
井沢元彦氏の本を読むと大概目から鱗の一枚や二枚は落ちるのだが、本書は私にとってあまりにも当たり前すぎて、目から鱗は落ちません・・・いや、やはり随所に井沢氏らしさが光ります。本書は世界各国の言葉に訳して世界中にばら撒いてみてはどうかと思う本です。
日本が世界に貢献してきた役割は非常に大きいことを改めて認識させる本であります。
BBCの調査「世界に良い影響を与えている国」のランキングで日本は2006~2009年はトップ2010年は2位でした。
他の民族が科学や技術を、戦争の際の武器のように自分の利益を追求するための道具にしているのに、日本人はそれを、人類を幸せにするために使っているということです。
第一章 日本のモノづくりが、人類を幸せにした
ホームビデオが叶えた庶民の夢――12
40年前には自宅で映画を観ることはよほどの富豪が自宅に映画館を作る以外不可能だった。
VTRは米国のアンペック社が1956年TV局向けの業務用機器として開発し日本でも1958年頃導入され当時の値段で2000万円もした。しかも巨大なシステムでした。
1970年ソニーが各メーカーに呼びかけ統一規格のU規格を開発40Kg40万円
1975年ソニーベータマックス 20kg22万9800円1時間録画
1976年日本ヴィクターVHS(ビデオ・ホーム・システム)方式発売
日本ビクターの高野ビデオ部長が自社技術を解放し企業の垣根を越えた連合を結成した事で世界標準として成功
自宅にいながらにして、いつでも好きな映画や録画したテレビ番組を楽しめることができる仕掛けを作った。これは最高の贅沢であり、日本が人類を幸せにした典型例の一つと言っていいでしょう。
マイカーの夢を現実にした軽自動車――16
1958年富士重工が「すばる360」を発売、大人4人が乗れ泥道や砂利道を時速60Kmで走り価格を35万円に抑え「庶民が下駄履きで乗れるようなクルマ」を作ることを目標に開発され、日本のモータリゼーションの嚆矢(こうし:物事の始まり・起こり戦いの始まり)となった。
1979年スズキのアルトは爆発的に日本で売れ、現在はインド・中国・インドネシアで庶民の足として新興国のモータリゼーションに切っては切れない役割を果たしている。
庶民の乗れる車を作ろうという軽自動車のコンセプトは、日本だけでなく海外でも受け入れられ、各国でマイカーを持ちたいという庶民の夢を現実に変えたのです。
軽自動車のケースが示すように、技術革新によって大きな物を小さく、コンパクトにするというのが、日本のいわばお家芸です。ということは、日本が今後、どのような技術を開発すべきか、それは自ずと明らかになってきます。
庶民の足となったオートバイ――21
歴史的な大ヒットとなったのが、1958年に発売された「スーパーカブC100」です。全長180cm、高さ101cm、幅66cmで、重さ75kg。排気量は49ccで、価格は5万5000円です。4サイクルエンジンを搭載し、最高時速70kmの優れ物でした。
(略)
スーパーカブには「そば屋の出前持ちが片手で運転できるように」という本冊宗一郎の指示で、クラッチ操作がいらない自動遠心クラッチシステムが導入されています。また、草履やサンダルでも乗り降りがたやすくできるように、低床バックボーンフレームが採用され、足元への泥はねや風を防ぐ大きなレッグシールドも装備されました。また、エンジンの出力が大きいにもかかわらず、燃費が良く、騒音も抑えられています。
そうした使い勝手の良さが受けて、スーパーカブは爆発的にヒットしました。郵便配達や新聞配達、そば屋など飲食店の出前、電気・ガスなどの集金といった地域のビジネスに広く使われるようになったのです。(略)スーパーカブはいまだに現地で売れ続けています。スーパーカブはこれまで世界160力国以上で販売され、2008年には販売台数6000万台という前代未聞の偉業を達成。世界で最も売れたオートバイとなりました。(略)日本のメーカーが現地で生産しているオートバイの台数はいまだに圧倒的です。ホンダが全世界で販売しているオートバイの台数は2007年1年間で1347万台にのぼり、世界のトップメー力ーの座をキープしています。また、ホンダ、ヤマハ発動機、スズキ、カワサキモータースジャパンの4社で世界全体のおよそ4割のシュアを占めています。
ホンダは、「需要のある場所で生産する」という基本コンセプトを維持して、現地生産に取り組んできました。その結果、2008年には海外の生産拠点は22カ国32カ所に及び、ドリームD型(1949年)以来、ホンダが世界で生産してきたオートバイは累計で2億台を超えました。
小型で安くて便利なオートバイという、日本発のコンセプトは世界中で受け入れられ、日々の暮らしを支える庶民の足として活用されているのです。
トランジスタラジオは「縮み」志向のシンボル――25
1952年、東京通信工業(現在のソニー)の井深大は視察でアメリカに滞在中、ベル研究所の親会社ウエスタン・エレクトリック社がトランジスタの特許を2万5000ドル(約900万円)の使用料で公開する意向を持っているという情報を入手し、翌53年に仮契約を結びました。トランジスタを使って何を作るか、社内で話し合った結果、井深の強い意向でラジオを作ることに決まり、東京通信工業は世界初を目指してトランジスタラジオの開発に取り組んだのです。
1955年、東京通信工業は日本で初めてのトランジスタラジオ「TR-55」を発売しましたが、前年にアメリカのリージェンシー社が製品を発売しており、残念ながら世界初の快挙は逃すことになりました。
1957年発売「TR-63」縦11.2cm、横7.1cm、厚さ3.2cm価格は1万3800円(当時のサラリマンの1ヶ月分の給料)が、1958年アメリカで販売を担当していたデルモニコ社の倉庫から4000個も盗まれる事件が起き、ソニーの名前は一躍、アメリカ中に知られるようになりました。この宣伝効果もあって、次に発売されたTR-610は、2年間で国内外合わせて50万台が売れる大ヒットになった。
トランジスタラジオは日本文化の象徴だと主張したのが、韓国の文明批評家である李御寧(イーオリヨン)です。李はその著書『「縮み」志向の日本人』で、従来の考え方とは違ったユニークな日本文化論を展開しています。(略)
縮み志向とは、物を小さくし、織密にすることであり、それこそが日本特有の文化であると、李は言います。古くは、平安時代に団扇を折り畳んで扇子を作ったのがその典型であり、盆栽や石庭、俳句、弁当なども同列にあります。そして、現代の縮み志向の代表として、トランジスタラジオや電卓、ロボット、軽自動車などを本の中で例示したのです。
重さも価格も500分の1になった電卓――30
1959年富士写真フィルム(富士フィルム)が国内初FUJICを発売
1964年早川電機工業(シャープ)コンペットCS-10A発売、縦42cm横44cm高さ25cm重さ25Kg価格53万5000円
井沢氏は500分の1というが、価格は100円ショップで売っているので5000分の1かな。
NHKの番組「電子立国日本の自叙伝」には日本の電卓開発の熾烈な競争によってインテル社のマイクロプロセッサーやLSI技術、半導体製造工業が立ち上がっていった軌跡が描かれている。日本の電卓開発競争は世界の電子化に貢献した役割は計り知れない。
誤差を1000分の1にしたクオーツ時計――34
クオーツ時計という技術自体は、ピエール・キュリーの研究をもとにアメリカのベル研究所が開発し、実際に使われていました。しかし、商品化されたクオーツ時計は、高さ2m、幅1mとタンス大の大きさで、これを腕時計にするためには体積を30万分の1に縮小しなければなりませんでした。実際にクオーツで腕時計を作るのは、限りなく不可能に近い難しさでしたが、諏訪精工舎は祉を挙げて、このプロジェクトに取り組んだ(略)クオーツの技術は時計だけでなく、テレビやパソコン、カメラや携帯電話など多くの製品に使われ、情報社会の発展にも大きく寄与しました。
目標が無謀なほど高くても諦めずに、コツコツと前に進む。現状に甘んじることなく、チャレンジする……。クオーツ腕時計が成功に至った背景には、そういった日本人特有の気質が潜んでいるかもしれません。このような日本人気質は、人間型ロボットの開発にも現われています。
1997年、ホンダが開発したP2一プロトタイプ2型一が研究者の発表会で公開された時、会場に詰めかけた研究者たちの驚嘆と落胆は凄まじいものでした。
それまで、二足歩行ロボットの開発は不可能だとされていましたが、ホンダのP2はまるで人間が歩いているように動いていたからです。また、小型で高出力のアクチュエーターや小型で大容量のバッテリーは当時の技術水準では難しいと言われていたのに、それも見事にクリアされていました。
『人類を幸せにする日本 井沢元彦/著(祥伝社)』を読む
ステレオを携帯にしたウォークマン――39
死亡率が限りなくゼロの新幹線――44
日本の携帯文化を支えた乾電池――49
死亡率が限りなくゼロの新幹線――44
日本の携帯文化を支えた乾電池――49
胃カメラを入れて病巣を撮る――54
太陽光でエネルギー問題を解決――57
誰でも撮影できるカメラの開発――62
世界に広がったカラオケ文化――67
すべての女性が真珠を持てるようになった――71
太陽光でエネルギー問題を解決――57
誰でも撮影できるカメラの開発――62
世界に広がったカラオケ文化――67
すべての女性が真珠を持てるようになった――71
その3
第二章 食べ物でも日本は世界を幸せにした
第二章 食べ物でも日本は世界を幸せにした
インスタントラーメンは、人類史上の画期的発明――78
簡単で長持ち新時代のレトルト・冷凍食品――83
寒冷地でも実る米が、地球を救う――88
持ち運びが便利な缶入り飲料――92
養殖マグロで人類を健康にする――96
世界に広がった寿司ブーム――101
簡単で長持ち新時代のレトルト・冷凍食品――83
寒冷地でも実る米が、地球を救う――88
持ち運びが便利な缶入り飲料――92
養殖マグロで人類を健康にする――96
世界に広がった寿司ブーム――101
その4
第三章 日本独日の文化が、人類の心を豊かにした
第三章 日本独日の文化が、人類の心を豊かにした
世界の子どもたちに夢を与えた、日本のアニメ――108
ハリウッドの監督たちの手本となった、世界のクロサワ――113
将棋は世界一のボードゲーム――118
世界が賞賛する日本の折り紙文化――123
ハリウッドの監督たちの手本となった、世界のクロサワ――113
将棋は世界一のボードゲーム――118
世界が賞賛する日本の折り紙文化――123
人類を救うためにヒトもカネも出す――130
日本は、人類を幸せにする道具として原子力を利用した――134
核戦争を回避する運動の先頭に立ってきた――139
原子力発電の普及で、エネルギー問題を解決する――145
あなたは原子カ発電に賛成ですか、反対ですか――149
日本は、人類を幸せにする道具として原子力を利用した――134
核戦争を回避する運動の先頭に立ってきた――139
原子力発電の普及で、エネルギー問題を解決する――145
あなたは原子カ発電に賛成ですか、反対ですか――149
第五章 日本が切り拓く披術と未来
iPS細胞が、世界の重病患者を救う――158
次世代型ロボットが、生活や福祉をサポートする――163
海水の淡水化で水問題が解決する――167
終章 まとめとしての日本人論――175
あとがき――181
次世代型ロボットが、生活や福祉をサポートする――163
海水の淡水化で水問題が解決する――167
終章 まとめとしての日本人論――175
あとがき――181


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