Ddogのプログレッシブな日々@ライブドアブログ(仮)

政治経済軍事外交、書評に自然科学・哲学・聖地巡礼・田園都市ライフ、私の脳の外部記憶媒体としてこのブログに収めています。日々感じること、発見したことを記録していきます。同時にそれが、このブログをご訪問していただいた方の知識や感性として共有できれば幸せに思います。

タグ:小説


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昨日騎士団長殺しを読み終えた。

個人的には面白かったが・・・おそらく世間からは駄作だとバッシングされるだろう。
爆笑問題の太田が上から目線で村上春樹を批判してインテリぶる醜い姿が容易に想像できる。わたしもこれでノーベル文学賞が取れるとはとても思わない。

だが、世の中年の男性にとって、もしかしたら私個人の意見にすぎないかもしれないが、小気味よく読めて、けっして駄作だとは思わない。私の期待を裏切らなかった。いつもの村上春樹ハードボイルドワンダーランド劇場であった。

だが、まだ1回しか読み終わっていない。また何回か読み直してみようと思わせる作品だが、ノーベル賞を取ろうとして背伸びして、哲学やら人生論、男女関係のありがたい話、ホラー小説、エロ小説、ファンタジー小説、沢山の伏線を引いて、話を盛っておきながら、最後は取集がつかなくなって、爆死したようにも思えるのだ。

アリスインワンダーランドのように夢落ちでしたジャンジャンではないぶんマシであったが、・・・・ヤバイヤバい、すいませんここからネタバレになるかもしれませんので、未読の人で、知りたくない人はここで読むのを止めてください。


ここからは、既に一読した人だけ読んでください、既に全国には100万人近くのハルキストのうち50万人位は土日のうちに読み終えているでしょうから・・・

個人的仮説だが、秋川まりえは、雨田具彦の家とまりえの家を繋ぐ道は、メタファーが通る穴倉の一部である設定であって、本当はその異世界で、父親が騙されている邪悪な新興宗教のメタファーに捉えられているという当初構想であったのではないかと思う。

ところが、なんだよ~あまりの世俗的なネタバレ、イデアだのメタファーだの登場したあげく、ふざけんなというまりえの隠れ場所。

結局、騎士団長の悪戯に付き合わされて、大騒ぎしただけだった・・・
南京事件やアンシュルスも何も直接的に物語に影響がなかった・・・なんだよ~

思うに、村上春樹は自分ではノンポリだと思っていても、東京裁判史観が身についてしまい覚醒できないままの団塊の世代の代表なのだ。村上春樹より10歳以上歳下のDdogと同い年の免色渉からみれば、赤く染まっているのだ。




執筆中

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待っていたぜハルキ!この期待を裏切らないでほしいなぁ~
今夜は「騎士団長殺し」を徹夜で読むみながら、ブログでも書いてみようか?


ネタバレになるかもしれませんが・・・

さて、現在2017年2月23日22:20 では読みだすとします。


読書中・・・・
22:34
主人公は画家のようだ。
顔のない男が登場して、自分の肖像画を書くように依頼する。
ペンギンの御守りを置いて去っていく。
騎士団長殺しとはある画家が描いた絵のタイトルのようだ



1.もし表面が曇っているようであれば
23:04
画家は結婚し復縁したようだが、離れていた9か月がこの物語のようだ、当時35歳
友人の父の別荘ににタダ同然で住まわせてもらっている。

さっそく28歳と41歳の人妻とSEXをしている。どちらも自分の絵画教室の生徒。
そのコテージは小田原~箱根の山中にあるらしい。
それにしても、村上春樹の小説ではSEXは息をしたり、食事をしたり、トイレに行くのと同列だ。特別なものではなく、人間の日々の行為なのだが・・・
私達世代は村上春樹に感化され、当たり前に異性と気軽にセックスができる男がかっこいいと、思い込んでしまった世代かも知れない。

家内もこのブログはたまにチェックすることがあるので、自分のことはこれ以上は書けない。

肖像画家としては有名になったらしい。職業肖像画家の仕事ぶりについてのな話をする。いつのまにか肖像画家として有名になっていた。

2.みんな月に行ってしまうかもしれない

奥さんは突然夢を見て、貴方の別れなくてはなないと思ったというのだ。
女は男にとってミステリアスなところがある。でも実は妻は不倫をしていた。
妻とのなれそめ。ガールフレンドの親友だった。なんだこの男は、ゲスな女にダラシナイだけの男だったんだ!妻の名はゆず、3つ下の12で死んだ妹と同じ目を持っている。

男は離婚を切り出されたその日のうちに旅に出て、新潟から北海道方面、やがて旅に厭き出した頃、車が壊れ、東京に戻り、親友父の住んでいた箱根山中の家に住むことになった。

23:50
ブログを書きながらだとページが進まないw

3.ただの物理的な反射にすぎない


すいません、あっさり寝落ちしてしまいました。

土曜日の9:00現在まだ読書中です。遅々としてすすみません昼過ぎから、外出の予定です。



オペラ・ドンジョバンニ 騎士団長殺し・・・ 13分過ぎのシーン

読書中・・・・

ようやく日曜16時過ぎ、第一部イデア編を読み終えた。金曜の夜のうちに寝落ちしてしまったせいもあるが、途中入院した妻が、予定より早く退院することになり、土曜も日曜も駒澤の旧国立第二病院に通い、諸事務をしたり、娘にご飯をこしらえ洗濯・掃除に家事に時間をとられてしまったこともある。

だが、100ページ目までは話の前置きのようで・・・いささか退屈だった。物語に乗ってこなかったのだ。何度も寝てしまい集中力が欠けてしまったのだ。
妻の消失と新しいガールフレンドとのエッチ、ねじまき鳥と”女のいない男”たちを合わせたような・・・

物語が動き出した・・・その登場人物の名は免色渉・・・おいおい、今度は”色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年”かよ・・・ひょっとして、駄作か?と少し不安になった。

そして、物語が、プラトン的イデアではなくカント的なイデア、つまり可視的な霊的なイデアである騎士団長の登場で、一気にレキシントンの幽霊/東京奇譚集や1Q84/海辺のカフカのようなスピリチャルな物語に・・・

200Pを越えてからは100P/1時間のいつものペースで読み切った。とにかくいつものハルキワールドは継続されております。

退院した妻の為にこれから夕飯用のジャンボ茶碗蒸しを作って、第二部を読む予定です。やばい日曜日の深夜月曜日まで寝れなくなったらどうしよう。

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火曜日会社帰りに買ったのが運の尽き・・・一気読みして水曜日はちと睡眠不足でした。いやー面白かった!わずか数行読んだだけで下町ロケットの世界観が蘇り、下町ロケット2はロケットスタートで4時間ほで一気に読み終わてしまいました!
読む前から面白いと予想はしていたのですが、夜更けの10時過ぎから読みだしたのが悪かった・・・面白すぎてページをめくることを止められませんでした。午前2時過ぎには読み終わったのですが・・・脳が興奮してしまい寝付かれず・・・2時間寝れたかどうか怪しかった。皆さまも平日夜にこの本を開いてはいけません、この本を読むのなら休日の朝にしましょう!

正直なところ阿部寛主役のTVのドラマの方はまだ1度も観ていませんが、下町ロケット1の方が5話で一旦終了し・・・6話からガウディ計画が始まるそうです。全話終了したら一気に観てみたいと思っています。

本日(11/14)FM-TOKYOの番組で池井戸氏が恵さんの番組に出演して発言しておられましたが、下町ロケット2 ガウディ計画」はおそらく阿部寛主演でドラマ化の企画が決まっ他と同時に執筆されたれたようでした。しかもなんと20日で執筆したと言うから驚きだ!。取材もわずか数時間で、キャラクターを設定してその登場人物の気持ちになって、常に客観的な視点から話を積み上げながら書くそうです。作者の都合で登場人物の心情に沿ってストリーを進行させ、登場人物の心情に反するようなことはしないのだと発言されていました。しかし、一気に書き上げ、読み返して何度も何度も推敲を重ねてた言うから・・・・物語の神が池井戸氏に降臨し、宿っているのかもしれません。

それにしても池井戸潤氏は商売上手だ!直木賞を受賞した下町ロケットの続編が出たらすかさず買いたいと思っている読者は私だけではなかったはず、ドラマ化決定と同時に続編を書き始めたのではなく、池井戸潤氏が続編を書こうと思ったところからTVドラマ化の企画が同時進行したのかもしれません。出版と放映企画が同時並行する、新しいメディアミックスのエンターテイメントの成功例として記憶に残るかもしれません。

でも、そんなことができるのは池井戸氏のような数少ないヒットメーカーに限られてしまうのかもしれません。もし更に下町ロケット2の続編3が出版されたのなら、同じく即日書店に走り、寝不足の朝を迎えたいと思います(笑)。

直木賞受賞作に待望の続編登場!
その部品があるから救われる命がある。
ロケットから人体へ――。佃製作所の新たな挑戦!

ロケットエンジンのバルブシステムの開発により、倒産の危機を切り抜けてから数年――。大田区の町工場・佃製作所は、またしてもピンチに陥っていた。
量産を約束したはずの取引は試作品段階で打ち切られ、ロケットエンジンの開発では、NASA出身の社長が率いるライバル企業とのコンペの話が持ち上がる。
そんな時、社長・佃航平の元にかつての部下から、ある医療機器の開発依頼が持ち込まれた。「ガウディ」と呼ばれるその医療機器が完成すれば、多くの心臓病患者を救うことができるという。しかし、実用化まで長い時間と多大なコストを要する医療機器の開発は、中小企業である佃製作所にとってあまりにもリスクが大きい。苦悩の末に佃が出した決断は・・・・・・。
医療界に蔓延る様々な問題点や、地位や名誉に群がる者たちの妨害が立ち塞がるなか、佃製作所の新たな挑戦が始まった。

日本中に夢と希望と勇気をもたらし、直木賞も受賞した前作から5年。
遂に待望の続編登場!
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下町ロケットはかつての名番組NHKのプロジェクトXをエンターテイメント化したものだが、ノンフィクションでは扱いにくい「下請けいじめ」や特殊法人や独立行政法人、
外郭団体の問題点、権威主義的な医学界がフィクションであるがゆえ、ノンフィクションよりリアルに感じることが出来る。理不尽だらけの社会で苦闘する我々サラリーマンにとって池井戸氏の本は、琴線に触れる。現実の社会ではなかなか解消することができないカタルシスを一気の解消させてくれる一服の清涼剤である。いや~習慣性があるので、麻薬か・・・いや、合法ドラックかもしれません。

ああ、早く次が読みたい!



朝日新聞デジタル掲載第一章と第二章 

■第一章:ライバル現る

 有楽町駅から山手線のガードに沿って歩いていた佃航平の視界に、目的のホテルが見えてきた。


 七月の終わり。梅雨が明けたと思ったらいきなり三十度を超える真夏日だ。強い日差しはいま西に傾いていたが、ガラス張りのビルに反射して佃を照りつけ、駅から五分も歩けば汗が噴き出してくる。

 隣を歩いている山崎光彦も、さっきからひっきりなしに額にハンカチを当てている。佃製作所の技術開発部を率いる山崎は、三度の飯よりものづくりが好きな技術屋だ。

 業界団体が開く恒例のパーティーに向かうところであった。

 十分ほども歩いただろうか、すでに開会の挨拶が終わった会場は、グラスを片手に持った参加者でごった返していた。

 入り口でドリンクのグラスを受け取り、世話になっている帝国重工の財前道生を捜すのだが、なにしろ千人近い人が会している場である。見つけるのは容易ではない。

 同業者に呼び止められ、旧知の取引先と話し込み、

「佃さん――」

 ぽんと肩を叩かれたとき、すでに一時間ほどが過ぎていた。

 振り向くと、白ワインのグラスを持った財前がそこに立っていた。日本に冠たる財閥系大企業である帝国重工の宇宙航空部開発グループ、その部長職にある財前は、日頃、佃がビジネスの相手にしている男である。

「先日の打ち上げ成功、おめでとうございます」

 帝国重工の大型ロケットが種子島宇宙センターから打ち上げられたのは、二週間ほど前のことだ。同社社長の藤間秀樹が進める宇宙ビジネスも着々と軌道に乗ってきた印象である。

「こちらこそ。いつもお力添えをいただきまして。ただ、その件で折り入ってお話ししようと思っていたんですが――」

 財前がいいかけたとき、背後からひとりの男が現れた。

 財前と同じ宇宙航空部の調達グループを統括する、石坂宗典である。資材調達を担当している石坂は、財前と並ぶ宇宙航空部のリーダー的存在で、社内でライバル関係にあるらしい。

「おや、佃さん。それに財前も。これは奇遇だな」

 そんなことをいって近づいてきた石坂は、背後にまたひとり、男を連れていた。

 年齢は佃と同じく、五十を少し過ぎたぐらいだろうか。上等なスーツを着こなし、銀縁のメガネをかけた、いかにもインテリといった風貌の男である。

「ああ、そうだ、紹介しよう」

 そういうと石坂は、男を佃に引き合わせる。「こちら、株式会社サヤマ製作所の椎名社長だ。ぜひ、佃製作所さんを紹介していただけないかとおっしゃっていてね。ちょうどよかったよ」

 佃の前に進み出て、さっと名刺を差し出す椎名直之の仕草は、洗練されていて、優雅であった。

「サヤマ製作所の椎名です。お噂はかねがね。宇宙科学開発機構にいらっしゃったそうですね。今後ともお見知りおきください」

「佃製作所の佃です」

 佃は丁重に挨拶を返した。

「椎名社長は、NASAのご出身なんですよ。すばらしい技術をお持ちでねえ」

 石坂はまるで自分のことのように誇らしげにいい、暗に椎名との良好な関係をほのめかした。その横で、なぜか財前が冴えない表情で成り行きをうかがっている。

「以前、雑誌でお見かけしました」

 山崎が興味を示した。「NASAではどんなことをされていたんです」

「ロケット工学です。数学屋みたいなもんですよ」

 軽い口調で椎名はいってのけたが、いわゆるロケットサイエンティストが果たしてどんなものかを知っている山崎は、ほう、と思わず声を上げた。「それはすばらしい」

「ただ、あんまり激務なんで、もっと楽してお金が儲かることはないかと思いましてね。いままで会社を経営してきた父も歳を取ったものですから、ひとつ会社でもやってみるかと、三年前にそれを引き継いだんです。これがなかなかおもしろい」

「そうなるのを見越してMBAまで取得したというんだから、さすがだよ」

 石坂は賛辞を惜しまない。「それで三年間で会社を急成長させたんだからね」

「いえ、大したことはありませんよ」

 椎名は笑っていった。「特別なことはしていません。日本式だったオヤジの経営方針をやめて、自分に馴染みのある合理主義に変えてみただけです。日本の会社にはまだまだ無駄が多いですから」

 果たして謙遜なのか、自慢なのか。

 サヤマ製作所はかつて埼玉県狭山市に本社を置いていた精密機械メーカーで、佃の同業者だという。

「もう、狭山市のほうにはお会社はないんですか」

 名刺の住所が新宿区になっているのを見て、佃はきいた。

「かつて本社があったところは製造拠点にしておりまして。本社機能は都心に移しました。そのほうが何かと便利なものですから」

「ウチと同業ということですが、その合理化で、それまでの製品ラインナップも変えられたんですか」

 佃がきくと、「いえいえ」、と椎名は首を横にふった。「従来扱ってきたものはそのまま継続しています。それプラス、私の専門分野を生かした製品を製造しようと。それで、ライバルの佃製作所さんにご挨拶したいなと」

「ライバル?」

 佃は思わず聞き返し、どういうことなのか、先ほどから硬い表情をしている財前を振り向いた。

「いや実は、佃さんに話そうと思ってたんだが、次回からのバルブシステムをコンペで決定することになったんだ」

 財前の発言に、佃は眉を顰めた。

「バルブの性能も違うのに価格を争うと?」

「値段だけじゃない、性能も含めてですよ」

 そういったのは財前ではなく、椎名だ。「帝国重工さんには、ぜひとも私のNASAでの経験を生かしてもらおうと思いましてね。弊社ではいま、NASAのバルブシステムのさらに上を行く製品を開発しております。佃さんもかつてロケットエンジンに関わっていらっしゃったとのことですが、あの業界は日進月歩です。NASAの最先端テクノロジーで挑戦させてもらいます」

「それはもう、決定事項なんでしょうか」

 警戒して、佃は財前に問うた。

「本部長の一声でね」

 財前は渋い顔だ。財前らの上司、水原重治は優秀な男だが、かなりのワンマンだ。「詳細はこちらからメールしておくから、まずは目を通してもらえますか。このコンペで決定したバルブシステムが次期中期計画に採用されることになる――」

「向こう三年間のバルブをそれで決めると」

 寝耳に水の話である。

 来年から始まる中期計画に搭載するバルブについては、設計を新しくしてすでに取り組んでいるところだ。仮にコンペで敗れるようなことになれば、投資の回収すら難しくなる。

 まぎれもない、佃製作所の一大事であった。

「マズイですよ、社長」

 財前たちと別れ、足早にパーティー会場を出ると、山崎が顔色を変えた。「あの椎名って男、ただもんじゃない。なにしろ――」

「NASAだからな」

 佃がいうと、青ざめた顔で山崎は頷く。

「どうします、社長」

「コンペになった以上、受けて立つしかないだろう」

「まあ、それはそうですが」

 山崎は悲壮な表情だ。「しかし、水原本部長の決断でコンペになったということは、少なくともサヤマ製作所の評価はウチと同等レベルだということです」

 椎名が日本人科学者として、宇宙工学の最先端技術に触れていたことは間違いない。「相手がNASAだろうが、ウチだって一所懸命にやってるんだ。まずは、バルブシステムの改良をやり遂げようや。コンペで勝つか負けるかなんて、いま考えたところで仕方の無いことだからな」

「まあ、それはそうですが……」

 山崎はこたえたが、有楽町のネオン街に向けられた視線は虚ろに揺れ動いていた。

     ◆

「コンペ?」

 昨夜のパーティーでのことを聞いた経理部長の殿村直弘は、トノサマバッタさながらの細長い顔の中で、大きな目をぱちくりとさせた。

「今朝一番で送られてきた通達が、これだ」

 そういって佃は、帝国重工の財前からのメールに添付されてきた概要書をテーブルに置く。

 慌てて一読した殿村の顔が急激に曇っていき、誰にともなく、「マズイですね」、という言葉が吐き出された。

「ロケットエンジン用のバルブシステムには受注を当て込んで巨額の資金を投入してますからね。いまハシゴを外されるようなことがあれば、大赤字になりかねません」

 それは、言われなくても承知だ。

「サヤマ製作所って会社、言われてみればいろんなところで名前、聞きますね、最近」

 そういったのは営業第一部長の津野薫だった。「NASAのテクノロジーってのが“売り”なんですよね」

「実際のところ、評判はどうなんだ」

「さすがに、技術力は高いみたいですね」

 津野は、少し悔しそうな顔になって続ける。「社長、覚えていらっしゃいませんか。以前、日本クラインでのコンペで負けたことがあったじゃないですか。噂ですが、あれを受注したの、サヤマ製作所だったそうです」

「そうだったのか」

 たしか、大手メーカーの日本クラインが新開発するという人工心臓のパーツ――特殊加工のバルブだったはずだ。特殊な素材に、動作保証日数を加味すると非常に難しい部品で、コンペで負けたことより、他にこんなものを製造できる会社があるのかと、むしろそっちに驚いたぐらいだ。

「強敵、現るってところですね」

 そういって殿村は、契約している信用調査会社のオンラインシステムから、株式会社サヤマ製作所の情報をアウトプットして戻ってきた。

「創業はウチとほぼ同じですね。売り上げは二十億円ほどの規模だったようですが、三年前に創業者が退き、現社長に交代してから急増しているようです」

 殿村が言うとおり、現社長になってからの売り上げは二倍の四十億円ほどになっている。

「どうやると、こんなふうに売り上げを増やせるのかな」

 不思議そうにいったのは、営業第二部長の唐木田篤だ。この急成長がどうにも解せないという表情だ。

「大手メーカーとの契約を立て続けに取り付けたってききましたけどね」

 津野がいった。「椎名社長の人脈で、トップと直接交渉してるって話でした」

「もともとNASAの日本人科学者として有名ですからね、椎名さんは」

 そういったのは唐木田だ。「帝国重工の上層部ともつながっているのかも知れません。こんなことがあるかどうかわかりませんが、コンペなんか形だけのものかも知れないな」

「まさか」

 津野が顔を上げた。「それはなにかい。ウチへの手前、形だけコンペにして、実際にはサヤマ製作所からの納品が前提になっているってことかよ」

 そんなことがあるだろうかと、佃も腕組みをして思案する。

 財前は、二枚舌を使うような男ではない。サヤマ製作所で決まったのなら決まったと、最初からいうのではないか――。しかし、確証はない。

「ここは踏ん張りどころだな」

 津野がいった。「何がなんでも、帝国重工との契約、死守しないと」

 危機感を持ったまま打ち合わせが散会し、津野と唐木田、そして山崎の三人が出て行くと、後にはトノと佃のふたりだけが残った。

「まったく、いつになったら業績安泰っていえるんだろうな、トノ」

 佃がいうと、殿村は心底、不安そうに眉をハの字にして見せた。

「それをお伺いしたいのは私です、社長。何がなんでも、ここを乗り切らないと――」

     ◆

 真野賢作が訪ねてきたのは、そろそろ秋の気配が近づいてきた九月後半のことであった。

 午前中まで、音もなく細かな雨が降っていたが、それが止んだと思ったら気温が下がり、ぐっと過ごしやすくなった。

 かつて佃製作所に勤務していたエンジニアだった真野の現職は、福井にある北陸医科大学の先端医療研究所の研究員だ。退社したのは随分前のことで、会うのはかれこれ四年ぶりだろうか。

「ご無沙汰しております。その節は大変、お世話になりました」

 立ち上がった真野は、腰を二つに折って深々と頭を下げた。コットンパンツにジャケットという格好だ。

 その真野はふたりの男と一緒だった。

「こちらが、北陸医科大学の一村隼人先生です」



 長身の男が、佃に名刺を差し出した。心臓血管外科の教授である。一村です、と名乗る表情が柔らかい。大学の教授職のはずだが、一村には学者臭さがなかった。佃もかつて研究職だったが、人なつこそうな笑みを浮かべる一村の雰囲気は、自分が知っている研究職ともどこか違う爽やかな印象を運んでくる。


「こちらは、私どもの研究開発に協力していただいている桜田さんです」

 株式会社サクラダという社名は、桜田の名字そのままだ。福井市内の住所が書かれた名刺には、塔を模したロゴが印刷されていた。

「ああ、それはサグラダファミリアです」

 年齢は五十代後半だろうか。桜田章は、いかにも福井の人らしい、人の良い笑みを浮かべた。サグラダファミリアは、有名なスペインの教会のはずだ。どうしてですか、と問うた殿村に、

「桜田という名前からの勝手な連想ですよ」

 と桜田は笑った。「以前バルセロナに行ったときに見て、圧倒されまして。十九世紀から建築が始まって、いまだ続いているというところも気に入りました。斬新なアイデアで、こつこつと何かひとつの理想に向かって前進するのは、我々が目指す究極の形ではないかというのでロゴに採用してるんです」

「なるほど」

 佃は頷き、「ところでサクラダさんは、何のお仕事をされているんですか」、ときいた。

「ウチは編み物の会社です」

「編み物?」

 桜田の返事に、佃も殿村も、そして山崎までもが一緒になって聞き返した。それほど意外な返事だったからだ。

「失礼があったらお許しください。セーターとか、そういうものですか」

 殿村がそう尋ねたのも無理はない。

「いえ、服やバッグといったものは作っていません。その素材を提供しているんです。たとえば、クルマのシート素材とか、編み物というのは工業製品の様々なところに利用されているんです」

 桜田はそういって、もう一枚、新たな名刺をくれた。株式会社桜田経編(たてあみ)という社名が印刷された会社だ。

「この会社がいわば親会社で、サクラダは一村先生との開発のために新たに作った子会社なんです。私がサクラダの社長を務め、親の桜田経編の経営は弟に任せています」

「心臓がらみの仕事をされるということですか」

 そういった佃は、ふと思い出した。「そういえば真野。以前、おもしろい手紙をくれたな」

 真野が退職して間もないときである。再就職の報告とともに、新たなビジネスの萌芽ともいえるアイデアがそこには記してあったはずだ。「あれは検討したんだが、ちょっとウチでは難しいんじゃないかって話になってな」

 真野が寄越した手紙には、世界中に重度の心臓病で苦しんでいる患者が数多くおり、その彼らのために人工心臓の開発をしてはどうか、と書いてあった。

 正直、いいアイデアだと思った。できれば挑戦してみたい――。

 そう思って検討してみたのだが、なにせノウハウも何もない分野だ。佃一社で取り組むには技術的に難しすぎた。

「いえ、それは気になさらないでください」

 真野は顔の前で手をふって見せると、「実は本日、お時間をいただいたのは、それと少々関連したことをお願いするためでして」、と本題を切り出す。「いま私は一村先生と桜田さんとともに、人工弁の開発に携わっています。これがその試作品なんですが――」

 カバンから幾つかの試作品を出して並べて見せる。

「ほう」

 佃が手に取ってみると、太めの指輪のようなリングの内側に、開閉する金属弁がついている。

 繊維で包まれた内側、芯の部分は、ステンレスのような金属だ。

「表面は医療用の特殊繊維を編んだものなんです」

 桜田がいった。

「編んだ?」

 佃は問い返した。「私の浅薄な知識で恐縮ですが、心臓弁の代用品というのは、豚の心臓弁とかじゃないんですか」

 以前、真野から人工心臓のアイデアをもらったとき、勉強して得た知識である。

「現状の手術ではそうです」

 一村が後を受けていった。「ただ、生体適合性や血栓や感染症、様々なリスクを考えると、我々が開発しているこの特殊素材のほうが優れています。この素材は医療用の特殊繊維で編んでいますが、これが患者の心臓の一部として動き始めると、編み目の部分に細胞が入り込んで、実際に臓器の一部のように適応していきます」

 心臓病といっても様々なものがあるが、一村の話だと、こうした弁の病変に苦しんでいる患者の数は、日本国内で二百万人、内、手術が必要なのは一万人にも及ぶという。

 にもかかわらず、心臓と大動脈との接続部分にあたる人工弁に関しては海外から輸入された医療品が大半で、日本人の心臓病患者の中には、サイズが不適合で手術さえできないケースもあるらしい。

「とくに、先天的な心臓疾患をもって生まれた子供には、現在医療現場で承認されている人工弁では大きすぎます」

 一村はいった。「ほとんどが海外で生産されたものなので、サイズは大柄な外国人に適合したものになっている。つまり、国内の患者さんには適合しないものもあるということです。でも、国産の精密機械の技術力をもってすれば、必ず世界最先端のものができるはずです。重度の心臓弁膜症で苦しんでいる子供たちに合ったサイズの人工弁を作ってやれば、どれだけ子供たちに夢や希望を与えられるか。この開発には、苦労するだけの意義があると思うんです」

 熱く語る一村の目は、まっすぐに佃を見ている。

 そのとき、

「社長、このプロジェクトに参加していただけませんか」

 真野がいい、お願いします、と頭を下げた。

「ちょっと待てよ、真野」

 それまで黙ってきいていた佃は、制するように右手のひらを真野に向けた。

「参加って、いったい、ウチにどうしろというんだ」

「人工弁の弁葉とそれを収容するリングの、芯になるパーツを作っていただけませんか」

 佃は思わず考えこんだ。

「ひとつ、聞きたいんですけども、実際、ここに試作品があるわけですが、この試作品はどちらのお会社が製造されたんでしょうか」

 殿村が尋ねる。真野から出てきたのは、佃も知らない社名だ。

「その会社はもう製造しないということですか」

 重ねてきいた殿村に、三人は気まずそうに言葉を呑む。

「その試作品は、失敗作なんです」

 真野はいった。「その人工弁では、血栓ができてしまう。何度か改良してもらったんですが、もうこれ以上はできないということで」

「降りられた、と」

 殿村のひと言に、真野がうなずいた。佃はもう一度、失敗作だというその試作品を手の中で転がしてみた。隣ではやけに真剣な顔になった山崎が、ポケットから取り出したルーペで覗き込んでいる。

「血栓ができると、どんな問題があるんですか」殿村が質問した。

「たとえば、その血栓が脳の血管に詰まって脳梗塞を引き起こしたりするんです」

 一村がこたえる。

「だけどな、真野。私が見たところ、この試作品の作り、そんなに悪いわけじゃないと思う」

 山崎がいった。「そこそこのものだよ。作り手が替われば血栓ができないという、なにか根拠でもあるのか」

「正直なところ、確信はありません」

 と真野。「ですが、内輪の加工方法や合金の種類、さらに弁との接着部分の処理方法で、血栓を防ぐ方法があると思うんです」

「その、降りた会社はなんていってるんだ」

「そこまでの試作はもうできない、と。中小というより、零細に近い会社でしたし」

 たしかにこの開発は雲を?むような話だ。大企業ならともかく、なけなしの利益に甘んじている小さな企業に、コストを使って試行錯誤をするだけの体力があるとは思えない。

「その会社にしてみれば、致し方ない決断だったろうな」

 佃はいった。

「ですが、佃製作所であればできると思うんです」

 真野は熱く訴える。「この会社に育った私にはわかります。もし、この技術を完成させることができるとすれば、私の知る限り、佃製作所だけです」

 だが、佃は返事をしなかった。

 山崎も、押し黙ったままである。

 落ち着かなげに咳払いした殿村が、「経理の立場からお伺いするんですが、仮にウチが参加した場合の条件は」、と肝心なことをきいた。

「この人工弁から上がる収益を、北陸医科大学と弊社、そして佃製作所さんで均等に分配するイメージで考えております」

 こたえたのは桜田だ。

「それはつまり、医療機器として承認されるまでは持ち出しということでしょうか」

 殿村は表情を強ばらせて尋ねる。

「経産省の補助金もありますから、全額というわけではありません」

 桜田はいったが、その補助金とて大した額が出るわけでもあるまい。

「医療機器として承認されるまで、どのくらいかかると考えていらっしゃいますか」

 資金繰りにも関わる問題故、経理担当の殿村は真剣だ。

「いままで三年ほど研究を続けてきました。まもなくPMDAの事前相談を受けようというところですので、臨床試験に持ち込むまであと一、二年はかかるかも知れません」

 と桜田。

 PMDA――独立行政法人医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)は、医薬品や医療機器の審査機関だ。国内の全ての医薬品、医療機器は、開発段階からPMDAの助言という名の指導と評価を受け、最終的に厚労省が判断、認可する仕組みなのだという。

「臨床試験を経て、厚労省の承認を得るまでの期間はどのくらいですか」

「それはやってみないことにはわかりません」

 桜田のこたえに、殿村の表情はどんどん曇っていく。

「社長」

 真野が体を乗り出した。「この人工弁には、佃製作所のバルブシステムのノウハウが生きるはずです。私たちのプロジェクトに力を貸していただけませんか。お願いします」

 一村と桜田の三人が揃って頭を下げる。

「話はわかった」

 佃はいった。「いずれにせよ、社内で検討する時間をいただけませんか。その上で、また改めて返事をさせてもらいます」

 丁寧に頭を下げて辞去していく三人を見送った後、佃はふうと長い息を吐いた。

 さて、どうしたものか。

「トノ、あとでみんなを集めてくれるか。この話をどう思うか、意見を聞きたい」

     ◆

「絶対に反対ですね。論外ですよ」

 唐木田は、噛みつかんばかりの勢いでいった。「命の大切さだとか、医療の重要性とかいう話はわかりますよ。ですが、ビジネスとして考えた場合、リスクが高すぎます。もし、この人工弁で医療事故が起きたらどうするんです? あるいは、訴訟になったら? 巨額の賠償金を支払うことになるかも知れないだけでなく、事と次第によってはウチの信用を大きく傷つけることになる」

 唐木田のいうことにも一理ある。

 医療訴訟の可能性はゼロとはいえないだろうし、仮に何らかの事故が起きた場合、製造者として責任を追及されることは十分、あり得るからだ。

「リスクがあることは承知ですが、オレはそれほどのことかな、と思いますけどね」

 真野たちが残していった試作品の人工弁を指先で弄びながら、津野がいった。「実際のところ、技術的にはどうなんです」

「簡単そうに思えるが、意外に難しいんじゃないか」

 山崎がいった。「人工弁の芯になる合金についても検討が必要だし、開閉する弁については素材と形状の両方を組み合わせて最適なマッチングを突き詰めていくのに手間がかかる。しかも、それには実験が伴う」

「医療用の合金ともなると、正直、ピンと来ないしな」

 佃の指摘に、その通りです、と山崎は頷いた。

「動作の安定継続性を確保できるかどうかという問題もあります。実験を積み重ねて、正解を見つけるのに果たしてどれだけかかるか」

「開発費はいくらぐらいかかるんでしょうか」

 殿村が尋ねた。

「ざっくりと見ても、この手のものなら一億円程度は見ておく必要があるんじゃないですか。医療機器ですし、相当、周到に準備する必要があるでしょう」と山崎。

「で、最終的に承認されたとして、この人工弁って、一個幾らで売れるんだ?」津野がきいた。

「八十から九十万円ぐらいですね」

 殿村はすでに下調べをしていた。



医療機器については厚労省が値段を決めてまして。勝手な値付けができないようになっているようなんです」と殿村。

「だったら、開発費がかかったからといって値段を上げて回収するわけにはいかないってことかよ。いよいよ難しいな」


 唐木田が鼻に皺を寄せる。「メーカー側からすれば、それ自体が参入障壁だ」

「もうひとつ、よろしいですか」

 改まって、殿村がいった。「まず、このような医療機器の場合、訴訟リスクがあります。一旦、訴えられ、裁判で負けでもすれば、それまでの利益なんかあっという間に吹き飛んでしまうでしょう」

 さらに、と殿村は続ける。「承認問題もあります。厚労省の承認を得るといっても、実際の審査はPMDAが行っていますが、ここの審査が相当、厳しいそうです。ああだこうだと難癖をつけられている間に、二年や三年はあっという間に過ぎてしまう。一方でヨーロッパなどでは承認のシステムが違うために、向こうの医療機器のほうがどんどん新しくなり、ようやく日本で承認されたときには、技術的に周回遅れになって製品が陳腐化している危険性もあるんです」

 いわゆるデバイス・ラグだ。

「ただし、いい情報もあります。最近、医療機器承認に対する考え方が変わってきて、迅速化する動きがあるということです。従来のPMDAは、審査担当が少なく、さらに医療機器よりも医薬品のほうが手厚い布陣だったんですが、この頃は審査担当を増員し、医療機器にも手厚く対応しようということのようでして」

「手厚くなったからといって、承認が早くなるとは限らないよ」

 唐木田はそう決めつけるや、「いまウチがやらなきゃならないのは、こんな医療機器じゃない。バルブですよ、バルブ!」

 声を張り上げた。「目下の最重要課題は、帝国重工向けのロケットエンジン用バルブの継続受注です。万が一、ここで受注できなかったら、今まで投じた開発資金、どうやって回収するんですか。人工弁どころじゃない。これこそが会社の一大事だと思うんですがね」

 唐木田の主張は、思わず全員が頷いてしまうほど、至極もっともであった。

 打ち合わせの席に沈黙が訪れ、

「この状況下でウチがやる仕事じゃないか」

 おもむろに佃はいった。「真野には申し訳ないが、断ろう。みんなそれでいいか」

 反論は出ない。

「真野には、オレから電話するよ」

 佃はいうと、短い打ち合わせのお仕舞いを告げた。

     ◆

「真野のやつ、どうでした?」

 取引先での打ち合わせが長引き、会社には戻らず、そのまま山崎とふたりで自由が丘の馴染みの店で呑んでいる。

「まあ、がっかりしてたな」

 出てきたアジの唐揚げを口に放り込みながら佃はこたえた。

「でしょうね」

「何か、あるのか」

 その顔を見てふいに察した佃がきくと、「大学時代の友人に、人工弁のことを聞いてみたんです」、と山崎は意外なことをいった。

「そいつによると、それはやるべきだっていうんですよ」

 佃は、焼酎のグラスを傾ける手を止め、山崎を見た。山崎は続ける。「アドバイスしてくれた友人も外科の医師なんですが、実際に、適合する人工弁があれば使うだろうし、サクラダが開発するといっている弁も含め、相当のニーズが見込めるはずだと。こんなことをいうのはなんですが――」

 グラスを見つめていた山崎は、ちらりと視線を上げた。「儲かるんじゃないかって」

「リスクを代償にしてだろ」

 佃がいうと、山崎は戸惑うように瞳を揺らした。

「唐木田さんの主張が間違っているとはいいませんが、少なくとも人工弁に関しては、そこまでのリスクはないんじゃないですか。いや、これが人工心臓を作るなんていう話なら別ですよ。カネもかかるしリスクも高い。でも、人工弁であれば、手術の難易度もそれほど高くはないし、実際にウチが持っているバルブのノウハウも生きる。もし、医療分野で収益の柱を作るとしたら、これ以上のものはないかも知れない。そんな気がしてきたんですよ。それともうひとつ――」

 山崎の目の中で、小さな光がぽつりと灯った。「あの一村という医師――ゴッドハンドといわれているそうです」

「ゴッドハンド……」

 佃は思わず、繰り返していた。山崎は続ける。「以前、一村教授は、胸部外科学会の権威といわれるアジア医科大学の貴船恒広教授の下にいたそうなんです。幾度となく難手術をこなしてきたのは、貴船教授ではなくあの一村という男だそうでして」

「貴船……どこかで聞いたことがあるな」

 考えた佃に、

「例の日本クラインから受注しそこなった人工心臓のパーツがあったじゃないですか」

と山崎はいった。

「あの人工心臓の開発を指揮しているのが貴船教授ですよ」

「『コアハート』、だったっけ」

 ようやく思い出した。世界最先端の人工心臓を開発するという触れ込みだったはずだ。そのコンペで佃が敗れたサヤマ製作所と、いままた帝国重工のバルブシステムで競合しているのだから、世の中は狭い。

「ヤマ、お前にそれを教えてくれた友人ってのは――」

「東大医学部の、佐伯という外科医です。彼らからすれば、一村教授は地方医学部出の取るに足らない人物のはずです。それでも、佐伯がそういうんですよ。苦虫を?みつぶしたような顔で。これは本物です」

「ふうん」

 佃はいい、居酒屋の椅子の背にもたれかかった。

 おもしろい。

 同時に浮かんだのは、この件に猛反発した唐木田の顔だ。彼のいうことも、ごもっとも。だが、医療機器としてのリスクを計り損ねていたとすれば、話は別だ。

 さて、どうするか――。

 思案する佃に、「今度、福井に行く用事がありましたよね」、とそろりと山崎はいった。「毎日スチールの工場、見学することになってるじゃないですか」

「そういや、あの会社の工場、福井だったな」

 佃も忘れていた。主要取引先の一社、毎日スチールと共同開発しているエンジンの量産計画について工場と打ち合わせして欲しいと言われたのは先週のことである。

「ついでに、どんなものか見て来ませんか。現場を見ないとわからないこともあると思います。最終的な結論をだすのは、それからでも遅くはないかと。意外なビジネスが落ちているかも知れませんよ」

 考えてみれば、社内で打ち合わせたものの、上っ面の議論だけで済ませてしまった気もする。

「少々、拙速だったか」

 佃は、反省しつついった。「もう少し深く検討すべきだった気もするな。よく調べてくれた。ヤマ」

「いえ、私もちょっと気になったんで、佐伯に聞いてみただけです」

 山崎はいった。「真野には私から電話しておきます。よろしいですか」

「頼む」

 一旦、消えかけたビジネスの灯が、思いがけず再び点灯する。佃自身、科学者だから迷信や占いを信じるわけではないが、この話には簡単に没しない、不思議な“縁”があるのではないか。どうにもそんな気がしたのであった。

     ◇



佃が、福井を訪ねたのは、その一週間後のことであった。

 鯖江(さばえ)にある毎日スチールの工場で打ち合わせをこなし、その後福井市内に一泊。「ぜひ、サクラダさんの工場を見てください」、という真野の勧めもあって、翌日、サクラダを訪ねたのであった。

特集「下町ロケット2」
「いまさら工場なんか見たって無駄なんじゃないですか」

 この訪問にそもそも批判的な唐木田は、工場に向かうタクシーの中で皮肉に顔をしかめた。「編み棒を持ったオバチャンがずらっと並んでせっせと編んでるのが関の山ですよ」

「まあ、それならそれでいいじゃないか」

 佃は宥(なだ)めた。「せっかく福井まで来たんだ。とりあえず、真野がどんなことに関わっているのか、見てやろうや」

 だが――。

 いま唐木田は、佃の横で呆けたような顔で立ち尽くしていた。

 工場を見下ろすことのできるステップから、佃と唐木田、そして山崎が見下ろしているのは、体育館ほどもあるだだっ広い工場だ。

 二本ある通路の両側に巨大な編み機がずらりと並び、無数に折り重なる振動音を空間に発している。グリーンに塗られた床に降り立った佃の前を、編み上がったロールを積んだ無人の台車が通り過ぎていった。

 ロールの積み込み、倉庫に運ばれた後の収納まで、すべてが全自動で動く、先端工場だ。「すごいな、こりゃ」

 いままで数多くの先端工場を見てきた佃だが、中堅企業レベルで、ここまで自動化された工場を見ることになろうとは思わなかった。

「ここは、親会社の桜田経編(たてあみ)の工場です」

 三人を案内している桜田が説明した。人工弁を開発するサクラダは、桜田の話によると、「カッコつけても仕方が無いので最初に申し上げますと、ウチは親会社である桜田経編が稼いだ資金でなんとか経営をまかなっている“赤字企業”なんですわ」。

 あけすけというか、ざっくばらんな男だ。

「これだけの設備ができるんですから、資金は潤沢でしょう」

 そう尋ねた佃に、「いやいや、全然です」、という返事がある。「医療ってのはカネがかかるんです。親会社の儲けを無尽蔵に突っ込むわけにいきませんしね」

 編み物工場としては最先端を行くという工場内を抜けた佃らは、資材置き場を通り抜け、その向こうに広がる別フロアへと出た。

「ここがウチの専用フロアです」

 案内された部屋には、ひときわ大きな編み機が一台、置いてあった。

「さっきの編み機とは種類が違いますね」と山崎。

「ベースになる編み機そのものはドイツから輸入しております。それをウチ独自のノウハウで改造していまして。ただ、その部分は企業秘密でお話しできないんですが」

 そこに、他社では真似のできないサクラダの付加価値があるらしい。

「この機械は、自己資金で?」

 興味深げにきいたのは、唐木田であった。

「当初の支払いは自己資金で賄いましたが、その後経産省の補助金が出ましたので、負担額は半分で済みました。とはいえ、ウチとしてはかなり思い切った出費です。仕事になるかわからないわけですから」

 それでも買ったのは、親会社の桜田経編の業績が順調というだけでなく、桜田本人の執念によるところが大きいに違いない。

「いまは止まっていますけど、この編み機は、今回の計画の象徴だと思っています」

 桜田はいった。「なんとか、この編み機を稼働させてください、佃さん。そのためには、佃さんの技術が必要なんです」

 唇を結んだままその言葉を受け取った佃は、ふと編み機の上に掛けられたボードに気づいた。“GAUDI”と書かれている。

「ガウディ?」

「我々が開発している人工弁のコードネームです」

 桜田は少し照れくさそうにいった。「計画全体は、ガウディ計画と呼んでいまして」

「ガウディ計画か。いい名前ですね」

 佃はいった。おそらく、桜田がロゴにしている、サグラダファミリアからの連想だろう。「ひとつ、お伺いしてもいいですか。心臓疾患で苦しんでいる人たちを救おうというこの事業の目的が尊いことはわかります。ですが、親会社の経営を弟さんに任せてまで、あなた自身がこの事業に専心される理由はなんですか」

「罪滅ぼしですよ」

 桜田からこぼれた意外なひと言に、佃だけではなく唐木田も、そして山崎も驚き、続きを待つ。

「娘がいたんですが、仕事が忙しくて親らしいことはほとんどしてやれませんでした。旅行に行ったことも、家族で食事をしたことも、数えるほどしかありません。娘は重い心臓弁膜症で苦しんでいまして、亡くなったときはまだ十七歳でした。それが五年前のことです。こんなことをしても娘は帰ってきませんが、この事業は、私のせめてもの罪滅ぼしです。娘のような子供、患者を救えるのなら、私のできることは何でもやろう。その覚悟で、この事業を進めています。私にはいま希望がないんです、佃さん」

 桜田は悲しげな笑みを浮かべた。「あるのは、決して消えない永遠に続く後悔だけです。その中で、この事業を成功させることだけが、唯一の救済なんです」

 沈黙する機械にいま、桜田章という男の情念の揺らぎを見た気がした。夢でも損得でもない。この男を突き動かしているのは、亡くなった娘に対する愛情であり、後悔だ。

 すうっと胸を上下させながら、唐木田が、瞬きも忘れるほどの目で桜田を凝視している。山崎は、グレーで統一された編み機の、物いわぬボディーを見つめたまま動かない。

「よくわかりました。どうもありがとうございます。大変、勉強になりましたし、あなたの情熱も胸に沁み入りました」

 佃は思いのままを口にした。

 いままでの自分は、ロケットエンジンへの夢を追いかけてきた。夢こそが、仕事の原動力であり、人を強くする――そう思ってきた。

 だが、それだけじゃなかった。

 耐えがたい情念に突き動かされ、為す術もなく突っ走る。そうせざるを得ない、駆り立てられるような動機というものがあったとは。

 佃にも娘がいる。この桜田という男に降りかかった不幸は、他人事ではなく、佃の胸に突き刺さるようだ。

 その逃げ場のない苦しみの中で、桜田は必死でもがき、前へ進もうとしている。

 逆に、この男にとって、ビジネスのリスクはさほど重要ではないのかも知れない。そんな危うさすら、佃は感じないではいられなかった。

 仕事をする意義も、収益を追求する姿勢も、この男の動機とはリンクしない。

 この男は、ただ失った家族と、残された者の人生のためだけに、この編み機が本格稼働する日を夢見ている。

「どうだ」

 そのとき佃は、唐木田に問うた。山崎の意見は聞かなくてもわかっている。

 返事はなく、唐木田が向けてきたのは悲痛なまでの眼差しであった。

「仕事ってのは、いろいろですね」

 やがて、その口から出てきたのはそんな言葉だ。「桜田さんとウチとでは仕事をする理由がまるで違う。人の数だけ、仕事する意味があるのかな」

「そうだな」

 佃はいった。「だからこそ、おもしろいんじゃないか。――なあ、やってみないか」

 ぽつりと、呟くように吐いた佃に、唐木田からの反論はない。無言の賛同だ。

「よろしくお願いします」

 このやりとりを見守っていた桜田が、そのとき体を二つに折った。

「こちらこそ」

 佃は応え、桜田に右手を差し出す。

 ロケットから人体へ――。

 佃製作所の新たな挑戦が始まった。



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イメージ 1

「独立器官」――友人の独身主義者・渡会医師が命の犠牲とともに初めて得たものとは何だったのか。
作品中にはThink For Yourself(嘘つき女)のクレジットは無かったが、しいてビートルズの曲に当てはめれば・・・これかもしれない。
I've got a word or two
To say about the things that you do
You're telling all those lies
About the good things
That we can have if we close our eyes                          
君のやってることに
ひとこと文句が言いたいんだ
君の並べたあの言葉は全部ウソ
目を閉じれば手に入れることのできる
素敵なものについてもね


Do what you want to do
And go where you're going to
Think for yourself
'Cause I won't be there with you

勝手にしろよ
行きたいとこへ行けばいい
ただし 自分の面倒は自分でみろ
おまえと付き合うのはもうたくさん


I left you far behing
The ruins of the life that you have in mind
And though you still can't see
I know your mind's made up
You're gonna cause more misery

君のことはとっくに見放した
君と夢に描いた理想の生活もね
自分じゃ気づいてないようだけど
君がこの上まだ俺を惨めにするつもりなのは
ちゃんとわかってるんだ

Do what you want to do
And go where you're going to
Think for yourself
'Cause I won't be there with you

勝手にしろよ
行きたいとこへ行けばいい
ただし 自分の面倒は自分でみろ
おまえと付き合うのはもうたくさん


Alsough your mind's opaque
Try thinking more if just for your own sake
The future still looks good
And you've got time to rectify
All the things that you should

君の心は不透明
自分の為にもう少し考えてみろよ
そうすりゃまだ望みはある
時間はたっぷりあるんだし
考えを改めたらどうだい


Do what you want to do
And go where you're going to
Think for yourself
'Cause I won't be there with you                                                                              勝手にしろよ                                          行きたいとこへ行けばいい  
                                   ただし 自分の面倒は自分でみろ                                     おまえと付き合うのはもうたくさん                                                                                       

ヒントにはなった要素はあると思うが、本作品のイメージとはちょっと違う。


 この小説の主人公は渡会(とかい)という美容整形外科医である。渡会・・・この苗字のごとく、彼は次々と女性を渡り歩いて、逢引しつづける独身主義者のプレイボーイである。しかし、彼は究極のミスターロンリーではなかったろうか?

p137で引用されているこの歌がとても印象的だった。

逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり
権中納言敦忠

君のことを抱いたら、君を抱く前に感じた恋心など、無いに等しいくらいに、君のことに夢中になってしまった。Ddog 訳

敦忠が現代に生きていたとしたなら、初めて抱いた女とホテルから出た後に彼女のメールにこの歌を送信するんだろうな・・・女性にもてるわけだ。

独立器官はもし、権中納言敦忠の歌『逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり』のミュージックビデオがあるなら、そのビデオを選んだろうが、さすがにない。ミスターロンリー・・・といえばジェットストリーム、そして最終回のエンディングが入っているこのビデオが適当かもしれない。

p122-123
こういう率直な物言いはあるいは世間の多くの人々から強い反感を買うことになるかもしれないが、これまで交際する女性に不自由したことはない。

渡会はなぜか若いうちから、結婚して家庭を持つということをまったく望まなかった。結婚生活は自分には向かないと妙にはっきり確信していた。だから結婚を前提とした男性との交際を求めている女性は、どれほど魅力的な相手であれ、最初から退けるようにしていた。

その結果、彼がガールフレンドとして選ぶ相手はおおむね人妻か、あるいは他に「本命」の恋人を持つ女性たちに限られることになった。そういう設定を維持している限り、相手が渡会と結婚したいと切望するような事態はまずもたらされない。もっとわかりやすく言えば、渡会は彼女たちにとって常に気楽な「ナンバー2の恋人」であり、便利な「雨天用ボーイフレンド」であり、あるいはまた手頃な「浮気の相手」たった。そして実を言えばそのような関係こそが、渡会が最も得意とし、最も心地良くなれる女性とのかかわり方だった。それ以外の、たとえばパートナーとしての責任分担が何らかの形で求められるような男女関係は、常に渡会を落ち着きの悪い気持ちにさせた。

彼女たちが自分だけではなく、他の男たちにも抱かれているという事実は、とくに彼の心を悩ませなかった。肉体なんて結局のところ、ただの肉体に過ぎないのだ。渡会は(主に医師という立場から)そう思っていたし、彼女たちもだいたい(主に女性という立場から)そう思っていた。自分と会っているときに、彼女たちが自分のことだけを考えてくれていれば、渡会としてはそれで十分たった。それ以外の時間に彼女たちが何を考え、何をしているかなんて、それはひとえに彼女たちの個人的問題であって、渡会がいちいち思いなすべき問題ではない。口出しするなどもってのほかだ。

渡会にとっては女性だちと食事を共にし、ワインのグラスを傾け、会話を楽しむこと自体がひとつの純粋な歓びだった。セックスはあくまでその延長線上にある「もうひとつのお楽しみ」に過ぎず、それ自体が究極の目的ではない。彼が求めるのは何よりもまず、魅力的な女性だちとの親密な、知的な触れあいたった。そのあとのことはそのあとのことだ。そんなわけで女性たちは自然に渡会に心惹かれ、彼と共にする時間を心置きなく楽しみ、その結果彼を進んで受け入れることになった。これはあくまで僕の個人的見解だが、世の中の多くの女性は(とりわけ魅力的な女性たちは)、セックスにかっかつしている男たちにいい加減食傷しているのだ。

p128で渡会は
「紳士とは、払った税金と、寝た女性の多くを語らない人のことです」とあるとき彼は僕に言った。

わたしもそのようなことを言ってみたいものです。

p132-133渡会に年貢の納め時が着た
渡会氏のそういうツキに恵まれた生活はおおよそ三十年にわたって続いた。
長い歳月だ。そしてある日、彼は思いもよらず深い恋に落ちてしまった。まるで賢いキッネがうっかり落とし穴に落ちるみたいに。

彼が恋に落ちた相手は十六歳年ドで、結婚していた。二歳年上の夫は外資系 IT企業に勤めており、子供も一人いた。五歳の女の子だ。彼女と渡会がつきあうようになって一年半になる。                                
「谷村さんは、誰かのことを好きになりすぎまいと決心して、そのための努力をしたことはありますか?」と渡会があるとき僕に尋ねた。たしか夏の初めの頃だったと思う。渡会と知り合って一年以上が経っていた。                  
そんな経験はなかったと思うと僕は答えた。
「私もそんな経験はありませんでした。でも今ではあります」と渡会は言った。  
「誰かを好きになりすぎないように努力している?」                  
「そのとおりです。ちょうど今、そういう努力をしているところです」

「どんな理由で?」                                     
「きわめて単純な理由です。好きになりすぎると気持ちが切なくなるからです。つらくてたまりません。その負担に心が耐えられそうにないので、できるだけ彼女を好きになるまいと努めています」                             
彼は真剣にそう言っているようだった。その表情には日頃のユーモアの気配はうかがえなかった。

百戦錬磨のプレイボーイがまるで中学生が嵌るような、甘酸っぱくも青臭い恋に堕ちてしまった。恋について本質的な意味を避けてきたのかもしれない52歳の男性が、恋の病になってしまった。
51歳の私としては52歳の渡会医師がそのような気持ちになるのがわかるような気がする。要は、五十を過ぎ焼きが回ってしまったのだ・・・                 
イメージ 2
ブラック・アンド・タン ペールエール1:ギネスビール1/はじめにペールエールを注ぎ、その上からバースプーンを利用してゆっくりギネスを注ぎ入れる。
p137-138
我々はフライドポテトとピックルスをつまみに「ブラック・アンド・タン」の大きなグラスを傾けていた。

「『逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり』という歌がありますね」と渡会が言った。

「権中納言敦忠」と僕は言った。どうしてそんなことを覚えていたのか、自分でもよくわからないけれど。

「『逢ひ見て』というのは、男女の肉体関係を伴う逢瀬のことなんだと、大学の講義で教わりました。そのときはただ『ああ、そういうことなのか』と思っただけですが、こんな歳になってようやく、その歌の作者がどういう気持ちを抱いていたのか実感できるようになりました。恋しく想う女性と会って身体を重ね、さよならを言って、その後に感じる深い喪失感。息苦しさ。考えてみれば、そういう気持ちって千年前からひとつも変わっていないんですね。そしてそんな感情を自分のものとして知ることのなかったこれまでの私は、人間としてまだ一人前じゃなかったんだなと痛感しました。気づくのがいささか遅すぎたようですが」

そういうのは遅すぎるも早すぎるもないと思う、と僕は言った。たとえいくらか遅かったとしても、最後まで気づかないでいるよりはずっといいのではないか。

「でもこういう気持ちは、若いうちに経験しておけばよかったかもしれません」と渡会は言った。「そうすれば免疫抗体みたいなものも作られていたはずです」

そんなに簡単に割り切れるものでもないだろうと僕は思った。免疫抗体なんてできないまま、たちの悪い潜在的病根を体内に抱え込むようになった人を僕は何人か知っている。でもそれについては何も言わなかった。話が長くなる。
渡会は結婚してから遊ぶべきだった・・・そうすれば、こんな罠には嵌らないだろう。
いや、嵌ったら結局はおしまいか?でも、家庭を持つと金銭的問題もあるが逢引の時間を確保するのが難しいからそんなに自由に複数の女性とは遊べなかったか・・

その後 渡会医師の姿をジムで見なくなったある日、医師の秘書でゲイの青年後藤より 渡会医師が亡くなったと知らされる。

その理由が、好きになりすぎた人妻が若い情夫を作りその夫と医師を捨てて駆け落ちしてしまい、恋煩いで拒食症となり亡くなったというのだ。

しかし谷村にとって思い当たるふしがあった
p146-147
ビールを飲み終え、帰り際になって、彼はこっそりと打ち明けるように言った。「谷村さん、私か今いちばん恐れているのは、そして私をいちばん混乱させるのは、自分の中にある怒りのようなものなんです」                       
「怒り?」と僕は少しびっくりして言った。それは渡会という人物にはいかにも似合わない感情であるように思えたからだ。「それは何に対する怒りですか?」   
渡会は首を振った。「私にもわかりません。彼女に対する怒りでないことは確かです。でも彼女に会っていないとき、会えないでいるとき、そういう怒りの高まりを自分の内側に感じることがあります。それが何に対する怒りなのか、自分でもうまく把握できません。でもこれま でに一度も感じたことのないような激しい怒りです。部屋の中にあるものを手当り次石に窓から放り出したくなります。椅子やテレビやら本やら皿やら額装された絵やら、何もかもを。それが下を歩いている人の頭にぶつかって、その人が死んだってかまうものかと思います。馬鹿げたことですが、そのときは本気でそう思うんです。今のところはもちろんそういう怒りをコントロールできます。本当にそんなことはしゃしません。でもいつかそれをコントロールできなくなる日がやってくるかもしれない。そのせいで誰かを本当に傷つけてしまうかもしれません。私にはそれが怖いんです。それならむしろ、私は自分自身を傷つけることの方を選びます」
渡会医師は自分自身を傷つけたのだ・・・
いままで、多くの恋人や人妻は自分の為に本命の彼やその夫に嘘をついて自分と密会していたのだが、本気で恋した女性が自分に向かって嘘をついたのだ・・・・
p164
 渡会医師に関して、もうひとつよく覚えていることがある。どのような流れでそんな話になったのか、今となっては思い出せないのだが、あるとき彼は僕に向かって女性全般についてひとつの見解を口にした。

すべての女性には、嘘をつくための特別な独立器官のようなものが生まれつき具わっている、というのが渡会の個人的意見だった。
どんな嘘をどこでどのようにつくか、それは人によって少しずつ違う。
しかしすべての女性はどこかの時点で必ず嘘をつくし、それも大事なことで嘘をつく。大事でないことでももちろん嘘はつくけれど、それはそれとして、いちばん大事なところで嘘をつくことをためらわない。
そしてそのときほとんどの女性は顔色ひとつ、声音ひとつ変えない。
なぜならそれは彼女ではなく、彼女に具わった独立器官が勝手におこなっていることだからだ。
だからこそ嘘をつくことによって、彼女たちの美しい良心が痛んだり、彼女たちの安らかな眠りが損なわれたりするようなことは――特殊な例外を別にすれば――まず起こらない。
おそらく渡会医師にとって初めての失恋であったろう。五十を過ぎての失恋は免疫がなかった分かなり応えたのであろう・・・
p166
彼女の心が動けば、私の心もそれにつれて引っ張られます。ロープで繋がった二艘のボートのように。綱を切ろうと思っても、それを切れるだけの刃物がどこにもないのです。                                        
彼は間違ったボートに繋がれていたのだと、我々はあとになって思う。しかしそんなに簡単に言い切ってしまえることだろうか?                                                                      思うのだが、その女性が(おそらくは)独立した器官を用いて嘘をついていたのと同じように、もちろん意味あいはいくぶん違うにせよ、渡会医師もまた独立した器官を用いて恋をしていたのだ。それは本人の意思ではどうすることもできない他律的な作用だった。                                                                                    あとになって第三者が彼らのおこないをしたり顔であげつらい、哀しげに首を振るのは容易い。                                                                                       しかし僕らの人生を高みに押し上げ、谷底に突き落とし、心を戸惑わせ、美しい幻を見せ、時には死にまで追い込んでいくそのような器官の介入がなければ、僕
らの人生はきっとずいぶん素っ気ないものになることだろう。あるいは単なる技巧の羅列に終わってしまうことだろう。
その通りであるが・・・

この女性は嘘をつく理由は生物学的に説明できる。
浮気するほど美しい
・メスは美しく派手なオス、より美しくて派手なオスというように古来飽くことなく選び続 けている。それゆえオスは、時に「何でそこまで」と言いたくなるくらいに美しく、派手 に進化してしまった。                              
・メスは簡単には誘いに乗らない。人間の女の子と同じで何羽かで連れだって行動し、あの オス、このオスと疲れも見せずに見て回る。そして最終的には気に入った一羽のオスと交 尾する。当然のことながら、人気のあるオス、ないオスという格差が生じ、多くのメスと 交尾できるオスもいれば、全くできないオスもいる。事実上、一夫多妻の婚姻形態なので ある。メスは巣作りから子育てに至るまでオスの助けを借りることはない。

一夫一妻では夫に不満あり                             
・オスとメスとは卵の受精が可能な時期には特に頻繁に交尾する。ところがその90パーセ ント以上は、メスが誘うことによって始まるという。オスの意志は全くと言っていいほど 生かされることはない。これだけ見ても、交尾の主導権はどうもメスが握っているらしい ということがわかる。                      
・この島の鳥の非常に面白い点は、浮気に対し、メスが大変積極的な姿勢を見せるというこ とである。待つだけでなく、自分からオスの元へと出かけて行く。当然そこには彼の妻と いう恐ろしい存在が待ち構えており、時に彼女に攻撃を加えようとする。翼を震わせて威 嚇、空中戦で翼でたたいたり、地面につき落としたりもする。そういうことがあってもな お、出かけて行くのである。          
・他のメスが盛んに浮気にやってくるようなモテモテのオスをダンナに持ったメスは、浮気 にあまり関心がなく、出かけない。他方、他のメスがあまり浮気にやって来ないような冴 えないオスをダンナに持ったメスは、非常によく浮気に出かけるのである。                                             
・一夫一妻の婚姻形態で、メスは必ずしも思うような相手とつがえるわけではない。相手は 往々にして今ひとつ魅力に欠ける、やや冴えないオスであったりする。その不満を解消す る手段が浮気というわけである。浮気でダンナに足りない魅力の元を取り入れる。その魅力とは、何を隠そう生存力という極めて重大な問題に関わっている。メスが浮気をするのはだだ浮ついた心からではない。

魅力的なオスには限りがある                              
・一夫一妻の婚姻で、メスはまずなるべく魅力的なオスとつがおうとする。しかし何分、魅力的なオスには限りがある。メスが現実につがうには、たいていの場合には理想とかけ離れた、中か中の下くらいのオスである。それでもつがうのは、とりあえずのところ巣作りに協力するオス、子の面倒を見てくれるオスが必要だからだ。だが願わくは優れたオスの子どもが欲しい。その遺伝子を取り入れたい。そこで実行するのが浮気。浮気は亭主に対する不満を補うための手段というわけなのだ。「不機嫌な果実」というけれど、女はたい
てい不機嫌な存在である。誰もが理想の相手と結婚できるわけではない。そして結婚とは そこ浮気をし、浮気の結果の子どもをダンナに育てさせるための方便にすぎない。

クリスマスで、大停電で、SMで                           
・女にとっての大きな恐怖と不安、男は傷つけ、女は傷つけられる、そして性交排卵という 現象の、さらに先にあるものはと言えば、それはレイプである。レイプで信じられないほ どの高い確率で排卵が誘発され、子どもができることは既によく知られている。
・排卵期の女がよく妊娠していることはもちろんである。それどころか排卵期にレイプされ た女が妊娠しなかったという例は、まず見つからないくらいである。   
・夫婦ゲンカというものも排卵にとってけっこう重要なのではないかと思う。口喧嘩、物を 投げたり、取っ組み合いの喧嘩。お互い感情は爆発し、女は軽く傷ついたりもする。排卵 はおおいに誘発されるはずなのである。喧嘩の仲直りとして性交するとよく言うが、それ は実のところ逆の関係があるかもしれない。つまり喧嘩の仲直りとして性交するのではな く、効率のいい性交をするために喧嘩をする。一方、仲のいい夫婦はなかなか子ができな いという。それは、こういうふうに、派手に喧嘩をすることで排卵が誘発されるという機会が少ないからではあるまいか。興奮すると女は排卵する。しかしそれがどういう意味を持つのか、まだ定かではない。

女が浮気をするとき                                  
・14~20歳の女が浮気する確率はおよそ6パーセントである(この確率というのは、す べての性交のうちで浮気の性交がどれくらいあるかという割合を示している。またこのデ ータはパートナーのいる女性についてのみのものである。)    
・20~25歳の女のおおよそ5パーセント、25~30歳の女のおおよそ4パーセント、30~40歳の女の8パーセント、40歳以上の女の10パーセントの女が浮気をするというデータがある。                               
・若いころは幾分浮気っぽいが、結婚年齢が近づくにつれて貞淑となる。しばらく貞淑のままでいるが、中年以降にはかなり浮気っぽくなる。              
・女が浮気に積極的になるのはどうやら30歳代以降、ダンアとの間に2~3人の子を生してからということになりそうだ。                          
・浮気の結果、子を作り、その子が実の子ではないと夫にバレたとき、どうなるか。まだ1人も子がいない場合と同様で、子ともども(その中には彼の実の子も含まれているが)ダンナに捨てられるという可能性が残っているからである。もう1人くらいはダンナの子を産んでやってご機嫌をとっておくべきなのである。          
・では、ダンナとの間に子が2人、3人、それ以上いるとしたら、どうだろう。それだけの 既成事実があれば、そろそろ大丈夫かもしれない、たとえ浮気の結果、子ができ、それが ダンナにバレたとしても、彼は今やかんじがらめの状態である。妻と子を遺棄しようにも、 自分の子までも多数巻き添えをくらってしまう。仮に実の子だけを残し、妻と不義の子を追い出すにしても、残された子の面倒を誰が見るのか。もはやどうしようもないのである。
彼としてはおとなしく振る舞う。家庭に波風を立てぬこう、その不義の子まで面倒を見る ことが最善の策ということになるのである。女の狙いはそこにある。女はその日が来るの を首を長くして待ち続けていたのだ。               
・女は必ずしも理想の相手と結婚できるわけではない。相手は往々にして今一つの、魅力に欠ける男である。その不満を補うのが浮気なのだ。浮気によって魅力ある男の、魅力の元となっている遺伝子を取り入れる。そして魅力ある子を得る。魅力は、寄生者に強いなど必ず何らかの実質を伴ったものである。子の養育を保証してくれる男をキープしないままに、ただいい男の子どもを宿していったいどうしようというのか。まずは結婚、浮気をし、いい男の遺伝子を取り入れるためには取りあえず結婚することなのである。

執筆中


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「イエスタデイ」
本編もビートルズの名曲イエスタデイからインスパイアーされた短編です。
その1ドライブマイカー同様ハードカバーで出版する前ちょっとしたクレームがあった。
歌詞の改作について著作権代理人から「示唆的要望」を受け大幅に関西弁のイエスタデイを大幅に削ったとのこと。

喫茶店でアルバイトをしている早稲田大学2年生の「僕」は芦屋で生まれ育ったが、現在は標準語を日常的に使っている。同じアルバイトをしている木樽(きたる)という浪人生と知り合った。彼は田園調布出身であるにも関わらず、阪神タイガースのファンだから、という理由で後天的に関西弁を習得し、いつも関西弁で話をするような変わった人物である。木樽には小学校のときからつきあっている彼女「栗谷えりか」がいて、彼女の方は先に現役で上智大学に入学しテニスサークルに所属している。  「僕」が彼の家に行った時に、風呂場で「イエスタデイ」の関西弁のかえ歌を披露してもらった。
昨日は/ あしたのおとといで 
おとといのあしたや 
意味もなく、わたしは、どうしても削除されたイエスタデイの替え歌の原文19行の歌詞が知りたくて、検索してみたところ・・・newtrendwave.blog.さんが公開していました

昨日は
あしたのおとといで
おとといのあしたや
それはまあ
しゃあないよなあ

昨日は
あさってのさきおとといで
さきおとといのあさってや
それはまあ
しゃあないよなあ

あの子はどこかに
消えてしもた
さきおとといのあさってには
ちゃんとおったのにな

昨日は
しあさっての四日前で
四日前のしあさってや
それはまあ
しゃあないよなあ
なんと!仏教思想に通じる哲学的な歌詞であろうか・・・!!!            木樽(村上春樹)は天才とちゃうやろか?
ポールマッカートニーのイエスタデイの原曲も内省的で哲学的な歌詞ではあったが、村上春樹はこれを関西弁をクッションに諸行無常を替え歌に巧みに織り込んでいる!!!・・・これをあっさり削除してしまうのはなんとも惜しい気がします。
参考までに原曲の歌詞と訳
Yesterday  (The Beatles) イエスタディ  (ザ・ビートルズ) 
Yesterday all my troubles seemed so far away
Now it looks as though they're here to stay
Oh I believe in yesterday
昨日 僕の苦しみすべて 遠くにあるように見えた
今は どうやらここに居座ってるみたいだ
本当によかったと思いを馳せる 昨日はと

Suddenly I'm not half the man I used to be
There's a shadow hanging over me 
Oh yesterday came suddenly
突然 僕はまったく昔の僕ではなくなった
影が重くのしかかっている 僕の上に
昨日と違うことが起きたから 突然に

Why she had to go 
I don't know she wouldn't say
I said something wrong
Now I long for yesterday
なぜあの人は行かなくてはいけなかったのか
わからない どうしても言ってくれなかった
僕は何かまずいことを口走った
今は焦れるだけ 昨日に戻れたらと

Yesterday love was such an easy game to play
Now I need a place to hide away
Oh I believe in yesterday
昨日 恋は子供だましのゲームだった
今は人から離れられる場所がほしい
本当によかったと思いを馳せる 昨日はと


※ ポール・マッカートニの母親が死んだときの彼の心境を歌っているという説があります。  その場合の訳はここをクリック
物語の構造は、比較的単純である。突然木樽が自分の彼女栗谷えりかと付き合わないかと突拍子もない提案をした。日曜日の午後、僕と木樽と彼のガールフレンドの栗谷えりかと三人で一度会って、その週の土曜日に僕とえりかは渋谷でウッディアレンの映画を観て、お茶をして別れた。そのことを木樽に報告すると、それから2週間ほどして木樽はひとことの連絡もせず喫茶店を辞めた。僕もほどなくして喫茶店を辞めえりかともそれ以上進展しなかった。16年後、僕は赤坂のホテルで開かれたワイン・テイスティング・パーティーの会場で栗谷えりかと再会する。そして二人の近況を知る・・・ただそれだけの構造なのだ。

だが・・・関西弁というどこか軽い言葉で問題がある青年とその幼なじみの普通の女性との重い苦悩と溝そして純愛について語っている。

子供の頃から小中高校同じ学校に通い、申し分ないカップルであったが、大学受験に失敗して苦悩していた。
p81-82
 木樽はしばらく自分の両手の掌をじっと眺めていた。それから言った。
「つまりやな、一方のおれはやきもき心配してるわけや。おれがしょうもない予備校に通って、しょうもない受験勉強してるあいだ、えりかは大学生活を満喫している。ぽこぽことテニスをやったり、なんやかやしてな。新しい友だちもできて、たぶん他の男とデートしたりもしてるんやないか。そういうことを考え出すと、自分だけがあとに取り残されていくみたいで、頭がもやもやする。その気持ちはわかるやろ?」

「わかると思う」と僕は言った。

「けどな、もう。方のおれはそれで逆に、ちょっとほっとしてもいるわけや。つまりこのままおれらが何の問題もなく破綻もなく、仲良しのカップルとしてするするとお気楽に人生を進めていったら、この先いったいどうなってしまうんやろうと。それよりいっぺんこのへんで別々の道を歩んでみて、それでやっぱりお互いが必要やとわかったら、その時点でまた一緒になったらええやないか。そういう選択肢もありなんやないかと思たりもするわけや。それはわかるか?」

「わかるような気もするし、よくわからないような気もする」と僕は言った。

「つまりやな、大学を出て、どっかの会社に就職して、そのままえりかと結婚して、みんなに祝福されてお似合いの夫婦になって、子供が二人ほどできて、お馴染みの大田区立田園調布小学校に入れて、日曜日にはみんなで多摩川べりに行って遊んで、オブラディーオブラダ……もちろんそういう人生もぜんぜん悪うないと思うよ。しかし人生とはそんなつるっとした、ひっかかりのない、心地よいものであってええのんか、みたいな不安もおれの中になくはない」

「自然で円滑で心地よいことが、ここでは問題にされている。そういうこと?」

「まあ、そういうことや」

自然で円滑で心地よいことのどこが問題になるのか、僕にはもうひとつよくわからなかったが、話か長くなりそうなので、その問題は追及しないことにした。
これは彼自身の問題だ。彼は小中高校とぴったり寄り添った「えりか」が自分から離れて、別の男に取られようとしていることを敏感に感じてしまったのだと思う。普通ここで一念発起して勉学に打ち込み破滅に向かわないよう努力すればいいのだが・・・木樽はへんな希望を抱いた。

「それよりいっぺんこのへんで別々の道を歩んでみて、それでやっぱりお互いが必要やとわかったら、その時点でまた一緒になったらええやないか。そういう選択肢もありなんやないかと思たりもするわけや」

木樽とえりかは、2人の関係の出口はないことを予感したのかもしれない。このため、木樽は状況を打開しようと、2人の関係に「僕」を巻き込もうとしたのだったが、「僕」はえりかと1度会っただけでその後は会っていない。えりかはテニス同好会の先輩と付き合い、木樽は大学受験をあきらめて、アルバイトを突然辞めて大阪の調理学校に入り、木樽とその彼女のえりかは離ればなれにななってしまった。

その後「僕」は大学卒業後に出版社に就職し、3年後にそこを辞めて、ものを書く仕事をしている。27歳の時に結婚しました。えりかはテニス部の先輩とは別れ、卒業後広告代理店の仕事をしている。

だが、えりかと木樽は心の奥底では繋がっている
p99-100
栗谷えりかは、エアコンの風にちらちらと揺れるキャンドルの炎を無言で眺めていた。それから言った。                                                                    「私は同じ夢をよく見るの。私とアキくんは船に乗っている。長い航海をする大きな船。私たちは二人だけで小さな船室にいて、それは夜遅くで、丸い窓の外には満月が見えるの。でもその月は透明なきれいな氷でできてる。そして下の半分は海に沈んでいる。                    『あれは月に見えるけど、実は氷でできていて、厚さはたぶん二十センチくらいのものなんだ』とアキくんは私に教えてくれる。『だから朝になって太陽が出てきたら、溶けてしまう。こうして見られるうちによく見ておくといいよ』 つて。                                      その夢を何度も繰り返し見た。とても美しい夢なの。いつも同じ月。厚さはいつも二十センチ。下半分は海に沈んでいる。私はアキくんにもたれかかっていて、月は美しく光っていて、私たちは二人きりで、波の音が優しい。でも目が覚めると、いつもとても悲しい気持ちになる。もうどこにも永の月は見えない」                                     
栗谷えりかはしばらく黙っていた。それから言った。             
「私とアキくんと二人だけでそういう航海を続けていられたら、どんなに素敵だろうと思う。私たちは毎晩二人で寄り添って、丸い窓から氷でできた月を見るの。月は朝になったら溶けてしまうけれど、夜にはまたそこに姿を見せる。でもそうじゃないかもしれない。ある夜、月はもう出てこないかもしれない。そのことを思うとひどく怖い。明日自分がどんな夢を見るのか、それを考えると、身体が音を立てて縮んでいくくらい怖い」
なんとロマンチックな夢だろう。そんな夢を見てくれる女性と出逢えたらなんと幸せなことか・・・木樽はそのことに気がつくべきであった。
月の夢は夢占いによれば、幸せや結婚妊娠の暗示だそうで、一方氷の夢危険、ピンチ、困難、冷たい感情や態度などを表します。海の夢豊かさ、大きさ、寛大さ、包容力、自然界の神秘、無意識の世界などを表します。
えりかが見た夢はロマンチックで幸せだが将来への不安でいっぱいの夢と解釈できそうです。

木樽とえりかはとても愛し合っていたが、強く愛し合った故に、お互いに将来が不安に思っていたと解釈できそうです。だから、16年が経過しても。結局2人は誰とも結婚せず、木樽はデンバーで鮨職人をしている。それぞれ独身でいるのだと思う。

これはフィクションであって実際の話ではないが、これが実話だったら、木樽とえりかはスピリチャル的に繋がっていた存在だったかもしれない。

この物語には村上春樹のイエスタデイの替え歌に込められた世界観/仏教的思想(諸行無常)が流れているような気がする。あの19行のイエスタデイの歌詞はこの物語にとってとても重要だったような気がする。それでもあの残された3行の歌詞でも十分に伝わるのだから村上春樹は天才なのだと思う。

 
私(Ddog)も 大学3年の時にえりかと木樽のように、もしかしたらスピリチャル的に繋がっていたかもしれない女性と知り合い一緒に住んでいた時期があった。彼女は才色兼備で、私には過分な女性でもあった。私が社会人となってすぐ彼女は結婚したがったが、私は木樽といっしょで、踏み切れなかった。入社して本当にこの会社でやっていけるのか不安で、結婚は私が28歳になるまで待ってほしいと言ってしまった。その後転勤で、離ればなれになって週末だけ逢うようになったが、私は彼女に振られてしまった・・・彼女はえりかと同じく不安で待てなかったのだ。今でも何故あの時、結婚をしなかったのか後悔している。

その後、私は28歳の時付き合っていた女性と結婚した、いまの家内である。
その彼女は、彼女が33歳の時に十数歳年上で当時外資系企業の副社長と結婚した。お子さんには恵まれなかったが都心の高級住宅地に家を建て、今でも幸せに暮らしている。
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2014年4月18日村上春樹氏の前:短編集「東京奇譚集」から実に9年ぶりとなる短編集が出版された。
まえがきに、この短編集はいわばビートルズの”サージェント・ペパーズ”やビーチボーイズの”ペット・サウンズ”のようなコンセプトアルバム風に作ったという。
まえがき
p7
本書のモチーフはタイトルどおり「女のいない男たち」だ。最初の一作(『ドライ
ブーマイーカー』)を書いているあいだから、この言葉は僕の頭になぜかひっかかっていた。何かの曲のメロディーが妙に頭を離れないということがあるが、それと同じように、そのフレ―ズは僕の頭を離れなかった。そしてその短編を書き終えたときには、この言葉をひとつの柱として、その柱を囲むようなかたちで、一連の短編小説を書いてみたいという気持ちになっていた。そういう意味では『ドライブーマイーカー』がこの本の出発点になった。                       
「女のいない男たち」と聞いて、多くの読者はアーネストーヘミングウェイの素晴らしい短編集を思い出されることだろう。僕ももちろん思い出した。でもヘミッグウェイの本のこのタイトル”Men Without Women”を、高見浩氏は『男だけの世界』と訳されているし、僕の感覚としてもむしろ「女のいない男たち」よりは「女抜きの男たち」とでも訳した方が原題の感覚に近いような気がする。しかし本書の場合はより即物的に、文字通り「女のいない男たち」なのだ。いろんな事情で女性に去られてしまった男たち、あるいは去られようとしている男たち。
もし、私が本書のサブタイトルをつけることを許されるのならば、”男が理解できない女性の深層、妻もしくは恋人の浮気”とするだろう。

帯の裏側より  絡み合い、響きあう6編の物語  
「ドライブマイカー」――舞台俳優・家福は女性ドライバーみさきを雇う。死んだ妻はなぜあの男と関係しなくてはならなかったのか。彼は少しずつみさきに語り始めるのだった。                         
「イエスタデイ」――完璧な関西弁を使いこなす田園調布出身の同級生・木樽からもちかけられた、奇妙な「文化交流」とは。そして16年が過ぎた。                                           
「独立器官」――友人の独身主義者・渡会医師が命の犠牲とともに初めて得たものとは何だったのか。                          
「シェラサード」――陸の孤島である「ハウス」に閉じ込められた羽原は、「連絡係」の女が情事のあとに語る、世にも魅惑的な話に翻弄される。  
「木野」――妻に裏切られた木野は仕事を辞め、バーを始めた。そして
ある時を境に、怪しい気配が店を包むのだった。               
「女のいない男たち」――ある夜半過ぎ、かつての恋人の夫から、悲報;を告げる電話がかかってきた。

「ドライブマイカー」

■Drive My Car (ドライヴ・マイ・カー) - 日本語訳
Asked a girl what she wanted to be She said, "Baby, can't you see? I wanna be famous, a star of the screen But you can to something in between"                   ねえ 君は何になりたいんだいと彼女に聞いたなら  ゛あら あなた わからない?  有名になりたいの 映画の大スターにね゛  だけど それまでにあなたにもできることがあるわよ
 "Baby, you can drive my car Yes, I'm gonna be a star Baby, you can drive my car
And maybe I'll love you"
゛あなたをあたしの運転手にしてあげる  そうよ あたしは大スターになるの  そしたら あなたを運転手に雇ってあげる  ついでに愛してあげてもいいわ゛  

I told the girl that my prospects were good And she said, "Baby, it's understood Working for peanuts is all very fine But I can show you a better time"
俺の未来が開けてきたって彼女に話したら  ゛そんなの当たり前でしょ  一生懸命働くのも悪くはないけど  あたしがもっといい暮らしをさせてあげる゛
"Baby, you can drive my car Yes, I'm gonna be a star Baby, you can drive my car      And maybe I'll love you" Beep, beep, beep, beep, yeah
゛あなたをあたしの運転手にしてあげる  そうよ あたしは大スターになるの  そしたら あなたを運転手に雇ってあげる  そしてついでに愛してあげてもいいわ゛  Beep, beep, beep, beep, yeah
I told that girl I could start right away And she said, "Listen babe, I've got something to say
I got no car and it's breaking my heart But I found a driver, and that's a start"
じゃあ今から始めようって話したら  ゛あ、ちょっと待って ひとつ断わっておかなきゃ  残念ながら あたし まだ車を持ってないのよね  でも あなたという運転手が見つかったから上出来ね゛
"Baby, you can drive my car Yes, I'm gonna be a star Baby, you can drive my car
And maybe I'll love you" Beep, beep, beep, beep, yeah ・・・・
゛あなたをあたしの運転手にしてあげる  そうよ あたしは大スターになるの  そしたら あなたを運転手に雇ってあげる  そしてついでに愛してあげてもいいわ゛  Beep, beep, beep, beep, yeah

おそらく作品の当初のコンセプトはビートルズの6枚目のアルバム「ラバーソウル」の一曲目ドライブマイカーであったことは間違いない。
作品の出だしは、女性ドライバー論であったが、家福という男が修理を終えた彼の車サーブ900に女性の運転手”渡利みさき”を雇うというところから話が始まった。




家福は美しい女優の妻と結婚し20年連れ添い、子宮癌で妻を亡くした五十過ぎの俳優である。

自動車整備会社の大場が保証したとおり、渡利みさきは優秀なドライバーだった。ギア・チェンジもアクセルやブレーキの踏み方もやわらかく注意深かった。

家福は助手席に座っている時この席に座っていた亡くなった妻のことをよく考えるようになった。

家福夫妻のは子供がいなかった、20年連れ添う妻と、1210万キロ以上を走ったサーブ900は、ともに家福の愛すべき持ち物であるという点では同列である。まるで自らの一部であるかのように愛したのかもしれない。

Baby, you can drive my car Yes, I'm gonna be a star 
Baby, you can drive my car And maybe I'll love you
Beep, beep, beep, beep, yeah
 
drive my carは当時のスラングでSEXをするという意味もある。

そして口数少ないが痛みを負った人間の暖かさを持つ現在の愛車の運転手みさきに少しずつに自分の心情を吐露していく。

家福は妻を愛していて、他の女性と寝る機会もなくはなかったが、結婚して一度も妻以外の女と寝たことがなかった。しかし、妻は時折彼以外の男と寝ていた。
知る限りでは4人、映画などで共演した年下の俳優と映画の撮影の間関係を持っていたらしい。

家福は自分は感がいい方なので妻が浮気するとすぐに分かったという・・・

私ごとで恐縮ですが、私は結婚して23年の妻がいます。残念ながら私は家内とSEXの相性は良くなく、出来る限りSEXは家庭に持ち込まないようにしています。結婚する前からSEXの相性が悪いのはわかっていましたが、それ以外が気に入って結婚生活をおくっています。私の一番の親友は私の妻かと思います。ただし、親友にも打ち明けられない幾つか秘密はあるかもしれません。(笑)

妻以外の女性と寝ない男の信条など到底私には理解できない。私は家福の配偶者観について理解できない反面羨ましいと思う。自分の妻で満足できるなんて、なんて羨ましい。もし、20年も自分の妻で満たされるなら、高い金を払いジムに通う必要などない。毎晩の床運動で事足りてしまうだろう。

男性の基本的生理機能を考えれば、より多くの女性に自分の種をまき散らしたいという考えを持つことがむしろ自然である。20年も他の女性と寝ない家福氏の心は私から言わせれば不健康である

結婚して3年も過ぎれば、どんなにSEXの相性がよく、素晴らしいSEXができたとしても、最初の新鮮さはすぐに消え、恋愛につきものの緊張感は消えてしまうものです。女性という生き物も、類人猿だった頃から自分の子供が3歳になるまでは、食料の確保をパートナーに依存する為、パートナーを愛し続けることができます。しかしながら、厳しい生存環境では、子孫に多様性を持った方が、子供の生存確率が高くなる生物学的理由から、次のパートナーの種を宿そうとする。女性も3年以上は愛情を持続する率が下がってくるのは当然である。3年目の浮気とはよく言ったものである。

女性は生物学的により生存率が高い男性の種を求めかつ、多様性を求めているというのが、自然な考え方であろう。妻は密かに夫を裏切る・・・村上春樹のこの短編集のテーマである。

話はドライブマイカーに戻るが、妻が裏切れば、妻一筋の家福が心にちょっとした闇を抱えてしまうのはある程度必然といえよう。

家福は自分が妻一筋で愛しているのに、何故他の男と寝るのか理解できないようだった。そして苦悩し、その理由を知りたくなったようだ。家福は頭が悪いのかと私は思うが、作品はそんな下品な言葉は使わない。

家福は妻との浮気に気づいていたが家庭では気づいていないふりを演じ続けていた。ところが、妻は子宮癌で倒れ入院し、短い入院生活で旅立ってしまった。激しい苦痛に苛まれる末期癌患者に浮気のことを問い詰めることなどできなかった。亡った後で、家福は何故妻は浮気したのか、自分には何が足りないのか懊悩(おうのう)し、答えを求め行動に出た。

妻の最後の恋人だった二枚目俳優・高槻に近づき、高槻と友人を演技じ、酒を飲みながら、その答えを探そうとする。自分には妻を満たせず、高槻が満たせたものとは何か、家福は煩悶(はんもん)する。わたしはその行動自体がサイコパスであると思う。

浮気相手への罰として近づいたのなら理解できるが、妻を愛しているからの行動ではなく、自分のプライドとはいえ、いかに自分の欠落した部分を確認するために、自分の亡き妻の元恋人と会って話をしたいというのは普通の神経ではない。

しかし、高槻もどうかしている。たとえ、元恋人の旦那が自分との関係を知らないと確信していたとしても、自分の恋人の旦那と酒を飲むなど普通の神経ではない。普通は、いくら「妻のことが話せる話相手が欲しいだけなんです」と誘われても予定があると断るであろう。ある意味で高槻もサイコな性格なのかもしれない。もしかしたら家福の妻はサイコな性格の男が好みだったのかもしれない・・・(笑)。

男は自分の子供は生物学的に自分の子供であるか常に疑うことがある。自分の遺伝子を持たないのに扶養することは負担である。結婚するのは処女であることを求め、妻に貞操を求めるのは、自分の遺伝子を確実に残したいと言う遺伝子学的な本能である。

でも、子供のいない家福にとってそのことは大して重要なことではない・・・

村上春樹は男の自尊心について考察したのであろう・・・

p50-55
「本当に素敵な女性でした」と高槻はテーブルの卜に置いた両手を見ながら言った。中年期を迎えた男にしては美しい手だい目たった皺もなく、爪の手入れも怠りない。

「ああいう人と一緒になれて、生活を共にできて、家福さんはきっと幸福だったんでしょうね」
「そうだね」と家福は言った。「あなたの言うとおりだ。たぶん幸福だったのだと思う。でも幸福であるぶん、それだけ気持ちがつらくなることもあった」

「たとえばどんなことですか?」

家福はオン・ザーロックのグラスを持ち上げ、大きな氷をぐるりと回した。「彼女をいつか失ってしまうかもしれない。そのことを想像すると、それだけで胸が痛んだ」

「僕にもその気持ちはよくわかります」と高槻は言った。

「どんな風に?」

「つまり……」と高槻は言って、正しい言葉を探した。「彼女のような素敵な人を失うことについてです」

「一般論として?」

「そうですね」と高槻は言った。そして自分自身を納得させるように何度か肯いた。「あくまで想像するしがないことですが」

家福はしばらく沈黙を守っていた。できるだけ長く、ぎりぎりまでそれを引き延ばした。それから言った。
でも結局のところ、僕は彼女を失ってしまった。生きているうちから少しずつ失い続け、最終的にすべてなくしてしまった。浸食によってなくし続けたものを、最後に人波に根こそぎ持って行かれるみたいに……。僕の言ってる意味はわかるかな?」

「わかると思います」

いや、おまえにはそんなことはわからないよ、と家福は心の中で思った。
「僕にとって何よりつらいのは」と家福は言った。「僕が彼女を――少なくともそのおそらくは大事な一部を――本当には理解できていなかったということなんだ。そして彼女が死んでしまった今、おそらくそれは永遠に理解されないままに終わってしまうだろう。深い海の底に沈められた小さな堅い金庫みたいに。そのことを思うと胸が締めつけられる」

高槻はそれについてしばし考えていた。そして口を開いた。
「しかし、家福さん、誰かのことをすべて理解するなんてことが、僕らに果たしてできるんでしょうか? たとえその人を深く愛しているにせよ

家福は言った。「僕らは二十年近く生活を共にしていたし、親密な夫婦であると同時に、信頼しあえる友だちであると思っていた。お互い何もかも正直に語り合っていると。少なくとも僕はそう思っていた。でも本当はそうじゃなかったのかもしれない。何と言えばいいんだろう……僕には致命的な盲点のようなものがあったのかもしれない」

「盲点」と高槻は言った。

「僕は彼女の中にある、何か大事なものを見落としていたのかもしれない。いや、目で見てはいても、実際にはそれが見えていなかったのかもしれない」
高槻はしばらく唇を噛んでいた。それから残っていた酒を飲み干し、バーテンダーにお代わりを頼んだ。

「その気持ちはわかります」と高槻は言った。

家福はじっと高槻の目を見た。高槻はしばらくその視線を受けていたが、やがて目を逸らせた。

「わかるって、どんな風に?」と家福は静かに尋ねた。
バーテンダーがオンーザーロックのお代わりをもってやって来て、湿って膨んだ紙のコースターを新しいものに取り替えた。そのあいだ二人は沈黙を守っていた。
「わかるって、どんな風に?」、バーテンダーが去ると、家福は再度尋ねた。

高槻は思いを巡らせていた。彼の目の中で何かが小さく揺れた。この男は迷っているのだ、家福はそう推測した。ここで何かを打ち明けてしまいたいという気持ちと激しく争っているのだ。しかし結局、彼はその揺れを自分の内でなんとか鎮めた。そして言った。
女の人が何を考えているか、僕らにそっくりわかるなんてことはまずないんじゃないでしょうか。僕が言いたいのはそういうことです。相手がたとえどんな女性であってもです。だからそれは家福さん固有の盲点であるとか、そういうんじゃないような気がします。もしそれが盲点だとしたら、僕らはみんな同じような盲点を抱えて生きているんです。だからあまりそんな風に自分を責めない方がいいように思います」

家福は彼の言ったことについてしばらく考えた。そして言った。「でもそれはあくまで一般論だ」

「そのとおりです」と高槻は認めた。

「僕は今、死んだ妻と僕との話をしているんだ。それほど簡単に一般論にしてもらいたくないな」

かなり長いあいだ高槻は黙っていた。それから言った。
「僕の知る限り、家福さんの奥さんは本当に素敵な女性でした。もちろん僕が知っていることなんて、家福さんが彼女について知っていることの百分の一にも及ばないと思いますが、それでも僕は確信をもってそう思います。そんな素敵な人と二十年も一緒に暮らせたことを、家福さんは何はともあれ感謝しなくちゃいけない。僕は心からそう考えます。でもどれだけ理解し合っているはずの相手てあれ、どれだけ愛している相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。そんなことを求めても、自分がつらくなるだけです。しかしそれが自分自身の心であれば、努力さえすれば、努力しただけしっかり覗き込むことはできるはずです。ですから結局のところ僕らがやらなくちゃならないのは、自分の心と上手に正直に折り合いをつけていくことじゃないでしょうか。本当に他人を見たいと望むのなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです。僕はそう思います」

高槻という人間の中にあるどこか深い特別な場所から、それらの言葉は浮かび出てきたようだった。ほんの僅かなあいだかもしれないが、その隠された扉が開いたのだ。彼の言葉は曇りのない、心からのものとして響いた。少なくともそれが演技でないことは明らかだった。それはどの演技ができる男ではない。家福は何も言わず、相手の目を覗き込んだ。高槻も今度は目を逸らさなかった。二人は長いあいだ相手の目をまっすぐ見つめていた。そしてお互いの瞳の中に、遠く離れた恒星のような輝きを認めあった。
これ以降、家福は高槻に一切会うのをやめる。高槻から誘いがあっても無視する。
つまり、高槻は妻の浮気相手として申し分ない相手だとある程度認め、浮気の理由の一部を理解しようとした。

だが、男である家福は妻の浮気の理由が理解できないままでいた。

p60-62
「しかし奥さんがどうしてその人とセックスをしたのか、どうしてその人でなくてはならなかったか、家福さんにはそれがまだっかめないんですね?」

「ああ、 つかめていないと思う。そいつはまだ僕の中に疑問符つきで残っている。その男は裏のない、感じの良いやつたった。うちの奥さんのことが本気で好きだったらしい。単なる遊びで彼女と寝ていたわけじゃなかった。彼女が死んだことで、心からショックを受けていた。死ぬ前に見舞いに来ようとして断られたことも傷になって残っていた。僕は彼に好意を感じないわけにはいかなかったし、本当に友だちになってもいいと思ったくらいだった」

家福はそこで話しやめ、心の流れを辿った。少しでも事実に近い言葉を探した。
「でも、はっきり言ってたいしたやつじゃないんだ。性格は良いかもしれない。ハンサムだし、笑顔も素敵だ。そして少なくとも調子の良い人間ではなかった。でも敬意を抱きたくなるような人間ではない。正直だが奥行きに欠ける。弱みを抱え、俳優としても二流だった。それに対して僕の奥さんは意志が強く、底の深い女性だった。時間をかけてゆっくり静かにものを考えることのできる人たった。なのになぜそんななんでもない男に心を惹かれ、抱かれなくてはならなかったのか、そのことが今でも棘のように心に刺さっている」

「それはある意味では、家福さん自身に向けられた侮辱のようにさえ感じられる。そういうことですか?」

家福は少し考え、正直に認めた。「そういうことかもしれない」

「奥さんはその人に、心なんて惹かれていなかったんじゃないですか」とみさきはとても簡潔に言った。「だから寝たんです」

家福は遠い風景を見るみたいに、みさきの横顔をただ眺めていた。彼女は何度かワイパーを素速く動かして、フロントグラスについた水滴を取った。新しくなった一対のブレードが、不服を言い立てる双子のように硬く軋んだ音を立てた。
「女の人にはそういうところがあるんです」とみさきは付け加えた。

言葉は浮かんでこなかった。だから家相は沈黙を守った。

「そういうのって、病のようなものなんです、家福さん。考えてどうなるものでもありません。私の父が私たちを捨てていったのも、母親が私をとことん痛めつけたのも、みんな病がやったことです。頭で考えても仕方ありません。 こちらでやりくりして、呑み込んで、ただやっていくしかないんです」

「そして僕らはみんな演技をする」と家福は言った。

「そういうことだと思います。多かれ少なかれ」
やはり同性であるみさきには、その理由は明白なものであった。

結局のところ・・・・女は男にとって永遠の謎かもしれない。



ここからは、勝手にその後日談を想像するのだが・・・
渡利みさきは家福にとってかけがいのない存在になっていく・・・
彼の愛するサーブ900の運転手としてそして、年老いて友人も妻もいない男の私生活の運転手になることであろう・・・・
最後のセンテンス
P62-63
 少し眠ろうと家福は思った。ひとしきり深く眠って、目覚める。十分か十五分、そんなものだ。そしてまた舞台に立って演技をする。照明を浴び、決められた台詞を口にする。拍手を受け、幕が下りる。いったん自己を離れ、また自己に戻る。しかし戻ったところは正確には前と同じ場所ではない。
「少し眠るよ」と家福は言った。
みさきは返事をしなかった。そのまま黙って運転を続けた。家福はその沈黙に感謝した。
・・・・を読むとそうなったかもしれないと想像したい。


村上春樹氏:小説に「屈辱的表現」 町議ら文春に質問状へ - 毎日新聞
この話にはとんだクレームがついた。運転手である渡利みさきは北海道中頓別(なかとんべつ)町出身という設定であった。渡利みさきが、たばこのポイ捨てを行ったが「普通のこと」と春樹氏が表現してしまい、事実に反するとして、同町議らが文芸春秋に真意を尋ねる質問状を近く送ることを決めた。

「町の9割が森林で防火意識が高く、車からのたばこのポイ捨てが『普通』というのはありえない」「町にとって屈辱的な内容。見過ごせない」としている。
村上春樹VS頓別町参照
 作家の村上春樹氏が7日、自身の短編小説『ドライブ・マイ・カー』で、 北海道中頓別町に関して 
事実に反する表現があるとして、町議らが批判を明かしたことを受け、  文藝春秋を通じてFAXで見解を発表した。 

問題とされたのは、同町出身の女性ドライバーが、火のついたたばこを車から外に捨てる描写で、 主人公が「たぶん中頓別町ではみんなが普通にやっていること」なのだろう」と表現されていた。                  
町議らは「投げ捨てを普通にやることはあり得ない」などとして、文藝春秋に対応を求めていた。 

村上氏は、「僕は北海道という土地が好きで、これまでに何度も訪れています。小説の舞台としても 何度か使わせていただきましたし、サロマ湖ウルトラ・マラソンも走りました。ですから僕としてはあくまでも 親近感をもって今回の小説を書いたつもりなのですが、その結果として、そこに住んでおられる人々を 不快な気持ちにさせたとしたら、それは僕にとってまことに心苦しいことであり、残念なことです」と釈明。 

さらに、「中頓別町という名前の響きが昔から好きで、今回小説の中で使わせていただいたのですが、これ以上の御迷惑をかけないよう、単行本にするときには別の名前に変えたいと思っています」と今後の町名の変更を示唆している。 

また、掲載元の文藝春秋は、同町からの質問状がまだ届いていないとし、「『ドライブ・マイ・カー』は 小説作品であり、文藝春秋は作者の表現を尊重し支持します」とコメントしている。 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140207-00000321-oric-ent 

 http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1391770572/

中頓別町はずいぶんもったいないことをした。中頓別町を世界の村上春樹が宣伝してくれたのに・・・

村上春樹の小説では、「羊をめぐる冒険」で中頓別町に近い美深町がモデルの「十二滝町」が舞台となった。「ダンス・ダンス・ダンス」「ノルウェイの森」などでも札幌や旭川といった北海道の街が、エッセーで湧別町、佐呂間町などで開かれたマラソン大会への出場について言及しており、世界中から村上春樹の巡礼で北海道を訪ねてくるハルキスト達が100年経っても来るかもしれないのに、純朴な町議会議員達は無知なのか、純朴すぎるのかもしれないが、とてももったいないような気がします。


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私もハルキストの一人として発売初日の会社帰りに購入しました。あいにく昨晩は中目黒のイタリアレストランで元同僚の送別会でした。12時まで騒いでいましたが、終電間際でなんとか家に帰りつき早速3年ぶりの新作を読みだしました。どんどん入ってくる奥深い文章、隠喩等を考え文章を読み返したせいか、379ページ足らずの本でしたが一晩で読みきれず・・結局朝を迎えてしまいました。寝不足です・・・

とりあえず一首

新しき 春きたりて 樹々に咲く 色彩巡り 心みちたり

ゆっくり時間をかけながら先ほど読み終わりました。1Q84を読了した時にはその先がどうしても読みたいという強いフラストレーションを感じましたが、本作を読み終わった今、前作で感じたフラストレーションを感じることはありません。愛情と喪失、心の葛藤と成長を描いた本作は哲学的な内容でした。多崎つくると自分の心の軌跡が自然と重なり、読了した今、主人公多崎つくるが背負った16年の心の傷が癒されたとともに、自分自身もなにか深い満足感を得ました。とても内省的な本でした。

発売まで本書の内容は一切リークされていませんでした。タイトルやカタルーニャでの春樹氏のスピーチから反原発的でポリティカルな内容と噂されていましたが、予想は外れ私は一安心しました。村上春樹は全共闘世代でありましたが元来ノンポリであり、カタルーニャでの春樹氏のメッセージには少々違和感を感じていた。もし本書がポリティカルな内容であったのならば、私は酷く失望していたかもしれません。

これから読まれる方にも支障が無い程度にあらすじを紹介します。

主人公は大学2年の夏から3年にかけて自殺寸前になるほどに追い詰められ深い絶望感に襲われていた。大学2年の夏、高校時代の親友達に理由も告げられないままに一切の交流を拒絶されたのだ。

名古屋の公立進学校に通う主人公を含め3人の男子と2人の女子の計5人がボランティア活動をきっかけに仲間となり、高校時代の3年間お互いの関係を完璧な共同体であると信じるまでの深い絆で結ばれていった。

主人公を除いた4人は苗字に色を表す漢字が含まれていた。二人の男子の名は赤松慶と青海(おうみ)悦男、二人の女子は白根柚木と黒埜(くろの)恵理、それぞれアカ・アオ・シロ・クロと呼ばれた。「こ、これじゃ、安っぽい戦隊シリーズじゃないか!親友戦隊トモダチージャーか?」と読みながら春樹氏に突っ込んでしまいました(笑)。

その後、二つ年下の友人灰田(Mrグレイ)と知り合い、彼は死の淵から生還することができた。灰田との会話の中で、灰田の父親が若い頃ジャズピアニストの緑川から人にはそれぞれ違った色の光を発することを教えられたことが紹介された。

多崎つくるは”鉄ちゃん”であった。それも駅が専門の”駅鉄(そんな言葉はあるのかな?)”就職先は新宿に本社がある私鉄(小田急?)の駅の設計に携わる部署だった。その後数人の女性と付き合うが長続きしなかった。そして36歳のとき旅行代理店に勤める年上の木元沙羅と知り合い結婚を意識するようになった。

ちなみに、沙羅とは何も色がついていない”サラの状態”のサラを意味するのではないか?・・・これから”つくる”と結婚し多彩な色に染まるという意味まで春樹氏は考えてのネーミングだろうか?

沙羅はアラフォー、おそらく不倫も経験している精神的には"つくる"よりはるかにタフな大人の女性である。つくるとの結婚を意識したが、つくるに過去の女の陰を感じた。そこで、つくるの過去を清算させようと過去を聞きだし つくるを誘導した。

余計なお世話と私は思ったが、沙羅は自分の安定的な結婚生活を計算し、つくるに過去を清算させておきたかったのである。かなり計算高い頭の良い女性である。
言葉巧みに情報を聞き出しその後の4人のその後を調べ、つくるに良いニュースと悪いニュースを伝えた。つくるはなぜ自分が仲間はずれとなったのか?過去を清算する必然性を感じ、過去を清算する旅を決意する。その過程が高校時代シロが奏でたリストの名曲「巡礼の年」に重ねられてこの作品で描かれている。

青海と赤松に会った後、フィンランドに住む黒埜に逢いに行く、そこで事件の真相とさらに衝撃的な過去を知る・・・・・もしかしたら違う人生が用意されていたかもしれない・・・しかし、結局時はながれ結果的に多かれ少なかれ現在と同じ結果になっていたかもしれないとつくる思った。そして全てを知った時、つくるは救われ、全てを許すことができた。

この物語では色によってその人物の人格が設定されている。冗談で書いたが、ゴレンジャーに始まるスーパー戦隊シリーズもキャラクターを色で表現しその人格を設定している。

タサキを田崎ではなく多崎で「色彩を持たない」というのは、多崎の名字の比喩もある。つくるという名前からして、多彩な色をつくるというパレットのようなグループでの役割であったことに彼自身気が付かなかった。グループのなかで個性という色合いを持たない凡庸な自分と思っていたのである。

5人と言う数字は陰陽五行説に何か関係があると考えるのは誰しも思うところです。
特に、女子は白根と黒埜で陰と陽だ。物語の最後でクロとシロとの関係を考える時にベースに陰陽説の痕跡が見える。

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この表に従うと 木はアオ(青海)、火はアカ(赤松) 金はシロ(白根)水はクロ(黒埜)となると多崎作は土の性格を現していると考えながら読み直すと面白い。

五行の相関関係
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この相性関係を当てはめると、シロがクロを、クロがアオを、アオがアカを、アカがつくるを、つくるがシロを生成し強める関係でした。相剋関係でいくと、シロがアオを弱め、クロがアカを弱め、アオがつくるを弱め、アカがシロを弱め、つくるがクロを弱めた。実際アオがつくるにグループからの除名を言い渡した。そしてつくるが東京の大学へ進学したことによりパワーを失ったシロの精神が壊れたのかもしれない。

自分(Ddog)も故郷を捨て駿河台のM大学に進学した。小学校~高校時代の友人と現在付き合いはないし関係を修復するつもりもない。同窓会なども出たことがない。

地元に残り地元の小さなコミュニティで死んでいく人生は選択したくなかった。地元の世界しか知らない人種と現在の私とは住んでいる世界が違うと思う。考え方や価値観が異国人のごとく異なっていると思う。旧友と再会しても私は気を使い話しをあわせることはできるが、間違いなく話はかみ合わないと思う。故郷には過去しかなく、今の私には今と未来の方が重要である。でも70歳も過ぎれば過去だけが大切になるのかもしれない。

私のような人間は少数派ではなく東京に上京してきた人間は多かれ少なかれ過去をデリートしてきていると思う。過去は全て過ぎ去ってしまったもので二度と戻らないというのが真理だ。村上春樹がこの5人の出身地を名古屋と設定したのも絶妙だと思う。私は愛知県豊橋市に2年住んだことがある、名古屋人は名古屋は都会であると思っているようだが、地縁に縛られた巨大な田舎町に過ぎない。都会と地方の違いは都会に住む人達の多くが過去をある程度デリートしていることだと思う。

だが、異性との過去となると・・・私を含め多くの男性は過去の異性関係をすべて引きずっているのではないか?そう信じていた。ちなみに今の自分は必ずしもそうは思っていない。

3.11後少しして、昔同棲していた女性から連絡があった。別れた後、ある時どうしようもなくまた逢いたいと願ったこともあった女性だ。彼女は結婚して実子はいないとのことだったが、裕福な夫と幸せに暮らしているとのことだった。幸せだと聞いて私はとても嬉しかった。逢おうと思えば逢えるだろう、でも彼女と逢っていない。電話で昔話に花が咲いたが過去は過去であって現在ではない、過去にどれだけ愛し合っていても、大概お互いに大人の事情がある。相手が現在幸せであればそれだけで満足である。

だが、多崎つくるは巡礼が必要であった。つくるの性の意識の深い問題に触れ、同性愛、沙羅との不能状況、シロとクロの性夢、この情愛とそれが必然的にもたらす愛憎が5人の人生を歪めていった。本作品は現代の人間の根源的な課題を、哲学的に描き出している。村上春樹は日本の文壇から阻害されているらしいが、世界中の読者はおそらく本作品を支持すると思う。

村上春樹は深い人間の闇の意識を呼び覚まさせる作品を書き上げた。村上春樹は、現代の文学のそのものの最前線にあるのは疑いようがない。もし、村上春樹がノーベル文学賞を取るならば1Q84より”色彩を持たない 多崎つくると、彼の巡礼の年”の方がふさわしいような気がします。





ベールマンは主人公多崎つくるの二つ年下の友人灰田がつくるの部屋に残していったLPである。
p63
「ラフザール・べルマン。ロシアのピアニストで、繊細な心象風景を描くみたいにリストを弾きます。リストのピアノ曲は一般的に技巧的な、表層的なものだと考えられています。もちろん中にはそういうトリッキーな作品もあるけど、全体を注意深く聴けば、その内側には独特の深みがこめられていることがわかります。しかしそれらは多くの場合、装飾の奥に巧妙に隠されている。とくにこの『巡礼の年』という曲集はそうです。現存のピアニストでリストを正しく美しく弾ける人はそれほど多くいません。僕の個人的な意見では、比較的新しいところではこのベルマン、古いところではクラウディオーアラウくらいかな」

巡礼の年 第一年「スイス」 ル・マルデュ・ペイ
一方アルフレッドブレンデルは物語の最後のほうでクロがフィンランドでつくるに聴かせたCDである。
p306
「僕がいつもうちで聴いている演奏とは、印象が少し違う」とつくるは言った。
「誰の演奏で聴いているの?」
「ラザール・ベルマン」
エリは首を振った。「その人の演奏はまだ聴いたことがない」
「彼の演奏の方がもう少し耽美的かもしれない。この演奏はとても見事だけど、リストの音楽というよりはどことなく、ベートーヴェンのピアノーソナタみたいな格調があるな」
エリは微笑んだ。「アルフレート・ブレンデルだからね、あまり耽美的とは言えないかもしれない。でも私は気に入っている。昔からずっとこの演奏を聴いているから、耳が慣れてしまったのかもしれないけど」
確かに対比して聴くと違いは歴然である。
同じリストのピアノ曲でも、表現する人のカラーによって違う印象になる。人はそのカラー(性格)によってそれぞれのカラーの人生を歩むのかもしれません。


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たいへん面白い本だった。うやむやにされている被害総額100億円以上の大事件に初めて光があてられた本である。この事件の背景には日本国内の政界事情と米国政権のスキャンダルイラン・コントラ事件~イランイラク戦争・中米・中東情勢やがて湾岸戦争に繋がる深い闇が存在し、レバノン・スイスとも点と線でつながるのだ。

ただ残念な事に、著者が加治将一氏だったのが気に入らなかった。

彼の著書「あやつられた龍馬」は司馬遼太郎ファンからいえばトンデモ本もしくは単なるノベルズにすぎない。加治氏が主張する、坂本龍馬=フリーメーソンなんて噴飯ものだ。第一その操ったとされるトマスグラバーがフリーメーソンではない。

メーソンには入会名簿がある。「生前」は本人の希望で非公開にするのが普通だが、「故人」になった場合は、遺族への断りなく、フリーメーソンであった事実を公表するのは自由であるのだが、グラバーに関しては、フリーメーソン入会の証拠がない。

グラバーは父親と兄と一緒に、2年間上海に滞在しており、上海で入会した可能性は無くはないが、グラバーがフリーメーソンであったという証拠はない。フリーメーソンの入会儀式は「20才以上の男子」に限られており、スコットランドを離れた19才当時に、入会していた可能性は低い。

「舞い降りた天皇」は読んでいないので批評しがたいが所謂天皇家朝鮮半島出身説更に「幕末維新の暗号」明治天皇の南朝子孫の大室寅之祐すり替え説だが・・・   1948年生まれの加治氏は団塊の世代らしく東京裁判史観にどっぷり浸かり皇室に批判的な世代のフィルターを通した小説に思える・・この話は別な機会にしたい。

本書に関しては加治氏の反骨的面がプラスに機能してるかもしれないが、残念な事に状況証拠だけで決定的な証拠があるわけではない。インタビューと状況証拠で推理している為、ノンフィクションとせず大物政治家は実名で役人や個人の登場人物を仮名とした中途半端な小説とするのが限界であったのであろう。

肝心の事件の全体像だが、これがとてつもなくスケールの大きな話だ。

「昭和天皇御在位60年記念」10万円金貨は、金品位は100%、つまり純金、重さは20g。当時の金相場が1g=1,900円程度だったので、材料原価が38,000円、製造コストを入れても40,000円程度だった。原価4万円のものが10万円として通用するとなれば、当然贋金が出回っても不思議ではない。

誰かがこのことを十分承知で天皇在位60年記念金貨を計画したならば・・・・
確かに面白い筋書きである。

加治氏の「陰謀の天皇金貨(ヒロヒトコイン)説は天皇在位60年記念金貨がイラン・コントラ事件の資金源であったという筋書きであるのだが、米国議会でヒロヒトコインは一切触れられてもいないし、イラン・コントラ事件ではイランが武器代金を支払っているという証言を無視して、この陰謀論を組み立てているので私は少々しらけてしまった。だが、イラン・コントラ事件の詳細を知らない者が読めばノンフィクションに近い小説のような気がして面白い。

イラン・コントラ事件とは、アメリカ合衆国のレーガン政権が、イランへの武器売却代金をニカラグアの反共ゲリラ「コントラ」の援助に流用していた事件。1986年に発覚し、冷戦西側はおろか世界を巻き込む政治的大スキャンダルに発展した事件である。

イラン・コントラ事件はイラン・イラク戦争で米国製の兵器を使用するイランにとって米国製武器の部品は喉から手が出るほど欲しかったし、米国製武器も欲しい最中に、アメリカ軍の兵士や民間人が内戦中のレバノンで、イスラム教シーア派系過激派であるヒズボラに拘束され、人質となる事件が発生した。

時のレーガン大統領は前任のカーター大統領がイラン革命時のアメリカ大使館人質事件の対応が弱腰であるがゆえに強いアメリカを取り戻し、冷戦に勝利する為に大統領選挙に勝利したのであったからイランに頭を下げて人質開放をお願いするわけにはいかなかった。

イラン革命時のアメリカ大使館人質事件により、アメリカはイランを敵視して、イランに対する武器輸出を公式に禁じていた。そこで、人質を救出する為、米国政府はヒズボラの後ろ盾であるイランとイスラエルを仲介し接触し、武器を輸出する事を約束した。

イランに武器を売却した収益を、左傾化が進むニカラグアで反政府戦争(コントラ戦争)を行う反共ゲリラ「コントラ」に与えていた。ニカラグアは1979年7月のニカラグア革命により、40年以上続いた親米のソモサ王朝独裁政権が崩壊し、キューバおよびソ連に支援され、社会主義寄りのサンディニスタ民族解放戦線(FSLN)政権が統治していた。1979年12月24日にはソ連がアフガニスタンに侵攻しており冷戦を戦い抜こうとする米国にとってはニカラグアを看過出来なかったのであった。

それぞれの行為は、当時民主党が多数を占めた議会の議決に反した。議会はイランへの武器販売およびコントラへの資金提供に反対していた。

当時イスラエルはイラクをもっとも敵対視しておりイラクの原子炉を爆撃している。敵の敵は味方で、イスラエルはイランはつるんでいたので、米国はイスラエル経由で武器を輸出した。また、この時、アメリカのイランとコントラの双方の交渉窓口は当時CIA長官だったジョージ・H・W・ブッシュ(後のパパブッシュ大統領)であったとされ、このブッシュの関与が民主党政権下の連邦議会における公聴会で取りあげられたが、その真相はいまもってうやむやである。

加治氏はここにこのヒロヒトコインを無理やり繋げる。加治氏の説によればレバノンの人質を解放する身代金が必要だったとされ、その資金にこの陰謀コインの資金を充当したのだという。・・・・結局イランは武器代金を払わずその資金は、ペルシャ湾の恩恵を受けながら、ペルシャ湾に軍艦を派遣しない日本に支払ってもらう事にしたのだという。ロンヤス関係の日本がペルシャ湾の日本のタンカーの安全航行と引き換えに製造初期に不良品として鋳潰したことにした90万枚のヒロヒトコインを米国に渡して払った。

1991年の湾岸戦争で日本が130億ドル(当時の為替で約1.7兆円)を日本が支払ったことを考えれば、加治氏の推理は十分にありえる話でもある。ただ証拠がない。

しかも身代金のヒロヒトコインはコインのままヒズボラに渡らずレバノン内戦時レバノン国軍の中からシリア排除を要求するミシェル・アウン将軍に渡り、アウン将軍は金を握ってヒズボラに払わず力ずくで人質を解放させたとの説をとっている。

そして、アウン将軍がスイスUBSでヒロヒトコインを換金して日本国内にそのコインが還流してきたのだという。つまり還流してきたコインは偽造でなく本物だったという奇怪なストーリーなのである。

しかしながら、本書の大部分は、なぜ発覚したか、発覚した後の警視庁や大蔵省の対応がおかしいという矛盾点を整理し、疑われたコイン商 笠貴章氏(仮名)を主軸としていかに謀略であるかを検証している。この点は否定しないし面白い謎解きだ、この大事件の真相に迫っていることは間違いないだろう。

また、事件の発覚も消費税の是非を問う衆議院選挙の最中に発覚し、発覚までも政治的決断によるだろうという推理は見事な推理といえる。

金貨を主に輸入していたのはコイン商ピラミデ(仮名)61億円次のコイン&ゴールド(仮名)が41億円であったが通関の際一切疑われず、発覚した業界最大手の太平屋(仮名)が1億円輸入した時に突如発覚した。

発覚のきっかけは富士銀行の素人の女子行員がなんか変と騒ぎ、鑑識能力のない日銀が警視庁に通報、警視庁が即記者会見を行い、メディアが、消費税導入叩きではなくこの事件に飛びついた為、自民党大勝で選挙終了したというのだ。

ちなみに、1990年の選挙を仕切ったのは小沢一郎である。

興味を持ったら本書を読む価値はあるかもしれません。本書は真相の近くまで迫っていると思うのですが、加治氏のこれまでの著作が矛盾を多く含み、その矛盾に対しては無視した本だった為、どんなに本書が真相に近くとも著者が加治将一氏である限り私はどうしても胡散臭くて信用できない。残念である。

金塊223トン輸入して作った金貨の総量だが天皇在位60年が天皇即位記念硬貨を1100万枚鋳造して20g×1100万枚=220トン売れ残り90万枚(18トン)を引くと202トン。223トン-202トン=21トン=105万枚 売れ残りには製造初期の失敗作が含まれているかのか否かが明確になっていない。

加治氏の説によれば売れ残り90万枚と海外販売分15万枚の計105万枚が行方だが日本に還流したのは10万枚・・・残りはどこにあるというのだろう?説明がない。

天皇陛下御即位記念200万枚×30g=60トンに鋳潰した18トンは含まれるかどうか深く追求していない。その点をもう少し明らかにしていれば、本書の信憑性はあがるのだが・・・

フィクションとして読むには面白い本であった。

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友もなく、女もなく、一杯のコップ酒を心の慰めに、その日暮らしの港湾労働で生計を立てている十九歳の貫太。或る日彼の生活に変化が訪れたが…。こんな生活とも云えぬような生活は、一体いつまで続くのであろうか―。昭和の終わりの青春に渦巻く孤独と窮乏、労働と因業を渾身の筆で描き尽くす表題作
以上がアマゾンの書評である。

1986年の夏 社会の底辺を生き延びていた作者西村賢太の青春を綴った私小説である。

父親が強盗強姦の罪で逮捕服役、姉と母親との3人で夜逃げ同然で生まれ育った街を離れ・・見知らぬ街で最低の中学時代を過ごし、卒業後日雇い労働者となった。

社会の底辺で生きる、怠惰と生存する為の日当5500円 最低限の生存を維持するだけの労働・・・

夢も希望の無い自堕落な生活・・・コップ酒と安ソープだけが彼の友。

友さえいない港湾労働者の自堕落な生活に日下部という同年代の専門学校生の友人ができる。

同じ社会の底辺で働く日下部と自分は同類であると思っていたが、友人には女子大生の彼女がいることに衝撃を受ける。

日下部に嫉妬するがその彼女に友人を紹介してもらおうと貫太(西村賢太)は思いつく。

野球好きの日下部と彼女(美奈子)を野球観戦に誘い出したまではよかったが、慶應大学でマスコミ志望の女子大生とは貴族と苦力(奴隷)ほどの溝があった。

p86-87
 日下部の恋人と云うのは、貫多がそうであってくれればいいと思ったイメージ程ではないにせよ、それでも十人並みの範躊からは間違いなく脱落する形貌の女だった。

その女はまるで化粧っ気もなく、髪も僅かに茶色に染めた一見清楚風な、肩までのストレートと云うのはよいとしても、毛質が細くて量も少ないので清楚と云うよりは悽愴な幽霊みたいな感じであった。

一丁前に眉は形よく整え、ピアスなぞもしていたが、昔の肺病患者みたいなのを連想させる並外れた青白い顔色の悪さにそれは何んら映えるものではなく、着ている夏物のワンピースが無地の白と云うのも、いかにも初対面の相手の前と云うのを収りあえず計算したあざとさかがあり、見た目の至極おとなしそうな風情の中に、何か学歴、教養至上主義の家庭に育った者特有の、我の強い腹黒さと云うのがアリアリと透けてみえる、つまりはあらゆる意味での魅力に乏しい、いかにも頭でっかちなタイプの女であった。

これに貫多はお腹の中で、 (こいつはどうおまけしてやっても、せいぜい十五点ってとこだな)
と、採点する。

その鵜沢美奈子と云う女を交じえ、貫多は通りの向こうの球場へと先に立って歩いていったが、道々、散歩途中の犬みたくして、ちょいちょい振り返り見やってみると、日下部はそんな十五点の美奈子にひどく幸せそうな顔付きで、何やらしきりと話しかけていた。

p90~94
「でも美奈は、マイペースでゆっくり喋るんで滑舌もいいし、客も話を聞き取りやすいから、進行役にピッタリ、最適任者のはずだよ」
「ええーつ、そんなことないよおー」
「本当だよ。俺、美奈にお世辞なんか、これまで一度も言ったことないよ」
「ええー-つ……ありがとう」
「だけど俺も、そろそろまたちゃんと学校に出て、いろいろとつき合いを広げていかないといけないな。そういう人の中には、美奈と組んでなにか面白いことのできる奴もいるかもしれないし」

「うん、正ちゃんの学校の関係なら、そういう人と出会う機会は、絶対あり得るよね」
「そうだ、このあいだ下北の××劇場のスタッフさんと一緒に飲んだんだけど、今度美奈にも引き合わせて紹介するよ。なんか本当に芝居を愛してる感じの、真っすぐな人だったよ」

「えっ、紹介して!」
「うん、すごく気さくな感じだったから、話も絶対に盛り上がると思うよ」
「ほんと? それ、いくつくらいの人?」

「三十ちょっと前ぐらいだったけど、本当にアツい人だったよ。あそこもよくイベントとかやってるから、そのうち手伝いなんかに行ってみたらいいんじゃない」
「あ、いいねー。そういう話があったら、やってみようかな」
「△△の編集の人とも仲がいいみたいなこと言ってたしさ。あれはニューアカ系の中じゃ、今、結構注目浴びてる雑誌だし」

日下部は、同い年の美奈子に何か後見人じみた口調であれやこれやと勧めていたが、その二人の会話から、いつかすっかり取り残されたかたちのもう一人の問い年の者たる貫多は、レモンサワーなぞ頻りにすすり、ひたすら無聊な思いだった。貫多は、眼前の美奈子が自らの華やかな学生生活をハナにかけ、無意識のうちにも明らかに自分より知能が劣った野暮ったい貫多のことをバカにして嵩押ししていると思う。そしてそれにより、改めて自らの充実ぶりをうれしく再確認していると思う。

だから次に彼の方に話題が向いたとき、貫多はそんな美奈子の蔑視なぞ、てんから気にもしてない度量を見せてやるべく、廻ってきた酔いの勢いを駆って大いにハシャギ、レモンサワーを一人だけコップ酒に切りかえると、必要以上の自分語りを洽々とやりだしたりしたが、これには日下部も美奈子も徐々に沈黙してゆき、何度か鼻白んだような顔を向け合っているような様子も見せだす。

するうち、貫多の劣等感からの擬態は酔いの深まりと共にどんどん妙な方向へ屈折していって、やがてすっかり地金をあらわしたような塩梅で、日下部に対しても殊更に遠慮のない口を利いてやり、美奈子が上北沢辺りのワンルームに住んでいると聞くと、

「出たぜ。田舎者は本当に、ムヤミと世田谷に住みたがるよな。まったく、てめえらカッペは東京に出りや杉並か世田谷に住もうとする習性があるようだが、それは一体なぜだい?

おめえらは、あの辺が都会暮しの基本ステイタスぐれえに思ってるのか? それもおめえらが好む、芋臭せえニューアカ、サブカル志向の一つの特徴なのか? そんな考えが、てめえらが田舎者の証だってことに気がつかねえのかい? それで何か新しいことでもやってるつもりなのか? 何か、下北、だよ。だからぼくら生粋の江戸っ子は、あの辺を白眼視して絶対に住もうとは思わないんだけどね」 なぞ言ってやり、またこの言い草に、日下部がちょっと眉間を寄せつつ、わざと聞いてもないような風をしたのを見逃さず、それに対して店中の者が一斉に注視するような怒声を浴びせ、

「何んだ、てめえ! せんにはぼくに映画は嫌いだとかぬかしやがったくせに、今はいっぱしその理解者ヅラしやがって。女の前だからって高尚ぶるんじゃねえよ! ぼくの云う映画とてめえらの云う映画は、映画が違うとでも言いてえのか、このコネクレージーどもめが何が、トークショー、だ。馬鹿の学生人足の分際でよ!」

と絶叫し、更には美奈子を日下部に倣って、美奈ちゃんなぞ慣れ慣れしく呼んだ上で、「週一でしかこいつと会ってないんじゃ、やっぱりあれか。もっぱら、オナニーかい?オナニー、なのかい? どうなんだ」と、下卑たことをも口走り、いよいよ先方二人の帰り支度を早めさせる仕儀となったのである。

無論、貫多は最前の二人の会話等から、日下部と美奈子は自分とはまるで違う人種であることをハッキリと覚っていた。この二人はまともな両親のいる家庭環境で普通に成長し、普通に学校生活を送って知識と教養を身につけ、そして普通の青春を今まさに過ごし、これからも普通に生きて普通の出会いを繰り返してゆくのであろう。そうした人並みの生活を送るだけの資格と器量を、本人たちの努力もあってすでにして得ている者だちなのだ。

そんな人たちに、ゴキブリのような自分が所期のかような頼み事をしたところで、どうで詮ない次第になるのは、とうに分かりきった話であった。

が、それでも貫多は、店から引っ張られるようにして外に出たのちには美奈子に向かい、何か病的な神経でもって、今度女友達を是非に紹介してくれるよう依頼した。繰り返し、何度も何度もしつこく懇願した。しまいには、足を早めだした彼女の腕に取りすがるようにしながら、ペコペコと幾度も頭を下げたが、しかしそれは最早完全にヤケの心境から生じた、まるっきり泣きっ面の無様な自嘲に他ならぬものであった。

1986年の夏を切り取った情景である。ただし私は美奈子側の人間であった。
社会の底辺で努力もしない奴らを蔑んでいた側の人間だったのである。

あの夏1986年は今と比べて希望や夢が溢れかえっていた。

1986年は前年の1985年にプラザ合意を受け大幅な円高と超低金利によって溢れ出たマネーが不動産や株に流れ込み日本がまさにバブル時代に突入した年でもある。

Ddogは某有名私立大学を卒業し、某大手証券会社の新入社員であった。
美人で聡明な彼女もいた・・・

自分の未来も日本の未来も輝いていた・・・

21世紀は日本の時代が来ると信じがむしゃらに働き出した年でもあった。

あれから25年・・・・当時の彼女とは数年も経たず別れ、バブルは崩壊・・・

高給取りと言われたのは今は昔、住宅ローンと娘の私学の学費に苦しむ。
当時の貫太(西村賢太)と同じく100円の清涼飲料水すら我慢する日々

日本中皆この主人公側の人間となってしまったのではないか・・・
日本の中流層は崩壊し次々に底辺に堕ちていく

その日暮らしで未来に夢や希望が無く生きている・・・・

p102
今はただ、日当の五千五百円だけを頼りに、こうした日々を経てるより他には、自らの露命を繋ぐ道がないのである。

しかしそれにしても、こんなふやけた、生活とも云えぬような自分の生活は、一体いつまで続くのであろうか。こんなやたけたな、余りにも無為無策なままの流儀は、一体いつまで通用するものであろうか。

それを考えると、彼は何んとはなしに、自らの行く末にとてつもなく心細いものを覚えてくる。

そして更には、かかえているだけで厄介極まりない、自身の並外れた劣等感より生じ来たるところの、浅ましい妬みやそねみに絶えず自我を侵蝕されながら、この先の道行きを終点まで走ってゆくことを思えば、貫多はこの世がひどく味気なくって息苦しい、一個の苦役の従事にも等しく感じられてならなかった。

ところが社会の底辺にいたはずのこの主人公は芥川賞作家となり今では成功者だ・
・・複雑な心境になる。

貧乏で小汚い中国人の一部が金持ちとなったような苦々しい感情に近い。

苦役列車は、そんな鬱々とした現代日本人のハートに共鳴する一冊であるかもしれません。



            ゴロウ・デラックス 西村賢太1
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イメージ 1
 
 
著者ステーグ・ラーソンは、元雑誌記者である、そして故人である。
世界40カ国で2100部を売り上げた本書が処女小説にして絶筆作品である。第2部までを書き終えた時点で出版社と連絡を取り契約、その時点で第5部までの構想があったというが、ラーソンは第1部の発売も、シリーズの成功も見ることなく、2004年に心筋梗塞で急死した。まさに伝説である。
 
月刊誌『ミレニアム』の発行責任者ミカエルは、大物実業家ヴェンネルストレムの違法行為を暴露する記事を発表した。だが、名誉毅損で有罪になり、彼は『ミレニアム』から離れることになる。そんな彼の身元を大企業グループの前会長ヘンリック・ヴァンゲルが密かに調べてし、た向背中にドラゴンのタトゥーを入れ、特異な風貌をした女性調査員リスベットの働吉で、ヘンリックはミカエルが信頼に足る人物だと確信し、兄の孫娘ハリエットがおよそ40年前に失腺した事件の調査を彼に依頼する。八リエットはヘンリックの一族が住む孤島で忽然と姿を消していた。ヘンリックは一族の誰かが殺したものと考えており、事件を解決すれば、ヴェンネルストレムを破滅させる証拠資料を渡すという。
ミカエルは依頼を受諾し、困難な調査を開始する。
 
ミカエルはハリエット失踪事件に関する膨大な資料を読む一方、ヘンリックの一族のいわくありげな人々の中に分け入っていく。やがて彼は、ハリエットの手帳に書かれた暗号のようなメモを発見する。そして二力月の刑を勤め終えた彼は、失踪当日のハリエットを写した一連の写頁を見て、疑問を抱く。その場所でいったい彼女に何が起きたのか?また、写頁に写っていたハリエットの部屋の人影は誰のものか?深まる謎を調査する1こは助手が必要と感じたミカエルは・ふとしたことからリスベットの存在を知り、彼女の協力を得ること1こ成功する。二人は調査を進め、リスベットはミカエルにしだいに魅かれていく。だが、何者かが卑劣な妨害を仕掛けてきた!やがて浮かび上がる忌まわしい事実とは?
幾重にも張りめぐらされた謎、愛と復讐。壮大な構想
で描き上げるエンターテインメント大作。
 
イメージ 2最高に面白かった、上巻を二晩で読むと、下巻はジェットコースーターのように1晩で読み終えてしまう。最高のエンターテイメントです。
ハリウッド版の映画が話題に前に、活字で是非読んでおくことをお薦めします!
 
本書の最大の特徴は、著者がジャーナリスト出身であるだけに全篇にみなぎるジャーナリスト魂を強く感じる。ラーソンは雑誌ジャーナリズムの記者だけあって、ジャーナリストはかくあるべきだと、主人公の行動や言葉にジャーナリストとしての規律を本文中に散りばめられている。
 
冒頭、月刊誌『ミレニアム』の発行責任者でジャーナリストの主人公、ミカエルが、悪名高い実業家に名誉毀損で訴えられ有罪になる。この苦いオープニング。しかもジャーナリストとして自分のミスを認め反論せず服役をする。
 
主人公の孤独、そして挫折。断固として悪を追及する男の復活と再生のドラマそれにミステリー、謎解き、現代スウェーデンの政治経済事情、スウェーデンの暗部、第二次世界大戦の頃の現代史・・・著者の告発からジャーナリズムに対する気概が伝わります。

ジャーナリストのミカエルと女性調査員リスベットが事件の真相に迫るために、現実の"調査報道"で行なわれるような徹底した方法で捜査をしていく点である。推理の素材を集めるために、過去の新聞や雑誌、犯罪記録といった一次資料を完壁に洗い出し、それを舐めるように読んで小さな手がかりを発見するのだ。それでいてコンピュータも積極的、かつ過激に利用する。
 
日本のジャーナリストも、記者クラブでの大本営発表を待つのではなく、少しでも参考にしてもらいたい。
 
これはジャーナリズムとしては・・・だがハッキソグし巨悪に果敢に挑んでいく。まさに爽快である。
 
 
『Millennium-2火と戯れる女・Millennium-3眠れる女と狂卓の騎士 スティーグ・ラーソン/著』を読み終えてしまいました・・・最高! http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/35248012.html
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『SUGIHARA DOLLAR スギハラ・ダラー 手嶋龍一 著(新潮社)』を読む
 
 
 
 
 
 
 
 
ジャクソン・ヴァニック修正条項は米ソ冷戦を終らす結果をもたらしたが、その裏にユダヤ諜報機関の存在があり、国益の為にインテリジェンスがどれだけ大切なのか思い知ります。
 
ジャクソン・ヴァニック修正条項
p159~161
こうした負の連鎖を断ち切るために起死回生の一発がほしい――。
マイケルの父が望みをつないだのは、米ソ首脳会談の行方だった。地元紙の「ザ・オクラホマン」が、近くモスクワで行われる米ソ首脳の折衝で穀物の対ソ連向け輸出問題が主なテーマとなるだろうと伝えていた。
マイケル・シニアは、仲問の農場主を誘って、地元選出のヘンリー・ベルマン上院議員の補佐官に働きかけを行っていた。オクラホマ産の小麦をソ連に輸出できるよう懸命のロビー活動を繰り広げていたのだった。だがベルマン事務所の反応は鈍かった。第二次世界大戦中、硫黄島上陸作戦に加わり、勲功賞に輝いたこの保守派の共和党員にとって、小麦の対ソ輸出は赤いロシアに塩を送ることに等しく、割り切れない感情を抱いていたからである。
その一方で、ベルマン上院議員とて、大切な後援者である農場主たちをないがしろにするわけにはいかなかった。自らもカンザス州境に近いビリングスで農場を経営しているだけに、農業不況で苦しむ人々の暮らしぶりは手に取るように分かっていた。
西側同盟の盟主として反共の姿勢を貫き、同時にソ連へのアメリカ産小麦を輸出する方策はないだろうか」この一見矛盾する命題を鮮やかに解いてみせたのが、民主党のヘンリー・M・スクープ・ジャクソン上院議員だった。
小麦の不足に悩むソ連にアメリカ産小麦の輸出を認める。だがその見返りに、ソ連領内にいるユダヤ人の出国をソ連政府に認めさせる――。
一見すると何の関連もない二つの命題を、予算関連の法案に絡めて上下両院を通してしまった。
そのマジックのように鮮やかな手並みは、ベルマン上院議員を唖然とさせた。
このジャクソン・ヴアニック修正条項によって、小麦の対ソ輸出が可能となり、中西部の穀物地帯に大きな恩恵がもたらされただけではない。ソビェト連邦に閉じ込められていた多くのユダヤ人の出国に道を拓くことで、やがて冷たい戦争を西側陣営の勝利に導くひとつの布石となった。
(略)
小麦生産業界の大物たちは、ハート、ダークセントといった有力議員の名を冠した議員会館を次々に訪れて説得工作を繰り広げていく。彼らセネターに鮮烈な印象を与えたのは、やはりスクープ・ジャクソン上院議員の事務所だった。上院議員その人ではない。鷹のように鋭い眼をもった補佐官の存在だった。浅黒い肌をした立法担当の補佐官は、セネターと見紛うばかりに、威厳に満ち溢れていた。このユダヤ系の青年補佐官こそ、リチャード・パールであり、ジャクソン・ヴァニック修正条項の生みの親だった。
 
イメージ 1リチャード・ノーマン・パール (Richard Norman Perle,
1941年9月16日 - ) 民主党支持者(現在でも党員ではある)で1969年から1980年までは民主党の対ソ強硬派として知られたヘンリー・M・ジャクソン上院議員の補佐官を務めていた。 レーガン政権で国防次官補を務め、1987年から2004年まで国防政策諮問委員会のメンバーであった。また2001年から2003年までブッシュ政権下で同委員会委員長であったが、イラク戦争中に武器商人のアドナン・カショーギとの癒着が発覚。道義的責任をとる形でパールは同委員長を辞任した。
ポール・ウォルフォウィッツと共にイラク戦争の急先鋒で、サダム・フセイン政権を数か月で破ることが出来ると主張した。サダム追放後の首班としてアフマド・チャラビーを考えていた。フセイン政権それ自体の打倒は1ヶ月もたたないうちに成功裏に終わる。同戦争に関しては肯定的な立場を崩さない一方、大量破壊兵器情報の誤りや、フセイン政権崩壊時に十分な兵力増強を行わなかったことなど一定の責任に言及している。北朝鮮の核の脅威に対してはバビロン作戦を参考に、寧辺等の核施設への限定空爆に言及している。
現在、国防政策委員会の代表。アメリカ新世紀プロジェクト (PNAC) のメンバーであり、ブッシュ政権の思想基盤の提供者とされる。イスラエルで相当な時間を過ごしており、保守的なリクードの支持者と見られており、ベンヤミン・ネタニヤフが最初に首相を務めた際には補佐官を務めていた。  
 
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/34/HenryJackson.jpgヘンリー・マーティン・"スクープ"・ジャクソンHenry Martin "Scoop" Jackson, 1912年5月31日 - 1983年9月1日
上述のように、ジャクソンは国防・安全保障政策の専門家として知られていた。そのスタンスは、反共的で強硬なものであった。彼はデタント政策に一貫して反対しており、特にSALT IIには強硬に反対した。さらに、1974年の貿易法の審議に際し、いわゆるジャクソン・ヴァニク修正を提案した。このときの共同提案者は、チャールズ・ヴァニク下院議員(民主党、オハイオ州選出)である。これは、市場主義経済をとらない国々、移民の自由を制限している国々との通商を基本的に禁ずるものであり、主にソ連圏、共産圏を念頭においていた。
このように対外的な強硬姿勢、アメリカの自由民主主義を全世界的に広めるという目的のためには軍事的な手段をも用いるというのが彼のスタンスであった。こうしたスタンスは、いわゆる「ネオコン」に通ずるものがある。事実、「ネオコン」の代表格と見られているリチャード・パールは彼の政策スタッフであった。さらにはポール・ウォルフォウィッツ、ダグラス・ファイスといった「ネオコン」人脈の中心的人物も、70年代にジャクソンの下で働いていた。このことから、ジャクソンを「ネオコン」の源流の一人とみなす傾向が強い。
p153
http://www.sinzirarenai.com/battlefields/vietnam%20war.jpgだが、基軸通貨ドルは、ブレトンウッズ会議で定められた固定相場に縛られたままだった。これではドル通貨を取引所に上場することなど夢のまた夢だった。
その一方で西側同盟の盟主アメリカは、ヨーロッパの戦略正面でソ連と冷たい戦争を戦わなければならず、アジアではベトナム戦争の激化で日々膨大な戦費を垂れ流し続けた。これによってアメリカから夥しいドルが流出していった。金・ドル本位制のゆえに、それは金の流出を意味したのである。
アメリカは一時二万トンを超す金を保有していたが、ベトナム戦争が泥沼化した一九六八年には、一万トンを下回るまでになっていた。一九七一年の四月にはドルの切り下げを予測した国際投機筋がマルクを買ってドルを売る動きを強める。ブレトンウッズ会議で決められた為替の公定価格が決壊する危険が迫っていたのである。
p154~155
イメージ 2ニクソンはいつもの陰気な表情でテレビの画面に現れた。
「アメリカのみなさん。今日は重要なお知らせがあります。アメリカ政府は、外国政府が保有する米ドルとアメリカ政府が保有する金との交換を一時停止するための大統領令に署名したことをお伝えします。あわせてアメリカヘの輸入品に十パーセントの輸入課徴金をかけることを決定いたしました」
金とドルの交換停止を宣言したニクソン演説。これが金融の世界にどれほどの衝撃を与えるか、アンドレイはすぐさま読み取った。基軸通貨ドルの価値を根底で支えていた金とのリンクが外されてしまう。ドルの価値は相対的には下がっていくのだろう。だがそれはドルを新たな金融商品にと考えていたアンドレイにとって天祐でもあった。
ドルと主要通貨との固定相場制がすぐに崩れることはないかもしれない。だがいずれは、ドルは各国の通貨に連動してその価値を変動させることになるだろう。シベリア鉄遺の旅で体験した世界が蘇る日は遠くあるまい。
ニクソン・ショック直後は、水面下で激しいドル売り、マルク買いの投機が続いたが、ドルに対する各国通貨の交換比率はいまだに固定されたままだった。
だが、それから四ヶ月後、ニクソン政権は、ワシントンのスミソニアン博物館に主要国の蔵相・中央銀行の総裁を一堂に招いて会議を開く。このスミソニアン会議で基軸通貨ドルの切り下げが諮られた。ドルが固定相場制から解き放たれ、最終的には一ドルが三〇八円になるよう誘導されていった。これによって基軸通貨ドルといえども、アメリカの国力、とりわけ経済力に応じて、その時々のレートで他の主要通貨と交換されるシステムが出現した。それは、世界の基軸通貨ドルも、小麦や株や債券と同じように刻々と値を変える存在となったことを意味する。
実は、アメリカ政府の輌を逃れたユーロ・ドルは、冷たい戦争の深まりと共に生まれでていた。
ソ連もドルを必要としていたからだ。冷戦の主敵の求めに応じて、ロンドンのシティにユーロ・ドルは滞留して秘かに取引されていたのだった。ニクソン・ショックは、冷戦の私生児だったユーロ・ドルを正式に認知する儀式でもあった。
究極の先物商品「ドルマネー」をシカゴ・マーカンタイル取引所に上場させる-アンドレイのとてつもない閃きが現実のものとなる機会が訪れたのである。
そしてついに翌年、アンドレイは、シカゴ・マーカンタイル取引所に「国際金融市場」をオープンさせた。ドルを先物商品として扱う世界初の市場が誕生した。
2001年5月ウェストポイントの卒業式で、当時の国防副長官ポール・ウォルフォウィッツ氏が国防総省の高官、陸軍の将官、卒業する八百七十二名の士官候補生とその親族で埋めつくされた講堂で以下のスピーチをした。
p122~123
「しかしながら、まことに遺憾なことなのだが、真珠湾への攻撃がありうるという情報当局の警告はことごとくが無視されてしまつた。奇襲を窺わせる直接的な兆候さえあったにもかかわらず――。それらもまた見逃されてしまったのです」
(略)
「この真珠湾への奇襲こそ、若き日の私に戦略というものを究めたいという気持ちを起こさせたのです。当時、真珠湾に生じていた巨大な力の空白こそが、アドミラル.ヤマモトを奇襲に駆り立てました。そしてアメリカ側のインテリジェンスが十分でなかったことが、奇襲を劇的なまでに成功させたのでした」
核の時代を迎えて、超大国アメリカに再び奇襲攻撃が仕掛けられるような事態を許してはならない。若き日のウォルフォウィッツはそう考え、二十世紀のアメリカが生んだ偉大な戦略理論家、アルバート・ウォルステッターの門を叩いたのだった。ウォルフォウィッツの胸中には、わが同胞を「核のホロコースト」に直面させてはならないという決意が張っていたのだろう。「想定を超える事件はわれらが眼前で頻発しています。にもかかわらず、われわれはそこから何も学ぶことなく、再び奇襲を許そうとしている。愚者は体験に学び、賢者は歴史に学ぶといいます」
ウォルフォウィッツは、間もなく軍務に就く士官候補生たちに、国家を防衛する責任の重さを諭してスピーチを締めくくった。
一般にこのことから、ネオコン達が9.11をインサイドジョブしたと疑われる一つの根拠としているが、もし、9.11が自作自演だとしたら、逆にこのようなスピーチをしないのではないか?と思います。
 
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b0/Paul_Wolfowitz.jpg/200px-Paul_Wolfowitz.jpgポール・ダンデス・ウォルフォウィッツ(Paul Dundes Wolfowitz,1943年12月22日 - )は、アメリカ合衆国のユダヤ系政治家・第10代世界銀行総裁(2005年6月1日 - 2007年6月30日)。
代表的なネオコンの論客の一人であり、米国で最も強硬なタカ派政治家。親イスラエル派で親台派である。イラク戦争の建築家的存在。中東民主化構想の発案者でもあるが、現在イラクを含む中東政策に関しては一切口を閉ざしている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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イメージ 1
 
いよいよGWですが、何か面白い本でも読んでみようと思われている方にはお勧めの一冊です!360p 手ごろな厚さです。
ノンフィクションで書けばいいものをわざわざ小説にする意図がわからない。手嶋氏の文章はけして稚拙ではないが、ノンフィクションで書くべきだと思う。せっかく発掘した現代史の史実をフィクションとすることにより価値が半減すると私は思う。
などと書いたが、訂正します。フィクションとして最高のエンターテイメントです。価値は半減などしていません。ただ、是非今度は手嶋氏の手で杉原千畝のインテリジェンス工作やら、国際金融の裏舞台をノンフィクションで読んでみたい気がします。
 
この物語の最後に「オバマが暗殺されるかもしれない」ことが仄めかされている。これは、手嶋氏の「葡萄酒かさもなくば銃弾を」(2008年)は「人事を尽くした駆け引きの果てに、事が成就すれば乾杯の美酒、さもなくば暗殺の銃弾に倒れて、遺影に微笑を残す。」そんなディプロマシーの崖っぷちを、二十九人政治家の人物スケッチをした本だが、その第一章がオバマをとりあげ、すでにここで示唆されている。
「アメリカ大統領の座を目指そうとすれば、暗殺の惧れと真っ向から向き合わなければならない。」「コリン・パウエル将軍が大統領選へ出馬する動きを見せると、テキサス州知事だった共和党の本命候補ジョージ・W・ブッシュは、取り乱すほどその存在を恐れたのだった。その事実こそ、アメリカに黒人大統領誕生の足音が迫っていることを物語っていた。 だが将軍の出馬に必死に抗ったのはパウエル夫人だった。夫が大統領選挙に名乗りを挙げれば、必ず暗殺されてしまうと疑わなかったからだ」
オバマ暗殺は誰しも思うことではあるが、インテリジェンスに通じた手嶋氏の元にはそれをにおわす情報が多数あったのかもしれません。
 
ヒューマニスト杉原千畝が実はインテリジェントオフィサーであったことは実に興味深い。日本のインテリジェンスの魁であった明石元次郎大将(日露戦争時大佐)にしても、また明石大佐のインテリジェンス工作を手本とした陸軍中野学校でも「至誠」の心を持つ者こそインテリジェンスの世界での勝者となりうることを証明している。
 
【参考】
①『「なぜ正直者は得をするのか」副題「損」と「得」のジレンマ 藤井聡著(幻冬舎新書)』を読む 
その1  http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/30624117.html
②その2 http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/30631471.html
③その3 http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/30633479.html
④その4 http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/30639483.html
⑤その5 http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/30639599.html
 
陰謀史観の持ち主達は、金融工学を駆使したデリバティブ取引は、世界を影から操るフリーメーソンやユダヤ金融資本の道具だと勘違いしているようだが、商品先物が生まれた理由はけして陰謀の片棒を担ぐ為でもなく、強欲資本主義者の為の市場でもない。世界で初めて先物取引を行った大阪堂島米会所先物取引 の歴史を読めば、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)名誉会長のレオ・メラメッドと経済学におけるシカゴ学派の重鎮ミルトン・フリードマン(ノーベル経済学賞)が、金融の先物市場という理論を作り出したのは独創ではなく、歴史の必然であることがわかるはずである。
 
ちなみにWikiのLeo Melamedのバイオブラフィーには、杉原千畝の命のビザでシベリアを経て日本にたどり着いたことが記されております。
In 1939, the Japanese consul general to Lithuania, Chiune Sugihara , issued his family a life-saving transit visa, and they made the long trek across Siberia to safe haven in Japan .
 
このレオ・メラメッド氏の半生と、杉原千畝のインテリジェンス工作をノンフィクションのようなフィクション仕立てにしたのだからそれだけで十分に面白い。
このフィクションのなかにノンフィクションであるかのようなエピソードがグレイゾーンとしていくつか興味深いものがあります。
 
ソ連邦はドイツが降伏して後三ヶ月を準備期間として対日参戦する。
p297~300
「マイケル、いまも歴史の謎なのだが、この小野寺電を受け取ったはずの日本の統帥部が、適確に対応した節が窺えない」
日本の運命を決定づけた「ヤルタ密約」。それはストックホルムから極秘限定配付で東京に確かに打電されている。だが、東京の統帥部でこの小野寺電が真剣に検討に付された形跡がまったくない。陸軍の参謀本部に確かに届いたという記録さえ見当たらないのだ。
「ジヨン、これは僕の推測なのですが、当時の日本の統帥部は、自分たちに都合の悪い情報は、受け取らなかったことにして、廃棄したのではないでしょうか」
「極秘電が果たして東京に届いていたかどうかもわからない。これは永遠の謎といっていい。敗戦時に全ての機密書類を焼却してしまったんだからな」
「ヤルタの密約」という連合軍の最高機密を入手したポーランド秘密情報部。彼らこそ「革命と戦争の世紀」の証人だった。ヒトラーのナチス・ドイツとスターリンのソ連が一切の大義を裏切って野合するさまを目の当たりにし、祖国ポーランドを真っ二つに切り裂くさまを目撃した。そして国土と国民を喪ったあとも、ワルシャワの地下都市に生き延び、ふたつの全体主義と戦い続けた。
亡命ポーランド政府の秘密情報部と枢軸側の日本政府。その接点にあってインテリジェンスのか細い糸を紡いだのが、リトアニアの首都カウナスに赴任した領事代理、杉原千畝だった。
「チウネ.スギハラこそわが組織のダイヤモンドと心得よ」
ポーランド秘密情報部の幹部だったユダヤ人が、戦後アメリカに移住し、歴史編纂官のインタビューに応じている。開戦時にクラコフに在って、ポユフンド陸軍の首脳陣に大きな発言力を持っていた老齢の女性がスギハラの価値をこう示唆したと証言している。その聴聞記録は後に国立公文書館に保存され、ジョンの眼に触れることになった。
「人材の出し惜しみはわが組織の致命傷となる。最良にして、最高の情報士官を投入せよ」
これがクラコフの老婆のご託宣だったという、彼女は満洲国の対ソ戦略都市ハルビンのユダヤ人コミュニティに太い人脈を持っていた。ロシアの赤色革命を逃れてハルビンに住む白系のロシア貴族と誼を通じていた。そのなかにユダヤ系の人々が含まれていたのだった。杉原千畝の最初の妻、クラウディアもそんなひとりだった。彼女の夫がどれほど優れた情報士官であるのか、老婆は知り抜いていたという。
かくして杉原千畝のもとに送り込まれたのが、ポーランド陸軍のレシェク.ダシュキュヴイッチ中尉だった。その指揮にあたったのが、アルフォンス・ヤクビェツタ大尉であった。いずれもポーランド秘密情報部の至宝と調われた情報士官である。彼らは日本の領事代理、杉原千畝をして、東ヨーロッパに独自の杉原情報網を縫いあげさせた。このオペレーションの背後にはクラコフの老婆の影があった。
やがてダシュキュヴイッチ中尉は、杉原のアシスタントに収まった。肩書きは領事館の臨時雇員だった。表向きは領事館の雑務をこなしていたが、ダシュキュヴィツチ中尉こそ、情報の十字路に位置するリエゾン・オフィサーに他ならなかった。
杉原千畝は、ポーランド秘密情報部から独ソ両軍の情報を提供してもらう見返りに、彼らから託された機密連絡便を日本の外交行嚢に潜ませて、ベルリン経由で中立国ストツクホルムに送り、そこからロンドンの亡命ポーランド政府に送り届けていたのである。
杉原千畝がカウナスからベルリンに去り、プラハを経てケーニヒスベルクに転出した後も、ポーランド秘密情報部は、杉原が残したネットワークと連携を絶やさなかった。かつてラトビアに在勤した経験をもつ小野寺信がストックホルムの駐在武官に赴任すると、その情報網は小野寺信に引き継がれていった。
インテリジェンス能力とは情報の洪水の中から宝石を選り分け、その情報を元に最終判断者が決断する為に存在している。
戦後、日本は米国に情報戦で敗れたとの神話が一人歩きして、私もずっとそう思ってきましたが、秘録陸軍中野学校(新潮社)を読んで以降、日本のインテリジェンス能力は実は非常に高かったことを知りました。
 
何に欠けていたといえば、その貴重な情報を宝の持ち腐れにしてしまった、軍部・政府の判断能力の無さと云えよう。
 
このことは手嶋氏が最も指摘したかったことではないだろうか?インテリジェンスが優秀でも情報を判断する者が無能であれば悲劇が降りかかる事をp330~331において、イスラエル諜報機関の責任者になったソフィーの口から語らせた。
「マダム、あなたの優れた情報網は、国際テロ組織『アルカイダ』が・超大国アメリカを襲おうとしていた重大なインテリジェンスまで捕捉していたようですね」
振り向いたソフィーの眼差しがふいに鋭さを増した。
「ええ、知つていたと率直に申しあげておきましょう。でも、アメリカ政府の十五・いやあなたの親友の捜査組織も数えれば、十六あるといわれる情報機関には、もっと詳しい情報が入っていたはずよ。心眼を以って見る――そんな言葉が東洋にはあると聞きます・虚心に情報の断片をっなぎ合わせてみれば、やがて何が起きようとしていたのか、それは誰の眼にも明らかだったはずです。情報当局が、政治の決断を委ねられた国家のリーダーに危機の到来を警告するのは、さして難しいことではなかったに違いありません」
「ソフイー、超大国アメリカは、情報当局の官僚主義のゆえに、あの悲劇を予測することが叶わなかった。そしてあなたたちは、やがて忍び寄る悲劇を知っていた。にもかかわらず、同盟の契りを結んでいるアメリカには一切知らせようとはしなかった、そうですね」
ソフイーはテーブルに置いてあったガラスの呼び鈴を鳴らし、執事に灰皿を下げさせた。
「事実関係だけを申しあげるなら、あなたのおっしゃる通りだわ。でも、私たちが緊急の警告を発したとしても、果たしてブッシュのアメリカは行動を起こしたかしら。心眼がどんよりと曇っていたのですから」
「ソフィー、あなた方は、悲劇がアメリカに迫りくることを知りながら、あえて知らせようとしなかった。ひとたびアメリカの心臓部が攻撃されれば、奇襲を受けた超大国は怒り狂って、敵に鉄槌を振り下ろすにちがいないと読んでいた。真珠湾攻撃の時のように。まずタリバンのアフガンを、ついでサタムのイラクを攻撃するはずと。かねてから取り除きたいと願っていたイスラエルの宿敵イラクを、アメリカをして排除させる。なんと秀逸な戦略なのでしょう」
「世界をどのように解釈なさろうと、それは、スティーブン、あなたのもう一つのお仕事であるジャーナリズムにお任せするわ。私たちは、自らの力で自らを守らなければなりませんもの」
「もうひとつお答えいただきたいのですが」かの9・11事件が起きることをあなたは知って
いた。だとすれば、事前に世界の市場で金融先物商品を売って、巨額の利益を懐にすることができた。そしてあなたは事実、それをした。確かな証拠はすでにつかんでいます」

 

『SUGIHARA DOLLAR スギハラ・ダラー 手嶋龍一 著(新潮社)』を読む
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先ほど読み終わりました。
BOOK1とBOOK2によって空けられた心の隙間が、ようやく補完されたような思いをしました。
初めの数ページをめくっったところで、朝目を醒ました時、そこが何処なのか数秒間わからないような感覚にとらわれた。私はあわてて記憶を取り戻すべくBOOK1とBOOK2を書棚から取り出し、いそいで読み返した。、そしてBOOK3を再び読み出し始めた。
 
これはまだ読んでいない方に対し、裏切りにはならないと思うので書きますが、予想通り、青豆は死んではいなかった。(そうでなければBOOK3は成り立ちません) そして物語は意外な人物が、第三の主役として話が展開していった。これには正直に驚いた。そしてラストは、ある意味で善良な読者を裏切らない期待通りの展開で一応完結した?ように思えます。
 
これ以上ストーリーについてはこの書くのはやめようと思います。
 
おそらく1Q84が完結したことで、今後多くの村上春樹ファンが私と同じく自分の1Q84の世界を探るでしょう。そしての奥深さを再度沢山の方が語ると思います。
 
運命とは?、男女の縁とは?、人生の意味とは?孤独と家庭、新たに授かる生命の意味、家族とは?神の存在?1Q84を読みながら考えることが次々に沸いてくる。
 
少なくとも1Q84BOOK3の602ページ目を読み終わる少なくともおよそ6時間の間、私は哲学者であり、心理学者あった・・・そして、普段あまり覗く事がない自分の無意識の扉の向こう側を少しだけ見つめることができた。
 
本書を読みながら、ことさらに登場人物や人間の深層心理についても考えが浮かんだ。天吾の父親は結局母親の愛人だったのか・・・つまり母親の乳房を吸う男 それは結局エディプスコンプレックスOedipuskomplex)の顕れだったのであろうか? 家族のなかでただ一人醜い風体を持って生まれた牛河だが、生まれ持った天性の才能で得た、美しい妻と可愛い子供達、僅かな期間体験した平凡な家庭的の幸せとそしてそれを失った消失感の心の葛藤はどのようなものであったのだろう?そこには複雑なコンプレックスが存在していたことを象徴としている。
 
などと考えながら読み進み、物語がエンディングに向かいだしたあたりで、唐突にユングの話が出てくるのである。そして、薄々感じていた1Q84の物語のベースが何かやっと理解できた。
p503~506
「そいつはよかった」とタマルは言った。「好んで余計な苦痛を味わうことはない。ところでカール・ユングのことは知っているか?
牛河は目隠しの下で思わず眉をひそめた。カール・ユング?・この男はいったい何の話をしようとしているのだ。「心理学者のユング?
「そのとおり」
「いちおうのことは」と牛河は用心深く言った。「十九世紀末、スイス生まれ。フロイトの弟子だったがあとになって挟を分かった。集合的無意識。知っているのはそれくらいだ」
「けっこう」とタマルは言った。
牛河は話の続きを待った。 
タマルは言った。「カール・ユングはスイスのチューリッヒ湖畔の静かな高級住宅地に溝酒な家を持って、家族とともにそこで裕福な生活を送っていた。しかし彼は深い思索に耽るための、一人きりになれる場所を必要としていた。それで湖の端っこの方にあるボーリンゲンという辺鄙な場所に、湖に面したささやかな土地を見つけ、そこに小さな家屋を建てた。別荘というほど立派なものじゃない。自分で石をひとつひとつ積んで、丸くて天井が高い住居を築いた。すぐ近くにある石切場から切り出された石だ。当時スイスでは石を積むためには石切工の資格が必要だったので、ユングはわざわざその資格を取った。組合(ギルド)にも入った。その家屋を建てることは、それも自分の手で築くことは、彼にとってそれくらい重要な意味を持っていたんだ。母親が亡くなったことも、彼がその家屋を造るひとつの大きな要因になった」
 
タマルは少し間をおいた。
 
イメージ 2「その建物は『塔』と呼ばれた。彼はアフリカを旅行したときに目にした部落の小屋に似せて、それをデザインしたんだ。ひとつも仕切りのない空問に生活のすべてが収まるようにした。とても簡素な住居だ。それだけで生きていくには十分だと彼は考えた。電気もガスも水道もなし。水は近くの山から引いた。しかしあとになって判明したことだが、それはあくまでひとつの元型に過ぎなかった。やがて『塔』は必要に応じて仕切られ、分割され、二階がつくられ、その後いくつかの棟が付け足された。壁に彼は自らの手で絵を描いた。それはそのまま個人の意識の分割と、展開を示唆していた。その家屋はいわば立体的な曼荼羅として機能したわけだ。その家屋がいちおうの完成を見るまでに約十二年を要した。ユング研究者にとってはきわめて興味深い建物だ。
その話は聞いたことがあるか?
牛河は首を振った。
「その家はまだ今でもチューリッヒ湖畔に建っている。ユングの子孫によって管理されているが、残念ながら一般には公開されていないから、内部を目にすることはできない。話によればそのオリジナルの『塔』の入り口には、ユング自身の手によって文字を刻まれた石が、今でもはめ込まれているということだ。『冷たくても、冷たくなくても、神はここにいる』、それがその石にユングが自ら刻んだ言葉だ」
 
タマルはもう一度間をおいた。
 
「『冷たくても、冷たくなくても、神はここにいる』」と彼はもう一度静かな声で繰り返した。
「意味はわかるか?
牛河は首を振った。「いや、わからない」
「そうだよな。どういう意味だか俺にもよくわからん。あまりにも深い暗示がそこにはある。解釈がむずかしすぎる。でもカール・ユングは自分がデザインして、自分の手で石をひとつひとつ積んで建てた家の入り口に、何はともあれその文句を、自分の手で鑿(ノミ)を振るって刻まないではいられなかったんだ。そして俺はなぜかしら昔から、その言葉に強く惹かれるんだ。意味はよく理解できないが、理解できないなりに、その言葉はずいぶん深く俺の心に響く。神のことを俺はよく知らん。というか、カトリックの経営する孤児院でずいぶんひどい目にあわされたから、神についてあまり良い印象は持っちゃいない。そしてそこは常に寒いところだった。夏のさなかでさえもだ。かなり寒いか、とんでもなく寒いか、そのどちらかだった。神様はもしいたとしても、俺に対して親切だったとはとても一言えない。しかし、にもかかわらず、その言葉は俺の魂の細かい襞(ひだ)のあいだに静かに浸みこんでいくんだよ。俺はときどき目を閉じて、その言葉を何度も何度も頭の中で繰り返す。すると気持ちが不思議に落ち着くんだ。『冷たくても、冷たくなくても、神はここにいる』。悪いけど、ちょっと声に出して言ってみてくれないか?
「『冷たくても、冷たくなくても、神はここにいる』」と牛河はよくわからないまま小さな声で言った。
 
登場人物は牛河に限らず謎を残しながらも様々な特殊な心理状況(コンプレックス)を村上春樹は詰め込んだ。
川奈天吾 :エディプスコンプレックス マザーコンプレックス だと思う。天吾の生物学的父親は最後まで明らかにされなかった。
青豆雅美 :白雪姫コンプレックス (被虐待児症候群)オレステスコンプレックス (父親の掟と母親の呪縛の中で心が引き裂かれる心理 )だと思う
安達クミ:殺害された前世の記憶を持つ千倉の看護婦 天吾の母親の転生?・・・天吾の戸籍上の父親を好意的に世話をした 
緒方静恵(老婦人):DVによる娘の自殺の心の空白が、DVに対する激しい憎悪となり、私刑は復讐ではなく正義と考える。メサイアコンプレックス (強迫的に人を援助する心理)だと思う
田丸健一(タマル):自衛隊出身のプロのフリーエージェントでありながら、親に捨てられた心の傷を持つゲイである。(※BOOK3において、深田恵里子の実の父親ではないかとの可能性をにおわせた・・・が明らかにされなかった)
深田絵里子:生まれながらの巫女であり霊媒師は・・・コンプレックスではないが一種の虐待を受けたことには違いない。
大塚環 :DVで自死した青豆の親友 弟とともにネグレクト(育児放棄)を受ける
中野あゆみ:殺された婦人警官スペクタキュラコンプレックス (性嗜好が行動を規律する心理)とユディットコンプレックス (強い男に身を任せたい感情と相手に対する憎しみが重なった女性の二重心理)だと思う。子供の頃、叔父と兄に性的虐待 を受ける。
天吾の戸籍上の父親:中でも私は、死んだ自分の妻が残した子供を育てるのこの男の心の傷が痛々しい。心から愛した妻が、もしかしたら不倫相手の子供を男手一人で育てていくのだ。このコンプレックス・憎悪が、彼の生霊と思われる謎のNHK集金人が発するする言葉として生々しかった。激しい怒りが、仕事に専念させ、無防備で暮す平凡な人々の日常を破壊して回ることにより救われるという痛々しい心理・・・・養育する天吾に対し、亡き妻への愛情とアブラハムコンプレックス (父親の息子に対する憎悪)が恐いほど伝わってきた。
 
このお話の中身は単にコンプレックス概念のレイヤー(層:layer)だけではない。ユングが散りばめられている。コンプレックスの概念を見出したユングは、個人のコンプレックスより更に深い無意識の領域に、個人を越えた、集団民族人類の心に普遍的に存在すると考えられる先天的な元型の作用力動を見出した。
元型の作用と、その結果として個人の空想に現れるある種の典型的なイメージは、様々な時代や民族の神話にも共通して存在し、このため、元型や元型が存在すると仮定される領域は、民族や人類に共通する古態的(アルカイク)な無意識と考えられ、この故に、ユングはこの無意識領域を「集合的無意識」と名づけた。
 
1Q84の隠れテーマは「集合的無意識」=「神話」=「リトルピープル」であることを村上春樹はそっと教えてくれたのである。
 
天吾と青豆は20年間無意識の扉の奥で繋がっていたのである。その無意識が物語に登場する人間の行動思考判断を、自我と外的世界との相互作用され世界を動かしていたのである。そこには『「集合的無意識」=「神話」=「リトルピープル」』に存在するとされる諸元型の力動作用が影響したのだ。そう、この物語はユングの心理学がベースなのだ!
 
そして、この物語の神話とは、伊邪那岐(イザナギ)と伊邪那美(イザナミ)日本の国産み神話ではなかろうか?男神(天吾)と女神(青豆)が交わった時、二つの月は一つの元の月に戻り、新しい世界が生まれるのである。
 
深い・・・実に深い1Q84とは神話と精神の物語だ・・・だがまだ多くの謎は残したままだ・・・この後彼らはどうなるんだ・・1984でも青豆の中には新たなドウタが存在しているのだ・・・この物語はBOOK3<10月-12月>で99%の確率でここで終るだろう。だが・・・BOOK1は<4月ー6月>1Q84年度であればまだBOOK4<1月ー3月>・・・でもはさすがにそれはないだろう。だって二人がいる世界は1Q84ではないから・・・
 
残念なことに月曜日には私が買ったBOOK3を待ち焦がれるご婦人達に貸し出さねばならぬ・・・2.3ヵ月後改めてBOOK1~BOOK3をノンストップで読み通してみたい
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デビュー作「告白」でいきなり本屋さん大賞を受賞した湊かなえの第3作目である。

【2009年本屋さん大賞 湊かなえ「告白」を読む・・・今頃と言われようと大絶賛です! 】
http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/30269715.html

本作も”告白”同様に「フランス人形 」の最初の10ページでいきなりフルスロットルで物語に引き込まれてしまい、全253pを一気に1時間30分で読了してしまいました。私は”活字依存症”とはいえハードカバー1冊をこれだけ早く読ませてしまう湊かなえ氏の力量には感服せざるをえません。

2作目の「少女」は二番煎じで面白くないとの風評を聞いてしまい、まだ読んでいないが、この第3作目「贖罪」を読む限り、「告白」の二番煎じ三番煎じではなく、湊かなえスタイルとでも呼んでもいい独自の小説スタイルを確立しつつあると考えるべきではないでしょうか。

1つの重大な事件が発生すると、その事件に関わる様々な人々被害者・加害者・目撃者の家族・友人、学校・職場に様々な関係者が存在します。リアルな犯罪な影には、関係者それぞれの人生が存在するのです。1つの重大な事件は、被害者と加害者だけではなく、その家族や友人のそれぞれに人間としての業や罪、懺悔・後悔・贖罪の意識はさまざまな衝撃波を襲っているはずです。

被害者・加害者の2次元的視点の物語から事件関係者の複雑に絡み合う多角的視点から物語を語る構成手法はまさに”3D!”です。「湊かなえは”3D小説”という新ジャンルを構築しつつある。」と思います。

目次とあらすじ
取り柄と言えるのは”きれいな空気”というどこにでもあるような平凡な日本の田舎町。きれいな空気を求めて進出してきた日本一の精密機械会社工場、夕方六時には流れる「グリーンスリーブス」のメロディ。

そんな穏やかな田舎町で突然起きた、惨たらしい美少女殺害事件。

犯人と目される男を目撃しているにもかかわらず犯人の顔をどうしても思い出せない殺害された少女の友人であり目撃者の小学4年の四人の少女。

事件から3年がたちに事件が解決しないことにいらだった被害者の母親麻子は、中学1年生になった目撃者の4人の子供達に激情の言葉を投げつけてしまった。

その投げつけられた激情が彼女たち4人の運命、人生をを大きく狂わせることになる――

<フランス人形>:紗英(被害者エミリちゃんの死体を見守った子供)の物語
大人になることを深層心理で拒み不妊症となった紗英。そんな彼女に縁談が舞い込み結婚した相手とは・・・・

<PTA臨時総会>:真紀(先生を捜しに走ったがみつからず恐くなって自宅へ逃げ帰るった子供)の物語
やがて先生となり突然事件が襲う、ナイフを持った不審者が学校へ侵入したときに彼女の取った行動とは・・・
その事件の報告をPTA臨時総会でしている最中に麻子を発見した真紀が衝撃的なことを話す・・・

<くまの兄弟>:晶子(エミリちゃんの自宅へ走り母親麻子に知らせたが突き飛ばされた子供)の物語
事件のショックから不登校となり引きこもりがちの彼女に心通わす兄の養女若葉ちゃん。その若葉ちゃんを救おうと晶子は・・・

<とつきとおか>:由佳 (交番へ走り駐在さんに知らせた子供)の物語
家族の中で孤立した彼女を救ってくれたのは駐在さんでした。警官フェチとなってしまった彼女の前に現れた姉の結婚相手は警官でした・・・

<償い>:被害者エミリちゃんの母親麻子の物語
母親麻子の過去とエミリ出生の秘密・・・・真紀の証言に衝撃を受ける麻子、犯人は・・・
事件の連鎖を止めようとする麻子・・・

これであなたたちはわたしを許してくれるかしら。長い呪縛から開放されたかしら。

終章
由佳と真紀の15年後のバレーボール百回連続パス・・・その後、「わたしたちが一番しなければいけなかったこと。」をしたのである。

なるほど、犠牲者への追悼、これが「贖罪」の本当のテーマではなかったのかもしれない。

この「贖罪」には被害者エミリちゃんと犯人の物語が無い・・・

無い方がよかったかもしれない。もしエミリちゃんと犯人の描写を描いてしまっていたならば、私は興ざめしていたかもしれません。

徹底した多角的視点による物語の構築、そこには二次元的な被害者と犯人の物語は不用だったのかもしれません。私は「3D小説」と命名させていただきますが、湊かなえさんは今後徹底して同じスタイルで、多少プロットを変えた物語を編み出してくることを期待します。4作5作と徹底した3D的手法の小説であれば「3D小説」というジャンルを確立できるかもしれません。

もう一つ湊かなえさんの物語の魅力は、その描く人格の深層でドロドロとした思わず目を背けたくなるような情念もしくはエゴを躊躇無く描いている点にあると思います。時として話題のNHK大河ドラマ龍馬伝に登場する天才”香川照之”演じる”岩崎弥太郎”以上にエゴイステックでもある。

あくまでも私は「告白」と「贖罪」という似通ったプロットの物語しか読んでいません。
しかし共通しているのは、徹底した人間のエゴ、贖罪についてはすべて女性の物語であった為に徹底した「女の情念と業」を醜くかつリアルに描いていると思う。

本書の他の方の書評を読むと、好き嫌いがはっきりしています。その中で設定はありえない突拍子も無いなどと書いている方もいますが、平凡な人生であったはずの人生が平凡でなくなったから物語が生まれます。平凡な人の不倫程度の話では”みのもんた”のワイドショーで夫の浮気を愚痴る話題程度にしかなりません、何を勘違いしているのでしょうね。

本書の設定は平成の日本で日々発生している事件・事故の」一つ一つと比べ、それほど突拍子もないようには見えません。思わず事件を直視したくなくなるような事件があまりにも多すぎます。

それぞれ被害者加害者とその家族友人がいて、日常の何気ない生活が一変してしまうことが日々起きているのも事実です。事件に巻き込まれてしまった人の人生は、それぞれの物語となっているはずです。

話は変わりますが、私と家内は永年”松任谷由実さん”の日曜の夕方5時FM東京の番組サウンド・アドベンチャーをよく車のなかで愛聴しておりました。(最近のSweet Discoveryは時間帯があわずご無沙汰しておりますが・・・)なかでも大好きだったのはお便りコーナーでの不倫話・・・妊娠・別れ・離婚話・恋人への不審感・・・恋愛ソングの大家”松任谷由実”のご宣託(恋愛の分析)は実に見事でした。

お便りコーナーで視聴者からの物語、とくに結婚適齢期後期の女性の男にまつわる内緒話が佳境に達すると、キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!と私と家内はおしゃべりを止め、FMに耳を傾けるのでありました。お便りコーナーへ出された手紙一つ一つにはそれぞれ、ひとりの人生の縮図が書いてありました。平凡な人達でも経験する人生はそれぞれにドラマです。

この湊かなえさんの物語の一つ一つはユーミンのお便りコーナーで紹介されるような、一つ一つ人生のドラマを積み上げて一つの物語を構成する手法は海外のドラマなどでも見られますが、エンターテイメントと考えれば十分に楽しめる作品ではあります。

湊かなえさんの作品は、悪く言えばワイドショー的物語かもしれません。

たとえば贖罪について深く考える時思いつく物語といえば 菊地寛の「恩讐の彼方に」http://www.aozora.gr.jp/cards/000083/files/496_19866.htmlが思いつきます。

主人を切り殺した贖罪から20年かけ一人の人間の力だけで3町(327.3m)の岩をくりぬき洞門を開こうとする老僧、そして仇と狙う遺児が現れ本懐を果そうとするが、村人達の懇願から貫通後に仇を討つことで思いとどまる。1年半後二人して鎚打つ姿があったが、遂にその時が来た。「最後は二人はそこにすべてを忘れて、感激の涙にむせび合う」贖罪と許しの物語である。

「贖罪」は「恩讐の彼方に」から比べれば善悪の彼岸や、宗教的価値観を語る崇高な物語ではありません。だが、エンターテイメントとしての物語としては文句無く楽しめます。”宮部みゆき”や”小川洋子”では語れない”湊かなえ”の世界が今後構築される事を期待しています。
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本屋さん大賞の本は、本当に面白い本が取る。今回改めてそう思った次第です。

4月に本屋さん大賞の発表があり、出遅れて図書館に貸し出し予約をしたら1500番台でした。・・・天文学的番号、待つこと半年、それでも500番台まで待ち、この調子だと年明け来春かと諦めかけていましたが・・・ついに我慢できなくなった妻が本書を買いましたので、読むことができました。
一つのフィクションを精緻な筆で書き上げる力量に大感激してしまいました。絶賛です!

今年の本屋さん大賞本が新人なのでリスクが高く図書館で済まそうとした私が愚かでした。あまりの面白さに引き込まれ268ページを1時間半で一気に読んでしまいました!


私は、小説家小川洋子が好きだ、博士の愛した数式は本屋さん大賞を取る前に読み、聞きなれない賞を取ったらしいと知った時は、本屋さんがあの本を一押しするのはむしろ当然だ程度にしか思わなかった。

爾来本屋さん大賞受賞作を読むようになったが、本屋さん大賞受賞作は、外れが少ない。

芥川賞や直木賞も素晴らしい賞だが、いまひとつ世界に入りきれないで途中で挫折する作品も少なくない。

今年の本屋さん大賞は、新人デビュー作と聞いて、期待していなかった為、こんな素晴らしい作品に出会えるのが、半年遅てしまいました。新人離れして凄い!作品でした。またまた好きな作家が増えてしまった。

本書の内容は、保育園児のわが子を、水死事故でなくしてしまった、シングルマザーの中学教師が、娘の死は事故ではなく、自分のクラスの教え子によって意図的に殺害され驚くべき事故の真相を知ってしまった・・・そしてその恐るべき復讐と事件は新たな悲劇をもたらす。

第一章聖職者
において、わが子を亡くした女性教師が、終業式の日のホームルームで、その真相をクラス全員に語ったのでした。

私が真相を知ったにもかかわらず、AもBも普通に学校に来ています。学校に警察が来た気配もありません。

どうしてか。

私は、悦惚の表情を浮かべながらすべてを告白し終えたAに言いました。それでもこれは事故です。

決して、あなたの望む猟奇的殺人事件なんかにはしません。

すべてを告白し安堵のため息をつくBと、我が子の告白に言葉を失い呆然としている母親に言いました。

母親としてはAもBも殺してやりたい思いです。

しかし私は教師でもあります。

警察に真相を話し、然るべき処罰を受けさせるのは大人としての義務ですが、教師には子供たちを守る義務があります。警察が事故と判断したのなら、今さらそれを蒸し返すつもりはありません。なかなか、聖職者っぽい発一言だと思いませんか?

仕事から帰り事情を知ったBの父親から電話がかかり、賠償金の話をいただきましたが、私はそれを断りました。

私がお金を受け取れば、Bにとってはそれで事件が終わったことになってしまいます。私はBに、自分の犯した罪を忘れず正しい道を歩んでいってほしいのです。Bが罪の重さに耐えきれなくなったときには、どうかお父様方はBを温かく見守り、支えてあげてください。これも、なかなかいいですね。

Aがまた殺人を犯したらどうするんだ?

冷静ですね、ゲーム脳というのでしょうか?HIVの話より殺人事件の話の方が落ち着いて聞けるなんて、私には理解しがたいことです。ただ、Aがまた殺人をというのには誤りがあります。

竹中さんが家に来てくださった晩、私は学校に来てポシェットを分解し、もう一度回線をつなぎ直し電圧を測りました。細かい数値は省いて結論だけ言いますと、心臓を患っている人ならともかく、たとえ四歳の子供でも、あれで心臓を停めることはできません。試しに直接触ってみましたが、以前、外れかけの洗濯機のコードを濡れた手で触って感電してしまったときの方がよっぽどひどかった、という程度でした。

愛美は気を失っていただけだったと思います。先程も言いましたが、愛美の死因は『水死」です。事件の翌日、Aは愛美がプールの中から発見されたことを知り「何で余計なことをしたんだ」とBに詰め寄りました。言葉の意図はまったく違いますが、私も同じことをBに言いたかった。助けを呼びに来てくれなくてもいい、せめて、そのまま逃げてくれればよかったのに……。

そうすれば、愛美は生きていたはずです。
*
私は聖職者になりたいなどと思っていません。

警察に真相を話さなかったのは、AとBの処罰を法に委ねたくなかったからです。

殺意はあつたけれど直接手を下したわけではないA。殺意はなかったけれど直接手を下すことになったB。

警察につきだしたとしても、二人とも施設に入るどころか、保護観察処分、事実上の無罪放免になりかねません。

Aを感電死させてやろうかと思いました。Bを水死させてやろうかと思いました。しかしそんなことをしても愛美は戻ってきません。

そして二人が自らの罪を悔い改めることもできません。私は二人に、命の重さ、大切さを知ってほしい。それを知った上で、自分の犯した罪の重さを知り、それを背負って生きてほしい。では、どうすればいいのか。まさに、そういう生き方をしている人がいるではありませんか。

(略)

牛乳、全部飲み干しているみたいですが、違和感、例えば鉄臭いなとか、変な味がするなとか、感じませんでしたか?中身の見えないパックの牛乳だからできたことなのですが、私は二人の牛乳に今朝採取したての血液を混入しました。

私の血液ではありません。二人がいい子になるように、そんな願いをこめて世直しやんちゃ先生、桜宮正義先生の爪の垢ならぬ血液(HIV感染者)をこっそりいただいてきました。

どうやら、ほとんどの人は気付いているようですね。

効果が出ているかすぐにはわかりません。ぜひ二、三ヶ月後、血液検査を受けてみてください。出ていれば、通常五年から十年と言われていますが、そのあいだじっくりと命の重さと大切さを実感してみてください。二人が白分の犯した罪の重さを知り、愛美に対し心から申し訳なかったと反省し謝罪してくれることを、切に望みます。そしてクラス替えはありませんので、みんなは決して二人を除外しようとせず温かい目で見守ってあげてください。

死にたい、などと軽々しくメールを送る人はこのクラスにはもういなくなるのではないでしょうか。私はこの先どのように生きていくか、まだ決めていません。もしかすると自分で選択する余地などなくなるかもしれませんね。そうなると猶予は効果が現れるまででしょうか。「効果が出なかったら?」そうですね、交通事故にはくれぐれもお気をつけくださいとでも申し上げておきましょう。

この春休み、私は事件後一緒に暮らし始めた結婚するはずだった人、愛美の父親だった人の最期の日まで二人で穏やかに過ごしていきたいと思っています。みんなも有意義な春休みを過ごしてくださいね。一年間ありがとう。これで、終わります。


第二章は殉教者
先生が去ったあとのクラスのことを、Bこと下村直樹の幼馴染で後にAこと渡辺修哉に思いを寄せる委員長の北原美月さんに、語らせる形式で描いた。

悠子先生が去った後後任お、馬鹿な熱血教師という自己愛におぼれる新米教師寺田良輝がかき回すの殺伐としたクラス、そして下村直の不登校、渡辺修哉へのイジメ、巻き込まれる北原美月さん。

なぜ殉教者なのかは、第二章を読めばわかりますが、五章六章でも北原美月は殉教者となった緻密な伏せんです。

第三章は慈愛者
下村直樹は熱血教師に不登校を追い詰められ、母親を殺してしまった。その姉の視点による、弟が母を殺したいきさつ、真相が母親の日記によって語られる。母が弟を殺したのは正当防衛だった事実がわかる。
下村直樹の母親が息子に対する過剰な慈愛も、今事件の遠因であったことを、圧倒的筆力で下村直樹の生い立ち家庭環境を読者に開示している。

しかし、こういった家庭はなにも下村直樹の家庭、母親に限ったことではないことを読者たちは理解している。この「告白」が単なるフィクションを超え、我々の現実である日常に深く迫ってくる迫力に、皆この本に引き込まれるのだろうと思う。

第四章求道者
犯人の下村直樹の視点で語られる、事件の真相。母親を殺した経緯がこれまた事件の本質はこうなのか?と引き込まれれうように書きこまれている。この安易なかわいそうな生き物は、読者(私)自身の代弁でもある。人間は誰でも気高く崇高に生きていると錯覚している。人間の本質には醜くエゴイスティックな感情というものが内在していることになかかなか気がつかないものである。この愚かな少年を通し、私(読者)は己のエゴの存在を確認してしまった。求道者とは己に向き合う、そんな著者のメッセージであろうか?

第五章信奉者
犯人の渡辺直哉の生い立ちそして、彼が語る事件の真相、そしてその後の驚くべき展開が語られているが、ここで私が書いてしまったら、水戸黄門が8:10に印籠を出してしまうもので、面白さが半減してしまう。ので申し訳ないが何も示唆しない。ただフロイトの心理学が露骨な形で具現化した人間の生い立ちと心のうちである。
信奉者とはフロイトの信奉者はたまた、母親の愛の信奉者であったろうか。

第六章伝道者
さらに復習の鬼となった母親が、最後に渡辺直哉に下した制裁と、その後の事件を氷解させるフィナーレだ!
この伝道者にこめられた著者の意味は、少年犯罪、そして人間のエゴを抉り出し、読者のエゴと偽善を認識させたうえで、魂を磨かせる伝道者をわが子を亡くした女性教師悠子に語らせたのかもしれない。

本書は、関係者すべてのリアルな家庭生活、それぞれの視点で語られる事件、そして次ぐ次と明かされていく真相。一つの事件を各視点で語りながら、結果事件全体を読者は俯瞰出来る作品を作り上げた。

それぞれどのように事件を捉え、事件の真相とは、それぞれの視点によって画一ではなく、どんな事件でも真実は一つではないかもしれないことがよく解る。

ああ、すごい書き手が出現した!

今頃になって絶賛するのも恥ずかしいが、とにかく私は絶賛します。


このフィクションの世界は、実は21世紀初頭日本全国各地で繰り広げられる、家族殺人や通り魔、殺人事件の多くの悲劇は、一つ一つ単純な理由ではないのだろう。

加害者、加害者家族、被害者家族のそれぞれの思いがあり、同じ事件も見る角度でまるで違うこともあることを示唆させます。

この事件で真っ先に思い出されるのが、神戸連続児童殺傷事件少年A,佐世保小6女児同級生殺害事件、光市母子殺害事件・・目を覆いたくなるような事件の影には被害者加害者の家族が居て関係者が、誰にも話したくない思いがあるはずである。

そして、リンゼイさん殺害事件の市橋容疑者が逮捕された、リンゼイさんの家族、市橋容疑者の母、それぞれは、「告白」で描写されたような家族の苦悩かかえているのだろう・・・
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