ここ数年1月2日の皇居一般参賀に参加したいと考えておりましたが、カレンダーの並びが悪くなかなか出席できませんでした。しかし、天皇陛下の被災地への思い、ご高齢にもかかわらず、天皇と言う職責を全うしようとする姿に心打たれ、今年は是非とも参加したいと考え参加させていただきました。
私は参賀の際はいつも有楽町線桜田門駅を利用しております。
桜田門はかつて写真のビルに2ヶ月ほど通うという貴重な体験を
させていただいた思い出の駅でございます。
現在 桜田門はじめ多くの門が修復工事中でございます。
参賀で振る小旗はこのボーイスカウトの諸君が配ってくれました。
彼が、私に旗を渡してくれました。見てください、ちゃんと柄を
持ちやすいように渡してくれています。気配りが行き届いてます!
嗚呼、新春の晴天に映える日の丸はなんと美しい!
手荷物検査の列です。参賀の際手荷物を持ってこなければこの
列には並ばなくて済みます。ちなみにボディチェック、金属検査
を含めると列に並んでおよそ30分ほどのの時間を要しました。
美人婦警さんがボディチェックです。驚くくらいきっちり服の上か
らチェックされます。さりげなく最後に股間をチェックされた際は
一瞬「ハッ」としましたが得した気分になってしまいました。(笑)
写真では見えにくいのですが、二重橋上は参賀の善男善女で
埋め尽くされています。明らかに官邸前に集結する憎悪に燃えた
プロ市民達とはまったく顔つきが違う。 何人かは官邸前デモに
参加した人も混じっているかもしれません。しかしこの日参賀した
人々は、先の選挙で「民主党」「日本未来の党」「共産党」「社民
党」に投票しなかったサイレントマジョリティの人達と思います。
二重橋へ向かう人達の列です。
皇居正門。普段は此処から先は入れません。
皇居正門は皇居正門の元の名前は西の丸大手門でしたが、
明治21年(1888年)の 明治宮殿造営の際、この門のすぐ前に
あった高麗門を撤去し、名称も 皇居正門と改めました。
門の建造は3代将軍徳川家光公の時代と推定されています。
皇居正門の「石橋」は、皇居前広場から見て、手前の眼鏡型
橋で、江戸時代 には「西の丸大手橋」と呼ばれる木橋が架け
られていました。「石橋」は、その木橋に替わり、明治20年12
月に美しい石造二連アーチ橋に架け替えられました。一般に
はこの橋が二重橋と思われ、記念撮影の定番となっています
が、本来の名は皇居正門石橋になり二重橋ではありません。
j
皇居正門の中でゆるやかな坂となっており正面鉄橋
(二重橋)に繋がっています。
伏見櫓
3代将軍家光の頃に、京都の伏見城の櫓を移築したといわれています。
なお、京都伏見城の櫓は、関ヶ原の合戦後に家康が再建したものです。
正面鉄橋(二重橋)より丸の内方面を見た風景
正面ゲート
正面ゲートを入ると長和殿が見えてきます。正面より左側に並んだ
方が前に並ぶことが出来ますし、帰りも早いのでなるべく正面より
左側へ(入り口より奥側)行きましょう。
今回は正面より左側。この時点で10:30に桜田門から入り約50分
お出ましまで約30分。本は何か持っていった方がいいでしょう。
11:50天皇皇后両陛下、皇太子殿下、雅子様、秋篠宮様、紀子様
が、この日3回目のお出まし。臣民達は日の丸を振り歓喜の声で
お迎えいたします。背の低いお年寄りや、お子様はこの時点では
皇族の方々を旗に埋もれ見ることはできません。
お言葉が始まり、ほとんどの人が旗を降ろし陛下のお言葉を聴きます。
お言葉が終わると再び旗を振ります。
私は感激のあまり思わず両手を合わせ拝んでしまいました。
塔の坂から富士見櫓
坂下門から出ました。
写真にも沢山写っていると思いますが、沢山の外国人の方が観光とはいえ私達に混じって参賀に参加しておりました。
私は、日本に皇室を本当に誇りに思っています。阪神淡路大震災の時も、東日本大地震の際も、総理大臣が行ってもあり難くないが、両陛下が来られると涙を流し人々が両陛下をお迎えしするのが当たり前の風景です。
海外においてもどんな特使が来ようとも天皇皇后両陛下が訪問するのでは格が違い、絶大な効果が得られます。日本に皇室があって本当に誇りに思います。
天皇訪英インタビュー 福田元首相に聞く
天皇、皇后両陛下の英国訪問に伴い、皇太子時代を含め50を越える国々を訪れた両陛下の旅先での素顔を、同行のトップ・首席随員を努めたことのある福田康夫元首相に聞いた。
福田元首相は2009年7月、カナダと米国ハワイを訪問された両陛下に首席随員として同行した。「陛下の外国交際は、国民、政治とは違う次元で、他の国にはできないことをしてくださっている。国格、国の格を高める、大きくするのに陛下の存在は大きい」と話す。
カナダでは、ブリティッシュコロンビア州の州都ビクトリアを訪れた。1953年、皇太子時代の陛下が英国のエリザベス女王の戴冠式に向かう途中、初めて外国で宿泊した地。集まった日系人や地元の人たちに対する陛下の姿を思い起こすと、東日本大震災で被災地を見舞った姿と重なる。
「被災地での思いはもちろん違うと思うが、その接し方が変わらない。真摯に、誠実に、相手の気持ちを察しながら話していらっしゃる印象だった」
ビクトリアをはじめ、日系人と会う機会がいくつか設定された。
「両陛下には、遠い地で苦難の時期を過ごした人たちへのお気持ちを持っていらっしゃったんじゃないですかね。そして同時に日系人の方々の祖国に対する強い思いにお答えになった」
首相が行くのとは違うのだろうか。
「全然違う。よく分かる。日本の皇室のありがたみを痛感します」
数々の経験から、外国に映る皇室について思う。
「両陛下に接するとき、外国の偉い方でも緊張するという話をよく聞きますよ。ほかにはない威厳があるからだと思う。その威厳は皇室の歴史からくるもの。こんな長い歴史を背負った象徴的な方は他の国にはないでしょう。そのことが一番重いと思いますね」
日本は世界一伝統がある皇室が存在するおかげで「格や権威」というものがある。これは王室が無い米国、ロシア、中国や韓国にはない。格や権威は数年、数十年単位で作られるものではありません。皇室を廃止しろとか皇室を貶す人達は世の中に沢山存在する。私はそのような人々がなぜそのようなことを言うのかその理由を考えると哀れでなりません。じつに単純な洗脳から覚醒していないだけです。またそのような人の中には「私は日本を愛する」と嘯(うそぶ)く輩も居る。皇室を頂く日本を誇りに思えない人達には日本人を名乗って欲しくはありません。
執筆中