オスとメスの「利害の不一致」は宿命なのか 人間の常識は非常識?生物の巧みな性戦略とその多様性
JBpress 2015/9/7 11:45 矢原 徹一
生物には必ずオスとメスがいる。そう思われている方が多いだろう。しかし、この常識が通用しない生物は少なくない。生物の世界を見渡せば、メスだけの生物、両性具有の生物、性転換する生物など、性のあり方は実に多様だ。生物の性はどうしてこんなに多様なのだろうか。
■メスだけの世界~フナもタンポポも
まず、生物の世界で見られる性の多様性を紹介しよう。日本の淡水魚の代表ともいえるフナ、この多くはメスだ。母親が受精を経ずに産卵する。もちろん生まれてくる娘はすべて母親のクローンだ。ドジョウの仲間にもこのような無性生殖が多い。ヘビやトカゲにも見られる。また、植物では身近なタンポポの仲間に、無性生殖が多い。このように、無性生殖は動植物を通じて広く見られる。
そもそも、生物が増えるためには、オスは必須の存在ではない。娘を2個体産む母親と、息子と娘を1個体ずつ産む母親の競争を考えてみよう。前者(無性生殖型)は世代ごとに倍に増えて行くが、後者(有性生殖型)は増えない。このため、両者が1対1の割合からスタートした場合、わずか10世代で有性生殖型は全体の2%まで減ってしまう。増えるという点では、無性生殖のほうが圧倒的に有利なのだ。
ではなぜ有性生殖が広く見られるかというと、有性生殖には増殖率が低いというコストを上回るベネフィットがあるからだ。その理由として有力視されている要因は2つある。
1つは病原体の存在だ。遺伝的に均質な子供を産み続けると、その遺伝子型に適応した病原体が進化する。病原体は世代時間が短い。世代時間というのは、生まれてから子孫をつくるまでの時間であり、人間が約30年ならば、大腸菌は約30分だ。ハイペースで世代交代をするため、宿主に適応する速度も速くなる。このような病原体に対抗する上では、有性生殖によって遺伝的な組み合わせを変えて、子供に多様性を作り出すほうが有利だ。
第2のベネフィットは、有性生殖によって母親と父親の遺伝子をシャッフルすれば、有害遺伝子の蓄積が避けられることだ。無性生殖を続けていると、有害な(生存力や繁殖力を低下させる)突然変異が蓄積しやすい。
有性生殖をすれば、遺伝子がシャッフルされる結果、子供の中には有害な変異をたくさん持つ個体から、ほとんど持たない健康な個体まで、バリエーションが生まれる。後者がより高い確率で生き残り、セレクションされた結果、有害遺伝子の蓄積が避けられるのだ。
病原体と有害遺伝子のどちらの効果が大きいかについてはまだ十分に分かっていないが、おそらくこの両方の効果のために、有性生殖が広く進化していると考えられている。
■両性具有の世界~なぜカタツムリは「恋矢」を刺し合うのか
有性生殖をする生物の中での性表現も多様だ。カタツムリのように、両性具有の生物も少なくない。両性具有の生物には、出合った相手と必ず交配できるという利点がある。カタツムリは多くの場合、生息密度が低く、個体同士が出合う機会が少ないために、両性具有が進化しているのだろう。
両性具有ということは、すべての個体がメスでもあり、オスでもある。つまり、雌雄同体だ。したがって、オスどうしの争いや、オス・メス間の駆け引きとは無縁に思われがちだが、カタツムリの生殖はわれわれの想像を上回る争いに満ちている。
カタツムリの仲間には、「恋矢(れんし)」と呼ばれる鋭利な刃物のような石灰質の器官を持つ種が少なくない。彼・彼女らが交尾をするときには、この「恋矢」(英語ではlove dart)を相手にブスリと刺し合う。
東北大学の千葉聡さんらの研究によれば、「恋矢」を刺すことで受精率が高まり、「父親」として残す子供の数が増える。なぜなら、「恋矢」から出る物質が精子の分解を防ぐからだ。「母親」として子供を産むことは大きなコスト(「父親」よりもエネルギーや栄養をたくさん使う)を伴うので、両性具有のカタツムリはできるだけ「父親」になろうとして、受け取った精子を分解してしまうのだ。この分解に対抗するための武器が「恋矢」である。
両性具有だからとって性の争いから解放されるわけではなく、できるだけ「父親」になろうとする競争があり、その結果「恋矢」を刺し合うという凄絶な争いが進化してしまった。「角だせ、槍だせ、頭だせ」という童謡の歌詞には、実はこの生殖をめぐる争いが描かれているのである。
■花は昆虫との駆け引きを工夫する
花が咲く植物の多くは、雌雄同株であるだけでなく、1つの花におしべとめしべをつけることが多い。これは、「母親」(種子親)としても、「父親」(花粉親)としても、昆虫を惹きつける必要があるからだ。植物は移動能力がないので、花粉を昆虫に運んでもらって初めて他個体との受精が可能になる。
昆虫が他個体から花粉を運んできてくれれば、めしべが花粉を受け取って種子をつけ、「母親」になれる。一方で、おしべの花粉を他個体のめしべへと昆虫が届けてくれれば、「父親」になれる。いずれの場合にも、写真のような美しい花びらで、昆虫を惹きつける必要がある。もし雌花(めばな)と雄花(おばな)を別々につければ、花びらという「広告経費」が2倍かかることになる。また、花にやってきた昆虫に対して、「花蜜」という報酬を出すのだが、この報酬も2倍必要になる。
なお、花粉の運び屋として重要なマルハナバチやミツバチは、 花粉だんご を作って巣に持ち帰る。栄養価の高い花粉は重要な食糧だ。しかし、これは植物にとっては迷惑な話。花粉は動物で言えば精子に相当するものなので、植物としてはできるだけ巣に持ち帰ってほしくない。体表の毛にくっつけて、他の花に運んでくれればそれで良いのだ。
これに対抗するために、植物は多くの場合、写真のようにおしべをたくさんつける。そして、毎日少しずつおしべを開き、花粉が一度に持ち去られることがないようにしている。このように、花はさまざまな工夫をして、花粉が花から花へと運ばれる機会を増やしている。
■合理的に性転換する生物~人気者のクマノミも
同じ個体が年や状況によってその性をスイッチする生物もいる。植物では、マムシグサの例が有名だ。マムシグサの若い個体は、まず雄花をつける。種子生産に比べれば花粉生産はコストがかからないので、若くて小さい個体でも雄花をつけることはできるのだ。
雄花をつけながら成長し、地下茎に十分な炭水化物の蓄えができると、雌株(めかぶ)に性転換し、種子をつける。しかし、種子生産をした後は地下茎の蓄えが大きく減ってしまうので、再びオスに戻ることが多い。
動物でも、父親が精子を作るコストに比べれば、母親が子供を産むコストははるかに大きい。このため、小さいときにはオス、大きくなればメスへと性転換をする場合がある。特に魚類で多くの例が知られているが、これは魚類が植物に似て、年齢や餌条件によって体の大きさが大きく変化するからだ。
例えば、イソギンチャクと共生することで有名なクマノミ類(冒頭の写真)では、1つのイソギンチャク内で最も大きな個体がメス、順位が2位の個体がオスであるが、メスがいなくなると、2位のオスがメスに性転換し、3位だった未成熟個体がオスになる。魚類ではこの順序とは逆に、若い個体がまずメスになり、大きく育つとオスになる場合がある。これはオスが縄張りを持つ場合であり、縄張りを防衛するには、メスが子供を産む以上にコストがかかるのである。
■生物の性はどうしてこんなに多様なのか
以上で紹介したのは、生物の世界に見られる性の多様性のごく一部である。他にも、温度によって性が決まる生物、オスが2種類いる生物、性を3つ以上持つ生物など、常識外れの生物はたくさんいる。生物の性は、いったいどうしてこんなにも多様なのだろうか。
このような性の多様性のルーツを探ると、遺伝子をシャッフルするという仕組み(有性生殖)に行きつく。
単細胞の微生物は二分裂によって増えるが、ときどき2個体が接合して有性生殖をする。このように、単細胞生物では「増殖」(増える行為)と「生殖」(遺伝子をシャッフルして多様性を生み出す行為)は別だった。
やがて、より複雑な多細胞生物が進化し、生殖を担当する細胞に、大きなもの(卵)と小さなもの(精子)の違いが生じ、卵を産む性(メス)が「増殖」を担当するようになった。この時点で、オスは「増殖」という目的にとっては不要な存在となり、増えることが優先される環境(病原体が少ない荒れ地など)では、オスを作らずメスだけで増える生物が繰り返し進化した。それでも有性生殖が広く見られる背景には、おそらく病原体の存在が深く関わっている。
このようなメスとオスによる有性生殖の下では、コストをかけて子供を産む性であるメスと、チープな精子を供給する性であるオスとの間に「利害の不一致」がある。この「利害の不一致」が、性の多様性を生み出した重要な駆動因だ。
この「利害の不一致」の下で進化した動物の生殖行動には、しばしば痛みが伴う。カタツムリの恋矢による刺し合いはその例だ。オスにとっては、メスをいたわるよりも自分の受精確率を高めることの方が重要なのだ。
われわれ人間の場合、父親は母親に協力して、長期間にわたって子育てを手伝う。これほどオスが子育てを手伝う生物は他に例がない。この点で人間は、オスとメスの「利害の不一致」という有性生殖につきまとう宿命をうまく乗り越えた生物と言えるかもしれない。
そして人間では、このような長期にわたる母親と父親の協力関係を維持する仕組みとして、痛みではなく、愛や快楽を伴う行動が進化した。幸いなるかな、われわれ人間は、生殖を楽しむことができる、きわめて例外的な生物なのである。
生物進化は、おそるべき創造を成し遂げた。化学物質から生じた生命は、進化を通じてどんなデザイナーにも描き出せない多様で斬新なデザインを生み出し、どんな技術者にも到達できていないエネルギー変換技術と生命機械を創り出し、人工知能ですらかなわない学習能力と知性を生み出した。その根源が生殖行為による増殖とエラーの組み合わせを繰り返したと思う。
人間と言うのは今のところの到達点なのだが、この記事を読んでふと思ったのが、同性愛というのは一種の無性生殖のなごりではないか?ふとそう思った。
もちろん同性愛では子孫を増やせないのだが、同性愛を選択するのは神がそう選択させた。子孫を残す必要が無い固体が選ぶ選択なのだろう。だが自然界では同性愛でも固体を残す設計もした、それが無性生殖なのだろうけど、人間が魚類であった頃の記憶が蘇ったのが同性愛なのか?
有性生殖のこと利点を考えると移民はある程度歓迎なのかもしれない。
ただし、遺伝子がシャッフルして強い遺伝子になるのは良いのだが、移民が移民のままで固まったままなら遺伝子シャッフルが起きない。
在日朝鮮人の問題も彼らが日本に溶け込もうとせずある種の特定利益集団を形成していることに問題がある。国籍的に日本人であることに誇りを持ち、人種的な過去の日本人を尊重し日本人として生きていくのであれば受け入れてもいいが、特定の利益集団を形成していることが認められないのである。多様性を尊重するのであれば日本人となるべきなのである。
移民は大量には受け入れるべきではないが、移民が日本社会溶け込み遺伝子がシャッフルになる程度徐々になら受け入れてもいいだろう。




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