1970年4月10日、ポール・マッカートニーはイギリスの大衆紙『デイリー・ミラー』でビートルズからの脱退を発表ビートルが解散し、60年代は終わった。
1980年12月8日、ニューヨークのダコタハウス前でジョン・レノンが暗殺されたジョンレノンが暗殺され70年代は終わった。
1981年5月11日 脳腫瘍を患いアメリカ合衆国フロリダ州の病院で死去。36歳
1991年11月24日、クイーンのヴォーカリストとして絶大な人気を誇ったフレディー・マーキュリーが45歳で、この世を去った。
2009年6月25日午後、ロサンゼルス市内の病院でマイケルジャクソン死去、一つの時代の終焉である。
1980年12月8日、ニューヨークのダコタハウス前でジョン・レノンが暗殺されたジョンレノンが暗殺され70年代は終わった。
1981年5月11日 脳腫瘍を患いアメリカ合衆国フロリダ州の病院で死去。36歳
1991年11月24日、クイーンのヴォーカリストとして絶大な人気を誇ったフレディー・マーキュリーが45歳で、この世を去った。
2009年6月25日午後、ロサンゼルス市内の病院でマイケルジャクソン死去、一つの時代の終焉である。
晩年は裁判などで話題 マイケル・ジャクソンさん死去
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090626AT1G2601126062009.html
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090626AT1G2601126062009.html
【ニューヨーク=中前博之】25日、搬送先の病院で死亡が確認された米歌手マイケル・ジャクソンさん(50)の晩年は、スーパースターの転落を絵に描いたような軌跡をたどった。 切れのいいダンスと独特の甲高い歌声で世界を熱狂させたアルバム「スリラー」の発売から27年。90年代以降はメディアへの露出を避け、マスクを常用するなど奇行が目立つように。2003年には子供への性的虐待罪に問われ、05年に無罪評決を勝ち取ったものの、多額の負債を抱えた。(26日 18:09)マイケルの死は日経新聞でも取り上げられた。※ただし日経らしいあまりにも酷い記事である。
マイケル記録的売り上げ、配信チャート独占
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20090627-OYT1T00483.htm
6月27日13時9分配信 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20090627-OYT1T00483.htm
6月27日13時9分配信 読売新聞
【ロサンゼルス=飯田達人】米国ではマイケル・ジャクソンさんのCDやDVDが記録的な売り上げを示しており、自らの「死」によって、かつてのスーパースターの地位を取り戻した形となっている。 USAトゥデー紙などによると、ネット書店大手「アマゾン」の役員は26日、「全体のCD売り上げの60%をマイケル作品が占めている。死後、あっという間に在庫がなくなったので、(発売元の)ソニーに生産を急ぐよう求めた」と語った。アルバム売り上げベスト10をマイケル作品が独占しているという。 米アップルの有料音楽配信サイト「iTunes(アイチューンズ)」でも、アルバムのダウンロード数ベスト10のうち9作品を占めた。 米通信大手「AT&T」の携帯メール交信量は、死亡直後に過去最高を記録。また、ネットオークション大手「イーベイ」によると、マイケルさんの関連商品の値段は、平均約30%上昇したという。 最終更新:6月27日13時9分
「ストレスが死を招いた」親友ユリ・ゲラー氏が語る
スーパースター証明するために必死
http://www.zakzak.co.jp/gei/200906/g2009062709_all.html
スーパースター証明するために必死
http://www.zakzak.co.jp/gei/200906/g2009062709_all.html
マイケルの死の原因について、スプーン曲げで知られる親友の“超能力者”、ユリ・ゲラー氏(62)が発言した。ロンドンで7月に予定されていた復活公演を目前に抱えていたストレスが死を招いたという内容で、マイケル同様に世間から奇異な目で見られがちな立場から冷静に分析をしている。 ゲラー氏は英BBCラジオに対し、子供への性的虐待疑惑で経歴に傷がついたマイケルは、自らが依然スーパースターであることを世界に示すため、必死になっていたと証言した。 50回に及ぶロンドン公演について、ゲラー氏は「ただ、ぞっとするほどの長さだ」とし、マイケルが「自分はナンバーワンだ、自分はまだマイケル・ジャクソンだ、今も『スリラー』を届けられるんだということを世界に証明したいと思っていた」と説明。 「ロンドン公演への期待とストレス、不安は巨大だった。それが彼の心臓を止めた」と分析した。 ゲラー氏はマイケルの死を「夢だと思いたい」と嘆き、「彼が間違ったことをしたとき、怒鳴りつけたこともあった。あんなに近くにいた友人がいなくなり、去ってしまったことが信じられない」と話した。 それにしても、親友の死は予知できなかったのだろうか…。
ロックスターは死して伝説となる宿命をやどすものである。
ジャニスジョップリン、ジミヘンドリックス、早すぎる天才の死、ボブ・マーリー、ジョン・レノン、フレディ・マーキュリー・・・何故もっと長く生き、我々に神からの贈り物をもっと沢山届けて欲しかった・・・
マイケル・ジャクソン、は生前から King of popとしてすでに、生き仏として伝説の主人公であった。彼の芸術は衝撃的でもあり、プログレを愛する私でさえpopsでありながら、常に先進的前衛な手法は尊敬に値しました。
シングル「スリラー」のビデオ・クリップは、「ブルース・ブラザース」などで有名な映画監督のジョン・ランディスが監督し、制作費には80万ドルという巨費が投じられ、80年代小林克也ベストヒットUSAで初めてオンエアを観た衝撃は忘れられません。
全9曲のアルバム「スリラー」からは、全米チャートのベスト10になんと7曲がランク・インし、グラミー賞では、史上最高の8部門での受賞という快挙は、音楽の堕落だと嘆いたものでしたが、ビデオクリップと音楽の融合は商業化された当時がすでにこのマイケルのビデオクリップが絶頂期であったかもしれない。これ以降マイケルもビデオクリップもスリラーを越えられなかったのはなんとも皮肉る。
実は昨日、会社の年休取得キャンペーンで休みを取り、家族で東京ディズニーランドへ車で向かおうと、車のエンジンをかけ、J-Waveにスイッチが入った途端飛び込んだニュースでした。
マイケル・ジャクソンといえば、ディズニー・ランドを1人で借り切ったなんて言う話しは、彼にとっては、掃いて捨てる逸話の一つにしかすぎませんが、自宅を遊園地にしてしまったスーパースターの衝撃の死のニュースを聴くタイミングとしては、なんとも皮肉なものでした。
TDLでマイケル・ジャクソン追悼の為キャプテンEOを再上映を是非計画して欲しいものだ。
90年代以降生き仏マイケルジャクソンは、音楽ではなく、裁判やその奇行についての醜聞しか耳にしなかったのは非常に悲しかった。だが不思議と、世界中の音楽を愛する人達はそんな彼を生きる伝説として認め愛していた。
自分自身をヒーローにしたおとぎ話の世界を作り上げたと言った方がよいような気がします。その伝説の数々は、かつてのビートルズがやってのけたことに匹敵するスケールの偉業と言って良いかもしれません。
しかし、マイケルは、世界中に自分の私生活のゴシップを半ば意図的に流していたような気もしますが、彼の本当の世界はしっかりと閉じられていて、外部の者の侵入をけして許さないようにも見えました。
我々はその閉ざされた塀越しにマイケルジャクソンのファンタジーワールドの外周を眺めただけなのかもしれません。マイケルの心はの中はけして人前に曝さずにいたと思います。
マイケルにとって、彼の生きる世界は最も居心地の良い場所であり、彼はその世界を作り出していたと思うのです。そう、エンターテイメントのステージの延長線が彼のファンタジーワールドだったのかもしれません!
そして、世俗との関わりは、マイケルにとって苦痛以外の何物でもなかったのかもしれません。
私は、マイケルではスリラーやビートイットよりもこの「Heal The World」が最も好きです。ジョンレノンのイマジンに通じるマイケルの魂がこの曲ではないかと思います。
今は、生前癒されことが無かったマイケルの孤独な魂が永遠に癒される事を祈りつつ黙祷を捧げます。

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