
村上春樹の最新作1Q84を駅前のウェンディーズで、チリとフライドポテトを食べウーロン茶を飲みながらBook-2の501ページ目の最後の文字を読み終えた。いや読み終わってしまった、と書く方が正確であろう。1Q84は海辺のカフカ以来の長編小説であった、私は今、村上春樹の短編や翻訳本では味わえない、海辺のカフカ以来の深い満足感と、余韻とも読了してしまった消失感に近いものを味わっています。すばらしいコンサートで最後の曲が終わり指揮者が聴衆に向かってお辞儀をし終わり、拍手が止んで周囲の観客が席を立っても尚、席を立ちがたい時の感情にも似ています。
Book-1では、青豆と天吾それぞれの物語りがまったく別々の話として別々に展開しはじめた。
1Q84の世界は私が思うに主にノンフィクションのアンダーグラウンド・約束された場所でとノルウェイの森、海辺のカフカの世界観で構成されている。1Q84の二つの世界は、世界の終わりとハードボイルドワンダーランドのようにやがて引き合いながらBook-2へと進んでいく。そして二つの話にちりばめてあったエピソードは、まったく無駄な部分が無い。それぞれのパートは紡ぎあい一つの物語になっていく。実に巧みで見事だ。まったく飽きる箇所がないのだ。
物語の主役の一方が白いスリップの肩紐を外し見知らぬ若い男に母親が乳房を吸われている情景のが唯一の母親の思い出である男の人物設定など、村上春樹以外誰が思いつこうか?
すばらしい!本を閉じ私はスタンディングオーベーションを心の中で暫し続けてしまった。村上ワールドはこの2冊にすべて凝縮されているといっても過言ではないだろう。そして物語はねじまき鳥クロニクルのBook-3のように1Q84 Book-3 10月―12月へと唐突な続編が書かれることも暗示している。アンコール!アンコール!ブラボー!
1000年後に私の意識が存在し、他の時代の別の国に存在した意識とコミュニケーションをしたとしたならば、私は村上春樹をリアルタイムで読み、同じ時代を過ごしていたと自己紹介をするかもしれない。
人類が文化的な営みを続けていたとするならば、1000年後に平家物語と同じように村上春樹文学は残っていることだろう。
そして、私の1000年後の意識は、村上作品の世界を生で体験してきたと誇らしげに語るかもしれない。
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私は時々夢を観る、目が覚めるとそこは1984年、物語の舞台に程近い杉並区にあるアパートの自室である。隣には当時付き合っていた19歳の彼女がかすかな寝息をたてていた。大学3年の私は目が覚めると何か悪夢を見ていたような気がするが、悪夢であったことを除いて夢の内容はすべて忘れていた。
私は時々夢を観る、目が覚めるとそこは1984年、物語の舞台に程近い杉並区にあるアパートの自室である。隣には当時付き合っていた19歳の彼女がかすかな寝息をたてていた。大学3年の私は目が覚めると何か悪夢を見ていたような気がするが、悪夢であったことを除いて夢の内容はすべて忘れていた。
私と彼女は、自宅近くの善福寺川緑地のお気に入りのベンチで当時流行ったニューアカデミズムの本を開く。読み出すとほどなく眠気を覚え目を閉じる。そして次に幸せな気分で目を醒ますと決まってリアルな現実社会であった。隣には糟糠の妻が鼾をたて寝ている・・・もうすぐモーニングサテライトが始まる時間だ。悪夢じゃ・・・!
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この物語を読み終わる場所を私はあえて求めた。自宅ではない、電車の中ではない、孤独で落ち着ける場所でなくてはならない。人々は、何かを一つ一つ失いながら生きていることを実感する場所こそ、この本を読み終わる場所にふさわしい。そして閉店間際の駅前のウェンディーズで中年男性が一人ぽつんと座って本を読み終えた。
Book-2のエンディングはハッピーエンドではなかった。それはとりあえずの終了でもあり永遠の物語の終了であってもどちらにもとれる物語の終わりである。
1Q84のこの物語の世界で、二人の純愛をなんとか成就してほしいと、薄くなる残りのページにはらはらしながら、心から祈った。村上春樹の1Q84の世界のBook2はそんなエンディングが用意されるはずがなかった。Book-3 10月―12月への暗示は残されているが、はたして続くのか、それともBook-3は幻で終わってしまうのかは分らない。だがBook-2はすでに終わってしまっていた。
もしかしたらBook-3は読者それぞれの1Q84の世界へ引き継がれ続くのかもしれない。
夜の住宅地をウォーキングするのが最近の日課となっている。静まり返った住宅地の屋根の上には、見慣れた月がひとつだけ浮かんでいた。
