢一郎が親中左翼=国賊に転向したのはなんとも皮肉だ。

オウム真理教に関してもサリン事件を起こす前にもサブカルチャーの延長線上で評価をしていた。1995年オウム真理教事件発生後は中沢新一らとともにオウムの擁護者であると批判されたのは、単純に知的な好奇心が裏目に出た結果、身から出た錆のような気がします。

吉本隆明/著「わが転向」より
 「挫折の季節」に

理解できたけれど、彼らの考えとは違うと思っていました。だから、僕は自分自身にせめて戒めたのは、学生たちの前へ出しゃばって行くことだけはすまいということと、逃げずにこの人だちと一緒にやっていこうという二点でした。この二点については守ってきたつもりですが、その考え方は違うという気分もありました。

彼らの行動様式は、日本左翼の伝統には、まったくなかった新しさとして評価していました゜世界で初めてソ連共産党の政策から流れてくるものと独立の左翼運動が開始されたと見倣したからですっ結局、あまりにも過激な行動様式のために指導者がみんな捕よってしまい、六〇年以降、運動は空中分解してしまったわけです。

彼らの行動様式は日本左翼にはいまだかつてない立派なものだったと思っています。
だいたい日本共産党やソ連共産党の流れをくんだ左翼は、一般学生には「進め、進め」と言っても、自分はいつもどこか安全なところにいました。

しかし彼らは指導者から突っ込んでいきました。学生だって気質が違っていて、マンガでも読みながら、「やっちゃえ、やっちゃえ」ぐらいの軽いノリも心得ていました。これはでたらめといえばでたらめでしょうが、あの時の行動様式に表れた新しさは、世界に類例がなくて評価できるものです。

ソビエトとアメリカという両体制が対立していた中で、双方から押し潰されず、どちらの様式をも取らなかったという意味では、彼らのやり方はいちばん妥当なもので、その運動は擁護されるべきものでした。

僕は当時『擬制の終焉』や『民主主義の神話』などで、全学連主流派の運動を支持して、日共、中共、ソ共系の運動に批判的でしたから、「あいつは怪しがらん」ということで、代々木系や市民主義系の知識人で総評や共産党と同じデモをやっていた人だちから、孤立していました。清水さんはもっとそうだったと思います。

六〇年安保の後、運動は空中分解して、いわゆる「挫折の季節」が始まる中で、自殺した学生が何人か出たでしょう。その中には僕のところに手紙をよこし、返事のやりとりをしていた学生もいました。
吉本隆明は60年安保闘争の教祖でありながら、運動そのものに違和感を感じていたという。
日本の左翼運動は共産主義革命を目指すコミュンテルンと日本人のDNAに流れる感性との対立であったと思う。天皇教徒である日本人と共産主義は最初から合いまみえないのである。吉本隆明もその違和感を感じ続けていたと思われる。

吉本隆明さんは単純な左翼と評価したくない。その理由は、単細胞な左翼や環境原理主義者と一線を画しているからだ。
例えば3.11東京電力福島第1原発事故後の原発に対する考え方だ。
日本経済新聞2011.08.05
ー事故によって原発廃絶論がでているが。

「原発をやめる、という選択は考えられない。原子力の問題は、原理的には人間の皮膚や硬い物質を透過する放射線を産業利用するまでに科学が発達を遂げてしまった、という点にある。燃料としては桁違いにコストが安いが、そのかわり、使い方を間違えると大変な危険を伴う。しかし、発達してしまった科学を、後戻りさせるという選択はあり得ない。それは、人類をやめろ、というのと同じです。

だから危険な場所まで科学を発達させたことを人類の知恵が生み出した原罪と考えて、科学者と現場スタッフの知恵を集め、お金をかけて完襞な防御装置をつくる以外に方法はない。今回のように危険性を知らせない、とか安全面で不注意があるというのは論外です」
恐怖心を100%取り除きたいと言うのなら、原発を完全に放棄する以外に方法はありません。それはどんな人でも分かっている。しかし、止めてしまったらどうなるのか。恐怖感は消えるでしょうが、文明を発展させてきた長年の努力は水泡に帰してしまう。人類が培ってきた核開発の技術もすべて意味がなくなってしまう。それは人間が猿から別れて発達し、今日まで行ってきた営みを否定することと同じなんです。

・・・原発を改良するとか防御策を完璧にするというのは技術の問題ですが、人間の恐怖心がそれを阻んでいるからです。反対に、経済的な利益から原発を推進したいという考えにも私は与しない。原発の存否を決めるのは「恐怖心」や「利益」より、技術論と文明論にかかっていると考えるからです。
科学の進歩は人類の発展そのものという持論は3.11前から一貫している。原発の開発を、石油・石炭から核エネルギーへの技術革新と位置付け、世に憚る反核運動については政治や倫理を無用に持ち込んでいると批判。
電気を使い生活し、経済を営む私達には安定した電源が必要なのです。
原発は人間の原罪に近いと私は思う。
人間は他の動物植物を殺し体内に取り込みそのたんぱく質やでんぷんをエネルギーに換えなければ生存できません。きれいごとでは生きていけないのある。
3.11後脱原発に傾く世論に対し原発を止めるのではなく、その危険性防御策を完璧に近づけていくべきだと吉本氏は主張していた。これは私の考えと同じである。

最晩年の吉本氏のライフワークは、思想家親鸞の再評価であった。
「親鸞は世界的な思想家」だ、と吉本隆明氏は言う。

インド→中国→日本と伝わった、浄土教の思想を極限に突き詰めた。キリスト教なら、ルターにも当たる存在である。

法然の弟子となり、共に流罪となって還俗させられ、「非僧非俗」を任じ、妻にあたる女性と子がいた。

阿弥陀仏はかつて、四十八の本願(誓約)を立て、約束通りに覚りを開いて、いまは極楽浄土に住するブッダだ。その第十八願は、わずか十回でも念仏を唱えれば、一切衆生を極楽に往生させる、という。では念仏が原因(修行)で往生はその結果なのか。親鸞は、念仏を唱えること自体が阿弥陀仏の救い(他力)だとした。決定的な転換である。

吉本氏は親鸞の、正定聚(しょうじょうじゅ)の考え方に注目する。念仏をすれば、極楽に往生が保証される。極楽往生すれば、次世で成仏が保証される。ならば、念仏者は互いに、仏であるかのように行動しなければならない。現世に理想の共和社会をうみだそうとする一向一揆は、この論理から生まれたのだ。

親鸞のいう浄土は「生と死のちょうど中間」だ、と吉本氏はいう。いや、浄土経典によるなら、浄土はこの世界に匹敵するもうひとつのパラレルワールドだろう。だからそれを足場に、この世界を再組織できるのだ。

吉本氏もかつて、共和社会を構想し、共産党など一切の権威を否定した。その根拠とされたのが、大衆の原像だ。寺社の官僚制に抗した親鸞の姿がヒントではないか。



吉本隆明氏の冥福を心から祈るばかりです。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

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小沢の法廷を新聞記事で読んだ。平田容疑者は麻原の法廷での態度を見て失望したという。元小沢支持者であった私は、ある意味で平田容疑者と同じ気持ちです。この二人のグルは信者を惑わしただけのマガイモノであった。
 
4億円の原資が印税と両親からの遺産・・・常に手元に置いていた?誰が信じようか?

超訳 ニーチェの言葉 -111

勢力者と権力者の実態

組織の頭となっている者、今の時代において勢力のある者、権力のある者は本当になんらかの力を持っているわけではない。その勢力や権力は人々の頭の中にある幻影なのだ。

勢力や権力が人々に作用しているから、幻影が続いているにすぎない。

彼らは何か特別な存在でも、特別な人間でもない。そのことに薄々と気づき始める勢力者や権力者もいる。本当に知性ある人は、とっくに権力者が何ものでもないことを知っている。しかし、多くの人々は、依然と幻影を見たままでいる。

『さまざまな意見と蔵言』

 いまだに豪腕小沢の幻影を抱く者達よいい加減に目を醒ませ。グルの洗脳から目覚めよ!
 
二人の教祖は何の力もなく、ただの醜い欲の塊を持ったただの俗物にすぎないのだ。
 
自分の頭で考えれば、マスコミや検察が例え小沢を嵌めようとして仕組んだとしても説明できない矛盾だらけである。検察の醜態を差し引いたとしても、小沢は醜い汚物にしか見えない。
 
裁判で共謀の有無を審議して黒白つければ済む話ではない。政治家は汚くてもいい正しい政治さえしてくれればそれでいいと私は思っている。だが、その政治もまともに出来ない男にすぎない上にあのような醜態を見てなんともおもわないのだろうか?裁判で無罪なら小沢総理でいいのか?

小沢を見て日本を救う崇高な政治家であると思い込む一部信徒にとっては汚物も聖水と思い込むようだ。かつてオウム真理教では麻原彰晃が入った風呂の水を聖水として飲んだという。そのことに気がつかないようでは、かつて麻原に帰依した高学歴信者と同様タダノ馬鹿である。

未だ小沢に幻影を抱く者達は、この裁判は勝てるとか無罪判決を勝ち取れるとか思っているようだ。

裁判に勝さえすればそれでよい、裁判に勝てばそれが正義だと思っているようだ。
だがお天道様はちゃんと見ている。

推定無罪と言うのは一般人に対してだけ有効である。
政治家に対しては推定有罪で臨まなければ政治倫理は糺せない。

麻原が世界を救う救世主ではないように小沢が首相になったとしても政局はすきでも政策能力が無い小沢はなにもできず経済は好転しない。



陸山会公判の最大のヤマ場となった被告人質問は2日間の攻防を終えた。4億円の原資や元秘書との間の報告・了承など、事件の核心部分のやりとりが続き、小沢一郎被告の説明の矛盾点や不自然さも浮かび上がった。

原資の内訳

小沢被告は土地購入のため用意した「4億円」の出どころは「個人資産」と強調し、弁護側の質問で初めて詳細を明らかにした。原資の内訳 小沢被告は土地購入のため用意した「4億円」の出どころは「個人資産」と強調し、弁護側の質問で初めて詳細を明らかにした。

口座に振り込まれていたことが判明。小沢被告は「出金された3億円が、妻名義のロ座に振り込まれたものかは分からない」としつつも、「原資になっていると思う」と述べた。
小沢被告は「相続財産が主な原資」としたが、昭和58年当時、産経新聞に「私の亡父は票田こそ残してくれたが、遺産はなかった」と説明したことがあり、略齢(そご)が生じている。

食い違い

「秘書を根本的に信頼している」「政治資金収支報告書の記載は複雑ではなく、収支を書くだけなら誰でもできる」。小沢被告はこの2つの理由から、収支報告書の作成などは元秘書らに一任していたと繰り返した。

だが、収支報告書の報告をめぐっては、元秘書らの証言と食い違う点もあった。元秘書らは年末に関係政治団体の収支を要約した「収支一覧表」を作り、小沢被告に「見せた」と証言。また、引き継ぎノートには、収支報告書の作成方法などと一緒に「全体を先生に見せる」との記述があったことが判明している。

これに対し、小沢被告は年末のやりとりについて「政治団体の運営がうまくいっているか、という程度の話だった」と説明。「(元秘書が証言したような)報告は受けた記憶はない」と否定した。

不自然さに注目

裁判官は、4億円を用意しながら土地の契約状況や決済方法について「報告を受けていない」とする小沢被告の説明の不自然さに着目した。裁判官は「4億円という大きな金額を任せて、不安に感じることはなかったのか」「元秘書が(小沢被告に)融資を頼んだ場面で、やりとりがないのは不思議だ」などと質問。これに対し、小沢被告は「秘書は家族と同様。心配しなかった」などとこれまでの主張を繰り返した。

「今も、元秘書が行った経理処理が正しいと思うか」と質問されると、小沢被告は「法律的なことまで分からないし、関心もない」と述べるにとどめた。
一切の報告を否定した小沢被告の説明が、裁判官を納得させられたかどうかは不明だ。

「今も、元秘書が行った経理処理が正しいと思うか」と質問されると、小沢被告は「法律的なことまで分からないし、関心もない」と述べるにとどめた。

一切の報告を否定した小沢被告の説明が、裁判官を納得させられたかどうかは不明だ。

陸山会事件
小沢一郎民主党元代表の資金管理団体「陸山会」が、平成16年に取得した土地の購入費を17年の政治資金収支報告書に虚偽記載したなどとされる事件。元秘書3人は東京地検に政治資金規正法違反罪で起訴された(1審有罪、控訴)。小沢氏も検察審査会の議決を受け、23年1月に強制起訴された。

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文芸春秋の公開質問状小沢一郎「全財産目録」を読んでみるがいい、そして自分の頭で考えれば明白だ。

問題になっている原資4億円の土地建物は小沢の総資産から比べればほんの一部だ。
 
小沢一郎ならび妻和子の資産は平成11年2月公開時点で推定31億円さらに小沢の証言によれば自宅に公開していない現金が4億円が加わる。
 
私も買ってしまった「日本改造計画」の印税推定1億円を含め小沢が公に国から支給された収入は10億円にも満たない。秘書を雇い選挙にお金を使い子飼の政治家に政治資金を配ってなおかつこの資産が形成されている。

文藝春秋の記事を読むと一件一件の購入履歴の不自然さは例え裁判で共同謀議を立証できなくともとても納得できるものではない。なんで沖縄の米軍基地の近所に広大な土地を所有しているんだ!

もし、小沢は国費を受け取らず自分の才覚だけで政治を行うのであれば文句は言わない、逆に尊敬しよう!だが、小沢は我々の税金から支払われる政党助成金を受け取りそれを原資に不動産ビジネスをしているのである。

一民間人であれば不動産ビジネスは問題はないが、だが小沢一郎は政治家である、どう考えたっておかしいじゃないか!


 
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これが一般人の刑事事件の裁判でであれば、有罪になることはあり得ないだろう。
刑事裁判は合理的な疑いを挟む余地がない程度まで厳格に犯罪事実を立証することが求められている。「疑わしきは被告人の利益」が大原則です。この状況で小沢一郎を有罪にするのは確かに難しい。いや不可能だろう。

小沢を「政治資金規正法違反」で、東京地検が総力を挙げて立件しようとしたが、起訴できなかったのだ。

秘書3人も「共謀」を完全に否定している。
東京地検が裁判で立憲できないから「起訴できない」と断念した案件を、「検察審査会」が、強制起訴を決定したのだから、「小沢が無罪だ」「裁判は暗黒裁判で不当だ」と小沢親派の国賊たちは騒いでいるのも理解できる。

だが、小沢が不当に政治資金で肥え太っているのは常識を持ち合わせている人間なら誰しも思う自然な疑問であって、裁判のテクニックで証拠がないから無罪だと主張しているのはお天道様(世間様)が許さないのである。

国賊たちには「世間様」という日本が古来より有するコモンローの存在を忘れているのだ。中国や朝鮮の情報操作に踊るような小沢を支持するバカには日本人が共有するニューマ(空気=世間様)を感じることができないのだろう。

9月26日、東京地裁が秘書3人を「有罪」とする判決はまさにこのニューマによるものである。この判決の延長線上では「小沢裁判」は有罪である。

秘書3人が有罪となった裁判では、水谷建設からの1億円を認定しているので、十分小沢を有罪にすることは可能だろう。

小沢側からすれば暗黒裁判だと主張するだろう。確かにそういう側面もある。

だが、小沢側が自分の無罪を世間様に納得させることが出来ると思ったら大間違いだ。資金の出所を二転三転させ、潔白だと主張しているのに、国会の証人喚問に応じない態度では世間様が納得できないのである。

今までこういった悪徳政治家の闇に司法の壁が立ちはだかり、鉄槌が下されなかったことが多かったので多くの国民は苛立っていたのである。

判決が認定した「小沢事務所の天の声」や「建設会社からの裏金」といった事実を全く無視することはできない。小沢の地元では小沢に対して次々と反旗が上がっているのだ。

小沢が語る「僕は旧来の仕組みを変えなくてはいけないと思っている。だから、既得権を持っている人には『あいつだけは許せない』という意識が働く。政権交代のスケープゴートにされた」などと言うのは、世間様がもっとも許せない。日本は古来より独裁者を生まないようにニューマ(共同無意識)が働く。邪馬台国の卑弥呼は豪族連合の担ぎ上げた象徴的な統治者で実質的な権力は無く、その統治方法が天皇家へと受け継がれていった?のである。以来日本では独裁者を生み出さないようなニューマ(共同無意識)が働き独裁者を生み出さないような力が働くのだ。

そのニューマ(共同無意識)こそ世間様というものだ。仮に小沢がこの件でまったく起訴されなければ、小沢政治が日本の伝統を破壊し、皇室すら脅かす可能性を日本人は感じた。小沢独裁は日米関係を破壊し、古来日本人が忌み嫌う中華圏への吸収になると日本のエスタブリッシュ層は感じたのである。

小沢独裁は日本を中国の一民族自治区に成り下がる危険性をはらむ。

小沢を独裁者にしたくないといのが世間様の意思だ!世間様とは国民の全てではない、学識があり日本を愛する日本のエスタブリッシュメント層の意思だ。官僚や旧体制既得権者が己の利益の為に恣意的に有罪にしようとしているというのは無知無学な下層民の思い込みである。単なるルサンチマンに過ぎない。

日本を愛する日本人が有する共同無意識というニューマが小沢有罪へ傾いているのだ。

かつて田中角栄は、旧ソ連とのエネルギー外交を進めようとしたことが米国のの逆鱗に触れ、ロッキード事件で逮捕された。私は今でも田中角栄を支持しているが、小沢は師匠と違い人徳も無ければ日本を愛してもいない男だ。潰されるべきだ。

小沢一郎を有罪として、民主党内から除名して小沢グループを離党させ、一刻も早く亡国の民主党政治を終焉させなくてはならない。

小沢が無罪と主張するバカどもの中にはこれは官僚による旧体制の維持だとか正義の味方面して言うが、今の民主党体制ほど官僚による支配に都合がいい体制は無いだろう。官僚にとって小沢無罪の方が都合が言いに決まっている事すら見抜けないのである。

この20年間、小沢一郎が政界の中心にいたからこそ日本は停滞していたのである。
小沢を抹殺して早く日本の政治を機能させなくてはならない。

小沢を支持する人間のバックには中国や北朝鮮がいる。小沢無罪は中国や北朝鮮の情報操作である事をはやく気がつけ!

もし小沢が無罪になったのであれば、中国が高笑いしてしまう。そうなれば、この国はもう終わりだ。
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「易漸象」に「君子以居贅徳善俗」と説かれ、「書大禺談」に「徳惟善政」の如く述べられる所以である。融合の世界は、徳によれば、自然無為の姿で作られる。殊に、政治上、為政者が不徳であれば、世は乱れる。世の和平安泰が政治にある事は、古今東西の歴史に示されている。
 
論語では、徳がない人間が天下を治めると世は乱れる。社会党の村山富一、民主党の菅直人、大震災の首相は徳がまったくない左翼である。このことは単なる偶然であろうか?
 
鳩山が首相だったら、東京直下型だったかもしれない。早くやめてもらって正解だった。小沢だったら日本沈没だ!

巨大地震で吹き飛んだ「菅直人退陣」のカウントダウン田崎 史郎

政権も己の力を過信ぜず、野党も口をつぐまず、衆知の結集を

千年に一度といわれる東日本巨大地震は政治の風景をも一変させた。一刻も早い被災地の人命救助が、なにより優先されることはいうまでもない。カウントダウンに入っていた首相・菅直人の退陣は遠のいた。
被災した市町村の名前を聞くたびに、その地域を選挙区とする衆院議員の顔を思い浮かべてしまうのは政治記者の性(さが)だ。青森県八戸市は自民党副総裁・大島理森の地盤だ。岩手県大船渡市、陸前高田市から黄川田徹(民主)が選出されているが、両市は中選挙区時代、民主党元代表・小沢一郎の強固な地盤であり、今も影響力が強い。

宮城県気仙沼市は自民党の小野寺五典、石巻、東松島市は民主党国対委員長・安住淳、白石、名取市は橋本清仁(民主)、福島県相馬、南相馬市は石原洋三郎(同)の選挙区。東京電力福島第一原発がある福島県大熊町、双葉町は吉田泉(民主)だ。被災地の小選挙区ではいずれも民主、自民両党の議員が選ばれている。地元の代表という点で、党派の垣根はない。

「町民1万人が安否不明」と伝えられる宮城県南三陸町(人口約1万7400人)で私は昨年11月3日、「南三陸町合併5周年記念講演会」の催しに招かれ講演した。東北新幹線のくりこま高原駅で降りて公用車で同町に移動したが、町中に入ると、リアス式海岸脇の道路をうねりながら走った。太陽の光を反射させてキラキラと輝く海と、海にせまった小高い山々の森林とのコントラストが鮮やかだった光景がまぶたに浮かぶ。

あの町の変わり果てた姿がテレビ画面に映し出される。高台にあった講演会場の南三陸町スポーツ交流村文化交流ホールはどうなっただろう。講演を聞きに来られた450人の町民のご無事を祈らずにはおれない。
現段階で民主党も自民党も公明党も、議員に取材すると方向感覚を失い、悲惨な光景に圧倒されながら手探り状態だ。今、政局の話を大っぴらにしようものなら袋だたきに遭いそうで、とりあえず、菅政権の動きを心配げに見守るほかない状況になっている。

その中でも確実に言えることは、年内の可能性もあった衆院解散・総選挙が任期満了近くになることだ。被災民が投票所に行けるような状態になるのはいつか、すぐにはめどがたたないだろう。

一方、2010年の国勢調査に基づく衆院小選挙区の区割り見直しを進めている政府の衆院議員選挙区画定審議会が勧告案をまとめるのは来年2月。新しい区割りが発表されれば、現在の区割りでの選挙は困難になり、区割り法案が成立するまで総選挙は事実上不可能だ。その後の周知期間を3カ月とするなら、解散・総選挙が可能になるのは選挙制度上も来年秋以降にずれ込まざるを得ない。

これからの2年に何をなすべきか

菅は来年9月の民主党代表選、あるいは総選挙まで政権を維持することが可能になった。

地震が発生した当日午前に在日韓国人からの献金が発覚し、予算が月末に成立したらいつ退陣しても不思議ではない状況だった。だが、社会保障と税の一体改革、太平洋連携協定(TPP)への参加問題に加えて、巨大地震による未曾有の被害という困難も加わった今、民主党政権、とりわけ菅はその任に堪えられるだろうか。

この1年半余の政局運営、とりわけ菅の言動を振り返る時、大丈夫かという不安が頭をもたげるのを禁じ得ない。福島原発の爆発事故で早くも後手に回ったり、事実の公表が遅れたりしている。

もともとイライラしがちな菅がこの難局を逆手にとって、政府が決めたことに野党が賛成しないのはおかしいと迫るような愚を犯したりしないだろうか。あるいは、野党側が空気に流され、政府の方針を何でも受け入れるようにならないだろうか?

ここは、日本の政治家の衆知を集めて対処するべき時だ。政権側が己の力を過信して野党に協力を強要するのではなく、野党も口をつぐんでしまうのではなく、これから約2年の間に何をなすべきかを考え、かつその仕組みをつくってほしい。

後世、あの政権は、いやあの時に国会議員だった人たちは何をしていたのかと言われないために-。(敬称略)
 

「震災増税」ではなく、「寄付金税額控除」、「復興国債の日銀直接引受」で本当の被災地復興支援を 【高橋洋一】

菅・谷垣「臨時増税」検討に異議あり

3月11日、午後14時2時46分ごろ、超巨大地震が東北地方太平洋沖で起きた。マグニチュードは9.0と、世界歴代4位、もちろん日本国内では未曾有だ。
震源が陸地でなく海だったため、猛烈な津波が発生した。東北地方沿岸部では、10メートル級の津波でいくつもの町が壊滅的な打撃を受けてしまった。
 とにかく今は状況把握と人命優先である。14日午後には、生存者確率が急速に低下する発生後72時間を過ぎる。なんとしても、マンパワーを最大限投入して救出してほしい。未だに地震被害の全容はわからない。 宮城県南三陸町では、町民1万7000人のうち1万と連絡が取れない状況という。
 世界各国からも救援の支援が来ている。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)では、堅牢なる日本(Sturdy Japan)という社説は、日本が地震への備えをしていたために被害がそれでも最小限であり、被災者救援に全力を尽くしているという、胸を打つ内容だった。
こういう時には、まずは一人一人ができることをやるしかない。その上で、自助、共助(周囲の人と助け合うこと)、公助(公的機関が支援すること)がうまく調和するようにしなければいけない。
 私事であるが、私の家は震度5強の地域だった。幸いにも家族や家は大丈夫であったが、私の部屋の中は本箱、コンピュータが倒れて足の踏み場もなかった。もちろん被災地や被災者と比べればたいしたことない。12日、13日と部屋片付けをしながら、とても気になったニューズがあった。
 現段階では、救援が優先されるべきでまだ復興話は時期尚早だろう。しかし、この国のトップの政治家はこうした感覚ではなく、その内容も酷いようだ。
 もちろん、救援に支障が出ない範囲で復興を検討するのはいい。しかし、13日夕方のニュースによれば、菅直人総理と谷垣禎一自民党総裁の会談の結果、その財源として民主党と自民党は臨時増税を含む時限立法を検討するというのである。わざわざ臨時増税をいう以上、本気なのだ。
 これは下策だ。
今回の地震に対しても、さきほどのWSJのように、世界は日本なら何とかやっていくだろうとみている。
 たしかに、11日は地震発生後、日経平均こそ急落した。ただ、円相場は、一時安くなったが、日本の投資家が外貨運用を円に換えるという思惑で、円高になっている。債券相場も高くなっている。こうした未曾有の天災があったときには、株価、円、債券のトリプル安になっても不思議ではないが、そうなっていない。
 しかし、復興のための臨時増税となれば、14日月曜日の相場はどうなるかわからない(本稿執筆は13日夕方)。
 もちろん、復興策は絶対に必要だ。その規模は直感的には10兆円くらいだろう。しかし、その財源として臨時であれ増税は不味い。
 この危機に増税とは理解に苦しむ。この災害時に増税しか見えないのかと思うと、一国民として悲しくなる。国民の共助を求めるなら、災害寄付金を税額控除するのが正しい方向だろう。
 日本の地震リスクを強調して、この機に乗じて日本国債にアタックを仕掛けてくるという外国ヘッジファンドの噂もある。そうした冷酷なハイエナに塩を送るような増税発言だ。
高橋是清の決断に学べ
 では、復興策の財源といえば、もちろん国債である。しかも、日銀直接引受がいい。というのは、今はデフレであるので、マネーが日本国内では不足している。被災地には当然潤沢の資金供給が必要になるが、それを全国レベルで対応するためにも、日銀が直接引受によってマネーを増やすのが正しい方向だ。
 日銀直接引受の分の国債は、実質的に財政負担にならない。例えば、その国債に対して金利を政府が日銀に払ったとしても、その分は日銀から政府への国庫納付金になるからだ。
 そのデメリットは、全国レベルでのインフレになるという点だが、今はデフレであるので、その弊害は少ない。被災地での物資不足に対して、局地的な価格上昇の可能性はあるが、それに対しては不当価格値上げがないかどうかはしっかりと行政で監視する必要がある。
 日銀直接引受というと、必ず財政法で禁止されているという反論がある。
たしかに、財政法第5条では、「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。」と書かれている。
 しかし、その後に「但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。 」と書かれている。
 しかも、あまり知られていないが、すでに衆議院を通過した来年度予算の予算総則において、日銀保有国債分については、「財政法第5条ただし書の規定により政府が平成23年度において発行する公債を日本銀行に引き受けさせることができる」と書かれている。
要するに、復興国債を発行して、国会議決でやれば日銀直接引受はできるのだ。
日銀直接引受は、昭和恐慌時高橋是清が行い、世界でもいち早く脱出できたので、世界的にも評価の高い政策だ。超巨大地震という国難であるので、従来にない発想で政治主導が求められる正念場である。
 なお、14日、15日は日銀の政策決定会合がある。日銀自ら直接引受の用意が発言すれば、それこそ歴史に残る偉業となるだろう。日銀も柔軟な発想が必要だ。
 
 
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その1から
目次
なぜ敗北すべきなのか
敗北なかりせば勝利なし
敵をつくるための負の外交政策
国の景気を悪化させる
社会を引き裂く
負けるための軍隊
勝たない戦略、負ける戦術
戦場における正しい降伏と投降
もし勝ってしまったら
快適な収容所生活のために
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
p38~40
良い戦後と悪い戦後を考えるとき、もうひとつ明白なことがある。それは、戦争の結果はあくまで自国の戦前と比べるものであって、敵の戦後と比較しても意味がないということだ。

勝利および敗北は、ある時点における交戦国の相対的な立場を指す言葉である。いっぽう戦争の良い結果、悪い結果とは、あくまでひとつの国の状況を指している。したがって勝利と敗北、良い結果と悪い結果には、いかなる相関関係も成立しない。

戦争の目的が、それ以前の国内状況を改善することにあるのなら、戦争は勝利する、つまり相手をこちらの意志に従わせるためではなく、より良い戦後をもたらすべく遂行されねばならない。
 
いくつか実例を挙げてみよう。

戦前の国内状況その1 失業者が増えすぎてどうにもならない。 
そこで戦争を始める。しかもある程度続行して、向こう何年かは仕事が行きわたるぐらいの損害を発生させる。アメリカの文明評論家ルイス・マンフォードは、『技術と文明』でこう書いている。「軍隊は、純然たる消費者の集合である…:・軍隊が活動することで、収益性のある生産が行なわれてから、収益性のある補充が実施されるまでの時間的な隔たりが、限りなくゼロに縮まる……さらに組織的な破壊が行なわれれば、確実に補充の需要が生まれる」

戦前の国内状況その2 国レベル、民間レベルの債務超過が深刻だ。
借金を返すと、さらに借金が増える。借金は借金でしか返せないからだ。そこで戦争を起こして負ければ、借金を返す必要はなくなる。敗北に革命が加われば、言うことなしだ。革命政府が、反動的な前政権の債務を返すはずがない。

戦前の国内状況その3 旧態依然とした産業が、どんどん時代から取りのこされている。
工場は古く、機械は錆だらけ。経営は効率が悪く、労使は癒着しきっている。競争相手は近代的な生産設備を導入しているから、輸出は落ちこむいっぼうだ。もはや産業構造を丸ごと破壊して、一から再建する以外にない。だが、いかなる大義があろうとも、自国の産業を粉砕するなど狂気の沙汰だ。しかし敵国ならそれができる。

戦前の国内状況その4 社会が深刻な問題を抱えている。
さまざまな集団どうしの軋轢が、コミュニティ全体の存続を脅かしている。国民をふたたび団結させるには、社会が大変動するしかない。それは戦争、とりわけ敗戦でしか実現できない。

探せばいくらでも例が出てくる。つまり国や社会にどんな弱点や欠点があっても、すべて敗戦で解決できるのである。これまでは、勝利という解決策しかなかった。だが勝利という薬は、病気そのものより始末に負えない。ところが我々の新定義によれば、敗北にはドゥ・イットユアセルフ誰でも手が届く。なにしろ自分でできることなのだから。
 敗戦によって日本はややこしい中国や朝鮮半島から手を引く事が出来た。農地解放や、ややこしい陸海軍を解散し、軍備の負担も逃れ、経済的成長ができた。世界各国へ軍隊も送り込まず兵士の血も流していない。確かに経済的繁栄した。ある意味では負けるが勝ち理論である。
 
だが、日本は大切なものを失っている、武士道的精神、大和魂だ。憲法九条と東京裁判史観は、ゲマインシャフト(共同社会:メンバーが互いに感情的に融合し全人格をもって結合する社会・家族、村社会、戦前の天皇を中心とした擬似家族社会も含むと思う)は失われ、ゲマインシャフトに代わるゲゼルシャフト(利益社会:メンバーが各自の利益的関心に基づいて結合する社会)すらも壊れ、今の日本はアノミー状態になってしまっている。精神的にはとても不安な社会でもあるのだ。
 
更に日本は繁栄を謳歌できたが、中国に占領されたチベットや東トルキスタンの惨状を見れば、盲目的に「白旗原理主義あるいは”負けるが勝ち”の構造」を真に受けてはならないのである。
 
 
本書は、日本国内の護憲擁護勢力や左翼=反日日本人=中国擁護論者=馬鹿に支持されるであろう。だが、著者はそんな馬鹿達とは同じレベルではない。
 
p42
ヒトラーは、マルティン・ボルマンに宛てた書簡にこう書いている。「歴史をざっと振りかえっただけでも、時代に関係なく海外侵略を企てた国が弱体化していくことは明白だ。最後には国力を使いはたしてしまう。こうした国が、自ら新しい勢力を誕生させたり、古い勢力をよみがえらせたりして、結局その力に屈するのは物事の必然だ。典型的な例が古代ギリシャだろう」
小沢一郎を筆頭とした反日日本人達は、狂気じみた軍備の拡張を行っている現在の中国に親近感を抱き、東アジア構想だとか、反米親中的な言動をおこなっている。中国が21世紀覇権を取る事に掛けてもいるような卑屈な奴らもいる。だが現代中国は平和主義勢力などではなく、海外侵略を企てているとしか思えない異常な軍備の拡張を行っている。その軍拡は、やがて中国を没落させるであろう。
 
さらに、反日日本人のドグマである第二次世界大戦における日本の侵略性についての根拠を著者は明確に否定している。
p51~53
敵にするのがいちばん、難しいのは、隣接する敵も同盟国もいない島国だ。
1940年代はじめ、アメリカは日本を敵にして戦争に引きずりこもうとしたが、このときも相当苦労した。ルーズヴェルト大統領は、まずアメリカ国内にある日本関連の資産と債券を凍結し、さらに航空機燃料と工作機械の日本向け輸出を禁じた。フラーの『制限戦争指導論』によれば、これは「経済戦争の布告」にほかならなかった。しかし経済戦争の布告ぐらいでは、
日本はアメリカにあからさまな敵意を抱いてくれない。1941年11月5日、チャーチルは、ルーズヴェルトにこう書いている。
日本はまだ最終決断に至っていない。どうやら天皇が待ったをかけているようだ。
プラセンシアで話しあったとき、貴殿は時間を稼ぐことだと言ったが、この方法はいまのところ功を奏している。英米両国が輸出禁止の措置をとったことで、日本は平和か戦争の決断を迫られている。
1941年11月20日、日本政府はワシントンに和平案を送った。ルーズヴェルトはこれを無視し、10か条の覚書を突きつけた。日本にしてみれば、これは最後通告だった。
陸軍長官ヘンリー.L.スティムソンは、真珠湾攻撃に関する上下両院協議会の席で、覚書を出した理由を次のように語っている。「問題は、どうすればこちらが大きな危険にさらされることなく、日本に口火を切らせることができるかということだった」
 本書は敗戦がいかにすばらしいかを論じているのだが、次に、自国を敗戦にもっていく手立てとして経済を悪化させることを推薦している。
 
p60~62
不景気が悲惨なものであることは言うまでもない。適切な時期に手を打たなければ、経済は立ち往生する。デフレを止めるたったひとつの解決策が、インフレである。しかしそのインフレも脅威であって、デフレ(不況)でしか取りのぞけない。つまり経済の苦境は、別の同じくらい深刻な苦境でしか救えないのである。

J・ペンは、『近代経済学』でこう書いている。「経済が微妙な均衡状態にある場合、繁栄のなかにも景気変動の危険が潜んでいる。つまり我々の生きる世界は不安定であり、インフレとデフレの脅威にたえずさらされている」しかし、崩壊に向かっているはずの経済でも、景気が良いときがある。それはいったいどうしてだろう?

すでに指摘したように、経済の繁栄は、やがて訪れる破綻の前兆なのである。いまが好景気だとしたら、災難はすぐそこまで来ている。そんなとき我々にできることが残されているとすれば、それは経済をほんの少し後押ししてやることだ。デフレに向かつていればデフレを促進し、インフレに向かっているならインフレを助長すればいい。経済を一定方向に向かわせるのは技術的な問題なので、専門家なら誰でも簡単にできる。

経済がインフレ傾向にあるときは、公共投資を増やし、減税し、金利を引き下げ、通貨切り下げを検討していると発表すればいい。インフレヘの恐怖心一こうした状況ではたいへん役立つ)をあおるうえで最も効果的なのが、政府による通貨切り下げの発表だ。もちろん、この約束は果たされない。通貨切り下げは逆にインフレ対策になってしまうからだ。

経済がデフレ、つまり不況に向かっているときは、あらゆる公共事業を中止し、産業や商業への助成金を打ちきり、福祉予算を切りつめ、増税し、金利を引き上げる。もちろん通貨切り下げの発表も忘れてはならず、金本位制に戻ることにすればなお望ましい。繁栄している経済をだめにするのが我々の目的だが、へたをすると状況を改善してしまう危険がある。
 
落ちこんだ景気を良くしようとして、逆に悪化させることはよくあるが、これも確実な方法ではない。アフリカやアジアの発展途上国では、経済を発展させるあらゆる試みが功を奏している――つまり、経済状況はますます悪くなった。いっぽうイギリスでは、1970年に政権をとった守党の経済改革が大混乱を招いた。インフレとデフレの両現象が同時に発生し、たがいに打ちけしあうことなく混在する事態になったのだ。

1971年7月20日付の『タイムズ』紙によると、この奇妙な現象に大蔵大臣は衝撃を受け、経済学への信頼を失ったという。
さらに、敗戦を確実にする為、社会に対立の種を撒き煽ればよいとされている。
階級間、都市と地方、宗教間など対立に火に油をそそぎ、社会を引き裂けばよいとしている。さらに、軍隊・警察や検察に蛮行を行わせるのも効果的だとしている。
社会保険を廃止したり言論の自由を奪っていくのだ。

P67
対立を激しくさせるには、参加者に理想主義を吹きこむことも必要になる。
(略)
ルイス・コーザーは、こうも言っている。「対立の参加者が、自分は集団や共同体の代表にすぎないと考え、いま戦っているのは自分のためではなく集団の理想のためだと信じている場合、その対立は個人的な理由で戦うものより、さらに過激で残酷になりやすい。個人的な要素を排除すると対立がいっそう激しくなるのは、個人的な闘争によく見られる緩和の要素がなくなるからである」
 p69
中核となる対立を強め、ほかの対立はすべてそこに組みこみ、それが難しければ対立の形そのものを変える。これでもはや基質はなくなり、亀裂しか残らない。亀裂が生じた瞬間に、社会は――自動的に――分断される。だが、基質型の対立があまりに多く、また深く根づいているために、吸収や変更、排除ができない場合もある。このときはまったく別の方法を使う。新しい住民を投入するのだ。
新しい住民を呼びこむ、つまり移民を入れさえすれば、社会を分裂させる困難は一気に解消される。ご承知の通り、移民はとかく群れやすい。彼らは同じ地域に住み、同じ言語を話し、同じ神を崇拝し、特定の職業を独占する。従来の住民と移民とのあいだに走る亀裂は、ぜったいに修復できない。
なんと、民主党は日本をまた素晴らしい敗戦へと向けひたすら努力している!
 
ルーピー鳩山 が、沖縄vs本土という対立を作り出し。菅直人が、小沢VS反小沢という対立を作り、小沢一味が検察相手に国民の信頼を揺るがせる為に火をつけている。
 
そして、「国会法」改悪、「人権侵害救済法」「夫婦別姓法」「外国人参政権法案」と民主党が目指す法案は、日本を再び敗戦とさせる為の社会構造の崩壊政策を意図したならば実に見事な政策である。 無能なリーダーによる政治主導が日本を滅ぼしかねないのである。
 


 
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イメージ 1シモン・ツァバル 
Shimon Tzabar

1926年イスラエル・テルアビブ生まれ。ハガナ、エッツェル、レヒといった過激派組織を渡りあるいたテロリストで、第2次世界大戦前のパレスチナで対英攻撃に従事した。イスラエル建国後は、第1~3次中東戦争にも加わった。40年ほど前、イスラエルとシリアの戦闘機による空中戦を目撃した著者は、戦争が何をもたらすかを考えるようになった。イスラエル反休制派の雑誌IsraelImperialNewsを創刊し、現在も編集委員。作家として児童書、小説、旅行書、戯曲、詩を執筆。コラムニストとして新聞にも寄稿。現在はロンドンでジャーナリストとして活動するかたわら、アマチュア菌学者としてアセタケとフウセンタケを専門に研究している。他の著作に"PhantomStrikesAgain"(1988)がある。
 
藤井留美
翻訳家。主な訳書に『話を聞かない男、地図が読めない女』(主婦の友社)、『サルとすし職人』(原書房)など。
 
 
1989年、バブル全盛の頃、三菱地所がロックフェラーセンターを買収しSONYがコロンビア映画を買収した。米国人達は「第二次世界大戦(大東亜戦争)の真の勝者は日本ではなかったか?」と自問した話は有名である。
p6~7
一般的には、戦争に勝利すればバラ色の戦後が、負ければ悲惨な戦後が待っていると思われている。戦争に勝つための要素と、良い戦後を生みだす要素が同じなら、たしかにそうかもしれない。だが現実には同じでないため、勝利は幸せな戦後を約束しないし、敗北が惨めな戦後をもたらすともかぎらない。

たとえば先の第二次世界大戦では、ドイツと日本が惨敗したわけだが、どちらもその後見事に復興し、戦勝国であるイギリスやフランスよりも豊かな戦後期を迎えた。ここ数百年、負け戦続きの中国も同じである。ロシアも20世紀が始まってから負けっぱなしで、1942年にもドイツ軍に侵攻されたが、このときはドイツのほうが勝利の重みに耐えきれず自壊してしまった。

敗戦には、文化や社会、経済面だけでなく、軍事的にも利点がたくさんある。第二次世界大戦が始まった当時の日本は、封建社会と近代経済が合体した怪物のような国だった。

もし戦争に勝っていたら、怪物はますます巨大化し、いずれは国を滅ぼしただろう。千年という不敗の歴史が育てた怪物は、敗北で倒すしかなかった。広島と長崎に投下された二個の原子爆弾が、それを成し遂げたのである。

敗戦は、日本が異常な社会構造から脱却することを助け、経済や社会生活、芸術などあらゆる分野に利益をもたらした。
いきなり 「広島と長崎に投下された二個の原子爆弾が、それを成し遂げたのである。」 はないだろう。 訳者の藤井留美氏はこれでも抑えて書いたのではなかろうか?しかし、この文章は日本人としてはとても許容できるものではない。原子爆弾による戦争犠牲者を出さないために、戦争には負けてはならないし、軍備を怠ってはならないのである。
 
左翼といわれる、反日日本人はおそらく本書を読むと、感動しカン違いするであろう。ダカラ憲法9条を大切にしようと思うに違いない。9条は日本を確実に弱体化させる根源であるからだ。だが私は三個目の原子爆弾を日本国内で爆発させてもいいとは思っていない。
 
何故保守系ブログにて負け犬根性を賞賛する本書は価値があるのだろうか?と、疑問に感じるでしょう。著者の立場を考え冷静に本書読むとその盛り込まれたアイディア、提案は実に目から鱗が落ちるのであります。 
 
著者は有史以来戦争に負け続けてきたユダヤ人でしたが、第一次~第四次中東戦争に勝ってしまい、パレスチナ政策では世界中から非難され続けているイスラエル人なのです。そしてそのイスラエルの反体制派であるのです。著者は日本の護憲派とは違い、単なる負け犬ではなく、一種の皮肉としてイスラエル政府を非難したのが本書であります。
p8~10
ドイツが戦争に勝利していたら、ヒトラーとその取り巻きによるナチス支配が続き、ドイツだけでなく全世界が破滅を迎えていただろう。
 
もしドイツが戦争に勝っていたら、あれほど急速な経済発展もありえなかった。軍隊を遠い外国に常駐させなければならず、その費用が経済を圧迫したはずだ。戦勝国のフランスやイギリスが、戦後数十年間、頭を悩ませてきたのは、まさにこの問題なのだ。

敗北に関して最も経験豊富なのは、何と言ってもユダヤ民族だろう。二千年ものあいだ、彼らは敗北のプロフェッショナルであり続けてきた。ユダヤ人が関わっていない敗北や降伏、敗走は数えるほどしかない。だがユダヤ民族の歴史は、どんな勝者よりも連綿と続いている。

イスラエルを襲った古代王国の数々は、いまどこにあるだろう?ユダヤ教の会堂を焼き払った古代エジプト人やバビロニア人、ギリシャ人、ローマ人はどこに行ったのか。彼らがみな滅亡し、勢力地図から姿を消したあとも、敗者であるユダヤ人は生き長ら えた。ユダヤ人たちは何度打ち負かされようと、そのたびに気力をみなぎらせて一からやり直してきたのである。

戦争は勝利しない限り最善の結果を得られない。それがこれまでの一般的な見解だった。

だが、その考えに疑問を抱く者もいた。なかでも有名なのが、古代ギリシャのエペイロスを治めていたピュロス王である。ローマ軍を破った彼は、勝利を祝う友人たちに言った。「だが次も勝利すれば、我々はおしまいだ!」
 
皇帝ユスティニアヌス一世のもと、ビザンティン帝国を守って領土拡大に貢献した将軍ベリサリオスも、そのひとりだ。アンティオキア急襲をもくろむサラセン王が、ユーフラテス河沿いを進軍していると聞いて、攻撃を迫る家臣にベリサリオスはこう答えた。「真の勝利とは、自軍の損害を最小限に留めつつ、敵に目的を断念させることだ。それを達成した以上、戦いに勝ったところで得られる利益はない」
 
イギリスの詩人サミュエル・ロジャーズによると、ワーテルローの戦いのあとにウェリントン公はこう言ったそうだ。 「このような勝利は、敗北の次に不幸な出来事である」

ピユロス王やウェリントン公がこんな言葉を残したのも、世間一般の認識と現実が異なることを知って驚いたからだろう。ベリサリオスの言葉はさらに深い。
この偉大な将軍は、勝利抜きでも目的を達成できることを知っていたのである。
 
(略)
 
ナポレオンは輝かしい勝利をいくつもおさめ、ドイツはオーストリアとの戦争(1864、1866年)にも、フランスとの戦い(1870年)にも勝利した。日本も1895年と1905年にそれぞれ中国とロシアを下している。しかしこれらはすべて、フランス、ドイツ、日本がいずれ迎える敗北の予兆にすぎなかった。戦争当事国において重要なのは、最後に行なった戦いの結果のみであるとクラウゼヴイッツは言う。
だが、過去の事実をもとにその言葉を広く解釈するならば、戦場での武勲は、戦争の勝利ではなくむしろ敗戦を招くということになる。
 
(略)
 
アメリカの小説家ジョーゼフ・ヘラーは『キャッチH22』のなかで、もっとはっきり述べている。
 
きみたちは戦争に勝つことばかり重視する:…だが本当に重要なのは負けることであり、どの戦いなら負けていいかを見極めることだ。イタリアは何世紀にもわたって敗北を重ねてきたが、それでもこんなに立派にやっている。
 
いっぽう戦争に勝ち続けているフランスは、つねに危機的な状況にある。ドイツも負けてから繁栄した……イタリアはエチオピアとの戦争に勝ったとたん、深刻な事態に陥った。
 
我々が狂気じみた誇大妄想を抱き、勝つ見込みのない世界大戦に突入したのも、勝利のなせるわざだ。
 
だがいま、我々はふたたび負けようとしている。すべてが良い方向に向かっている。もし、首尾よく負けることができたら、かならずや成功が訪れるだろう。
 
 P16~18
戦争では、いつぽうが降参した瞬間、勝者は敗者のすべてを手に入れる。しかし正義や同情、共感、慈悲はつねに敗者に向けられるため、勝者は少なくともモラル的には負けたことになる。以前の扱いから手のひらを返したように、侵略者のレッテルを貼られることもある。悪辣な主戦論者でさえ、戦争に負ければ同情を集める。戦っているあいだは、正義は立派な主張であり、一種の武器になる。

だがひとたび戦争が終わると、正義は勝者から遠ざかる。勝利でかちとった権力に正義や道徳を持ちこんでも、笑い者になるだけだ。イスラエルは、1967年の第三次中東戦争(六日戦争)で圧倒的な勝利をおさめたことで、国際世論の支持を一気に失った。

アラブ人の土地を奪ったことをいくら道徳的に正当化しようとも、その主張はうつろに響くだけである。いまもイスラエルは、テロの対抗措置と称してパレスチナを爆撃している。

道徳と正義に見放された勝者には、ありとあらゆる災難が降りかかってくる。人びとの精神は堕落し、若い世代は失望感に襲われ、善人ぶった文化がのさばる。それに責任も重大だ。勝者は自国だけでなく、負けた国の面倒も見なければならない。ひとつの国を統治 するだけでも大仕事で、それができずに倒れた政権は数えきれないというのに、二つの国を取りしきるのがどんなに大変か。それも二つのうちひとつは、敗戦で壊滅状態なのだ。

戦勝国は、敗戦国の経済や産業、警察、軍隊、教育、外交、交通などをすべて管理しなければならない。「悪いけど、そっちにまで手がまわらないんだよ」と言うことは許されないのだ。勝利は責任を意味する。勝った者は支配し、統治するしかない。だがこれが、敗 者にはかりしれない可能性と機会を与える。
 
ローマの詩人ホラティウスは、持ち前の鋭い観察眼でこう書いた。「[ローマ人に]征服されたギリシャは、逆に彼らを征服し、あか抜けないラティウムの地に芸術をもたらした」

敗戦国をいかに統治するかという問題は、とても複雑だ。へたをすると将来の敵をつくったり、対立の種をまくこともありうる。イギリスの陸軍少将J・F・C・フラーは、『制限戦争指導論』でこう述べている。「戦争の歴史のなかで、敵と味方が入れかわる事態がいかに頻繁に起こってきたか。したがって敵を倒したら、立ちなおらせてやることが賢明だ。次の戦争では、かつての敵に助力を仰ぐかもしれないからである」もっとも本書は勝者の手助けをすることが目的ではないので、この問題には深入りしない。
 
ただ、負かした敵の扱いは難しいとだけ言っておく。勝った国は厳しい状況のなかで、経済、行政、社会のあらゆる面で困難な課題に取り組み、問題を解決しなければならない。いっぽう敗戦国はというと、自分たちのことだけ考えていればいい。
朝鮮半島は日本が統治したおかげで、衰退した儒教小中華の後進国から近代化できたのだ。中国も帝国陸軍に連戦連敗したおかげで日米戦の漁夫の利を得たのである。
 
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北野誠 無期限謹慎処分 【2ちゃんねるより抜粋】
北野誠は特段に好きなタレントというわけでもないが、もはや看過できない!北野誠といえば噂の東京マガジンや探偵ナイトスクープで無難に役割にこなすタレントであることは承知している。最近はテレビをあまり視ないので芸能ゴシップに疎かったが突然の無期謹慎処分、いったい何が起きているのかさっぱり解らなかった。が、どうやら創価学会の虎の尾を踏んでしまったとの観測が流れているらしい。

だいたい、何で謝罪するのか自から語らないのだから、皆まったく何故謝罪するのか理解できない。自分の為に犠牲になる家族や周囲の関係者への謝罪だと言えばそのとうりなのだろうが、巨大な圧力に怯えている発言で察しはつく。

もし、YouTubeにUPされていることが事実ならば、我々普通の市民ははもう、創価学会に対し「NO!」を突きつけるべきではないだろうか!真相を語らず、中途半端に謝罪するなら、北野誠を支援する気も無くなる。もし本当に悪い事をしたなら記者会見を開き謝罪すべきであるし、悪いことをしていないなら謝罪する事はない、最後まで己を貫き通せばいい。しっかりしろ北野誠!

詳しい事情を語らず番組降板したり、芸能界を引退しなければならない失言とはいったい何か?憶測として流れている一つにある芸能プロダクションの社長の悪口程度ではこのような事態はありえないと考えるのが普通だ。


朝鮮総連は拉致事件発覚以降圧力団体の力を失い、考えられるのは被差別住民団体と、創価学会に絞られる。運動車(街宣車)を用いる団体はこのような姑息な事はしないはずだ。

私は個人的偏見と一方的な決め付けと憶測でこの記事を書いているので、万が一創価学会が絡んでいない場合はこの記事を削除して反省文を載せることとするが、芸能界に勢力を持つのは創価学会の線が一番濃厚である。創価学会が絡めばおよその事は察しがつく。

問題は一切が伏せられていることだ。北野誠も人間だから、自分が復帰する為には何があったか言えない、それも理解できるが、北野誠を使用していたマスコミも芸能関係者も恐怖のあまり、一切口を割らない、このことが異常だ!日本は言論の自由が無いのか!ふざけている!これは日本のマスコミの死だ!

大手マスコミは創価学会の軍門に下ったのか!我々も看過してはいけないのだ!この問題はやがてこういったブログにも危険が及ぶ恐れすらある!学会員以外のブロガーは強く発言すべきと考えます。

私はこのブログを読んでいる方ならお分かりだと思いますが、私は保守主義者であり民族主義的な思想を持っています。国を心から憂う者です。選挙権を貰ってから自民党へ投票し続けたが、しかし最後に自民党に投票したのは何時の頃かもはや忘れてしまった。

もちろん郵政選挙の時にも民主党へ投票した。次の総選挙でも自民党へは投票するつもりはありません。創価学会というカルト宗教集団と絶縁しない限りけして自民党を応援したくはありません。

今日日本がここまでおかしくなったのは、自民党が政権にしがみつく為、公明党や社会党と節操無く合従連合した政治の責任、その政治を腐敗させたのは選挙に行かない我々日本人自ら招いた人災なのです。

今日の日本の衰退は、アメリカや中国の外国のせいではなく、ロスチャイルドの陰謀のせいでもない、選挙に行かない我々が、カルト集団をのさばらせ政治腐敗を生み、官僚がのさばらせたのです。ある意味では自業自得なのです。

日本人はいい加減に目を醒まし、SGカルト集団にマイノリティであることを思い知らせなければならない。日本を良くするには政治からカルト集団を追い出すことから始めなければならないと思います。

もっとも、池田大作の余命もあとわずか、有力な後継者がいないこの組織の寿命もあとわずか、ほって置いてもいずれこの組織は内部抗争の末、瓦解することになるだろう。創価学会は実は池田大作後の先が見えないために、組織的に焦っているのかもしれない。

この北野誠無期謹慎事件の底流に流れている闇を私の偏見と憶測で考えるならば、後継者を狙う者がイベントなどで創価学会批判ネタで人気を取っていた北野誠を血祭りに上げることで組織内での勢力を伸ばそうとした事件ではないだろうか?

北野誠無期謹慎事件がもしかすると池田大作後の創価学会のターニングポイントなる可能性がある。次の選挙で勝ち残らなければ、創価学会は存亡の危機に曝される恐れがあり引き起こしたと想像できる。

しかし、この事件に創価学会がかかわっていたことが白日の下に曝された時、彼らはこれが自爆行為であったことに気がつくはずだ。我々中産階級のルサンチマンの矛先を一身に受けることとなるかもしれない。悪役となってもらうには最適な集団だ!所詮利権集団、瓦解する過程で中産階級の憎悪を衰退する創価学会に向ければ、中産階級は勝利の幻想を味わう事も可能であろう。

いずれにしても焦る事はない、池田大作氏の閻魔大王との会談まで時間はいくらも残されてはいない。


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転載してます ブログUPのため
【騒音おばさんの真実】泣きます、そして日本のマスコミの欠陥と創価学会への怒りがこみ上げます。

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危機感駆動型ニッポンの危機!?ネガティブなニュースの濁流に流されるな
日経ビジネスオンライン 2008年3月12日 水曜日 竹中 正治
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080310/149475/?P=1

'''危機感駆動型ニッポンの危機!?ネガティブなニュースの濁流に流されるな'''
日経ビジネスオンライン 2008年3月12日 水曜日 竹中 正治 

 2003年、米国ワシントンDCに赴任し、DCに隣接するメリーランド州のカーディーラーで自動車を買った時のことである。購入してから2~3日後に自動車メーカーから顧客満足度アンケート(Customer Satisfaction Survey)にご協力くださいと電話がかかってきた。販売店のサービスに対する購入者の満足度を調査するものである。 
 諸項目について「素晴らしい(Excellent)」「とても良い(Very Good)」「良い(Good)」「普通(Fair)」「不満足(Unsatisfactory)」の5段階評価で選べと言う。普通に満足していたので「とても良い」と「良い」を中心に「素晴らしい」も少し交ぜて回答した。 

'''褒める米国、けなす日本'''
 1~2週間してから、販売店の営業担当者から私に電話があり、「買った車に何か問題がありますか?」と聞かれた。「問題ないよ。新しい車を楽しんでいるよ」と答えると、「それじゃ、満足度調査でどうしてあんなに悪い評価をくれたのですか?」と言う。 
 「悪い評価なんて回答してないよ。おおむね“とても良い”と“良い”で答えたよ」と言うと、「あんた! そりゃひどいスコアってことだよ」と愚痴られた。「素晴らしい(Excellent)」以外は「問題あり」のバッドスコアなのだそうだ。 
 だが、日本人はよほど感動でもしない限り「素晴らしい」なんて言わない。 
 これは顧客満足度調査に限った話ではない。学校で先生が生徒を指導する時も米国では「Excellent! Great! Perfect!」の連発である。ゴルフ練習場でもお父さんが小学生の息子にクラブを振らせて、ちょっとでもボールが前に転がれば、「Excellent! Great! Perfect!」を連発している。日本人だったら上手にできても「よくできた(Well done.)」でおしまいだ。 
 米国で数年育った帰国子女が日本の学校でよく感じる不満は、「学校の先生が全然褒めてくれない」ことだという。これは企業でも同じであり、海外の日系企業で日本人上司と部下の米国人の間で相互不理解の原因によくなる。 
 日本人上司は米国人スタッフの勤務態度や実績に特に問題を感じていない場合でも、米国人スタッフは「日本人上司が自分のことを全く評価してくれていない」と感じて不満を鬱積させる。 
「危機感が足りないぞ、おまえ!」と子供に言う異様さ
 要するに米国人は相手のパフォーマンスを評価する立場にある場合、ポジティブな表現に気前が良く、日本人は極めて禁欲的である。その反対にネガティブな表現を米国人はあまり使わない。最悪でも「OK」であり、それ以下の表現は相手と喧嘩する(あるいは部下ならクビにする)つもりでなければ普通は使わない。米国映画を見ていると頻繁に「fuck you」なんて台詞が出てくるので、米国人は気軽に罵り合うようなイメージを抱いているとすれば、それはちょっと違うのだ。 
 一方、日本人の方が職場や教育現場でもネガティブな表現を気軽に使う。学校の先生が勉強の足りない受験生に「危機感が足りないぞ、おまえ!」なんて言うのは常套句だろう。 
 表現に関する文化的な違いと言ってしまえばそれまでであるが、どうも根がもっと深いのではないだろうか。日本人の某教育アドバイザーがある雑誌で、生徒の親と面談した時のことをこう書いていた。 
 「自分の子供の良いところを3点挙げてくださいと言うと、困ってしまって真剣に考え込む母親が多い。反対に良くない点を挙げてくださいと言うと、自信あり気にスラスラと答える。困ったものだ。お母さんにはもっと子供をポジティブに見る眼と言葉を持って欲しい。それが子供の内発的な動機を高め、向上感、有能感、他者受容感、自尊感情を育てることになる」
 
'''「危機」「崩壊」の文字で溢れ返る日本の経済誌'''

 最近の日本の経済誌の表紙を思い出してみていただきたい。「危機」「崩壊」などの見出しがなんと多いことか。 
 そこで実際に数えて比較してみた。日本の週刊経済誌(エコノミスト、東洋経済、ダイヤモンド)と米国のBusiness WeekとTIMEの2007年1年間の表紙の見出しから、明らかにポジティブ、ネガティブと分類できる用語を拾った
日本の雑誌からはネガティブ用語が73、ポジティブ用語が23で、割合は76%対24%となり、圧倒的にネガティブ用語に傾斜している。一方、米週刊誌からはネガティブが32、ポジティブが25で、割合は56%対44%となり、ネガティブ用語がやや優勢だがおおむねバランスしている。 
 日本の雑誌で最も頻繁に登場したネガティブ用語は、「崩壊」が9つ、「バブル」が8つ、「危機」が8つである。一方、米国では「crisis」が3回登場したほかには、頻繁に繰り返されるネガティブ用語は見当たらなかった。もちろん「危機」も「crisis」も2007年に顕在化した米国のサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)危機に絡んで用いられている場合が多い。 
 おっと、うっかり! 肝心の日経ビジネスを数えるのを忘れていた。数えてみて驚いた。日経ビジネス(本誌)だけは、ネガティブ用語36%、ポジティブ用語64%で比率が逆転している。ポジティブトーン、私は好きだ。しかし日本のカルチャーの中では一歩間違えると「能天気」と言われかねない。 
 日本のメディアは「危機」や「崩壊」などのネガティブ用語を多用して世間の雰囲気を悲観的な方向に傾斜させている──などと言うつもりはない。私はメディアの編集者らが日本人読者の強く反応しそうな用語を選んでいる結果に過ぎないと思う。 
 日米を問わず、一般にメディアは良いニュースよりも悪いニュースに紙面を割き、センセーショナルに報道する傾向がある。これはメディアの偏向と言うよりも、ある程度までは、良いニュースよりも悪いニュースにより敏感に反応する傾向が人間(読者、視聴者)にある結果だと思う。 

'''悪いニュースを求めるのは生き延びるための本能?'''

 行動ファイナンスの研究によると、人間にとって「損」と「益」に対する感覚は対称的ではない。損が生じる苦痛は同額の益が生じる喜びを上回ることが実験で確認されている。これから類推すると、悪い情報と良い情報についても、同様に人間の感覚は非対称的のように思える。 
 これは、進化──淘汰と適応──の結果生じた人間の性向だと考えると納得できる。特定の場所に「実をつけた木がある」という情報(良いニュース)と「捕食動物がいる」という情報(悪いニュース)のどちらに強く反応する性向の方が生き延びる確率が高くなるだろうか。「木の実情報」を聞きもらせば、食べ損ねるだろうが、すぐに餓死するわけではない。一方、「捕食動物情報」を聞きもらせば、今にも襲われて死ぬ確率がぐんと高くなる。 
 しかし、米国人より日本人が「危機」に代表されるネガティブ表現を好むのはどうしてだろうか。 

つづく
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