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釈迦やインドの仏教の学究僧、ギリシャの哲学者は人間の意識とは?死とは?人間は死ぬとどこへ行くのか・・・太古の昔から人は考え続けてきた。


近代以降、20世紀までの科学者達は、死後の概念などナンセンスなもので、どうあっても立証できないと考えていた。かのホーキング博士ですら、「神というアイデアは、宇宙に対する科学理解と必ずしも相いれないものではない」、「宇宙創造の理論において、もはや神の居場所はない」と述べている。


ホーキング博士に限らず、宇宙の本当の姿を知りたいと、多くの科学者達が様々な研究を重ねてきました。理論物理学の研究を重ねるうちに、ひも理論(超弦理論)M理論膜理論(プレーンワールド)と数学の方程式上で突き詰めていくと、我々一般人が知り得る最先端科学においては、11次元の宇宙理論やホログラフィック原理(宇宙宇宙の地平面上に「描かれた」2次元の情報構造、という理論などに、現在辿りついている。

ホーキング博士が間違っていると批判するつもりはないが、2次元宇宙にしても11次元宇宙が成り立つにしても、宇宙の向こう側、宇宙の外がないと、この宇宙が成り立たないのだそうだ。宇宙の外とは「空」ではない完全な「無」なのか、高次元の世界には時間軸は一方ではないのか等々未だに私のような凡人には理解できないことばかりではあるが、この世界の成り立ちを説明するにあたり、科学の世界で、驚天動地の考え方の進展があった。量子論が更に深く深化したのである。

アルベルト・アインシュタインの共同研究者として、統一場理論の構築に取り組んだジョン・ホイーラー( 1911年 - 2008年)が 1978年に「この実験で、あることが証明されるはずだ」と予測した実験がある。1987年の「ホイーラーの遅延選択実験」というもので、この実験で証明されることは、「この世は人間に記録(観測)されるまでは存在しない」という考え方が、実証されたというのだ。勿論宇宙を最初に観測したのは、我々人類ではなく、神様と呼ばれれる意識体かもしれないし、どこかの星の宇宙人かもしれません。


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ホイーラーの遅延選択実験は、スクリーンに2本開いた狭いスリットに光を通して粒子と波動の二重性を示す二重スリット実験なのだが、ホイーラーが提案したのは、スリットが開いた最初のスクリーンの後ろにもう1枚のスクリーンを置くことである。その狙いは、2枚のスクリーンを通過しても光子の状態が一貫しているかどうか確認することだった。

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2015年オーストラリア国立大学の物理学者アンドリュー・トラスコット博士らが光子の代わりにヘリウム原子を、物理的なスクリーンの代わりにレーザー光で作った格子を使って、素早く移動する原子が無作為に導入される2つめの格子を通り抜けたときに起きる現象を正確に測定した。

 その結果、2番目の格子がない場合、原子は粒子のように1つの経路を移動するが、ある場合は、波のように様々な経路を移動することが判明した。

研究者は、2番目の格子が導入される前に最初の格子を通る原子の経路を測定していたため、2番目の格子が導入される潜在性が粒子の状態を影響していることを示唆していた。

量子レベルにおいて、観測するまで現実は存在しないという。未来は過去に影響を与えるか?まるで時間が遡っているかのような現象が確認された。ホイーラーの予想通り「”記録”されるまでは”現象”はない」と結果が出た。

この考えを突き詰めると、宇宙という「現象」は人間が観測して「記録」するまでは存在しないことになる。この驚きの結果は、今後我々が住むこの宇宙の解明の第一歩の手掛かりなり、驚天動地の世界の実相を、我々に突き付けてくるかもしれません。

量子論の登場は私たちが住むこの宇宙を解き明かす科学側のアプローチですが、実は人類はこの考えに、宗教や哲学側から、既に辿りついていた考え方であった。


デカルトの「我思う、故に我在り」(われおもう、ゆえにわれあり、 Cogito ergo sum)は、自分はなぜここにあるのか”と考える事自体が自分が存在する証明である(我思う、故に我在り)、とする命題である。 コギト命題といわれることもある。

自分を含めた世界の全てが虚偽だとしても、まさにそのように疑っている意識作用が確実であるならば、そのように意識しているところの我だけはその存在を疑い得ない。「自分は本当は存在しないのではないか?」と疑っている自分自身の存在は否定できない。


さらにもっと以前にインド哲学や仏教においても、量子力学が唱える宇宙観に到達していたのである。その究極のものが「色即是空・空即是色」の考え方、般若心経である。宇宙は、無限耳鼻舌身意(眼・耳・鼻・舌・身体・心といった感覚器官もない)無色声香味触法(形・音・香・味・触覚・心の対象、といったそれぞれの器官に対する対象もない)無限界乃至無意識界(それらを受けとめる、眼識から意識までのあらゆる分野もないのである。)だがたった一つだけある、「空」だ。「空」という考えは、「是諸法空想 (この世の中のあらゆる存在や現象には、実体がない、という性質がある)」だが、言語概念を越えたものであるから、仏教では瞑想し会得する考え方である。

般若心経「色即是空・空即是色」、デカルトの「我思う、故に我在り」、ホイラーの「遅延選択実験」=「”記録”されるまでは”現象”はない」がそれぞれの過程は違えども、仏教と西洋哲学と量子力学それぞれ全く異なるところから考え始め、21世紀の今、一つの到達点に科学と宗教・哲学が纏まろうとしています。

現在の科学の最先端、「量子力学」が、仏教や西洋哲学が考えてきた世界観と科学が絡み合いはじめ、科学と宗教の統合が起き始めてきているのです。

逆に言えば、東洋の思想は本当に凄かったのではないか!ということにもなります。釈迦の悟りを一言で端的に示す場合、一般的に「縁起」と表現されます。

日本仏教(禅)の中で「悟り」となった場合には、通常、「空」という概念が持ち出されますが、この「空」とは、一説に、釈迦滅後数百年後の大乗仏教の勃興に伴い、「縁起をより分かり易く」ということで生み出されたものだと言われています。

つまり「縁起」をより洗練されたものに刷新すべく、考案された新しい表現方法なのです。では「縁起」とは一体どのようなものでしょう?

「縁起」とは、「全ては関係性によって成り立っているということです。」

例えば「りんご」。リンゴはりんごだよ、知らない人などいないだろうと、言うかもしれません。でも、リンゴのことをまるっきり知らない人に説明するとしたら、「リンゴはりんごだよ」では説明することは出来ません。

リンゴとは漢字で「林檎」、英語ではapple、学術名「Malus pumilaバラ科リンゴ属の落葉高木樹。またはその果実のこと。植物学上はセイヨウリンゴと呼ぶ。春、白または薄紅の花が咲く。果実は球形で甘酸っぱい。・・・

必ず、何かとの関係性を引き合いに出さなければ説明することは不可能であり、単体という絶対的な概念は存在し得ない。必ず何かとの関係性によって定義される相対的なものでしかない。「全ては縁によって起こる」

釈迦は、「これがあらゆる物事の実態であり、真理」として「縁起」を悟ったと考えられています。

中国哲学である「老荘思想」における「道(タオ)」も禅の「」も釈迦の「縁起」と基本的に同じ考え方である。

老荘思想では「無い」ということを定義しますが、「有無相生」と言われるように、そもそも「有る」という概念は、「無い」という概念ありきで成り立っているわけですから、やはり「縁起」の枠から外れることはないのです。つまり、この世界の真の相は「空」であり、「道」であり、そして「縁起」なのだと。

「科学」という見地が、論考と実験という実証を積み重ね、「」や「縁起」の概念を論理的に証明しはじめた。科学の探求の帰趨は、それは東洋思想における偉人たちが到達した「悟り」と同一のものだったのです。この宇宙は実体のない「空」であるが、観測者である我々との関係が「縁起」となり、「存在」するものになるのである。

そして、科学が宗教によってのみ語られてきた、死後の世界について語りだし始めたのである。
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                          画像は「Thinkstock」より引用                                                                    我々は死後どうなるのだろうか? 肉体が朽ち果て、魂は天国(あるいは地獄)へと向かうのだろうか? 太古より人類が考えて続けてきた死の問題に科学者の口から意外な解答が飛び出した。


■時間も空間も幻想

英紙「Express」(8月22日付)によると、アステラス製薬で科学最高責任者(CSO)を務めるロバート・ランザ博士は、我々は死後、“新たな時間”に突入すると語っているという。一体どういうことだろうか?

まずランザ博士は、「空間から全てを取り去ったら何が残るだろうか」と問いかける。何もない虚無が広がるようなイメージを持つが、ランザ博士の答えは“無”だ。そして同時に時間も存在しなくなるという。時間や空間は、たとえ人間が誰一人存在しなくとも絶対的に存在するかのように思われるが、ランザ博士は、それらは客観的に存在する対象物ではなく、脳が世界を統合するためのツールに過ぎないと語る。                                    
イメージ 2画像は「Express」より引用

おそらく20世紀で最も時間と空間について深く理解していた物理学者、アルバート・アインシュタインも、時間や空間、そして時間に依存した因果律というものは、物理学的なツールであり、客観的に存在するものだとは捉えていなかったと言われている。そのことは、アインシュタインが亡くなった親友ミケール・ベッソに送った言葉からも伺える。

「彼はこの奇妙な世界から私より少しだけ先に旅立ちました。しかし、そのことは大した問題ではありません。我々のような物理学者は、現在・過去・未来というのが単なるしつこい幻想だと知っているからです」


■死後、新たな時間が始まる

イメージ 3画像は「Thinkstock」より引用
                                                   アインシュタインが生涯をかけて戦かった量子力学においては、そもそも世界というものは観察者抜きには成立しないことが徐々に明らかになっていった。このことから、ランザ博士は、世界や時空間、客観的な世界を前提としたニュートン力学に伴う全ての概念は我々の死とともに消え去るが、「驚くべきことではない」と語る。

とはいえ、死とともに、もちろん“幻想”を生み出していた意識も消え去ると思われるが、その時、我々はどうなるのだろうか? ランザ博士によると、意識が消失することで、もはや時空ともいえないような全く新しい時間が始めるというのだ。そこでは、もちろん時間が過去から未来へ流れるようなことはなく、あらゆる時空間を自由に行き来できるようになるとのことだ。

ギリシアの賢人ソクラテスは、死を恐れることは知らないことを知っているかのように振舞う愚かな態度であり、「楽しき希望を持って死に臨む」よう訴えていたが、どうやら、量子論的にも死は楽しそうな出来事のようだ。自由に時空を行き来するとは一体どんな“経験”なのだろうか? 今から楽しみで仕方がない。
(編集部)





「我々は常に幻覚を見ている」――。この4月に開催された「TED 2017」の登壇者の1人、アニル・セス氏が発したこの言葉が、世界中で話題を呼んでいる。セス氏によれば、“現実”とはすなわち“人々の間で共有された幻覚”にほかならないというのだ。


意識は我々が生存するために存在している

英・サセックス大学の神経科学部教授であるアニル・セス氏は、この春にカナダ・バンクーバーで催された「TED 2017」の壇上で、今なおサイエンスにとっての難題である人間の「意識」の問題を深く掘り下げている。

「私たちの脳の小さな生物機械である数十億のニューロンが織り成す活動――それこそが意識を生み出しています。では、意識はどのように引き起こされているのでしょうか? この謎に挑むことはとても重要です。この答えがない限りは、世界もなければ自分も存在せず、何もないことになりますから」(アニル・セス氏)

セス氏は「意識は我々が生存するために存在している」と定義している。睡眠は別としても、確かに知覚機能に加えて意識がなければ、我々は飛んでくるボールをキャッチできないし、鳴り響く電話に出ることもできない。                  
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Collective Evolution」の記事より
危険に満ちたこの世界をサバイブするために必要不可欠な「意識」だが、一方でセス氏によれば意識が見ている世界は“幻覚”でもあるという。意識とは「脳が予期したものの総体」、つまり知覚によって取り込まれた情報を用いて脳はさまざまな予測を行い、その数々の予測によって“現実”が形成されていると説明している。そう考えると我々は、自分の脳が見たいものを見て、聞きたい音を聴いていることになる。

「そこにある現象を理解するということは、知覚された情報をもとに脳が予測したものであるか、こうであるはずだという信念に基づく推測のプロセスであると説明できます。脳自体は音を聴くこともできなければ、光を見ることもできませんから」(アニル・セス氏)
イメージ 5       Collective Evolution」の記事より

壇上のセス氏は、聴衆に奇妙な話し声を聴かせている。音声編集ソフトで変換された音で、何を言っているか判別することはできないのだが、次にセス氏は先の音声の元になっているオリジナルの話し声を再生する。すると「ブレグジットはひどいアイディアだと思う」という音声がはっきりと流れる。そして、再び最初の奇妙な音声を流すと、多くの聴衆は話し声の内容が聞き分けられるようになり、会場にちょっとしたどよめきが起こった。セス氏によると、これは脳が類推を働かせたことで聞き分けられるようになったと説明できるとのこと。そうだとすれば、確かに我々は基本的にいつも幻覚を見て、幻聴を聞いているのかもしれないではないか。

■「死を恐れる必要はまったくない」

さて、我々は五感によって外界の情報を取り入れている一方、体の内側からくる感覚もまた重要であるとセス氏は説明している。いわゆる“内臓感覚(gut feeling)”や身体の内部から発せられる音なども意識に影響を及ぼしているということだ。

そして、我々がそうした“生身”の存在であるということが、簡単には人間をAIで代替することができない根拠になっているということだ。

「意識を持ったAIが登場するのは、かなり遠い先のことだと思います。私の研究では、意識は純粋な知能とは関係がなく、生きて呼吸する生物としての私たち自身の性質、すなわち“生身”であることと最も深く関係しているのです。意識と知能は非常に異なるものです。あなたは賢明であろうとして気を煩わせる必要はありませんが、生き延びようとしなければなりません」(アニル・セス氏)

そしてTED講演の最後を締めくくる言葉として、セス氏は3つの提言を述べている。

1つは、私たちが世界のすべてを正確に捉えられないように、自分自身のことさえ正確にはわかっていないという事実を自覚することである。この自覚は、精神疾患系の症状を治療する際に鍵となる認識であるということだ。

2つめは先のAIの話題ともつながるが、人間の意識はコンピュータにアップロードできるようなもの「ではない」ということだ。我々は“生身”の存在であり、AIやロボットがどんなに賢くなっても、人間に代わるものにはならないということである。 
イメージ 6画像は「TED」より

そして最後にはセス氏の宇宙観が語られ、「個々人の意識はこの広大な宇宙意識のわずかな一部分を占めているにすぎない」と解説している。人間以外の生物も、すべてが宇宙意識の構成要素となっているという。これは、宇宙と個人の意識のどちらが主従ということもなく、あくまでも宇宙の構成要素であり、その意味で死を恐れる必要はまったくないと力説している。たとえ生物学的な死が訪れようと、すでに我々は宇宙の一部分であることに変わりはないからだ。

認知の問題から意識の問題、そして宇宙論まで、よどみなく解説するセス氏のスピーチは多くの聴衆の心をつかんだようだ。今回のセス氏のスピーチ以外にも、知的刺激を受けるTEDトークはたくさん公開されている。日本語字幕があるものも少なくないので、時折TEDのアーカイブを眺めてみれば意外な発見がありそうだ。
(文=仲田しんじ)

Your brain hallucinates your conscious reality | Anil Seth

世界中の科学者・哲学者が今も頭を悩ませ続けている“人間の意識”。人類が数千年にわたり挑み続けてきたこの難問に、この度、一石を投じる理論が提唱されたとのニュースが舞い込んできた。なんと、意識はあなたが生まれる以前から存在し、死後も永遠に存在し続けるというのだ!


英化学者「意識は宇宙に偏在する」

イメージ 7驚きの理論を提唱しているのは、英グラスゴー大学などで教鞭を取り、現在は著述家として活躍している化学者のデイヴィッド・ハミルトン博士。博士によると、全ての意識は肉体の誕生以前から宇宙に存在し、死後も存在し続けるという。一体、どういうことだろうか? 英紙「Express」(7月13日付)の記事から博士の発言を引用しよう。

「我々一人一人は人間として地球上に誕生する前から存在しました。我々は純粋な意識ですが、現在は身体的・物理的レベルで存在しているということです」(ハミルトン博士)
「科学のメインストリームでは、意識は脳の化学的な副作用だとされていますが、私の考えは違います。確かに、テレビの配線の質が電気信号処理と映像の質に影響を与えるのと全く同様に、脳が意識に影響を与えることはあるとは思います。しかし、テレビは番組を作ることはできません。同様に脳は意識を生み出してはいないのです」(同)                
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要するに、痛覚を伝達するC繊維が刺激されれば、痛みが意識されるように、脳と意識には相関関係があることは間違いないが、脳が意識そのものを生み出したわけではない、ということである。

さらに、ハミルトン博士は、意識は量子レベルで時空を超えて存在するとも語っている。キリスト教などにおいては、死後、人間の「魂」は天国や地獄に行くとされているが、博士の考えによれば、天国も地獄も存在せず、魂はこの世界に留まり続けるということだろう。これは、「エネルギーは創造されもしないし、破壊されもしない。ある形から別の形へ変わるだけである」と語ったアインシュタインの物理学とも通底するように思われる。

意識の存在は宇宙の神秘                                
イメージ 9画像は「Express」より引用
                                                   また、以前トカナでもご紹介した、再生医療の専門家ロバート・ランザ博士も、ハミルトン博士と似た立場から意識の謎に取り組み、物質ではなく生命と意識こそ現実理解のための基礎的な要素であるとする「生命中心主義」を標榜している。ランザ博士によると、意識は物質よりも根源的な存在であり、肉体は意識を受信するためのアンテナに過ぎないという。

意識の問題を主題的に扱う哲学の一分野「心の哲学」でも、脳や神経細胞といったレベルの構成においてはじめて生まれるのでなく、宇宙の根本的レベル、つまりクォークやプランク長といったレベルにおいて原意識という形で存在するとされているという「汎経験説」が提唱されている。(参考:「心の哲学まとめwiki」)   
イメージ 10画像は「Thinkstock」より引用
                                                   このように、意識には脳に還元することのできない、全宇宙の神秘が宿っているのだ。これから徐々に、「意識=脳の作用」という構図は解体され、宇宙や量子力学を巻き込んだ壮大な探求になっていくことだろう。今度ますます意識の問題から目が離せなくなりそうだ。
(編集部)

参考:「New Scientist」、「HEAL YOUR LIFE」、ほか
この世界が仮想現実であることを示す証明式


 死後の世界は存在するのかしないのか。スピリチュアルな話題としてはかなりポピュラーなものであるが、肯定派を決定的に裏付けるような元ハーバード大学の脳神経外科医の話を紹介しよう。


■7日間の昏睡の間に天国へ!?                               
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                                                                                                     スピリチュアル好きの間ではあまりにも有名な博士かもしれない。日本でもテレビなどでたびたび紹介されている人物による研究が、今なお注目され続けている。

数あるアメリカの新聞でも、有力紙の一角として認められているニューヨーク・タイムズ紙のレポートにも取り上げられた、エベン・アレキサンダー3世博士の著書である『プルーフ・オブ・ヘヴン--脳神経外科医が見た死後の世界』(原題:Proof of Heaven)で、アレキサンダー博士が実際に自分で体験した死後の世界が詳細に書かれている。                                         
イメージ 12エベン・アレキサンダー3世博士 画像は「ABC News」より

死後の世界など、医学的見地から見れば完全に否定されるものという持論の元に、キャリアを築き上げてきた脳神経外科医のアレキサンダー博士は、2008年に細菌性の脳髄膜炎に冒され、昏睡状態となるまで悪化した。

絶望的とも思われていた7日間の昏睡状態から奇跡的に復活した博士は、その昏睡状態中に奇妙な体験をしたと語った。

ゼリー状の不定形なものに生まれ変わり、蝶の羽をまとい、紺碧の目を持つ美しい女性に導かれて天国へ行ったというのである。そして、天国は以下のような場所だと語った。

・天国では言葉は必要なく、すべてはテレパシーによってコミュニケーションがとれる。
・天国は様々な光を放つオーブに満たされた巨大な空間。
・天国は愛が満ちあふれている空間。

過去の膨大な臨死体験談と共通する部分も多く、この話だけでは昏睡状態中に脳内再生されたイメージを語っているものではないかと思われかもしれないが、このアレキサンダー博士の場合は、その後の対応が科学的だった。      
イメージ 13画像は「ABC News」より                                                                                       ■臨死体験者が語る死後の世界には共通点が多い 

博士は、「昏睡中の自分の脳の機能状態」を医学的に調査し、昏睡中に脳がまったく機能していなかったことを証明し、発表しているのである。

まったく機能していないということは、幻覚なども含め、何かが脳内で処理されていた事実はないということである。したがって、博士が体験した天国は、脳内で勝手につくりあげられた天国のイメージではなく、実際に博士が体験した天国そのものなのである。
イメージ 14画像は「ABC News」より
                                                   前述の博士の著書は、ベストセラーとなってアメリカで死後の世界のあるなしについて活発な答弁などが行われたということであるが、現在博士はハーバード大学を退職し、アメリカ各地で臨死体験者とのコンタクトをとり、調査をしているとのことである。

確かに、臨死体験者が語る死後の世界には共通点が多く、それは世界の東洋を問わず似た傾向がある。その描写については各人の文化的バックグラウンドに拠るものもあるが、皆が皆同じような光景を語っているのは、そこにそれがあるとしか思えなくもない。

自分が臨死体験をしてみないとわからないのかもしれないが、それはちょっと遠慮したい。しかし、死後の世界についてはちょっとどころか、かなり興味がある。本当にそのような空間があるのだろうか。
(文=高夏五道)
      Proof of Heaven?
30_宇宙論に対する仏教思想からの回答2015

いまだ、昭和の常識では間もなく終わる平成時代、そして次の時代の新常識を受け入れることはなかなか敵わないかもしれない。

上に貼った如何わしいサイトの理論は誤っているかもしれない。しかしながら、科学は今、少しづつかもしれないが、人間の意識と宇宙の神秘を解明しようとしている。

我々が持つ常識は、不変の常識ではないということだけは、私は理解したつもりになりました。