
『流』(りゅう) 著者:東山 彰良(ひがしやま あきら) 出版:講談社 第153回直木賞(平成27年上半期)受賞作品!
東山氏は台湾出身の作家でこれまでにも推理小説作品で「大藪春彦賞」等を受賞。直木賞候補となった今作『流』は、推理小説の要素を含みながら、自身の祖父の国境を越えた闘いと家族・親族の紐帯、そして祖父の死の解明、自身のルーツを辿りつつ、1970年代の台湾を舞台にした「大河小説」「青春小説」の要素も含んだスケールの大きな作品だ。
妻や息子、娘、他人には厳しい祖父だが、孫である主人公、葉秋生(イエ チョウシェン)には優しかった祖父が、1975年の台湾、国民党の偉大なる総統、蒋介石が死んだ翌月に何者かによって殺された。
祖父、葉尊麟(イエ ヅゥンリン)は、大陸山東省出身で、匪賊、やくざ者として大戦中、国民党の遊撃隊に属し、共産党に属す多くの村人を惨殺した。
日本が敗戦により大陸から撤退すると、国共内戦は激しさを増し、徐々に追い詰められていく国民党に属していた、祖父は何度も死線をかいくぐり、最後は命からがら家族と仲間達は台湾へ渡る。
台湾に渡った葉一家と兄弟分は台北に住み、祖父は布屋を始め、一家と兄弟分の家族の面倒も見る親分肌で、両親を内戦で亡くした兄弟分の息子も自分の息子として育てる、義理人情には厚い人であった。
そんな祖父が、一体誰に、なぜ殺されたのか?
自身に流れる血のルーツは?
作者東山氏は、自身を投影したと思われる当時17歳の主人公、秋生の祖父殺しの犯人捜しを描きながらも、当時の台湾の世相・文化、家族・親族、祖父の兄弟分との紐帯、秋生の高校生活や仲間との友情、淡い恋物語、そして大陸を渡った自身のルーツを遡るという様々な要素をふんだんに取り込みつつ、見事に作品として完結させた。
まさに推理小説というジャンルの枠に収まりきらない、壮大な大河・青春群像小説とも言える。
蒋介石死去前後の台湾の世相は、日本人の読者には余り馴染みがないであろうし、当時の台湾の置かれた状況や、海峡を渡れば敵地であり、海を隔てた戒厳令状態の緊張感、国威発揚の愛国教育、統制政治の状態にあったことは、私は以前に金美麗女史の本を読んで初めて知った次第だ。
この作品は、その当時の台湾・台北の混沌とした状況や市民の生活も活き活きと描かれ、またいわゆる独特の中国文化や家族制度を知るうえでも貴重な資料とも成り得る。
直木賞「流」が20年に1度の傑作と称賛されるわけ
2015年9月2日重里徹也 / 文芸評論家、聖徳大教授
人間が生きていくよりどころとは何だろう。家族だろうか。仕事だろうか。民族や国を挙げる人も世界にはいるだろう。イデオロギーや宗教だという人もいることだろう。おくればせながら、一気読みをしてしまいました。
人のアイデンティティーをどこに求めればいいのか。直木賞を受賞した東山彰良(ひがしやま・あきら)の長編小説「流(りゅう)」(講談社)を読みながら、何度もそんなことを考えた。時代の流れに翻弄(ほんろう)されながらも、矜持(きょうじ)を持ちながら、国境を越えて生きる人々の姿が生き生きと描かれていたからだ。
語りかけるような筆致、起伏の多いストーリー
直木賞選考委員の北方謙三が「20年に1度の傑作」と称賛しただけあって、読み応えのある小説だった。語りかけるような筆致と、起伏の多いストーリーに誘われて読み進むうちに、読者は思わぬところまで連れていかれる。
このミステリーの面白さは、舞台になっている台湾という場所にも起因している。輪郭のはっきりした登場人物たち。彼らが暮らす台湾の混沌(こんとん)とした社会。両者が相まって、豊かな作品世界が形づくられているのだ。
主人公が17歳だった1975年に、祖父が何者かに殺されたことから物語が動き出す。一体、誰が犯人なのか。全編を通して通奏低音のようにこの疑問が響き続け、最後に意外な犯人が明かされる。
主人公の祖父は殺された時には、台北市で布屋を営んでいた。波乱万丈の日々を送ってきた人だ。
もともとは中国山東省の出身。賊徒集団に属し、国民党の遊撃隊に身を投じた。第二次世界大戦後、国民党と共産党の内戦が激化する中で、彼は共産党側の多くの人々を殺した。
台湾を舞台に展開するミステリー
やがて、国民党が共産党に敗れて、台湾に逃げてきた。義理人情に厚い人間で、一族や仲間を大切にしてきた。孫である主人公も、彼にかわいがられただけに、彼の遺体を見つけた時はショックを受けたし、犯人がわからないことが、心のしこりになっている。
一方で、物語は主人公の青春をたどっていく。それがとても楽しい。率直でピュアで負けず嫌い。権威や権力になびかず、祖父譲りの義侠(ぎきょう)心も持ち合わせている。切ない恋愛も経験するし、暴力ざたも絶えない。
そして、多くの青春物語と同様に、主人公は自分が何者なのかに悩んでいる。この小説の場合、それが近代史と直接につながっている。
台湾という国の成り立ちは変化が激しい。日清戦争後、清から日本に割譲されたが、第二次世界大戦の結果、国民党政権である中華民国の統治下になった。49年に大陸で中華人民共和国が建国され、国民党は台湾に撤退した。この時に台湾に移った外省人と、それ以前から住んでいた本省人との対立が生まれることにもなった。主人公の一族は外省人であり、いつか大陸に帰りたいという夢を抱いている。
75年は国民党を率いた蒋介石が死んだ年でもある。共産党の中国とは「交戦状態」にあり、言論の自由も抑圧されていた。台湾海峡は東西対立の最前線の一つだったのだ。それは主人公の厳しい軍隊生活の背景にもなっている。国際情勢の緊張感が主人公の日々を左右している。
どこか危うい、「外」から見る日本
民間信仰が、謎めいた幻想的な場面を生んでいることも見逃せない。祖父を救った「狐火」や主人公の前に現れる「幽霊」、軍隊仲間たちと興じる「コックリさん」など、いずれも物語に補助線を引くように重要な意味を持っている。それらは、複雑な社会を生きる人々の生活実感を照らし出す。
読後、台湾で生きる人々の物語が私たちと地続きのように思えてならなかった。つまり、自らが生きる根っこをしきりに考える彼らの姿が、人ごととは思えなくなったのだ。
この本の中で日本はときどき言及される。高度経済成長、バブル経済、優れた工業製品。「外」から見る日本が、どこか危うい感じに思えるのはどうしてだろうか。
私たち日本人はどんな根っこを持っているのだろう。私たちを私たちたらしめているものとは何なのだろう。そんなことをついつい考えてしまった。
一気読みさせる作品は間違いなく傑作であります。20年に一度の傑作って?その20前の傑作って1995年のベストセラーは浅田次郎の鉄道員(ぽっぽや)だったが・・・
その前は・・・1986年沢木幸太郎 深夜特急かな?まあ、大げさなキャッチコピーだが面白いことは間違いない。
台湾は懐かしさとエキゾチックな刺激を受ける魅惑的な印象であった。
この小説もどこか懐かしくエキゾチック日本人にとっての台湾そのものである。
一気読みした直後台湾好きの友人に簡単にメールしたのだがまとめた紹介文
昨年直木賞を受賞した本で東山彰良さんは福岡在住の台湾国籍。五歳から日本で育ったので日本人の感性と台湾人の感性が上手く融合して、面白かった。中身は日本台湾中国の戦時中の話と70年代~バブル時台を行き来するミステリー小説。主人公の祖父が殺害されたことをきっかけに、暴かれる家族の過去、後半は一気読みでした。
本書で保守派である私の視点は、中国人が日本鬼子に中国人が虐殺されたと言っているが、その多くは国民党と共産党の争いでの内戦の巻き添えであった。
皇軍の規律は国民党や共産党と比べ物にならず、戦争中であるからゲリラと一般人を誤って殺害した事件はあったかもしれないが、基本的に強姦や略奪をした将兵は厳しく罰せられていたのである。燼滅作戦で、ゲリラの拠点の村を焼き払ったりしたことはあったが、帝国陸軍は三光作戦などという作戦は存在しない。
それでも多くの中国人が受けたと言う戦争被害の多くは本書に出てくるような共産党と国民党による殺し合いに巻き込まれた話ではないかと思って読んだ。
執筆中