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井上陽水は禅宗の高僧と同じような精神的高みに到達しているという視点で斎藤孝先生が読み解いた本である。
いや~深かった・・・人間の成熟とは何か・・・そして読んでいるうちに心が軽くなる、
皆さんにお勧めしたくなる良書です。
TheWord/Prolougue
井上陽水に学ぶ”軽くて深い”大人の道のきわめ方 11

TheWord/Ⅰ
陽水的美学


ビートルズはね、”かねピカ”なんですよ。            36

サングラスと一体化して商品になってる。            39  

ひとえに皆さんのご健康と
  お幸せを願っているわけでして………            43

お笑いが好きでしたし、
一番高尚な仕事だとも思ってるんです。             46

「曾根崎心中」つてすごくいいタイトルだよね。          50

どんなに強くても見苦しい、みっともない人は
感動しないけど、負けても、高いレベルの人格を
感じたりしたときはすごいと思う。                 54

若さというか不完全さがないと、
運はついてこない。手練に、裏ドラはつかない。        58

多くの人が簡単には拍手を送れない。
でも、その魅力に気づいた人は、
逆になかなかそこから抜けられない。              61

天下国家より目先の女っていう歌ですから。          65

甘えていいんだと思った人には怒れる。             70

図を書くんですよ。ははは。
言葉だけだと伝わらないときもありますからね。        73

”向上心がない”のを肯定的に捉えたほうがいい       76

TheWord/Ⅱ
大人の作法

皆さ~ん、お元気ですかあ?
謙虚、謙虚でやってまいりました。                 83

日上の人がそれらしいことを言う
バカバカしさって、あるからね。                   87

大変な目に遭ってる人は大体いいですよね。          90

今日の表現の仕方ってものは、
明日になれば赤面するものなんです。              93 

ワインのように寝かさせてください。                96

所属しないってことは、
ひとりで世の中にいるってことで、
それで幸せかっていうと、そうでもない。              99

もし自分が死んで葬式をやるなら、
井上陽水に弔辞を読んでほしい、と。
……これはうれしかったなあ。                    101

(競馬では)絶対当たらない人も貴重なわけ。
裏を買えば必ず当たるわけだから。 -              105

TheWord/Ⅲ
りきまずに生きるコツ


人生は相撲にたとえれば九勝六敗でいいんだと。        112

♪生まれつき僕たちは 悩み上手に出来ている         115

悩みのある人で、温泉に2回ぐらい入って、
まだ悩んでいる人がいたら見てみたい。             118

自分にとって理想的な詞が、
必ずしもいい商品かどうか、
これはまた別ですからね。                     120

♪逆らってはいけない合わさってもならない          123

僕は意識的というか無意識にというか、
喋らない時間というのをときどき
持ちたいなと思うんです。
全部言葉で埋めたくない。                     125

仕事で目くじら立ててちゃいかんなと。              129

♪いいのよ、ずっとこのまま二人はジャストフィットなんだから133

いまだに余計な力が入りすぎてるということなの旨(笑)。   136

TheWord/Ⅳ
仕事の達人


(作曲も)フスマ貼りと同じで、 一種の仕事にすぎない。   140


100書いて、いいのが一つあるかどうかだから、
いっぱい書くことが大事。                     143

歌を作るときの90パーセントのエネルギーが作詞で、
10パーセントが作曲なんです。                 145

やらざるを得ないという、そんな状態のほうが励める。   148

”御破算で願いましては”をしないといけないと思って。   152

♪探しものは何ですか見つけにくいものですか       156

若かった記憶の1コマは、定食のAセットBセット       159


♪あなたライオン闇におびえて私はとまどうペリカン     162

言いたいことがあっても
それを最後まで言いたくない。
……最後まで言っちゃおしまいよというか。          166

こうあらねば、と
一本筋を通すのは好きじゃないですし、
いろんな音楽をやりたいんですよ。               171

勝てないなと思うのは、
イマジネーション、想像力なんだよね。             175


TheWord/Epilogue
決めつけない生き方 
                     179

あとがき                                188
齢を重ねるごとに上機嫌に軽くなる 陽水ライン
p18-21
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          P17図

一般的に、歳を取るにつれて頑固になったり尊大になったりする人が多いが、不機嫌さを周囲にまき散らして生きていくことは、当人にとっても心地よいことではないはずだ。

 苦虫を噛み潰したような顔つきでデーンと構え、偉そうにしていることが人間の深みのように思っていたらとんだ勘違いで、深みとは、けっして重々しく偉そうに見えることではない。

 むしろ、長い年月の間に蓄積されたものを内に秘めながら、軽やかに、陽気にふるまえる人を、器が大きい、度量があると言うのだ。

 周囲の人のためにも、自分のためにも、「軽くて深い」姿勢こそ望ましい。 私の理想とする「軽くて深い成熟した大人」とは、
 ① 広い視野で物事を見ることができる
 ② 幅広い受容性を持っている
 ③ 深い洞察力を持ちながら、軽やかにふるまえる

 この三つのポイントを押さえた人だ。 陽水さんは、見事にこれに合致する。

「軽い」と「深い」の相関関係

 人間の「重い」とか「軽い」というのは、外に対してどれだけ聞かれた精神を持っているかということだ。閉塞感の強い人は重くなる。開放的な人は軽くなる。

 選択肢を柔軟に見つけられないと、閉塞感が強くなる。そうすると、自分で自分を、重く、暗く、息苦しいほうへと追い込んでいってしまう。

 年齢が行けば行くほど、重く不機嫌になる人は、自己というものが凝り固まって流動性が乏しくなり、他者受容ができなくなり、要するに「頑な」になってしまうのだ。そうなるとますます閉じていってしまう。

 それに対して、歳がいっても軽く上機嫌でいられる人は、外に向かって自分の世界を開き続け、他者からの刺激を受け入れる精神のバネがある人だ。気持ちの中における「自己」の比率が高くないので、自己保身のようなことに一生懸命にならない。それが軽さ、陽気さのかたちで出る。

 一方、人間の「深い」「浅い」はものの見方と連動していて、「深い」見方のできる人は「視野が広い」、「浅い」見方の人は「視野が狭い」といえる。
 そこで、ものの見方が浅い人は視野が狭くて、そのためにある種すごい閉塞感の中で重さに苦しんでしまう。視野が狭いほど、あるいは人生観が浅い状態ほど、閉塞下降ラインを落ちていく。

 最近、私か非常に気になっているのが「これしかない」という発想をする人が増えていることだ。嘆かわしい事件の多くの当事者が、「もう、これしかないと思った」「死ぬしかない」「殺すしかないと思った」などと口走る。思い込みが激しくて、短絡的で、しかも自己保存の気持ちが強い、にもかかわらず視野が狭いので、閉塞の極地へと突き進んでしまう。

 そういう人はどうすれば悲劇を起こさずに済んだのか。自已に捉われる気持ちよりも、他者を受け入れる気持ちを持てればよかった。もっと視野を拡げてみることで、「これしかない」という思い込みでしか考えられない状況から抜け出せればよかった。もっと深いものの見方ができればよかった。

 つまりは、「これしかない」思考から「これもあり、あれもあり」思考へと受容性を拡げていく必要があった。そうすれば本人ももっと気持ちが軽くなり、切羽詰まった息苦しさを感じるような事態を招かなかっただろうと思う。

 「軽くて深い」大人の道をきわめるとは、そういう精神性を養って成熟していこうという考え方だ。

 私は、ものの見方を深めていけるほど、視野を広くできればできるほど、「軽み」に向かっていく傾向があると思っている。

 禅の目指してきたものもそうだった。悟りを啓いて深くなればなるほど、心は軽くなる。一休宗純などまさしくそうだ。

 陽水さんのあの常人ならざる声といい、禅問答のような受け答えといい、瓢々としたさまは、どことなく禅僧のようでもある。違う時代に生まれていたら禅の高僧として活躍していたのではないかという気がする。

 瓢々と生きてしかも深いという曲線を、図(P17、P20)では「陽水ライン」と名づけた。
 深くきわめると軽くなる。浅いから気持ちが重くなる。 「軽くて深い」姿勢こそ、現代をもっと心地よく生き抜く心得になると思う。


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p20図

一休宗純は破戒僧である。一休宗純は仏教という枠を超えた生き方をした伝説の逸話が多い人物である。

親交のあった本願寺門主蓮如の留守中に居室に上がり込み、蓮如の持念仏の阿弥陀如来像を枕に昼寝をした。その時に帰宅した蓮如は「俺の商売道具に何をする」と言って、二人で大笑いしたという。この逸話話は私の理想とする大人像だ。

戒律や形式に捉われない人間臭さから、庶民の間で生き仏と慕われた一休和尚
。権力に追従しない自由奔放な生き方は、後世の作家を大いに刺激し、江戸時代には『一休咄(ばなし)』というトンチ話が多数創作された。

優しき良寛和尚も井上陽水と通じる哲学が流れているような気がする。
一休宗純が遺した言葉

門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし 
釈迦といふ いたづらものが世にいでて おほくの人をまよはすかな
秋風一夜百千年(秋風のなかあなたと共にいる。それは百年にも千年の歳月にも値するものだ)
花は桜木、人は武士、柱は桧、魚は鯛、小袖 はもみじ、花はみよしの
女をば 法の御蔵と 云うぞ実に 釈迦も達磨も ひょいひょいと生む
世の中は起きて稼いで寝て食って後は死ぬを待つばかりなり
南無釈迦じゃ 娑婆じゃ地獄じゃ 苦じゃ楽じゃ どうじゃこうじゃと いうが愚かじゃ


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p22-27
成熟のきわめ方  自己の中の牛を飼いならすプロセス

 陽水さんも、最初は重かった。非常に知性と見識力のある人なので、当初から、いまの二十歳ぐらいの青年には作れないような歌の世界を構築していたが、閉塞感、開放感という目で見れば、明らかに閉じた世界にいて、重かった。昔はもっと尖っていて、なんとなく一匹狼のような孤高感が強かった。そこから紆余曲折を経ながら、歳とともに軽みを増していった。

 その成熟のプロセスは、自分の中の暴れ牛を飼いならす「十牛図」の道程になぞらえることができる。「十牛図」とは、逃げ出した牛を捜し求め、精神的昇華を遂げていく道程を十枚の絵で描いたもので、中国から伝来し、室町時代以降、禅を知る手引きとして用いられている。

 「牛」は「真の自己」を意味しており、このプロセスはいわば真の自己を見出していく道筋だ。

 これを陽水さんの場合で考えてみよう。

 ① 牛を捜しに行く
 十代の頃、歯科医を継いでほしいという両親の期待に沿うべく、歯学部受験に挑戦して浪人生活をしている時代は、牛を捜している時期。まだ真の自己が何なのか見えていない状態だ。

 ② 牛の足跡を見つける
 真剣に勉強する気になれないまま、三浪目にしてどうも自分は勉強に向いていないようだと自覚し、歌を始める。このあたりから、地元のラジオ局にテープを持ち込み、あれよあれよという間にデビューの道が拓かれる頃までが、牛の足跡を見つける段階だろう。

 ③ 牛の姿を見つける
 ところが、勇躍デビューした「アンドレ・カンドレ」は本人の自信とは裏腹に鳴かず飛ばず。自信の鼻っ柱が折られ、挫折感を味わう。レコード会社のCBSソニーとの契約は打ち切られ、所属していたホリプロのスタッフからは「アンドレ君、君は整理されるかもしれないよ」と言われる。しかし拾う神ありで、ホリドールに移籍、芸名を「井上陽水」にして「人生が二度あれば」で再デビュー。「傘がない」が耳目を集めはじめる。この頃が牛の姿を見つけた時期と言えそうだ。

 ④ 牛をつかまえる

 ⑤ 牛を飼いならす
 牛をつかまえて、飼いならす段階。暴れる自己との葛藤期だ。初期の頃の陽永さんの中には、爆発力を感じさせる世界観があった。代表曲「氷の世界」にしても、ギラギラした感情、自分の中の暴れるもの、噴出するものが非常に出ている。膨れ上かってくるそれが「牛」だ。ピカソも自分の中のエネルギーに手の負えなさみたいなものを闘牛の牛として描いている。
 陽水さんはこの時期に一躍日本のトップに躍り出る。一九七三年のアルバム『氷の世界』が日本初のミリオンセラーになり、三十五週間アルバムチャートの一位にランキングされる。

 この頃のことを「最初はうれしかったけれど、そのうちに何かヘンだぞ」と思うようになったと言っているが、自分の想像をはるかに超えた外部からの評価、それ仁自分はどう向き合っていけばいいのかといった葛藤もあっただろう。

 牛をどうしても御しきれないところがあったのかもしれない。一九七六年、大麻事件を起こして謹慎生活を送る。この事件を通じて自分を見直す作業をしたことで、荒ぶる自己を飼いならすことができるようになったのではないか。翌年にアルバム『white』を出した頃、精神的に一つの転機を迎えたのではないかと私は想像する。

 これ以降、陽水さんの歌から当初のギラギラ感が減って、次第に都会的な大人の雰囲気が見られるようになっていく。炭坑町から出てきた青年が、都会の雰囲気をまとうようになる。「リバーサイドホテル」とか「ジェラシー」のような都会の大人の男と女が繰り広げるあやしい世界へと移っていく。

 ⑥ 牛に乗って家に帰る
 暴れ牛に乗って家に帰る、荒ぶるものをコントロールしてだんだん大人の成熟の世界に入っていく、そういう制御ができるようになっていく時期に該当するかと思う。

 自分の牛と上手に付き合うことができるようになり、自己の感情、欲望というよりはもう少し客観的な視点から、別の広がりを求めるようになる。他のアーティストに楽曲を提供したり、コラボレーションをしたり、テレビに出るようになったり、どんどんと変化を続け、安定した大人ゾーンを確立していく。

 ⑦ 牛を忘れる
 ⑧ すべてを忘れ、「空」となる
 ⑨ 自然だけは変わらない
 ⑩ 悟りを得て、他者を導く

 「十牛図」のプロセスでは、その後牛を連れて家に帰るが、しばらくすると家に牛がいることを忘れてしまう。どういうことかと言うと、真の自己とはおのれのうちにあるものだと気づいて、牛と自分とを分けて捉えなくなる。つまり心とからだが同一化する段階だ(⑦)。

 そのうちに真の自己とは何かといった囚われさえもなくなり、牛も人心いなくなる。何もなくなった「空」の状態だけになる(⑧)。

 人間のいないただ美しい自然の世界だけになり(⑨)、最後は、悟って生まれ変わった牧人が老人となってまた世の中に戻って、子どもと接して何かを伝えるという図で終わる(⑩)。

⑦以降、禅僧であればいよいよ悟りの道へと入っていくのだが、私たちは俗世という現実社会を生きているわけで、欲望が生きる意欲、エネルギーになっている部分もある。枯淡の境地、達観しきった領域に行き着いてしまえばいいというものでもない。

 ⑦から⑩の段階を踏んでは戻りつつ、自己という枠を徐々に拡げて柔軟性を持って他者と溶け込んでいこうとするのが、実社会で成熟度を深めていくイメージとしていいだろう。

 陽水さんで言えば、例えば安全地帯と組んで「ワインレッドの心」を作り、奥田民生さんと組んでPUFFYの「アジアの純真」や「渚にまつわるエトセトラ」を作り、筑紫哲也さんの依頼で「最後のニュース」を作り、藤子不二雄Aさんの依頼で「少年時代」を作る。

 いずれも大ヒットしているが、自分の自発的な意思というよりも、他者からの要求、ニーズに応えていくことで成功する。それは自己を忘れるということに近いと思う。
 曲の作り方自体、自身の感情世界を表現するのでなく、自己から離れたところを映し出した世界観に向かっていく。
 あるいは、『GOLDEN BEST』のようなアルバムを出して、これまでやってきたことを一回まとめ上げてしまう。過去にやってきたことをまとめて、一回チャラにしてみようとする。「御破算で願いましては」をする。「空」にして、新たなものに向かっていく。

 陽水さんの場合でざっと見てみたが、誰でも自分の人生を「十牛図」に照らし合わせて振り返ってみることができる。すると、自分がどのプロセスをどうやって経てきたのかを客観的に眺められる。

 「自己実現より他者実現だ」と私は学生によく言っているのだが、自分の猛牛を飼いならして大人の世界に入っていって落ち着いて、そこから自己実現ではなく、他者性の受容、つまり他者実現をしていくのが正しい大人の道のきわめ方だ。

 大人の成熟は、他者受容の中で深められていく。
 他者を受容するには自分を固持していてはダメだ。柔軟性がなければならない。スタンスを自在に変えられるだけの軽み、軽やかさを持たなければならない。それができるようになると、さらに大人の成熱度を深めていくことができるという仕組みだ。
 複雑さに対応できる許容性の広さが、言ってみれば人間の深さでもある。

ビートルズはね、”かねピカ”なんですよ。

陽水氏のインタビューは時に禅問答のようでもある。インタビューアーが「音楽についての普遍性の高さとは何か?」とのとても抽象的な質問に対し「ビートルズはね、”かねピカ”なんですよ。」と答えている。

”かねピカ”は”きんピカ”を捩(もじ)った造語だと思うが「兼ね合いがぴか一」という意味だが、深い知性と高い認識力があるからこそ一言で答えてしまうのだ。

力があるミュージシャンはつい実験やテクニックに走ってしまう。「このコードにこんなメロディがつけられるか!」という音楽的パズルにはまってしまう。それは万人に受けるものとは限らない。ビートルズは実験的な音楽を続けてきたが、つねにわかり易く美しいメロディを打ち出した大衆性を失わなかった。

だから普遍性が高い音楽は、ビートルズのように実験的音楽パズルの自己満足と万人に響く美し強いメロディの兼ね合いがぴかぴかなので、ビートルズはね、”かねピカ”なんですよ。」という答えがでるのだという。陽水氏は”音楽の普遍性も一言で明快に語ってしまう高い知性”を持っていると斎藤先生は絶賛している。

サングラスと一体化して商品になってる。
外して街を歩いていてもわからないという文脈から出たインタビューの答えなのだが、サングラスを掛けることで人目を避けるが、外すことで気づかれない。
p40-42
井上陽水というブランドイメージの定着に、サングラスは確実に一役買ってきた。風呂に入るときもかけているのではないかと思うほど、イメージとして浸透している。

 サングラスで目を隠していると、何を考えているのかがわかりにくい。謎だらけの意味不明な詞を書く人が、どんな表情で歌つたりしやべったりしているのか見えないことは、訳のわからなさを増幅させる。ますますもって、謎めいた不思議な人と印象づけられてきた。

 サングラスをかけている人は、一般に「こわもて」系の人が多い。夜なのに、あるいは屋内なのにサングラスをかけた人が向こうから歩いてきたら、普通は「関わらないようにしよう」と思う。あちらも「関わるな」という暗黙のメッセージを発している。サングラスは人と距離を置く効果を与える。

 ところが、陽水さんはサングラスをかけたまま、向こうから強烈に表現し続けている。隠しながら人前に出て表現する、そこにギャップがある。
 しかも、サングラスをかけてクールにふるまうならまだわかるが、サングラス姿で「フフフ」とやたらと笑う。陽水さんのビジュアルを見ると、年を追うごとにどんどん笑顔が増えている。サングラスと笑顔というのもミスマッチな取り合わせだ。だが、いまや陽水さんがサングラスをかけて白い歯を見せて笑っていても、私たちは違和感を持たなくなった。

 サングラスで光を避けながら、スポットライトを浴びる。自分を隠しながら、ステージに立つ。人前に出たいのか、出たくないのか。目立ちたいのか、目立ちたくないのか。

 サングラスで距離を置きながら、ユーモアと笑顔と気配りで接する。人を遠ざけたいのか、近づけたいのか。人嫌いなのか人好きなのか。
 おそらく、どちらでもあり、どちらでもないのが井上陽水なのだと思う。陽水さんの中にはどちらの要素もあって、矛盾を抱え込んだ存在としての自分を、サングラスをかけることでバランスを取っているのだ。

 素顔をさらして、直接ストレートに観客と相対するのではなく、サングラスというフィルターを通して向かい合う。サングラスごしに見られる存在であることで、面と向かいながらも間接性が保たれる。サングラスは単なるファッション的小道具ではなく、「間接的な関係性」を維持するための一つの装置なのではないだろうか。

 井上陽水を知らない日本人はほとんどいないだろう。しかし、「顔を知っているか」と言われたら、誰もがサングラスをかけた顔しか知らない。どんな顔をしていて、本当はどんな人なのか、謎めいていてよくわからない。

 二〇〇九年に放映されたNHKの『LIFE』の中で、「得体の知れなさ」について問われた「サングラスかけていますからね。まっとうな人はかけていないでしょう」
 と答えていた。

 歌の世界も、語ることも、そしてルックス的にも、あくまでもわからなさの中に身を置く。杏(よう)としてつかみどころのない存在として、虚実ないまぜの感じを、陽水さんは自らの生き方のスタイルとして体現しているように思う。
サングラスと一体化して認識される人物といえばダグラスマッカーサーから始まって、レイチャールズとかジョンベル―シ―などもそうだが、日本ではタモリだろう。
すいません、某熱烈な浜省ファンのかたより「サングラスの顔って云ったら浜田省吾でしょう~😅」とのご投稿をいただきました。・・・そうですね・・・
タモリがサングラスを掛けているのは諸説ある、失明病気説、シャイ説、などあるが、信憑性が高いのは「タモリの顔に特徴がなく、派手でも、ましていい顔でも何でもないのでつまらないと、たまたま持っていたサングラスを彼にかけさせたのだという」(『広告批評』1981年6月号)説である。だが、サングラスはたまたま持っていたのではなく井上陽水を意識してではないか?井上陽水はタモリと同郷の福岡出身のインテリ、そして二人の会話の間合いは絶妙・・・本書で後述されているが気が合う友人だそうだ。芸人として世に出ようとしたタモリが井上陽水を意識していた可能性は否定できないだろう。




「曾根崎心中」つてすごくいいタイトルだよね。
P50-52
人が心地よく感じる語感の秘密

NHKで放映された『LIFE』という番組の中で、陽水さんが「曾根崎心中」は優れたタイトルだと語っていたのが面白かった。
 「曾根崎」という地名にも、「心中」という男と女の道行きにも、日本人の心を惹きつけるものがある。しかも、「曾根崎(Sonezaki)」と「心中(Sinju)」の語がどちらも「s」の音で始まり、その後に「崎(Zaki)」「(Ju)」いるという濁音が入る。

澄んだ「s」音の後に濁音の「Z」「J」が重ねられたバランス感がよい。印象深くてきれいに覚えられる要素が備わっているというのだ。

「曽根崎心中」をこんなふうに音韻的視点から評価する力法もあるのか、と新鮮だった。

 確かに、「曾根崎心中」という言葉には、日本人ならどこか心引き寄せられるような響きがある。同じように「S」で始まり濁音が入っていても、「静岡心中」や「世田谷心中」では情緒がない。街のイメージもあるが、「六本木心中」は、さすがにいい感じがする。言葉の響き、語感は大事だ。
 陽水さんは、ときに言葉の意味以上に音の響きを大切にするところがある。韻を踏んだり、語呂合わせをしたりして、歌にリズムを持たせる手法をよく使っているが、響きについてはこんなことを語っている。

 「言葉白身の意味もそうだけど、どう響くかってことも大事で。自分でもはっきり分かっているわけじやないんだけど、高い音で伸ばすときは、ウよりもイの方がちょっと良いんじやないかとか、いろいろあるんです。だから多少詞が変になっても、やっぱりイで終わる言葉の方が、聴いてる方は気持ち良いとか」(『weeklyぴあ』一九九九年八月二目号) 高音で伸ばすときは、ウ音よりイ音のほうが気持ちがいい?
 「少年時代」のCDを聴きなおしてみて、恐れ入った。四分音符以上で伸ばす箇所の子音が、みごとなまでにイ音になるように作られている。

 〈夏が過 風あざ 
 
 誰のあこがれ さまよう

 青空
 残された

  私の心は 夏模様

  夢が覚め 夜の中
   
  永冬が 窓を閉じて

  呼かけたままで

  夢はつま 想い出のあとさ
     
  夏まつ 宵かが

  胸の高なり 合わせて
        
  八月は 夢花

  私の心は 夏模様〉


 「少年時代」ではヽ冒頭に登場する〈風あざみ〉について、そんな名前の植物はないとか、こんな言葉は辞書にないとかヽ巷間いろいろ言われている。陽水さんにとっては、その言葉が実際におるかどうかはあまり大した問題ではなくて、歌としてどれだけ人の心に心地よく響きわたるかのはうがはるかに大事だったのだと思う。

 陽水さんは、詞ができないときには、俳句をたしなんでいたお父さんの遺品の「季寄せ(俳句の季語を集めて四季に分類したもの)」を開くこともあるそうだ。自分で俳句をつくることはないというが、響きのいい言葉を探して、俳句感覚で言葉を紡ぎ出すこともあるだろう。

 〈風あざみ〉や〈宵かがり〉〈夢花火〉などの語は、そうやって語感プラス意味を考えながら練り上げられた美しい言葉だと思う。あざみの綿毛が風に吹かれて舞うさまを〈風あざみ〉と称したと考えると、じつに風情のある造語だ。

 私は「少年時代」を『声に出して読みたい日本語』(草思社)のシリーズに収録させてもらったが、一篇の詩として声に出して読んでも非常に気持ちがいい。

井上陽水「少年時代」Yosui Inoue - Shonen Jidai


どんなに強くても見苦しい、みっともない人は
感動しないけど、負けても、高いレベルの人格を
感じたりしたときはすごいと思う。


陽水氏も麻雀を愛する雀士だ。麻雀放浪記の阿佐田哲也氏を敬愛し一緒に卓を囲んだそうだ。

 阿佐田さんは「単純な勝ち負けの結果に捉われない。おのれの利害に一喜一憂しない。危機に陥っても泰然と構え、わくわくするチャンスを目の前にしても浮き足立だない。つねに瓢々として、状況に呑み込まれない精神性――。」陽水さんに刺激を与え、価値観に多大な感化を及ぼしたようだ。

 
「負けたときに、自分の態度をしっかりしておきたいと思うんです。勝つという人よりも、負けたという状況をサラリと受けとめられる人の方がすごく魅力を感じますね」
 なるほど麻雀の師としてだけでなく、「これぞ大人の男の生き方だ」と思うものがあったに違いない。

しかし、麻雀は囲碁や将棋と違い、時として実力が下回るものが運で勝つことがあるから面白いゲームだと私も思う。

若さというか不完全さがないと、運はついてこない。手練に、裏ドラはつかない。 
 p58 練達と運に関する陽水哲学
「阿佐田哲也(色川武大)さんの麻雀について、とても強いのになぜか実力で劣る自分たちに負けることがあったといって、陽水さんはこんな話をしている。
「(阿佐田さんは)ものすごくうまい。だけど、どういうわけか、裏ドラがあまりつかなかった」「つまりさ、練達の土になっちやうと、運が逃げちやうんだよ。経験を積み、合理的にものを考え、クールになって、仕組みが分かって、ものが見えてくると、今度は運が逃げちやう。どこかに、若さというか不完全さがないと、運はついてこない。手練に、裏ドラはつかない」
麻雀を嗜む人間ならわかると思うが、深い言葉だ。

多くの人が簡単には拍手を送れない。
でも、その魅力に気づいた人は、
逆になかなかそこから抜けられない。
不愉快な刺激は癖になる

刺激には誰もが受け入れやすい「快適な刺激」とちょっと不愉快だが癖になる「不愉快な刺激」がある。ポールマッカートニーは「快適な刺激」であって誰もがこれはヒットすると感じる曲が多い。一方ジョンレノンは「えっ?」という違和感があることをいちいちやる。声の出し方、ギターの弾き方、即興力、個性的でバランスがいい。一度その魅力に嵌ると病み付きになる・・・

井上陽水は一人でポールとジョンの二役のセンスを持っていると斎藤先生・・・
確かにそうだが・・・いくらなんでも「井上陽水>ビートルズ」はナイんじゃないかなぁ。

名曲「傘がない」は
天下国家より目先の女っていう歌ですから。

 傘がない   

都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない
行かなくちや 君に逢いに行かなくちや
君の町に行かなくちや 雨にぬれ
冷たい雨が 今日は心に浸みる
君の事以外は何も考えられなくなる
それはいい事だろう

テレビでは我が国の将来の問題を
誰かが深刻な顔をしてしやべってる
だけども問題は今日の雨 傘がない
行かなくちや 君に逢いに行かなくちや
君の家に行かなくちや 雨にぬれ
冷たい雨が 僕の目の中に降る
君の事以外は何もみえなくなる
それはいい事だろう

最初、これ以上沈鬱で暗くて重い歌い出しで「都会では自殺する若者が増えている」
と歌い出して、深いメッセージ性があるような歌だと思わせておいて、今の社会などどうでもいい、俺は彼女に逢いにいてエッチしたいんだ!傘が無くて濡れちまう!という実に軽い歌詞なのだが・・・・
その裏には発表された1972年は1969年安田講堂は既に落ち、1970年安保闘争も終わり、沖縄も返還され、時代はシラケ世代へと変遷していった。

井上陽水が歌った「傘が無い」はまさにシラケ世代を代表するかのような歌であるが、井上陽水からすれば、一つの方向に人々が群れを成して走ることに疑問を持ち、ちょっと距離をおいたところから「でも、本当にそれでいいの?」「こんな見方もあるでしょう?」と陽水は疑問を投げかけるのだ。


執筆中