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 私は2008年にブログを始めたころは、本社で代表メールに来る問い合わせやクレームに対応する部署に在籍していました。2013年春安倍内閣発足とほぼ同時期に本部から再び営業店へ復帰した。1986年バブルの始まりとともに入社し、2008年のリーマンショックは本部で迎え、アベノミックスで営業復帰、なんと幸運な男だと内心思っておりました。

2013年当時、本部から営業店への人員の異動は大規模に行われた。定期異動ではない為、引継ぎのお客様などほとんど与えてもらえず、新人と同じく一から新規開拓から始めた。

営業店の泥臭い営業に向いてない方々は会社を次々に辞め、実質はていのいいリストラであった。目標数字(ノルマ)は重圧ではあったが、元々お客様と接する営業は大好きであったので、踏ん張りましたが、50を過ぎての営業はさすがにきつく、残念ながら気が付けばバックオフィスに回されてしまいました。


銀行・証券・保険といった金融業界は仕事としては激務でもあるが、ビジネスモデルは規制と既得権に守られた比較的甘い業種であると思う。しかし、コンプライアンスについては規制が強化されるなか、金利や手数料はタダ同然となり、あらたなビジネスモデルを作ったり、更なる改革と合理化をしなければとても生き残れる状況ではありません。

当社も毎度毎度合理化や社内改革を断行してきました。その度に毎度大変な思いをしてきました。それでも忙しくても数字の重圧はない
バックオフィスは気楽でした。

現支店で4年半ブログを書きつつ気楽な窓際サラリーマン生活を送っていましたが、今回の合理化は、その気楽で楽しい窓際サラリーマン生活に終止符が打たれてしまいました。

営業店には各バックオフィスがあって業務をこなしてまいりましたが、バクオフィスを各店に置くのではなく主要店に集約化しようというのです。その為19日から集約店となった私が勤めるオフィスは6店舗2営業店のバックオフィスとなりました。

ここまでは、前回の雑談でお話ししました。

大規模な異動にもかかわらず業者が来るわけでもなく、受け入れ店側の人員は、日々のルーティン作業を少ない人員でこなしつつ、現場だけの社員で16日金曜日夜9時まで作業して、ギリギリで引っ越しを終えた。
19日月曜日朝まだ、引き渡す事務室には多くの段ボールが残されていました。

朝6時過ぎに出社して、各店から送られてきた段ボールと、引っ越しで出た荷物を整理し、異動してくる社員の荷物をそれぞれの席に置き、ギリギリでロッカーと机のカギを揃えました。

7時前次々と異動してきた人達が出社してきました。

さっそく、皆さんPCが起動しないとか、マウスが動かないとかTeamsがおかしいとかで、皆さんのPCを次々対応してあげているいるうちに時間が過ぎました。そのうち次々と事務処理案件が舞い込み、私は支店と新部署とのパイプ役で朝6時過ぎからご飯も食べる間もなく、19時となり会社全体の退社時間となり、支店を出ました。

翌朝も6時過ぎから出社、7時過ぎに本部マネージャーが出社して6時過ぎからの出社は困る、19時過ぎの退社も困ると言い出す。

オイオイ好きで早く来ているが、こうやって整然と座っていられるのは誰のおかげなのか考えてみろ!誰が整理し片付けこうやって業務が始められるのか・・・感謝こそすれ叱責される意味がわからない!

まあ、私は大人であるから腹にしまいましたが・・・こいつら!・・・
 💢  💢  💢 

まあ、そのこいつら!達は、会社からの無理難題を押し付けられて、彼らなりの杜撰な計画と日程で、紛いなりにも困難な仕事をなんとかここまで持ってきたのだから、ある意味よくやったのかもしれません。ですが、私からすれば無能で自己保身にはしる、所詮
・・・こいつら!・・・💢  💢  💢 なのである。

経営陣に出世するような人物はバックオフィスのことを知る人材はいるわけがない。
そのような人間が机上で考え、経営コンサルタントかなんかのアドバイスでの思い付きで始めた今回の大合理化・・・。所詮頭で考えたことを実践すると多くの不具合が発生する。その思い付きを現場でなんとか工夫し、見事にこなすのは、我々現場のクソ力、人材力なのである。

よく、民度という形而学的な言葉が流通しています。国民や住民の生活程度、また、経済力や文明の進歩
の程度を指す言葉で、ごみを捨てない、列に並ぶことだけが民度ではない。
企業における現場力の対応力も民度を測る尺度かもしれません。

辞令直後、机の上で考えたような役に立たないマニュアルをダウンロードした。どう考えても、現場でルーティーンの仕事をしつつ、引継ぎ業務や、異動する人転入する人のそれぞれの準備、マニュアルをすべて通読するのは不可能。しかも完成度の低いマニュアルはある程度は目に通したが、質問を飛ばしても答えはなく、現場で相談してくださいの繰り返し。

結局のところ、如何にフレキシブルに対応できるかが勝負どどころのような気がしますが、奴らも所詮サラリーマン不具合が起きてもおそらく責任を取る気がない。

怒涛の一週間がようやく終わった。コンプライアンスに照らし現場のみんなと手探りで進んでいるが、仕事量が半端ではない。

同じグループで隣の集約店で大きなトラブルが起きた。郵便局から送るゆーぱっくの伝票番号が、実際の番号とズレてしまい、異なる郵送物を大量に送られてしまうトラブルだった。
幸い情報漏洩にはならなかったが、担当していた人間は私もよく知るご婦人だった。今回の異動で当店から異動していった方だったが、普段の彼女の仕事ぶりから考えれば、起こすわけがない単純なヒューマンエラーであった。

ノウハウや経験は蓄積であってマニュアルには書けない。

バブルが崩壊したここ二十数年、わが国では製造業が衰退し、工場が海外に移転しているにもかかわらず、国内の化学工場や金属加工業の製造工場での爆発が相次いでいる。これも人員削減や技術やノウハウの継承が十分でないまま、合理化が進んだ結果起きるべくして起きた人災である。

幸い爆発事故が起きるるような業種ではないが、日本中至る所で、私たちのような合理化でしわ寄せを喰っている人達が至る所にいるわえで、そのなかで皆が混乱の中踏ん張っているのではないかと、改めて感じた。

米国かぶれの経営コンサルタントは、
日本の生産性の水準は米国と比べて3分の2程度しかない、日本の企業は生産性が低いなどと偉そうに言う。そこでサラリーマン経営者たちは、ビジネススクールの教科書に載っているような安易な助言に従い経営計画を立てる。

確かに今後の日本は人口減少が加速度的に進んでいくので、労働生産性を引き上げなければならないという意見に異論の余地はありません。

しかし、数字に見えない付加価値があるので、生産性の向上という美名に飲み込まれ日本的きめ細やかなサービスが行き届いた社会は遠からず崩壊していくことでしょう。

日本と米国の生産性における格差は、とくに卸売業・小売業・飲食業・運送業などサービス業の分野で生まれています。この分野で日本は米国に劣っているとは思えません。むしろ、優れていると思います。1990年代米国の巨大ショッピングモールを訪れた際日本は遅れているなぁなどと思ったものですが、今じゃリアルなモールはネット通販に押されているとはいうものの、ネット通販に圧されリアル店舗が淘汰された米国や中国人は、日本のリアルなモールが健在で、しかも手厚いサービスを受けられることに、皆驚き、喜んでいる。しかも日本の物価はデフレが進み世界的に見てかなり安い。

誤解を恐れずに言えば、そもそも海外の主要国の生産性が高いのは、日本と比べて様々なサービスがとても大雑把だからです。それは、逆に海外の人々から見れば、日本のサービスが必要以上に手厚いということです。そういった意味では、日本の消費者が海外並みのサービスでも構わないと承知できるのであれば、日本の生産性は思いのほか伸びる可能性を秘めているのです。

我が社の経営陣は合理化さえ出来れば生産性が上がり、株価が上昇するとでも思っているようだ。我々社員のボーナスや給与は引き上げず、下がる一方、合理化だけを進めたならば・・・お客様からはホスピタリティの欠ける会社として選ばれる会社になり得るのか?
この混乱する現場に来て考えてほしいものだ。我々からすれば経営者と現場を繋ぐ社員は、けっして真実をいわないであろう。苦労せず合理化は進んでいますと報告するに違いない。

こういった合理化を進めることは、我が社が、お客様に提供できるサービスの質が大幅に下げることになるという、自然の摂理を理解できるか否か大きく疑問だ。

始まってしまったことはやむを得ないが、お客様に提供できるサービスの質を向上もしくは維持したいのであれば、ここ数年続く社員の実質賃金を下げるのではなく、引き上げるべきだ。社員の賃金を引き上げるではなく、お客様へのサービスを向上さえるなど、絵にかいたモチに過ぎないことを理解できないのではないか?

もうこれ以上安い給料で、ばからしくって生産性の向上への協力などできるわけがない。
ガダルカナルも、インパール作戦も机上で考えれば立派な作戦だが、補給も現地の実情もいい加減で、日本男児の精神力をもってしても無謀な戦いだった。無責任な大企業の参謀部は今も昔もかわらない、それが大和民族の気質ということだろう。

なんだか最後はよく飲み屋で聞く三流サラリーマンの会社の愚痴になってしまいました。