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The future Multi Mission frigate / 30DX conceptual model at Sea Air Space 2018 on MHI booth.



航空新聞社のツイッター2018年4月4日13:09 -によれば
海上幕僚監部は4月3日、3900トンクラスの平成30年度護衛艦の艦種記号を「FFM」に決定した。諸外国で同程度サイズの艦艇に付与される“FF(フリゲート)”に加え、機雷の“Mine”や、多機能性を意味する“Multi-purpose”から「M」を明記して、新たな艦種記号を付与することとなった。
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考えてみれば、27DDGが基準排水量8,200トン満載排水量:10,070トンと、1万トンを超え、帝国海軍の重巡洋艦クラスとなった。そもそも巡洋艦の定義は、1922年に締結されたワシントン海軍軍縮条約によって「砲口径5インチ(127mm)超過8インチ(203mm)以下で基準排水量10,000トン以下の艦」と定義された。これを一般に条約型巡洋艦というが、27DDGイージス艦は巡洋艦と言っても過言ではない。

最新型DDあさひ型が基準 5,100トン満載 6,800トンで、こちらも戦前の区分でいけば主砲の直径が8インチ(203mm)以下なので軽巡洋艦クラスであり、駆逐艦の大きさを凌駕している。

「フリゲート」という単語は「フレガータ」(fregata)を語源とする。これは地中海で用いられたガレー船であり、複数のマストと帆、多数の橈を備えた快速船の別称であったが、のちに転じて、広く快速の帆走軍艦を指すことが起源であった。

だが、フリゲート艦の定義は、時代や国によって曖昧で、英国では第二次世界大戦当時は「高速コルベット」、後に「二軸コルベット」と称されていたが、1943年2月、コルベットより上位の軍艦として「フリゲート」と再種別され、近代型フリゲートの嚆矢となった。

アメリカ海軍では、第二次世界大戦当時は駆逐艦に準じた構造で同様の任務に充当するための護衛駆逐艦(DE)とともに、リバー級に準じたタコマ級フリゲート(PF)も建造された。長距離航洋護衛艦が広くこのように称されるようになった。

しかし、駆逐艦など、他の艦種との区別は当初より不明瞭で、戦後一時期冷戦下の米国海軍では駆逐艦と巡洋艦の間が大型駆逐艦=フリゲート艦と定義された時期があったが。

現在では、ジェーン海軍年鑑やアメリカ海軍協会(USNI)の「コンバット・フリート」など第三者による年鑑では、巡洋艦や駆逐艦より小さく、コルベットより大きい水上戦闘艦を表す一般的なカテゴリとして用いられている。これらの年鑑では運用当事者による分類を加味しているが、国際戦略研究所の年報「ミリタリー・バランス」では、満載排水量1,500~4,500トンの戦闘艦を一律にフリゲートと類別している。

コルベットは、海防艦と訳されているが、フリゲート艦には日本語の対訳がなく、しいて言えば警備艦もしくは護衛艦がもっとも相応しい訳語かもしれない。

折角FFMという新しい名称を頂いたので、強いて多用途護衛艦でいいのではないだろうか?むしろDDクラスを駆逐艦、DDGクラスを巡洋艦、DDHをヘリコプター母艦・航空母艦と呼んだ方がふさわしいかもしれない。

さて、30FFMの艦名だが、DEクラスで用いられた、河川の名前になると思う。

ちなみに現在DE護衛艦には、あぶくま型6艦が在籍している。

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あぶくま (DE-229) 艦名由来は阿武隈川 先代は、長良型軽巡洋艦
じんつう (DE-230) 艦名由来は神通川 先代は、川内型軽巡洋艦
おおよど (DE-231) 艦名由来は大淀川 先代は、軽巡洋艦大淀
せんだい (DE-232) 艦名由来は川内川 先代は、川内型軽巡洋艦
ちくま (DE-233)   艦名由来は筑摩川 先代は、利根型重巡洋艦
とね(DE-234)     艦名由来は利根川 先代は、利根型重巡洋艦

かつて在籍していたが退役済の海上自衛隊の護衛艦で河川の名前を使用していた艦は他に4クラス18隻存在していた。あぶくま型と合せて24隻となる。

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いすず(DE-211) 艦名由来は五十鈴川 先代は、長良型軽巡洋艦。  
もがみ(DE-212) 艦名由来は最上川   先代は、最上型重巡洋艦。  
きたかみ(DE-213)艦名由来は北上川  先代は、球磨型軽巡洋艦。  
おおい(DE-214) 艦名由来は大井川   先代は、球磨型軽巡洋艦。

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ちくご(DE-215)  艦名由来は筑後川 初代  
あやせ(DE-216) 艦名由来は綾瀬川 初代(軽巡「夕張」当初計画艦名)  
みくま(DE-217)   艦名由来は三隅川 先代は、最上型重巡洋艦。  
とかち(DE-218)  艦名由来は十勝川 初代  
いわせ(DE-219) 艦名由来は岩瀬川 初代  
ちとせ(DE-220)  艦名由来は千歳川 先代は航空母艦千歳初代は笠置型防護巡洋艦
によど(DE-221)  艦名由来は仁淀川 初代(大淀型軽巡予定艦名)  
てしお(DE-222)  艦名由来は天塩川 初代  
よしの(DE-223)  艦名由来は吉野川 初代は、吉野型防護巡洋艦  
くまの(DE-224)  艦名由来は熊野川  先代は、最上型重巡洋艦。  
のしろ(DE-225)  艦名由来は能代川  先代は、阿賀野型軽巡洋艦。

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いしかり(DE-226) 艦名由来は石狩川  初代

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ゆうばり(DE-227) 艦名由来は夕張川 先代は、軽巡洋艦「夕張」  
ゆうべつ(DE-228) 艦名由来は湧別 初代

■旧帝国海軍に存在していた河川の名前がついた軍艦一覧

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航空機母艦/水上機母艦
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加古  

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軽巡夕張の艦名は当初の仮名は綾瀬としていたが、名前に「瀬」を使う艦はあまり艦命が良くないという話があった (例えば「初瀬」等)。 艦政本部では加茂(かも)と木津(きづ)を提案したが、加茂(kamo)はローマ字にすると既に艦名として使われている球磨(kuma)に近く、木津の方は傷(きず)と響きが同じとの意見が出た為  北海道の河川名が無い事に遺憾の声もあり、 候補艦名として北海道の河川名である一番艦夕張(ゆうばり)と二番艦が名寄(なよろ)が内定した。

ということで、加茂(かも)木津(きづ)名寄(なよろ)も候補としてあげると、アイウエオ順で現役艦が阿武隈 あぶくま、護衛艦に在籍した艦名が綾瀬 あやせ、計画された艦名が加茂 かもとなり、残ったものが阿賀野 あがのとなる。
その他砲艦名 淀(よど) 宇治(うじ) 墨田(すみだ) 保津(ほづ) ロシア鹵獲病院船 (姉川)あねがわ等がある

阿賀野 あがの
阿武隈 あぶくま あぶくま型1番艦 
綾瀬   あやせ
石狩  いしかり
五十鈴 いすず
岩瀬  いわせ
大井  おおい
大淀  おおよど あぶくま型3番艦
加古  かこ
加茂  かも
木曾  きそ
北上  きたかみ
木津  きづ
鬼怒  きぬ
球磨  くま
熊野  くまの
酒匂  さかわ
神通  じんつう あぶくま型2番艦
鈴谷  すずや
川内  せんだい あぶくま型4番艦
龍田   たつた
多摩  たま
筑後   ちくご
筑摩  ちくま あぶくま型5番艦
千歳   ちとせ
天塩   てしお
天龍  てんりゅう 海自訓練支援艦として現役
十勝   とかち
利根  とね あぶくま型6番艦
那珂  なか
長良  ながら
名取  なとり
名寄  なよろ
仁淀  によど
能代  のしろ
三隈  みくま
最上  もがみ
矢矧  やはぎ
夕張  ゆうばり
湧別   ゆうべつ
由良  ゆら
吉野   よしの

阿賀野 あがの、加古 かこ、木曾 きそ、鬼怒 きぬ、球磨 くま、酒匂 さかわ、鈴谷 すずや、龍田 たつた、多摩 たま、那珂 なか、長良 ながら、名取 なとり、矢矧 やはぎ由良 ゆら以上、有力候補となる。

律令国の名前だが、河川名でもある信濃川の信濃 しなのも有力候補ではないか?しかも、日本最長の河川名でもある。記念すべき30FFMのネームシップとして実にふさわしいと思う。私はネームシップとして「しなの」を推したい。

蛇足だが律令国家名はかつての戦艦の艦名として使用され、五畿七道68ヵ国があるが、使用された律令国家名は鹵獲戦艦や未完成艦等を含めても、僅かに25ヵ国
しなのを河川名由来の軍艦として命名しても良いと思う。

律令国家名の付いた軍艦名一覧
丹後(ロシア海軍戦艦ポルタワ)
相模型:相模(ロシア海軍戦艦ペレスヴェート)周防(ロシア海軍戦艦ポベーダ)
肥前(ロシア海軍戦艦レトヴィザン)
石見(ロシア海軍戦艦オリョール)
壱岐(ロシア海軍戦艦インペラートル・ニコライ1世)
薩摩型:薩摩 - 安芸
河内型:河内  - 摂津
扶桑型:(扶桑) - 山城
伊勢型:伊勢 - 日向
長門型:長門 - 陸奥
加賀型:加賀(航空母艦) - 土佐(船体のみ完成→標的艦)
紀伊型:紀伊(未起工) - 尾張(未起工) 
大和型:大和 - 武蔵  信濃(航空母艦)
防護巡洋艦:和泉 新高型 (新高) 対馬
装甲巡洋艦 出雲型:出雲 - (磐手)

さて、30FFM 3900トン型護衛艦は現在8隻の建造が見込まれており、その後拡大型に発展するとのが常であるが、あぶくま型6隻はつゆき型12隻あさぎり型8隻の後継艦として、合計22隻 掃海艇を減らし護衛艦を増やす純増隻数の7隻。6+12+8+7=33隻、ミサイル艇のはやぶさ6隻後継もフリゲート艦で代替すると、最大計39隻フリゲートを建造できる可能性がある。

FFMが護衛艦隊への配属が無いと仮定した場合は、地方隊が15隻体制から22隻となるが、22隻に留まる。プラス ミサイル艇6隻後継も加え、28隻の場合もある。

最初の8隻、FFMはDEが使用していた200番台を使用するとFFM一番艦あぶくま型最終艦とね(DE-234) なので、FFM-235となる予想だ。



既に建造が計画されている最初の8隻

FFM-235 しなの 大和型3番艦改装空母の名前でもあり、信濃川が艦名の由来。
FFM-236 かこ 古鷹型重巡二番艦 世界に先駆けて20cm砲を採用した巡洋艦
FFM-237 やはぎ 大和の沖縄特攻にも参加し大和を庇いつつ撃沈された武勲艦
FFM-238 さかわ  矢矧と同じ阿賀野型4番艦で終戦まで生き残った幸運艦酒匂
FFM-239 あがの 2度にわたって沈没寸前になったが、その都度復活したが戦没
FFM-240 きそ 終戦時マニラ湾で大破着底していたが、艦齢35年は軽巡で最長
FFM-241 きぬ 第4潜水戦隊旗艦、戦没時ほぼ乗員の多くが救助されている。
FFM-242 なとり撃沈後生存者183名はボート3隻に分乗し、13日目陸地に辿りつく

3900トン型最初の8隻そのネームシップは、日本一の長さを誇る大河、信濃川由来「しなの」でいいのではないか?もちろん大和型3番艦改装空母信濃も由来でいいと思う。以下なるべく、帝国海軍で使用されたが、海自護衛艦名として使われていない艦名で、武勲艦や幸運艦から選んでみました。

二番艦は本来、川内型4番艦につく名前だった加古が、古鷹型重巡二番艦の艦名となったこともあり、加古川由来の「かこ」三番館は大和の沖縄特攻にも参加し大和を庇い雷撃を自ら盾となって撃沈された武勲艦「矢矧」。四番艦はその同型艦で終戦まで生き残った「酒匂」どれも阿賀野型であるから5番艦はそのネームシップ阿賀野
問題は、二文字の艦名を護衛艦で大々的に採用するだろうか?
「とね」「かが」「いせ」があるので、二文字の艦名は有りと判断するが、DD/DEクラスは「とね」1艦しかない。

軽巡には平仮名2文字の艦名が多い。帝国海軍で川の名前が付いた二文字の艦名が多い。最後マニラ湾で大破したが、軽巡としては艦齢35年の長寿艦だったのが「きそ」沈んだが乗員はほとんど助かった球磨型の「きぬ。同じく戦没した名取もすごい。生存者183名はカッターボート3隻に分乗し、1日当たり10時間以上カッターを漕ぎ、天測航法などを駆使して陸地を目指した。水分はスコールで補給し、食料は士官も水兵も平等に1日当たり乾パン1人2枚と決めた。夜間は乾パン缶の上に寝て盗難を防ぎ、反乱を防ぎ、漕ぎ続けて13日目の朝、ミンダナオ島スリガオに辿り着いた逸話は凄い。

次に、旧帝国海軍軍艦名で河川名でまだ護衛艦名がついてないものを採用すると思う。

FFM-243 ながらミッドウェー海戦後沈没した赤城から第1航空艦隊旗艦となった。
FFM-244 たつた 艦名の由来は百人一首でも詠われたもみじの名勝 龍田川
FFM-245 なか関東大震災美保関事件第四艦隊事件にもめげず、職責を全うした。
FFM-246 くま 14隻の5500トン型軽巡シリーズ(球磨型5隻、長良型6隻、川内型3隻)の第一番艦
FFM-247 たま 球磨型の2番艦。 艦名は、多摩川に由来
FFM-248 ゆら 長良型後期型(由良・鬼怒・阿武隈)三隻の長女

以上までで14隻
一級河川としてメジャーだが採用されていない名前で、軽巡夕張がらみで採用されなかった河川名3つを予想

FFM-249 かも 夕張計画時候補名の1つ、京都市内を流れる銘川 加茂川
FFM-250 きづ 夕張計画時候補名の1つ、京都府内を流れる淀川水系の木津川
FFM-251 なよろ夕張計画時2番艦の予定名、北海道内を流れる大河 名寄川
以上17隻で、戦後海自で採用されなかった艦名で1隻を除いて一巡する。

FFM-252 すずや 最上型重巡洋艦の3番艦。その艦名は、樺太の鈴谷川が由来

問題は、鈴谷、艦名の由来は現ロシアの樺太を流れる日本名鈴谷川だ、ソ連併合後もロシア語でСусуя」ススヤと呼ばれている。最上型重巡洋艦の3番艦。改最上型として鈴谷型とも呼ばれる伝統名なので、FFM艦名として採用したい。

「すずや」で、海自護衛艦名に未採用の河川名由来の軍艦名が一巡し18隻、以下は、護衛艦名としては2代目、初代から数えると3代目以上の伝統的艦名となる。

FFM-253 ちとせ 水上機母艦から小型空母に改造される。
FFM-254 もがみ 後に航空巡洋艦となった最上型重巡洋艦のネームシップ
FFM-255 いすず 歴代艦長からは山本五十六山口多聞など著名指揮官を輩出
FFM-256 くまの 最上型重巡洋艦の4番艦。艦内神社は熊野大社

空母というより水上機母艦の千歳も忘れてはならない、1番艦が信濃なら二番艦名でもいいビックネームだが、一度ちくご型で使われたので、護衛艦として、使用される2代目の筆頭として、「ちとせ」である。また、重巡の最上型の名前も護衛艦としてすべて使用されこれで3代目であるが、FFMの艦名としても再度与えたい。
できれば、「もがみ」、「ちとせ」には、重航空装備重型とし、UCAV無人戦闘機8~10機を射出可能型にしてみては?以上で22隻となる。

FFM-257 みくま 最上型重巡洋艦の2番艦。ミッドウェー海戦にて戦没
FFM-258 のしろ 阿賀野型二番艦 レイテ沖海戦で栗田艦隊の一員として沈没
FFM-259 ゆうばり 世界にショックを与えた小型重武装軽巡。
FFM-260 ゆうべつ 夕張と湧別はセットで
FFM-261 ちくご  艦名は筑紫次郎の筑後川
FFM-262 よしの 日清戦争時の吉野型防護巡洋艦

河川名が付いた帝国海軍の軽巡洋艦の中で、エポックメーキング的なのは世界に衝撃を与えた、軽巡夕張である。基準排水量2,890トン(常備排水量3,560トン満載排水量4,377トン)にもかかわらず、5500トン型軽巡と同等の戦闘力を詰め込んだ。
この3900トンのFFGも、基準 5,100トン満載 6,800トンの甲型DD「あさひ」型と同等の戦闘力を詰め込んでいる点では初代と引けを取らない3代目である。
「ゆうべつ」も「ゆうばり」の姉妹艦的なネーミングで、ペアで命名したい。
また、「よしの」「ちくご」も坂東太郎「利根川」筑紫次郎「筑後川」四国三郎の「吉野川」としてペアで候補だ。

以上で28隻となる。

FFM-263きたかみ開戦当初は重雷装艦であったが、終戦時は回天搭載艦となる。
FFM-264 おおいローマ字で「OI」。海防艦伊王「EO」と並び世界で一番短い艦名

以上で30隻目で、現在現役艦名を除いた艦名候補となる。

以下はDEあぶくま型等で現役で使用中だが、30番艦建造される15年後には当然退役していると思われるので、再度命名したい順で並べる。

FFM-265 じんつう 太平洋戦争中、最も激しく戦った伝説の日本軍艦
FFM-266 せんだい 14隻建造された5500t型軽巡最終型ネームシップ別名夜戦の女王
FFM-267 とね  重巡洋艦利根型ネームシップ 坂東太郎利根川が由来

以上で33隻

防衛大綱が改定されミサイル艇が廃止された場合、30FFMの高速力発展艦で代替されると予想します。その場合、ウォータージェットで、エンジンを強化して40ノット強の速力が確保されるものと思われます。

FFM-268 ちくま 重巡洋艦利根型二番艦 あぶくま型5番艦
FFM-269 あぶくま 軽巡長良型6番艦、DEあぶくま型ねーくシップ
FFM-270 おおよど 軽巡大淀型 あぶくま型3番艦
FFM-271 あやせ  DEちくご型が初代
FFM-272 いしかり DEちくご型が初代
FFM-273 てしお   DEちくご型が初代

以上で最大隻数39隻となる。

もし、毎年2隻増強され、20年後39隻以上同時期に在籍した場合は、「いわせ」「とかち」「てんりゅう」旧帝国海軍の軍艦名では、旧河用砲艦「淀」「宇治」「墨田」「保津」病院船「姉川」がある。全国には地方整備局管轄1級河川でも130以上ありその支流や2級河川もいれると、少なくとも困ることは無い。