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「イエスタデイ」
本編もビートルズの名曲イエスタデイからインスパイアーされた短編です。
その1ドライブマイカー同様ハードカバーで出版する前ちょっとしたクレームがあった。
歌詞の改作について著作権代理人から「示唆的要望」を受け大幅に関西弁のイエスタデイを大幅に削ったとのこと。

喫茶店でアルバイトをしている早稲田大学2年生の「僕」は芦屋で生まれ育ったが、現在は標準語を日常的に使っている。同じアルバイトをしている木樽(きたる)という浪人生と知り合った。彼は田園調布出身であるにも関わらず、阪神タイガースのファンだから、という理由で後天的に関西弁を習得し、いつも関西弁で話をするような変わった人物である。木樽には小学校のときからつきあっている彼女「栗谷えりか」がいて、彼女の方は先に現役で上智大学に入学しテニスサークルに所属している。  「僕」が彼の家に行った時に、風呂場で「イエスタデイ」の関西弁のかえ歌を披露してもらった。
昨日は/ あしたのおとといで 
おとといのあしたや 
意味もなく、わたしは、どうしても削除されたイエスタデイの替え歌の原文19行の歌詞が知りたくて、検索してみたところ・・・newtrendwave.blog.さんが公開していました

昨日は
あしたのおとといで
おとといのあしたや
それはまあ
しゃあないよなあ

昨日は
あさってのさきおとといで
さきおとといのあさってや
それはまあ
しゃあないよなあ

あの子はどこかに
消えてしもた
さきおとといのあさってには
ちゃんとおったのにな

昨日は
しあさっての四日前で
四日前のしあさってや
それはまあ
しゃあないよなあ
なんと!仏教思想に通じる哲学的な歌詞であろうか・・・!!!            木樽(村上春樹)は天才とちゃうやろか?
ポールマッカートニーのイエスタデイの原曲も内省的で哲学的な歌詞ではあったが、村上春樹はこれを関西弁をクッションに諸行無常を替え歌に巧みに織り込んでいる!!!・・・これをあっさり削除してしまうのはなんとも惜しい気がします。
参考までに原曲の歌詞と訳
Yesterday  (The Beatles) イエスタディ  (ザ・ビートルズ) 
Yesterday all my troubles seemed so far away
Now it looks as though they're here to stay
Oh I believe in yesterday
昨日 僕の苦しみすべて 遠くにあるように見えた
今は どうやらここに居座ってるみたいだ
本当によかったと思いを馳せる 昨日はと

Suddenly I'm not half the man I used to be
There's a shadow hanging over me 
Oh yesterday came suddenly
突然 僕はまったく昔の僕ではなくなった
影が重くのしかかっている 僕の上に
昨日と違うことが起きたから 突然に

Why she had to go 
I don't know she wouldn't say
I said something wrong
Now I long for yesterday
なぜあの人は行かなくてはいけなかったのか
わからない どうしても言ってくれなかった
僕は何かまずいことを口走った
今は焦れるだけ 昨日に戻れたらと

Yesterday love was such an easy game to play
Now I need a place to hide away
Oh I believe in yesterday
昨日 恋は子供だましのゲームだった
今は人から離れられる場所がほしい
本当によかったと思いを馳せる 昨日はと


※ ポール・マッカートニの母親が死んだときの彼の心境を歌っているという説があります。  その場合の訳はここをクリック
物語の構造は、比較的単純である。突然木樽が自分の彼女栗谷えりかと付き合わないかと突拍子もない提案をした。日曜日の午後、僕と木樽と彼のガールフレンドの栗谷えりかと三人で一度会って、その週の土曜日に僕とえりかは渋谷でウッディアレンの映画を観て、お茶をして別れた。そのことを木樽に報告すると、それから2週間ほどして木樽はひとことの連絡もせず喫茶店を辞めた。僕もほどなくして喫茶店を辞めえりかともそれ以上進展しなかった。16年後、僕は赤坂のホテルで開かれたワイン・テイスティング・パーティーの会場で栗谷えりかと再会する。そして二人の近況を知る・・・ただそれだけの構造なのだ。

だが・・・関西弁というどこか軽い言葉で問題がある青年とその幼なじみの普通の女性との重い苦悩と溝そして純愛について語っている。

子供の頃から小中高校同じ学校に通い、申し分ないカップルであったが、大学受験に失敗して苦悩していた。
p81-82
 木樽はしばらく自分の両手の掌をじっと眺めていた。それから言った。
「つまりやな、一方のおれはやきもき心配してるわけや。おれがしょうもない予備校に通って、しょうもない受験勉強してるあいだ、えりかは大学生活を満喫している。ぽこぽことテニスをやったり、なんやかやしてな。新しい友だちもできて、たぶん他の男とデートしたりもしてるんやないか。そういうことを考え出すと、自分だけがあとに取り残されていくみたいで、頭がもやもやする。その気持ちはわかるやろ?」

「わかると思う」と僕は言った。

「けどな、もう。方のおれはそれで逆に、ちょっとほっとしてもいるわけや。つまりこのままおれらが何の問題もなく破綻もなく、仲良しのカップルとしてするするとお気楽に人生を進めていったら、この先いったいどうなってしまうんやろうと。それよりいっぺんこのへんで別々の道を歩んでみて、それでやっぱりお互いが必要やとわかったら、その時点でまた一緒になったらええやないか。そういう選択肢もありなんやないかと思たりもするわけや。それはわかるか?」

「わかるような気もするし、よくわからないような気もする」と僕は言った。

「つまりやな、大学を出て、どっかの会社に就職して、そのままえりかと結婚して、みんなに祝福されてお似合いの夫婦になって、子供が二人ほどできて、お馴染みの大田区立田園調布小学校に入れて、日曜日にはみんなで多摩川べりに行って遊んで、オブラディーオブラダ……もちろんそういう人生もぜんぜん悪うないと思うよ。しかし人生とはそんなつるっとした、ひっかかりのない、心地よいものであってええのんか、みたいな不安もおれの中になくはない」

「自然で円滑で心地よいことが、ここでは問題にされている。そういうこと?」

「まあ、そういうことや」

自然で円滑で心地よいことのどこが問題になるのか、僕にはもうひとつよくわからなかったが、話か長くなりそうなので、その問題は追及しないことにした。
これは彼自身の問題だ。彼は小中高校とぴったり寄り添った「えりか」が自分から離れて、別の男に取られようとしていることを敏感に感じてしまったのだと思う。普通ここで一念発起して勉学に打ち込み破滅に向かわないよう努力すればいいのだが・・・木樽はへんな希望を抱いた。

「それよりいっぺんこのへんで別々の道を歩んでみて、それでやっぱりお互いが必要やとわかったら、その時点でまた一緒になったらええやないか。そういう選択肢もありなんやないかと思たりもするわけや」

木樽とえりかは、2人の関係の出口はないことを予感したのかもしれない。このため、木樽は状況を打開しようと、2人の関係に「僕」を巻き込もうとしたのだったが、「僕」はえりかと1度会っただけでその後は会っていない。えりかはテニス同好会の先輩と付き合い、木樽は大学受験をあきらめて、アルバイトを突然辞めて大阪の調理学校に入り、木樽とその彼女のえりかは離ればなれにななってしまった。

その後「僕」は大学卒業後に出版社に就職し、3年後にそこを辞めて、ものを書く仕事をしている。27歳の時に結婚しました。えりかはテニス部の先輩とは別れ、卒業後広告代理店の仕事をしている。

だが、えりかと木樽は心の奥底では繋がっている
p99-100
栗谷えりかは、エアコンの風にちらちらと揺れるキャンドルの炎を無言で眺めていた。それから言った。                                                                    「私は同じ夢をよく見るの。私とアキくんは船に乗っている。長い航海をする大きな船。私たちは二人だけで小さな船室にいて、それは夜遅くで、丸い窓の外には満月が見えるの。でもその月は透明なきれいな氷でできてる。そして下の半分は海に沈んでいる。                    『あれは月に見えるけど、実は氷でできていて、厚さはたぶん二十センチくらいのものなんだ』とアキくんは私に教えてくれる。『だから朝になって太陽が出てきたら、溶けてしまう。こうして見られるうちによく見ておくといいよ』 つて。                                      その夢を何度も繰り返し見た。とても美しい夢なの。いつも同じ月。厚さはいつも二十センチ。下半分は海に沈んでいる。私はアキくんにもたれかかっていて、月は美しく光っていて、私たちは二人きりで、波の音が優しい。でも目が覚めると、いつもとても悲しい気持ちになる。もうどこにも永の月は見えない」                                     
栗谷えりかはしばらく黙っていた。それから言った。             
「私とアキくんと二人だけでそういう航海を続けていられたら、どんなに素敵だろうと思う。私たちは毎晩二人で寄り添って、丸い窓から氷でできた月を見るの。月は朝になったら溶けてしまうけれど、夜にはまたそこに姿を見せる。でもそうじゃないかもしれない。ある夜、月はもう出てこないかもしれない。そのことを思うとひどく怖い。明日自分がどんな夢を見るのか、それを考えると、身体が音を立てて縮んでいくくらい怖い」
なんとロマンチックな夢だろう。そんな夢を見てくれる女性と出逢えたらなんと幸せなことか・・・木樽はそのことに気がつくべきであった。
月の夢は夢占いによれば、幸せや結婚妊娠の暗示だそうで、一方氷の夢危険、ピンチ、困難、冷たい感情や態度などを表します。海の夢豊かさ、大きさ、寛大さ、包容力、自然界の神秘、無意識の世界などを表します。
えりかが見た夢はロマンチックで幸せだが将来への不安でいっぱいの夢と解釈できそうです。

木樽とえりかはとても愛し合っていたが、強く愛し合った故に、お互いに将来が不安に思っていたと解釈できそうです。だから、16年が経過しても。結局2人は誰とも結婚せず、木樽はデンバーで鮨職人をしている。それぞれ独身でいるのだと思う。

これはフィクションであって実際の話ではないが、これが実話だったら、木樽とえりかはスピリチャル的に繋がっていた存在だったかもしれない。

この物語には村上春樹のイエスタデイの替え歌に込められた世界観/仏教的思想(諸行無常)が流れているような気がする。あの19行のイエスタデイの歌詞はこの物語にとってとても重要だったような気がする。それでもあの残された3行の歌詞でも十分に伝わるのだから村上春樹は天才なのだと思う。

 
私(Ddog)も 大学3年の時にえりかと木樽のように、もしかしたらスピリチャル的に繋がっていたかもしれない女性と知り合い一緒に住んでいた時期があった。彼女は才色兼備で、私には過分な女性でもあった。私が社会人となってすぐ彼女は結婚したがったが、私は木樽といっしょで、踏み切れなかった。入社して本当にこの会社でやっていけるのか不安で、結婚は私が28歳になるまで待ってほしいと言ってしまった。その後転勤で、離ればなれになって週末だけ逢うようになったが、私は彼女に振られてしまった・・・彼女はえりかと同じく不安で待てなかったのだ。今でも何故あの時、結婚をしなかったのか後悔している。

その後、私は28歳の時付き合っていた女性と結婚した、いまの家内である。
その彼女は、彼女が33歳の時に十数歳年上で当時外資系企業の副社長と結婚した。お子さんには恵まれなかったが都心の高級住宅地に家を建て、今でも幸せに暮らしている。