【衆院選】ヤジに聴衆から「選挙妨害するな!」そして拍手…「偏向報道」に抗議するプラカードも登場 左派系団体の演説妨害に抗する動き、新潟で 【産経ニュース】2017.10.14 09:00
「72年間、憲法9条が平和を守ってきたんです」-。安倍晋三首相が12日、新潟市で行った応援演説で、もはやおなじみとなったヤジ、妨害が相次いだ。だが、そこで起きたのは「選挙妨害するな!」の一喝。ネット上では称賛する声が出ている。公職選挙法225条には、演説の妨害を「選挙の自由妨害」として刑事罰の対象とする規定がある。
安倍首相の演説中、女性の甲高い声で「72年間、憲法9条が平和を守ってきたんです」という声が聞こえた。その直後に男性の「選挙妨害するな!」「そうだ、選挙妨害するな」という声が上がり、聴衆から拍手が起こった。女性の声はそこで止んだ。
東京都議選の渦中の7月1日、東京・秋葉原で演説をした安倍首相に「安倍やめろ」のコールが発生、安倍首相が「こんな人たちに負けるわけにはいかないんです」と応じたため、一部報道で有権者軽視だと批判された。このため、今回の選挙では事前に安倍首相の演説を告知しないステルス作戦を公示まで続けていた。
安倍首相の新潟市での演説の際は首相の背後で「おい、テレ朝 偏向報道は犯罪なんだよ! 」などとTBSやテレビ朝日の報道番組を批判するプラカードも掲げられ、話題になっている。
一部報道では「安倍やめろ」コールが起きることなどを根拠に、安倍首相が聴衆から批判を受けているかのように報じられている。今月7日、千葉県のJR柏駅前で行われた安倍首相の演説でも、事前告知をしなかったにもかかわらず、「安倍やめろ」「おまえが国難だ」というヤジが起きたことを根拠にスポーツニッポンは自社のネットニュースで「安倍首相 街頭演説『逃げた』、告知なく厳戒登場もアウェー状態」との見出しで報じた。聴衆のうちの約20人ほどが起こした騒動に過ぎず、実際は圧倒的多数は安倍首相の登場に拍手を送っていた。
左派団体の一部は、安倍首相への『抗議』の呼びかけに演説場所に集結するよう呼びかけている。
こうした一連の「偏向報道」や選挙妨害に抗する人々が起こした行動の一環とみられ、ネット上では「新潟人、捨てたもんじゃない」「都議選で悪行三昧やったから、国政選挙で仕返しされるのは当然でしょう」などの書き込みがあった。
公職選挙法225条には「交通若しくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、又は文書図画を毀棄し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したと」という条文があり、違反者は4年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金に処される規定がある。(WEB編集チーム)
現在日本に暮らしている私たちは、「民主主義」社会の中に住んでいます。
ところが、いま日本では、民主主義が踏みにじらようとしています。
今回の衆議員選挙は、リベラル左派勢力は民進党が消え、どうも自分達の意見が少数派であることを自覚してしまったようだ。マスコミを操作しても世論誘導が適わず、徒党を組んで選挙妨害を行う姿が目につきます。
安倍首相が都議選の秋葉原演説で使った言葉を借りれば、「こんな人達」は左翼マスコミと組んで、少数派であるにもかかわらず、多数派であるような卑劣な印象操作をしたり、候補者の意見を聞く選挙演説を妨害したりしています。
こんな人達は自分達が民主主義を冒涜し、破壊していることに、まるで無自覚である。更に救いようがないことに、都議選の秋葉原の選挙演説で、組織的な選挙妨害に耐えかねて「こんなひとたちに、負けるわけにはいきません」と発言したことを挙げ、自分達は民主主義を守っていると錯覚しているようで、私は、どうしても「こんな人達」を許せないと思っています。
「こんな人達」=「民主主義の破壊者達」は、安倍晋三氏をヒトラーに例え、安倍一強政治を独裁だ、政治の私物化だと主張し、自分達の行っている選挙妨害行為を正義であって、民主主義を否定する行為だと自覚していません。
彼らの頭の中では、民主主義より憲法九条が優先される。憲法九条>民主主義なのです。
「こんな人達」にとっては、憲法九条は宗教の聖典以上に犯してはならない不磨の大典であり、自分達のアイデンティティ(自我同一性)なのだと思う。それゆれ、「こんな人達」にとっては反安倍は、「ジハード(聖戦)」とかわらないのである。
そもそも、民主主義とは何か?王権による支配または、独裁政治との対極にあるのが、民主主義で、英語で言うとDemocracy(デモクラシー)です。
「Democracy」の語源は、ギリシャ語でした。dêmos(Demos:民衆・大衆)+kratos(Kratia:支配)という2つの言葉を組み合わせたことで、dēmokratía(Democracy)という用語が誕生した、と言われています。
デモクラシーは「民衆支配」という言葉であり、民主主義の考え方が生まれた場所は、語源を生んだ紀元前5世紀の古代ギリシアでした。
このころギリシャの都市国家アテネでは、18歳以上の市民に参政権が与えられていました。これは、直接民主制と言われ、全員が政治に関われるのは理想で素晴らしいことではありますが、全員のことを全員で決定していくのには非常に時間がかかり
政治が進まなくなってきました。
こうした状況を打開するために、古代ギリシャでは話し合いの代表者を決定することを考えました。
①代表者が考える最善策を提示する
②代表者以外の住民にその是非を問い、多数決をとる
③賛成多数ならば実行。反対多数ならば、再度次の最善策を考え①へ
全員参加の直接民主制よりも、間接民主制はスムーズに事が運ぶようになります。
間接民主主義の胆(きも)は「選挙を通して、政治家に一定期間政治の決定権力を与えること」であり、代表者を「選挙」によって民衆が選ぶことです。
実際の政治の場に立つ人は限られますが、そのかわり自分の考えに近い政策を掲げる代表者への投票を通して、意見をすることができる形になりました。
代表者たちは、政策や法律などの方針を提示し、審議し、多数決をとります。これが現代にもつながる選挙です。
民主主義を守るということは、公正な選挙を守ることだと私は考えます。
選挙による、投票を通して、選ばれた政治家に政治の決定権力を民衆が与えることこそ民主主義なのだと考えます。だからこそ、民主主義における選挙は神聖であるべきだと思います。
冒頭でも述べたとおり、「民主主義」はいま冒涜され、選挙制度を破壊されかけています。選挙をやめさせようとする、愚か者があまりに目立つようになってきました。
安倍首相に向かって「お前こそ国難」というプラカードを掲げる方々は、「民主主義」がまったくない、北朝鮮に対して危機感を抱かないばかりか、日本に核兵器を向ける北朝鮮より、安倍首相の方が国難だと本気で考えているようなのです。
「民主主義が何か」ということにまるで無理解で、「民主主義」のとらえ方が全く異なっている「こんな人々」と、議論がかみ合わないのは当然かもしれません。
しかし、「こんな人々」は最近我々保守と議論すらしない。なぜなら、ほとんど「こんな人々(リベラル)」は、ことごとく論破されまくられて、劣勢に立たされているからだ。TVや新聞では未だに多数派の顔をしているが、少なくともネットの世界においては「こんな人々(リベラル)」は、少数派に追いやられている。
日本では「こんな人々(リベラル)」は先鋭化してくると暴力に走り出す。現に
最近日本では「しばき隊」なる極左暴力集団が誕生し、元祖極左暴力集団、中核派や革マル派のジジイ・ババアと融合し始めたようです。
日本の極左暴力集団のしばき隊は、国会前で反原発運動を行っていたメンバーが中心になって結成された団体である。主催者の野間易通ら多くのしばき隊メンバーは首都圏反原発連合のコアメンバーも兼ねていて、野間易通は「しばき隊は北朝鮮人民解放軍の便衣兵である」とも認めている。
米国でもバージニア州シャーロッツビルで起きた白人至上主義の団体と反対派の衝突事件でも注目を浴びた「新左翼運動「アンティファ(Antifa)」=Anti-fascism 運動が、暴力化してきています。かつてのフランス革命や、ロシア革命においても、市民を名乗る集団が、先鋭化して、世論を煽り、暴力集団化して、多くの無辜の人々に暴力を振るい、自分達の意見に反対する者を殺害をし始めた。
2017/8/17(木) 午後 11:45
「アンティファ(Antifa)」は白人至上主義の団体に対して、暴力を振るってもいいと考えているようで、日本の「しばき隊」とまったく同じ思想であり、日米同時に似たようなムーブメントが起きているように思われます。
しばき隊やアンティファの多くは左翼というより国家が嫌い、権力が嫌いという極左アナーキスト(無政府主義者)だ。こういった極左アナーキストは基本的に若くて問題児で武闘派で、北斗の拳やマッドマックスの暴力に支配された世界にシンパシーを感じるような連中だ。
かつて日本には暴走族という、若さをもてあまし、警察官と遊びたい若者の団体が存在したが、今は絶滅危惧種となってしまった。今の日本にもエネルギーを持て余す若者が、少子化とはいえ社会の底辺には一定量存在する。ところが、今の日本にはエネルギーを費やす理由と場所がなくなって、しまった。その受け皿として、極左暴力集団が脚光を浴びているのであろう。
数年前、シ-ルズ(志位る's)という偏差値20代の社会の底辺の若者が、左翼に持ち上げられた。また、在日韓国人の若者の愚連隊を中心に「しばき隊」なるものが世にでてきた。初めて社会に認められたと勘違いした。彼らは、自分達に正義だといい気になっているが、決して日本の主流派から認められたわけではない。
そこで、彼らは、自分達の意見を通す為なら何をやってもいいと、勘違いしはじめた。反原発運動をしていたような単に意識が高い系の自称市民達を巻き込み、選挙妨害運動に活路を見出しているように思える。
おそらく、「こんな人々」が支持する政党は大敗すると予想され、国会において更に少数派になると思います。もし、そうなって、国会でもなにもできなくなってくれば、ああいった選挙妨害は、エスカレーションし、下手をすれば何年か後には、投票所や開票所を暴力を使って妨害し、やがて選挙そのものを否定するようになるのではないかと、私は危惧します。
安倍総理に対し選挙妨害を働く輩を許してはならない。
「お前が国難」のプラカードを掲げた人々は、自分達は正義だと思っているようだが、無自覚に民主主義の根幹を揺るがしかねないことをしている。
首相の演説を遮る行為は、日本の民主主義を冒涜し、破壊する極悪人である。