
日米同盟が揺れている、もちろんその最大の癌は東アジア連合構想などの妄想を抱く鳩山民主党政権にあるが、リベラルなオバマ民主党政権もリベラルが故に北朝鮮を甘やかし、中国とのG2同盟と利害が相反する日米同盟の見直しを画策している。日米中の三角形の距離が日米関係を底辺とした鋭角な二等辺三角形から、日米ともに中国との距離を詰め、日米の距離が開き、3国間は二等辺三角形から正三角形に近付いています。
沖縄の普天間基地の問題もさることながら、80年代中曽根康弘元首相と第40代ロナルド・レーガン米大統領の最高な日米関係所謂ロンヤス関係の頃から、純国産戦闘機を目指したFSX(F-2)をめぐり実は日米同盟はきしみはじめていたのである。
第二次オイルショックを乗り越えた日本は、米国の主要産業であった自動車産業を蚕食し、このままでいけば日本のGDPがアメリカのGDPを越え、21世紀には日本が覇権国家になるのではないかと米国は警戒するようになっていた。当時の日本には米国から覇権を奪取し超大国へ脱皮しようなどとの意志が政府にはまるでなかった。私のような保守主義者の一部は、ここで憲法を改正し軍事力の背景を持てば21世紀日本は高齢化社会になっても衰退する事はないだろうと考えたいました。
しかし、米国には日本に対し非常に高い警戒心を持ち始めてしまったのです。日本経済の膨張ををいかに阻止するため、当時1ドル240円前後だったドル高政策を改め1ドル120円程度まで円高にすることを考え1985年プラザ合意が成立したのである。現在1ドル90円程度ですがそれがもし45円になることを考えれば大変な試練でした。
1986年大変な円高にもかかわらず依然日本経済は輸出産業を除き好調でした。そんな時期に、計画された純国産日の丸戦闘機は、日本が日米同盟を離脱し、将来軍事大国を目指し、覇権を奪おうとするものではないかと猜疑心が高まってもしかたがなかったのかもしれません。自動車産業を日本に奪われ、残された航空機産業まで日本に取られてしまう恐怖心は、名機ゼロ戦を生んだ日本が造る純国産戦闘機を大変な脅威として受け止めていたのかもしれません。米国は何としても阻止したいと考え、横槍が入るのは自然な流れであったのかもしれない。
日本には覇権を奪取しようなどという気持ちがなかったが、日米の高度な政治的妥協(ロンヤス関係)により、純国産を諦め泣く泣くF-16を複合炭素繊維強化プラスチック(CFRP)やガリウム砒素を使った、アクティブ・フェイズド・アレイ・レーダーなど日本の民需産業で培った技術で再構築した機体で妥協となった。ところが、さらにその計画すら潰そうとする米国が、議会を焚きつけ飛行制御のコンピュータープログラムであるソースコードを人質にとりFSX計画を完全に潰しにかかった。
実際当時の報道をリアルタイムで覚えているが、米国側のあまりに理不尽な横暴に、義憤を感じ、私の中にはナショナリズムが高まっていった。私の思想も日米同盟堅持で親米派であったものから、消極的親米派に変えさせた。日米同盟への疑念が日本側にも芽生えたことを覚えています。
米国ではジョージ・フリードマン メレディス・ルバードの”カミングウォーウィズジャパン”(第二次太平洋戦争不可避論)、トムクライシーの小説・”日米開戦”がベストセラーになり。日本では かわぐちかいじ氏の漫画 ”沈黙の艦隊”などの日米激突の作品が生み出された。
そのFSXの舞台裏での戦いを描いた作品、手嶋龍一氏の労作 ”ニッポンFSXを撃て”副題:たそがれゆく日米同盟(新潮社)は、克明に当時の様子を生々しく追ったノンフィクションとして第一級の資料です。

”甦る零戦”はこの”ニッポンFSXを撃て”で、屈辱を味わった日本側の雪辱を果す為に水面下でどういうことが行われ、F-22の導入問題と心神がATD-Xが水面下で激突し、また米国側の理不尽な動きによりF-22の導入が阻止され、今度は日本がATD-Xを第5世代の次、第6世代もしくは5.5世代戦闘機を目指す悲願の純粋国産戦闘機「甦る零戦」へ発展させようとしているのか、本書は詳細に書かれております。”甦る零戦”はいわばそれからの”ニッポンFSXを撃て”、いわば著者は違いますが続編に当たる本であります。
元NHKワシントン支局長手嶋龍一氏は今更説明することもないとは思いますが、著者 春原剛氏は日経新聞編集委員である。
私が読んで面白かったのは「ジャパンハンド」(文芸春秋)ですね


前置きが長くなりました。
まずは、自衛隊発足後、日本の主力戦闘機がいかに米国に振り回され、純国産開発機が必要なのか以下の文章でおわかりになると思います。
P24~25
P24~25
戦後、日本はジェット戦闘機について常に米国の「お下がり」とも言える、一世代、あるいは二世代前の技術をべースとした戦闘機を多額の資金を投入して購人する道を歩んできた。初のジェット戦闘機、F86から始まり、最新のF15までその構図は変わらない。 現在、航空白衛隊が主力戦闘機と位置付けているF15についても米軍は最新鋭のアクティブ・フェーズド・アレイ一位相配列一方式を採用した「APG63レーダー.V3」を搭載しているが、自衛隊にはその二つ前の機械式レーダー「V1」のみを提供している。 特殊な半導体素子を使って広範囲をカバーするV3に比べ、機械的な首振り動作を伴い、レーダー反射断面 積(RCS)も大きい「Vl」型は敵レーダーに発見され易い。にもかかわらず、米側はこれに関する技術情報を日本に開示せず、提供もしていない。つまり、同型の戦闘機にも拘わらず、日米両国ではその性能に大きな差が付けられているのである。 しかも「一世代前」の代物にも拘わらず、日本は戦闘機の世代交代ごとにその購人価格を五倍にされ続けてきた。最初のF104が四億円だったのに対して、次のF4は二十億円、さらにその次のF15には百億円という価格が付けられていた。この法則を踏まえれば、第五世代のF22の一機当たりの購入価格は実に五百億円にも上ることになる。 自衛隊、防衛産業関係者はこれを自嘲気味に「戦闘機価格五倍の法則」と呼んでいる。 さらにもう一つ、自衛隊関係者を苛立たせ続ける案件があった。それは最新鋭の兵器技術移転にはつきものの「ブラック・ボックス」問題である。 たとえば、北朝鮮による弾道ミサイル発射実験の際、日本でも一躍脚光を浴びたミサイル防衛(MD)システムについても、システム全体の性能を決定づけるソフトウェアの部分は今も多くがブラック・ボックス化され、米側はその「手の内」を日本側に明かそうとはしていない。 後述するが、1980年代後半に日米間で一大紛争となったFSX(次期支援戦闘機)共同開発問題の際にも米側は枢要技術である「ソース・コード」と呼ばれるソフトについて一部、ブラック・ボックス化を主張した経緯もあった。 この「不平等条約」とも言える負けパターンを何とか変えたい。航空幕僚長就任とともに田母神はそう考えるようになった。だから、航空機を超えた戦略兵器と位置づけられたF22導入問題に際しても田母神は対外的には「のどから手が出ている」と表明する一方で、舞台裏では航空幕僚監部の事務方に「ブラック・ボックス付きならF22を導入しなくてもいい」とまで言い切っていた。 「性能ありき」だけの選定方法では米側がブラツク・ボツクス化の撤廃などは「条件交渉」に応じることはあり得ない。日本が米国製の最新鋭装備を欲しがる限り、米側は端から日本の足元を見るからだ。それでは「世代遅れ」の技術に日本は多額の金を投じ続けることになる。これを変えるためには何か思い切った考え方が必要になる。
日本をパートナーとして米国は扱わず、下僕もしくは金づる程度にしか考えてこなかった。米国側に屈辱的な不平等条約を結ばれてきた怒りは、純国産戦闘機開発への動機となっている。
p32~33
当時、苛烈を極めた日米貿易戦争を鎮火させるため、FSXは日本が知らない間に米議会の格好の「スケープ・ゴート」となっていたのである。 FSXに向けたF16の改造点はまず、胴体に先進材料を使用して、その全長をやや延ばす。 主翼は面積を増やし、材料には日本が得意とする一体成型複合材を採用。対空、対艦双方に使える全方位の新型レーダー、レーダーに映りにくいステルス技術、さらに複数のコンピューターを駆使して機体を制御する最新の技術、すなわちCCV機能などについても、日本独自の披術を盛り込むという内容だった。 「武器分野の共同開発の一歩になり、今後も技術交流が重要になる」 1988年6月、来日したフランク・カールッチ国防長官は防衛庁長官・瓦力と日米防衛首脳協議に臨み、こう述べた。懸案の米側分担比率については、開発費の35~45パーセントにすることで最終的に合意した。 11月29日午前、日米両国政府はFSXの共同開発に関する交換公文と了解覚書を締結。 日本政府が同日の閣議でこれを正式に決定した後、外相の宇野宗佑と駐日米大使のマイク.マンスフィールドが書簡を交換、さらに防衛庁と米国防総省が了解覚書を締結したことで2年以上にも及んだ日米FSX紛争は完全に終結したはずだった…。 だが、レーガンの後を継いだ第41代アメリカ合衆国大統領、ジョージ.H.W.ブッシュは加熱する一方の日米貿易摩擦とテクノ・ナショナリズムの台頭を睨み、日本側にFSXに関する政府間合意の見直しを迫った。日米同盟と貿易紛争を天秤にかけたブッシュが最終的に下した決断は、F16の頭脳とも言えるコンピューターソフトの基本となる「ソース・コード」について一部制限を設けるという折衷案だったのである。 主権国家である日本の戦闘機開発に突然、難癖をつけ、無理やり共同開発に合意させたばかりでなく、作業分担比率一プロダクション・シェア一の約40パーセントを日本側が保証。にもかかわらず、肝心要の技術移転については制限を課すという米側の態度。(何と不平等で、不誠実な対応なのか…) 生え抜きの防衛官僚である守屋は当時、航空機課長として文字通り、FSX問題の最前線に立ちながら、そんな怒りを胸に溜め込んでいった。 ある時、米側のキーパーソンの一人で後に共和党切っての親日派となる国防次官補菌際安全保障問題担当、リチャード・アーミテージと会談した際、守屋はこう言われている。 「自動車は日本に譲った。だから、航空機はいいじゃないか」
私もアーミテージの立場であったなら、「自動車は日本に譲った。だから、航空機はいいじゃないか」と言うしかないであろう。アーミテージは板ばさみにあって彼も辛かったと思う・・・と言っても、あのガタイの良い体型では、痩せる思いとまではいかなかったのでしょうね。
ただ、このあからさまな日の丸戦闘機つぶしは、とても同盟国とは思えない所業でありました。
米国の圧力でカナダやイスラエルは国産戦闘機を断念させられ、二度と戦闘機を自主開発できなくなってしまう。カナダには民間機のボンバルディアが航空機産業として残り、イスラエルは戦闘機以外は有能な武器輸出国だ。しかし主力戦闘機の開発には容易に作り出すことができなくなってしまいます。
カナダのCF-105アロー


イスラエルラビ戦闘機


FSX案



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