まず自己紹介です。ネット上ではDdogと称しております。(昔、阿修羅という老舗のサイトに投稿する際考えたハンドルネームです。その後も気に入って使用しております。)
私は、皇紀2623年に常陸の国に生まれ、父親は高校で体育の教師をしておりました。何の因果か父親は日教組に入っていた為、実家では朝日新聞と赤旗を購読しておりました。今思うと、思想形成の時期に左翼の暗黒面へ堕ちこむことなく、今後このブログでの主張に近い「保守本流思想」をもつようになれたものも、朝日新聞など偏向したマスコミがいかに虚報であったか、ヒトとの出会い、読書により気づいたところからが出発点だと思います。一浪を経験し、GMARCHの一つへ滑り込む。小室直樹先生の本と出合う。その後「自称ハード読書人」となる。現在のDdogの主義主張は、偏った読書に加え、株式相場の世界をフィルターとして観た世界観を基に形成されております。皇紀2645年プラザ合意の意味することを悟り、皇紀2646年春某体育系金融会社へ就職。皇紀2651年血迷って結婚。皇紀2653年経済事件にに巻き込まれ2ヶ月ほど重要参考人を体験、桜田門へ通う。皇紀2655年より地方巡業同時にパソコンユーザーとなる。皇紀2661年横浜に中古一戸建てを取得。皇紀2666年より東京本社勤務。労働基準法の違反摘発を恐れた某体育系金融会社は、7時帰社を強制執行するようになり、ブログを書く時間が生まれる。
凡人にとっては平凡な一生を過ごす為に、日々努力を費やし、時には涙してなんとか手に入れることができるのが平凡な日々だと思います。波乱万丈な人生は、一寸気を抜いて生きてしまえば、誰でも歩めるかもしれません。平凡でいたいと思っても運命がそうさせないかもしれません。天与の才と幸運を持ち合わせ、凡人以上に努力した一握りの人は波乱万丈の後、素晴らしい成功が待っているかもしれません。私には、人より秀でた才能などございません。ただ、読書をして好きな音楽を聴き、明日の世界を憂えているばかりです。私は可能な限りの努力をして、平凡な幸せを維持したいと思っています。平凡に生きた証に少しばかり自分の意見を「発言」するのも悪くないことかもしれません。そして、自分の意見に「ご理解」が得れればなお幸せかもしれません。
人生は「人生谷あり崖っぷちあり」ですが、少なくとも今日のところまでは、なんとか平凡な人生を歩んでおります。神様や大黒様・ご先祖様に感謝してこの平凡な暮らしを今後も満喫できたらと願う今日この頃です。
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自称プログレファンの音楽体験もself-introductionします。小学校高学年の時Queenで洋楽に目覚め、70年代プログレッシブロックの繁栄をわずかに体験しました。リアルタイムでプログレの隆盛を体験た最期の世代でしょう。プログレ界最期の希望、憂国の四士UKの分解にてプログレの終焉を看取りました。80年代ディスプリン・キングクリムゾンに失望し、ジェネシスの堕落を憤り、90125はYesのプログレを抹殺する呪いと確信して、プログレはこの世から消えてなくなる「をかしきもの」と思い、周囲が何を聴こうと自分はプログレファンであるという「選民意識」を持つにいたりました。「そして名盤のLPだけが残った」と嘆き悲しみました。以後プログレの香りを求め、ヒーリングミュージック(当時は環境音楽と称しておりました)やケルト・Jazzフュージョンへ関心がひろがる。大学時代(プログレ氷河期)はデビュー前の「米米クラブ」や「くじら」、インディーズ系のライブ、アングラ系の劇団公演へ出没していましたが、就職とともに、音楽生活活動は夜のスナックへ異動。バブル崩壊フレディマーキュリーの死してまもなく私の生活基盤は地方巡業へ突入、個人的な音楽氷河期を迎えてしまいました。地方のFM局でプログレがオンエアーされることは絶無でした。プログレの音に飢え渇き、わずかにプログレの香りを嗅ぐには、CDを集めることしか手段がありませんでした。京都へ転勤となると状況は一変、自分は知らぬ間に90年代ネオプログムーブメントに乗り遅れたことを認識する。失われた10年を埋めるべく、自称プログレファンに復帰。恥ずかしながら最近になって日本のプログレッシブロックシーンの素晴らしさに目覚める。
私は、皇紀2623年に常陸の国に生まれ、父親は高校で体育の教師をしておりました。何の因果か父親は日教組に入っていた為、実家では朝日新聞と赤旗を購読しておりました。今思うと、思想形成の時期に左翼の暗黒面へ堕ちこむことなく、今後このブログでの主張に近い「保守本流思想」をもつようになれたものも、朝日新聞など偏向したマスコミがいかに虚報であったか、ヒトとの出会い、読書により気づいたところからが出発点だと思います。一浪を経験し、GMARCHの一つへ滑り込む。小室直樹先生の本と出合う。その後「自称ハード読書人」となる。現在のDdogの主義主張は、偏った読書に加え、株式相場の世界をフィルターとして観た世界観を基に形成されております。皇紀2645年プラザ合意の意味することを悟り、皇紀2646年春某体育系金融会社へ就職。皇紀2651年血迷って結婚。皇紀2653年経済事件にに巻き込まれ2ヶ月ほど重要参考人を体験、桜田門へ通う。皇紀2655年より地方巡業同時にパソコンユーザーとなる。皇紀2661年横浜に中古一戸建てを取得。皇紀2666年より東京本社勤務。労働基準法の違反摘発を恐れた某体育系金融会社は、7時帰社を強制執行するようになり、ブログを書く時間が生まれる。
凡人にとっては平凡な一生を過ごす為に、日々努力を費やし、時には涙してなんとか手に入れることができるのが平凡な日々だと思います。波乱万丈な人生は、一寸気を抜いて生きてしまえば、誰でも歩めるかもしれません。平凡でいたいと思っても運命がそうさせないかもしれません。天与の才と幸運を持ち合わせ、凡人以上に努力した一握りの人は波乱万丈の後、素晴らしい成功が待っているかもしれません。私には、人より秀でた才能などございません。ただ、読書をして好きな音楽を聴き、明日の世界を憂えているばかりです。私は可能な限りの努力をして、平凡な幸せを維持したいと思っています。平凡に生きた証に少しばかり自分の意見を「発言」するのも悪くないことかもしれません。そして、自分の意見に「ご理解」が得れればなお幸せかもしれません。
人生は「人生谷あり崖っぷちあり」ですが、少なくとも今日のところまでは、なんとか平凡な人生を歩んでおります。神様や大黒様・ご先祖様に感謝してこの平凡な暮らしを今後も満喫できたらと願う今日この頃です。
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自称プログレファンの音楽体験もself-introductionします。小学校高学年の時Queenで洋楽に目覚め、70年代プログレッシブロックの繁栄をわずかに体験しました。リアルタイムでプログレの隆盛を体験た最期の世代でしょう。プログレ界最期の希望、憂国の四士UKの分解にてプログレの終焉を看取りました。80年代ディスプリン・キングクリムゾンに失望し、ジェネシスの堕落を憤り、90125はYesのプログレを抹殺する呪いと確信して、プログレはこの世から消えてなくなる「をかしきもの」と思い、周囲が何を聴こうと自分はプログレファンであるという「選民意識」を持つにいたりました。「そして名盤のLPだけが残った」と嘆き悲しみました。以後プログレの香りを求め、ヒーリングミュージック(当時は環境音楽と称しておりました)やケルト・Jazzフュージョンへ関心がひろがる。大学時代(プログレ氷河期)はデビュー前の「米米クラブ」や「くじら」、インディーズ系のライブ、アングラ系の劇団公演へ出没していましたが、就職とともに、音楽生活活動は夜のスナックへ異動。バブル崩壊フレディマーキュリーの死してまもなく私の生活基盤は地方巡業へ突入、個人的な音楽氷河期を迎えてしまいました。地方のFM局でプログレがオンエアーされることは絶無でした。プログレの音に飢え渇き、わずかにプログレの香りを嗅ぐには、CDを集めることしか手段がありませんでした。京都へ転勤となると状況は一変、自分は知らぬ間に90年代ネオプログムーブメントに乗り遅れたことを認識する。失われた10年を埋めるべく、自称プログレファンに復帰。恥ずかしながら最近になって日本のプログレッシブロックシーンの素晴らしさに目覚める。

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