長らく入院中の母であったが、点滴も出来ず、みずも飲まなくなって血圧が60まで下がったと12/27昼前に連絡があり、急ぎ妹と姪を中落合で拾い、水戸に向かった。

そこには酸素マスクを着けた母が寝ていた。

寝ていた母の目が開き一瞬微笑んだようにも見えた。

死にゆく母をただ見送りたくて、母に付き添いまもなく四日目朝を迎える。

願わくば母にお正月を迎えさせてあげたいが、微妙なところだ。

1日目の夜、親戚が次々と最後のお見舞いに来てくれた。私は努めて冗談をいい、明るく見送ってねと、病室をなごませている。

病室が和むと気のせいか母の表情が良くなっているような気がする。

母親は、長らく施設と病院を転々としたが、漸く今人生の修行を穏やかに終わろうとしている。

いま、私は母と二人きりで病室にいる。
二人の妹達は隣の空き病室で寝ている。

四日前母は目を時々開いてくれたが、昨日は一度も開いていない。

じっと手を握っていると微かに握り返してくれる。

母は酸素マスクをつけてはいるが、穏やかな表情をしている。

父は死にゆく母を見るのが辛いと昨日も一二時間しか病室に居なかった。

母親に向かって頑張れといい泣き叫ぶ姿を見てると、正直なところ、父の血を引いている自分がなさけなくなる。

父は明日リンケル液を打つよう医者に頼むとか言っているが、なんて情けないのだろう。1日余計に母が生きても母には辛いだけだということを理解していない。

胃ろうを求める父を制してくれた小泉先生には感謝している。胃ろうは本人にとって痛いんですよよと、聞き分けのない父の手に父の手にペンを刺してくれた。

八十を過ぎた母にとって、延命治療は意味のないことに思える。延命治療は苦痛が続くだけで、本人にとって辛いだけだ。1日でも母に長生きしてほしいと願うのは、父親のエゴでしかない。

延命治療で伸ばした命など何の価値があるのだろう?

人生という修行を終え神様のもとに還ろうとする魂に対して邪魔をするだけだ。