保守主義とは

保守主義といっても、日本と世界では様々な保守主義が存在しています。
近代的保守主義・政治的保守主義・宗教保守主義、保守主義は、伝統主義者のように「古き良きものへの回帰」への希求をするものばかりではない。ネオコンもNeoconservatism「新保守主義」の訳であるので、保守主義の枠に入ると認識しています。

また日本においては、9.11以降、米国のイラク戦争への考え方の違いから、保守主義を反米保守主義(ナショナリズム)と親米保守主義(対米従属主義)の溝が深まり、日本における保守を大きく二つに分けて分類されています。

もともと、保守主義という言葉は、フランス革命後王政復古の機関紙を、「Le Conservateur」と名付けたことに由来するそうです。

保守主義とは、フランス革命後、その急進的恐怖政治に対して、英国の下院議員エドマンド・バーク(Edmund Burke)が、『フランス革命の省察』を著し、フランス革命を全否定して、フランス革命をイギリスに波及させない思想を、保守主義の誕生とする説がある。
結局、軍事力で制圧する対仏戦争を主導するための思想書として成立している歴史がある。単なる伝統主義とは一線を画す思想であると私は思う。

保守主義とは、革命による急進的変化を嫌うが、単に現状維持を主張するものではなく、ただし、変革を受け入れるにしても伝統や歴史的背景、そこに連なる共同体の存在。宗教的連続性を尊重した上で、変革を容認する思想であると考えています。

また、フランスでの王政復古派は、フランス革命における行き過ぎた民主主義による腐敗と暴力に対峙する思想として勃興してきたものである。

政治には理想と現実に常にギャップが生じるものです、民主主義の理想と現実のギャップの結果、ギャップを埋めるものとして、保守主義思想の発生した歴史的背景があると思います。

日本では、保守主義を、反米保守主義(ナショナリズム)と親米保守主義(対米従属主義)に二分して保守主義を論じるのが今日的傾向ですが、違和感を感じています。

私は自分の思想を、消極的な親米保守主義と自己規定していますが、親米でも反米でもない保守主義者であると考えています。世間一般的な保守の分類に従えば、反米保守主義的立場をとる、江藤淳や、三島由紀夫と自民党主流派に代表される親米保守主義は対峙する思想であるが、私が定義する消極的な親米保守主義とは、双方ともに相容れないものではない。吉田茂より連綿と続く自民党主流派の親米保守主義も反米保守主義もけして二律背反なものとは思わない。

個人的には消極的親米保守主義ではなく、正統保守主義であると宣言したいところだが、西部邁氏の「真正保守思想」と宣言するほど傲慢ではないので、個人的思想を消極的親米保守主義と便宜的に自己規定している。

現在の日本において、反米保守主義政治を成就させるには、ハードルが高く、現実的ではない、「理想主義」であると思う。日本は、憲法を改正し核武装をする覚悟をして、きちんとしたインテリジェンスを持ったうえで、国益を最優先する真の保守政治家と、国際社会を認識できる選挙民によってのみ、反米保守主義は成立するものであると考えています。

日本に親米保守政治の路線を引いた張本人である宰相:吉田茂の選択は、間違っていなかったと思う。敗戦後荒廃した国家を建て直す選択としての、親米保守政治は非常に現実的な選択であった。東西冷戦下、軍事的負担をアメリカに肩代わりさたことにより、経済再建を優先することができた。吉田茂は、「戦争で負けても外交で勝ったこともある」とか「金さえ儲かれば条約でも何でも結ぶ」とGHQに対して放言をした伝説からも、吉田茂の姿勢が窺われます。

日本国憲法の果たした役割は、昭和26年のサンフランシスコ平和条約締結当時の時勢からすれば、非常に現実的な選択であったと思う。平和条約締結と同時に結んだ日米安保条約改定前にさっさと改憲するべきであったのが残念である。60年安保反対闘争の時勢の空気を知らない世代である私からすると、空理空論かもしれないが、朝鮮戦争終結後55年体制が出来る前に改憲するべきだったのだろう。

自民党の中でも改憲派として、鳩山一郎、河野一郎、岸信介が存在したが、改憲は果たせなかった。大勲位:中曽根康弘氏は健在だが、2代目3代目ときたらまったくデキが悪い。現役では中川秀直、平沼赳夫だが、正直頼りがいが無い。

江藤淳は、この改憲を実行しようともしない自民党政治に幻滅した保守主義者であり、「閉ざされた言語空間」(文春文庫)において、不法な状況下で新憲法が想起され、米国が極東軍事裁判の正当性を保つ為、占領下日本の検閲を周到に用意し実行されたか告発している。GHQによる検閲がもたらした、日本人の自己破壊の増殖が、今日自民党を跋扈する、護憲派親米保守議員たちである。

改憲を阻んできた、吉田茂の流れを汲む池田勇人、佐藤栄作、大平正芳、宮沢喜一、現役では加藤紘一、河野洋平、山崎拓、古賀誠、谷垣禎一(名前を打ち込むだけで無性に腹が立つ。)安倍晋三は、村山富一誕生に手を貸しているので、純粋な改憲派ではない。護憲派の議員は、保守主義者に分別していいものか疑問が残るし、親米主義者であるともいえないメンバーだ。

反米保守が、嫌米主義者ではない記述を発見した。江藤淳は、「保守とは何か」(文芸春秋)において、日英同盟が対等な同盟関係であったのは、日清・日露の戦役で勝利した愛国的軍、板垣退助らの自由民権運動以来の政党政治、旧制高校出身の官僚があって上に天皇がいて、国家としての体をなしていた。日米同盟はその点及ばない。日米同盟において対等な同盟国として責任感をもって行動するのであれば、21世紀の半ばまで心配のいらないのではないかとの内容を著しています。

江藤淳がとりあげた「南洲残影」の西郷像と、司馬遼太郎の「翔ぶがごとく」の西郷像には、多少の差異はあるが、合成された私の西郷像は、維新前の西郷も超現実主義者でもあり、革命者でもあり、同時に維新後は保守主義者であった。維新後の西郷は、滅び行く武士階級の守護者として祭り上げられ、太政官政府に対して後の民権運動や大アジア主義思想へ連なる、反政府の保守主義者と定義できる。

玄洋社:頭山満は、日本における民間の国家主義運動の草分け的存在となり、後の愛国主義団体や右翼団体に道を開いた。その思想はやがて、226の青年将校=陸軍皇道派、そして三島由紀夫へと受け継がれていった。理想論的保守主義(現在の反米保守)の源流は、彼らが保守した思想とは水戸学的尊皇攘夷運動の残像であったかもしれない。

保守の思想は、けして守旧の発想ではなく、国家開闢より続く伝統に裏打ちされた現実主義の政治でもあり、明治期の反太政官政府主義、大アジア主義、更には、明治期に新たな思想としての武士道も含まれるのではないだろうか。三島由紀夫や、江藤淳、小林秀雄、西部邁、西尾幹二の思想それぞれが保守主義であることに間違いは無い。例えば西部邁氏が、真正保守思想と自称するのも理解できるが、保守思想を細分化した故に、不毛な対立を招くことだけは避けてもらいたい。

保守主義とは ブログ版-2へ続く。http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/10752004.html