【JBPress】ウクライナが無人機攻撃でロシアの爆撃機など40機以上破壊、プーチンのメンツ潰した“ドローン奇襲”成功までの執念

2025.6.3(火)国際ジャーナリスト・木村正人


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ゼレンスキー大統領とウクライナ保安庁のヴァシーリー・マリューク長官(提供:Ukrainian Presidential Press Service/ロイター/アフロ)

ゼレンスキー氏「素晴らしい作戦が遂行された」

[ロンドン発]ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は6月1日、計117機のドローン(無人航空機)を使ってロシア軍の巡航ミサイル搭載戦略爆撃機など40機以上を破壊したと発表した。ロシアの軍事ブロガーは「これは祖国への真珠湾攻撃だ」と報復を求めている。

 ウクライナ保安庁(SBU)のヴァシーリー・マリューク長官から報告を受けたゼレンスキー氏は「前例のない素晴らしい作戦が遂行された。敵地で軍事目標のみを狙った作戦だ。具体的にはウクライナへの攻撃に使用された爆撃機が破壊された。ロシアは甚大な損害を被った」と述べた。

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ウクライナの無人機がロシア領内でロシア軍機を攻撃する様子。6月1日にウクライナ保安庁の情報筋が公開したビデオより(提供:Source in the Ukrainian Security Service /AP/アフロ)


ゼレンスキー氏によると準備に1年半以上。「蜘蛛の巣」と呼ばれる作戦の“オフィス”はロシア国内のロシア保安庁(FSB)本部の隣に設置され、攻撃前に国外に撤収した。ドローンと同数の操縦士が関与し、ロシア空軍基地に配備された戦略爆撃機などの34%を攻撃したという。

 AP通信(6月2日付)によると、匿名を条件にウクライナ軍当局者はゼレンスキー氏が直接指揮を執っていたことを明らかにした。極めて複雑な作戦で、一人称視点(FPV)ドローンをロシアに密かに持ち込んでトラックで移動できる木製コンテナの中に設置した。戦略爆撃機などの損害額は約1兆円


戦略爆撃機などの損害額は約1兆円
「ドローンは木製コンテナの中に隠され、トラックに積まれていた。絶好のタイミングでコンテナの屋根が遠隔操作で開けられ、ドローンはロシアの爆撃機を攻撃するため飛び立った」とウクライナ軍当局者は語っている。米政府高官は事前に攻撃を知らされていなかったという。

 ロシアとウクライナの交渉担当者は6月2日にトルコのイスタンブールで2回目の和平交渉を行う予定だが、同月1日、ロシア軍もウクライナ軍施設などに向けて472機のドローンと7発のミサイルを発射。少なくとも12人のウクライナ兵士が死亡、60人以上が負傷した。

 それにしても、いったいロシア空軍はどれだけの損害を被ったのか。 オーストラリア放送協会(ABC、6月2日付)によると「SBUのドローンがA-50、Tu-95、Tu-22 M3を含む40機以上の航空機を攻撃し、20億ドル以上の損害を与えた」(ウクライナ軍参謀本部)とされ、その後損害は「70億ドル」(約1兆円)に増額された。

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ロシア軍の早期警戒管制機「A-50」(Mil.ruCC BY 4.0, ウィキメディア・コモンズ経由で)

 破壊されたのは早期警戒管制機「A-50」、戦略爆撃機「ツポレフ95」、長距離爆撃機「ツポレフ22M3」とみられる。

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どこかの空軍基地の地図に見入るウクライナ保安庁のヴァシーリー・マリューク長官(ウクライナ保安庁のXより)

オーストラリア陸軍のガス・マクラクラン退役少将はABCに「革新的な方法を見つけ出し、非常に低コストで新技術を適応させるウクライナの能力は驚異的」と語っている。

「ロシア空軍にとって暗黒の日曜日」

ウクライナ保安庁のドローン部隊(ウクライナ保安庁のXより)


ウクライナの前線から4000キロ以上も離れたロシア深部にある空軍基地がドローン攻撃を受けたのは初めて。英ニュース専門局スカイニュース(6月1日付)によると、親クレムリン派の軍事ブロガーは「ロシアが真珠湾攻撃を受けた」と騒いでいる。

運転手は何を運んでいるのか分かっていなかった

真珠湾攻撃は1941年に日本がハワイの米太平洋艦隊と基地に奇襲をかけ、太平洋戦争が始まる発端となった。「ウラジーミル・プーチン露大統領が再び核兵器使用をちらつかせるのではとの憶測がネット上で飛び交い、ロシアは報復を余儀なくされるだろう」(スカイニュース)

 軍事ブロガーの1人は「ロシアの対応が、真珠湾攻撃への米国の対応と同じか、あるいはそれ以上に厳しいものになることを期待する」とSNSに投稿した。ウクライナによるロシア国内への攻撃に対して、ロシアはこれまで報復攻撃か、恫喝で応じてきた。

 プーチンのメンツが丸潰れになったことで、ドナルド・トランプ米大統領が仲介してきたウクライナ和平交渉は中断する可能性もある。英大衆紙デーリー・メール(6月2日付)は「プーチンのかけがえのない核爆撃機への攻撃は歴史に刻まれるだろう」と報じている。

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6月2日、バイコヌール宇宙基地の70周年を記念したビデオ演説を行ったプーチン大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「『蜘蛛の巣』作戦の大胆さは天才的であると同時に非常に大胆。移動式木製コンテナの屋根裏には小型ドローンを収納する隠し収納室が設けられていた。敵地へ向かう民間トラックに積み込まれ、雇われ運転手は何を運んでいるのかまるで分かっていなかったようだ」(同紙)

ドローンが戦争に与える影響が浮き彫りに

空の連携に不可欠なA-50は13機、ツポレフ95は約55機、ツポレフ22Mは57~58機しか配備されていないとされる。しばらくの間、ウクライナへのミサイル攻撃に支障が出るのは必至だ。

 しかし米戦略国際問題研究所(CSIS)のミック・ライアン研究員(元オーストラリア陸軍少将)はオンラインメディア「インタープリター」への寄稿(6月2日付)で「プーチンの決意が砕かれることはない」と戦果の過大評価を戒めている。

「ウクライナはロシア国内の標的に対する長距離攻撃作戦を展開している。工場や石油精製所を攻撃することでロシアの軍事力低下を狙うためだ。ウクライナの攻撃は壮観だったが、攻撃の戦略的成果に対する期待は控えめにすべきだ」と釘を刺している。

 しかし、それでも3つの効果が期待できるとライアン氏は言う。(1)ロシア軍は戦略航空資産の配備場所、爆撃機と関連基地インフラの防御方法を見直さざるを得なくなる、(2)ミサイルを搭載・発射できる爆撃機の数が減少する、(3)ウクライナの士気を高める――。

「ウクライナは支援国に対して、依然として戦闘状態にありロシアは苦戦しているというシグナルを送っている。ドローンが戦争に与える影響を改めて浮き彫りにした。少数の高性能兵器システムと、多数の安価な能力のバランスを取ることの重要性を示す教訓になる」という。

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    2025年6月1日、ウクライナはロシア国内の複数の航空基地に対して大規模なドローン攻撃を実施し、ロシア軍機約40機を破壊、被害総額は1兆円相当と発表された。この攻撃は、単に被害の規模が大きいだけでなく、攻撃対象となった基地がウクライナ国境から数百~数千kmも離れたロシア本土の奥深くに位置していた点で特筆される。最も近いディアギレボ基地は国境から500km、最も遠いベラヤ基地は実に4300kmも離れており、ロシアウクライナ戦争は従来の戦術や認識を覆すドローン戦争でもあるが、そのなかでも特筆すべき出来事であった。


    攻撃に使用されたのは短距離型ドローンであり、本来ならその射程では遠方の基地を攻撃できるはずがない。しかしウクライナは、民間のトラックなどでドローンを隠したコンテナをロシア国内の基地周辺まで運び、そこから発進させるという「潜入・接近型作戦」を実施。また、攻撃対象の航空機には大量の燃料が搭載されており、小型の弾頭でも爆発を誘発できたと考えられる。これは単なる思い付き、偶然による成功した作戦ではなく、ウクライナが入念に計画・準備した結果とされる。ゼレンスキー大統領も1年半をかけて作戦を準備してきたと述べている。

    これまでロシアは、ウクライナの長距離ドローンによる攻撃を想定し、後方基地の防御を整備していた。しかし今回使われた短距離型ドローンは、近距離からの奇襲、そして非常に小型でレーダーにも捉えにくく、従来の防空体制では防げなかった。ロシアの防空網が突破されたのではなく、「すでに内側に侵入されていた」ことで、攻撃が実現したのである。

    現代の軍事基地は中世の城塞とは異なり、柔軟かつ不規則な攻撃には非常に脆弱である。特に、攻撃者側が時間と場所を自由に選べるという「主導権」を持つ一方、防御側は戦力を広く分散せざるを得ず、全てに備えるのは不可能に近い。今回の攻撃は軍事的な正面衝突ではなく、むしろ警察や国境警備、税関などの「内部セキュリティ」が機能していなかった点に問題がある。ロシアが自国領内にウクライナの工作員や武器を侵入させたことこそが最大の失策といえる。

    さらに、ウクライナの破壊工作を行った情報機関は旧ソ連時代のKGBの流れをくむ組織であり、ロシア側もまた旧KGBを引き継いだFSBが国境警備を担っている。つまり、今回の衝突は軍隊対軍隊ではなく、同系統の情報・諜報機関同士の「高度な頭脳戦」であり、ウクライナがそれに勝利したという構図が浮かび上がる。

    ただし、この種の破壊工作は再現性に乏しい。準備には長期間を要し、ロシアが今後警備を強化すれば、同様の作戦を再び成功させるのは難しいだろう。コストパフォーマンスに優れた作戦とはいえ、継続的な実行には向かないという特性がある。

    最後に被害状況について、ウクライナ側は約40機を破壊したと主張しているが、米国のアンブラ社による衛星データ(合成開口レーダー画像)を基に分析すると、実際に確認された破壊機数は少なく、ツポレフ95が3機、ツポレフ22Mが1機、輸送機1機、A-50早期警戒機が1機、損傷を含めて計14機程度にとどまると見られる。とはいえ、戦略爆撃機や早期警戒機のような高価かつ重要な機体が攻撃対象になったことで、心理的・戦略的なインパクトは非常に大きい。

    本件は、現代戦において非対称戦力と情報戦の重要性が増していること、そしてドローンや破壊工作といった新手法が従来の防衛概念をいかに脅かすかを示す象徴的な事例である。日本にとっても無関係ではなく、対岸の火事として見るべきではないという警鐘となっている。




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