A級戦犯こそ靖国に相応しい 高山正之】        ジョージブッシュが日本を救ったより


日本の神様はいつも神社にいるわけではない、と柳田国男が『神道私見』に書いている。
神様は祭礼のあるときだけお渡りになる。神社の方も神様が場所を見間違わないように、目印に高い木などを傍に植える。ご神木と呼ばれるものだ。
ご神木がないところでは山から切り出してくる。これが「御柱」になる。
祭礼の準備が万端整うと神様はその前夜、つまり宵宮にやってくる。
そして氏子から初穂を捧げられ、酒肴のもてなしを受けて翌日、帰っていく。
この間、失礼があってはと緊張しきっていた氏子たちは神様を見送ったあと、ほっとして酒を飲んでどんちゃん騒ぎをする。これが「無礼講」である。

ただ、中にはお祭りのときにだけやってくるのではなく、いつも神社におわす神様もいる。八幡様だ。 奈良時代、仏教を信仰しその布教に努めた聖武天皇は全国に国分寺、国分尼寺を建立する。その本山、総国分寺が奈良の東大寺だが、聖武天皇はここに大仏造営を思い立ち、いつもいます八幡様にお願いをしている。
八幡様なら時間のかかる大仏鋳造の間ずっと見守ってくれるからだ。八幡様がいつも神社にいる、つまりそこで寝起きしている証拠に、八幡神社は枕をご神体にしている。

実は他にも常在型の神がいる。菅原道真のように人からなった神様たちだ。
迫真は藤原氏に疎まれ大宰府に左遷され、恨みを呑みながら死んだ。
その後に迫真を追い落した当の人物が急死したり、清涼殿に落雷があったりして藤原一門に次々と不幸が見舞う。「これは菅公の崇り」とみて藤原氏は神社を建ててその霊を慰めた。これが天神様だ。 
ちなみに道真の領地の桑原には雷は落ちない。 それで雷が鳴ると「桑原、桑原」と唱えれば雷に打たれないという言い伝えも生まれている。

 この説話でも分かるように人が神として祀られるのは無念の死を遂げた者たちの霊を鎮める、あるいはその崇りを封ずるためだ。
 無念の残る人たちには兄の桓武天皇に追われた早良親王、讃岐に流されて憤死した崇徳上皇などがいる。その霊は京都の御霊神社や各地に残る御霊塚に神として祀られている。

 文久二年、津和野藩士が幕末の騒乱の中、志半ばにして斃れた殉難志士の霊を祀る招魂社を建てた。これも同じ趣旨になる。
 そしてこれが東京遷都のおりに東京・九段に引っ越して靖国神社となった。
 戊辰戦争、さらに西南戦争に斃れた者が祀られていくが、西郷隆盛については南洲神社を建立、その霊を鎮めている。

 靖国神社にはその後、日清、日露戦争、そして第二次大戦での戦死者が祀られていった。 当然ながら、いかに武勲甲の士官、将軍でも畳の上で死ねば靖国には祀ってもらえない。ここは家族や祖国のために戦い、斃れた、つまり幸せな人生を断ち切られた者を神として祀り、その霊を鎮める所なのだ。

 日米戦争の末期、コーデルーハルは「日本をアジア解放に殉じた国と思わせてはならない」とルーズベルトに言った。大統領はそれを占領政策の柱にした。
 それが「War Guilt Information Program」。日本は侵略戦争を仕掛け、アジアを戦場と化し、残虐非道を働いた。そう日本人にも吹き込んだ。

 日本車は略奪し、女を強姦しまくったと、そのプログラムをまだ信奉する朝日新聞は書く。おまけに多くの女性を従軍慰安婦にして連れて歩いた、とも。
 米国みたいに強姦で済ませば有料の慰安婦は要らないのに。そういう矛盾も気づかない。

東京裁判ではハルの狙い通りに日本は我利我慾に走った侵略国家に仕立てられ東条英機ら七人は平和と人道に対する罪で死刑に処された。
 彼らは白人国家とその尻馬に乗った中国が着せた濡れ衣に二言の文句も言わず処刑台に立った。
 その無念を思えばA級戦犯者こそ靖国神社に最も相応しい人たちなのだ。
 王毅・中国大使がそれに文句をつける。日本通が聞いてあきれる。
 墓を暴いて死者を鞭打つお国柄とはいえ、そんな無礼な口をきいていると、大使よ、あんたが崇られるぞ。
                                (二〇〇五年二月十日号)
ゲストブックに韓国が嫌いだと言う韓国人HI ^ ^から投稿を貰ったが、その返答をした。だが、所詮チョウセン人、その反論に絡むわけではなく一方的に自己主張して結論を頂いた。

私の結論です。

急進的右翼。 
原子爆弾に対する高強度の羞恥心。
日本中心主義、閉鎖的な態度
2次大戦に対する合理化 
利己主義的日和見主義 
脱することができない中国韓国恐怖症 
急進的右翼を批判鋭敏に
いずれも中国工作員韓国人扱い。
両極端的の思考方式=原始人のレベル 
急進的右翼はないとし、自称保守主義。
日本人を下位に置いた発想だ。反発
被害意識。
国家はすぐ自分自身。
理由は原子爆弾に対する深い羞恥心
脱することができない歴史

私は日本と志向する点がほとんど似ています。
性格も似ています。 
韓国人たちは私を置いて日本人とみなします。 
それほど韓国人らと考え方が大きく違います。生まれなのかもしれません。 
日本人とほとんど同じと思うのでベスト友達だと思います。 
しかしあなたは反対します。私が考える日本は日本の左翼とあなたはありません。

たいへん失礼しました。 
お幸せに ^^


私は急進的右翼だそうです。(笑) いったいどんな人間で思想なのか?
彼は私の考え方が日本における少数派で多数派ではないと信じたいようだ。
残念ながら日本は韓国と断交もしくは国交謝絶すべきと考えるのは福沢諭吉以来少数派ではないことを理解できていないようだ。

(略)

シナ・朝鮮二国と日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。(略)教育といえば儒教を言い、しかもそれは表面だけの知識であって、現実面では科学的真理を軽んじる態度ばかりか、道徳的な退廃をももたらしており、たとえば国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。


(略)

もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。「東アジア共同体」の一員としてその繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。日本は、むしろ大陸や半島との関係を絶ち、先進国と共に進まなければならない。ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。

まあ、馬鹿相手に時間を費やすほど暇ではない。
A級戦犯の合祀問題については保守派でも意見が分かれる問題ではある。
合祀は先帝陛下と相談してすべきであったし、憲法を改正するまではすべきではなかった、時期尚早であったこもしれない。しかしながら、祭神として合祀したからにはいかんともし難いだろう。

神道における概念で、神の霊魂は荒魂(あらたま、あらみたま)と和魂(にきたま(にぎたま)に分けられる。荒魂とは神の荒々しい側面、荒ぶる魂である。天変地異を引き起こし、病を流行らせ、人の心を荒廃させて争いへ駆り立てる神の働きである。神の祟りは荒魂の表れである。それに対し和魂は、雨や日光の恵みなど、神の優しく平和的な側面である。神の加護は和魂の表れである。

神道をある程度理解している日本人にとって反日日本人や韓国人達の靖國批判には我慢がならない。死者を鞭打つ文化を持つ中国は韓国の価値観を理解できないが、靖國は日本にあり日本人が持つ文化を侮辱することは許されない行為である。

硫黄島の英霊をなおざりにした国会議員 高山正之サンデルよ、「正義」を教えよう より

 硫黄島は東京の南、千三百キロのところにある。
 南端の摺鉢山から北の端までたった八キロのこの孤島に二万一千人の将兵が拠って米軍と戦った。
 米軍の硫黄島上陸は昭和二十年二月十九日たった。
 彼らは前年秋からほぼ毎日、爆撃機を飛ばして爆弾を降らせ、上陸前には丸三日間、一万五千トンの砲弾を撃ち込んだ。
 「生き残りがいるとしても、その処分は五日もあればいいだろう」と米軍は思った。
 しかし上陸した米兵は正確な砲撃で片端から吹き飛ばされていった。
 最初の三日間で米側の損害は千七百人に達した。ノルマンデイ上陸作戦のそれを上回る数字だった。
 ここを守る栗林忠道中将は地下に壕を巡らせ、将兵を潜ませ、砲も分厚いベトンで囲んだ上に砲台そのものを厚い土で覆って米軍の砲爆撃をしのいだ。
 上陸部隊を待っていたのはほぼ無傷の日本軍たった。
 ただその地下壕が凄まじい。今は海上自衛隊が管理する滑走路のすぐ脇に千田少将の壕が残る。垂直に三メートルの縦坑を降り、七メートルの急勾配の階段を下り、通路の先をまた数メートル降りたところに少将の部屋があった。
 壕内は地熱と水蒸気でじっとしていても汗が噴き出す。サウナに近い。
 実は硫黄島自体が活きている火山で、滑走路には噴出するガスを逃がす管が走り、間近に噴煙と熱水を噴き出す火口が望める。火山活動のため、島は年に一メートル近い隆起を続けている。
 別府温泉の地獄池の脇に地下壕を掘ったようなもので、千田壕では二年前、硫化水素が漏出して陸自の佐官が死亡している。
 栗林中将の壕も同じような熱気がこもる。正直、数時間でも耐えられるかどうかという感じだった。
 しかし二万一千人の将兵は米軍の予想を超えて一か月以上もここに拠って米軍を叩き続けた。
 飲み水もない、死に勝る苦痛に耐えて全将兵がなぜ戦い続けたのか。

 その理由を栗林中将が家族宛ての手紙に書き送っている。「ここを一日長く持たせれば (将兵の)家族が殺される日が一日先送りされる」
 米国の戦法はインディアン討伐が原型だ。まず滅ぼす相手の糧道を断つ。それでバイソンを皆殺しにした。戦士が決起すると、それを避けて銃後の家族の方を襲って殺した。
 米国のフィリピン制圧も同じ手法だ。植民地支配に抵抗するアギナルド軍二万将兵とは戦わず、彼らの故郷の田畑を焼き払い、彼らの妻子二十万人を殺した。
 対日戦でもまず、屑鉄石油の禁輸で糧道を断ち、日本が決起すると、兵士の待つ戦場を飛び越えて日本本土をひたすら爆撃した。
 ただ、爆撃するB29はテニアン辺りから飛んだ。硫黄島からもう一千キロ南だ。直掩(ちょくえん)するP51ムスタングの航続距離の外側になる。
 B29は裸で日本に飛んだ。絶対落ちない「空飛ぶ要塞B17」は大戦劈頭に零戦にあっさり落とされた。もっと無敵にした「超空飛ぶ要塞B29」も屠竜や紫電改にばたばた落とされた。
 百三十機が迎撃機に撃墜され、地上砲火を入れると四百機近くがやられた。
 B29を守る直掩戦闘機を飛ばすにはどうしても硫黄島が必要だった。
 言い換えれば、ここが落ちれば直掩機を伴ったB29が好きに日本を焦土にできる。硫黄島守備隊はだから飲み水もない蒸し風呂壕に拠って一日でも長く戦い続けた。

米軍はその壕に燐とガソリンを流し込んで兵士を焼き殺し、今の滑走路をその上につくった。二万将兵の半分がその下に眠る。
 天皇、皇后両陛下がそんな壕の一つを慰霊されたのは平成六年のことだ。それまで海自の宿舎に夜毎、兵士の叫び声や靴音が聞こえた。両陛下の慰霊のあと、それはぴたり止んだ。
 先日、社民党の照屋某らが普天間の追っ払い先にならないかと視察に来た。
 彼らはここが活きた火山島で、かつての戦場だったことを初めて知ってこりゃだめだとさっさと帰って行った。
 照屋らが壕を慰霊したとは聞いていない。輿石の推す教科書にはそんな歴史も作法も載っていないからだ。
                                (二〇一〇年四月八日号)
硫黄島の幽霊の噂 
栗林 中将の決別の電文の中の一首
国の為 重き努を 果し得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき
※新聞発表では、「悲しき」の部分を「口惜し」と改竄の上、発表された。
今上天皇の返歌
精根を 込め戦ひし 人未だ 地下に眠りて 島は悲しき 

英霊の存在を感じる私達日本人にとっては靖國を侮蔑する人間は日本国籍であろうとシナ人やチョウセン人と同じ犬畜生だ!

ニューヨークタイムスやワシントンポストの反日リベラル新聞の靖國批判の理由は下記コラムを一読すれば理解できる。

欧米のジャーナリズムがグローバルスタンダードで正義だと勘違いする韓国人HI ^ ^君、理解できるかな?

威信回復は原爆投下で 【高山正之】
ジョージブッシュが日本を救ったより

二十世紀には「世紀の大事件」が随分あった。
まず思いつくのは、アポロ11号のアームストロング船長が月に降り立った。ライト兄弟が飛行機を飛ばした。
フレミングが抗生物質を発見し、人類は病苦の半分から解放された。
広島と長崎に原爆が投下された。
共産国家ソ連が誕生し、七十年で消滅した。その引き金となったのがベルリンの壁の崩壊だった。
ナチスードイツの四百万人ユダヤ人虐殺、いわゆるホロコーストがあった。
ENIAC、つまりコンピュータが発明された。
個人的な興味でいえばアルフレッドーウェゲナーの大陸移動説も面白かったし、意味は分からないけれどアインシュタインの相対性理論の発見もあった。 

そういうもろもろを眺めて「さて貴方はどれが二十世紀を代表する最大の事件だと思いますか」と米国の新聞博物館「Newseum」が二十世紀最後の年に全米のジャーナリストを対象にアンケート調査を行った。
同じ質問を当時、教鞭をとっていた大学の授業でもやったが、一位は圧倒的に「人類、月に立つ」たった。次がソ連の崩壊。共産主義という人類の悪夢が終ったことはやはり大きかったようだ。
ちなみに旧東独ではベルリンの壁が崩れたあと、偉そうにしていたマルクス学者どもが今はタクシー運転手をやっているとか。和田春樹みたいな勘違い学者がいまだに偉そうにしていられるのは日本と北朝鮮ぐらいなものだろう。

話をもどす。さて米国のジャーナリストが二十世紀最大の事件に選んだのは月でもソ連でもなく、なんと「原爆投下」で「それによって日本を降伏させた」ことだった。
「人類、月に立つ」はさすがに二番目にきたが、三番目には「日本軍の真珠湾攻撃」がくる。
以下ライト兄弟が四番目でナチのホロコーストは七番目。世界を対立と殺戮に追い込んだソ連の崩壊はやっと十三番目たった。
米国の知的階級がなぜ二十世紀総代に原爆投下を選んだのか。真珠湾がなぜライト兄弟やホロコーストより重大だったのか。

その答えはちゃんと歴史の中にある。
日本は二十世紀に入ってすぐロシアをやっつけた。産経新聞の連載「日露開戦から100年」には「ロシアは有色人種国家に負けた初の白人国家の熔印を押され、その恥辱がロシア革命につなかった」と書いている。
日本に負けた屈辱が欧州最強のロシアを滅ぼしてしまったわけだ。
日本は人種には無頓着だが、白人たちは違った。ロシアを他山の石として、日本の封じ込めを図った。最新の軍事情報も漏らさないのは当たり前。世界恐慌の際も日本の船を彼らの植民地から締め出したし、航空路もバンコク止まりで日本には乗り入れなかった。
しかし日本は耐え、こつこつ腕を磨いた。あのころの日本人はみなプロジェクトXたった。
おかげで日米の開戦時に、零戦に勝てる戦闘機は米国にもなかった。
それ以上に白人国家を恐れさせたのが第三世界の不服従たった。明らかに「日本」に刺激されたためで、従順の手本だったタイも好きにやられてきたフランスに宣戦し仏印に攻め込
んだ。しかし腐ってもフランス。タイが危なくなって日本が仲裁に入り、タイの顔をたてて
やった。昭和十六年の東京条約のことだ。
そして第二次大戦。英国は最新戦艦二隻をあっという間に失い、シンガポールも簡単に落とされてしまう。

オランダは日本に宣戦布告してきた国だが、いざ日本軍が攻め込むとすぐ降伏して世界一臆病な軍隊の不名誉を背負った。
米国は迂闊にも先制攻撃され、海軍力の大半を一瞬にして失った。白人史上初めてのことだ。
フィリピンのコレヒドール要塞も粉砕された。みんなそろってロシアの轍を踏み出してしまった。

その日本をなんとかやっつけられたのは米国だった。それも「下等な有色人種」には思いもつかない「太陽のエネルギー」(トルーマン大統領)原爆で降伏させた。
白人の威信を取り戻した原爆こそ二十世紀最大の偉業だというわけだ。
それから半世紀。抹殺したはずの日本は今回のサミットでブッシュの隣に立った。
小泉首相をでしゃばりとモノがよく見えていない日本の新聞はからかうが、プーチンやフレアは別の思いでこの事態を見つめていることを忘れてはならない。
(二〇〇四年六月二十四日号)