
世界的大家が見る、日本の過去・現在・未来
領土紛争、沖縄と基地、憲法改正、集団的自衛権、核・原発、歴史認識問題など、未解決の課題が山積する中、東アジア情勢は一層その緊迫度を増している。日本の選択はどこにあるのか。これまでと同様に米国への「従属」を続けるのか、アジア中心の新たな安全保障体制を構築するのか、それとも……。戦後日本の歩みに限りない共感を示す、二人の歴史家からの日本へのメッセージ。
渡辺利夫氏 の本が歴史教科書を「右」から書き直そうという試みだとすれば、本書は「左」から書き直そうとするもので、彼らが高く評価する『戦後史の正体』に近い。日本の戦後史を日米同盟からみる着眼はよく、著者の指摘する事実はおおむね正しい。『転換期の日本へ――「パックス・アメリカーナ」か「パックス・アジア」か』 ジョン・W・ダワー、ガバン・マコーマック/著 明田川融、吉永ふさ子/訳 メールマガジン オルタ (プロ市民側のサイト:書評)
日本は「サンフランシスコ体制」でアメリカが自由に基地を置くことを容認し、軍事的に自立できない属国であり、国際社会では一人前と認められない。今までは「パックス・アメリカーナ」に安住してきたが、中国の台頭でアメリカがいつまで日本をアジアのもっとも重要なパートナーと見てくれるかはわからない。
ここまではいいのだが、どうすればいいのかという話になると話は曖昧になる。憲法第9条の平和主義は守るべきだが、日米同盟は今のままではいけないという。「市民のネットワーク」によって「パックス・アジア」をつくるべきだという鳩山由紀夫氏のような理想が語られる。
当然、本書は安倍首相にも批判的で、彼の「積極的平和主義」は軍国主義への回帰であり、戦争の反省もしない自民党政権はアジア諸国に許されないという。うんざりするのは、著者のような歴史家でさえ「性奴隷」を糾弾することだ。朝日新聞と福島みずほの嘘が、世界の常識になってしまったのだろう。
本書のような空想的平和主義の最大の弱点は、それが日米同盟に代わる現実的な選択肢を示せないことだ。日米同盟(特に地位協定)があるかぎり日本が属国だということは事実だが、日米同盟を破棄して、今の憲法で十分な防衛力が構築できるのか。それは戦前の日英同盟の破棄のように、国際的な孤立と暴走の始まりになるのではないか。
サンフランシスコ体制で植えつけられた平和ボケのおかげで、日本では左翼も右翼も戦争にリアリティをもてない。残念ながら、今の日本がアメリカから独立することは困難で危険である。そこには空想的平和主義か明治ナショナリズムかという感情的な対立しかないからだ。
池田 信夫 のほかの記事を読む
今の日本がアメリカから独立することは困難で危険である!
上掲 池田信夫氏のブログの結論だが、同感である。
私は、保守本流(親米保守)に近い消極的親米保守を名乗っています。
対米独立はいずれ果たすべきだが、現在の国民意識、政治家官僚の実力、インテリジェンス能力のレベルから判断すれば、対米従属からの脱却は、ともすれば反米国家へ成り下がる可能性を有し、再び破局的な結果を招くと私は思っています。
本書がダメな理由は序章p10-12を読むと、理解する。
P10-12
そして日本は? 日本は一九九〇年代初期の経済と金融バブルの崩壊に始まる「失われた二〇年」から脱却する道をまだ見つけられないでいる。「ジャパンーアズーナンバーワン」が人目に官鍬した一九七〇年代、八〇年代は、まるで短い寸劇だったかのように、今では遠い昔の出来事に思える。
しかし、日本にとって問題は、経済面で自信とエネルギーを取り戻すことだけにとどまらない。多くの問題があるにもかかわらず、日本経済はいぜん強力である。この国の人的資源はなお傑出している。日本の難題は、新しい「アジア太平洋」共同体をイメージし、敵対的対立ではなく経済的・文化的な協力関係の構築に資源とエネルギーを注ぐことのできる指導者が存在しないことにある。日々生起する危機を乗り切るだけで精一杯ということではなく、指導者には、将来に対する聡明な洞察力と勇気が何よりも必要とされているのだ。
いずれか一つの国が圧倒的支配力を持つことのない、ある種の「パックスーアジア」(アジアによる平和)構想を描いてみると、そこでは、対立ではなく共同体的な活動が基本となり、何よりも実質的に平等であることが参加国の必須条件となる。これらは理想的目標であるが、達成可能な目標でもある。話し合いで解決可能な緊張や問題に対して、武力による威嚇と戦争によって対処するという反応をあまりにも頻繁に目にするが、こうした平和構築の方向へ向けて思考やエネルギーを注ぐ方がはるかに現実的ではないのか。
欧州連合(EU)は、かつて血まみれの戦争を繰り返した大陸諸国が、それぞれの違いを認め、永続的平和を達成するために努力してきたことを如実に示す例である。
ヨーロッパ統合の先例が示すように、アジアにおいて欧州連合と同様な共同体を作り上げることは、すべての関係各国にとって途方もない挑戦となる。中国、韓国、日本、米国(アジアの国とは言えないが、日米関係のしがらみから切り離せない)といった国々が、権力分担(power sharing)を行う難しさを想像してみてほしい。特に、今まで米国の「属国」として存在してきた日本という国の指導者たちにとって、それがどれはどの難題であるかは明白であろう。
第二次世界大戦後の米国――を主力とする連合国――による日本占領以来、日本の指導者たちにとっては、ワシントンの政策に黙々と従うことが得策であった。日米の意見が食い違うことはあっても、重要な国際的問題において深刻な見解の相違が生じることはまれであった。冷戦の最中になされたワシントンのきわめて愚かな政策、たとえば一九五二年から一九七二年までつづいた中国封じ込め政策においても、日本にはそれに従う以外の選択肢はなかった。沖縄をいわゆる本土から分離し、米軍政下に置くことも文句も言わずに受け入れた。米国の歯止めのない核政策を支持し、重要な局面では中国や北朝鮮に対し、核で脅迫することをワシントンに示唆することもした。
日本は一九六〇年代、七〇年代のインドシナ戦争や9・11以後のイラク戦争などにおいても、それがどれほど残虐なものであれ、米国の戦争を献身的に支持してきた。一九七二年の沖縄に対する日本の主権回復も、同年の米中和解も、それから約二〇年後の冷戦の終結も、日本の対米従属を弱めることにはつながらなかった。
アジアにおける恒久平和をどうしたら達成できるのかとあらためて考えるとき、こうした歴史的な出来事を並べてみると、日本が自主的に建設的な役割を担うことは簡単なことではない。また過去の一時期、日本がアジアの新秩序建設に邁進した記憶がアジア諸国に残っていることが問題を複雑にする。大失敗に終わった、大東亜共栄圏で頂点に達した大日本帝国時代のアジア新秩序建設の構想は、今日、日本が音頭をとって新アジア共同体構想を強く提唱することにブレーキをかける。
現在の転換期にまで導いた、第二次世界大戦後の歴史を理解し、認識することなしには、現在および将来の東アジアについて鋭い考察を加えることはできない。
この二人は、亜細亜の歴史は年表でしか理解していないのではないか?中華思想や、大東亜戦争の本質をまるで理解していない。
> いずれか一つの国が圧倒的支配力を持つことのない、ある種の「パックスーアジア」(アジアによる平和)構想を描いてみると、
中国によるベトナム・フィリピンへの高圧的な態度を見れば、この二人の言っていることは、まったくリアリティがない。
へたをすると、この二人、中国の工作員である可能性が非常に高い!
>そこでは、対立ではなく共同体的な活動が基本となり、何よりも実質的に平等であることが参加国の必須条件となる。
ジョンレノンのイマジンかよ!
>これらは理想的目標であるが、達成可能な目標でもある。話し合いで解決可能な緊張や問題に対して、武力による威嚇と戦争によって対処するという反応をあまりにも頻繁に目にするが、こうした平和構築の方向へ向けて思考やエネルギーを注ぐ方がはるかに現実的ではないのか。
なにを根拠に達成可能なのか?ヨーロッパができたからアジアでもできるだろう?
小学生の理論だ、学級会の議論程度の根拠に呆れかえってしまう。
中国人に言ってくれ、「平和にやりましょう!」って。お二人の脳天気な考えに呆れかえってします。本当に歴史学者なのか?疑いたくなる。
>大日本帝国時代のアジア新秩序建設の構想は、今日、日本が音頭をとって新アジア共同体構想を強く提唱することにブレーキをかける。
日本が主導権をにぎっちゃダメです。・・・ハァ?
この二人、中国のエージェントである可能性が非常に高い!!!
第三章はダワーとマコーマックの対談である。
2012年から混乱の時代に入ったとダワーは言う。マコーマックはアジア(中国)は19世紀初頭世界の中心であった頃の力を回復すると言う。
アジアが統一できないのは、サンフランシスコ条約のせいだと言う。この二人はまったく中国のエージェントだ。サンフランシスコ条約を破るということは尖閣を中国のもの、へたすりゃ沖縄も中国のものと言い出しかねない。この二人日中が和解すると思っているが、どう和解しろと言うのだ。日本は開闢以来中国への従属は絶対ないし、日中は同じアジアにあり距離的には近いが、文化文明はまったく別の文明であるという基本的なことを理解していないことに私は苛立つ!
アメリカの国力が低下し「パックス・アメリカーナ」(アメリカによる平和)の時代が終焉を迎えつつある中で、次の時代が「パックス・アジア」の時代になるべきであるという意見で一致している二人の見識の無さ!笑止千万!
パックス・アジアがどういうものかは不明確だが、おそらく両者はアメリカ・中国・日本・アジア諸国の連携による多極的な国際秩序を想定しているようなのだが、両者が認めているようにこのような国際秩序の実現は困難である。当たり前で、長々むりやりこの本を読んだ私の神経を苛立たせる。
p234
ダワー「誰も『パックス・アメリカーナ』がある種の覇権的な『パックス・シニカ』(中国による平和)といったようなものに変わるのを見たいわけではありません」
中国が力で各国を押さえつけるような世界秩序は人類にとって不幸な未来である。
執筆中

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