†戦略的資産
二万二千八百キロの陸地国境を持ち、十四か国と接する中国に最も大きな脅威を与える国はとこか。それはロシアでもインドでもなく北朝鮮だ。
北朝鮮が核兵器の材料となるウランを濃縮している寧辺は北京から数百キロしか離れていない。この寧辺核施設の実態は不明だが、その安仝度は国際基準を大きく下回っているとされる。このため核実験も心配だが、普段でも事故の発生する可能性が高い。その場合、中国には放射線の影響が及ぶかもしれない。北朝鮮は東倉里という場所に大型ミサイル基地を新築し、二〇一二年四月に人工衛星と称して、ミサイルの打ち上げを行った。ここは中国国境に近い。
それでも中国は北朝鮮をかばう。なぜだろうか。
中朝関係を研究している米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)のグレーザー専任研究員は「中国は何が起きても、北朝鮮との友好関係を害しようとしない。北朝鮮の核実験をはじめ、引き続いて行われた挑発行為にもかかわらず、中国は北朝鮮を相変らず戦略的負担(strategic liability)ではなく戦略的資産(strategic asset)と感じている」と語っている
中国が北朝鮮をかぱい続ける理由について、私は六つの点を指摘したい。
まずは(1)北朝鮮が存在することで、韓国に駐留する在韓米軍を中国から遠ざけ、軍事安保上の費用を節約できる。(2)中国が朝鮮戦争に参戦したことを誤りとしないために、北朝鮮と仲違いしない。(3)暴れ者の北朝鮮との仲介役を演じることで、中国に向けられている「横暴」「強圧」との批判をかわす。(4)難民の中国流人を抑える。(5)北朝鮮の地下資源や、安い労働力が利用できる。(6)北朝鮮の経済を上向かせることで、社会変革を促す――だ。
順番に説明していこう。
†米国のアジア進出防ぐ
軍事を通じて周辺国に影響力を拡大する中国に対し、米国は黙って見ているわけではない。外交の軸足をイラン、アフガニスタンからアジアに移しつつある。狙いは「中国封じ込め」だ。
その方針は、ハワイで二〇一一年十一月に聞かれたアジア太平洋経済協力会議でオバマ大統領が表明した。オバマ大統領は「アジア・太平洋地域は米国の経済成長の死活を握る重要な地域であり、米国は躊躇なくこの地域での外交展開を最優先課題として、今後取り組んでゆく」と宣言した。
さらに大統領はその後、「国防予算の削減が、米国のアジア・太平洋地域の軍事力低下につながるようなことは断じて許さない」「米国は太平洋諸国の一員として、長期的なこの地域の発展を図るため、慎重かつ戦略的な決定をした」と、米国の戦略転換の背景を説明している。
この発言を受け、米国はオーストラリア北部のダーウィンに第二次火戦後初めて二千五百人の海兵隊の部隊を駐留させることを決定したほか、オバマ氏は米国大統領として初めて東アジアサミッ卜に参加した。このサミッ卜はASEAN諸国十か国と域外の国で構成されている。
このサミットで中国を除く首脳がこぞって懸念を表明したのが、南シナ海における中国の強硬姿勢だった。米国はアジア、特に南シナ海で緊急事態が発生した場合でも、迅速に対応できる態勢づくりを急いでいる。
米国のパネッタ国防長官は、二〇一二年六月、シンガポールで聞かれたアジア安全保障会議で、二〇二〇年までに海軍の艦船の六割をアジア太平洋地域に集中させ、この地域への関与を強める方針を明らかにした。急速な軍備増強と海洋進出を進める中国を念頭においた発言だ。二〇一二年ヒ月、米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV-22オプスレイを地元の反対にもかかわらず日本に陸揚げされたのは北朝鮮有事をにらんでのことだ。
p162-167
†オフショアーバランシング
こういった大規模な作戦計画の実行は、実は難しくなっている。財政赤字に悩む米国は、企面的に中国と対抗し、北朝鮮を崩壊させ、その混乱を引き受けて新しい国作り行う余裕はない。
米国の将来の外交戦略を読む鍵の一つとして「オフショアーバランシング」と呼ばれる新しい概念がある。クリストフアー・レインという政治学者が『幻想の平和』(奥山真司訳、五月書房)で提唱しているぬので、一九世紀英国外交をモデルにした理論だ。
当時イギリスは覇権国だったが、巧みな勢力均衡外交を展開した。ある国を支援して別の国と対立させ、両国の力を相殺させたり、地域の問題の解決をその地域の国に任せた。
これが今後の米国外交の基調になるとの見方がある。
米国が、ある地域の安全保障の全責任を持つことをやめる。その代わり、防衛の責任をそれぞれの地域の主要国家に移譲するものだ。
(1)欧州、中東の兵力を縮小し、東アジアに軍事力を集中する。(2)陸軍より海空軍重視。(3)負担の共有ではなく、負担を移転する。(4)中東からの米国の後退はテロの脅威の減少につながると同時に、湾岸の石油の自由航行は海空軍が確保する。(5)イラクやアフガニスタンにおけるような国家建設はしない――が基本線だ。
東アジアにおいて、日米安保条約を破棄し、日本に海洋の安全、東シナ海における領土主権防衛、さらに核開発を許す。米国の同盟国である国々がインド、ロシアなどとともに、潜在的な覇権国である中国とバランスするよう促すことを意味する。
米国が地域内の紛争に巻き込まれる可能性を減らし、米国へのテロの脅威も減らせる。また米国に対抗し、大量破壊兵器の保有を目指している国への懸念を低下させることができるとされる。
日米安保廃棄、韓国からの部隊撤退、など、極端な主張も含まれており、この理論が全面的に適用されることはありえないが、朝鮮半島だけみても、米国の関与は弱まっている。 米国は朝鮮半島の現状を維持し、できれば、北朝鮮の友好国である中国に問題解決の責任を取らせるという「オフショア・バランシング」に近い流れが見て取れる。
†体制維持は軍費を節約できる
北朝鮮が何か問題を起こすたびに、中国には、いわば乱暴者の弟を指導する兄のような役割を期待されている。中国にとってもいい迷惑かもしれないが、面倒をかける弟がいることはプラス面もある。
「中国戦略網」というサイトに掲載された「金正目の死去一安定した朝鮮は中国にとって極めて重要」という文章が、その辺の事情をよく伝えている。
それによると、米国は中国を最大のライバルとして見ている。米国は近年、アジア重視の姿勢を打ち出しており、北朝鮮に不測の事態が起きれば、米国にはアジア進出への良いロ実になってしまう。
もちろん南北が統一する事態になれば、約二十万人の米軍が中朝国境の鴨緑江まで進出する可能性がある。精鋭の米軍に対抗するには、中国側は全兵力の五分の一に当たる四十万人の兵力を常時、中朝国境付近および遼東半島に配備する必要があり、全国防費の一五%以上がこれによって費やされる。
それに比べれば、北朝鮮政権が安定を維持することによって、米軍の兵器が「千里」以遠(韓国と日本)の配備に止まるならば、中国は年間五百~六百億人民元以上、十年では四千億元以上の軍事費を節約できる。だから、金正恩体制を支えたほうが得になるので、正恩体制を支持すべきだI――というものだ。
こういう現実的な計算のもと、中国は北朝鮮問題を扱っているとみて間違いない。
†中国への批判と核心的利益
中国の外交政策は、ここ数年で変化してきた。二〇〇五年九月十五目、中国の胡錦濤国家主席は国連創設六十周年特別首脳会議で「和諧世界(調和のとれた世界)」論を提起した。
その内容について胡主席は「歴史を見れば明らかなように、互いに固く結束し、チャンスと課題が並存する歴史上重要な時期に様々な課題に対処する機会を共に掴むことによってのみ、世界の全ての国が人類社会の発展に向け明るい未来を生み出し、持久的平和で共同繁栄の和諧世界を築くことができる」と、説明している。
しかしその後、中国白身、国際社会から批判されることが多くなっている。海洋権益々資源に対する貪欲な姿勢のためだ。
たとえば二〇一〇年には、日本の領土である尖閣諸島の周辺で、中国の漁船が日本の海上保安庁の巡視船に衝突、船長が逮捕された。船長はその後、日中の戦略的互恵関係の観点から釈放されたが、日本国内に強い反中感情を残した。
南シナ海では、中国とフィリピンが領有権を争っている。中国漁船を取り締まるうとしたフィリピン海軍の艦船を、中国の海洋監視船が妨害する事件も起き、中国とフィリピン政府が非難合戦を繰り広げた。
南シナ海をめぐっては中国とベトナムとの間の緊張も高まっている。
中国はしばしば「核心的利益」という用語を使う。国の本質的な利益に直結すると見なす事柄のことで()基本制度と国家の安全の維持。(2)国家主権と領土保全。(3)経済社会の持続的で安定した発展――を意味する。
台湾問題や、二〇〇八年と○九年にそれぞれ大規模暴動が発生したチベット、新彊ウィグルを「核心的利益」と位置づけていた。
しかし、近年、中国はヽ海洋資源確保の点から海洋権益を強く主張するようになってる゜尖閣諸島や南シナ海を「核心的利益」の範疇に含んだとの見方も浮上している。
p168-169
†北朝鮮への影響力
強圧的で、周辺国のことはお構いなしというイメージを持たれている中国は、 こと北朝鮮問題に関しては、大人びた調整役に豹変する。
中国は北朝鮮の核開発問題を巡り、自らが議長役となって北京で六力国協議を開いている。ただ、北朝鮮が過去の合意を守らず、秘密裏に核開発を進めていたことが発覚し、開けない状態が続いている。
しかし、相変わらず、北朝鮮が問題を起こすたびに中国は、六力国協議の再開を持ち出し、そこで問題の解決を図ろうとする。
中国とロシアが中心となり、地域の問題を話し合う上海協力機構(SCO)という組織がある。北朝鮮の問題は、ここでも論議になっている。中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンの六か国が参加しているに 内部告発サイトのウィキリークスが、中朝関係に関連した発言が記録された外交公電を暴露したことがある。
一〇年二月、スティーブンス駐韓米国大使が韓国外交通商省の千英宇第二次官と食事をともにした際、干氏は、「中国の北朝鮮に対する影響力は人びとが想像するほど大きくはなく、中国も北朝鮮に政策を変更させる意志はない」と語った。
また、二〇〇九年四月に中国外務省の何亜非次官は駐中国米国大使に、北朝鮮について「駄々つ子」と表現したほか、同年九月にスタインバーグ元国務副長官と会談した際には、「彼らのことは好きではないが、それでも隣国だ」と述べていた。
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