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日米安保という「国体」

戦後日本のシステムは、どういうものだったのでしょうか。

私は、戦前の「近代の超克」の裏返しだと見ています。大東亜戦争は、日本ではイデオロギー的には「近代の超克」をかけた思想戦だと考えられた。近代をつくったヨーロッパを思想的に乗り越えるのだ、ヨーロッパ的な近代を乗り越えるのだというイデオロギーがあった。それを裏返していうと、あの戦争に負けたのだから、近代に敗北したのだと日本人はとらえたわけです。

ではその後で出て来たものは何かというと、まずは合理主義。非合理な精神主義が日本をおかしくしたのだから、合理主義に転換しなければならない。それから、生命至上主義。命よりも国家が大切だというようなイデオロギー教育を徹底的に行なったから日本人はああいう無謀な戦いをしたというわけです。

次に個人主義。国家や組織というものの全体が重要であって個人は押さえつけないといけない、という発想があの無謀な戦争を起こしたのだから、そこを変えなければならない。この三つの主義が絡まり合って戦後目本の在り方が基本的に決まっていったわけです。

この、合理主義、生命至上主義、個人主義の三本立てで行くとなると、力の変素がほとんどありません。しかし国家本来は、絶対的に「力」によって成り立っています。

では実際には力の要素がどうなっているのかというと、日米安保条約です。一九四五年、連合軍が日本を占領したときに出した神道指令の中で、日本軍国主義イデオロギーを構成した書物として、文部省が編集し昭和十二年から配布した『国体の本義』を禁止しました。ところが一九四九年、ハーバード大学出版局からこの本の英訳が出ています。その英語の序文では、これが日本人の考え方の根本にあるものだとして、アメリカの日本専門家に読ませたのです。日本では禁止されたため忘れられており、二〇〇九年末に私か産経新聞出版から『日本国家の神髄』という題で全文復刻を含む解説書を出版しました。

日本を占領し『国体の本義』を禁止したアメリカが、日米安保という「力」を提供した。日本に国体というものがあるとするならば、国体の一部に日米安保条約が注入されたわけです。

だから日本の保守派は、親米保守になってしまった。アメリカとの関係を崩すことに、保守陣営は形而上的な恐れをもっている。それは戦後システムの中で、「力」の部分で安保条約という細い線に頼り、それによって日本の国体がぎりぎりで維持されている状況だからです。
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私は消極的親米保守を標ぼうしています。
米国が行った犯罪的行為を知り許した上で、米国と同盟すべきだと考えています。

日米安保体制は現在日本において基礎的な政治の原則である「国体」となっていると考えるべきではないだろうか。日本の保守本流が、憲法改正に賛成し安全保障条約を護る理由が日米安保が国体であるからだという佐藤優氏の慧眼に感服した

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天皇のビデオメッセージと首相公選制

しかし、いかに断絶されようとも、その奥には国家の生き残り本能というものがある。それが露呈したのが、二〇一一年の三月十一日、東日本大震災のときでした。

力の要素は日米安保条約に全部預けておいて、それ以外は合理主義的な計算と、生命至上主義と、個人の生活が一番大事だという個人主義でやっていけばいいという現行のシステムでは、日本の国家は生き残れないということが明白になった。あの津波の被害からの緊急避難と、福島第一原発の事故処理に当たって、日本国家の根本である「国体」が、静かな形で動き出したのです。

それが三月十六日の天皇陛下のビデオメッセージです。
「自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々、諸外国から救援のために来日した人々、国内の様々な救援組織に属する人々が、余震の続く危険な状況の中で、日夜救援活動を進めている努力に感謝し、その労を深くねぎらいたく思います」 と天皇陛下は語られました。

ここで自衛隊、警察、消防、海上保安庁の名前を具体的に出したことの意味は大きい。これらの職に就いている人は、国家そのものです。国際基準でいうと、無限責任を負う。職務遂行のために命を捨てることもあるべき人だちなのだと想起させて、この危機から抜け出すためには、命を捨てる気構えが必要なのです、と天皇陛下は訴えられたわけです。

これはいままでの基準で考えれば、明らかに国政に関する権能に属するわけで、憲法規範から逸脱しています。しかし、誰もそのことに違和感を覚えないし、異議申し立てもしませんでした。そしてその状況に関して、現職の川島裕侍従長が「天皇皇后両陛下の祈り」「天皇皇后両陛下 被災地訪問の祈り」という謎解きを二回にわたって雑誌『文語春秋』(二〇一一年五月号、八月号)に書いた。これも異例なことで、日本国家の生き残りの動きの一つなのです。

これは天皇の絶対権力を強め、天皇陛下を中心とする形で国家が生き残っていこうとする動きですが、もう一つ、逆方向ですが、国家機能の強化を担う動きがあります。

首相公選制です。国民から直接公選された首相が、国民から信任を得て独裁的な権力を揮わないと日本国家は生き残れないとする考えです。橋下徹氏の「大阪維新の会」の維新八策にも首相公選が掲げられています。首相公選は天皇の存在と矛盾するともいわれますが、橋下氏は「いや、天皇制と矛盾しない」と言うだけで詳しい説明はありません。いまのところ場当たり的な対応で、天皇陛下との関係を深く考えていないように見えます。

(略)

方向の共和制的動き、両方出て来ている。新しい帝国主義の時代に日本という国家が身悶えしているのだと思います。

しかし私はやはり、首相が国民の直接選挙で選ばれるとなると、権力と権威をともに備え、天皇陛下の権威に抵触することになるのではないかという危惧を拭えません。橋下氏自身もこの問題は微妙だと思っているから、民主党の政治家と会ったときに、天皇は日本の元首であると明言しました。しかし、元首という言葉を使ってしまうのもまた軽率たといわねばならないのです。元首とはあくまで憲法上の規定です。憲法上の規定を天皇が存立する根拠にしてしまうと、神秘性、超越性を失ってしまう。実念論的ではありません。

私は「日本は神の国」でいいと思っています。
そして元首とは外国に向かって国家を代表する機能を持つ存在です。憲法九条の改正とも絡みますが、万が一戦争が起きた場合、宣戦布告と和平の告知をするのは元首です。戦争に勝てばいいけれども、負けたときには確実に戦争責任を問われることになります。そのとき皇統はどうなるのか。たとえ敗戦でも国体を護持しなければいけないというのが先の大戦での教訓だとするならば、国際法的な責任を問われる地位に天皇を置くのが適切なのかどうかという問題になります。しかし橋下氏の思考はそこまで及んでいないのではないか。

自民党の憲法改正案も天皇を元首と位置づけましたが、保守派の城内実衆院議員(郵政民営化反対で離党し落選をへて自民党に復帰)が激しく反対しました。彼は元外交官ですから、天皇は国の象徴であったほうが、元首であるより超越的でいいのだという、国際政治のリアル・ポリティークを知っているのです。そもそも、天皇を象徴とする現行憲法の一条から八条までは、皇室典範の部分を除いては、非常によくできていると思います。皇室典範は皇室の中の、皇統譜に出ている人たちの中の自律事項にして、法体系から外してしまうべきです。そうすれば、皇位継承の問題はすべて解決します。女性宮家の問題も、本来皇室の中で考えることであって、われわれ臣民が云々するべきではないのです。

天皇陛下は日本には絶対必要です。天皇陛下がおられないと、日本は崩壊してしまう。だから、無理に天皇を排除しようとすると、共産党の指導者が宮本天皇とか不破天皇と呼ばれるような、疑似的な天皇が出て来てしまう。権威が権力の源泉であって、絶大な権限を持つけれども、全く責任を持たないという特異点としての存在が、日本という共同体には必ず生まれるのです。

だから皇室の問題はタブーにするべきです。タブーのない社会は悪い社会です。皇室は聖域なのです。聖なるものと俗なるものは区別しなければならない。そのほうが強い日本ができる。マスコミで話題になっている雅子妃の動向などには私は全く関心かおりません。

皇室が大衆社会のなかであれこれ語られて消費の対象になるとき、知識人の一人として、言論人の一人として、語らないという形で関与することも重要だと思う。旧約聖書の「伝道の書(コヘレトの言葉)」にあるように、ものごとには語るときと沈黙するときがある。皇室に関しては、沈黙するときだと私は思います。
首相公選制は、皇室の権威を危うくする可能性が秘められていることに気が付かなかった・・・・ 今後当blogにおいては日本は首相公選制を導入すべきではないという意見に変更しようと思います。