歴史認識問題で、南京大虐殺があったとする人たちが必ず引き合いに出す夏淑琴名誉毀損裁判についてご紹介します。
2009年2月5日、南京大虐殺の生存者・夏淑琴(シア・シュウチン)さんが名誉毀損で東中野修道亜細亜大学教授及びその著書を出版した展転社を訴えていた訴訟で、日本最高裁は被告の上告を棄却した。これにより東中野教授と展転社に400万円の支払いを命じた一審、二審判決が確定した。6日、新華社が伝えた。
南京大虐殺当時の情景を米国人牧師ジョン・マギー氏が撮影したというフィルムのなかに、住民11人が殺害されるシーンが収録されている。当時8歳だった夏さんはこの事件の生存者の一人。一方、東中野教授は展転社より出版した著書『「南京大虐殺」の徹底検証』で、フィルムの少女と夏さんは別人であり、証言はねつ造されたものと主張していた。
夏さんはまず中国で東中野教授らを名誉毀損で訴えた。この裁判は2006年に結審し、夏さんの勝訴が確定した。また日本でも夏さんは提訴し、今回の最高裁で最終的な勝訴が確定した。(翻訳・編集/KT)
(九)一二月一三日、約三〇人の兵士が、南京の南東部にある新路口五番地の中国人の家にやってきて、なかに入れろと要求した。戸は馬というイスラム教徒の家主によって開けられた。兵士はただちにかれを拳銃で撃ち殺し、馬が死んだ後、兵士の前に跪いて他の者を殺さないように懇願した夏氏も撃ち殺した。馬夫人がどうして夫を殺したのか問うと、かれらは彼女も撃ち殺した。
夏夫人は、一歳になる自分の赤ん坊と客広間のテーブルの下に隠れていたが、そこから引きずり出された。彼女は、一人か、あるいは複数の男によって着衣を剥がされ強姦された後、胸を銃剣で刺され、膣に瓶を押し込まれた。赤ん坊は銃剣で刺殺された。
何人かの兵士が隣の部屋に踏み込むと、そこには夏夫人の七六歳と七四歳になる両親と、一六歳と一四歳になる二人の娘がいた。かれらが少女を強姦しようとしたので、祖母は彼女たちを守ろうとした。兵士は祖母を拳銃で撃ち殺した。妻の死体にしがみついた祖父も殺された。二人の少女は服を脱がされ、年上の方がニ、三人に、年下の方が三人に強姦された。その後、年上の少女は刺殺され、膣に杖が押し込まれた。年下の少女も銃剣で突かれたが、姉と母に加えられたようなひどい仕打ちは免れた。
さらに兵士たちは、部屋にいたもう一人の七、八歳になる妹を銃剣で刺した。この家で最後の殺人の犠牲者は、四歳と二歳になる馬氏の二人の子どもであった。年上の方は銃剣で刺され、年下の方は刀で頭を切り裂かれた。
傷を負った八歳の少女は、母の死体が横たわる隣の部屋まで這って行った。彼女は、逃げて無事だった四歳の妹と一四日間そこに居続けた。二人の子どもは、ふやけた米と、米を炊いたとき鍋についたコゲを食べて暮らした。
撮影者は、この八歳の子から話の部分部分を聞き出し、いくつか細かな点で近所の人や親戚の話と照合し、修正した。この子が言うには、兵士たちは毎日やってきて、家から物を持って行ったが、二人の子どもは古シーツの下に隠れていたので発見されなかった。
このような恐ろしいことが起こり始めると、近所の人はみな、難民区に避難した。一四日後、フィルムに映った老女が近所に戻り、二人の子どもを見つけた。彼女が撮影者[の私]を、死体が後に持ち去られた広々とした場所へ案内してくれた。
彼女と夏氏の兄、さらには八歳の少女に問いただすことによって、この惨劇に関する明確な知識が得られた。このフィルムは、同じころに殺害された人の屍の群に横たわる一六歳と一四歳の少女の死体を映し出している。夏夫人と彼女の赤ん坊は最後に映し出される。


P192-193
O「マギーの写真」④
「日本車が入城してきたとき、この家族は全員が日本軍に虐殺された。女性のうち二人がレイプされ、それから殺された。一人は実に恐るべき方法で」
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「悲劇のあとの夏淑琴の家。彼女の家族とイスラム教徒の一家族は、子供や祖父母を含めると十三人になるが、日本車が雪崩れ込んできたとき、そこに住んでいた……
ジョンーラーベの説明によれば、兵士たちは夏淑琴の母と二人の姉をレイプしてから殺した。この情景は南京安全地帯国際委員会のメンバーであったジョンーマギー師がフィルムに収めた」(一八六頁)
この写真は生き残ったという八歳の少女(夏淑琴氏)と、現場にはいなかった隣人の老女性と八歳の少女の叔父からマギー師が聞いたという「夏淑琴氏の家族と家主一家の十一人の斬殺」の写真として使われていく。
マギー師がこの写真119に出ている「第一発見者」の「老女性」に案内されて死体を撮ったのは、フォースター師の記録(一九三八年一月二十五日)によれば、早くともマギー師が八歳の少々に初めて会った日、すなわち事件が起きたと言われる十二月十三日から1ヵ月半がたった一月二十五目のことであった。
それから約五十年、この写真の老女性と思われる「王芝如、女、七二才」が『この事実を……「南京大虐殺」生存者証言集』(平6)に出てくる。王芝如氏は「難民区に避難し」て「二十何日かして家に帰ってみたら」死体を発見し、「草々に弔い事を片付けた」と語ったあと、「夏淑琴、女、五五才」が「王芝如はわたしの叔母で、今言ったのはみんな事実です」三一五頁)と語っている。
この証言が正しいとすれば、そのとき(昭和十三年)二十四歳であった王芝如氏が「第一発見者」となり、マギー師を案内したことにもなる。しかし写真の「女性」は二十四歳には見えない。しかも死体発見後は早々に弔い事を片づけたと言われているのに、「草々に弔って片付けた」死体を写真撮影のために、事件発生から1ヵ月半後に、再び出してきたのであろうか。いずれにしてもマギー師は、この光景こそ市民虐殺の証拠として東京裁判に提出してもよかったのではないか。ところが、彼はそうはしていない。
簡単に言うと「南京大虐殺で生き残った少女の証言は信ぴょう性がない」と東中野教授が書いた本で名誉を傷つけられたとのシナ人の老婆の訴えに対し、東京地裁の三代川三千代裁判長は著者と出版社に400万円賠償しろと判決があった。
日本で出版された本の存在をシナ人の老婆が知るわけがなく、当事者だったかもしれないが、南京大虐殺を否定されたくない中国当局が裏で動いていることは誰の目からも明らかだ。老婆の頭の中は事実とプロパガンダの区別がつかなくなっていると思われる。
国家間の国益が絡むような事案にもかかわらず、三代川 三千代裁判官は単なる名誉棄損とする判断を下した判決は以下。
夏淑琴名誉毀損裁判において、東京地裁の三代川三千代裁判官は東中野の著書『南京虐殺の徹底検証』等における東中野の解釈について「東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く、学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない」とし、東中野の夏に対する主張の核心部分である当事者性の有無について東中野の説は「真実性が証明され(てい)ない」と述べている。 wiki
南京虐殺があったとする伴天連爺さんの話を分かりやすくするために資料を提示しました。名誉棄損については敗訴は多少やむを得ない点もありますが、この判決が南京大虐殺肯定の論拠とするにはお粗末すぎる。
東中野教授の疑問は当たり前すぎて、三代川裁判官の言っている意味がまるで理解できない。
中国の対日宣伝を疑わない知能指数が低い左翼さん達はこの判決をもって、南京大虐殺はあったと、主張するが、私にはまったく理解できない。
夏淑琴が近くの老人に発見されたのは事件から10日後(フィルム解説では14日後)だという。暖房もなく血だらけの少女が厳寒の南京で生き延びたというのは本当だろうか?ずっと家に留まり残飯だけで生き残ったとする証言に疑問を持って当然だろう。
マギー氏の写真解説ではではフィルムに映った老女が近所に戻りと記されているが、夏淑琴は叔母王芝如に発見されたというが、叔母は当時24歳と推定できるのに写真解説と矛盾する。
夏淑琴の証言7:30あたりでは、あの写真は再現写真だと言い出す!!!
あの写真はラーベによる意図的な再現写真であって、証拠でもなんでもないと証言しているのだ!!南京虐殺があったというマギーフィルムの証拠写真はまた一つ捏造と言うことになり、夏淑琴名誉毀損裁判の判決はまったく不当ということになる。
国民党南京防衛司令官の唐生智は12月6日すべての城門を閉鎖した。このため城外の取り残された敗残兵は郊外各所の町や部落で略奪・放火などの自暴自虐の狂演を繰り広げるに至った。「南京事件」はすでにこのとき、支那軍自身の手によっておこなわれたものであり、夏淑琴一家は国民党の敗残兵か中国人の賊によって殺害されたと推測するほうが合理的だ。
12月8日に南京安全区国際委員会が、全市民に安全区に移るよう命令し、警察や支那軍による強制退去が行われ、12月13日には安全区以外の南京には誰も居なかったはずである。仮に12月13日の犯行だとしても、南京は前夜から本格的な戦闘状態に突入しており、南京入場直後日本軍は便衣隊掃討に忙しく、わざわざレイプ目的で夏淑琴一家を襲いレイプしている暇と理由がない。いちいち2人の中国娘を20~30人でレイプしながら中国人を惨殺していたならとても30万人を虐殺することなどできないだろう。レイプ目的なら一人の女性を10人単位でレイプせず、他の女性を物色すると考えるのが自然だろう。もし金品食料目的で侵入したのなら厳寒の南京で10日間生きながらえるだけの食料が残っているという夏淑琴の証言に疑問を抱くのが普通だろう。
東中野教授が疑問を持つのは合理的であり、夏淑琴名誉毀損裁判によって南京虐殺否定を否定する判決だと私には思えない。この判決が正しいと私は思えない。
伴天連爺さんが言う<東中野が誤魔化すことが出来ない写真>は、下の村瀬写真のことと思うが、日本軍が殺害したのではないと元第6師団45連隊第11中隊山砲砲兵指揮官(陸士47期)高橋義彦さんは証言しています。是非リンクを参照ください。

もし、この写真ではないというならどの写真であるか指摘するべきではないかな?
それからこの記事も読んでどう思われえるかな?
伴天連爺さんは、かつて皇軍は悪逆非道の集団だったと懺悔することにより、自分は良心的な人間だと思いこんでいるのだろう。そのことで、己の魂を救いたいのだと思う。
東京裁判史観の反日日本人と中国安企部のプロパガンダを、自分の頭で考えて疑問を持たないというならば、一度脳のMRIで検査することをお勧めいたします。多分左脳ばかり血が巡り、右脳は壊死してるかもしれませんね。(笑)
この下のコメントは是非お読みください!南京大虐殺肯定派の怖いもの知らずの爺様がDdogに噛みつかれて自爆していく様が記録してあります。

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