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また、p128~130ではフィクションとはいえ、9.11事件の時のCIAとホワイトハウスのやりとりを再現している。
 
ゼロ・アワー、決行の時は近い。驚くような出来事が起きる。
ライス補佐官は時折メモをとりながら聞いているが、取り立ててコメントはしない。
テネツト長官は、これらの情報を受けてCIAが取った対応を伝えた。
「私としましては、これらのコメントを踏まえて、先月末、各地のCIA支局に対し、各国の政府、情報機関と緊密に連携し、テロリストの拠点への監視を強めること、さらには彼らの活動を封じる措置をとるよう指示を出しております」
ライス補佐官は、その説明がホワイトハウスにも速やかな対応策を取れと迫るものに感じられ、微かに不快な表情を浮かべたのだつた。そして次の瞬間に逆襲に転じてきて、あなたたちは大統領を動かすに足る確実なインテリジェンスを携えてここにやってきたのか?と。
「『アルカイダ』のテロ攻撃が、いつ、いかなる時期に、どんな地域で起きると言うのですか。
そして、そのテロは、どのようなものになるか、あなた方は大方の見当をつけているのですか」
テネット長官は額に人差し指をあてて苦しそうな表情をした。
「いいえ、ドクター、率直に申し上げて、分かってはおりません」
ライス補佐官は、これしきのインテリジェンスで大統領に政治生命を賭けろというのかと挑むような眼でふたりを見据えた。
傍らのブラックは形勢が不利とみるや、必死で食いさがった。
「しかしながら、ドクターライス、傍受されたテロ組織の声は、そのトーンがこのところ一段と高くなっております。去年、イエメンで起きた駆逐艦『コール』の事件の際にも、同様に通信量が跳ね上がり、緊張が高まったことを確認しています。情報の信憑性にはかなりの自信を持っておりますが」
ふたりの肩にはCIAという組織の防衛がかかっていた。いったん事が起こってからでは遅い。
CIAに非難の矛先が向けられるのを防ぐためにも、ここはホワイトハウスに警告を発しておかなければならない。テネット長官も、ブラックの塞言に後押しされたように慌てて言葉を継いだ。
「われわれが掴んでいるインテリジェンスには、大きな矛盾点を見出すことができません」ブラックは、次にテロ攻撃が企てられるとしたら、その標的はアメリカ本土そのものだと強く滲ませた。
「『アルカイダ』は、我が国の権益そのものを標的にしようとしております。今度こそアメリカ国内に攻撃を仕掛けてくる可能性が高いとみるべきでしょう。いまこそ、戦略警告を出すべき時だと考えます」
テネットは迅速な措置を、とにじり寄った。
「ドクターライス、オサマ・ビン・ラディンの野望を打ち砕くために、いますぐにも行動を起こし、何らかの対策を講じなければなりません。CIAによる秘密作戦、アメリカ軍による軍事作戦、そのいずれか、もしくは両方を発動し、彼らの動きを即刻、封じなければなりません」
ライス補佐官は、CIA側のブリーフィングにじっと耳を傾けてはいたが、さしたる反応は見せなかった。情報当局のコミント・通信傍受に全幅の信を置いていない様子がその表情からはっきりと窺われた。
「エシュロン」の傍受システムが捕捉した情報によると、国際テロ組織の巨頭、オサマ・ビン・ラディンは、すでに世界の二十ヶ国以上に散らばる細胞に指令を飛ばしていた。傍受された通信はのべ二千二百時間。しかし、誰も行動を起こそうとはしなかった。
この部分はフィクションと思われるが、9.11の真相にけして遠からずであろう。
この、フィクションとノンフィクションの境界にある本書は、断定は出来ないが疑わしい噂も収録してある。
 
ブラックマンデーについての部分は面白い。陰謀論者は人為的な操作があったという説を主張するが、私はシステム売買のコンピューターのプログラムが稚拙であった説が直接の原因であると考えている。本書では巷に出回った噂も収録し、アントニーフリスクことCMEのレオ・メラメッド氏が疑われた経緯、そしてその架空の供述調書にその真相を語らせている。
p101~105
一九八七年の大暴落のあと、市場にいくつかの神話が生まれた、とマイケルは言う。
「ブラック・マンデーは、ニューヨークから始まったといわれる。だが事実じゃない。まず東京と香港の株式市場で前の週からパニック売りが始まっていた。だから市場関係者は、ニューヨークのマーケットが開けば、月曜日は土砂降りになると誰もが覚悟していた。だが、いざ市場が開かれてみると、どんな悲観論も追いっかないほど、猛烈な下げになった。優良株も一斉に投げ売りされて、値段がつかないほどだった。まさしく暴落そのものだった」
「なら、やっぱり、主戦場はニューヨークの株式市場ということになるじゃないか」「それが神話だというわけさ。ブラック・マンデーの本質は、中西部のシカゴにあった。これが僕の見立てだ。もちろん、例によって少数意見だがね-」シカゴのマーカンタイル取引所で『S&P500』といわれる株価指数の先物商品が大量に売り浴びせられ、大暴落を演じている。
指標となるニューヨークの優良銘柄が軒並み記録的な下げとなったのだから当然の成り行きだった。荒くれ者として知られるシカゴ市場の連中も、崖からまっさかさまに落ちていく恐怖に全身凍りついたという」
(略)
「それほどに市場は、株式市況の先行きを悲観したというわけか」
「そうだ、取引が始まって少し時問が経つと、ニューヨーク市場はついに機能麻樽をきたしてしまった。凄まじい悲鳴とともに市場は閉鎖に追い込まれようとしていた。結局、アメリカの市場で実質的に取引が行われていたのは、シカゴのマーカンタイル取引所ただひとつだった」
そうなれば世界中の投資家の売り圧力が、シカゴ市場に押し寄せてくる。それでマーカンタイル取引所はどうなったんだ」
(略)
「あの暴落のさなかだ。財務副長官のリチャード・ダーマンまでもが市場閉鎖に傾いた。暴落の被害を最小限に食い止めるには、他策がなきことを信じたいとい一?心境だったのだろう。ところが、市場閉鎖を求める声に頑として抵抗した男がいたんだ」
(略)
「なら、男の名を教えてやろう。「アンドレイ・フリスクー。マーカンタイル取引所の大立者だ」
p106~110
「ブラック・マンデーの騒動が一息つくと、大暴落で巨額の損失を蒙った人々の怒りの声がメディアに溢れだした。アメリカの最大の権力は、メディアだからな」
こうして、クラッシュを引き起こした犯人探しが始まったという。
「ニューヨーク・タイムズが真っ先に血祭りにあげたのはコンピュータだった。特定の銘柄がある一定の水準を下回れば、自動的に損切りにする。こうしたプログラムが組み込まれたコンピュータが暴落を引き起こした張本人だというのである。ブラック・マンデーのように株価が暴落すれば、コンピユータのプログラムが自動的に株を売りに出す。それが株価をさらに押し下げて更なる暴落を呼び、洪水のようなクラッシュにつながったというのだった。一見すると、もっとも らしいストーリーだろう」
株式市場のシステムに組み込まれたコンピュータこそ暴落の犯人だ――。そうなら、なけなしの資金を株の投機につぎこんだ庶民の恨みの矛先を巧みにそらすことができる。
(略)
「ニューヨーク市場を牛耳る連中はなかなか頭が切れるじゃないか。たしか、大恐慌のときには、ボロ株を空前の高値に仕立てた相場師が血祭りにあげられた。こんどはコンピュータという新たな生け贄を見つけたというわけか」だが実際に調べを始めてみると、コンピュータが犯人だと断じる確かな証拠などどこにも見つからなかった。ニューヨーク.タイムズの記事からも「コンピュータ犯人説」はひっそりと退場していった。
「そこで新たに登場した被疑者――それがシカゴ市場の千両役者にして、金融先物という革命的な商品を編み出したマーカンタイル取引所だった。とりわけ『S&P500』こそ、大暴落を引き起こした張本人だとメデイアは決めつけた。『S&P500』先物は、比較的少額の証拠金を積めば大量に買いつけることができる。レバレッジと呼ばれる挺子の威力を存分に利かしたシカゴ.マーカンタイル取引所の売買システムこそ、悪の元凶だと断じた。ニューヨーク市場の値下がりを増幅させ、全世界の株式市場に壊滅的なダメージを与えた元凶だとね――ニューヨーク.タイムズはシカゴ主犯説を麗々しく書き立てた」
「なるほど、マンハッタンじゃ、ニューヨーク・タイムズの論説は、連邦地裁の判決より権威があるからな」
「全くだ。こうして、シカゴ・マーカンタイル取引所の実力者、アンドレイ・フリスクヘの包囲網が敷かれていった。ブラック・マンデーの前にひそかに大量の『S&P500』先物を空売りしていた者がいる。その真犯人こそアンドレイ・フリスクだと。でなければ、あんな土砂降りのなかで、市場を開け続けるべきだと唱えるわけなどないというのだった。どうだ、説得力のある推論だろう」
「もしそれが本当なら、アンドレイ・フリスクは、『S&P500』が暴落するのを見届けて建玉をひそかに買い戻し、空前の利益を懐にしたことになる」「だからこそ、アンドレイ.フリスクは、一夜にして乏しい蓄えを喪った庶民から恨みに恨まれた。そして、有カメディアの論調が、ついに監視当局を突き動かした。アンドレイ・フリスクは、捜査当局の長時間に及ぶ事情聴取を受けることになった。俺が眼にしたのは、その時のアンドレイ.フリスクの供述調書なんだ。ほとんど諳んじているぜ、いまでも」
 
(略)
ニューヨークは事実上、取引が成立しない状態だったのです。ほかの取引所も同様で、閉鎖されたも同然でした。私たちシカゴは次第に孤立無援の状態に追い込まれていきました。
東京や香港に端を発したツナミは、大海原を渡って何層倍にも威力を増して襲いかかってきたのです。
市場は時に凶暴な怪物に変身する。永年の経験からそう肝に銘じていましたが、実際に巨大なツナミが襲ってきた時の恐怖は譬えようもないものでした。
(略)
ここはいったん市場を閉じて嵐が過ぎ去るのを待つべきだ。そうした声は仲間内にもあったのですが、私は市場を閉じることなど露ほども考えませんでした。いまシカゴが取引をやめてしまえぱ、市場の意思を誰が聴きとるというのでしょうか。ニューヨークの市場はすでに心肺機能を止めていたのですから――
この私にとって、自由な市場はわが命にも代えがたい大切なものでした。
なぜか、とお尋ねなのですか。
それは、私がスギハラ.サバイバルだったからでしょう。そうとしかお答えしようがない。
全体主義の暗雲が覆い尽くすヨーロッパの地から、永い旅路の果てにたどりついた自由の国アメリカ。私の背後には、志半ぱで難れていった幾多の同胞がいる。彼らの遺志を継いで、自由を新大陸に押し広げていく。その先駆けとなると誓ったのです。だから、私は挫けるわけにはいかなかった。自由の国アメリカのシンボルである市場の自由な取引をなんとしても守り抜きたかったのです。自由な取引を担保するこの市場メカニズムは、私、アンドレイ・フリスクの命そのものでした。

スティーブンは感に堪えないという表情で眩いた。
(略)
「自由な市場こそわが命か。それで、マイケル、実のところ、シカゴの大立者アンドレイ・フリスクの手は汚れていたのか」
マイケルはこめかみを軽くマッサージしながら、僚友の質問を受け止めた。
「そこなんだが、アンドレイ.フリスクの身辺をいくら洗っても、大量の先物を売った証拠は見つからなかった。迂回のルートを使って巧妙に売っていたことを示唆する材料も出なかった。捜査書類はそう結論付けている。彼らの情報リークに頼っていたニューヨーク・タイムズも困惑したのだろう。勇猛果敢に悪を追及する論調は影を潜め、フリスク主犯説も静かに姿を消していった」


『SUGIHARA DOLLAR スギハラ・ダラー 手嶋龍一 著(新潮社)』を読む