Ddogのプログレッシブな日々@ライブドアブログ(仮)

政治経済軍事外交、書評に自然科学・哲学・聖地巡礼・田園都市ライフ、私の脳の外部記憶媒体としてこのブログに収めています。日々感じること、発見したことを記録していきます。同時にそれが、このブログをご訪問していただいた方の知識や感性として共有できれば幸せに思います。

タグ:地方自治


舛添知事の疑惑をテレビはこの一カ月半伝え続けた

6月15日に辞意を表明した舛添要一東京都知事。正式には今日、6月21日に辞職するという。
4月27日発売の週刊文春で、舛添知事の公用車による別荘通いが報じられてから55日で辞職に追い込まれた。不思議なことに、法律を犯したわけではないし、主に追及されたのは都知事になる前の件だ。なぜ彼が辞めねばならないかを明確に説明できる人はいないのではないか。それなのにこれほど多くの人々に辞職すべきと断じられた政治家もいないだろう。
私は5月9日の夜、TBS「NEWS23」に出演した舛添氏があまりに部下のせいにばかりすることにあきれ果て、Yahoo!ニュースに記事を書いた。
自分で自分を炎上させてしまった舛添都知事が挽回する方法
番組放送後にTwitterを調べたら、あからさまに人びとの怒りとあきれ返った様子が表れていたので、そのデータを紹介した。多くの人の怒りに本当に火をつけたのは、この「NEWS23」出演だったかもしれない。
その後、週刊文春は舛添氏に関するスクープを連発した。他のマスメディアはその後追いをする形で、こぞって舛添氏を叩き続けた。「週刊文春にはこう書いてありました」だけで構成している番組もあった。私はそれに辟易して、5月30日にまた記事を書いた。
舛添都知事についてテレビはどれだけ伝えたか(そしてメディアのイナゴ化について)
最初の文春記事から一カ月でテレビは舛添問題をどれだけ報じてきたかを検証したものだ。
その後もマスメディアは舛添氏を叩き続けた。私はいよいよ辟易し、周囲には同様の意見も多く聞こえてきた。日本中の信頼を失っていたので辞めてしかるべきとは思うが、辞めると言うまでメディアは叩き続け、バッシングによって辞めさせられたようにも思える。さらにそれをネットが過剰に煽っていたのではないか?そんな疑問を私は感じていた。それを確認できないかと、分析会社にデータを提供してもらった。                                                      
テレビ報道は舛添氏が会見をするたびに過熱していった

まず、舛添氏の問題をテレビがどれくらい伝えたか、その推移を追ってみた。テレビ放送の内容をデータ化するエム・データ社に依頼し、TV Rankというツールで「舛添」を内容に含む番組を”見える化”してみた。
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データ提供:エム・データ社                                                                                           
見てもらえばわかる通り、舛添氏の問題を扱った番組の数が円の連なりで示されている。文春のスクープ後すぐに連休に入ったので一度報道は中断したが、連休明け5月9日の「NEWS23」の出演から火がつきはじめた。ちょっとした法則性が見受けられ、定期的に”山”ができている。調べてみると、13日と20日の都庁での定例会見、6月1日の都議会での所信表明演説、そして6日の弁護士による第三者調査の発表時に”山”ができているのだ。要するに、舛添氏が人前に出てきて何らかしゃべるたびに、そのことがわあっと報道されている。
そのあとはワイドショーや夜のニュースでそれぞれの会見内容をフォローしたり、別の疑惑について紹介したりするのが定番化していた。会見が報じられて、そのあと一週間フォロー報道が続き、また会見が行われる、というパターンだ。
5月半ば以降からマスメディアの舛添報道が徐々に過熱し、ヒートアップしていったことがよくわかる。だがそれは、マスコミが過剰に煽ったとか、暴走したとは言えなさそうだ。むしろ舛添氏の会見にきれいに合わせて報じていっただけだと言える。ヒートアップしたとしたら、舛添氏が会見するたびに市民感覚を逆なですることを言ったり、言い訳が逆に世間の心証を害したりした結果だと解釈したほうがいいように思える。会見によって沈静化するのではなく、会見が燃料を注ぎ入れる形で燃え続けた。                                      
Twitterの反応は、マスメディアの報道に沿った素直なものだった

では同じ時期、Twitterはどう推移したのか。ソーシャルメディアの分析会社、データセクション社に依頼し、「舛添」を含むTweetの数を出してもらった。(10%抽出データで、実数値は10倍したものと考えてほぼ間違いない)それを折れ線グラフにしたものが、これだ。
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データ提供:データセクション社                                                                                     
5月9日以降盛り上がりはじめ、13日と20日にやはり山ができている。その後5月後半は徐々に下がっていたのが、6月に入ってまた増加し、15日の辞職表明を受けて急上昇している。
私は、テレビ番組のデータとは乖離する部分が、後半に出てくるのではないかと推測していたのだが、むしろ大まかには比例しているように思えるグラフだ。Twitterの反応は、報道を受けての素直なものなのだろう。
そこをはっきりさせようと、二つのグラフを強引に重ねてみた。それがこの図だ。
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作ってみてびっくりした。大まかにどころか、ほぼ比例している。5月下旬には少々乖離が見られるものの、6月6日以降、つまり弁護士の会見以降、テレビ報道と明確に連動して反応が推移している。
これは、あの弁護士会見が決定的にネガティブな結果をもたらしたと言えるかもしれない。6月1日の都議会での所信表明時にはテレビ報道とTwitter件数には乖離が見られるのだが、弁護士会見後に再び相関性が出てきている。弁護士会見は、何も弁護できてなかった。それどころか不要に火に油を注いだと言えそうだ。                                                                                                                                                                          
マスとソーシャルのメディアが煽ったのではなく、舛添氏の自責点

今回の舛添氏の疑惑発生から辞職に至るプロセスは、かなりイレギュラーで異常な現象だったと思う。明確な法律違反はないにも関わらず、日本の首都の知事が辞めてしまったのだ。そこには、マスメディアが必要以上に世間を煽ったり、ソーシャルメディアで人々が無軌道に扇動したりが潜んでいるのではないかと懸念した。
だがデータから見えたのは、マスメディアは舛添氏の会見を定期的に伝えていたし、ソーシャルメディアでは人々がその報道を見て率直に反応していたことだった。メディアが錯綜して世の中を異常にヒートアップさせた、などということはなかった。
ヒートアップさせたとすれば、それは舛添氏そのものだったと言えそうだ。意図しないにしても、会見で不信を増幅させるようなことを自ら言って、人々を自分で煽ってしまったのだ。最初の「NEWS23」で部下に責任を押し付けなければ、その後の会見で説明を先延ばしにしなければ、つまりは最初からきちんと反省してそれを言葉にしていれば、こうならなかったかもしれない。それなのに、その逆ばかりを続けてしまった。
一方で、テレビの報道の量とTwitterの件数はきれいに連動していたのも驚きだった。テレビの伝え方とネットの反応には、以前よりも明確に相関性が出てきている。相乗的に”世論”が形成されており、今年に入って文春が放り込んだネタをテレビとネットが燃やし続ける案件が続いている。「舛添疑惑」もその典型だった。過剰に煽ったとは言い難いにせよ、この相互的な世論形成が辞任に至らしめたのは間違いないだろう。極めて時代的な現象が、リアルな社会を動かしはじめているのだと思う。

境治
コピーライター/メディアコンサルタント
1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。( http://mediaborder.publishers.fm/ )たまたま育児について書いたブログが17万いいね!を得て取材をはじめ、書籍にまとめた『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない』(三輪舎刊)を出版した。


日本ではバッシングは社会の規範を保つ必要悪である! 舛添辞任に思う。

舛添が本日辞任した。2016年の年初から、メディアによる「バッシング」が起きている。ベッキーと“ゲス乙”川谷絵音の不倫騒動、SMAP解散騒動、国会議員の「ゲス不倫」、ショーンK学歴詐称事件、乙武洋匡5股不倫騒動、元”ファンモン”のファンキー加藤と”アンタ”柴田の元妻W不倫騒動など、メディアもネットも、日々誰かをバッシングを続け、不倫を詫びる芸能人を、何度も見ることになりました。だが舛添の辞任は当然の結果であると思う。

彼の血の半分は朝鮮人の血が流れていたせいなのか、日本人として、ごく自然にできるはずの、とりあえず謝罪することが問題が発覚した際にできなかった。

とりあえず謝ることができなかった舛添えを見て、最後は四面楚歌となって辞任になることが容易に予想できた。

舛添の公金横領は些細なものである、クレヨンしんちゃんの絵本とか、チャイナ服とか、家族旅行とか・・・・こそ泥程度の犯罪であるが、天下の大悪人として世間は断罪した。

舛添は保守側の論客とされていたが、中韓に媚びる舛添を保守側は早々に見切っていた。舛添は主に保守層側に叩かれた。一方安倍首相に汚い言葉でバッシングしているような、左翼・親韓・親中派は、舛添の行状について擁護こそしなかったが、

おもしろいことに、舛添叩きを「いじめ」だと批判する識者らの意見をみると、上野千鶴子や津田大介が意見を出していた。

数年前から流れていた怪文書情報を改めて出すなど、一部マスコミは「全体としていじめではないか」という行動を取っていました。そしてそのいじめという意見に対し、辞任発表後「今考えると全体的にセコイ話で今後追求するのはどうか」などというやり過ぎ報道への対応分析を行っていました。

この舛添ついでに日本を批判する輩は、まるで何もわかっていない。舛添のバッシングは日本の秩序や規範を保つ必要悪なのだ!

同じ保守の立場ではあるが、その言説にまったく同調できない小林よしのりはやはり頭が悪かった、”集団リンチをまだ続けたかった愚民主主義”という記事を書いている。

日本は宗教が無いと言っても過言でない社会だ。しかし、宗教が無いのに、日本は世界一の秩序と規範を保っている。日本の犯罪発生率の低さや治安の良さは、西欧にはない、日本独特の「世間」の存在を考えないと説明がつかない。

歴史学者の阿部謹也一橋大名誉教授(故人)は、”日本人は、依然として「世間」にがんじがらめに縛られている。犯罪は、「法」に反する行為であるはるか以前に、「世間がゆるさない」のである。つまり、犯罪者は「世間」から「はずされ」てしまう。日本人は「世間を離れては生きてゆけない」と思っているために、この抑止力は絶対である。”と分析する。


それゆえ、インターネットSNSで発言力を持つようになった個人の集合体である世間様は、世間の規範にあわせてバッシングしなくてはならないのだ。むしろ、バッシングせず放置するようなことは絶対に許されないことであると思う。

執筆中


















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 東京都の舛添要一知事が公用車を使い、ほぼ毎週末に神奈川県湯河原町にある別荘に通っていたことが明らかになり、波紋を広げている。舛添知事は28日の記者会見で「ルールに従っている」との立場を改めて主張した。ただ、海外への高額出張や韓国人学校の増設に向けた都有地貸与方針など疑問視される行動や施策が相次いでおり、「“我欲”が強いのでは」といった批判が噴出している。

「広い風呂で…」

「湯河原の風呂は広いから足を伸ばせる」

28日午後、都庁6階の会見室で開かれた定例会見。温泉地として知られる湯河原町の別荘通いを問われた舛添知事は、昨年4月に股関節手術のため約1カ月入院したことに触れつつ、「また倒れて都民に迷惑をかけることがあってはいけない。早く体調を整えたいと思った」と弁明。世田谷区の自宅の風呂は狭く、人工股関節の保護のために手術後は半身浴しかできないとして理解を求めた。

また、「公用車は『動く知事室』。移動中もしょっちゅう電話連絡や指示をしている」などと述べ、別荘への移動に公用車は不可欠との認識を改めて示した。

都によると、舛添知事が公用車で湯河原町を訪れたのは、昨年4月1日から今月11日までの約1年間で計48回。おおむね毎週金曜日の午後2、3時に都庁を出発しており、出先から直行したり、週明けに公用車が湯河原町へ迎えに行ったりする日もあった。

災害対応に不安

都によると、知事専用車の利用範囲に明確な規定はないが、公用車の管理規則では使用目的を「公務を行うため」に限定。発着点のいずれかが公務に関する場所なら、距離や時間にかかわらず使用が認められるという。

舛添知事は都庁や公務関係先からの帰宅時のほか、別荘から都庁などへの出勤時に使用しており、都は「自宅やホテルへの送迎と同じ運用」(担当者)で問題ないとの見解を示す。

もっとも週末の別荘の滞在については、災害時の対応に不安が残るとの声も根強い。危機管理コンサルタントの田中辰巳氏は「災害時はトップの対応が半日遅れるだけで要救助者の命を左右しかねない。首都直下地震が近いといわれる中で、都民は非常に不安に思うだろう」と話す。

「自己規制を」

東京都や舛添知事をめぐっては、昨年10~11月にロンドン・パリを訪れた出張費用が計約5千万円に上ったことが判明するなど、過去の海外出張費が高すぎるとの批判が相次いだ。今年3月に保育所不足に悩む新宿区の都有地を韓国人学校の増設用地として貸し出す方針を示した際は、都庁に「都民のために使うべきだ」との意見が多数寄せられた。

「出張問題なども含め、一連の舛添知事の行動は“我欲”が強すぎる」と批判するのは、中央大の佐々木信夫教授(行政学)だ。

「問われているのはルールを守っているかだけではなく、社会常識からみて妥当性があるかどうか」。佐々木教授はこう述べた上で、「公務をしつつプライベートを充実させたいということだろうが、組織のトップは自らの行動に問題がないかを常に問いただし、自己規制するのが本来のあり方。舛添知事は周りの意見を聞かなすぎるし、感覚がずれている」と訴える。

宮城県知事を3期務めた浅野史郎氏は、「トップにはトップしかできない役割がある。規則や法律に違反していないとしても、遠く離れた場所に毎週末のように滞在しているのが望ましいとは思えない」と苦言を呈し、舛添知事にこう呼びかけた。

「知事になれば行動が制約されるのは仕方ない。それを覚悟した上で知事にならないといけませんよ」
初動の対応を見る限り、危機管理のイロハも知らなそうだ。
まずは、悪くなくても謝る、常識のある日本人であれば誰でもできる初動対応はずだが、在日の血が流れる常識のない男には基本動作ができていない。

今後、止めるまで週刊誌はこれまで溜め込んだ舛添のスキャンダルのストックを明らかにしていけば、ベッキーも一段落しそうなので、マスコミは今度は舛添で暫くご飯を食べていけるだろう。

時代が変わったのか、舛添が変わったのか
【ironna】『古谷経衡』  (評論家)

坪単価235万円


東京都の舛添知事が旧都立市ケ谷商業高校跡地を韓国政府に有償貸与する方針を固めたことが大きな波紋になっている。同校跡地は、新宿区矢来町6。付近には新潮社や秋葉神社がある。主要道路からやや奥まった場所にあるものの、閑静な住宅地のただ中にある一等地(約6,000平方メートル)と呼ぶに相応しい。

都の方針を受けて、多方面から抗議が殺到した。曰く、「都有地を都民のためではなく、外国のために使うとは何事か」というものである。つまり「外国に貸し出すぐらいなら、都民のために使え」という声だ。

2016年3月20日の産経新聞によると、都に対し「1日で300件の抗議」が来たと言い、ある自民党都議のコメントとして「(舛添)知事の暴走だ。竹島の問題もあり、とても容認できない」の声を紹介している。貸出先が領有権問題や歴史認識で火種となっている韓国であることが、この問題の批判調子の増勢として、火に油を注いでいる格好だ。

私の結論から述べると、例えば貸出先が韓国ではなく、アメリカやドイツ、イギリスやブラジルであったとしても、この方針は論外だと思う。同校跡地は既に述べたように、新宿区矢来町という都下一等地にある。

この付近では、最寄り駅が東京メトロ神楽坂などという好立地のため、都民垂涎の人気のエリアでありほとんど新築住宅の売り物が出ないし、中古物件もほとんど希少な区域である。仮に出たとしても、坪単価はゆうに200万円を超えている。参考までに平成28年の「新宿区矢来町35」の公示地価は、一坪「235万7,000円」(宅地)である。矢来町で「まとも」な家を買おうと思えば、「億」を覚悟しなければならない。そういう場所だ。

公示地価は実勢価格(実際の不動産取引における価格)とは若干異なるが、ともあれ、これにならって単純計算すれば、約1,800坪の旧都立市ケ谷商業高校跡地には、40億円以上の価値があることになる。このような一等地を、いかなる関係の外国であれ、有償とはいえ貸し出すことの合理的な理由は伺えないだろう。

八王子や奥多摩など、都心郊外にある坪単価数十万円の遊休地なら百歩譲ってともかくとして、充分な資産価値のあるこのような都有地をむざむざと外国の為に貸し出すという世界観は理解に苦しむ。もっと別の、都民の益に直結する利用方法があって然るべきだろう。

舛添批判の正体─元祖タカ派、構造改革論者としての舛添要一

舛添知事は、猪瀬直樹前知事の辞職にともなって、2014年2月に都知事選を勝ち抜き就任したことは記憶に新しい。そういえば、舛添氏といえば1990年代初頭には、いわゆる「PKO法案」推進論者として、言論界では代表的なタカ派・右派論者として一世を風靡したのを覚えている。

ところが今回の旧都立市ケ谷商業高校跡地についてもそうだが、舛添知事の評価はことさらネットユーザーの中で劣悪である。2014年の東京都知事選挙の時もそうだが、右派系の独立候補であった元航空幕僚長の田母神俊雄氏に対し、自民・公明の与党が推したはずの舛添氏に対する評価は最悪であった。

ネット上では、舛添氏を「左翼」を通り越して「在日コリアン」「帰化人」であるとの、根拠なき中傷が相次いだ。これを真に受けたのかどうかは定かではないが、舛添氏は選挙期間中にわざわざ九州にある「先祖の墓参り」の模様をアップロードするなど、降って湧いたネット住民の批判を打ち消すのに必死だったように思える。

かつて「タカ派」「右派」の論客として知られた舛添要一氏の思想の原点とはなんなのか、1991年にPHP研究所より出版された『舛添要一のこれが世界の読み方だ―新しいナショナリズムの世紀が始まる―』を元に、ごく簡単に紐解いていきたい。

今回の旧都立市ケ谷商業高校跡地をめぐって、舛添都知事が「親韓である」との誹謗中傷がネット上で盛り上がるが、舛添氏の考えは、従前から一環している。同書を紐解くと、舛添氏の基本的なアジア観が浮かび上がってくる。

舛添氏は、「1992年のEC統合を念頭に置いて、アジア・太平洋地域でも同様な経済統合が出来ないかという考えも出始めている。しかし、少なくとも東アジアに限定したとしても、この地域でアジア版ECのようなものを創造するのは著しく困難である」(同書、127頁)として、日本とあまりにも国情の違う韓国を、「統合ということにはなじまない」(同)として徹底的に突き放している。

舛添氏は日本が国際社会において、責任ある大国である、との自意識を持つべきであると説き、その実現のためには既存の旧態依然とした、「戦後的世界」の旧習に縛られた官僚政治などを打破するべきとしている。いわゆる「古典的構造改革論者」であるのが、舛添氏の世界観の根底である(よって舛添氏は、この時期、所得税を減税して消費税を10%に増税するべきだと説いている)。

舛添氏の一貫した主張は、日本が大国として国際政治の場でイニシアチブを採るべきである、とする威勢のよいものであり、それは対米自立と自主外交を含んだ闊達なものとなっている。いわゆる戦前にあった「アジア主義」には否定的で、中国や韓国とは基本的な状況や価値観が違いすぎるとして距離をおいている。

ネットの右派界隈では福沢諭吉の「脱亜論」が盛んに唱えられてきた昨今であるが、舛添氏も例に漏れず、「韓国とは協調できない」という基本概念を有している人物であった。

この舛添氏が、ネット世論の中で「親韓」「売国奴」「帰化人」扱いを受けるのはそれこそ「奇観」の様に思えるのは私だけだろうか。かつて「(韓国を含む)アジア共同体」に至極消極的で、日本独自の外交やイニシアチブを重視した「舛添ドクトリン」が、殊更ネットの右派から糾弾される現状は、興味深い。

時代が変わったのか、それとも舛添要一が変わったのか。真なるのは前者であろう。舛添氏の一貫した主張は変化がないものであったが、世論が、とりわけ「嫌韓」に関連するネットの世論が変わったのだ。かつてタカ派・右派論者の筆頭だった舛添氏が、けちょんけちょんに「売国奴」扱いされている現状は様々な意味で興味深い。舛添氏は1990年代初頭からほぼ一貫して変わらない「タカ派」「構造改革」論者であろう。

「左右」を超えて

かつて舛添氏が代表的なタカ派論者であったことを知る人が、少なくなっている中で、「嫌韓」に絡めた舛添氏批判が沸き起こることは、時代の変化を感じさせる。

かつての右派が左翼や売国奴と罵られる世界は、時代の趨勢を感じさせるに十分であるが、致し方ない側面もある。舛添氏は押しも押されぬ東京都民の長なのだから、都民第一の姿勢を明確にして欲しい、というのが有権者の皮膚感覚だろう。

「嫌韓」を超えて、時代的変化を超えて、舛添氏が右であろうと左であろうと、そんなことを抜きにして、「都民の財産は都民の益に」という考え方は当たり前のことだ。その批判を受けるに、舛添氏は十分であると思う。ぜひ、この問題に関する知事の再考をお願いしたい。

ちなみに筆者は千葉県民であるが、千葉市や船橋市や市川市や松戸市の県有地がインドやトルコや台湾に有償であれ貸し出されるというなら、やはり反発してしまう。それは森田健作氏が売国奴であるからではなく、県民利益を第一優先していないと感じるからである。私達の土地は、やはりまず第一に私達が使う権利がある。それは時代がどうであろうと、思想がどうであろうと、全く変わらない普遍の原則だ。
まったく東京都知事として資質に欠ける。

熊本で大地震が起きてあの会見じゃ~リコール運動が起きても当然だろう。
東京直下型の震災が心配される昨今この回答では失格だ。

これから30年以内に震度7クラスの地震が発生する可能性が70パーセントだなどと言われている東京都の知事が、熊本に視察に行ってもよさそうなのにその素振りもない。

韓国に都知事が行くのなら熊本に行っても差し支えないだろう。被災自治体に対する自治体間の連携・協力体制の構築の在り方などを考え、来るべき都市直下型地震に備えるということにはそれなりに意義があるはずだ。視察しても悪くは無いはずだ。邪魔になると考えるなら、都の震災専門家を派遣しその視察でも良いだろう。

政府の首都直下地震対策検討ワーキンググルームが2013年12月に発表した最終報告によると、首都直下地震の揺れや火災による建物倒壊は最大61万棟で、死者は最大2万3000人。経済的被害は95兆円にも上る。ライフラインもまひして電力供給量は半分に落ち、上下水道も都区部で5割が断水するという。

都知事任期中に毎週末に遠隔地の湯河原に行くなど、危機管理意識がまるでない。

私は神奈川県民だが、娘が都心の学校に通っている、娘の命にもかかわる問題だ、とても黙っていられない。

都知事が、外交に首を突っ込むのはいかがなものか?もそも、外交は国に一元化されるべきものだ。外交は国の行う国事行為だと思う。石原閣下がオリンピック誘致に励んだからといって、桝添まで外遊する意味が無い。勘違いも甚だしい、韓国にいったい何しに行ったのか理解に苦しむ。2年余りで9回も海外出張した。これは「都市外交」ではなく「放蕩旅行」ではないのか。舛添が外交に強い関心を持っているなら、都下福生市の米軍横田基地問題はどうしたのだ?横田基地を日本の民間共用にさせてもらえばいいだろう。

旧都立市ケ谷商業高校跡地を韓国政府に有償貸与するなどもってのほかだ!
国民の怒りのターゲットが決まったようなものだ。不思議なことに誰も舛添えを擁護する人が居ない。舛添も叩けばホコリが何かあるはず、2014年に赤旗がスクープした政党助成金不正処理問題も有耶無耶になっているような気がする。

次に何かホコリが立った時、舛添は政治生命が終わるようなシナリオが用意されているような気がしてならない。

文春他の週刊誌が一斉に舛添周辺を掘り返すだろう、女性問題から金銭問題、スキャンダルが出ないわけがない、青島幸男も猪瀬直樹も引きづり降ろされた、こんな舐めた都知事は間違いなく引きづり降ろされるべきだろう。




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 大阪市で17日、市を廃止して5つの特別区に分割する「大阪都構想」の是非を問う住民投票が行われ、即日開票の結果、反対が賛成を上回ることが確実になった。都構想は否決され、廃案になる。構想を推進した橋下徹大阪市長(維新の党最高顧問)の求心力低下は避けられず、影響が野党再編の行方など中央政界にも及ぶのは確実だ。

橋下氏は住民投票の運動期間中、反対多数になれば「(今年12月の市長任期満了後に)政治家を引退する」と明言していた。投票結果を受けて橋下氏の進退が取り沙汰される可能性がある。

都構想は、新設の5特別区が医療・福祉や小中学校教育など身近なサービスの提供に特化し、インフラ整備など広域行政を大阪府に一元化する内容。各区に公選制の区長・区議を置き、府と特別区は「東京都と23特別区」と同様の関係になるとしていた。

橋下氏が代表を務める地域政党「大阪維新の会」が、府市の二重行政の解消が必要だとして提唱した。

一方、自民、公明、民主、共産各党の地方組織は移行コストが多額に上ることや住民サービスが低下する恐れがあることを理由に反対を訴えた。

投票の対象は大阪市内の有権者約210万人で、これまでの住民投票で最多だった。賛成多数の場合は、政令指定都市の大阪市が1956年の制度創設以来初めて廃止される予定だったため、投票結果は、大都市制度のあり方を巡る他地域での議論に一石を投じる可能性があるとして注目されていた。
私は、大阪市民に失望した。これで大阪の既得権益は守られた、って感じだ。 
引き続き公務員天国は続くのだろう。大阪はギリシャか韓国に見えてくるのは私だけであろうか?

大阪都にした方が良いのか悪いのか、どちらがメリットあるのか正直なところ解らない。その結果は誰もわからない。とりあえず反対しておいた方が良いと判断したのだろう。だが、これで二重行政を解消する試みが50年はなくなったろう。
《「今回の住民投票の結果を重く受け止めている。(大阪都構想は)間違っていたということになるんでしょうね」。大阪都構想の賛否を問う住民投票で反対多数となり、大阪維新の会代表の橋下徹大阪市長の敗北宣言で幕を開けた記者会見。報道陣からは、壇上に並んだ橋下氏と維新幹事長の松井一郎大阪府知事に矢継ぎ早に質問が飛んだ》

--負けてしまった原因は何だと分析しているか

橋下氏「僕自身に対する批判もあるだろうし、都構想についても説明不足だったということだと思います」

--都構想が反対多数となった場合、政治家を退くと発言していた。その思いに変わりはないか

橋下氏「市長の任期はやり遂げるが、政治家はもうやりません。弁護士という肩書はありますから。維新の弁護士としてやらせてもらえませんか、とは言っている。まだ明確な答えはもらえていませんが…。任期満了までの市政については、色んな課題があるが、自民や公明とも話し合って進められるものは進めていきたい」

《政治生命を賭して訴えてきた大阪都構想の夢が破れた橋下氏。しかし結果とは裏腹に、すがすがしい表情で質問に答えていく》

橋下氏「自分なりにやれることはやってきました。7年半前の38歳からずっとです。無理してやってきたところもある。でも自分のためにやってきた人間が、公のために何かしたいと思ってここまでやってきた。自分なりに悔いのない、政治家としてこれまでの7年半思う存分やらせていただいた。最後にこういう結果で政治家を辞めると言わせてもらうのは、納税者の皆さんには申し訳ないが、大変ありがたく思う」

--注目度の高い部分なので繰り返すが、進退についてもう一度。約70万人が都構想に賛成票を投じた。その数を見ても(政治家を辞めるという)思いに変化はないか

橋下氏「それはないですよ。政治家ですから。負けは負けです。戦を仕掛けて、(反対派を)たたきつぶすとまで言ったが、こちらがたたきつぶされた。これが民主主義なんです。メディアも含めて徹底的に議論してきた。これだけの大層な喧嘩を仕掛けて、でも負けても命まではとられない。日本の政治体制はすばらしいと思う。僕はこれから、違う人生も歩めるわけですから。メディアの皆さんにも言いたいが、報道の自由は民主主義にとって本当に大切だ。僕もメディアに対していろいろと言ってきたけれども」

-そうは言っても、過去に自身の進退についての発言を覆したこともある。政治家を続けることは100%ないのか

橋下氏「(笑いながら)また2万%と言わせたいんですか。あのときはああいう風に言わないと、テレビに出られないという事情があったのでああいう言い方をしましたが、今回はありません」

-とはいえ12月までは市長だ。もしそれまでに劇的に状況が変わったら、もしくは10年後、20年後に復活する可能性もあるということを期待していいのか

橋下氏「ないです。僕は今回、住民のみなさんの気持ちを酌(く)めていなかった。そういう人が政治家をやってはいけない。僕みたいな政治家はワンポイントリリーフだ。僕は僕自身を実務家と思っている。僕みたいな政治家が長くやる世の中は危険です。敵をつくる政治家は、必要とされる時期にいるだけ。権力なんて使い捨てでいい。敵をつくる政治家が世の中にずっといるのは害だ。それが健全な民主主義というものです。とはいえ、僕が7年半も政治家をやってこられたのは、ある意味、大阪がそれだけ問題を抱えていたということかもしれない。7年半前には僕みたいな政治家が必要だったが、もう必要がなくなったということだ」
強い発信力を持ってる政治家が消えるのは日本にとって損失であるような気がする。浪速のエリカ様のようなふざけた人間が国会議員となったこと自体維新の会の限界だったのであろう。
これで維新の会は潰れ、改憲は一歩遠のいてしまったかもしれない。非常に残念だ。
大阪自民党は憲法改正より地元の利権を優先したということになる。

ここで維新の党が潰れてしまえば、憲法改正に賛同する議員が減る。
その事を解って橋下を潰したのなら、大きな間違いだろう。

橋下市長は今までよくやった。しかしながら、海千山千の政治屋相手に根回しとか、妥協が下手だった。

何よりも安倍晋三が政治家として大化けしたことが、政治家として橋下市長が大成できなかった理由だと思う。










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私は保守主義者であるから、女性に求めるのは良妻賢母で、女性が家を守るのが理想ではある。

しかし、私は理想主義者ではなく現実をウォッチする経済人でもある。
日本の一般世帯でご主人の給料だけで家を買って子供にまともな教育を与え、両親を面倒をみることはほとんど不可能だ。健康な女性が専業主婦として家にいるというのは、いまや”さざえさん”くらいかもしれない。

http://www.nippon.com/ja/wp-content/blogs.dir/2/files/h00057_fig01.gif日本の人口動態は老齢化が進み、政府調査会が提言した50年後も日本の人口1億人を維持するなど、現状ではできるわけがないと思っている。GDPが将来的に縮小していくのは必然でありやむを得ないことだと思っている。

少しでも人口縮小の弊害のブレーキをかけるには女性の社会参画と出生率の上昇政策が必須である。なにもしなければ現在の約1億2700万人から2060年には約8700万人まで減少する見通しだ。50年後に人口1億人を維持するには、2030年までに出生率が現在の1.3~1.4程度から人口維持が可能な2.07まで回復させ、安定させる必要がある。

その前提条件が脳ミソに入っていたならば、鈴木都議の野次はないであろう。余りに軽薄であったと思う。そしてあまりに絶妙なタイミングであることに本人は気がついていないであろう。問題を大きくしている裏には、政府の意思が働いていると私は思っている。

https://livedoor.blogimg.jp/dqnplus/imgs/3/c/3c0a8633.jpg鈴木都議は尖閣へ上陸したと言うからには私と同じく保守側の思想を持っていると思われる。ただ、この件に関しては潔く男らしく、堂々とスケープゴードになってほしい。日本を愛しているのなら、今、鈴木都議が出来ることは、尖閣に上陸することではなく、少子高齢化対策実行のための捨て石となり世間から袋叩きされなくてはならないと思う。

http://geinounow789.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_363/geinounow789/m_siomuraayaka002-af671.jpgお国のためだ、悪役となって耐えてほしい。できることなら、「塩村都議ではなく都知事の元妻の片山さつき先生に”早く結婚しろ”と言えばよかった」などと何か余計な反論をして火に油を注いでほしい。

舛添がつられて笑ったと記者会見で弁解する意識程度では、日本の少子化対策は絶望的な状況だ。


 東京都の舛添要一知事は20日の定例記者会見で、塩村文夏都議(35)の一般質問中にセクハラとも取れるやじが飛んだ際の自身の対応を問われ「みんなが笑ったので私もつられて笑みを浮かべた。答弁に集中していて何があったか分からなかった」と説明した。

もっとも舛添先生は三人目の奥さんとの間にお子さんを二人、日本人女性二人との間に婚外子が三人と五人の子供を作られているので少子化対策を実践している。あまり悪く言えないか・・・

今回この野次問題が出たタイミングが、アベノミクスの第3の矢である「成長戦略」
を発表したタイミングははたして偶然なのだろうか・・・
政府は今回、「日本の稼ぐ力を取り戻す」ことを前面に掲げ、企業経営を透明化させることや現在約35%の法人税を数年で20%台に引き下げることなどを打ち出しました。これまで先送りされてきた「残業代がゼロ」となる労働時間制度の創設や外国人労働者の受け入れ拡大、女性の役員比率の記載を有価証券報告書に義務付けることなども盛り込んでいます。同時に閣議決定された経済政策の方向性を示す「骨太の方針」には、50年後に1億人を保持するという人口目標が初めて明記され、人口減少問題に正面から取り組むことになります。
わたしが思うに、少子化対策に子ども手当を払ってもまったく何の役にもたたない。いまの日本では働く女性が子育てを妨げている最大の要因は男性の意識だと思っている。

私はフェミニストが大嫌いである。議論するだけで虫唾が走る。男と女は異なる性を持つぶん、役割が異なるわけだからフェミニストが主張するように男女は同等であるはずがない。男女は違いがあるべきだと私は思っています。だが、残念ながら今回の私の意見は彼らに近い。

例えば子供を保育所に送り迎えは母親に負担がかかっている。仮に朝ご主人が保育園に子供を送ったとしても、お迎は圧倒的に母親の役割だ。

男性が子供をお迎えに早めに帰ることが許される雰囲気の会社はいったいどれだけあるだろう。おそらく圧倒的に少数だろう。そして、子供が熱を出した時、会社を休める男性はいったいどれだけいるだろう?妻と夫が交互に休めるようでなければ、女性は過剰に育児を負担と感じるであろう。

子供が熱を出した場合、夫と妻、突然会社を休むと言う場合、女性が休む場合がほとんどだと思う。これは、男性が子供の為に休むなど・・・という空気がいまだに日本の会社にはある。

鈴木都議の品格は非難されてもしかたがないが、問題は未だに日本の社会では、
セクハラ野次に同調してしまう男性が多いことに問題がある。結局セクハラ野次に同調すると空気は、子供が熱を出しても会社を休めないという空気を作っているのだと思う。

小学校までの子供がいる家庭の両親が仕事優先ではなく家庭優先となる空気を日本社会につくらなくては、アベノミクスの第3の矢である「成長戦略」は机上の空論に終わってしまうだろう。

この男性の意識改革が行われないかぎり、働く女性は第二子を生むことをしないであろう。

祖父母が近くに住むか同居でもないかぎり、すべての日本人男性の意識改革こそ日本の少子化を食い止める数少ない対処方であると思う。

鈴木都議はこのタイミングで馬鹿な野次を行った。先日事務所に卵二十個を投げつけられたそうだ。だが、この際徹底的に袋叩きに遭って、もっと、酷い目にあってスケープゴートとなるべきだ。あのような軽薄な野次を安易に飛ばすと、どういうバッシングを受けるか格好な例になるべきであろう。都議会でヤジの発言者の特定を求める決議案は否決した。これで幕引きを図るつもりらしいのだが、甘くはないか?首都の議会に自浄作用がないとすれば、恥ずかしい限りだ。

少子高齢化対策をしなければ日本は没落するのである。鈴木都議は非国民であると言われてもしかたないであろう。今の日本では反愛国主義罪で市中引き回しのうえ獄門くらいの散々な結果にならなくてはならない。まあ、これで事態を収拾しては、アベノミックス成長戦略は成功しないであろう。

鈴木都議は気の毒だが、都議会議員を辞職して政治生命を絶たれるぐらいの、厳罰がないと、日本社会、特に政治家の意識改革ができない。鈴木都議には日本の少子化の為、是非、捨て石となってほしいものだ。

さて、少子化対策はこの曲を聴いて幸せとはなにかを感じればよかろう・・・














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渡辺氏出馬で熱帯びる…石原氏「都民の選択の問題」

外食大手「ワタミ」会長の渡辺美樹氏(51)が名乗りをあげ、一気に熱を帯び始めた東京都知事選。前宮崎県知事の東国原英夫氏(53)も15日、講演の中で「可能性はゼロではない」と含みを持たせるなど、都知事選出馬をめぐる動きが活発化してきた。だが、足元の都議会で沈黙が続いている。同日の都議会の代表質問でも、各政党から石原慎太郎知事(78)の進退に関する質問はなし。都議会各党が、政局や政党事情に縛られ、態度を明確にできない苦悩が改めて浮き彫りとなった格好だ。
4期16年「長いねぇ」
「いいんじゃない。開かれた東京、開かれた日本だから。いろんな人が出て、いろんな意見を言うことで、あとは都民の選択の問題だと思います」
 代表質問を終えた石原知事は、渡辺氏の出馬表明について、報道陣の質問にこう答えた。
 渡辺氏が出馬会見で「4期16年はいかんせん長い」と発言したことについては「長いねぇ」と笑い飛ばす余裕もみせた。
 石原知事3期目の最後となる今回の都議会。代表質問では進退を迫る質疑が注目された。だが、第一党の民主は、知事の進退には触れずじまい。選挙の争点となることが予想される築地市場(中央区)の移転問題について、「(大半の市場関係者の合意がなければ)極めて厳しい対応をせざるを得ない」と来年度予算案での修正を突きつけるのが精いっぱいだった。

民主に相乗り論も
 関係者によると、代表質問の前に行われた民主都議の総会では、幹部の一人から「石原知事か、東国原前宮崎県知事という究極の選択なら、石原知事への相乗りもあっていいのではないか」とする発言も飛び出たとされる。
 「知事与党」の自民、公明からも進退に関する質問はなかった。自民の代表質問は、これまでの石原知事の財政政策を評価し、「わが党とともに手を携えてきた…」などと友好関係のアピールに懸命。
 自民都連の幹部らが水面下で出馬を“打診”しているうえ、石原知事の長男で、自民党の石原伸晃都連会長も出馬を要請することを表明。自民党系の「都各種団体協議会」が出馬要請を決めるなど、「4選出馬」に向けた動きを加速させている。
議会終盤に進退か
 肝心の石原知事は10日の会見でも、「誰がどう言おうと左右されない」と従来の姿勢を変えていない。
 14日には、尖閣ビデオ流出事件について、一色正春・元海上保安官の講演に参加。その夜には、港区内の料理店で国民新党の亀井静香代表らとの意見交換の場に出席するなど精力的に動いた。知事は亀井代表との会談を、「非常に不穏な、政府転覆の計画だったよ」と思わせぶりに話したが、自らの進退に関しては、都議会終盤での表明が有力とみられている。
 知事選をめぐっては、共産党政策委員長で前参院議員の小池晃氏(50)がすでに立候補を表明。民主党からは蓮舫行政刷新担当相(43)の名前などが取り沙汰されている。
外食大手「ワタミ」会長の渡辺美樹氏(51)が15日、4月の東京都知事選に無所属で出馬することを正式に表明した。渡辺氏は我が母校明大商学部卒である。
 
間違いなく若手経営者のなかで一つ頭抜きん出た人物である。いずれ政治へ進出するのではないかと思っていた。
  
都知事選には、「そのまんま東」こと東国原元宮崎県知事が出馬の動きがあり、非常に不愉快に思っていた。東国原氏が残した実績として宮崎県の知名度UPや振興といった面は否定しない、東国原氏は宮崎県知事をやっていればよいのだ。はたして都知事としての能力があるか否かは大いに疑問だ。都知事となって後も「東京バナナ」を売り込んでいるしか能がなかったら洒落にならない。 
 
石原知事が東京都知事選に4選を目指して出馬するかが注目されている。石原現都知事は日本では数少ない真の政治家の一人だと思う。石原氏、渡辺氏とも是非国政で辣腕をふるってもらいたいのだが、場合によっては両者が都知事選挙で激突する。個人的には避けて欲しいと思っている。なによりももったいない。
 
私は石原都知事は4期目出馬しないと思う。もし仮に渡辺氏が首長になったのなら、石原氏が辣腕を振るい改革した東京都政の後継として申し分ないだろう。石原都知事も内心そう思っているにちがいない。石原都知事には是非国政に戻って、腐りきった霞ヶ関と永田町で大鉈を振るって欲しいものだ。
 
やはり都知事選挙といえば前回2007年の外山恒一氏の政見放送だ・・・
今回も立候補するならば、ぜひ前回を上回る演説を聴いてみたいものだ。
 
 
 
 

なぜ「飛び降りろ」と叱咤できたのか:ワタミ会長 渡邉美樹

解決!「きつく言えない、嫌われる、反発される」悩み

たとえばビルの8階とか9階で会議をしているとき、「いますぐ、ここから飛び降りろ!」と平気で言います。
http://president.jp.reuters.com/uploads/2010/08/20/fs_100913_watami.jpgあえていいます。人は叱るのでなく、褒めて育てるべきです。褒めることで、自発的に仕事をするように仕向けるのです。ただ、どこかで叱るという行為を差し挟まないと、方向性を定めることができません。叱ることで、あんたの範囲はここからここまでだよ、ということをわからせるのです。

「叱る」という行為は、最も難しいコミュニケーションの一つです。核家族化が進み、子供の数が減り、社会に揉まれていない人が増えています。家族が少ないのでお爺ちゃんやお婆ちゃん、お兄さん、お姉さんとのコミュニケーションが取れていない。そのせいか、うちの若い子(従業員)を見ていても、部下を叱るのが下手ですね。

ぴしりと叱る前に「こんな叱り方をしたらリーダーとして嫌われてしまうんじゃないか」と不安になる。それを含めて、叱る前にいろいろと考えすぎてしまうのではないかと思います。

一方で、いまの子は叱られることにも慣れていません。「ごめんなさい」と言えない子が多いんです。謝るところから次の自分のステップが始まるのに、ごめんなさいを言わずに自分を守ろうとするから、次のステップに移れない。その意味で、彼らは損をしていると思いますよ。会社にとっても大きなマイナスです。

――サービス業は「人材教育がすべて」といわれる。渡邉美樹氏は徒手空拳から居酒屋経営を始め、従業員4000人のワタミグループを築き上げた。最も重要な「叱る」局面では、どのような極意を発揮したのか。

僕は叱ることについて2つの原則を持っています。一つは「心のままに」。その場できちんと、思ったことを表現するということです。
もう一つは「冷静に」。感情で怒ることはありません。「この人、感情で言っているだけじゃん」と思えば、相手は心の扉を閉ざしてしまいます。だから叱る理由をきちんと伝えるのです。

これらは矛盾しているようですが、この2つを同時に満たさなければ、叱ることはできないと思います。

 

好きでなければ叱る資格なし

たとえばビルの8階とか9階で会議をしているとき、「いますぐ、ここから飛び降りろ!」と平気で言います。本当に飛び降りたやつがいなくてよかったなと思いますけれど(笑)、これはその場で、心のままに叱るからです。
それと同時に、叱る理由をきちんと言葉にしなければいけません。たとえば「お客様のクレームから逃げた」「徹底して原因追求をしていない」とか。これを僕は許しません。

最近もこんなことがありました。ワタミグループはつねに、地域の方々に必要とされる店をつくりたいと考えています。にもかかわらず、地域の方からのクレームが増えているのです。

我々はチェーン店なので店長が交代します。そのときに、商店会の取り決めだとかお祭りへの協賛といったことを、新しい店長がきちんと引き継いでいないというのです。

「店長交代のときに商店会長のところへ挨拶に行っているか? そのときに話を聞いていればクレームなんかこないぞ。最近は自分の店を守ればいいと考えているやつが多い。でも商店会の方々との付き合いも、広い意味では店を守ることだ。仕事の範囲が、サラリーマン化しているんじゃないのか!」
僕は先日の経営会議で、こんなふうに雷を落としてきました。
 
 
 
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